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あま市とは?

 | 
あま市旗 | あま市章
2010年9月23日制定

【国】
日本
【地方】
中部地方東海地方
【都道府県】
愛知県
市町村コード
23237-8
法人番号
5000020232378
【面積】
27.49km

【総人口】
87,796[編集]
(推計人口、2020年1月1日)
人口密度
3,194人/km
【隣接自治体】
名古屋市稲沢市清須市津島市愛西市海部郡蟹江町大治町
【市の木】
ハナミズキ
【市の花】
ゆり
公認キャラクター:あまえん坊
【あま市役所】

【市長】
村上浩司
【所在地】
490-1291
愛知県あま市木田戌亥18番地1
北緯35度12分1.6秒東経136度46分59.6秒座標: 北緯35度12分1.6秒 東経136度46分59.6秒

【外部リンク】
公式ウェブサイト

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村



ウィキプロジェクト

あま市(あまし)は、愛知県の北西部にあるである。尾張地方に含まれる。

概要

2010年(平成22年)3月22日に海部郡七宝町美和町甚目寺町の3町合併により愛知県内37番目の市として誕生。愛知県の平成の大合併最後の合併である。2009年(平成21年)7月24日の第8回合併協議会において、6点の名称候補の中から、協議会委員全員投票を行った結果、難読の郡名である「海部」をひらがなに直した「あま市」を市名とすることに決定した。

七宝地区では、江戸時代末期から地場産業である七宝焼による工芸品の製造が盛んであり、経済産業省指定の伝統的工芸品にも指定されている「尾張七宝」が有名である。美和地区では、蜂須賀正勝福島正則を始め戦国時代に活躍した武将を多く輩出している。甚目寺地区では、国の重要文化財5件を有する尾張四観音の一つで有名な甚目寺観音や、国内で唯一漬物の神様が祀られていることで知られる萱津神社など古くからの社寺が散在している。地場産業である刷毛高度経済成長期の1970年(昭和45年)には、生産量で日本一となった。1973年(昭和48年)には、甚目寺地区の刷毛生産高は全国の7割を占めていた。

地理

あま市北部一帯の空中写真。画像右側が旧甚目寺町地区、画像左側が現あま市役所のある旧美和町地区。1987年撮影の6枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

市内のほぼ全域が海抜ゼロメートル地帯で、地形は比較的平坦である。濃尾平野に位置し農業を中心に田園都市として発展してきたが、名古屋市の西に隣接し、名古屋駅まで約15分であることから名古屋市のベッドタウンとしても発展している。名鉄津島線が市の中央を横断し、名古屋第二環状自動車道が南北に縦断している。市内のほぼ全域で宅地開発が盛んになり、人口が増加傾向にある。

地形

河川

主な川

気候

気候は太平洋側気候であり、は高温多湿で蒸し暑い。は乾燥した晴天の日が多く、伊吹おろしという乾燥した冷たい風が吹いて体感温度が北日本並みに低下する日もあり、稀に20センチメートルを超える積雪に見舞われることもある。

あま市の月別降水量(mm)
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 年合計
2012年 33.0 | 103.0 | 137.5 | 174.0 | 67.5 | 231.0 | 191.0 | 74.5 | 266.5 | 105.0 | 70.5 | 29.0 | 1,482.5
2013年 30.0 | 105.5 | 48.5 | 146.5 | 72.5 | 184.5 | 110.5 | 86.5 | 335.0 | 221.5 | 50.0 | 55.5 | 1,446.5
2014年 35.5 | 105.5 | 121.5 | 122.0 | 148.0 | 43.5 | 111.5 | 200.5 | 144.5 | 155.0 | 95.0 | 75.0 | 1,357.5
2015年 98.5 | 27.0 | 126.0 | 113.5 | 108.5 | 216.5 | 216.0 | 341.0 | 257.0 | 49.5 | 135.0 | 99.5 | 1788.0
あま市の月別平均気温(℃)
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 年平均
2012年 3.6 | 3.4 | 7.5 | 13.5 | 18.4 | 21.7 | 26.6 | 28.0 | 25.2 | 18.4 | 10.8 | 4.8 | 15.2
2013年 3.3 | 4.0 | 9.9 | 13.5 | 19.2 | 23.6 | 27.9 | 29.1 | 24.6 | 19.9 | 11.4 | 6.3 | 16.1
2014年 4.3 | 5.0 | 8.8 | 14.2 | 19.2 | 24.0 | 27.0 | 26.9 | 23.1 | 18.6 | 131 | 5.3 | 15.8
2015年 4.9 | 5.3 | 9.3 | 14.9 | 21.0 | 22.2 | 26.6 | 27.9 | 22.8 | 17.9 | 14.0 | 9.2 | 16.3

地域

鎌倉時代は、『海道記』によると「(夜陰に市腋といふ處に泊る。前を見おろせば、海さし入りて、河伯の民、潮にやしなはれ。)市腋をたちて津島のわたりといふ處、舟にて下れば(中略)渡りはつれば尾張の國に移りぬ。(中略)萱津の宿に泊りぬ。」とあり、この当時は、甚目寺地区の萱津辺りから尾張国であったと考えられている。

旧七宝町

町制時の大字にそれぞれ「七宝町」を冠称している。

  • 七宝町沖之島(旧宝村)
  • 七宝町遠島(旧宝村)
  • 七宝町安松(旧宝村)
  • 七宝町秋竹(旧井和村)
  • 七宝町桂(旧井和村)
  • 七宝町下田(旧井和村)
  • 七宝町川部(旧井和村)
  • 七宝町伊福(旧伊福村)
  • 七宝町鷹居(旧伊福村)
  • 七宝町徳実(旧伊福村)
  • 七宝町鯰橋(旧伊福村)
  • 七宝町下之森(旧伊福村)

旧美和町

  • 富塚(旧正則村)
  • 古道(旧正則村)
  • 二ツ寺(旧正則村)
  • 木折(旧正則村)
  • 花長(旧正則村)
  • 花正(旧正則村)
  • 東溝口(旧正則村)
  • 木田(旧蜂須賀村)
  • 中橋(旧蜂須賀村)
  • 森山(旧蜂須賀村)
  • 丹波(旧蜂須賀村)
  • 金岩(旧蜂須賀村)
  • 蜂須賀(旧蜂須賀村)
  • 北苅(旧篠田村)
  • 乙之子(旧篠田村)
  • 小橋方(旧篠田村)
  • 篠田(旧篠田村)

旧甚目寺町

土地利用

2015年1月1日現在の地目別面積は以下の通り。

あま市の土地利用面積(単位:km)
行政区域 農用地 宅地 池沼 森林 原野 雑種地 その他
【田】

25,571 | 7,364 | 2,485 | 9,084 | 8 | 3 | 11 | 2,117 | 4,498

人口

2015年3月31日時点で、総人口は88,170人で総世帯数は34,950世帯である。人口は西尾張では一宮市稲沢市江南市に次ぎ4番目、海部地域では最も多く、男女別では、男性43,989人、女性44,181人である。外国人人口は1,724人。昼間人口は71,148人で、昼夜間人口比率は82.05%となっている。


あま市(に相当する地域)の人口の推移

総務省統計局 国勢調査より

隣接している自治体・行政区

愛知県

歴史

古代

市内では、弥生時代以降の遺跡が数多く発見されており、これらの遺跡は河川により形成された自然堤防後背湿地上に存在している。遺跡の分布をみると、弥生時代〜古代〜中世と時代が下がるにつれて、あま市北方から南方へ人々の生活範囲が広がっていることがわかった。

弥生時代後期の遺跡として阿弥陀寺遺跡・森南遺跡が挙げられ、これらの遺跡では発掘調査が行われ住居跡・井戸跡や大量の土器が発見された。特に、阿弥陀寺遺跡においては、環濠をもつ集落であることがわかった。古墳時代には、前方後円墳と推定される二ツ寺神明社古墳が出現するが、被葬者はわかっていない。同古墳西方には、同時期の集落と思われる蜂須賀遺跡が推定される。白鳳奈良時代の史跡としては、甚目寺遺跡や法性寺跡・清林寺遺跡・篠田廃寺といった古代寺院が挙げられる。なかでも甚目寺地区にある甚目寺遺跡・法性寺跡・清林寺遺跡の3寺院は、軒瓦の文様などから密接が関係があったとされる。その建立時期は、遺跡の状況から尾張地区でも比較的古い時期(7世紀後半)である大渕遺跡は、甚目寺・法性寺・清林寺の各寺院の創建期に関係があるとされる。この他にも市内各所から埴輪片や須恵器・中世陶器などが発見されている。

甚目寺観音のはじまり

甚目寺観音の起源は、記録に見るかぎり文永元年(1264年)の「文永甚目寺縁起」(古縁起)にある。それによると推古天皇5年(597年)伊勢国甚目村(現・松阪市)の漁師の甚目龍麻呂が漁をしていたところ、網にかかった観音菩薩を引き上げた。観音像は金色の金銅仏である聖観世音菩薩で、龍麻呂は引き上げた観音様を祀る草庵を建てたことが甚目寺観音の始まりとされる。この観音像は、善光寺如来脇侍であるとも記されている。甚目という苗字は『正倉院文書』や『日本三代実録』にもあって、『正倉院文書』には奈良時代の天平6年(734年)に中島郡に「甚目氏」の記述が見られる。さらに『日本三代実録』には平安時代貞観6年(864年)に海部郡に「甚目氏」の記述がある。このことから「甚目氏」と甚目龍麻呂との直接的な因果関係はわかっていないが、「甚目氏」は甚目寺観音周辺に遅くとも奈良時代以降には居を構えており、都の記録に登場するほど有力な氏族であったことがわかっている。

中世

鎌倉時代、幕府の所在地である鎌倉から全国へ放射状に広がる道である、いわゆる鎌倉街道の従来が激しさを増すと、その宿場町のひとつである萱津宿においても多くの人々や物資が行き交うようになった。こと萱津は、五条川庄内川の合流地点で、さらに伊勢から津島を経由して萱津につながる西の道との接点でもあり、まさに水陸の合流点と立地的に恵まれた土地であり、尾張の政治経済の中心地のひとつとして栄えた。幕府の高官をはじめ多くの旅人が萱津宿に立ち寄り、紀行文などにその記録を残している。編年で紹介すると以下の通りである。

およそ100年の間に少なくとも4人の鎌倉幕府将軍が萱津に宿泊するなど、時の権力者を、迎え入れるほど、萱津は宿場として立派に機能していたことがわかる。『吾妻鏡』の建久6年(1195年)の記事によれば、源頼朝が萱津宿に立ち寄り、ここで尾張守護小野成綱の接待を受けたことが記され、同書には引き続き4代将軍の藤原頼経、6代将軍の宗尊京都〜鎌倉従還の際の宿泊所として利用したことが記されていることからも、萱津宿は尾張を通る鎌倉街道の宿場のなかでも、重要な位置をしめていたことが推察できる。

近世

戦国時代では、蜂須賀正勝福島正則をはじめ、蜂須賀正勝の実子の蜂須賀家政、そして福島正則の実弟の福島高晴が城持ち大名となっている。この他にも大名にまでは至らないものの、福島正則の参謀として名高い福島丹波や、赤林孫七郎など戦国時代に活躍した武将を多く輩出している。

16世紀、尾張の政治経済の中心地は下津から清洲城へと移り、萱津はこれまで通り宿場としての機能を果たすが、戦国時代に合戦場として登場する(萱津の戦い)。その戦いについて『安土創業録』を見ると、天文20年(1551年)織田信友斯波義廉を倒し清洲城を奪うや、那古野に在城する信長は、その仇を討つべく出陣、稲葉地より川を越え、萱津の民家を放火せしめた。そこへ清洲城より織田信友勢が打ち出し合戦となった、とある。結果は信長軍の勝利に終わるが、この戦いは詳しくは記されていない。この戦いは僅か数時間のもので『信長公記』には「海津(萱津)口へ御かかり候。八月十六日辰の刻、東に向かってかかりあい、数刻火花を散らし相戦い」と出てくるのみであった。

近現代

尾張七宝のはじまり

尾張七宝

この地方で七宝が作られるようになったきっかけは、江戸時代末期の天保4年(1833年)、梶常吉によってもたらされたといわれている。梶常吉は、享和3年(1803年)、尾張藩士梶市右衛門の二男として生まれ、文政5年(1822年)、海東郡服部村(現在の名古屋市中川区)に移り住み、鍍金業を営んでいたといわれている。あるとき、七宝焼のことが書かれた本がきっかけで七宝焼に興味を持って独学で研究するが、その仕組みを知ることはできなかったが、常吉は天保3年(1832年)に名古屋市末広町の骨董商松岡屋嘉兵衛の店先でオランダ船が運んできたという七宝焼を入手し、砕いてその仕組みや原料を分析した。研究を重ねて合子や筆立て、文鎮などの小物類を製作した。これが尾張地方における近代七宝のはじまりといわれている。海東郡遠島村(現在のあま市七宝町遠島)の農家に生まれた林庄五郎は、安政3年(1856年)に梶常吉から七宝焼の製法を学び、同じ村の人々に伝えた結果、この地域で七宝焼の製造が盛んになった。

あま市の発足

昭和

昭和28年の「町村合併促進法」と、続く「新市町村建設促進法」によって全国で町村合併が推進された。これに伴い、昭和29年に甚目寺町は名古屋市へ合併を働きかけるが、名古屋市の巨大化を懸念する愛知県がこれに反対し、この合併を認めなかった。愛知県はこの地域の合併試案として甚目寺町と大治村で一つに、美和村、七宝村、神守村での合併を推進していた。昭和31年、美和村が甚目寺町に合併を申し入れるが、合併方法を巡る双方の食い違いもあって議論は6ヶ月にわたって行われるも合併には至らなかった。一方で七宝村と大治村の合併話も浮上したが、こちらも合併には至らずに現状維持となった。

平成

2008年(平成20年)5月1日には、七宝町・美和町・甚目寺町・大治町の4町で「海部郡東部四町合併研究会」を設置。2008年(平成20年)11月5日の大治町の離脱により「海部郡東部四町合併研究会」は解散。それに代わって2008年(平成20年)11月に「七宝・美和・甚目寺町合併研究会」で合併研究会を設置。2009年(平成21年)4月に法定合併協議会へ移行。7月の第8回合併協議会において、6点(西名古屋市、名西市、海部市、海東市、あま市、西尾張市)の名称候補の中から、旧3町の住民へ募集を行い最も多かった名前が「名西市」だったが、その後の合併協議会委員の選考で、「あま」という名前を残したいという理由で投票を行った意味がなくなり、最も投票数が少なかった「あま市」に決定。2010年(平成22年)3月22日、あま市が誕生した。

沿革

市域の変遷

郡 明治22年以前 明治22年10月1日 明治23年 - 明治45年 大正1年 - 大正15年 昭和1年 - 昭和64年 平成1年 - 現在 現在


 | 沖之島村 | 宝村 | 宝村 | 明治39年7月1日
合併 七宝村 | 七宝村 | 七宝村 | 昭和41年
町制 七宝町 | 七宝町 | 平成22年3月22日
合併 あま市 | あま市
遠島村
安松村
秋竹村 | 井和村 | 井和村
桂村
川部村
下田村
伊福村 | 伊福村 | 伊福村
鷹居村
下ノ森村
徳実村
鯰橋村
二ツ寺村 | 正則村 | 正則村 | 明治39年7月1日
合併 美和村 | 美和村 | 美和村 | 昭和33年
町制 美和町 | 美和町
花長村
木折村
東溝口村
花正村
富塚村
古道村
金賀木村 | 金賀木村 | 明治23年12月17日
改称 蜂須賀村
金岩村
木田村
中橋村
森山村
丹波村
蜂須賀村
篠田村 | 篠田村 | 篠田村
乙之子村
小橋方村
北苅村
甚目寺村 | 甚目寺村 | 甚目寺村 | 明治39年7月1日
合併 甚目寺村 | 甚目寺村 | 甚目寺村 | 昭和8年8月1日
町制 甚目寺町 | 甚目寺町 | 甚目寺町
本郷村
坂牧村
下萱津村 | 萱津村 | 萱津村
中萱津村
上萱津村
方領村 | 春富村 | 春富村
石作村
小路村
新居屋村 | 新居屋村 | 新居屋村
森村 | 森村 | 森村
今宿村 | 東今宿村 | 東今宿村 | 東今宿村
西今宿村 | 白鷹村 | 白鷹村
上條村 | 昭和18年1月1日
西春日井郡清洲町に編入 | 平成17年7月7日
合併 清須市 | 清須市 | 清須市
土田村
迫間村 | 明治43年10月1日
西春日井郡清洲町に編入 | 清洲町 | 清洲町

行政

市が掲げるキャッチコピー:「人・歴史・自然が綾なす セーフティ共創都市 “あま”」

市長

歴代市長

財政

2015年度(平成27年度)当初予算

一般会計 | 264億800.0万円 | (前年度対比4.2%増)
特別会計 | 198億304.5万円 | (前年度対比11.6%増)
企業会計 | 75億4,337.8万円 | (前年度対比34%減)
全会計 | 537億5,442.3万円 | (前年度対比1.4%減)

市役所

市民の利便性を考慮し、市の位置的中心付近である「あま市七宝町沖之島深坪」に市役所新庁舎を建設する計画がある。名鉄七宝駅から南に約800メートルの地点に建設する予定である。

議会

あま市議会

詳細は「あま市議会」を参照
【会派名】
【議席数】
議員名
政和会 | 7 | 宮地直宣、森耕治、奥田哲弘、後藤哲哉、林正彦、伊藤嘉規、横井敏夫
令和会 | 4 | 粂野俊弘、山内隆久、石田良雄、前田豊光
あま市民改革クラブ | 3 | 八島堅志、松下昭憲、岩本一三
公明党あま市議団 | 3 | 足立詔子、近藤みどり、柏原功
新政会 | 2 | 山本雄一、佐藤貞夫
日本共産党あま市議団 | 2 | 加藤哲生、野中幸夫
無会派 | 1 | 後藤幸正
【計】
【22】

(2019年5月21日現在)

愛知県議会

詳細は「2019年愛知県議会議員選挙」を参照
【候補者名】
【当落】
【年齢】
【所属党派】
【新旧別】
得票数
石塚吾歩路 | 当 | 49 | 自由民主党 | 現 | 無投票
小木曽史人 | 当 | 42 | 無所属 | 新 | 無投票

衆議院

詳細は「第48回衆議院議員総選挙」を参照
【当落】
【候補者名】
【年齢】
【所属党派】
【新旧別】
【得票数】
重複
当 | 長坂康正 | 60 | 自由民主党 | 前 | 104,419票 | ○
比当 | 岡本充功 | 46 | 希望の党 | 前 | 89,908票 | ○
 | 渡辺裕 | 37 | 日本共産党 | 新 | 25,489票 | 

施設

海部東部消防署
あま市民病院
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2020/03/31 23:28

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