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くるりとは?

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くるり

【出身地】
日本 京都府京都市
【ジャンル】
ポピュラー音楽
ロック
オルタナティヴ・ロック
【活動期間】
1996年 -
【レーベル】
SPEEDSTAR RECORDS
(1998年 - )
【事務所】
NOISE McCARTNEY
【公式サイト】
くるり on WEB
【】

【メンバー】
岸田繁(ボーカルギター)
(1996年 - )
佐藤征史(ベースコーラス・ボーカル)
(1996年 - )
ファンファン(トランペット・コーラス・ボーカル・キーボード)
(2011年 - )
【】

【旧メンバー】
森信行(ドラムス)
(1996年 - 2002年)
大村達身(ギター)
(2001年 - 2007年)
クリストファー・マグワイア(ドラムス)
(2003年 - 2004年)
田中佑司(ドラムス)
(2011年)
吉田省念(ギター・コーラス・ボーカル・チェロ)
(2011年 - 2013年)

くるり(Quruli)は、日本ロックバンド京都府出身。

目次

  • 1 概要
  • 2 メンバー
    • 2.1 現メンバー
    • 2.2 これまで在籍していたメンバー
      • 2.2.1 元メンバーとの再共演
    • 2.3 サポートメンバー
  • 3 変遷
    • 3.1 第1期
    • 3.2 第2期
    • 3.3 第3期
    • 3.4 第4期
    • 3.5 第5期
    • 3.6 第6期
    • 3.7 第7期
    • 3.8 第8期
  • 4 来歴・概要
    • 4.1 結成からメジャーデビュー(1996年 - 1998年)
    • 4.2 さよならストレンジャーから図鑑(1999年 - 2000年)
    • 4.3 TEAM ROCK(2000年 - 2001年)
    • 4.4 THE WORLD IS MINE(2001年 - 2002年)
    • 4.5 ジョゼと虎と魚たち(2003年)
    • 4.6 アンテナ(2003年 - 2004年)
    • 4.7 NIKKI(2005年 - 2006年)
    • 4.8 ベスト オブ くるり(2006年)
    • 4.9 ワルツを踊れ Tanz Walzer (2007年)
    • 4.10 Philharmonic or die (2008年)
    • 4.11 魂のゆくえ(2009年)
    • 4.12 言葉にならない、笑顔を見せてくれよ(2010年)
    • 4.13 ベスト・オブ・くるり2(2011年)
    • 4.14 坩堝の電圧(2012年)
    • 4.15 THE PIER(2013年 - 2014年)
    • 4.16 くるりの20回転(2015年 - 2017年)
    • 4.17 ソングライン (2018年 - )
  • 5 ディスコグラフィ
    • 5.1 自主制作
    • 5.2 インディーズ
    • 5.3 メジャー
      • 5.3.1 シングル
      • 5.3.2 オリジナルアルバム
      • 5.3.3 EP
      • 5.3.4 ライブアルバム
      • 5.3.5 コンピレーションアルバム
      • 5.3.6 映画サウンドトラック
      • 5.3.7 トリビュートアルバム
      • 5.3.8 アナログ
    • 5.4 配信限定
    • 5.5 映像作品
    • 5.6 参加作品
      • 5.6.1 新曲
      • 5.6.2 カヴァー
      • 5.6.3 別プロジェクトへの参加
      • 5.6.4 既出曲での参加・その他
    • 5.7 リミックス
    • 5.8 未発売音源
    • 5.9 未音源化楽曲
  • 6 ミュージックビデオ
  • 7 ラジオ
  • 8 書籍
  • 9 主なライブツアー
    • 9.1 出演イベント
  • 10 関連項目
  • 11 脚注
  • 12 外部リンク

概要

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この節には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証し出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2014年12月)

アルバムごとに異なった音楽性と趣向があるため、多くの作品を手がけてきたことが挙げられる。

立命館大学の音楽サークル「ロックコミューン」に所属していた岸田、佐藤、森の3人で結成。1998年にシングル「東京」をリリースしメジャーデビュー。

1999年に、フォーキーかつプログレッシブなサウンドプロダクションが特徴的な1stアルバム『さよならストレンジャー』をリリース。

2000年にプロデューサージム・オルークを迎え、オルタナ・サウンドが顕著な2nd『図鑑』、2001年にテクノダンスミュージックから影響を受けた3rd『TEAM ROCK』、2002年にエレクトロニカに接近したサイケデリックな4th『THE WORLD IS MINE』を発表。

2004年には一転バンドサウンドに回帰しつつ、新たにジャズの要素を取り入れた5th『アンテナ』、2005年にザ・フービートルズに代表される60年代ブリティッシュ・ロック・サウンドにアプローチした6th『NIKKI』、2007年はオーケストラとの融合を図りクラシックに傾斜した7th『ワルツを踊れ Tanz Walzer』をリリース。

2009年は、フロントマン・岸田繁のシンガーソングライター・アルバムとしての色彩が色濃い内省的な8th『魂のゆくえ』、2010年にアルバム・タイトルが示すようなメッセージ性の強い9th『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』、2012年は大幅なメンバーチェンジを敢行し制作した10th『坩堝の電圧』、2014年には多国籍なサウンド・アプローチを試みた11th『THE PIER』をリリース。

バンド結成20周年にあたる2016年、オールタイムベストアルバム『くるりの20回転』を発表。

2018年9月には前作『THE PIER』から4年ぶりのアルバム『ソングライン』がリリースされた。

メンバー

現メンバー

岸田繁(きしだ しげる、 (1976-04-27) 1976年4月27日(43歳) - )
ボーカルギター京都府京都市北区出身立命館大学産業社会学部卒業。血液型:O型。オリジナルメンバー。
佐藤征史(さとう まさし、 (1977-02-01) 1977年2月1日(42歳) - )
ベース、コーラス、ボーカル。京都府亀岡市出身。立命館大学法学部卒業。血液型:O型。オリジナルメンバー。
ファンファン( (1985-02-13) 1985年2月13日(34歳) - )
トランペット、コーラス、ボーカル、キーボード。京都府舞鶴市出身。血液型:O型。同志社女子大学卒業。同志社大学バンドサークルLOVE&FREE出身。2011年加入。2015年4月から2017年7月まで産休のためライブ活動休止。

これまで在籍していたメンバー

森信行(もり のぶゆき、1975年6月20日 - )
ドラム兵庫県猪名川町出身。立命館大学産業社会学部卒業。血液型:B型。1996年 - 2002年在籍。オリジナルメンバー。
大村達身(おおむら たっしん、1975年12月17日 - )
ギター兵庫県稲美町出身。立命館大学文学部日本文学科中退。ロックコミューンの先輩。血液型:O型。2001年9月 - 2006年12月在籍。
クリストファー・マグワイア(Christopher McGuire、1975年11月28日 - )
ドラムアメリカ合衆国ミネソタ州ミネアポリス出身。2003年11月 - 2004年10月在籍。
田中佑司(たなか ゆうじ、1980年10月28日 - )
ドラムパーカッション山梨県甲府市出身。甲府第一高校武蔵野音楽大学 打楽器専攻卒業。2015年、かねてよりキーボーディストとしてサポートしていたbonobosに正式メンバーとして加入。2011年6月 - 12月在籍。
吉田省念(よしだ しょうねん、 (1980-03-14) 1980年3月14日(39歳) - )
ギター、コーラス、ボーカル、チェロ。京都府京都市山科区出身。血液型:A型。父親は現代美術作家のヨシダミノル。「吉田省念と三日月スープ」のリーダーとしても活動中。2011年加入。2013年4月29日の京都で行ったライブイベント「WHOLE LOVE KYOTO」の出演を最後に、くるりを脱退。2011年6月 - 2013年5月在籍。

元メンバーとの再共演

2010年の『京都音楽博覧会2010』では、「くるり ザ・セッション」と題して元メンバーの森信行、大村達身と再共演、当時の楽曲を披露している。なお、クリストファー・マグワイアは2010年当時活動拠点を日本に置いておらず、共演が叶わなかった。

特に森信行とは、その後もライブやテレビ出演などで度々共演している。くるりの20周年ツアー等ではサポートメンバーとして全日程に帯同した。

サポートメンバー

辻村豪文 - ギター
キセルのメンバー。くるりとは大学の同級生である。
2000年3 - 4月「アルバム『図鑑』発売記念ツアー(全12公演)」- 2000年8月2日「Welcome to your spirits」於CLUB Queほかサポート。
臺太郎(だい たろう) - ドラム、パーカッション
SHINDOのメンバー。
2002年8月3日フジテレビFACTORY」出演時サポート。2004年6月15日名古屋クラブダイアモンドホール 〜2005年1月10日「HEAL NIIGATA 中越地震ミュージック・ベネフィット」於横浜BLITZ。シングル「BIRTHDAY」サポート。また、岸田繁・佐藤征史と共にSINGER SONGERに参加している。全国ツアー「安心しろ、秘孔ははずしてある」ではパーカッションとして参加。
あらきゆうこ -ドラム
smorgasのドラマー。
2002年、「百鬼夜行2002」サポート。アルバム『図鑑』、シングル「HOW TO GO」、「ハイウェイ」、『ジョゼと虎と魚たち』オリジナルサウンドトラック、2007年12月2日みやこ音楽祭、12月6日「TAKUTAKU DE KUTAKUTA」、12月11日12月12日「くるりふれあいコンサート ファイナル」、12月29日「COUNTDOWN JAPAN 07/08」、12月31日「COUNTDOWN JAPAN 07/08 WEST」サポート。2012年には『坩堝の電圧』のレコーディングにサポートドラマーとして全面参加、2012年以降のライブでもサポート。
アヒト・イナザワ -ドラム
NUMBER GIRLのメンバー(当時)。
2003年1月26日MANIC STREET PREACHERS/東京ベイNKホール公演」(オープニングアクト/くるり)サポート。
堀江博久 -キーボード、ギター
NEIL&IRAIZAのメンバー。
2004年6月15日名古屋クラブダイアモンドホール〜2006年10月9日「ボロフェスタ」於京都大学西部講堂&講堂前広場(2006年夏フェスは一部でサポート)、シングル「BIRTHDAY」「Superstar」「Juice」、アルバム『NIKKI』サポート。岸田繁とThe かまどうま/エレクトリック・カマドウマというユニットも組む。また、岸田繁・佐藤征史と共にSINGER SONGERに参加。
クリフ・アーモンド (Cliff Almond) -ドラム
2005年7月20日LIQUIDROOM 1st ANNIVERSARY liquid surprise 01day SP「廿日ゑびす」於LIQUIDROOM 〜2006年10月9日「ボロフェスタ」於京都大学西部講堂&講堂前広場(2005年8月20日のRISING SUN ROCK FESTIVALを除く)。シングル「Superstar」、アルバム『NIKKI』サポート。コンセプトライブシリーズ「NOW AND THEN」サポート。
沼澤尚 -ドラム
2005年8月20日RISING SUN ROCK FESTIVAL」。シングル「Baby I Love You」、アルバム『NIKKI』サポート。
菊地悠也 -ドラム
愛称は「ニャッキー」。
2006年みやこ音楽祭〜2007年ツアー「ふれあいコンサート」まで参加。シングル「JUBILEE」「言葉はさんかく こころは四角」、アルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』サポート。
カーウィン・エリス(Carwyn Ellis) -ギター、バンジョー、キーボード、ブズーキ、ピアノ
コロラマエドウィン・コリンズプリテンダーズのメンバー。
2007年全国 ホールツアー「ふれあいコンサート」、Zepp Tokyo [EX-PRESS ver.0]、FORMOZ FESTIVAL 2007、沖縄ライブ「やんばるモーツァルト」に、サポート・マルチ・インストゥルメンタリストとして参加。バンジョー、ギター、キーボード、ブズーキなどを担当する。2007年の京都音博ではグランド・ピアノを演奏した。2005年、アルバム『NIKKI』、そして、2014年、アルバム『THE PIER』のレコーディングにも参加する。
堀川裕之(ボボ) -ドラム、パーカッション
54-71のメンバー。
2008年5月のファンクラブイベント以降、同月スタートの対バンツアー、アルバム『魂のゆくえ』、翌年の『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』のレコーディングにサポート・ドラマーとして全面参加。2007年京都音博にてパーカッションとして参加。それ以前にもRIP SLYMEとのコラボレーションシングル「Juice」。2012年8月4日ROCK IN JAPAN FESTIVAL.2012サポート、2012年以降のライブでもサポート。2014年には、アルバム『THE PIER』のレコーディングに参加。
ザ・サスペンダーズ -バックグラウンドボーカル
渕上祥人(テノール)、遠藤由美(ソプラノ)、岡崎昌幸(バリトン&アコーディオン)からなるコーラス隊。2007年くるり全国 ホールツアー「ふれあいコンサート」、12月11日,12日「くるりふれあいコンサート ファイナル」に3人で参加。12月29日「COUNTDOWN 07/08 JAPAN」、12月31日「COUNTDOWN JAPAN 07/08 WEST」には渕上と遠藤の2人が参加。
藤井一彦 -ギター
ザ・グルーヴァーズのメンバー。
2007年12月2日みやこ音楽祭、12月6日「TAKUTAKU DE KUTAKUTA」、12月29日「COUNTDOWN 07/08 JAPAN」、12月31日「COUNTDOWN JAPAN 07/08 WEST」サポート。
三柴理 -ピアノ
筋肉少女帯のメンバー。
2008年5月のファンクラブイベントから京都音楽博覧会までサポートメンバーとして参加していた。アルバム『魂のゆくえ』の一部のレコーディングにも参加している。
内橋和久 -ギター
2008年7月から'08京都音楽博覧会までサポート。シングル「三日月」「愉快なピーナッツ」のレコーディングにも参加。
世武裕子 -ピアノ・キーボード・ヴォーカル
くるりのレーベルからCDを出した関係から、アルバム『魂のゆくえ』のレコーディング(ニューヨークにも随行)に参加。2009年「ツアー2009 - とろみを感じる生き方〜」、2010京都音博などサポート。
山本幹宗 -ギター
The Cigavettesのメンバー。
2009年ツアー「敦煌(ドンファン)」の大阪、名古屋公演の際のアンコールで参加。同ツアー、武道館公演、2013年ROCK IN JAPAN FESTIVALもサポート。
山内総一郎 -ギター
フジファブリックのメンバー。
2010年京都音博から参加。ツアー「言葉にならしまへん、笑顔を見しとくれやしまへんやろか」、武道館での同ツアーファイナル公演もサポート。
高田漣 -ペダル・スティールギター
2011年フジロック・フェスティバル、2013年ROCK IN JAPAN FESTIVAL京都音楽博覧会2013にゲスト出演。
権藤知彦 -ユーフォニウム
anonymassのメンバー。
COUNTDOWN JAPAN 12/13、京都音楽博覧会2013にゲスト出演
鈴木正人 -キーボード
LITTLE CREATURESのメンバー。
京都音楽博覧会2013にゲスト出演。
福田洋子(yoko) -ドラム
te'の元メンバー。
『THE PIER』のレコーディングおよび同時期のツアーのサポート。

変遷

第1期

1996年2月から2001年8月まで

+

自主制作「くるりの一回転」、「チアノーゼ/ベースボールゲーム」録音。

インディーズ「もしもし」、「ファンデリア」録音。

「さよならストレンジャー」、「図鑑」、「TEAM ROCK」録音。

第2期

2001年9月から2002年7月まで

「THE WORLD IS MINE」録音。

第3期

2002年7月から2003年10月、2004年11月から2006年12月まで

+

オリジナルサウンドトラック「ジョゼと虎と魚たち」録音。

「アンテナ」録音。

「NIKKI」録音。

第4期

2003年11月から2004年10月まで

+

「アンテナ」録音。

第5期

2007年1月から2011年6月まで

+

「ワルツを踊れ Tanz Walzer」、「魂のゆくえ」、「言葉にならない、笑顔を見せてくれよ」録音。

オリジナルサウンドトラック「奇跡」録音。

第6期

2011年6月から12月まで

+

「Wonderful Life」録音(未音源化)。

第7期

2012年2月から2013年4月まで

+

「坩堝の電圧」録音。

第8期

2013年5月から現在まで

+

「THE PIER」「ふたつの世界」EP「琥珀色の街、上海蟹の朝」「ソングライン」録音

来歴・概要

立命館大学の音楽サークル「ロックコミューン」出身で同級生だった岸田繁(1999年前期、産業社会学部卒)、佐藤征史(1999年法学部卒)、森信行(1999年産業社会学部卒)の三人で結成された。バンド名の由来は結成当時の京都市営地下鉄の案内板の矢印が「くるり」となっていたことから。

「Qさん」という名称のロゴマークは同じくその矢印にインスパイアされたらしく、「アンテナ」等のジャケットを手掛けた古賀鈴鳴のデザイン。

結成からメジャーデビュー(1996年 - 1998年)

1995年4月、岸田繁が立命館大学に入学。大学の音楽サークルであるロックコミューンに入り森信行大村達身と出会う。佐藤征史とは立命館高等学校の1年のときに出会い、高校時代から音楽活動を共にし、大学でも同じサークルに入る。その後、岸田と佐藤が後の「くるり」の原型となるバンドを結成。このときのメンバーは岸田と佐藤のほかに別のボーカリストとドラマーがいる「毒猿ペピヲ」という4人体制のバンドであった。岸田はこの頃から曲を作ってこのバンドで演奏していたが、メインボーカルをとることはなく、あまりいいバンドではなかったとも後に語っている。ほどなくしてバンドのドラマーが辞めたため森を誘う。そしてバンドのボーカリストも脱退したため岸田がボーカルをとることになり以後、スリーピースバンドとして活動してゆくことになる。当初は3人とも平行して別のバンドにも参加していた。

1996年9月にアマチュアバンドのコンテストの賞金10万円目的で正式にくるり結成。しかし、岸田の話によると「普通に結成を持ちかければいいものを、当時凄くひねくれていたので素直に言えず、賞金稼ぎという建前で結成を持ちかけた」という。演奏曲は「モノノケ姫」「夜行列車と烏瓜」「雫が咲いたら(『くるりの一回転』収録。ワルツ調の楽曲)」。くるりは見事優勝し10万円を獲得したものの、すべて打ち上げパチンコに消えたという。

1997年2月、8曲入りカセットテープ『くるりの一回転』を発売し完売。ラジオ番組にも出演する。同年7月には第1回フジロック・フェスティバルをサークル仲間たちとともに観覧、台風の直撃などで色々とひどい目にあったらしい。程なくしてシュガーフィールズ・原の東京の自宅スタジオでレコーディングをする。Bad News Recordsにデモテープを送ったところ気に入られ、11月にインディーズ1stアルバムである『もしもし』を発売。

1998年1月から、ライブハウスツアー退屈退治を11月まで行う。また5月にはインディーズ2ndアルバムである『ファンデリア』を発売。同月に行われた大阪城音楽堂でのイベント「SWEET LOVE SHOWER」のオープニングアクトや、スピッツが主催する「ロックロックこんにちは!」に出演。7月には会場を東京に移した第2回フジロック・フェスティバルを観覧。

さよならストレンジャーから図鑑(1999年 - 2000年)

1998年10月にはビクターエンタテインメントよりデビューシングル「東京」をリリースしメジャーデビュー、同月のFM802ヘビー・ローテーションナンバーに選ばれる。11月にはFM802のイベントであるGottcha!に出演。

1999年2月、2ndシングル「」をリリース。3月に佐藤と森は無事大学を卒業、岸田は留年することとなった。4月には佐久間正英をプロデューサーに迎えて制作された1stアルバム『さよならストレンジャー』をリリース。5月にはワンマン全国ツアー、三日で激ヤセ 驚異のキノコパワーを敢行し全公演SOLD OUT。ツアー後は共同プロデューサーに根岸孝旨を迎えて次回作のレコーディングを開始。7月にはフジロック・フェスティバルに出演しその他の夏のイベントにも出演した。8月、岸田が前期卒業式で大学を卒業。同じく8月には3rdシングル「青い空」、11月には4thシングル「」を立て続けにリリース。12月にはワンマンライブツアーもうじき平成12年を敢行した。

2000年1月、ジム・オルークらとのコラボレーションに挑んだオルタナティヴ・ロック色の強い2ndアルバム『図鑑』をリリース。3月から「図鑑」発売記念ツアー世田谷線旧型車輌を残そうキャンペーンを敢行。同月には5thシングルである「春風」をリリース。8月には共に初開催のROCK IN JAPAN FESTIVALサマーソニックなどの夏のイベントに出演する。

TEAM ROCK(2000年 - 2001年)

2000年8月中旬から徐々に次回作のレコーディングに入る。曲の原型はできあがっていたが自分たちでミックスしてもイマイチの出来であったため、エンジニアの高山徹にミックスを依頼し曲が完成。10月に6thシングル「ワンダーフォーゲル」をリリース。11月からはTHE DISMEMBERMENT PLANとのカップリングツアーである百鬼夜行を敢行。

2001年1月、SUPERCARフルカワミキがコーラスとして参加した7thシングル「ばらの花」をリリース。2月に打ち込みを導入するなど実験的要素を含んだ3rdアルバム『TEAM ROCK』をリリースした。4月から3rdアルバム発売記念ツアーTEAM PARTY 2001〜&〜TEAM PARTY 200,000,001を敢行。7月にはフジロック・フェスティバルのFIELD OF HEAVENに出演。8月にはライジング・サン・ロックフェスティバルへの出演やナンバーガールとの対バンなどを行う。しかし、上記のツアー中メンバー間に軋轢が生じたため、その打開策として外部から新たにメンバーを招聘することとなる。その人物こそ後に正式メンバーとなる大村達身である。しかし当時大村はくるりの曲をまったく覚えておらず、岸田らメンバーは交通費だけ払って帰ってもらおうとしていたそうである。しかしその後、新たな曲作りをする上で大村はくるりに居なくてはならないメンバーとなり、この年の夏のフェスティバルよりサポート・メンバーとしてライブに参加。そして2001年9月7日、東京都現代美術館でのくるり演奏会「東京ミミック」にて正式加入が発表された。

THE WORLD IS MINE(2001年 - 2002年)

2001年秋からくるりは初めての海外レコーディングを行う。この時、アメリカ同時多発テロ事件の影響で出発がひと月延期することとなったが、10月にはロンドン郊外にあるサイロを改造した「ブラー・ストリート」スタジオにてエンジニア・プロデューサーのニック・ハナンとともに楽曲制作とレコーディングを開始。約1ヶ月の滞在の間に次回作収録予定の曲が多く制作された。帰国後は都内のスタジオでレコーディングが継続されたが、機材トラブルなどで順調とはいかなかった。それでもエンジニアの上原キコウ高山徹中村研一に加えイギリスから呼び寄せたニック・ハナンとともにレコーディングをすすめた。

多忙なスケジュールの中のレコーディングではあったが2002年2月にくるり最大のヒット曲となった「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2019/07/21 13:56

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