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さいたま市とは?


さいたま市旗
2001年(平成13年)10月25日制定

【国】
日本
【地方】
関東地方
【都道府県】
埼玉県
団体コード
11100-7
法人番号
2000020111007
【面積】
217.43km

【総人口】
1,295,607[編集]
(推計人口、2018年10月1日)
人口密度
5,959人/km
【隣接自治体】
上尾市川口市朝霞市川越市志木市戸田市蓮田市富士見市蕨市春日部市越谷市白岡市
【市の木】
ケヤキ
【市の花】
サクラソウ
【他のシンボル】
市の花木:サクラ
市のマスコット:つなが竜「ヌゥ」
市の愛称:のびのびシティ さいたま市
市の歌:希望(ゆめ)のまち
(作詞:福原くにこ、作曲:タケカワユキヒデ)
さいたま市役所

【市長】
清水勇人
【所在地】
330-9588
埼玉県さいたま市浦和区常盤六丁目4番4号
北緯35度51分41秒東経139度38分44秒

【外部リンク】
さいたま市

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村



ウィキプロジェクト

さいたま市(さいたまし)は、埼玉県県庁所在地。同県の南部中央寄りに位置する。2001年(平成13年)5月1日浦和市大宮市与野市の3市の合併により設置され、その後岩槻市が編入されて現在の領域となった。2003年に、平成の大合併による合併後の自治体で初となる政令指定都市に指定。内陸部の県に所在する唯一の政令指定都市でもある。2018年10月には人口が130万人を超えた。

目次

  • 1 地理
    • 1.1 位置
    • 1.2 地形
    • 1.3 土地利用
    • 1.4 気候
    • 1.5 行政区
  • 2 人口
  • 3 地区
    • 3.1 合併前の旧4市
    • 3.2 市域にかつて存在した市町村
  • 4 歴史
    • 4.1 先史時代
    • 4.2 古代
    • 4.3 中世
    • 4.4 近世
    • 4.5 近代
    • 4.6 現代
  • 5 政治
    • 5.1 市長
      • 5.1.1 現職市長
      • 5.1.2 歴代市長
      • 5.1.3 過去の市長選挙
    • 5.2 さいたま市議会
    • 5.3 国政選挙
    • 5.4 県政選挙
  • 6 行政
    • 6.1 広報活動
    • 6.2 市の機関
      • 6.2.1 教育
      • 6.2.2 図書館
      • 6.2.3 地域拠点施設
      • 6.2.4 コミュニティセンター
      • 6.2.5 支所・市民の窓口
    • 6.3 県の出先機関
      • 6.3.1 県の公社
      • 6.3.2 警察
    • 6.4 国の出先機関
    • 6.5 広域行政
  • 7 司法
    • 7.1 裁判所
  • 8 経済
    • 8.1 産業構成
    • 8.2 主な企業
    • 8.3 主な商業施設
    • 8.4 ホテル
  • 9 教育機関
  • 10 その他
    • 10.1 ホール
    • 10.2 マスメディア
    • 10.3 医療機関
    • 10.4 郵便
  • 11 スポーツ
    • 11.1 サッカー
    • 11.2 野球
    • 11.3 バスケットボール
    • 11.4 卓球
    • 11.5 スポーツ文学賞
    • 11.6 スポーツ施設
      • 11.6.1 サッカー
      • 11.6.2 野球
      • 11.6.3 その他
  • 12 観光
    • 12.1 主な文化財
    • 12.2 観光スポット
    • 12.3 祭事・催事
    • 12.4 伝統産業
    • 12.5 料理
  • 13 交通
    • 13.1 鉄道
    • 13.2 路線バス
    • 13.3 タクシー
    • 13.4 道路交通
      • 13.4.1 高速道路・有料道路
      • 13.4.2 一般国道
      • 13.4.3 都道府県道
      • 13.4.4 都市計画道路
  • 14 姉妹都市・提携都市
  • 15 出身著名人・ゆかりのある人物
  • 16 名誉市民
  • 17 市民栄誉賞
  • 18 さいたま市を舞台とした作品
  • 19 脚注
    • 19.1 注釈
    • 19.2 出典
  • 20 参考文献
  • 21 関連項目
  • 22 外部リンク

地理

位置

さいたま市は、関東地方の中央部に位置し、政令指定都市で唯一内陸県に位置する。埼玉県内においては南部東寄りに位置するが、県内で用いられる地域区分では「中央地域」に区分されることが多い。

さいたま市の市域は東西19.6km、南北19.9kmにわたり、面積は217.49kmである。日本の政令指定都市としては川崎市堺市に次いで3番目に狭い一方、埼玉県内の市町村としては秩父市に次いで2番目に広い。また、隣接市町村数も秩父市(15市町村)に次いで2番目に多い(12市町村)。

地形

関東平野の中央部に位置するさいたま市には山地丘陵といえる場所は存在せず、全域が台地および低地からなる。全域にわたって標高が低く、最も低い地点で海抜1.1m(桜区下大久保)、最も高い地点でも海抜20.5m(岩槻区表慈恩寺)である。市の西境或いはその近くに荒川、東寄りに元荒川が、それぞれ北西から南東に流れており、これらの河川に近い市の西側、南側、東側の3方を低地で囲まれる。一方、市の北西側から南東に向かって、主に関東ローム層によって形成された大宮台地が伸びており、市の中央部を貫いている。この台地の中にも鴻沼川芝川綾瀬川などの中小河川が流れている。このような中小河川に沿って谷底平野沖積平野等の低地が形成されているため、台地はいくつかの「支台」に区切られている。これらの低地には見沼鴻沼などがあったが、江戸時代に干拓された。

土地利用

さいたま市周辺における人口集中地区(DID)の推移(1960年 - 2010年)。1960年には既に浦和・大宮・与野3市のDIDは一体化しており、他市町のDIDと接続したのはその後のことである。岩槻区のDIDは春日部市のDIDと連続するが、市内他区のDIDとは連続しない。

東京都心からおおむね20km - 35km圏に位置するさいたま市は、東京都ベッドタウンの一つとしての性質の強い都市である。

東京の北郊に位置するさいたま市は、広域的に見ればより東京に近い市南部の方が、市北部より人口密度が高い傾向にある。これに加えて、東京都心部に直結する京浜東北線埼京線高崎線の沿線に人口が集中する傾向があり、両方の条件が重なる南区から浦和区、中央区にかけては、20000人/km以上という高い人口密度の地域が連なっている。

行政・商業・業務などの都市機能の集積は浦和駅さいたま新都心駅大宮駅といった京浜東北線の主要駅周辺において顕著であり、これらが旧市時代からの中心市街地を形成している。また東武野田線(東武アーバンパークライン)岩槻駅周辺にも旧岩槻市の中心市街地が形成されている。

現さいたま市域の大部分では江戸時代まで農地が広がっていたが、1923年(大正12年)の関東大震災1940年代前半の太平洋戦争(大東亜戦争)などを契機として、東京などからの大規模な人口流入が生じ、本格的に宅地化が進むようになった。このような宅地化は、まず中心市街地に近い台地上の鉄道駅付近、すなわち浦和駅から大宮駅にかけての東北本線沿線で先行した。浦和・与野・大宮の中心部は、このような地域において互いに近接していたことから、市街地の一体化は早期に進行し、国勢調査において初めて人口集中地区(DID)が定義された1960年(昭和35年)の時点で、この3市の人口集中地区は既に連続していた。その一方でこの時点では蕨市川口市上尾市といった他市町村の人口集中地区とは連続していなかった。

1960年代以降は首都圏への大規模な人口流入の影響を受けて、現さいたま市域の都市化がさらに急速に進んだ(スプロール現象)。東北本線・高崎線沿線においては、さいたま市の人口集中地区と他市や東京の人口集中地区とが連続するようになり、台地上のみならず低地や鉄道駅から離れた場所にも宅地化が及ぶようになった。この時期には、岩槻駅周辺の市街地も拡大した。政令指定都市移行後の現在、ほぼ全域で宅地化しているのは浦和区、南区、中央区、北区となっている。

しかしながら、現在においてもなお西区や見沼区などでは鉄道駅から少し離れた場所には比較的大規模な農地が存在するほか、住宅地の中にも小規模な農地が点在している。また明治時代の度重なる洪水を契機とした治水対策として広大な河川敷が設けられている荒川周辺(桜区、西区)や、農地として保全された見沼田圃周辺(大宮区、緑区)では、開発が厳しく制限されており、人口のほとんどいない地域も存在している。岩槻区とその他の9区との境界付近を流れる綾瀬川の両岸にも農地が多く、ここで市街地が途切れている。 その結果、さいたま市の人口集中地区は岩槻区以外の9区においてはほぼ一体化しているのに対し、岩槻区の人口集中地区と他区の人口集中地区とは連続していない。岩槻区の人口集中地区は、東側に位置する春日部市の人口集中地区に接している。

気候

さいたま市の気候はケッペンの気候区分に基づけば温暖湿潤気候 (Cfa) に属するが、本州の太平洋側に一般的にみられるように夏季に比べて冬季の降水量が少ない。冬季の降水量の少なさと最低気温の低さは、東京都(大手町)や横浜市千葉市といった近隣の沿岸部の諸都市と比べ、より顕著である。1月の平均最低気温は-1.5℃であり、さいたま市より北にある群馬県前橋市(-0.8℃)よりも低い。2018年1月24日には-8.6℃(当時は1月の史上最低)、同1月26日には観測史上最低の-9.8℃を記録した。アメダスのさいたま観測点(桜区大字宿)における平年値(1981年 - 2010年の観測結果による)は、年平均気温は14.8℃、年間平均降水量は1346.0mmである。

さいたま市(さいたま地域気象観測所)の気候
【月】
【1月】
【2月】
【3月】
【4月】
【5月】
【6月】
【7月】
【8月】
【9月】
【10月】
【11月】
12月 年
最高気温記録 °C (°F) 18.7
(65.7) | 25.5
(77.9) | 26.9
(80.4) | 31.2
(88.2) | 33.3
(91.9) | 35.9
(96.6) | 39.3
(102.7) | 38.7
(101.7) | 37.4
(99.3) | 33.1
(91.6) | 25.6
(78.1) | 25.1
(77.2) | 39.3
(102.7)
平均最高気温 °C (°F) 9.2
(48.6) | 9.9
(49.8) | 13.1
(55.6) | 19.0
(66.2) | 23.2
(73.8) | 26.0
(78.8) | 29.8
(85.6) | 31.5
(88.7) | 27.1
(80.8) | 21.6
(70.9) | 16.2
(61.2) | 11.7
(53.1) | 19.9
(67.8)
日平均気温 °C (°F) 3.6
(38.5) | 4.4
(39.9) | 7.8
(46) | 13.4
(56.1) | 18.0
(64.4) | 21.5
(70.7) | 25.1
(77.2) | 26.6
(79.9) | 22.7
(72.9) | 16.9
(62.4) | 11.0
(51.8) | 5.9
(42.6) | 14.8
(58.6)
平均最低気温 °C (°F) -1.5
(29.3) | -0.6
(30.9) | 2.8
(37) | 8.1
(46.6) | 13.4
(56.1) | 17.7
(63.9) | 21.5
(70.7) | 22.9
(73.2) | 19.2
(66.6) | 12.8
(55) | 6.2
(43.2) | 0.8
(33.4) | 10.3
(50.5)
最低気温記録 °C (°F) -9.8
(14.4) | -8.8
(16.2) | -5.0
(23) | -2.0
(28.4) | 4.8
(40.6) | 11.5
(52.7) | 14.7
(58.5) | 16.3
(61.3) | 9.5
(49.1) | 3.6
(38.5) | -2.4
(27.7) | -6.7
(19.9) | -9.8
(14.4)
降水量 mm (inch) 37.4
(1.472) | 43.1
(1.697) | 90.9
(3.579) | 102.3
(4.028) | 117.3
(4.618) | 142.4
(5.606) | 148.1
(5.831) | 176.3
(6.941) | 201.8
(7.945) | 164.9
(6.492) | 75.7
(2.98) | 41.1
(1.618) | 1,346
(52.992)
平均降水日数 (≥ 1.0 mm) 3.9 | 5.2 | 9.5 | 9.8 | 10.3 | 11.6 | 12.1 | 8.7 | 11.5 | 9.6 | 6.7 | 3.9 | 103.5
平均月間日照時間 193.3 | 179.9 | 177.8 | 185.7 | 174.7 | 128.2 | 145.5 | 173.0 | 128.1 | 137.0 | 154.5 | 182.9 | 1,960.9
出典: 気象庁 (平均値:1981年-2010年、極値:1977年-現在)

行政区

 | この項目ではを扱っています。閲覧環境によっては、色が適切に表示されていない場合があります。
さいたま市の区。
合併前の旧4市域と現さいたま市の区域との比較。

政令指定都市であるさいたま市には、10の行政区が設置されている。おおむね、市町村合併前の旧浦和市域に桜区浦和区南区緑区の4区が、旧大宮市域に西区北区大宮区見沼区の4区が、旧与野市域に中央区が、旧岩槻市域に岩槻区がある。ただし、わずかに旧浦和市内や大宮市内で中央区に編入された地区や、旧浦和市内で大宮区に編入された地区もある。

10区のうち、岩槻区を除く9区は、2003年の政令指定都市への移行に伴って設置された。この9区の区域は、浦和・大宮・与野の旧3市の合併協議において盛り込まれた『旧浦和市域・大宮市域はそれぞれ4つの行政区に区分することが適当』、『旧与野市域は(当時の)市域を基本として1つの行政区に区分することが適当』等の合意事項がさいたま市に引き継がれる形で設定されたものである。一方で岩槻区の区域は、2005年に旧岩槻市がさいたま市に編入される際に、旧市域がそのまま岩槻区に移行する形で設定された。

さいたま市の10行政区には、それぞれ「区の色」および「区の花」が制定されている。

さいたま市の行政区
【区名】
【団体コード】
【設置日】
【位置】
【面積】
【人口】
【世帯数】
【昼夜間人口比率】
【区の色】
区の花
西区 | 11101-5 | 2003年4月1日 | 旧大宮市西部 | 29.14km | 88,584人 | 38,298世帯 | 86.14 |  あお | アジサイ
北区 | 11102-3 | 旧大宮市北部 | 16.91km | 146,649人 | 66,106世帯 | 91.64 |  ふかみどり | 菜の花
大宮区 | 11103-1 | 旧大宮市南部 | 12.75km | 116,947人 | 55,635世帯 | 138.70 |  オレンジ | さくら
見沼区 | 11104-0 | 旧大宮市東部 | 30.63km | 162,046人 | 71,648世帯 | 80.82 |  そらいろ | クマガイソウ
中央区 | 11105-8 | 旧与野市 | 8.39km | 99,993人 | 46,108世帯 | 98.42 |  バラ色 | バラ
桜区 | 11106-6 | 旧浦和市西部 | 18.60km | 95,930人 | 44,825世帯 | 84.15 |  さくら色 | サクラソウ
浦和区 | 11107-4 | 旧浦和市北部 | 11.51km | 160,112人 | 72,032世帯 | 102.38 |  あか | ニチニチソウ
南区 | 11108-2 | 旧浦和市南部 | 13.89km | 186,690人 | 84,922世帯 | 75.49 |  レモン色 | ヒマワリ
緑区 | 11109-1 | 旧浦和市東部 | 26.51km | 123,186人 | 51,399世帯 | 79.55 |  みどり | サクラ
岩槻区 | 11110-4 | 2005年4月1日 | 旧岩槻市 | 49.16km | 111,879人 | 49,248世帯 | 101.60 |  やまぶき色 | やまぶき

人口

日本において第1回の国勢調査が行われた1920年(大正9年)以来、現さいたま市域の人口は、ほぼ一貫して増加してきた。1920年当時の人口が約12万3千人であったのに対して、2018年にはその10倍以上の約130万人である。特に日本の高度経済成長期における人口急増が著しく、1960年には約42万0千人であった現さいたま市域の人口は、1975年には約81万4千人となり、15年間で2倍近くに増加した。旧4市域の合併直前と現在の人口は、浦和市が約49万人(現・約57.1万人)、大宮市が約46万人(現・約51.6万人)、与野市が約8万人(現・約10万人)、岩槻市が約11万人(現・約11万人)である。2030年代までには京都市神戸市を抜き国内7位の都市となる予測となっている。 さいたま市は、日本において、人口40万人以上の複数の市が合併した唯一の例である(人口30万人以上の合併では北九州市がある)。また、平成25年以降はさいたま市への転入者の約6割が20代、30代となっている。

現さいたま市域における人口の推移(1920年 - 2010年、国勢調査による)。

さいたま市と全国の年齢別人口分布(2005年) | さいたま市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― さいたま市
緑色 ― 日本全国
 | 
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

さいたま市(に相当する地域)の人口の推移

総務省統計局 国勢調査より

人口の多い区は南区(18.9万人)、見沼区(16.3万人)、浦和区(16.2万人)、人口密度の高い区は、浦和区(13,415.8人/km2)、南区(13,035.6人/km2)、中央区(11,771.4人/km2)と東京方面寄りの南部に人口が集中する。

市内に常住する通勤通学者74万7千人の23.5%にあたる17万5千人が東京特別区部に通勤・通学し(東京特別区部からさいたま市への通勤・通学者は1万9千人)、昼夜間人口比率も100%を下回る93.0%であるなど(いずれも2015年(平成27年)の国勢調査による)、さいたま市は東京都へ通勤・通学するいわゆる「埼玉都民」が多数居住する、ベッドタウンとしての性格が強い。

地区

合併前の旧4市

当初に合併した浦和・大宮・与野の旧3市の市街地は地理的に連続しているが、旧岩槻市は3市の市街地とは連続しない。旧4市のうち、旧浦和市と旧大宮市は、東西方向に細長い市域と50万人強の人口を有すること、中央部に中山道宿場町(浦和宿大宮宿)を起源とする中心市街地があり、東西に住宅地や農地が多いという土地利用構成となっていること、Jリーグに所属するプロサッカークラブがあることなどの共通点がある。

浦和市は、県庁、市役所をはじめ地裁県警、県指定金融機関でもある埼玉りそな銀行の本店や各種政党の支部など県都としての機能が集積する。また、明治時代に旧制浦和中学校(現・埼玉県立浦和高等学校)と浦和高等女学校(現・埼玉県立浦和第一女子高等学校)、大正時代埼玉大学が設置され、のちに浦和が文教都市の代表格となる所以となった。昭和期以降は現在に至るまでサッカーの盛んな地としても知られる。

大宮市は、日本鉄道浦和―上尾間への熱心な鉄道駅の誘致により、1885年(明治18年)3月に大宮駅の開設を果たし、その後も日本鉄道大宮工場(現・JR東日本大宮総合車両センター)や大宮操車場などの鉄道施設を誘致した。見沼の水神を祀ったとされる氷川神社が地名の由来である。旧浦和市と比較すると商業地よりとなっている。

与野市は、旧浦和市と旧大宮市の間に挟まれた位置にあり、他の3市に比べて面積が小さく、ほぼ全域にわたって市街化されている。市域の狭さや市内のほぼ全域が鉄道駅至近に位置することもあり、市全域が人口集中地区に含まれ、人口密度は合併前の旧4市の中で最も高い。

岩槻市は、南北方向に細長い市域に岩槻城城下町を起源とする中心市街地があり、南北に住宅地や農地が多いという市街配置・土地利用構成となっていること、江戸時代には大部分が岩槻藩領であったこと(他の3市は主に幕府領等)、市制施行前の所属郡が南埼玉郡であったこと(他の3市は北足立郡)等の歴史的経緯において、他の旧3市とは異なった特徴を有する。伝統工芸品である岩槻人形の産地で、人形店が集積し、「人形のまち」として全国的に知られる。

市域にかつて存在した市町村

現さいたま市域の昭和初期における町村

歴史

2001年(平成13年)5月1日以前の歴史については、浦和市大宮市与野市岩槻市も参照。

先史時代

現さいたま市域には、旧石器時代より人が居住しており、大宮台地の関東ローム層から大古里(おぶさと、緑区)遺跡、明花向(みょうばなむかい、南区)遺跡などの遺跡から、旧石器時代の遺物が出土している。

縄文時代前期には、世界的な温暖化の進行により海面上昇が進み(縄文海進)、荒川元荒川の下流域は海面下に没した(奥東京湾。このうち、大宮台地の西側の水域は「古入間湾」とも呼ばれる)。このため、内陸県である埼玉県栃木県でもこの時代の貝塚が発見されており、さいたま市内においても、当時の海岸線に近い大宮台地の縁辺部に白幡貝塚(南区)、大谷場貝塚(南区)、大戸貝塚(中央区)、中川貝塚(見沼区)等の貝塚が残されている。寒冷化の進んだ縄文時代の後期・晩期の遺跡は少なくなるものの、真福寺貝塚(岩槻区、国の史跡)、馬場小室山遺跡(緑区、埼玉県の史跡)、南鴻沼遺跡(中央区)などの遺跡がある。

弥生時代古墳時代に入ると、本格的な水稲耕作が行われるようになる中で、低地をのぞむ台地の縁辺部や、低地の自然堤防に多くの集落が形成されるようになった。古墳は、植水古墳群側ヶ谷戸古墳群(西区)、大久保古墳群土合古墳群(桜区)など古入間川沿いの台地縁辺部や低地に多く見られる。

古代

奈良時代律令体制が整備されると、現さいたま市のうち岩槻区は埼玉郡に、それ以外の9区は足立郡に含まれるようになった。和名類聚抄には足立郡に7つの郷が所載されており、そのうち堀津(ほっつ)、殖田(うえた)、郡家(ぐうけ)、発度(はっと)、大里(おおさと)の5郷を現さいたま市域内に比定する説があるが、堀津郷や発度郡はさいたま市外に比定する説もあり、定かではない。延喜式神名帳には、現さいたま市域では氷川神社調神社足立神社の3座が所載されている(式内社) 。大久保領家に足立郡の郡衙があったと推定されている。

平安時代中頃には、国司に抵抗する群盗の蜂起が続発して治安が悪化した武蔵国では、地方豪族や荘園管理者などが農民などを集めて武装化するようになり、やがてそのような武装集団が武士となっていった。天慶元年(938年)、足立郡司として現在の浦和や大宮を含む足立郡一帯を支配していたと考えられる武蔵武芝と、武蔵権守の興世王・武蔵介の源経基との対立が生じ、これがやがて平将門の乱の契機となったが、乱に巻き込まれる中で武蔵武芝は失脚し、以降足立氏などが足立郡司として登場した。

中世

平治元年(1160年)の平治の乱の際、源義朝に従って破れた足立遠元は、その後足立郡に逼塞していたと考えられているが、治承4年(1180年)に挙兵して鎌倉入りした源頼朝から足立郡の郡郷領掌を安堵され、以後有力御家人として重用された。足立遠元の屋敷は現桶川市川田谷に比定する説と、現さいたま市西区の植田谷に比定す

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出典:wikipedia
2019/01/23 20:27

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