このキーワード
友達に教える
URLをコピー

アイルランドとは?

移動先: 案内検索
アイルランド
Éire(アイルランド語)
Ireland(英語)



(国旗) | (国章)
国の標語:Éire go deo
(アイルランド語: アイルランドよ、永遠に)
国歌:Amhrán na bhFiann(アイルランド語)
The Soldier’s Song(英語)
兵士の歌
公用語
アイルランド語英語
首都
ダブリン
【最大の都市】
ダブリン
政府
大統領
マイケル・D・ヒギンズ
首相
レオ・ヴァラッカー
面積
【総計】
70,273km(120位)
【水面積率】
2%
人口
【総計(2013年)】
4,593,100人(119位)
人口密度
65人/km
GDP(自国通貨表示)
【合計(2011年)】
1,605億ユーロ (€)
GDP (MER)
【合計(2011年)】
2,128億ドル(42位)
GDP (PPP)
【合計(2011年)】
1,752億ドル(55位)
【1人あたり】
39,312ドル

【独立】
1922年12月6日(アイルランド自由国)
1937年12月29日(アイルランド憲法の施行)
1949年4月18日(イギリス連邦を離脱)
通貨
ユーロ (€) (EUR)
時間帯
UTC ±0(DST:+1)
ISO 3166-1
IE / IRL
ccTLD
.ie
国際電話番号
353
  1. ^ IMF Data and Statistics 2012年3月31日閲覧([1])
  2. ^ 1999年以前の通貨はアイルランド・ポンド
  3. ^ アイルランドのユーロ硬貨も参照。

アイルランド、またはアイルランド共和国(-きょうわこく)は、北西ヨーロッパ北大西洋アイルランド島の大部分を領土とする立憲共和制国家。首都はダブリン。島の北東部はイギリスカントリーの一つである北アイルランドと接している。

独立前より北アイルランドも自国の領土であると主張し、イギリスとの対立と抗争を繰り返してきたが、1998年ベルファスト合意により領有権を放棄した。

2005年、『エコノミスト』の調査では最も住みやすい国に選出されている。

目次

  • 1 国名
  • 2 歴史
    • 2.1 古代
    • 2.2 ノルマン人の侵入
    • 2.3 宗教改革とプロテスタント支配の強化
    • 2.4 植民地時代
    • 2.5 アイルランド独立戦争とアイルランド内戦
  • 3 政治
    • 3.1 治安
  • 4 軍事
  • 5 国際関係
    • 5.1 イギリスとの関係
    • 5.2 アメリカ合衆国との関係
    • 5.3 日本
  • 6 行政区画
  • 7 主要都市
  • 8 地理
  • 9 経済
    • 9.1 農業
    • 9.2 鉱業
    • 9.3 交通
  • 10 国民
    • 10.1 言語
    • 10.2 宗教
    • 10.3 保健
    • 10.4 教育
  • 11 文化
    • 11.1 食文化
    • 11.2 文学
    • 11.3 音楽
    • 11.4 美術
    • 11.5 芸能
    • 11.6 映画
    • 11.7 世界遺産
    • 11.8 祝祭日
  • 12 スポーツ
    • 12.1 国技
    • 12.2 サッカー
    • 12.3 ラグビー
    • 12.4 競馬
    • 12.5 ゴルフ
    • 12.6 野球
  • 13 著名な出身者
  • 14 脚注
  • 15 参考文献
  • 16 関連項目
  • 17 外部リンク

国名

詳細は「アイルランドの国名」を参照
アイルランドの地図

憲法で定められた正式名称はアイルランド語Éire([ˈeːɾʲə] ( 音声ファイル)、エァル)、英語ではIreland([ˈaɪərlənd]、アィアランド)。国際連合欧州連合ではIrelandとして国名登録されているが、その一方で「1948年アイルランド共和国法(The Republic of Ireland Act, 1948)」は、憲法の規定を覆す効力は無いものの「Republic of Ireland(アイルランド語: Poblacht na hÉireann [ˈpˠɔbˠlˠaxt̪ˠ nˠa ˈeːɾʲən̪ˠ])」を公称とする旨を定めている。

日本語では「アイルランド」と「アイルランド共和国」の両方が使われており、外務省は前者を用いている。アイルランド語読みの「エール」と呼ぶこともある。漢字による当て字愛蘭土で、と略す。

歴史

詳細は「アイルランドの歴史」を参照
アイルランド共和国の歴史」も参照

古代

新石器時代の支石墓

ノルマン人の侵入

  • 8世紀末頃、ノルマン人(ヴァイキング)の侵入が始まる。
  • 1014年、アイルランド上王 (High King) ブライアン・ボル(Brian Boru、ブリアン・ボルーとも)がクロンターフでヴァイキングを破り、これ以降ヴァイキングの侵入が収束する。
  • 1169年、ノルマン人の侵攻が始まる。
  • 1171年、諸豪族がイングランド王ヘンリー2世の支配下におかれる。

宗教改革とプロテスタント支配の強化

アイルランド王国」、「宗教改革」、「三十年戦争」、および「大同盟戦争」も参照
  • 1541年、イングランド王ヘンリー8世がアイルランド王を自称する。これ以降、イングランドからの入植者が増える。しかしアイルランドの貴族はこれを認めずヘンリー8世と対立。

清教徒革命(主教戦争三王国戦争(スコットランド内戦イングランド内戦アイルランド同盟戦争(アイルランド革命。1652年、護国卿オリバー・クロムウェルによるアイルランド侵略、事実上の植民地化。これ以後正式な移民が始まる))、イングランド共和国の成立、イングランド王政復古)。名誉革命(1688年 - 1689年)、ウィリアマイト戦争

植民地時代

アイルランド独立戦争とアイルランド内戦

政治

詳細は「アイルランドの政治」を参照
政府庁舎

1949年以降は共和制を採用している。元首大統領で国民の直接選挙により選出される。大統領は基本的には名誉職であり、儀礼的な役割を主に務めるが、違憲立法審査の請求、首相による議会解散の拒否などの権限があり、国軍の最高司令官をつとめる。初代大統領は作家のダグラス・ハイドが就任した。1990年から2011年までメアリー・ロビンソンメアリー・マッカリースと2代続けて女性が大統領に選出されており、保守的傾向の強かったアイルランドの変化を象徴している。現在の大統領はマイケル・D・ヒギンズである。アイルランドの議会(ウラクタス, Oireachtas)は二院制で上院がシャナズ・エアラン(Seanad Éireann)、下院はドイル・エアラン(Dáil Éireann)と呼ばれる。議会から選出された首相(ティーショク, Taoiseach)が行政府の長となる。

1973年にはEC(現EU)に加盟している。

2017年6月、少数与党の統一アイルランド党の党首で、同性愛者であるレオ・バラッカーが首相に選ばれたが、これはカトリック教国では初めてのことである。今後は英国保守党と閣外協力する北アイルランド民主統一党との関係に関心がもたれるが、英国のEU離脱を巡ってアイルランドは北アイルランドとの間の自由通行の維持を主張している。

治安

ガーダ・カー

アイルランドの警察は1922年に創設された。アイルランドでは自国警察のことをガーダ(単数形Garda、複数形Gardaí:ガーディー)と呼ぶ。

軍事

詳細は「アイルランド国防軍」を参照

アイルランドは(en)(en)三軍を擁し、平時の兵力は8,500名。他に陸軍の予備役13,000名がある。安全保障については中立政策を採用しており、第二次世界大戦には参戦せず、北大西洋条約機構にも加盟していないが、国際連合平和維持活動への派兵は行っている。

国際関係

詳細は「アイルランドの国際関係」を参照

イギリスとの関係

現代のアイルランドとイギリス
詳細は「英愛関係」を参照

オリバー・クロムウェルの侵略以降、民族や領域としての自治が剥奪され、イギリスが最初に支配した植民地となった。プロテスタントによるカトリック教徒への迫害があり、また植民地政策で工業化は遅れた。土地政策はイングランドのアイルランド支配にとって重要でしばしば深刻な影響をあたえた。

経済基盤は弱く大規模地主による小作農を使役した商品作物栽培という典型的な植民地型農業であり、アイルランド人の2/3は農業に従事していた。さらに羊毛のための囲い込み政策が追い討ちをかけ、これは1800年代前半に相次いで発生したジャガイモ飢饉という惨事として現われた。市場において高く売買される農作物がイングランドに大量に移送される一方でアイルランドからは食物が枯渇し、不作に見舞われた小作農の大量餓死が発生したため社会問題となった。飢餓や貧困から逃れるために、生き残った多くのアイルランド人もアメリカ合衆国へと移住することになる。これによって1840年は800万人を数えた人口は1911年に440万人にまで減少し、アイルランド語を話す人口も激減した。これ以降もアイルランドの総人口は回復しておらず、現在に至るまで最盛期には遠く及ばない。

ジャガイモ飢饉はイングランドにとっても深刻な社会問題として衝撃をもって受け止められ、公共事業支援や食糧援助などが実施されたものの、貧困からくるアメリカへの移住など住民の離散を防ぐことは困難であった。イギリスで1840年代に沸騰していた鉄道バブルはこれにより崩壊した。マルクスは資本論の叙述でこの惨事について言及した。この時期に受けた困難はアメリカに移住したアイルランド人の原点となり、のちのアイルランド独立闘争のさいにしばしば言及された。また(帝国主義的植民地)経済システムが現実の災害をもたらした顕著な例として経済学や政治社会学でしばしば論じられた。

1919年から1922年アイルランド独立戦争では休戦協定が結ばれ英愛条約が締結された。アイルランド自由国が成立して独立戦争は終結したが、イギリス連邦下であることにも不満を抱く者はアイルランド内戦を起こした。

このように歴史的にイギリス(イングランド)への植民地支配の恨みが強く、今でも一部の住民の間では反英感情が強い。例えば第二次世界大戦の際には全ての英連邦諸国は対日参戦していたのに対してアイルランドはイギリスのチャーチル首相の対日参戦要求を拒否し、大英帝国戦艦のプリンス・オブ・ウェールズレパルスが日本軍に撃沈されたニュースを聞くと、むしろ歓喜に満ちていた。また、元インド総督のルイス・マウントバッテンは、アイルランド国内でボートに乗っている際にIRA暫定派によって仕掛けられた爆弾で暗殺されている。

しかし、イギリスはアイルランド共和国にとって無視できない存在であり、経済的および人的交流は古くから盛んである。北アイルランドではアイルランド帰属を求めてテロ行為を繰り返すIRA暫定派などナショナリストとユニオニストとの紛争が起こっていたが、和平プロセスが進んでいる。アイルランド共和国は一部日本で誤解されているようなテロ行為の舞台とはなっておらず、北アイルランド和平が現実に近づくにつれ、さまざまな分野での南北の交流が広がっている。

1997年トニー・ブレア首相が100万の餓死者・100万の移民を出した1845年から1849年のジャガイモ大飢饉について「今日それを反省してみるにつけ苦痛をもたらすものであった」とコメントした。1998年には北アイルランド和平合意が成立した。殺し合いに嫌気がさした事、南の経済発展にあせりを感じた事が契機となる。しかし強硬派が納得せず失敗しさらに10年が経過する。2005年、イギリス在郷軍人会アイルランド支部主催の第1次大戦戦没者追悼行事にアイルランド大統領が出席。アイルランド人兵士の名誉回復と追悼を訴えた。彼らはアイルランド自治獲得促進の意志をもって参戦したのにそれまではイギリスへの協力者と非難されてきた。2007年2月、クローク・パーク競技場でのラグビー・シックス・ネイションズの試合、アイルランド対イングランド戦が平穏に行われる。イギリス国歌の演奏に当たりアイルランド側から一つのブーイングもなく、イギリスとアイルランドの歴史的和解の象徴となった。この競技場は1920年の独立戦争のときイギリス軍がゲーリックフットボール観戦中のアイルランド人を虐殺した場所で反英闘争の聖地であった。アイルランドは伝統的に反英感情が強いものの、イギリスの公用語である英語を使用しており、英語留学先として人気がある。

アメリカ合衆国との関係

詳細は「米愛関係」を参照
祖先の故郷ティペラリーでスピーチをするレーガン大統領(当時、1984年)

19世紀後半、イギリス植民地支配に苦しんだアイルランド人は、同じ英語圏の国へ移民を行わざるをえなかった。当時、同じくイギリス植民地であったカナダオーストラリアにおいては、やはり支配層から差別される立場であったため、植民地からの独立を果たしていたアメリカ合衆国にその多くが渡った。そのためアイルランド系アメリカ人は今日でも多い。シカゴからルイジアナに至るいわゆるバイブルベルトではアイルランド系移民によるカトリックの影響が強く、聖パトリックの祝日を盛大に祝う風習がある。人口の多いニューヨークでもアイルランド系住民の絶対数は少なくなく、上記祝日は盛大に祝われる。しかし開拓当時のアメリカ人からは、アイルランド人移民の貧しい生活や異様と取れる風習、イギリスで被征服民として低くみられていた事、カトリック教徒であった事などにより、忌避感を持たれた。アイルランド人は人種的に見て「白人」に含まれるが、「アメリカ市民」には相応わしくないとされて、以降、偏見の目と差別に苦しめられた。しかし後にはその社会的地位は向上し、大統領となったジョン・F・ケネディ、そしてロナルド・レーガンは、祖先の故地アイルランドを訪問、暖かく歓迎された。

アイルランドは経済面でアメリカ依存が強い。一方で1990年代の「アイルランドの奇跡」といわれる経済成長の背景には、国内総生産の7%程に相当するEUからの援助金も無視できない。アメリカ、EUからの投資は特に教育制度と公共設備にあてられアイルランドの経済力を強化したが、より重要なのはEU諸国間では比較的低い法人税と安い賃金である。それに惹かれて外国企業、とりわけアメリカの多国籍企業が生産拠点とヨーロッパ事業本部をアイルランドに設立した。アイルランドの国語が英語であることもアメリカ企業にとって重要で、また、アメリカ本部とアイルランド支部との時差を利用した仕事分担の恩恵もある。エレクトロニクス、製薬のようなハイテク産業や、金融サービスなどにおける外国投資はアイルランド経済の原動力となっているが、その内訳の80%はアメリカによるもので、アイルランドで活躍しているアメリカ企業は600社、その従業員は10万人規模に及ぶ。アメリカからみてアイルランドはヨーロッパ市場を狙う前進基地であるが、一方でアイルランドでの収益率は、他のヨーロッパの国よりも2〜3割ほど高い。

アイルランド人は植民地支配の経緯によりイギリスに対し伝統的に敵対的であるが、かつてイギリス植民地から独立し、アイルランド人にとって苦難の時期には多くのアイルランド系移民を受け入れたアメリカ合衆国に対しては好意的である。旧宗主国が残していった英語を駆使して、第二次大戦後にイギリスに代わって世界一の経済大国となったアメリカと活発な取引を行っているが、これは同じくイギリスの植民地支配を受けたインドと同様の傾向である。

日本

第二次世界大戦では、日本政府が中立国で活動している自国の外交官たちのため、スイスのアイルランド大使館を経由して送金していた 。

1957年には日本との国交を樹立した。

行政区画

詳細は「アイルランドの地方行政区画」を参照
アイルランドの行政区画(緑の領域)

アイルランド島は歴史的な慣習から自治権のないコノートマンスターレンスターアルスターの4つの地方に大別される。 これらは32の州 (county) で構成されるが、この内のアーマー、アントリム、ダウン、ティロン、デリー、ファーマナの6州がイギリスの統治下にある北アイルランドに属している。

  1. ダブリン州
  2. ウィックロー州
  3. ウェックスフォード州
  4. カーロウ州
  5. キルデア州
  6. ミース州
  7. ラウス州
  8. モナハン州
  9. キャバン州
  10. ロングフォード州
  11. ウェストミース州
  12. オファリー州
  13. リーシュ州
  14. キルケニー州
  15. ウォーターフォード州
  16. コーク州
  17. ケリー州
  18. リムリック州
  19. ティペラリー州
  20. クレア州
  21. ゴールウェイ州
  22. メイヨー州
  23. ロスコモン州
  24. スライゴ州
  25. リートリム州
  26. ドニゴール州

主要都市

詳細は「アイルランドの都市の一覧」を参照

2011年におけるアイルランドの5大都市は次の通り。

【】
【都市】
【州】
【人口】

1 | ダブリン | ダブリン州 | 111万627人
2 | コーク | コーク州 | 19万8582人
3 | リムリック | リムリック州 | 9万1454人
4 | ゴールウェイ | ゴールウェイ州 | 7万6778人
5 | ウォーターフォード | ウォーターフォード州 | 5万1519人

地理

詳細は「アイルランドの地理」を参照
アイルランド島の衛星写真

アイルランド島の南側、約6分の5がアイルランド共和国、残りは北アイルランド英国領である。面積は70,282km(北アイルランドを加えると84,421km。北海道よりもやや広い)、南北に約500km、東西に約300kmある。

大西洋の北東部にあり、東のアイリッシュ海グレートブリテン島と隔てられている。

西部は山地、丘陵、断崖の風景が広がる。中央部は氷河によって堆積した粘土を含む低地で、沼地が多く存在する。南西部の山岳地帯に最高地点(標高1038m)がある。北東部に玄武岩台地があるほかはほとんどの地域が花崗岩に覆われている。

温暖なメキシコ湾流と、大西洋から吹く偏西風の影響で気候は安定した西岸海洋性気候となっており夏は涼しく、冬は緯度の高い割に寒くない。また、地域による気候の差もほとんどない。平均気温は、もっとも寒い1月と2月で4℃から7℃程度、もっとも暖かい7月と8月では14℃から17℃程度である。最低気温が-10℃より下がることや、最高気温が30℃を超えることはほとんどない。

年間の降水量は、平野では1000mm程度である。山岳部ではさらに多く2000mmを超えることもある。月ごとの降水量はほとんど変わらない。

経済

詳細は「アイルランドの経済」、「ケルトの虎」、および「PIIGS」を参照
ダブリンを走るルーアス

アイルランド経済は他のヨーロッパ諸国と比べ小規模であり国際貿易に大きく依存している。かつては西欧でも長きにわたりポルトガルなどと並び最貧国のひとつに数えられたが、1990年代に入ってからEUの統合とアメリカを中心とした外資からの投資などにより急成長を遂げた。1995年から2000年の経済成長率は10%前後であり、世界において最も経済成長を遂げた国のひとつとなった。以前に経済の中心をなしていた農業は産業の工業化により重要度が低下した。現在では工業はGDPの46%、輸出額の80%、雇用の29%を担っている。近年のアイルランド経済の力強い成長は外資企業・多国籍企業や輸出が寄与すると

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/05/23 06:20

HAPPY Wikipedia

あなたの考える「アイルランド」の意味を投稿しよう
「アイルランド」のコンテンツはまだ投稿されていません。
全部読む・投稿 

アイルランドスレッド一覧

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「アイルランド」のスレッドを作成する
アイルランドの」
友達を探す
掲示板を探す
このページ
友達に教える
URLをコピー

注目のキーワード

錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

キーワードで探す

 
友達を探す
掲示板を探す
無料コミックを探す
占い・診断
着メロを探す
GAMEを探す
デコメを探す
きせかえツールを探す
FLASH待ち受けを探す
ハッピーWiki
ハッピーメール
ハッピーランド
HAPPY NEWS
2010Happy Mail