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アジアサッカー連盟とは?

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アジアサッカー連盟
AFC加盟国または地域

【略称】
AFC
【設立年】
1954年
【種類】
サッカー
【本部】
マレーシア
クアラルンプール
【メンバー】
47協会
【会長】
シャイフサルマーン・ビン・イブラーヒーム・アール=ハリーファ
【関連組織】
国際サッカー連盟(FIFA)
ウェブサイト
http://www.the-afc.com/

アジアサッカー連盟(アジアサッカーれんめい、: Asian Football Confederation, 略称はAFC)は、アジアの各国・地域協会を統括する、国際サッカー連盟(FIFA)傘下のサッカーの大陸連盟である。1954年5月8日に設立。事務局の所在地はマレーシアクアラルンプールコンセプトは「The Future is Asia」

2005年まではオセアニアサッカー連盟(OFC)に所属していたオーストラリアが2006年1月1日付けでAFCへ転籍し、最も広大な領域を持つサッカー連盟となった。その広大さゆえに生ずる諸問題等を解決する為に、AFC内の委員会で分割が検討されている。

目次

  • 1 概要
  • 2 歴史
    • 2.1 1980年代まで
    • 2.2 1990年代
    • 2.3 2000年代
    • 2.4 レベルアップへの試み
  • 3 AFC分割案
    • 3.1 概要
    • 3.2 分割案例
  • 4 AFC内の地域連盟
  • 5 加盟協会
    • 5.1 過去の加盟協会
  • 6 ランキング
    • 6.1 AFC MA ランキング
    • 6.2 AFC クラブ ランキング
  • 7 大会一覧
    • 7.1 ナショナルチーム
    • 7.2 クラブチーム
    • 7.3 フットサル
    • 7.4 ビーチサッカー
  • 8 殿堂入り
  • 9 決議
  • 10 AFCとワールドカップ
    • 10.1 AFCからのワールドカップ出場国
    • 10.2 ワールドカップへの道程
    • 10.3 出場枠の動向
  • 11 例
  • 12 脚注
  • 13 関連項目
  • 14 外部リンク

概要

 | この節には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証し出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2012年5月)

現在、AFCは世界でもっとも広大な地域を管轄するサッカー協会である。その範囲は、東はオーストラリアグアム、西はパレスチナレバノンシリアにまで及び、加盟国間の東端と西端の間では季節によっては8〜9時間の時差があるほどである。加盟国間の総人口も、中国インドの両国を抱えるだけに、世界の総人口の約半数にも達する。

しかし、抱える問題も数多い。その1つに、中東の産油国を抱えているため、オイルマネーに流されやすい傾向が挙げられる。近年はその風潮も和らいではいるものの、90年代まではFIFAワールドカップアジア予選開催地に中東のスタジアムを選ぶ(1994年アメリカ大会アジア予選まではセントラル方式が中心だった)など、中東・湾岸諸国が有利になるような大会運営が散見された。また前述の通りAFCは統括範囲が広範囲に及ぶため、ホーム・アンド・アウェーで試合を行うと、長距離移動による選手の疲労が無視できないなど、アジアならではの問題も抱えている。

アジア人プレイヤーとしてヨーロッパのクラブでプレーする選手も年々増えており、彼らの功績や経験もアジアサッカー界全体のレベルアップにも繋がっていると言える。世界最高峰の大会であるUEFAチャンピオンズリーグにも毎シーズンアジア国籍のプレイヤーが出場しており、本田圭佑香川真司長友佑都内田篤人などが活躍している。しかし、欧州のクラブに在籍していても試合に出場する事が出来ないという事例もまだまだ多く、オーストラリア、日本、韓国、イランなどの一部のアジアの強豪国の選手を除くと欧州でプレーする自体が困難な現状もある(例外的に、ウズベキスタンのマクシム・シャツキフ、オマーンのアリ・アル・ハブシなどがいる)。

また、発展途上国も加盟しているAFCは、2009年に、収益の1パーセントを寄付する事業をはじめとする「ドリームアジア・プロジェクト」を発足させるなど、社会貢献活動を積極的に行う姿勢を示している。2010年5月には、世界的な飢餓問題の解決に向けてFAO(国際食糧農業機関)とパートナーシップ協定を締結した。

歴史

 | この節には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証し出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2012年5月)

1980年代まで

フィリピン首都マニラで開催された1954年第2回マニラアジア大会がきっかけとなり、アジア各国のサッカー協会の代表者らがマニラアジア大会開催中の1954年5月8日にアジアサッカー連盟(AFC)を設立し、マレーシア首都クアラルンプールに本部を置いた。同年6月21日、AFCはFIFAからFIFA傘下の地域連盟として承認された。この時のAFC創設メンバーはアフガニスタンミャンマー台湾香港インドインドネシア日本韓国パキスタンフィリピンシンガポールベトナムイスラエルの13か国である(なお、AFCは政治的配慮により今もなお、イスラエルを創設メンバーとして認めておらず、AFC創設メンバーは12か国であるとしている)。当初は東南アジア勢や韓国がアジアの強豪であったが、アラブ・中東諸国がオイルマネーやガルフカップを背景に台頭し、特に1970年代にはイランAFCアジアカップで3連覇を達成した。その後、サウジアラビアイラククウェートUAEなども加わり、1990年代前半までは、1986年FIFAワールドカップ・メキシコ大会に8大会ぶりに本大会出場を果たした韓国を除き、ほぼ西アジア諸国のなすがままとなった。

イスラエルは、AFC創設メンバーだったが、イスラエル=アラブ紛争(パレスチナ問題および中東戦争等)により周辺アラブ諸国との関係が悪化し、アラブ諸国を中心としたボイコット(対戦拒否、大会参加拒否)が激化。1973年10月6日第四次中東戦争が起こると、対戦不可能な状態に陥った。そして、テヘランアジア大会の大会期間中の1974年9月14日に、イラン首都テヘランで開催されたAFC総会で除名された。なおテヘランアジア大会のサッカー競技イスラエルは出場しており、決勝を地元イランと戦い、0-1で敗れた。この試合がAFCとしてのイスラエルの最後の試合となった。その後、地域連盟未所属のまま活動を続け、除名されていながらアジア・オセアニア予選に組みいられたり、欧州予選に参加したり、オセアニア予選に参加したり、オセアニアサッカー連盟(OFC)の暫定メンバーになったりなどの紆余曲折を経て、1992年から欧州サッカー連盟(UEFA)に加盟した。

1990年代

1990年代に入っても、イランやサウジアラビア等の中東勢及び韓国がアジアでの強豪の地位を占める一方、ダイナスティカップ1992AFCアジアカップ1992で優勝した日本が、徐々にこれらアジアのサッカー強国に並ぶ地位へと浮上する。

ソビエト連邦の崩壊に伴い、独立した中央アジア5ヶ国(ウズベキスタンカザフスタンキルギスタジキスタントルクメニスタン)は1994年に一斉にAFCへ新規加入を果たした。その中央アジア5カ国の一員で、AFC新規加入年の1994年に行われた広島アジア大会サッカー競技でいきなり優勝を遂げたウズベキスタンAFCアジアカップで決勝トーナメント進出の常連となった中国等が、アジアのサッカー強豪国へと名乗りを挙げた。

2000年代

1994年にAFCに新規加入したカザフスタンは選手やファンの反対(UEFA加盟を希望)を押し切って加入したAFCでもワールドカップ本大会出場を果たせなかったことから2001年にAFCを脱退し、2002年4月からUEFAに加盟した。AFCに同時に加盟したウズベキスタンも、2005年9月3日の2006年独W杯アジア予選アジアプレーオフバーレーン戦の裁定への不満(吉田寿光主審の誤審問題)からUEFA転籍を示唆したが、最終的には、転籍せずAFCに残留した。

2006年独W杯で決勝トーナメントへ進出したオーストラリア(以下豪州と略すことあり)は、「W杯オセアニアサッカー連盟(OFC)独自出場枠が無く32年間大陸間プレーオフ南米などの強豪国にW杯出場を阻まれ続けたこと」、「W杯オセアニア予選でも10点差以上の大差がつくなど他のOFC加盟国と実力差が大きすぎ強化につながらないこと」を理由に、以前からAFC転籍を希望していた。初めて時差なしで観戦出来た2002年日韓W杯で、オーストラリア国民のサッカーへの関心が高まったことに商業的価値を見出したジョン・ハワード豪州首相が、豪州サッカーのアジア進出を計画。以降、豪州政府の後押しを受け、オーストラリアサッカー連盟が念入りにロビー活動を展開した結果、AFC転籍を許可され、2005年4月17日OFCを脱退し、2006年1月1日付けでAFCに加盟した(ただし、オーストラリアは既に2005年オセアニアサッカー連盟(OFC)代表として出場権を獲得していた為、2006年独W杯へはOFC代表として出場した)。他、オセアニアのうち、グアム北マリアナ諸島(準加盟)についても距離や地理的な関係などからアジアサッカー連盟(AFC)に参加している。

レベルアップへの試み

2002 FIFAワールドカップを契機に、アジアの実力中堅国の競技レベルが上昇。バーレーンカタールといった湾岸の小国が上位国を破ることも珍しくなくなった。また、イラク戦争によって大きな打撃を受けたイラクAFCアジアカップ2007で並み居るサッカー強国を押しのけて優勝を果たした。また、ASEAN地域では2007 東南アジアサッカー選手権タイを破って優勝したシンガポールの成長も著しい。

こうした動きをさらに加速させ、加盟国全体の競技レベルを上げるため、2002年9月からAFCはその支援プログラムであるビジョン・アジアを立ち上げ、中国ヨルダンインドなど数ヶ国で活動を開始。また一方で中堅国と下位国の格差が拡大したことで、実力下位の諸国の底上げを図るため、AFC内のFIFAランキング25位以下のチームが参加可能なAFCチャレンジカップも2006年から開催されている(2014年まで)。

また、FIFAワールドカップなどの世界大会のアジア予選では、以前は実力が離れすぎた国が予選で対戦することがしばしば起き、強化の妨げになっていたことがあったが、2006 FIFAワールドカップ・アジア予選からシード順(2006年大会予選・2018年大会予選FIFAランキング順、2010年大会予選2014年大会予選はそれぞれ前大会の成績順)によって参加する予選の段階を変化させ、実力の近い国同士が対戦することで、より強化が図られるようになった。

AFC分割案

概要

上述の通り、長距離移動などのAFCの問題があり、それらを一挙に解消する為に広大なアジアを分割しようという議論は以前からあった。2006年1月1日付けでオーストラリアがAFCに転籍すると、東西南北に広がった最大時差8時間という世界最大の地域がAFCとして一つにくくられることになり、AFC内の委員会でAFC分割(主に東西分割)が検討されるようになった。長距離移動の問題、国際Aマッチデーが集中する7〜8月が西アジアの暑さにより使えない問題、欧州のシーズンに近い西アジアと春秋制が中心の東アジアとでは時期によって格段にコンディション差がある問題、さらに同じ時期でも場所により気候が大きく違う問題などの諸問題を解決する為である。

また、西アジアの勢力図の変化も東西分割案を後押ししている。西アジアでは代表チームの実力、協会の政治力で、サウジアラビアの一強時代が長く続き、突出し過ぎていたため、東西のアジア分割に現実味はなかったが、現在では湾岸諸国が台頭し、バランスが取れてきている。

分割案例

AFC内委員会が検討している分割案にはいくつかあるが、主な案は東西分割案である。

東西分割案
加盟国・地域「46」(パレスチナを含めると47)の内、東アジアと東南アジアとオーストラリアを合わせた「21」を東へ、中央・南・西を合わせた「25」(パレスチナを含めると26)を西とする。
AFCとオセアニアサッカー連盟(OFC)を合併後、東西分割案
AFC加盟国・地域「46」(パレスチナを含めると47)+OFC「11」の計57(パレスチナ含めると58)の内、東アジアと東南アジアとオセアニアを合わせた「32」を東へ、中央・南・西を合わせた「25」(パレスチナを含めると26)を西とする。
AFCとOFCを合併し、さらに西に北アフリカサッカー連合を統合した上で、東西分割案
AFC加盟国・地域「46」(パレスチナを含めると47)+OFC「11」+北アフリカ「5」の計62(パレスチナ含めると63)の内、東アジアと東南アジアとオセアニアを合わせた「32」を東へ、中央・南・西と北アフリカを合わせた「30」(パレスチナを含めると31)を西とする。

ただ、AFCとOFCを統合した上での再編となると、オセアニアが東アジアと統合されることになるが、オセアニアへの飛行機での移動は乗り換え時間も含め非常に時間がかかり、むしろ従来通りの予選のままで、東アジアから西アジアへ移動する方が負担が少ないとの指摘もある。また、さらに北アフリカを西に統合した上での再編となると、ほぼイスラム圏であり、宗教的な軋轢が少ないと思われるが(現にアラブ諸国と北アフリカ勢でアラブサッカー連盟を設立し、活動している)、アフリカサッカー連盟(CAF)の出場枠の増減に関わってくる上に、CAFは常日頃から「アフリカは一つ」と一体感を主張しており、実現は困難である。

AFC内の地域連盟

AFCに加盟している国と地域は、同じ地域での交流をより深め、その地域内でのサッカーの発展させるため、地域サッカー連盟を結成している。その活動として、地域内の大会を開催している。

※東アジアサッカー連盟は、AFCの下部組織ではなく「FIFA 直属の独立した組織」という形態をとっている。これは、東アジアサッカー連盟の目的が、AFC内での東アジアの発言力向上を目指している為である。

加盟協会

現在、以下の46の国・地域の協会が加盟、1地域の協会が準加盟している(※五十音順)。

【協会】
【代表】
【創設】
AFC
加盟 【出典】

アフガニスタン | 男子/女子 | 1933 | 1954 | 
アラブ首長国連邦 | 男子 | 1971 | 1974 | 
イエメン | 男子 | 1962 | 1942 | 
イラク | 男子 | 1948 | 1971 | 
イラン | 男子/女子 | 1920 | 1958 | 
インド | 男子/女子 | 1937 | 1954 | 
インドネシア | 男子/女子 | 1930 | 1954 | 
ウズベキスタン | 男子/女子 | 1946 | 1994 | 
オーストラリア | 男子/女子 | 1961 | 2005 | 
オマーン | 男子 | 1978 | 1979 | 
カタール | 男子/女子 | 1960 | 1972 | 
カンボジア | 男子 | 1933 | 1957 | 
北マリアナ諸島 | 男子 | 2005 | - | 
キルギス | 男子/女子 | 1992 | 1994 | 
グアム | 男子/女子 | 1975 | 1992 | 
クウェート | 男子 | 1952 | 1962 | 
サウジアラビア | 男子 | 1956 | 1959 | 
シリア | 男子/女子 | 1936 | 1969 | 
シンガポール | 男子/女子 | 1892 | 1954 | 
スリランカ | 男子 | 1939 | 1969 | 
タイ | 男子/女子 | 1916 | 1957 | 
大韓民国 | 男子/女子 | 1928 | 1954 | 
タジキスタン | 男子 | 1936 | 1994 | 
チャイニーズタイペイ | 男子/女子 | 1936 | 1955 | 
中華人民共和国 | 男子/女子 | 1924 | 1974 | 
朝鮮民主主義人民共和国 | 男子/女子 | 1945 | 1954 | 
トルクメニスタン | 男子 | 1949 | 1994 | 
日本 | 男子/女子 | 1921 | 1954 | 
ネパール | 男子/女子 | 1951 | 1971 | 
バーレーン | 男子/女子 | 1957 | 1970 | 
パキスタン | 男子/女子 | 1947 | 1954 | 
パレスチナ | 男子/女子 | 1928 | 1998 | 
バングラデシュ | 男子/女子 | 1972 | 1974 | 
東ティモール |  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/02/21 22:15

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