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アメリカ同時多発テロ事件とは?

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【アメリカ同時多発テロ事件】

最上段:旅客機の衝突で炎上するワールドトレードセンター
2段目左:ペンタゴンに突入した痕跡
2段目右:2機目の旅客機が激突し爆発炎上するワールドトレードセンター
3段目左:崩壊後のワールドトレードセンターと生存者の救出活動を行う消防士
3段目右:ユナイテッド航空93便の残骸
最下段:ペンタゴンに突入する瞬間を捉えた映像のコマ

【場所】
ニューヨーク(1度目と2度目)
アーリントン(3度目)
シャンクスヴィル(4度目)
【日付】
2001年9月11日(火曜日)
午前8時46分 - 午前10時28分(EDT)
【標的】
ワールドトレードセンターの北棟と南棟、アメリカ合衆国国防総省本部庁舎ペンタゴン
第4の標的は不明。ワシントンD.C.の場所だと考えられている。アルカイダ合衆国議事堂が第4の標的になっていたと主張している。
【攻撃手段】
ハイジャック自爆テロ
【死亡者】
3,025人
【負傷者】
6,291人以上
【容疑者】
アルカイダ

アメリカ同時多発テロ事件(アメリカどうじたはつテロじけん)は、2001年9月11日アメリカ合衆国内で同時多発的に発生した、航空機等を用いた4つのテロ事件の総称である。

航空機が使用された史上最大規模のテロ事件であり、全世界に衝撃を与えた。その後、アメリカ軍は報復としてアフガニスタン紛争イラク戦争を行った。また、航空機のマンハッタン超高層ビルへの大規模衝突事件としては、1945年エンパイア・ステート・ビルディングへのB-25激突事故以来となった。

目次

  • 1 名称
  • 2 ハイジャックされた旅客機
    • 2.1 アメリカン航空11便
    • 2.2 ユナイテッド航空175便
    • 2.3 アメリカン航空77便
    • 2.4 ユナイテッド航空93便
  • 3 被害
    • 3.1 ワールドトレードセンター(WTC)
    • 3.2 国防総省本庁舎
    • 3.3 防空状況
    • 3.4 アメリカ政府首脳の動き
  • 4 報道
    • 4.1 アメリカ合衆国
    • 4.2 イギリス
    • 4.3 日本
    • 4.4 情報の錯綜
    • 4.5 映像・写真など
  • 5 被害者に関する情報
    • 5.1 テロによる犠牲者
    • 5.2 ワールドトレードセンターのツインタワー両棟崩壊による健康被害
  • 6 アメリカ合衆国政府の対応
    • 6.1 非常事態宣言
    • 6.2 捜査
    • 6.3 犯人引渡し要求
  • 7 アメリカ市民の様々な反応
    • 7.1 愛国心
    • 7.2 消防隊員、警察官
    • 7.3 娯楽・文化活動の自粛
    • 7.4 放送自粛
    • 7.5 イスラム教へのヘイトクライム
    • 7.6 移動手段の変化
    • 7.7 ブッシュ大統領の支持率
  • 8 国際社会の対応
  • 9 その後
    • 9.1 ワールドトレードセンター・コンプレックス跡地の再開発
    • 9.2 モスク(イスラム礼拝所)建設計画問題
    • 9.3 アメリカ同時多発テロ以降のアメリカ国内でのテロ状況
  • 10 事件の影響
    • 10.1 対アフガニスタン人道援助
    • 10.2 政権交代
    • 10.3 金融市場
    • 10.4 航空業界
  • 11 陰謀説
  • 12 都市伝説
  • 13 関連資料
    • 13.1 報告書
  • 14 関連書籍
  • 15 脚注
  • 16 関連項目

名称

日本では、この事件における日本語の略称として、「同時多発テロ」「米中枢同時テロ」「9・11(きゅういちいち)テロ」「9・11事件(きゅういちいちじけん)」と呼ぶ。ただし、2005年7月7日ロンドンロンドン同時爆破事件が発生したので、2001年の事件を「アメリカ同時多発テロ事件」「9・11テロ」と呼ぶことが増えた。広辞苑には、「九-一一事件(きゅういちいち-じけん)」と記載されている。

アメリカ合衆国やイギリスなどの英語メディアでは、この事件を September 11 attacks(9月11日攻撃)、September 11September 11th9/11 (nine eleven)、と呼ぶ。なお、このアメリカ同時多発テロ以後の時代を指す場合には、「post-2001」よりも「post-9/11」の方が用いられている。

なお、チリで「9/11」と呼ぶ場合は、1973年9月11日に起きた『チリ・クーデター』の意味である。

ハイジャックされた旅客機

各旅客機のワールドトレードセンター・ツインタワー両棟への突入の様子

2001年9月11日朝(現地時間)、マサチューセッツ州ボストンバージニア州ダレス(ワシントンD.C.近郊)、ニュージャージー州ニューアークを発った4機の旅客機が、モハメド・アタを中心とするアラブ系のグループによってほぼ同時にハイジャックされた。彼らは操縦室に侵入し、パイロットを殺害した後、自ら操縦して、2機(アメリカン航空11便、ユナイテッド航空175便)をニューヨークマンハッタンへ、残り2機(アメリカン航空77便、ユナイテッド航空93便)をワシントンD.C.へ向かわせた。

なお、乗っ取られた4機のうち2機がアメリカ合衆国ボーイング社製のボーイング767型機で、残りの2機がボーイング757型機である。この2種類の機体は、運行する航空会社パイロットに互換性を持たせるために、コックピットの操縦システムは基本的に同じ物が使われており、いずれも2人のみで操縦できるため、意図してこれらの機体が運行されている便が選択されハイジャックされたと考えられている。

また、実行犯のリーダー、モハメド・アタをはじめとする一部のハイジャック犯たちは、アメリカ合衆国国内にある民間の航空学校=ホフマン飛行機学校で小型機の自家用操縦免許(固定翼)を取得した後に、これらの機体の操縦方法を事前にフライトシミュレータで訓練していたことが明らかになっている。

これら4機がいずれも北米大陸横断ルートという、アメリカ合衆国国内線の中では長距離飛行に入るルートを飛行する便であったのは、長距離便のために燃料積載量が多く、衝突後の延焼規模を多くすることを狙ったと推測する者もいる。なお、ハイジャックされて激突・墜落させられた旅客機の乗客・乗員は全員死亡している。

アメリカン航空11便

詳細は「アメリカン航空11便テロ事件」を参照
アメリカン航空のボーイング767-200ER(N334AA)

ボストン(ローガン国際空港)発ロサンゼルス(ロサンゼルス国際空港)行きアメリカン航空11便(ボーイング767-200ER型機・機体記号N334AA)は、乗客81名・乗員11名を乗せて、午前7時54分に遅延出発した。午前8時14分頃にハイジャックされ、コックピットを乗っ取られた。午前8時23分に進路を急に南向きに変え、午前8時46分にニューヨークのワールドトレードセンター・ツインタワー北棟(109階建)に突入し爆発炎上した。角度、速度ともに浅い離着陸時の事故と違い、機体の残骸はほとんど原形を留めていなかった。

11便がニューヨークワールドトレードセンター北棟に衝突する瞬間を、フランスのテレビ局から取材に来ていた兄弟のカメラマンが偶然撮影した。ワールドトレードセンター至近にある消防隊に配属された新人消防士の成長を記録していた彼らの取材は、この瞬間から未曾有の事件に対峙する消防隊の活動を記録するドキュメンタリーとなり、日本やアメリカを含む世界各国で放送された。

ユナイテッド航空175便

ユナイテッド航空のボーイング767-200(N612UA)
詳細は「ユナイテッド航空175便テロ事件」を参照

ボストン(ローガン国際空港)発ロサンゼルス(ロサンゼルス国際空港)行きユナイテッド航空175便(ボーイング767-200・機体記号N612UA)は、乗客56名・乗員9名を乗せて、午前8時14分に遅延出発した。管制部とアメリカン航空11便のハイジャックに関する交信を交わした後、午前8時43分頃までにハイジャックされ、コックピットを乗っ取られた。直後にアメリカン航空11便を追うようにニューヨークへ進路を変え、午前9時3分にワールドトレードセンター・ツインタワー南棟(109階建)に突入し爆発炎上した。アメリカン航空11便と違い、強引な左旋回中に衝突したため、多くの階を巻き込み、衝突時に多くの死亡・負傷者を出した。その衝撃は大きな物で、先に衝突した北棟より早く南棟が崩壊している。

11便の突入で既に多くの報道陣と見物人がビルの周りに集まっていた他、報道陣のヘリコプターも周辺を飛行しており、続く175便の突入では数多くの映像と写真が記録された。なお、105階にいたエーオン副社長のケヴィン・コスグローヴが、南棟が崩壊する最後の瞬間まで911番へ電話で状況を伝えており、轟音が上がり、「Oh, God! Oh-」という絶叫と共に会話が途切れるまでの生々しいやり取りが録音された。この録音はザカリアス・ムサウイの裁判において証拠として用いられた。

アメリカン航空77便

詳細は「アメリカン航空77便テロ事件」を参照
アメリカン航空のボーイング757-200

ワシントンD.C.(ダレス国際空港)発、ロサンゼルス(ロサンゼルス国際空港)行きアメリカン航空77便(ボーイング757-200:機体記号N644AA)は、乗客58名・乗員6名を乗せて、午前8時20分に出発した。午前8時50分頃までにハイジャックされコックピットを乗っ取られた。直後に進路を北向きに変えた後、南へ転回、その後東へ進路を変えた。最初の進路離脱から3分間は管制塔と機長が交信していたが、その後通信不能となった。

そして午前9時38分、バージニア州アーリントンにあるアメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)に激突し、爆発炎上した。激突の瞬間の映像がペンタゴンの駐車場の監視カメラによって記録されており、また付近を通行中の多くのドライバーや歩行者によって降下し激突する瞬間が目撃された。映像によると機体は水平の状態で地面を滑走しながらペンタゴンに衝突していたが、高速で建築物に激突・炎上したため機体の残骸はほとんど原形を留めていなかった。

ユナイテッド航空93便

詳細は「ユナイテッド航空93便テロ事件」を参照
ユナイテッド航空のボーイング757-200(N591UA)
ユナイテッド航空93便の墜落跡地にできた穴

ニューアーク(ニューアーク空港)発サンフランシスコ(サンフランシスコ国際空港)行きユナイテッド航空93便(ボーイング757-200、機体記号N591UA)は、午前8時42分、乗客37名(日本人1名を含む)(乗客37名中4人はテロリスト)・乗員7名を乗せて、滑走路の混雑で30分遅延で出発した。93便離陸の僅か数分後、アメリカン航空11便が世界貿易センター北棟に激突した。

乗客の機内電話からの通報によると、午前9時27分にハイジャックされ、コックピットを乗っ取られた。オハイオ州クリーブランド付近で進路を南に変え、さらに南東へ向かった。ワシントンD.C.へ向かうことを管制官に通告、標的はアメリカ合衆国議会議事堂ホワイトハウスであったと推測されている。

午前9時57分、機内電話や携帯電話による外部との連絡で、ハイジャックの目的を自爆テロと認識した乗客が機の奪還に乗り出す。その僅か数分後、ワールドトレードセンター・ツインタワー南棟が完全崩壊した。午前10時03分、93便は、490ノット(時速563マイル、時速907km)の速度でペンシルベニア州ピッツバーグ郊外シャンクスヴィル(ワシントンD.C.北西240kmの場所)に墜落した。離着陸時の速度の倍以上の高速で地上に衝突したため、機体の残骸はほとんど原形を留めていなかった。なお、地震計のデータから墜落の時刻を午前10時6分と公式記録と異なる報告がなされたが、後にこの時刻を算出した地震学者本人により撤回されている。

乗客たちがハイジャッカーたちに反撃した際に「Let's Roll.(さあやろうぜ)」を合図にしたと言われている。この9・11事件以降のアフガニスタンへの「報復戦争」において、この「Let's Roll」は軍用機に描かれたり、空母乗組員が人文字を空中撮影する際に用いられたりするなど、しばらく「テロと戦うスローガン」とされた。しかし乗客はコックピット内に進入できず、テロリストの操縦により機体を墜落させたと結論づけている。

なお、離陸からハイジャック、墜落までの乗員乗客の行動を基にした映画『ユナイテッド93』として2006年に公開された(この映画ではハイジャッカーたちに対して反撃した乗客たちがコックピットに進入した様子が描かれているが、公式の調査報告書では、実際にそこまで辿り着けていないと結論されている。一方で遺族向けに公開されたCVRの音声には墜落前にコックピットのドアの開く音が記録されていた)。

被害

ワールドトレードセンター(WTC)

ユナイテッド航空175便がツインタワー南棟に突入した瞬間
火災発生中のワールドトレードセンター
崩壊したワールドトレードセンター

ワールドトレードセンター・ツインタワーの北棟は、8時46分にアメリカン航空11便の突入を受けて爆発炎上した。この時点では多くのメディアがテロ行為ではなく単なる航空機事故として報じた。ジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)も「第一報を受けた時点では航空事故だと考えた」と発言した。1機目の激突は、数ヶ月前から地元消防署の日常を密着取材していたフランスのテレビ局から派遣されていたビデオジャーナリストのノーデ兄弟によって偶然撮影(ガス漏れの通報があり、出動していた消防隊に同行していた)され翌日に報道されている。

続いて、9時3分に南棟がユナイテッド航空175便の突入を受け、爆発炎上した。2機目の激突は1機目の激突後に現場のテレビ中継を行っていた際に発生し、各テレビ、ラジオ局が世界各国に1機目の衝突を臨時ニュースとして国際中継していた間に起こった事件であったため、前代未聞の衝撃的な映像を多くの人たちがリアルタイムで見る事になった(この時点で、事故ではなく故意に起こされた事件であることが認識された)。また、2機目の旅客機が激突する瞬間はプロやアマチュアを含む多くのカメラマンに撮影されている。

ツインタワーは、建設当時の主力ジェット旅客機のボーイング707が突入しても崩壊しないよう設計されていたはずだった。だが、実際に高速で突入した同サイズのボーイング767によってビル上部は激しく損傷、漏れ出したジェット燃料は縦シャフトを通して下層階にまで達し、爆発的火災が発生した。

火災の熱による鉄骨の破断でタワーは強度を失い、9時59分に南棟が突入を受けた上部から砕けるように崩壊した。北棟も10時28分に南棟と同様、砕けるように崩壊した。

ツインタワーは、特に北棟で人的被害が大きく、死者は約1,700人(救護活動中の消防士を含む)であった。特に突撃を受けた92階以上に被害が多く、この階以上の在館者全員が死亡したと言われている。それは航空機に突入されたフロアの階段が大きく破壊され炎上し、避難経路が遮断されたためである。そのため直撃を受けたのが93階のごく一部〜99階であったにもかかわらず、階段が破壊されたため、最初の直撃ではほとんど無傷だった92階と93階の人々までもが被害を受けてしまったといわれている。

南棟も同様に激しく炎上したが、こちらは旅客機が外側に少し反れて激突し、反対側の階段が損壊や延焼を免れたため、突入フロア以上でも延焼の少なかった部分にいた十数名は無事避難することができた。また、突入前の未然避難者も含めると約7割の人が生還している。ただしこの時、炎上部より上にいた人の一部が、煙による苦痛や絶望感から飛び降り、消防士や避難者の一部が落下してきた人の巻き添えになり命を落とした。また崩壊時の破片や煙により、ビル外でも数人が命を落としている。一方、タワー崩壊後も館内で奇跡的に生き残っていた人も数名おり、それらの人々は当日夕方に救助された。

北棟および南棟の崩落による影響で、敷地内の他の4つのビルも崩落・炎上し、8時間後に敷地北隣の高層ビル・ワールドトレードセンター7号棟もともに崩落。道路は完全に封鎖、ツインタワーの地下をターミナルとしていた地下鉄やパストレインもトンネルの崩落で走行不能に陥った。これらのことからワールドトレードセンター・コンプレックスはほぼ全部の棟が北棟、南棟の崩壊の影響で全壊。ニューヨークでは合計で2749人が死亡するという大惨事になった。

この事件以降、ワールドトレードセンター・コンプレックス跡地は「グラウンド・ゼロ」や「ワールドトレードセンター・サイト(跡地)」とも呼ばれている。

国防総省本庁舎

アメリカン航空77便が国防総省本庁舎に突入した瞬間の映像
炎上する国防総省本庁舎と突入したアメリカン航空77便の破片

アメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)は9時38分にアメリカン航空77便(ボーイング757)の突入を受けた。大爆発が引き起こされてビルの一部は炎上し、10時10分に4階が崩壊、10時15分に1階までが全て崩壊した。77便の乗客・乗員全員が死亡し、189人の国防総省職員も死亡した。

事故現場はボーイング757の機体の判別が困難なほど焼けたが(それ以前にボーイング757は高速でかつ水平に建物に衝突したために、ほぼ完全に原形をとどめぬほど破壊されていた)、ビルの倒壊は5層になっているビル全体の1番と2番で抑えられた。また、この部分は長官執務室の反対側であり、ビルの補強工事中で普段よりも職員が少ないことが被害を抑えた。

この直前に起きたワールドトレードセンター・ツインタワーへの他の飛行機の突入の影響で情報は錯綜し、最初の報道は単にペンタゴンが爆発炎上したというだけであったが、後に付近を通行中のドライバーや歩行者によってアメリカン航空機が北側から旋回して激突したとの目撃が証言され報じられた。さらに激突の瞬間の映像がペンタゴンの駐車場の監視カメラによって記録され、すぐにFBIによって回収、調査された。

防空状況

テロ当日は北アメリカ航空宇宙防衛司令部(ノーラッド)の年に一度行われる訓練の日であり、東海岸から離れた場所で万全の防空体制で訓練に当たっていたはずだった。しかし連邦航空保安局からアメリカン航空11便ハイジャック発生の第一報が入ったのは8時40分(それ以前に入っていたという説もある)ごろで、マサチューセッツ州のケープコッド南西部にあるオーティス空軍州兵基地からF-15戦闘機2機がスクランブル発進したのは8時52分だった。

スクランブル発進したF-15はアメリカン航空11便を追跡するよう命じられたが、発進した時11便はすでにツインタワー北棟に突入した後だった。管制室は途中からユナイテッド航空175便を追跡させているという認識だったが、状況の把握が不十分で、パイロットも何を追跡しているか認識できていなかった。同機は一旦ロングアイランド湾で待機するよう命じられ、ニューヨーク上空への進入を命じられたのは175便がツインタワー南棟に突入した後だった。しかしF-15には旅客機攻撃の権限が無く、突入を止めることは不可能だったとされる(進路妨害は可能だったという指摘もある)。

ワシントンD.C.には、ノースカロライナ州上空で訓練していたF-16戦闘機3機が呼ばれたが、飛来したところで基地への着陸待機を命じられた。3機はアメリカン航空77便の追跡を命じられ再度離陸したが、もともと訓練中だったために燃料が不足し始め、うちの2機は訓練用の模擬弾しか装備していなかった。9時30分に別のF-16が3機発進し、ワシントン近くに飛来したが、これらには攻撃用のサイドワインダーが装備され、旅客機撃墜の権限が与えられていた。しかし、結局77便に合流することは無く、9時38分にペンタゴンへの攻撃の阻止には至らなかった。

オハイオ州上空を飛行していたユナイテッド航空93便の付近で、積荷の搬送を行っていたC-130輸送機が、管制官から93便を捕捉するように命じられた。C-130は93便墜落の際、17マイル離れたところに位置していた。

ノーラッドから10時6分にスクランブル発進命令があった2機のF-16が発進したのは10時16分だった。別の2機のF-16が93便を追跡していたという話もあるが、公式な発表にはない。さらに事故から約10分後に現場のはるか上空を戦闘機らしい航空機1機が通過するのを目撃された。ノーラッドは連邦航空局から93便墜落の報告を受けたのは10時15分で、10分近く93便の追跡を続けさせていた。

連邦航空局がアメリカ合衆国中のすべての空港の閉鎖の措置を決定したのはワールドトレードセンターへの2度目の突入の直後からで、9時45分に全米の空港からの民間機の離陸が停止され、飛行中のすべての民間機は直ちに最寄の空港へ着陸するよう通告された。民間機の飛行禁止は3日間にわたり、常に5000機以上が飛んでいた航空機がアメリカ上空、そしてアメリカが管制を担当する空域から姿を消した。

アメリカ政府首脳の動き

ジョージ・W・ブッシュ大統領フロリダ州におり、同州サラソータにあるエマ・E・ブッカー小学校の授業を視察する予定だった。1機目のツインタワー攻撃の際には小学校へ向かう専用車の車中にいたが、このときは航空事故だと考えていたとされる。ただし、一時的にホワイトハウスとの間で電話会議が行われた。また補佐官ら周辺も同じように事故と考え、予定通り小学校へ入った。

エマ・E・ブッカー小学校で連絡を行うブッシュ大統領
大統領専用機内でチェイニー副大統領との連絡を行うブッシュ大統領

授業視察中に2機目のツインタワー突入があり、数分後、ブッシュ大統領がアンドリュー・カード首席補佐官から2機目の突入と「合衆国が攻撃されている可能性がある」との報告を受けたが、ブッシュは「無駄な動揺を与えないために」との理由ですぐに動かずに7分間、小学生の朗読を聞き続けていた(この映像は後に『華氏911』などで取り上げられた)。朗読が終わるとブッシュ大統領は小学生を褒め、ただちに隣室で補佐官と話し、電話でコンドリーザ・ライス国家安全保障担当補佐官と州知事に連絡した。その後、テレビカメラで国民へ呼びかけ、9時30分頃に小学校から出発、3マイルのところにある空港へ向かった。

9時55分に大統領専用機VC-25」が離陸(護衛の戦闘機はなし)した時点で、国内上空には未だに連絡の取れない旅客機が11機あったが、管制の指示で地上に降ろし、国内空域は大統領専用機と哨戒機だけになった。管制は専用機に「行先を告げずに好きに飛んでいい」と指示したが、当時専用機からは生の声明発表ができなかったため、一度ルイジアナ州バークスデール空軍基地に立ち寄り、国民に向けた声明発表を行った。その後、ネブラスカ州オファット空軍基地で事態の沈静化を待ち、夕刻にメリーランド州アンドルーズ空軍基地経由でワシントンD.C.へ帰還した。専用機は通常、国内でのフライトでは戦闘機の護衛を受けないが、この日のオファット基地からアンドルーズ基地へのフライトでは、国内では初めてゼネラル・ダイナミクスF-16戦闘機の護衛を受けて飛行している。

ホワイトハウスではリチャード・チェイニー副大統領らが執務を行っていたが、ツインタワーへの2度目の攻撃の直後、シークレットサービスにつれられて、地下壕へ避難した。

ドナルド・ラムズフェルド国防長官は上級軍人と朝食をとった後、ペンタゴンの執務室へ入って議員と懇談していた。ラムズフェルド国防長官にツインタワー「攻撃」の知らせが入ったのは、ペンタゴン攻撃のわずか2分前であり、アメリカン航空77便がペンタゴンに向かっていることは知らなかった。また、平時のペンタゴンにはホワイトハウスのような防空装備がない。攻撃の後、ラムズフェルド国防長官が建物の外へ出ると女性職員が血を流して倒れていたため、彼女を抱えて避難し、救急車が来るまで看病していた。現場から避難したのはその後で、数十分が経過していた。

コリン・パウエル国務長官は、事件当時南アメリカペルーを実務訪問中であったが、ツインタワーおよびペンタゴンへの攻撃の報告を聞いて、すぐに政府専用機でアメリカ合衆国に帰国した。

なおロシア連邦ウラジーミル・プーチン大統領は、この一報に対し「アメリカ合衆国軍が必要な動員をかけたとしても、直ちにロシア連邦軍に迎撃体制を取らせることはない」とホットラインでブッシュ大統領に告げた。ロシア連邦軍にはアメリカが大規模な動員をかけるとそれに反応するように指揮系統が準備されている。

報道

ニューヨークやワシントンには世界中の報道機関が本社・支社・事務局を置いているため、一連の事件は、テレビ、ラジオ、インターネットなどを通じて全世界にリアルタイムで伝えられた。連日、新聞や週刊誌なども最大級の扱いで事件を伝えた。当日およびその後のテレビ報道はインターネットアーカイブで保存公開されている。

アメリカ合衆国

事件の放送を行うアメリカのテレビニュースを見つめるプラハ市民

テレビが朝のニュースショーなどを放送していたニューヨーク時間(アメリカ東部夏時間)8時46分、ハイジャックされたアメリカン航空11便がワールドトレードセンター・ツインタワー北棟に突入・爆発炎上した。

CNNは8時49分から、ABCCBSなど他のテレビ局も8時50分前後から特別報道番組を開始。ワールドトレードセンター・ツインタワーのそびえ立つロウアー・マンハッタン方面を向く情報カメラや、マンハッタン上空あるいは隣のニュージャージー州上空を飛ぶ報道ヘリコプターが建物の様子を伝え始めた。報道番組が始まって間もなく、フロリダ州サラソータの小学校を訪問していたブッシュ大統領も側近から事件を知らされた。

1機目の突入直後は情報が錯綜し、小型機がビルに誤って衝突した事故と報じるものが多かったが、各テレビ局のカメラが推移を見守っていた矢先の9時3分、1機目突入から18分後、ツインタワー南棟にユナイテッド航空175便が突入した。建物から巨大な炎が上がり、目に見える限りの状況を伝えていたアナウンサーはこの瞬間、一様に悲鳴や叫び声を上げた。また2機目の突入以降、各テレビ局はテロの可能性が高いと論調を変えることになった。数分後、ブッシュ大統領がカード首席書記官に2機目の突入を耳打ちされた。この時の映像はすぐには放送されなかったものの、のちに映画「華氏911」などで広く使われることとなる。

首都と連絡を取り合った大統領は9時30分に演説を開始。テレビ各局も大統領の第一声を放送した。その後、サラソータを飛び立つエアフォース・ワンの映像も伝えられたが、目的地は不明確なままであった。政府首脳陣の緊張が高まる中、9時37分、アメリカン航空77便がペンタゴンに墜落した。

ほぼ同時刻、ハイジャックされたユナイテッド航空93便の乗客・客室乗務員は地上にいる家族などに機内電話をかけ始めていた。すでに全米のテレビは事件報道一色となっており、その映像を見た何人かが電話を通じ、93便上にいる乗客などにニューヨーク・ワシントンで起きている事件の模様を伝えた。乗客たちはこうした情報を入手したことでハイジャックが自爆攻撃の一環であると悟り、93便の奪還を図ったものと考えられている。

アメリカ合衆国のテレビはその後、ワールドトレードセンター・ツインタワーが次々に崩落する瞬間を中継し(南棟9時59分、北棟10時28分)、さらに93便がペンシルベニア州に墜落したと伝えた(10時3分墜落。報道は30分以上後)。一連の事件は衛星を通じて世界中のテレビに同時中継された。テロ報道は日曜深夜まで休むことなく、CMもなしで放送し続けた。特にネットワーク3局の夕方ニュースのアンカーは最長で1日17時間にわたって伝え続けた。

この週は新番組が始まる時期だったので、軒並み放送が順延され、内容変更を強いられた番組もあった。ヨーロッパ諸国でも同様の特別報道がなされた。また、アメリカ国内に本部を置くCNBC(ヨーロッパ/アジア向け)やCNNインターナショナルにて、本来あまり放送されないアメリカ国内向けの放送を全編放送し続けた。

ネブラスカの空軍基地などを経てホワイトハウスに無事帰還したブッシュ大統領は20時30分、全米に向けた演説を行い、国民にアメリカ国家が未だ健在であることを示した。この演説も全世界に伝えられた(日本では12日9時30分)。

イギリス

イギリスは昼過ぎであった。BBCにおいてはテレビ国際放送・BBCワールド(現・BBCワールド

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出典:wikipedia
2018/02/22 21:57

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