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アメリカ同時多発テロ事件とは?

この記事には参考文献や外部リンクの一覧が含まれていますが、脚注による参照が不十分であるため、情報源が依然不明確です。適切な位置に脚注を追加して、記事の信頼性向上にご協力ください。(2017年2月)
【アメリカ同時多発テロ事件】

最上段:旅客機の衝突で炎上するワールドトレードセンター
2段目左:ペンタゴンに突入した痕跡
2段目右:2機目の旅客機が激突し爆発炎上するワールドトレードセンター
3段目左:崩壊後のワールドトレードセンターと生存者の救出活動を行う消防士
3段目右:ユナイテッド航空93便の残骸
最下段:ペンタゴンに突入する瞬間を捉えた映像のコマ

【場所】
ニューヨーク(1度目と2度目)
アーリントン(3度目)
シャンクスヴィル(4度目)
【日付】
2001年9月11日(火曜日)
午前8時46分 - 午前10時28分(EDT)
【標的】
ワールドトレードセンターの北棟と南棟、アメリカ合衆国国防総省本部庁舎ペンタゴン
第4の標的は不明。ワシントンD.C.の場所だと考えられている。アルカイダ合衆国議事堂が第4の標的になっていたと主張している。
【攻撃手段】
ハイジャック自爆テロ
【死亡者】
2,996人(被害者2,977人 + 実行犯19人)
【負傷者】
6,291人以上
【容疑者】
アルカイダ

アメリカ同時多発テロ事件(アメリカどうじたはつテロじけん)は、2001年9月11日アメリカ合衆国内で同時多発的に発生した、航空機等を用いた4つのテロ事件の総称である。

航空機が使用された史上最大規模のテロ事件であり、全世界に衝撃を与えた。その後、アメリカ合衆国と有志連合は報復としてアフガニスタン紛争イラク戦争を行った。また、航空機のマンハッタン超高層ビルへの大規模衝突事件としては、1945年エンパイア・ステート・ビルディングへのB-25激突事故以来となった。

目次

  • 1 名称
  • 2 ハイジャックされた旅客機
    • 2.1 アメリカン航空11便
    • 2.2 ユナイテッド航空175便
    • 2.3 アメリカン航空77便
    • 2.4 ユナイテッド航空93便
  • 3 被害
    • 3.1 ワールドトレードセンター(WTC)
      • 3.1.1 WTCの人的被害
    • 3.2 国防総省本庁舎(ペンタゴン)
    • 3.3 防空状況
    • 3.4 アメリカ政府首脳の動き
  • 4 報道
    • 4.1 米国内
    • 4.2 イギリス
    • 4.3 日本
    • 4.4 情報の錯綜
    • 4.5 映像・写真など
  • 5 被害者に関する情報
    • 5.1 テロによる犠牲者
    • 5.2 WTCツインタワー両棟崩壊による健康被害
  • 6 アメリカ合衆国政府の対応
    • 6.1 非常事態宣言
    • 6.2 捜査
    • 6.3 犯人引渡し要求
  • 7 アメリカ市民の様々な反応
    • 7.1 愛国心
    • 7.2 消防隊員、警察官
    • 7.3 娯楽・文化活動の自粛
    • 7.4 放送自粛
    • 7.5 イスラム教へのヘイトクライム
    • 7.6 移動手段の変化
    • 7.7 ブッシュ大統領の支持率
  • 8 国際社会の対応
  • 9 その後
    • 9.1 WTCコンプレックス跡地の再開発
    • 9.2 モスク(イスラム礼拝所)建設計画問題
    • 9.3 アメリカ同時多発テロ以降のアメリカ国内でのテロ状況
  • 10 事件の影響
    • 10.1 対アフガニスタン人道援助
    • 10.2 政権交代
    • 10.3 金融市場
    • 10.4 航空業界
  • 11 陰謀説
  • 12 都市伝説
  • 13 関連資料
    • 13.1 報告書
  • 14 関連書籍
  • 15 脚注
  • 16 関連項目
  • 17 題材とした作品

名称

日本では、この事件における日本語の略称として、「同時多発テロ」「米中枢同時テロ」「9・11(きゅういちいち)テロ」「9・11事件(きゅういちいちじけん)」と呼ぶ。ただし、2005年7月7日ロンドンロンドン同時爆破事件が発生したので、2001年の事件を「アメリカ同時多発テロ事件」「9・11テロ」と呼ぶことが増えた。広辞苑には、「九-一一事件(きゅういちいち-じけん)」と記載されている。

アメリカ合衆国やイギリスなどの英語メディアでは、この事件を September 11 attacks(9月11日攻撃)、September 11September 11th9/11 (nine eleven)、と呼ぶ。なお、このアメリカ同時多発テロ以後の時代を指す場合には、「post-2001」よりも「post-9/11」の方が用いられている。

なお、チリで「9/11」と呼ぶ場合は、1973年9月11日に起きた『チリ・クーデター』を指す。この2001年のアメリカの事件と1973年のチリの事件を区別する際には、「9・11テロ」や「9・11クーデター」、或いは「アメリカの9・11」や「チリの9・11」などと呼んで区別する。

ハイジャックされた旅客機

ハイジャックされた各旅客機の飛行ルート

2001年9月11日朝(現地時間)、マサチューセッツ州ボストンバージニア州ダレス(ワシントンD.C.近郊)、ニュージャージー州ニューアークを発った4機の旅客機が、モハメド・アタを中心とするアラブ系のグループによってほぼ同時にハイジャックされた。彼らは操縦室に侵入し、パイロットを殺害した後、自ら操縦して、2機(アメリカン航空11便、ユナイテッド航空175便)をニューヨークマンハッタンへ、残り2機(アメリカン航空77便、ユナイテッド航空93便)をワシントンD.C.へ向かわせた。

なお、乗っ取られた4機のうち2機がアメリカ合衆国ボーイング社製のボーイング767型機で、残りの2機がボーイング757型機である。この2種類の機体は、運行する航空会社パイロットに互換性を持たせるために、コックピットの操縦システムは基本的に同じ物が使われており、いずれも2人のみで操縦できるため、意図してこれらの機体が運行されている便が選択されハイジャックされたと考えられている。

また、実行犯のリーダー、モハメド・アタをはじめとする一部のハイジャック犯たちは、アメリカ合衆国国内にある民間の航空学校=ホフマン飛行機学校で小型機の自家用操縦免許(固定翼)を取得した後に、これらの機体の操縦方法を事前にフライトシミュレータで訓練していたことが明らかになっている。

これら4機がいずれも北米大陸横断ルートという、アメリカ合衆国国内線の中では長距離飛行に入るルートを飛行する便であったのは、長距離便のために燃料積載量が多く、衝突後の延焼規模を多くすることを狙ったと推測する者もいる。なお、ハイジャックされて激突・墜落させられた旅客機の乗客・乗員は全員死亡している。

アメリカン航空11便

詳細は「アメリカン航空11便テロ事件」を参照
アメリカン航空のボーイング767-200ER(N334AA)

ボストンロサンゼルス行きアメリカン航空11便(ボーイング767-200ER型機・機体記号N334AA)は、乗客81名・乗員11名を乗せ、午前8時00分頃にローガン国際空港を離陸し、ロサンゼルス国際空港に向かった。その後、11便は午前8時14分頃に始められたハイジャックにより、コックピットを乗っ取られた。11便は午前8時27分に進路を南向きに変え、午前8時46分にニューヨークロウアーマンハッタンワールドトレードセンター・ツインタワー北棟(110階建)に突入し爆発炎上した。角度、速度ともに浅い離着陸時の事故と違い、機体の残骸はほとんど原形を留めていなかった。11便がワールドトレードセンター北棟に衝突する瞬間は、フランス人映像作家のノーデ兄弟によって偶然撮影されていた。

ユナイテッド航空175便

ユナイテッド航空のボーイング767-200(N612UA)
詳細は「ユナイテッド航空175便テロ事件」を参照

ボストン発ロサンゼルス行きユナイテッド航空175便(ボーイング767-200ER型機・機体記号N612UA)は、乗客56名・乗員9名を乗せ、午前8時14分にローガン国際空港を離陸し(アメリカン航空11便でのハイジャック発生とほぼ同時)、ロサンゼルス国際空港に向かった。午前8時42分頃、175便のパイロットは離陸直後に耳にした不審な内容の無線(ハイジャックされたアメリカン航空11便からの無線だった)について管制官に報告したが、それから午前8時46分までの間に175便もハイジャックされ、コックピットを乗っ取られた。その後、175便は午前8時58分にニューヨークへ進路を変え、午前9時03分にワールドトレードセンター・ツインタワー南棟(110階建)に突入し爆発炎上した。南棟では北棟の爆発を受けて多くの人が避難を開始していたため、人的被害は北棟に比べて少なかったが、衝突による構造へのダメージはより大きく、先に突入を受けた北棟より早く南棟が崩壊している。

11便の突入とは異なり、175便の突入では数多くの映像と写真が記録された。なお、105階に居たエーオン副社長の男性(南棟の崩壊時に死亡)が、南棟が崩壊する瞬間まで911番へ電話で状況を伝えていた音声が録音されており、この録音はザカリアス・ムサウイの裁判において証拠として用いられた。

アメリカン航空77便

詳細は「アメリカン航空77便テロ事件」を参照
アメリカン航空のボーイング757-200

ワシントンD.C.(ダレス国際空港)発、ロサンゼルス(ロサンゼルス国際空港)行きアメリカン航空77便(ボーイング757-200:機体記号N644AA)は、乗客58名・乗員6名を乗せて、午前8時20分に出発した。午前8時50分頃までにハイジャックされコックピットを乗っ取られた。直後に進路を北向きに変えた後、南へ転回、その後東へ進路を変えた。最初の進路離脱から3分間は管制塔と機長が交信していたが、その後通信不能となった。

そして午前9時38分、バージニア州アーリントンにあるアメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)に激突し、爆発炎上した。激突の瞬間の映像がペンタゴンの駐車場の監視カメラによって記録されており、また付近を通行中の多くのドライバーや歩行者によって降下し激突する瞬間が目撃された。映像によると機体は水平の状態で地面を滑走しながらペンタゴンに衝突していたが、高速で建築物に激突・炎上したため機体の残骸はほとんど原形を留めていなかった。

ユナイテッド航空93便

詳細は「ユナイテッド航空93便テロ事件」を参照
ユナイテッド航空のボーイング757-200(N591UA)
ユナイテッド航空93便の墜落跡地にできた穴

ニューアーク(ニューアーク空港)発サンフランシスコ(サンフランシスコ国際空港)行きユナイテッド航空93便(ボーイング757-200、機体記号N591UA)は、午前8時42分、乗客37名(日本人1名を含む)(乗客37名中4人はテロリスト)・乗員7名を乗せて、滑走路の混雑で30分遅延で出発した。93便離陸の僅か数分後、アメリカン航空11便が世界貿易センター北棟に激突した。

乗客の機内電話からの通報によると、午前9時27分にハイジャックされ、コックピットを乗っ取られた。オハイオ州クリーブランド付近で進路を南に変え、さらに南東へ向かった。ワシントンD.C.へ向かうことを管制官に通告、標的はアメリカ合衆国議会議事堂ホワイトハウスであったと推測されている。

午前9時57分、機内電話や携帯電話による外部との連絡で、ハイジャックの目的を自爆テロと認識した乗客が機の奪還に乗り出す。その僅か数分後、ワールドトレードセンター・ツインタワー南棟が完全崩壊した。午前10時03分、93便は、490ノット(時速563マイル、時速907km)の速度でペンシルベニア州ピッツバーグ郊外シャンクスヴィル(ワシントンD.C.北西240kmの場所)に墜落した。離着陸時の速度の倍以上の高速で地上に衝突したため、機体の残骸はほとんど原形を留めていなかった。なお、地震計のデータから墜落の時刻を午前10時6分と公式記録と異なる報告がなされたが、後にこの時刻を算出した地震学者本人により撤回されている。

乗客たちがハイジャッカーたちに反撃した際に「Let's Roll.(さあやろうぜ)」を合図にしたと言われている。この「Let's Roll」は、9・11事件以降のアフガニスタンへの「報復戦争」において一種のスローガンとして用いられた。9・11事件の調査委員会は乗客はコックピット内に進入できなかったと結論づけているが、一部の遺族はCVR音声に乗客がコックピットに進入した証拠が記録されていると主張している。なお、離陸からハイジャック、墜落までの乗員乗客の行動を基にした映画『ユナイテッド93』が2006年に公開された。

被害

ワールドトレードセンター(WTC)

ユナイテッド航空175便がツインタワー南棟に突入した瞬間
NASAが宇宙から撮影したテロ攻撃の様子
自由の女神の背景で炎上しているツインタワー

午前8時46分40秒、ハイジャックされたアメリカン航空11便がワールドトレードセンター北棟 (1 WTC)の北面に突入した。旅客機は北棟の93階-99階を切り裂くように衝突し、数百人が即死した。11便に搭載されていたジェット燃料によって北棟の高層階では爆発的な火災が起こり、引火した燃料がエレベーターシャフトを落下したことで1階ロビーのような低層階でも爆発が発生した。衝突から10分が経たないうちに、火災と黒煙は上層階に広がり始めた。8時52分には、熱と煙、炎による耐え難い苦痛により、高層階から飛び降りる人々も現れた。この時点では、北棟への航空機の突入は(テロ攻撃ではなく)事故であるとの見方が大勢を占めていた。当時の大統領ジョージ・W・ブッシュも第一報を受けて「これはパイロットエラーによる事故だ」と発言した。

午前9時02分59秒、ハイジャックされたユナイテッド航空175便がワールドトレードセンター南棟(2 WTC)の南面に突入し、南棟は爆発炎上した。航空機は機体を傾けながら77階-85階にかけて衝突しており、78階のスカイロビーで避難のためエレベーターを待っていた数百人の多くが即死、または重傷を負った。この衝突によって南棟が負った構造的ダメージは、北棟と比較してより深刻だった。2機目のジェット機が南棟に衝突した瞬間は多数のカメラによって捉えられた。この時点で、一連の出来事が事故ではなく故意に起こされた攻撃であることが広く認識された。

午前9時37分、ペンタゴンにハイジャックされた旅客機(アメリカン航空77便)が突入した。9時42分、連邦航空局(FAA)はアメリカ合衆国大陸部内のすべての民間航空機を離陸禁止とし、すでに飛行中の民間機にはただちに着陸するよう指示した。

午前9時59分、ユナイテッド航空175便の突入から56分後、ワールドトレードセンター南棟が崩壊した。その直後の10時03分11秒、ハイジャックされたユナイテッド航空93便がペンシルベニア州で墜落した。10時28分、アメリカン航空11便の突入から102分後、南棟に続きワールドトレードセンター北棟が崩壊した。

ワールドトレードセンターのツインタワーは、航空機の衝突による大規模な構造的ダメージに加え、ジェット燃料が引き起こした火災の熱で構造部材(鉄骨柱・床トラス部材等)の強度が著しく低下したことで崩壊したと考えられている。アメリカ国立標準技術研究所の報告書によれば、火災によるダメージは(ジェット燃料ではなく)主にオフィス内の可燃物によるものであり、それらの可燃物が火災を増長しなければ、ツインタワーは崩壊を免れていた可能性がある。ツインタワーは、建設当時に世界最大のジェット旅客機であったボーイング707が突入しても崩壊しないよう設計されていたが、漏れ出したジェット燃料とそれによる大規模火災の影響は設計上考慮されていなかった。

北棟の崩壊時、瓦礫が隣接する7 ワールドトレードセンタービル(7 WTC)に降り注ぎ、7 ワールドトレードセンターは損傷、さらに火災が発生した。火災が数時間にわたって持続したことにより、ビルの構造的健全性は失われた。午後5時21分、7 ワールドトレードセンターは倒壊した。

各旅客機のツインタワー両棟への突入の様子

7 WTC以外にも、ワールドトレードセンター・コンプレックスと周辺の多くのビルが壊滅的な被害を受けた。全壊した施設には聖ニコラス聖堂も含まれていた。1 WTC(北棟)、2 WTC(南棟)と同様に、3 WTC(マリオット・ワールドトレードセンター)と7 WTCは跡形もなく破壊された。4 WTC5 WTC6 WTC(合衆国税関ビル)、ウエスト・ストリートを渡る2つの横断歩道橋は激しく損壊した。リバティ・ストリートを隔てたドイツ銀行ビルは部分的に損壊し、2007年より始まった解体作業で取り壊された。ウエスト・ストリートを隔てたワールドフィナンシャルセンターの2棟のビルもダメージを被った。

ワールドトレードセンター・コンプレックスの地下にはPATHトレインワールド・トレード・センター駅が位置していた。ツインタワーの崩壊時、この駅は完全に破壊され、この駅からハドソン川の下を通ってニュージャージー州ジャージーシティエクスチェンジ・プレイス駅へ向かうトンネルも水没した。

北棟の崩壊により、北棟の屋上に設置されていた通信アンテナも破壊された。一時的に多くのTV局・ラジオ局の放送が断絶したが(WCBS-TVのみがエンパイアステートビルにバックアップ用の通信装置を持っていた)、それらの放送局はすぐに別ルートでの通信を確立し、放送を再開することができた。ワールドトレードセンターの敷地における火災は、テロ事件から100日後の12月20日にようやく鎮火された。

この事件以降、ワールドトレードセンター・コンプレックス跡地は「グラウンド・ゼロ」や「ワールドトレードセンター・サイト(跡地)」とも呼ばれている。

WTCの人的被害

ブルックリン側から見たツインタワー南棟(2 WTC)の崩壊

ワールドトレードセンター(WTC)へのテロ攻撃による死者は合計で2763人だった。その内訳は、事件当時WTCに居た民間人が2192人、消防士が343人、警察官が71人、ハイジャックされた旅客機の乗員・乗客が147人、ハイジャック犯のテロリストが10人となっていた。

WTCのツインタワーで死亡した民間人の90%以上は、ジェット機が直撃した階以上のフロアに居た人々だった。北棟では、直撃を受けた階以上のフロアに1355人が閉じ込められ、煙の吸引・タワーからの落下・最終的なタワーの崩壊などの理由によってその全員が死亡した。北棟の3つの非常階段すべてがアメリカン航空11便の衝突の際に破壊されており、上層階から人々が脱出することは不可能だった。一方で、(北棟において)直撃を受けた階より下のフロアで死亡した民間人は107人とされている。

南棟では、ユナイテッド航空175便の衝突の後も非常階段のひとつ(A階段)が崩壊を免れており、このA階段を利用することで18人(直撃を受けたフロアから14人・それ以上の上層階から4人)が直撃を受けた階以上のフロアから脱出した。

南棟で死亡した民間人は計630人であり、北棟の半分以下の数字だった。南棟では、北棟へのジェット機突入の直後から多くの人々が自主的に避難を開始していたため、死者の数は大幅に抑えられた。一方で、『USAトゥデイ』は最初のジェット機突入後に南棟に居た全員を避難させることができなかったことを「事件当日における重大な悲劇のひとつ」と評している。

ジェット機の衝突によって北棟・南棟ではエレベーターが停止し、多くの人が閉じ込められた。『USAトゥデイ』の推定では、最小で200人、最大で400人がツインタワーのエレベーターに閉じ込められた状態で死亡したとされる。エレベーターに閉じ込められたものの、そこから自力で脱出した生還者は21人だった。エレベーターにおける死者の多くは、ケーブルの破損によるエレベーターの急落下や、引火したジェット燃料のエレベーターへの侵入によって死亡しており、それらを免れた者もツインタワーの崩壊時に死亡した。

上空から見たWTC跡地(2001年9月17日撮影)

ツインタワーからの転落もしくは飛び降りによる死者は最低でも200人と推定されている。そのほとんどが北棟で発生しており、南棟からの転落・飛び降りによる死者は12人に満たなかった。北棟から落下した人々の多くは、タワーに隣接する道路や広場(トービン・プラザ)、3 WTCビルの屋上にたたきつけられて死亡した。1人の消防士は落下してきた人の巻き添えとなり死亡した。

北棟の101階-105階を占めていた投資銀行のキャンター・フィッツジェラルドでは、他の雇用主を大きく上回る658人もの従業員が犠牲となった。キャンター・フィッツジェラルドの直下、北棟の93階-100階を占めていたマーシュ・アンド・マクレナンでは358人の従業員が犠牲となった。南棟のエーオンでは175人の従業員が犠牲となった。アメリカ国立標準技術研究所(NIST)の推定では、事件発生当時のワールドトレードセンター・コンプレックスに存在していた民間人は約1万7400人だった。港湾公社のターンスタイルによるカウントでは、午前8時45分には(通常は)1万4154人がツインタワー内に居たであろうと示唆された。ジェット機が直撃した階よりも下のフロアに居た人々は、その大半が安全にタワーから避難することができた。

ツインタワー南棟の崩壊時、当時南棟に居た民間人、消防士ならびに警察官は全員死亡し、タワー周辺の道路やビルでも多数の死者が生じた。北棟の崩壊時には、12人の消防士、1人の警察官、3人の民間人が崩壊を免れた非常階段に守られる形で生き残ったが、それ以外に北棟からの生存者はいなかった。

国防総省本庁舎(ペンタゴン)

アメリカン航空77便が国防総省本庁舎に突入した瞬間の映像
炎上する国防総省本庁舎と突入したアメリカン航空77便の破片

午前9時37分45秒、ハイジャックされたアメリカン航空77便(ボーイング757)が、バージニア州アーリントン郡アメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)に突入した。アメリカン77便はビルの西壁に衝突して爆発炎上し、77便の乗客・乗員全員が死亡したほか、ペンタゴンに居た125人の国防総省職員(民間人70人、軍関係者55人)が死亡、106人が重傷を負った。

77便の衝突と続いて発生した火災によってペンタゴンは激しく損傷し、ビルは部分的に倒壊した。ペンタゴンに突入する直前、旅客機のは地上の街灯をなぎ倒し、さらに発電機に接触した。77便はペンタゴン西側外壁の1階部分に激突したが、衝突の瞬間にボーイング757の胴体前部はバラバラになり、その後一瞬のうちに機体中央部と尾翼部が勢いを保ったまま外壁を突き抜けた。最も深くまで到達したのは尾翼部の破片であり、5層ある外壁のうち3層を突き破り、94m内側まで貫通していた。その後10時10分には、衝突で損傷したビルの一部分が倒壊した。ビルの倒壊部分は最大で幅29m、奥行き15mにわたった。77便の衝突からビルの崩壊まで時間的猶予があったため、4-5階に居た職員は全員が安全に避難することができた。旅客機の突入時、ペンタゴンでは約1万8000人が働いていたが、この数字は1998年に始まった改修工事によって通常より4000人ほど少なかった。

この直前に起きたワールドトレードセンター・ツインタワーへの他の飛行機の突入の影響で情報は錯綜し、最初の報道は単にペンタゴンが爆発炎上したというだけであったが、後に付近を通行中のドライバーや歩行者によってアメリカン航空機が北側から旋回して激突したとの目撃が証言され報じられた。さらに激突の瞬間の映像がペンタゴンの駐車場の監視カメラによって記録され、すぐにFBIによって回収、調査された。

防空状況

テロ当日は北アメリカ航空宇宙防衛司令部(ノーラッド)の年に一度行われる訓練の日であり、東海岸から離れた場所で万全の防空体制で訓練に当たっていたはずだった。しかし連邦航空保安局からアメリカン航空11便ハイジャック発生の第一報が入ったのは8時40分(それ以前に入っていたという説もある)ごろで、マサチューセッツ州のケープコッド南西部にあるオーティス空軍州兵基地からF-15戦闘機2機がスクランブル発進したのは8時52分だった。

スクランブル発進したF-15はアメリカン航空11便を追跡するよう命じられたが、発進した時11便はすでにツインタワー北棟に突入した後だった。管制室は途中からユナイテッド航空175便を追跡させているという認識だったが、状況の把握が不十分で、パイロットも何を追跡しているか認識できていなかった。同機は一旦ロングアイランド湾で待機するよう命じられ、ニューヨーク上空への進入を命じられたのは175便がツインタワー南棟に突入した後だった。しかしF-15には旅客機攻撃の権限が無く、突入を止めることは不可能だったとされる(進路妨害は可能だったという指摘もある)。

ワシントンD.C.には、ノースカロライナ州上空で訓練していたF-16戦闘機3機が呼ばれたが、飛来したところで基地への着陸待機を命じられた。3機はアメリカン航空77便の追跡を命じられ再度離陸したが、もともと訓練中だったために燃料が不足し始め、うちの2機は訓練用の模擬弾しか装備していなかった。9時30分に別のF-16が3機発進し、ワシントン近くに飛来したが、これらには攻撃用のサイドワインダーが装備され、旅客機撃墜の権限が与えられていた。しかし、結局77便に合流することは無く、9時38分にペンタゴンへの攻撃の阻止には至らなかった。

オハイオ州上空を飛行していたユナイテッド航空93便の付近で、積荷の搬送を行っていたC-130輸送機が、管制官から93便を捕捉するように命じられた。C-130は93便墜落の際、17マイル離れたところに位置していた。

ノーラッドから10時6分にスクランブル発進命令があった2機のF-16が発進したのは10時16分だった。別の2機のF-16が93便を追跡していたという話もあるが、公式な発表にはない。さらに事故から約10分後に現場のはるか上空を戦闘機らしい航空機1機が通過するのを目撃された。ノーラッドは連邦航空局から93便墜落の報告を受けたのは10時15分で、10分近く93便の追跡を続けさせていた。

連邦航空局がアメリカ合衆国中のすべての空港の閉鎖の措置を決定したのはワールドトレードセンターへの2度目の突入の直後からで、9時45分に全米の空港からの民間機の離陸が停止され、飛行中のすべての民間機は直ちに最寄の空港へ着陸するよう通告された。民間機の飛行禁止は3日間にわたり、常に5000機以上が飛んでいた航空機がアメリカ上空、そしてアメリカが管制を担当する空域から姿を消した。

アメリカ政府首脳の動き

ジョージ・W・ブッシュ大統領フロリダ州におり、同州サラソータにあるエマ・E・ブッカー小学校の授業を視察する予定だった。1機目のツインタワー攻撃の際には小学校へ向かう専用車の車中にいたが、このときは航空事故だと考えていたとされる。ただし、一時的にホワイトハウスとの間で電話会議が行われた。また補佐官ら周辺も同じように事故と考え、予定通り小学校へ入った。

エマ・E・ブッカー小学校で連絡を行うブッシュ大統領
大統領専用機内でチェイニー副大統領との連絡を行うブッシュ大統領

授業視察中に2機目のツインタワー突入があり、数分後、ブッシュ大統領がアンドリュー・カード首席補佐官から2機目の突入と「合衆国が攻撃されている可能性がある」との報告を受けたが、ブッシュは「無駄な動揺を与えないために」との理由ですぐに動かずに7分間、小学生の朗読を聞き続けていた(この映像は後に『華氏911』などで取り上げられた)。朗読が終わるとブッシュ大統領は小学生を褒め、ただちに隣室で補佐官と話し、電話でコンドリーザ・ライス国家安全保障担当補佐官と州知事に連絡した。その後、テレビカメラで国民へ呼びかけ、9時30分頃に小学校から出発、3マイルのところにある空港へ向かった。

9時55分に大統領専用機VC-25」が離陸(護衛の戦闘機はなし)した時点で、国内上空には未だに連絡の取れない旅客機が11機あったが、管制の指示で地上に降ろし、国内空域は大統領専用機と哨戒機だけになった。管制は専用機に「行先を告げずに好きに飛んでいい」と指示したが、当時専用機からは生の声明発表ができなかったため、一度ルイジアナ州バークスデール空軍基地に立ち寄り、国民に向けた声明発表を行った。その後、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2018/10/07 06:50

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