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アルフレド・デスパイネとは?

【基本情報】

【国籍】
キューバ
【出身地】
サンティアゴ・デ・クーバ州パルマ・ソリアーノ
【生年月日】
(1986-06-17) 1986年6月17日(33歳)
【身長
体重】
175 cm
95 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
外野手指名打者
【初出場】
NPB / 2014年7月29日
【年俸】
4億円(2019年)
※2017年から3年契約
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

派遣歴


【国際大会】

【代表チーム】
キューバ
五輪
2008年
WBC
2009年2013年2017年
プレミア12
2015年2019年
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


オリンピック
男子 野球
 | 2008 | 野球
【映像外部リンク】

2009年WBCの対南アフリカ共和国戦
逆方向へ流し打った本塁打(MLB.comによる動画)

【映像外部リンク】

2013年WBCの対日本戦
リードを広げる3点本塁打(MLB.comによる動画)

アルフレド・デスパイネ・ロドリゲス(Alfredo Despaigne Rodriguez , 1986年6月17日 - )は、キューバサンティアゴ・デ・クーバ州パルマ・ソリアーノ出身のプロ野球選手 (外野手) 。右投右打。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 キューバ国外移籍解禁前
    • 1.2 キューバ国外移籍解禁後
      • 1.2.1 メキシカンリーグ時代
      • 1.2.2 ロッテ時代
      • 1.2.3 ソフトバンク時代
  • 2 人物
  • 3 詳細情報
    • 3.1 年度別打撃成績
    • 3.2 年度別守備成績
    • 3.3 タイトル
    • 3.4 表彰
    • 3.5 記録
    • 3.6 背番号
    • 3.7 登場曲
    • 3.8 代表歴
  • 4 脚注
    • 4.1 注釈
    • 4.2 出典
  • 5 関連項目
  • 6 外部リンク

経歴

キューバ国外移籍解禁前

キューバの名門体育大学マニュエル・ファハルド国立体育大学卒業。

2004年台湾で開かれた第21回AAA世界野球選手権大会キューバ代表に選出された。この大会では、4番打者だった。決勝の日本戦で勝利し優勝した。その年に国内リーグデビューし、新人王の次点に輝く。

2007年11月に、台湾で行われた第37回IBAFワールドカップのキューバ代表に選出された。

2008年8月に、2008年北京オリンピックの野球競技キューバ代表に選出された。準決勝戦のアメリカ合衆国戦では、スティーブン・ストラスバーグから本塁打を記録した。最終的に、9試合で3本塁打12打点を記録した。

2008 -2009シーズンでは、国内リーグでのシーズン本塁打記録(前年アレクセイ・ベルが記録した31本)を上回る32本塁打を放った。2009年3月に、第2回WBCキューバ代表に選出された。2月には長女が誕生した。

2009 - 2010シーズンは、初の首位打者(.404)と本塁打王(31本)の二冠、打点もリーグ2位を記録した。7月には、東京で開催された第5回世界大学野球選手権大会のキューバ代表に選出された。決勝戦のアメリカ戦では、2本塁打4打点を記録した。この大会では、MVPを獲得。10月に開催された第17回IBAFインターコンチネンタルカップキューバ代表にも選出された。またこの大会においてアレックス・ラミレスからZETTのグローブとバットをもらって「なんてすばらしいバットなんだ」と大喜びしている。

2010 - 2011シーズンは、途中の公用や足の故障の影響もあり前年を下回る数字で無冠に終わった。

2011 - 2012シーズンは、36本塁打(前年の国内リーグシーズン本塁打記録33本を更新)・105打点とともに自己最高を記録して本塁打王と打点王の二冠に輝き、革命後の国内リーグではウィルフレッド・サンチェスオマール・リナレスに並ぶ最多タイとなる3度目のMVPを獲得した。11月6日に、「侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」」のキューバ代表が発表され 代表入りした。同日、台湾で行われたサンダーシリーズのため来台した。サンダーシリーズ終了後の、14日に来日した。

2013年3月に、第3回WBCキューバ代表に選出された。この大会では福岡ラウンドでMVPを受賞し、大会最多タイの3本塁打と2位タイの9打点を記録した。

キューバ国外移籍解禁後

メキシカンリーグ時代

セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル#キューバ国外への選手派遣」も参照

2013年6月22日にメキシカンリーグカンペチェ・パイレーツに期間限定で移籍することがキューバ野球連盟から承認される。33試合の出場で打率.338、8本塁打、24打点、OPS.928の成績を残した。

2013 - 2014シーズンは途中からキューバ国内リーグのアビスパス・デ・サンティアーゴ・デ・クーバに所属した。

2014年もパイレーツで開幕からプレーし20試合で打率.346、5本塁打、15打点、OPS1.010の成績を残していたが、5月15日に偽造されたドミニカ共和国のパスポートで選手登録されていたことが発覚し、パイレーツから解雇され帰国した。デスパイネはこの問題について帰国後のインタビューで「何も知らなかったし、いまだに何が起こっているのか、本当の事がわからない」と述べている。

ロッテ時代

2014年7月15日に日本プロ野球千葉ロッテマリーンズと契約することが発表され、7月24日に入団会見を行った。背番号49

7月29日にQVCマリンフィールドで行われた対北海道日本ハムファイターズ戦で一軍公式戦初出場。初打席で三塁打を放つ。8月1日に京セラドーム大阪で行われた対オリックス・バファローズ戦では来日初本塁打を記録する。8月20日の対オリックス戦で右脇腹を痛め、翌21日、習志野市内の病院で検査を受け、「右腰背筋挫傷」で全治2週間の見込みと診断され、一軍出場選手登録を抹消されたが、10日の抹消期間で復帰し、一軍出場選手登録された8月31日の対日本ハム戦において、先制点となる6号ソロ本塁打を放つ。シーズン途中の入団で僅か45試合の出場ながら12本塁打を記録した。

キューバへの帰国後、母国では「最強スラッガーの帰還」とデスパイネのキューバへの凱旋は大きく報道された。シーズンオフの12月8日に、2年契約の年俸総額5億円プラス出来高(金額は推定)の大型契約で 翌シーズン以降の契約に合意した事が発表された。

2015年1月16日に背番号を54に変更することが発表される。2月8日、2015年カリビアンシリーズにおいて、所属するベゲーロス・デ・ピナール・デル・リオが初優勝を果たす。キューバ代表としては55年振りの優勝となった。チームメイトには、フレデリク・セペダユリエスキ・グリエルの他に、後にソフトバンクでチームメイトとなるリバン・モイネロやロッテに入団したロエル・サントスがいた。

キューバ国内リーグ出場で来日が遅れていたが4月11日に来日し、4月15日に一軍出場選手登録される。4月20日には第54回キューバリーグ(2014 - 2015シーズン)において、自身2度目のシーズンMVPを獲得。また指名打者でベストナインに選出された。7試合で打率.192と低迷していたが、4月25日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦においてチームの連敗をストップする3ラン本塁打を放つ。5月27日のセ・パ交流戦、対広島東洋カープ戦では8号ソロ本塁打を記録するが、4回表の走塁中に膝を痛め7回裏の守備から途中交代する。翌28日に広島市内の病院で検査を受け、「右膝内側側副靱帯損傷」と診断され離脱を余儀なくされる。6月20日、約1ヵ月ぶりに一軍に復帰し、6月23日の対日本ハム戦では、9号となるソロ本塁打を放ち回復をみせる。7月にはパンアメリカン競技大会にキューバ代表で出場。7月8日、同大会に参加する為に離日した。7月22日に再来日。7月25日の対楽天戦でチームに復帰し、先制点となるレフト前適時打を放つ。昨シーズンから自身が本塁打を打った試合はチームが勝利し、その記録を16連勝に伸ばしていたが、9月4日の対埼玉西武ライオンズ戦の16号本塁打でその記録は途絶えた。リーグ3位を争う9月28日の対西武戦では、初回の適時打に続き、3回には18号2ラン本塁打を放つ活躍で、クライマックスシリーズ進出に貢献する。NPBレギュラーシーズンでは前半戦は打率.263、OPS.883と好調だったが、パンアメリカン競技大会から復帰後の後半戦は打率.253、OPS.759と調子を落とした。

日本ハムとのクライマックスシリーズファーストステージでは、1勝1敗で迎えた10月12日の第3戦において、7回表同点の場面で決勝打となる本塁打を放ちファイナルステージ進出を決める。

11月にはWBSCプレミア12キューバ代表として出場した。

2016年、今シーズンもカリビアンシリーズに出場したが、2月27日には来日し、初めてオープン戦に参加する。

3月25日の日本ハムとの開幕戦で適時打を挙げると、3月、4月は打率.285、5本塁打と好スタートをきる。5月の月間打率は.247と低迷するが、6月12日のセ・パ交流戦、対東京ヤクルトスワローズ戦で11号3ラン本塁打を含む4打点を挙げるなど、6月は月間打率.365、4本塁打、16打点をマーク。7月は再び月間打率.238、1本塁打と低迷するが、8月21日の対西武戦において、来日3年目で20号本塁打の大台に乗せ、8月30日の対オリックス戦で24号ソロ本塁打を放つなど、8月の月間打率は.298、9本塁打を記録する。しかし、9月11日に以前から左手首に痛みを抱えていた箇所が悪化し、出場選手登録を抹消される。

今シーズンは前年を上回る134試合に出場し24本塁打を記録したが、ロッテとの契約は満了。12月20日にロッテが来期契約を結ばないことを発表し、12月21日に自由契約公示された。

ソフトバンク時代

2017年1月29日、カリビアンシリーズの出場メンバーに選出される。2月7日には、3月に開催される第4回WBCにおいてキューバ代表に選出された。2月11日、福岡ソフトバンクホークスと契約したことが発表された。年俸は3年総額12億円(金額は推定)で、背番号はロッテ時代と同じ54

第4回WBCでは、3月10日に行われた1次ラウンド対オーストラリア代表において、1点を追う5回裏2死満塁の場面で逆転満塁本塁打を放ち、2次ラウンド進出を決める。3月14日の2次ラウンド、対日本代表戦では、3安打を放つも今季からチームメイトとなる内川聖一犠牲フライが決勝打となり、5対8で敗れる。キューバ代表が進出した第4回WBC、2次ラウンドB組は日本で開催されたが、一旦帰国の途に就き、3月24日に再来日。翌25日に福岡ヤフオク!ドーム内の球団事務所で入団会見を行った。

WBC出場の影響も無く、3月31日の古巣ロッテとの開幕戦に「5番・指名打者」で先発出場。4月8日の対西武戦では、来日4年目にして初盗塁を記録する。3月、4月は打率.250だったが、5月27日の対日本ハム戦での4試合連続本塁打を記録するなど、5月の月間打率は.312、月間10本塁打まで上昇。6月2日のセ・パ交流戦、対横浜DeNAベイスターズ戦で2打点を挙げ、本塁打はブランドン・レアードと並び、打点は浅村栄斗と並ぶリーグトップタイに躍り出る。6月11日のセ・パ交流戦、対阪神タイガース戦において、初回に先制打となるライト前適時打を放つが、3回裏の走塁中に右太もも裏を痛め、5回の打席から途中交代する。同日に福岡市内の病院で検査を受け、「右太もも裏の肉離れ」と診断され離脱を余儀なくされる。6月23日の対西武戦で代打で復帰し、7月1日の対楽天戦で自己最速の20号を満塁本塁打で記録する。7月14日、15日に行われたマイナビオールスターゲーム2017において、選手間投票で選出される。7月15日にロッテのホームグラウンド、ZOZOマリンスタジアムで行われた第2戦では、ロッテ時代の応援歌が歌われる中で本塁打を打った。この活躍により第2戦のオールスターゲームMVPを獲得する。オールスターゲーム後の8月は、8月13日の日本プロ野球自己最多を更新する25号ソロ本塁打 を含む月間7本塁打を、9月、10月は9月3日の楽天との首位攻防戦において、0-0で迎えた9回裏2死一塁の場面で、則本昂大からサヨナラ適時打を放ち、その活躍で最も印象深いサヨナラ打を放った打者を表彰する9、10月度の「スカパー! ドラマティック・サヨナラ賞」を受賞する。また9月18日の対西武戦での直近5試合で4本目、100打点の大台に乗る34号本塁打など、6本塁打、21打点を上積みし、本塁打ではブランドン・レアードの32本を上回る35本塁打で最多本塁打のタイトルに、打点では柳田悠岐、浅村栄斗の99打点を凌ぐ103打点で最多打点のタイトルの2冠に輝き、チームの二年振りのリーグ優勝に貢献した。

楽天とのクライマックスシリーズファイナルステージでは、10月20日の第3戦では、初回に先制点となるライト前への適時打、10月21日の第4戦では、1点リードの3回裏に3年連続となるクライマックスシリーズでの本塁打を放つなど活躍し、日本シリーズに進出する。横浜との日本シリーズでは、10月28日の第1戦、10月29日の第2戦において、ともに1回裏に先頭打者としてヒットで出塁した柳田悠岐を2戦連続適時打で返す活躍をみせ、チームの二年振りの日本一奪還に貢献した。

シーズンオフには、指名打者部門において初めて日本プロ野球ベストナインを受賞する。また母国キューバにおいても、ソフトバンクでの日本一に貢献とキューバ国内リーグでアラサネス・デ・グランマの一員としてリーグ制覇を達成、第4回WBCでの貢献などを評価され、2017年のキューバ最優秀選手に選出される。

2018年はシーズン途中に自身と同じキューバ出身のユリスベル・グラシアルアリエル・ミランダが加入。また故障の影響でシーズン中は鳴りを潜めたものの、対日ハム戦のクライマックスシリーズで計3本塁打放ちファイナルステージ進出に貢献。

2019年、9月4日の楽天戦で来日通算150号本塁打となった。

人物

詳細情報

年度別打撃成績




【球

団】


































































O
P
S

2004-2005 | GRA | 86 | 349 | 333 | 59 | 103 | 17 | 6 | 11 | 165 | 42 | 5 | 3 | 3 | 1 | 13 | 0 | 3 | 63 | 6 | .309 | .340 | .495 | .835
2005-2006 | 86 | 381 | 344 | 66 | 112 | 22 | 3 | 15 | 185 | 72 | 3 | 5 | 0 | 5 | 25 | 6 | 7 | 35 | 2 | .326 | .378 | .538 | .916
2006-2007 | 89 | 389 | 336 | 60 | 108 | 20 | 3 | 16 | 182 | 66 | 7 | 5 | 1 | 1 | 44 | 12 | 7 | 26 | 6 | .321 | .410 | .542 | .951
2007-2008 | 88 | 389 | 321 | 75 | 117 | 33 | 4 | 24 | 230 | 78 | 14 | 6 | 0 | 0 | 53 | 19 | 15 | 46 | 4 | .364 | .476 | .717 | 1.192
2008-2009 | 90 | 405 | 328 | 73 | 123 | 25 | 2 | 32 | 248 | 97 | 16 | 6 | 0 | 5 | 61 | 15 | 11 | 45 | 8 | .375 | .481 | .756 | 1.238
2009-2010 | 87 | 376 | 317 | 79 | 128 | 37 | 0 | 31 | 258 | 97 | 7 | 3 | 0 | 3 | 40 | 11 | 16 | 34 | 8 | .404 | .489 | .814 | 1.303
2010-2011 | 67 | 303 | 261 | 56 | 93 | 7 | 0 | 27 | 181 | 74 | 1 | 2 | 0 | 2 | 33 | 6 | 7 | 42 | 10 | .356 | .439 | .693 | 1.132
2011-2012 | 87 | 447 | 344 | 87 | 112 | 19 | 0 | 36 | 239 | 105 | 4 | 2 | 0 | 1 | 91 | 27 | 11 | 47 | 15 | .326 | .479 | .695 | 1.174
2012-2013 | GRA/PRI | 79 | 342 | 262 | 52 | 100 | 19 | 0 | 17 | 170 | 50 | 2 | 1 | 0 | 1 | 71 | 26 | 8 | 44 | 8 | .382 | .523 | .649 | 1.172
2013-2014 | GRA/SCU | 59 | 253 | 190 | 35 | 59 | 8 | 1 | 12 | 105 | 41 | 0 | 1 | 0 | 2 | 55 | 24 | 6 | 26 | 5 | .311 | .474 | .553 | 1.027
2014 | ロッテ | 45 | 182 | 161 | 26 | 50 | 13 | 1 | 12 | 101 | 33 | 0 | 0 | 0 | 3 | 16 | 1 | 2 | 36 | 6 | .311 | .374 | .627 | 1.001
2015 | 103 | 409 | 353 | 49 | 91 | 18 | 0 | 18 | 163 | 62 | 0 | 1 | 0 | 3 | 49 | 2 | 4 | 89 | 9 | .258 | .352 | .462 | .814
2016 | 134 | 570 | 496 | 81 | 139 | 27 | 0 | 24 | 238 | 92 | 0 | 3 | 0 | 7 | 64 | 3 | 3 | 89 | 25 | .280 | .361 | .480 | .841
2017 | ソフトバンク | 136 | 545 | 478 | 66 | 125 | 15 | 0 | 35 | 245 | 103 | 3 | 1 | 0 | 3 | 59 | 2 | 5 | 119 | 14 | .262 | .347 | .513 | .859
2018 | 116 | 469 | 407 | 62 | 97 | 15 | 1 | 29 | 201 | 74 | 0 | 0 | 0 | 3 | 55 | 4 | 4 | 93 | 13 | .238 | .333 | .494 | .826
2019 | 130 | 519 | 448 | 61 | 116 | 9 | 0 | 36 | 233 | 88 | 0 | 1 | 0 | 3 | 63 | 1 | 5 | 119 | 6 | .259 | .355 | .520 | .875
CNS:10年 815 | 3624 | 3023 | 641 | 1052 | 207 | 18 | 220 | 1955 | 721 | 58 | 34 | 4 | 21 | 485 | 146 | 91 | 406 | 72 | .348 | .450 | .647 | 1.096
NPB:6年 664 | 2694 | 2343 | 345 | 618 | 97 | 2 | 154 | 1181 | 452 | 3 | 6 | 0 | 22 | 306 | 13 | 23 | 545 | 73 | .264 | .352 | .504 | .856

年度別守備成績

【年
度】
【球
団】
外野


















2014 | ロッテ | 19 | 29 | 1 | 3 | 0 | .909
2015 | 8 | 13 | 0 | 0 | 0 | 1.000
2016 | 8 | 12 | 0 | 0 | 0 | 1.000
2017 | ソフトバンク | 3 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1.000
2018 | 4 | 3 | 0 | 0 | 0 | 1.000
2019 | 10 | 12 | 0 | 0 | 0 | 1.000
通算 52 | 71 | 1 | 3 | 0 | .960

タイトル

NPB

表彰

NPB
キューバ代表

記録

NPB初記録
節目の記録
NPBその他の記録

背番号

NPB

登場曲

代表歴

出典:wikipedia
2020/01/19 16:19

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