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アンディ・マリーとは?

【基本情報】

【フルネーム】
Sir Andrew Barron Murray
【愛称】
アンディ
【国籍】
イギリス
【出身地】
スコットランド・ダンブレーン
【居住地】
イングランドロンドン
【生年月日】
(1987-05-15) 1987年5月15日(31歳)
【身長】
190cm
【体重】
84kg
【利き手】

【バックハンド】
両手打ち
【ツアー経歴】

【デビュー年】
2005年
【ツアー通算】
47勝
【シングルス】
45勝
【ダブルス】
2勝
【生涯獲得賞金】
61,046,255 アメリカ合衆国ドル
【4大大会最高成績・シングルス】

全豪
準優勝(2010・11・13・15・16)
全仏
準優勝(2016)
全英
優勝(2013・16)
全米
優勝(2012)
【優勝回数】
3(米1・英2)
【4大大会最高成績・ダブルス】

全豪
1回戦(2006)
全仏
2回戦(2006)
全英
1回戦(2005)
全米
2回戦(2008)
【国別対抗戦最高成績】

デビス杯
優勝(2015)
ホップマン杯
準優勝(2010)
【キャリア自己最高ランキング】

【シングルス】
1位(2016年11月7日)
【ダブルス】
51位(2011年10月17日)
【獲得メダル】

男子 テニス
オリンピック
 | 2012 ロンドン | 男子シングルス
 | 2012 ロンドン | 混合ダブルス
 | 2016 リオデジャネイロ | 男子シングルス

2017年3月5日現在
テンプレート プロジェクト テニス

サー・アンドリュー・バロン・"アンディ"・マリー (Sir Andrew Barron "Andy" Murray, 1987年5月15日 -,OBE )は、スコットランドダンブレーン出身、イギリス国籍の男子プロテニス選手。身長190cm、体重84kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。「アンディ・マレー」とする表記も多い。

ロンドン五輪リオデジャネイロ五輪でシングルス選手としては男女通じて初のオリンピック連覇を達成。4大大会では3度の優勝経験があり、特にウィンブルドン選手権では2013年イギリス人選手77年ぶりの優勝者となった。マスターズ1000優勝14回。シングルス自己最高ランキングは1位。生涯獲得賞金ランキング歴代4位。

ロジャー・フェデラーラファエル・ナダルノバク・ジョコビッチと共にBIG4と称される。

1歳年上の兄ジェイミー・マリーもプロテニス選手で、ダブルスのスペシャリスト。

目次

  • 1 選手経歴
    • 1.1 ジュニア時代
    • 1.2 2005年-2007年 世界15位入り
    • 1.3 2008年 マスターズ優勝 グランドスラム決勝進出
    • 1.4 2009年 世界ランキング2位
    • 1.5 2010年 2度のマスターズ優勝 全豪決勝進出
    • 1.6 2011年 2度のマスターズ優勝 連続ベスト4入り
    • 1.7 2012年 悲願のグランドスラム優勝 オリンピック金メダル BIG4へ
    • 1.8 2013年 77年ぶりの地元ウィンブルドン優勝
    • 1.9 2014年 怪我による不調
    • 1.10 2015年 全豪での再躍進、クレーコートでの初優勝、デビスカップ初優勝、自身初の年間最終2位
    • 1.11 2016年 2度目のウィンブルドン優勝・初の全仏準優勝・五輪連覇・世界ランク1位
    • 1.12 2017年 怪我による不調と1位陥落
    • 1.13 2018年
  • 2 ナショナル・アイデンティティ
  • 3 プレースタイル
  • 4 記録
  • 5 4大大会優勝
  • 6 成績
    • 6.1 4大大会シングルス
    • 6.2 大会最高成績
  • 7 脚注
  • 8 外部リンク

選手経歴

ジュニア時代

アンディ・マリーはスコットランドのナショナル・コーチを務めていた母親のジュディ・マリーの手ほどきにより、3歳からテニスを始めた。8歳のときに通っていた小学校で児童16人、教員1人が射殺されたダンブレーン事件に遭遇し、机の下に隠れて難を逃れている。少年時代はサッカーでも才能があり、スコットランドの名門サッカークラブ「グラスゴー・レンジャーズ」からスカウトを受けたこともあるが、職業としてテニスに専念する。

2003年からATPチャレンジャーツアー、フューチャーズサーキットに出場し始める。彼の初大会であるマンチェスターチャレンジャーでベスト8入り。グラスゴーフューチャーズで初タイトルを獲得した。エディンバラフューチャーズでもベスト4入り。2004年7月にノッティンガムのチャレンジャー大会に出場するも2回戦でジョー=ウィルフリード・ツォンガに敗れる。ハティバとローマの大会には優勝した。

2004年全米オープンの男子ジュニアシングルス部門で優勝。オーストリア戦のデビスカップイギリス代表に選ばれるも出場はなかった。この年BBC Young Sports Personality of the Yearを受賞。2003年には世界ジュニアランキングでシングルス6位、ダブルス8位。2004年には2位にランクインした。

2005年-2007年 世界15位入り

2005年全仏オープンまではジュニア選手の大会にも出場したが、この年からプロテニス選手として本格的な活動を始め、地元のウィンブルドン選手権大会で4大大会の本戦にデビューした。初出場のウィンブルドンでダビド・ナルバンディアンとの3回戦に勝ち進み、マリーはイギリスの新しい才能として期待を集めた。続く全米オープンでは2回戦でアルノー・クレマンに敗れたが、9月末にタイ・オープンで初のツアー大会決勝進出を果たす。2005年末には世界ランキングを一気に64位まで上げ、10代の男子テニス選手としてはノバク・ジョコビッチに続く高いポジションにつけた。

2006年2月13日、アンディ・マリーはSAPオープンの決勝でレイトン・ヒューイットを2-6, 6-1, 7-6で破り、18歳9ヶ月でツアー初優勝を果たす。4大大会でも、2度目のウィンブルドンでは3回戦でアンディ・ロディックとの“アンディ対決”を7-6, 6-4, 6-4で制してさらに評価を高めたが、4回戦でマルコス・バグダティスに3-6, 4-6, 6-7のストレートで敗れた。8月のシンシナティ・マスターズでは、2回戦で当時ランク1位のロジャー・フェデラーに勝利する大金星を挙げ、2006年シーズンにナダル以外で、フェデラーから勝利をあげた唯一の選手となった。全米オープンで第17シードを得たマリーは、ニコライ・ダビデンコとの4回戦まで勝ち進み、一気に世界ランキング16位まで上昇した。

全豪オープンで第15シードを得たマリーは、4回戦で第2シードのラファエル・ナダルに7-6, 4-6, 6-4, 3-6, 1-6のフルセットで惜敗した。2月にSAPオープンで2連覇を達成し、10月第3週のサンクトペテルブルク・オープンでツアー3勝目を挙げた。他にもマスターズでは2度ベスト4に残った。

2008年 マスターズ優勝 グランドスラム決勝進出

2008年全米オープンにて

2008年のシーズンに入り、マリーは5つのシングルス優勝を加えた。ウィンブルドンでは初めて準々決勝に駒を進めたが、ナダルに3-6, 2-6, 4-6のストレートで完敗した。ウィンブルドン終了後、7月末のシンシナティ・マスターズでは第8シードで出場。サム・クエリードミトリー・トゥルスノフカルロス・モヤイボ・カロビッチを破り決勝進出。決勝で第3シードで同い年のジョコビッチを破り、ATPマスターズシリーズ初優勝を達成。

全米オープンでは第6シードとしてセルヒオ・ロイトマンミカエル・ロドラユルゲン・メルツァースタン・ワウリンカに勝利。準決勝で世界ランキング1位のナダルを6-2, 7-6, 4-6, 6-4で破って決勝進出を決めた。初進出の決勝戦では、第2シードのフェデラーに2-6, 5-7, 2-6で敗れて準優勝になった。10月のマドリード・マスターズでは第4シードで出場。シモーネ・ボレッリマリン・チリッチガエル・モンフィス、第2シードのフェデラーを破り決勝進出。決勝ではジル・シモンを6-4, 7-6で勝利し優勝。マスターズ2勝目を挙げる。年間最終戦であるテニス・マスターズ・カップに初出場。フェデラーロディックジル・シモンに勝利し3勝0敗でラウンドロビン通過するも準決勝でダビデンコに敗北。最終的には世界ランキング4位で終える。

2009年 世界ランキング2位

5月のインディアンウェルズ・マスターズでは第4シードで出場。トミー・ロブレドイワン・リュビチッチ、第2シードのフェデラーを破り決勝でラファエル・ナダルに敗れ準優勝。第4シードで出場したマイアミ・マスターズではフェルナンド・ベルダスコフアン・マルティン・デル・ポトロジョコビッチを破り優勝。マスターズ3勝目を挙げる。ウィンブルドン選手権では、地元の期待を背負いながら初の準決勝に進出したが、第6シードのロディックに4-6, 6-4, 6-7(7), 6-7(5)で敗れて決勝進出を逃した。

ロジャーズ・カップでは第3シードで出場。フアン・カルロス・フェレーロダビデンコジョー=ウィルフリード・ツォンガデルポトロを破り優勝。マスターズ4勝目を挙げた。同年8月17日付の男子ツアーシングルス世界ランキングで、マリーは初めて世界ランキング2位となり、両膝の故障で戦線を離脱していたナダルを抜いた。しかし、前年度に準優勝の成績を出した全米オープンでは4回戦でマリン・チリッチに敗れ、ここでいったん世界ランキングが後退した。年末ランキングでは2年連続4位となる。 フェデラー/ナダル2強に対して、2008年全豪優勝ジョコビッチ、2009年全仏準優勝セーデリング、2009年最終戦優勝ダビデンコ、2009年全米優勝デルポトロ共に次世代No.1候補になった年である。

2010年 2度のマスターズ優勝 全豪決勝進出

ホップマンカップではローラ・ロブソンとペアを組み出場。カザフスタンドイツロシアを破り決勝進出するも決勝でスペインに敗れる。2010年全豪オープンでは、ジョン・イスナー、第2シードのナダルマリン・チリッチを破り、イギリス人男子選手として1977年12月ジョン・ロイド以来33年ぶりの決勝進出を決めた(1977年度の全豪オープンは、年頭の1月開催と年末の12月開催の2度行われ、ロイドの決勝進出は年末開催のイベントだった)。この決勝戦でも再びフェデラーに3-6, 4-6, 6-7(11)のストレートで敗れ、初優勝はならなかった。

全仏オープンでは4回戦でトマーシュ・ベルディハに敗れる。ウィンブルドン選手権ではジル・シモンサム・クエリーツォンガに勝利しナダルに敗れるも2年連続ベスト4入り。ロジャース・カップではガエル・モンフィスダビド・ナルバンディアン、第1シードのナダルらを破り決勝進出。決勝ではフェデラーを7-5, 7-5で勝利し2連覇達成。全米オープンはワウリンカに敗れ3回戦敗退。上海マスターズではジェレミー・シャルディーツォンガフアン・モナコらを破り決勝進出。決勝でフェデラーに6-3, 6-2で勝利しマスターズ6勝目を挙げる。2010年ツアーで5360ポイントを稼ぎ第5位の成績でATPワールドツアー・ファイナルに出場。ラウンドロビンはフェデラーに敗れるもロビン・セーデリングダビド・フェレールに勝利し準決勝進出。準決勝でナダルに6-7, 6-3, 6-7で敗れる。

2011年 2度のマスターズ優勝 連続ベスト4入り

全豪オープンで2年連続となる決勝に進出したが、ジョコビッチに4–6, 2–6, 3–6のストレートで敗れ4大大会3度目の準優勝となった。年末世界ランキング3年連続4位となる。

2009年全仏オープンにて

マリーは全仏オープンで初めてのベスト4に進出したが、ナダルに4-6, 5-7, 4-6で敗れた。 ウィンブルドン選手権で3年連続の準決勝に進出したが、またもナダルに7-5, 2-6, 2-6, 4-6で敗れた。 ウィンブルドン後のデビスカップではルクセンブルクのローラン・ブランに6-0, 6-0, 6-0で勝利し、オープン化後以降8人目のトリプルベーグル達成者となった。 マスターズ1000では第4シードで出場したシンシナティ・マスターズではジル・シモンマーディ・フィッシュらを破り決勝進出。決勝では第1シードのジョコビッチに勝利し3年ぶりの優勝。 全米オープンでも準決勝に進出し、2011年の4大大会全てでベスト4以上に進出したが、準決勝でナダルに4-6, 2-6, 6-3, 2-6で敗れた。年間での4大大会すべてベスト4入りは男子史上7人目。

秋のアジアシリーズではタイ・オープンジャパン・オープン・テニス選手権で2大会連続優勝を果たし、第2シードで出場した上海マスターズはスタン・ワウリンカマシュー・エブデン錦織圭らを破り決勝進出。決勝ではフェレールに7-5, 6-4で勝利し優勝。しかし最終戦のATPワールドツアー・ファイナルではフェレールとの1試合目を落とした後、太もも付け根の負傷のため大会を棄権した。最終世界ランキング4年連続4位となる。

2012年 悲願のグランドスラム優勝 オリンピック金メダル BIG4へ

ロンドンオリンピックにて金メダルを獲得したマリー(中央)

2012年度より、コーチとして往年の名選手でもあるイワン・レンドルを招聘した。全豪オープンでは準々決勝で錦織圭に6-3, 6-3, 6-1で快勝したが、準決勝でジョコビッチに3-6, 6-3, 7-6(4), 1-6, 5-7 で競り負けた。ウィンブルドンでは、イギリス人選手としては74年ぶりの決勝進出を果たすも、フェデラーに6-4, 5-7, 3-6, 4-6で敗れ、1936年大会のフレッド・ペリー以来の優勝を逃した。それでも、続くロンドン五輪ではスタニスラス・ワウリンカヤルコ・ニエミネンマルコス・バグダティスニコラス・アルマグロジョコビッチを破り決勝進出。決勝でフェデラーを6-2, 6-1, 6-4で破り、地元開催のオリンピックで金メダルを獲得した。イギリス人選手の金メダリストはジョシア・リッチー以来104年ぶりとなる。また、ローラ・ロブソンとのペアで出場した混合ダブルスでは銀メダルを獲得した。

全米オープンではアレックス・ボゴモロフ・ジュニアイワン・ドディグフェリシアーノ・ロペスミロシュ・ラオニッチマリン・チリッチトマーシュ・ベルディハを破り決勝進出。決勝でジョコビッチを7-6, 7-5, 2-6, 3-6, 6-2全米決勝史上最長タイの4時間54分に及ぶ激闘を制し、4大大会5度目・初の決勝進出から4年越しでの悲願のグランドスラムタイトルを手に入れた。その後の上海マスターズでは決勝でジョコビッチに7-5, 6-7(11), 3-6とマッチポイントを握るも敗退し3連覇とはならなかった。ATPワールドツアー・ファイナルではトマーシュ・ベルディハツォンガに勝利しラウンドロビンを突破するも準決勝でフェデラーに敗退した。最終世界ランキングで初めてナダルを上回り3位となる。

2013年 77年ぶりの地元ウィンブルドン優勝

2013年年初に行われたブリスベン国際では、決勝で若手のグリゴール・ディミトロフを下し2連覇。全豪オープンでは、準決勝でフェデラーにフルセットで勝利したが、決勝ではジョコビッチにセットカウント1-3で敗退し準優勝に終わる。3月のソニー・エリクソン・オープンでは第2シードで出場。バーナード・トミックグリゴール・ディミトロフアンドレアス・セッピマリン・チリッチリシャール・ガスケを破り決勝進出。決勝でフェレールを2-6, 6-4, 7-6で下し2009年以来4年ぶりの優勝。またマスターズ1000の優勝は2011年上海マスターズ以来となる。

クレーコートシーズンのマスターズ3大会は、2回戦敗退や3回戦敗退など早期敗退が目立った。全仏オープンは腰の痛みにより欠場し、4大大会連続決勝進出も3大会でストップ。9大会連続ベスト8入りもストップした。復帰後のエイゴン選手権決勝でマリン・チリッチを下しシーズン3勝目を挙げた。 ウィンブルドンでは、ベンヤミン・ベッカー盧彦勳トミー・ロブレドミハイル・ユージニーフェルナンド・ベルダスコイェジ・ヤノビッチを破り決勝進出。決勝戦でジョコビッチを6-4, 7-5, 6-4で破り、1936年のフレッド・ペリー以来77年ぶりとなる悲願の地元ウィンブルドン優勝を達成した。最終世界ランキングは自身5回目となる4位につける。

2014年 怪我による不調

1月22日、第4シードで臨んだ全豪オープンでは準々決勝で第6シードのフェデラーに敗れベスト8。6月7日、全仏オープンでは大会第1シードのナダルに6-3, 6-2, 6-1で敗退しベスト4。7月3日、前回王者として望んだウィンブルドンでは準々決勝で第11シードのグリゴール・ディミトロフに敗れベスト8に終わる。ウィンブルドンでベスト4に上がれなかったのは2008年以来6年ぶり。9月4日、全米オープンに大会準々決勝で第1シードのノバク・ジョコビッチに敗れベスト8。9月28日、深圳オープントミー・ロブレドを5-7, 7-6, 6-1で下し、昨年のウィンブルドン以来、1年以上ぶりに優勝した。10月19日エルステ・バンク・オープンフェレールとの接戦を制し、5-7, 6-2, 7-5で勝利しての優勝。ATPポイントで11位から8位に浮上。10月26日、バレンシア・オープンでシングルス決勝でトミー・ロブレドに3-6, 7-6, 7-6で競り勝ち、シングルス通算31回目のタイトルを手にした。ATPポイントで5位に浮上。その他ATPワールドツアー・マスターズ1000では5つのベスト8を飾り世界6位の成績で自身7度目の選出となるATPワールド

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出典:wikipedia
2018/10/12 21:55

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