このキーワード
友達に教える
URLをコピー

イギリスとは?

移動先: 案内検索
グレートブリテン及び北アイルランド連合王国
United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland



(国旗) | (国章)
国の標語:Dieu et mon droit
(フランス語:神と我が権利)
国歌:God Save the Queen(英語)
神よ女王を護り賜え
公用語
英語
首都
ロンドン(事実上)
【最大の都市】
ロンドン
政府
女王
エリザベス2世
首相
テリーザ・メイ
面積
【総計】
244,820km(76位)
【水面積率】
1.3%
人口
【総計(2011年)】
6318万1775
GDP(自国通貨表示)
【合計(2012年)】
1兆5478億UKポンド (£)
GDP (MER)
【合計(2012年)】
2兆4337億ドル(6位)
GDP (PPP)
【合計(2012年)】
2兆3162億ドル(6位)
【1人あたり】
36,727ドル
建国
イングランド王国/スコットランド王国
(両国とも1707年合同法まで) 927年/843年
グレートブリテン王国成立
(1707年合同法) 1707年05月01日
グレートブリテン及びアイルランド連合王国成立
(1800年合同法) 1801年01月01日
【現在の国号「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」に変更】
1927年04月12日

通貨
UKポンド (£) (GBP)
時間帯
UTC ±0(DST:+1)
ISO 3166-1
GB / GBR
ccTLD
.uk / .gb
国際電話番号
44
  1. ^ 英語以外での正式国名:
  2. ^ United Nations Department of Economic and Social Affairs>Population Division>Data>Population>Total Population
  3. ^ >Data and Statistics>World Economic Outlook Databases>By Countrise>United Kingdom
  4. ^ 使用は.ukに比べ圧倒的少数。

グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(グレートブリテンおよびきたアイルランドれんごうおうこく、: United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)、通称の一例としてイギリス、あるいは英国(えいこく)は、ヨーロッパ大陸の北西岸に位置するグレートブリテン島アイルランド島北東部・その他多くの島々から成る同君連合型の主権国家である。イングランドウェールズスコットランド北アイルランド4つの国で構成されている。

また、イギリスの擬人化にジョン・ブルブリタニアがある。

目次

  • 1 国名
  • 2 歴史
  • 3 地理
    • 3.1 主要都市
    • 3.2 気候
  • 4 政治
    • 4.1 現在の君主
    • 4.2 地方行政区分
    • 4.3 外交と軍事
  • 5 経済
    • 5.1 鉱業
    • 5.2 農業
    • 5.3 貿易
    • 5.4 エネルギー政策
    • 5.5 通貨
    • 5.6 企業
      • 5.6.1 通信
  • 6 交通
    • 6.1 道路
    • 6.2 鉄道
    • 6.3 海運
    • 6.4 航空
  • 7 科学技術
  • 8 国民
    • 8.1 言語
    • 8.2 宗教
    • 8.3 婚姻
    • 8.4 移住
    • 8.5 教育
    • 8.6 医療
  • 9 文化
    • 9.1 食文化
    • 9.2 文学
    • 9.3 哲学
    • 9.4 音楽
      • 9.4.1 ポピュラー音楽
    • 9.5 映画
    • 9.6 コメディ
    • 9.7 国花
    • 9.8 世界遺産
    • 9.9 祝祭日
    • 9.10 スポーツ
      • 9.10.1 サッカー
      • 9.10.2 競馬
      • 9.10.3 モータースポーツ
      • 9.10.4 野球
      • 9.10.5 カーリング
  • 10 脚注
  • 11 関連項目
  • 12 外部リンク

国名

詳細は「イギリスの国名」を参照

正式名称は、英語ではUnited Kingdom of Great Britain and Northern Irelandであり、日本語では、「グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国」とする場合(法文など)と「グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国」とする場合(条約文など)がある。

英語での略称はUnited KingdomUK。日本語における一般的な略称は「イギリス」か「英国」であるが、稀に「連合王国」が用いられることもある。現在の公用文では「英国」が使用されており「イギリス」は口語で用いられることが多い。「連合王国」は2003年まで法文において用いられていた。

「イギリス」はポルトガル語でイングランドを指すInglez(イングレス)が語源で、元の意味にかかわらず連合王国全体を指して使われており、その一部を為す「イングランド」とは区別されている。江戸時代にはオランダ語のEngelsch(エンゲルシュ)を語源とする「エゲレス」という呼称も広く使用された。幕末から明治大正期には「英吉利」(えいぎりす=イギリス)や「大不列顛」(だいふれつてん=大ブリテン)と漢字で表記される事もあったが、前者が「英国」という略称の語源である。ただし「英国」は、狭義に連合王国全体でなくイングランド(英格蘭)のみを指す場合もある。

1707年合同法においては、イングランド王国およびスコットランド王国を1王国に統合すると宣言する。同法において、新国家名称は「グレートブリテン王国」または「グレートブリテン連合王国」および「連合王国」とすると述べている。しかしながら、「連合王国」という用語は18世紀における非公式の使用にのみ見られ、「長文式」でない単なる「グレート・ブリテン」であった1707年から1800年まで、同国はごくまれに正式名称である「グレート・ブリテン連合王国」と言及された。1800年合同法では、1801年にグレート・ブリテン王国とアイルランド王国が統合し、グレート・ブリテン及びアイルランド連合王国が成立した。現在の正式国名である「グレート・ブリテン及び北(部)アイルランド連合王国」は、北アイルランドが連合王国の一部としてとどまった1922年のアイルランド自由国独立およびアイルランド分裂後に採用された。

イギリスは主権国家として国であるが、イングランド、スコットランド、ウェールズ、それほどの段階ではないが北アイルランドも、主権国家ではないが「国」(country)とよばれる。スコットランド、ウェールズ、北アイルランドは、権限の委譲による自治権を有する。イギリス首相のウェブサイトでは、連合王国の説明として「1国内の国々」という言葉が用いられていた。イギリスの12のNUTS1地域統計のような複数の統計的概要において、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドを「region」と言及している。北アイルランドは「province」とも言及される。北アイルランドに関しては、記述名の使用が「多くの場合、個人の政治的選好を明らかにする選択で議論の的になり得る」。

英語では「Britain」という言葉は、連合王国の同義語として頻繁に用いられる。一方、「Great Britain」という言葉は、連合王国全体の緩い同義語として用いられる場合もあるが、本来はイングランド、スコットランドおよびウェールズを指すものであり、北アイルランドを含む(すなわち、イギリス全体を指す)場合には用いるべきでないとされる。

"GB"及び"GBR"は、イギリスの標準国名コード (ISO 3166-2及びISO 3166-1 alpha-3を参照) であり、その結果として国際機関がイギリスに言及する際に用いられることがある。さらに、イギリスのオリンピックチームは「Great Britain」もしくは「Team GB」の名称を用いる。

形容詞の「British」は、イギリスに関する事項への言及によく用いられる。「British」に明白な法的含意はないが、イギリスの市民権及び国籍に関する事項への言及に法律上用いられる。イギリスの国民は、自らの国民性を表現するのに多数の異なる用語を用い、自らをイギリス人であるか、イングランド人スコットランド人ウェールズ人北アイルランド人アイルランド人であるか、又はその両方であると見なし得る。

2006年、イギリスのパスポートに新デザインが導入された。新パスポートの1ページ目には、英語、ウェールズ語、スコットランド・ゲール語で正式国名が記載されている。ウェールズ語での正式国名は"Teyrnas Unedig Prydain Fawr a Gogledd Iwerddon"であり、政府のウェブサイト上での略名は"Teyrnas Unedig"であるが、通常は語形変化した形"Y Deyrnas Unedig"から"DU"と略される。スコットランド・ゲール語での正式国名は"Rìoghachd Aonaichte Bhreatainn is Èireann a Tuath"であり、略名は"Rìoghachd Aonaichte"である。

歴史

ブリテンの歴史

アイルランド | イングランド | スコットランド
先史時代
ゲール人 | ブリタンニア | ピクト人
オニール時代 | 七王国 | ダルリアダ | 
ノルマン朝イングランド王国 | アルバ王国
プランタジネット朝(国名同上アンジュー帝国とも)
独立戦争
百年戦争
ステュアート朝
薔薇戦争
テューダー朝
アイルランド王国 | イングランド王国 | スコットランド王国
(国名同上) | (国名同上) | (国名同上)
清教徒革命政教分離
イングランド共和国
王政復古
ステュアート朝(復興)
アイルランド王国 | イングランド王国 | スコットランド王国
(国名同上) | 合同法 (1707年)
グレートブリテン王国
ハノーヴァー朝
(国名同上) | (国名同上)
合同法 (1800年)
グレートブリテン及びアイルランド連合王国
サクス=コバーグ=ゴータ朝ウィンザー朝
(国名同上)
英愛条約
アイルランド自由国 | イギリス
アイルランド憲法公布による改名
アイルランド
関連項目:イギリスの歴史ウェールズの歴史

詳細は「イギリスの歴史」を参照
プトレマイオスの地理学に基づく地図、アルビオンとヒベルニア(現在のアイルランド)の文字が見える

古代のグレートブリテン島はアルビオンと呼ばれた。ラテン語起源で、ドーバーの白い崖に由来するとされる。

1066年にノルマンディー公であったウィリアム征服王 (William the Conqueror) がイングランドを征服し、大陸の進んだ封建制を導入して、王国の体制を整えていった。人口と経済力に勝るイングランドがウェールズとスコットランドを圧倒していった。

13世紀、第一次バロン戦争第二次バロン戦争フランスに政治を左右された。1282年にウェールズ地方にもイングランドの州制度がしかれた。14-15世紀にわたりフランスと百年戦争を展開したが、1373年に英葡永久同盟を結んだ。

ばら戦争を勝ち抜いたランカスター朝閨閥にバイエルン公でホラント伯のヴィルヘルム1世を迎えた。1497年、ジョン・カボットが北米海岸を発見した。1514年、検閲できない外国商人飛脚が設立された。1534年、国王至上法が出た。1536年及び1543年の統一法の下、スコットランドを正式に併合した(ウェールズ法諸法)。1559年、キリスト教がイングランド国教会統一された。1562年フランスでユグノー戦争が起こってユグノーが移ってきた。亡命者トレンチ家はイギリスでクランカートリー伯となった。1588年、アルマダの海戦でカトリック勢力を破った。1598年、ハンザ同盟の在ロンドン基地を閉鎖した。

1600年イギリス東インド会社ができた。1603年にイングランドとスコットランドが同君連合を形成した。そしてヘンリー・ハドソンウィリアム・バフィンが北米探検に活躍した。1620年、ピルグリム・ファーザーズが北米に上陸し、またフランスでユグノーが反乱しだした。1628年に権利の請願がなされ、翌年にリシュリューがユグノーと和解した。1639-1640年、スコットランド王国に国教会を強制しようとイングランドは二度の司教戦争を挑むが共に敗れてしまった。そして矛先をアイルランド王国へ変えて、チャールズ1世オリバー・クロムウェルウィリアム3世の3人が17世紀末まで苛め抜いた。ウィレム3世はルイ14世に迫害されたユグノーに支えられ、1694年イングランド銀行を設立した。1702年、ユグノーだったマシュー・デッカーがロンドンへ来た。1704年にジブラルタルを占領し、カトリック勢力を地中海に封じた。1707年の合同法で、イングランドとスコットランドは合邦しグレートブリテン王国となった。ピューリタンとユグノーが商売敵のカトリックに対し統一戦線を組み上げたのである。イギリス帝国の手が届く世界各地で、宗教と経済が不可分にからみあった紛争が続いた。植民地の争奪戦だけでなく、ロシア帝国とアメリカ合衆国で利権を工作するときも彼らは常に優位であった。繊維業における産業革命は、綿花を輸出するアメリカ合衆国へ通貨を独占的に供給した。

ユグノーからノースウィック男爵が出た頃、イギリスは対仏大同盟の主役であった。連合国がワーテルローの戦いで勝利し、ナポレオン戦争がおわった。こうしてパクス・ブリタニカの時代が到来した。

1801年の合同法でアイルランド王国と合邦し、グレートブリテン及びアイルランド連合王国となった。しかしアイルランド共和軍は健在である。統一戦線としては、ジョージ4世の家柄・勲章、フリーメーソン加入、すべてが戦利品であった。フランス王が再びカトリックを強制することはないだろうし、もはや神聖ローマ帝国もなくなっていた。ベルギーを独立させ、阿片戦争に勝利し、統一戦線は鉄道・通信の独占に注力した。しかし統一戦線は事をやりすぎる癖があった。ルイ16世には忌まわしきフォンテーヌブローの勅令を破棄させれば十分であったが、フランス革命ナポレオンを台頭させて神聖ローマだけでなく統一戦線まで脅かした。支援したプロイセン王国がロシアと組んでオスマン帝国を攻撃するのも都合がよかった。しかし普墺戦争キール運河の利権をとられそうになったり、普仏戦争で南ドイツ連邦が水の泡となったり、オスマン債務管理局の利権をドイツ帝国に奪われたりして、ベルギーの統一戦線は飼い犬に手を噛まれた気持ちになった。

栄光ある孤立エドワード7世のときに放棄された。彼らはドイツを第一次世界大戦で債務奴隷にした。しかし、アメリカ合衆国に対する影響力でイギリスはドイツにひけをとった。1926年バルフォア報告書が提出された。イギリスはラザードを支配したが、太平洋は支配できなかった。ウィンザー朝ジョージ5世の1922年に英愛条約が発効され、北部6州(北アイルランド;アルスター9州の中の6州)を除く26州がアイルランド自由国(現アイルランド共和国)として独立し、1927年に現在の名称へと改名した。スコットランドが独立すべきかどうかを問う住民投票が2014年09月に実施されたが独立は否決された。1925年受託者法(Trustee Act 1925)の第61条は、裁判所に、公生かつ合理的に行動し、免責されるのが当然である受託者を、信託違反の責任から免除する権限を与えた。この立法をなしたイギリス議会は、世界恐慌投資信託を通し大衆化した歴史にある程度の責任がある。イギリス投資信託全体の資産構成に占める下位証券の割合は、1933年で36.2%、1935年で42.0%、1938年で53.5%に上昇していった。

第二次世界大戦後、イギリスはドイツのハンブルクハノーファーを占領した。アメリカ合衆国は旧南ドイツ連邦とオーストリア西部を占領した。アメリカ合衆国の占領地域はオランダと歴史がつながっており、戦間期にまして欧州東西の資本が錯綜した。イギリスは、政治経済その他多くの面でアメリカ合衆国に覇権を譲った。政治面では労働党クレメント・アトリー政権が「ゆりかごから墓場まで」をスローガンに福祉国家を作り上げた。経済面ではイングランド銀行がブレトンウッズ体制をめぐる駆け引きに競り負け、1960年代のポンド危機と1970年代のセカンダリー・バンキング危機に遭い、「英国病」とまで呼ばれる不景気に苦しんだ。産業面では戦前からゼネラル・エレクトリックに産業革命の威光を奪われていた。1980年代に保守党マーガレット・サッチャー政権は、構造改革(ネオリベラリズムサッチャー主義に基づく民営化行政改革規制緩和)を急進させて多くの失業者を出した。地方経済は不振を極め、ロンドンを中心に金融産業などが成長した。1990年代、政権は保守党から労働党のトニー・ブレアに交代し、イギリスは市場化一辺倒の政策を修正した第三の道への路線に進むことになった。このころからイギリスは久しぶりの好況に沸き、「老大国」のイメージを払拭すべく「クール・ブリタニア」と呼ばれるイメージ戦略・文化政策に力が入れられるようになった。

地理

詳細は「イギリスの地理」を参照
イギリスの地形図

イギリスはグレートブリテン島のイングランド、ウェールズ、スコットランド、およびアイルランド島北東部の北アイルランドで構成されている。この2つの大きな島と、その周囲大小の島々をブリテン諸島と呼ぶ。グレートブリテン島は中部から南部を占めるイングランド、北部のスコットランド、西部のウェールズに大別される。アイルランド島から北アイルランドを除いた地域はアイルランド共和国がある。

北アイルランドとアイルランド共和国の国境の他に、イギリスは大西洋に囲まれ、東に北海、南にイギリス海峡がある。アイリッシュ海は、グレートブリテン島とアイルランド島の間に位置する。イギリスの総面積は243,610kmであり、世界第78位及びヨーロッパ第11位

イングランドの大部分は岩の多い低地からなり、北西の山がちな地域(湖水地方のカンブリア山脈)、北部(ペニンネスの湿地帯、ピーク・ディストリクトの石灰岩丘陵地帯、デールと呼ばれる渓谷、パーベック島リンカンシャーの石灰岩質の丘陵地帯)から南イングランドの泥炭質のノース・ダウンズ、サウス・ダウンズ、チルターンにいたる。イングランドを流れる主な河川は、テムズ川セヴァーン川トレント川ウーズ川である。主な都市はロンドン、バーミンガムヨークニューカッスル・アポン・タインなど。イングランド南部のドーヴァーには、英仏海峡トンネルがあり、対岸のフランスと連絡する。イングランドには標高 1000m を超える地点はない。

ウェールズは山がちで、最高峰は標高 1,085m のスノードン山である。本土の北にアングルシー島がある。ウェールズの首都また最大の都市はカーディフで、南ウェールズに位置する。

スコットランドは地理的に多様で、南部および東部は比較的標高が低く、ベン・ネビス山がある北部および西部は標高が高い。ベン・ネビス山はイギリスの最高地点で標高 1343 m である。スコットランドには数多くの半島、湾、ロッホと呼ばれる湖があり、グレート・ブリテン島最大の淡水湖であるロッホ・ネスもスコットランドに位置する。西部また北部の海域には、ヘブリディーズ諸島オークニー諸島シェトランド諸島を含む大小さまざまな島が分布する。スコットランドの主要都市は首都エディンバラグラスゴーアバディーンである。

北アイルランドは、アイルランド島の北東部を占め、ほとんどは丘陵地である。中央部は平野で、ほぼ中央に位置するネイ湖はイギリス諸島最大の湖である。主要都市はベルファストデリー

現在イギリスは大小あわせて1098ほどの島々からなる。ほとんどは自然の島だが、いくつかはクランノグといわれる、過去の時代に石と木を骨組みに作られ、しだいに廃棄物で大きくなっていった人工の島がある。

イギリスの大半はなだらかな丘陵地及び平原で占められており、国土のおよそ90%が可住地となっている。そのため、国土面積自体は日本のおよそ3分の2(本州四国を併せた程度)であるが、可住地面積は逆に日本の倍近くに及んでいる。イギリスは森林も少なく、日本が国土の3分の2が森林で覆われているのに対し、イギリスの森林率は11%ほどである。

その他、紛争中フォークランド諸島ジブラルタルインド洋地域を含む ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2018/05/19 11:08

HAPPY Wikipedia

あなたの考える「イギリス」の意味を投稿しよう
「イギリス」のコンテンツはまだ投稿されていません。
全部読む・投稿 

イギリススレッド一覧

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「イギリス」のスレッドを作成する
イギリスの」
友達を探す
掲示板を探す
このページ
友達に教える
URLをコピー

注目のキーワード

錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

キーワードで探す

 
友達を探す
掲示板を探す
無料コミックを探す
占い・診断
着メロを探す
GAMEを探す
デコメを探す
きせかえツールを探す
FLASH待ち受けを探す
ハッピーWiki
ハッピーメール
ハッピーランド
HAPPY NEWS
2010Happy Mail