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イングランドとは?

イングランド
England



(国旗) | イングランド王室紋章
国の標語:Dieu et mon droit(フランス語)
神と我が権利
国歌:公式なものはなし(詳細は「イングランドの国歌」参照)。女王陛下万歳(非公式)、Land of Hope and Glory (非公式)、Jerusalem (非公式)
公用語
英語(事実上)
首都
ロンドン(事実上)
【最大の都市】
ロンドン
政府
連合王国国王
エリザベス2世
首相
テリーザ・メイ
面積
【総計】
130,395km(???位)
【水面積率】
不明
人口
【総計(2011年)】
53,013,000人(???位)
人口密度
407人/km
GDP(自国通貨表示)
【合計(xxxx年)】
xxx,xxxUKポンド
GDP (MER)
【合計(xxxx年)】
xxx,xxxドル(???位)
GDP (PPP)
【合計(2006年)】
2.2兆ドル(5位)
【1人あたり】
44,000米ドル

アゼルスタンによる統一 927年
通貨
UKポンド (GBP)
時間帯
UTC 0(DST:+1)
ISO 3166-1
GB-ENG (ISO 3166-2:GB)
ccTLD
.uk
国際電話番号
+44
少数言語としてコーンウォール語も存在する。コーンウォール語でのイングランドの呼称は「Pow Sows」。
エグバート(839年)が最初のイングランド王と言われることが多いが、実際の肩書きは「ブレトワルダ」(覇王)であった。学校の歴史では、1066年ウィリアム征服王からとされている。

イングランド(: England)は、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(イギリス)を構成する4つの「」(: country)の一つである。人口は連合王国の83%以上、面積はグレートブリテン島の南部の約3分の2を占める。北方はスコットランドと、西方はウェールズと接する。北海アイリッシュ海大西洋イギリス海峡に面している。

イングランドの名称は、ドイツ北部アンゲルン半島出身のゲルマン人の一種であるアングル人の土地を意味する「Engla-land」に由来する。イングランドは、ウェールズとともにかつてのイングランド王国を構成していた。

目次

  • 1 用語法
  • 2 歴史
    • 2.1 古代
    • 2.2 中世
    • 2.3 近世
    • 2.4 近代
    • 2.5 現代
  • 3 政治
    • 3.1 行政区画
    • 3.2 主要都市
  • 4 地理
    • 4.1 気候
  • 5 経済
  • 6 国民
    • 6.1 宗教
      • 6.1.1 キリスト教
      • 6.1.2 その他の宗教
    • 6.2 教育
  • 7 文化
    • 7.1 音楽
      • 7.1.1 クラシック音楽
      • 7.1.2 ポピュラー音楽
    • 7.2 文学
    • 7.3 食文化
    • 7.4 スポーツ
      • 7.4.1 サッカー
      • 7.4.2 ラグビーおよびクリケット
      • 7.4.3 ロンドンオリンピック
  • 8 脚注
  • 9 関連項目
  • 10 外部リンク

用語法

日本においては「イングランド」または「イングランドおよびウェールズ」を指して、しばしば(通常は「連合王国」の意味で用いられる)「イギリス」(英吉利)または「英国」という呼び方が用いられることがあり、このうち「英国」と言う場合は連合王国全体ではなく狭義に「イングランド」(英格蘭)を指す意味で使用される場合がある。

また、日本語に限らず、様々な言語で文脈によってはウェールズを含めた意味もしくは連合王国全体を指して「イングランド」に相当する単語が用いられることもある。しかし、いずれも実情を正確に反映したものではなく、ポリティカル・コレクトネスに反する(政治的に正しくない)とされる。

歴史

詳細は「イングランドの歴史」を参照

古代

詳細は「ブリテンの先史時代」および「ブリタンニア」を参照

中世

アンゲルン半島」および「ブルトン人」も参照

イングランドの名はフランス語で「Angleterre」と言うように「アングル人の土地」という意味である。ローマブリタニアからローマ軍団が引き上げた後、ゲルマン系アングロ・サクソン人が侵入し、ケルトブリトン人を征服または追放してアングロ・サクソン七王国が成立した。アングロ・サクソンの諸王国はデーン人を中心とするヴァイキングの侵入によって壊滅的な打撃を受けたが、878年ウェセックスアルフレッドエディントンの戦い(古英語: Battle of Ethandun)でデーン人に打ち勝ってウェドモーアの和議を締結し、デーンロー地方を除くイングランド南部を統一した。886年にアルフレッドはロンドンを奪回。エドガー平和王の時代に北部も統一され、現在のイングランドとほぼ同じ領域となる。

927年アゼルスタンイングランド王国を建国。一時イングランド王国はデンマーククヌーズ(カヌート)に征服されるが(デーン朝)、その後再びアングロ・サクソンの王家(ウェセックス朝)が復興する。1066年ノルマンディー公ギヨーム2世に征服され、ギヨームがウィリアム1世(征服王)として即位、ノルマン朝が開かれた。ノルマン朝がスコットランドへのノルマン・コンクエストを開始し、アングロ・サクソン系の支配者層はほぼ一掃され、フランス語国王貴族の公用語となった。プランタジネット朝は英仏に広大な領土をもつ「アンジュー帝国」となるが、この時期になるとフランス系のイングランド諸領主も次第にイングランドに定着し、イングランド人としてのアイデンティティを持ちはじめた。スコットランド独立戦争は、13世紀から14世紀にかけて長期にわたりイングランド軍が北部を攻撃したが、1314年ロバート・ブルースがスコットランドの大部分を再征服し、スコットランドの独立を保った(バノックバーンの戦い)。

百年戦争(1337年 - 1453年)によってフランス領土はほぼ完全に失われた。薔薇戦争(1455年1485年)の際、1485年ボズワースの戦いで勝利したヘンリー7世が、ウェールズ人のウェールズ大公の血統から出てイングランド王家に収まった(テューダー朝)。1536年ウェールズ法諸法によるウェールズ統合により、単一国家「イングランドおよびウェールズ」とし、この王朝の家臣団ではウェールズ人が重要な地位を占めた。こうした経緯から、ウェールズ人は同王朝のヘンリー8世からエリザベス1世までの国王が推進したイングランド国教会創設などに協力的な姿勢を見せることになったのである。

近世

1603年以来、ジェームズ1世がイングランドとスコットランドの両方を統治していた。 スコットランドの宗教改革清教徒革命(主教戦争三王国戦争(スコットランド内戦イングランド内戦アイルランド同盟戦争(アイルランド革命アイルランド侵略))、イングランド共和国の成立、イングランド王政復古)。殺戮時代にスコットランドを弾圧。大同盟戦争(1688年 - 1697年)、名誉革命(1688年 - 1689年)。ウィリアマイト戦争(1689年 - 1691年)でアイルランドを弾圧。1707年にイングランドとスコットランドが連合してグレートブリテン王国を形成し、合同法によって両国の議会は統合された。ジャコバイトの反乱(1715年の反乱1745年の反乱)。

近代

1798年United Irishmenの反乱をきっかけに、1800年連合法グレートブリテン議会およびアイルランド議会の双方で可決され、1801年グレートブリテン王国アイルランド王国が合併した(実質的にはイギリスによるアイルランド併合)。このような過程を経て現在に繫がる民族としてのイングランド人が誕生した。

アイルランド独立戦争(1919年 - 1921年)後、1922年英愛条約アイルランド自由国が独立し、北部は北アイルランドとしてイギリスに留まった(→北アイルランド問題)。

現代

1996年北部アイルランド1999年にはスコットランドに292年ぶりに議会が復活しウェールズ議会も開設され、地方分権的自治が始まったが、「イングランド議会」は議会合同以来存在しない。

政治

ウェストミンスター宮殿

行政区画

詳細は「イングランドの行政区画」を参照

イングランドの地方行政制度は時の政府の政策によって変遷が激しく、歴史的な実態と必ずしも対応していない。たとえば、ロンドン市役所はサッチャー政権(保守党)によって廃止され、一種の区役所のみが正規の行政組織として機能していたが、2000年ブレア政権(労働党)によってグレーター・ロンドン地域として復活した。

現在のイングランドは行政的に9つの「地域」 に区分される。このうち大ロンドン地域のみが2000年以降市長と市議会を有するが、その他の地域には知事のような首長は存在せず、議会を設置するかどうかは住民投票によって決まるので、議会が存在しない地域もある。地域を統括する行政庁は存在するがそれほど大きな権限はない。

つまり「地域」は行政上存在してもあまり実体のある存在とはいえない。ブレア労働党政権は「地域」の行政的権限を強化したい意向だったが、保守党は反対していた。したがって現在のところ、実体のある地方行政組織は行政州または都市州であり、都市州の下級行政単位として区が存在する地域もあるが、都市州がなく区のみが存在する地域もある。行政州以外に伝統的な州も名目的ながら現在も使用されるが、行政的な実体はない。

主要都市

【都市】
【州】
【人口】

ロンドン | グレーター・ロンドン | 7,172,091
バーミンガム | ウェスト・ミッドランズ | 970,892
リヴァプール | マージーサイド | 469,017
リーズ | ウェスト・ヨークシャー | 443,247
シェフィールド | サウス・ヨークシャー | 439,866
ブリストル | ブリストル | 420,556
マンチェスター | グレーター・マンチェスター | 394,269
レスター | レスターシャー | 330,574
コヴェントリー | ウェスト・ミッドランズ | 303,475
キングストン・アポン・ハル | イースト・ライディング・オブ・ヨークシャー | 301,416

地理

詳細は「イングランドの地理」を参照

イングランドはグレートブリテン島の南部約3分の2とランズエンド岬南西の大西洋上にあるシリー諸島イギリス海峡にあるワイト島などの周辺の小さい島で構成されている。北方はスコットランドと、西方はウェールズと接する。連合王国の中で最もヨーロッパ大陸に近く、対岸のフランスまで約 33km である。

東側は北海に面し、西側はトゥイード河口からスコットランドとの境界沿いに南西へむかい、アイリッシュ海沿岸部、ウェールズとの境界線をとおって、グレートブリテン島の西端ランズエンド岬に達する。北境にあたるスコットランドとの境界は、西のソルウェー湾からチェビオット丘陵にそって東のトゥイード河口まで、南はイギリス海峡に面している。

地形は変化に富み、ティーズ川エクス川を結ぶ線で分けられる。北部と西部は全般に山岳地帯で、ペナイン山脈がイングランド北部の背骨を形成している。北西部カンブリアにはカンブリア山地があり、標高 978m で最高峰のスコーフェル山はイングランドの最高峰でもある。またここは大小様々な湖が連なる湖水地方として知られ、ピーターラビットの舞台としても有名である。また、平地の部分もあり、フェンと呼ばれる東部の湿地帯は農業用地になっている。

イングランドの最大の都市はロンドンであり、世界でも最も繁栄した都市の一つである。第二の都市は蒸気機関で有名なジェームズ・ワットが生涯のほとんどを過ごしたバーミンガムである。英仏海峡トンネルによってイングランドは大陸ヨーロッパと繫がっている。イングランドで最も大きい天然港は南海岸のプールである。オーストラリアシドニーに次いで世界で2番目に大きい天然港という主張もあるが、これには異論もある。

気候

イングランドは温帯であり、海にかこまれているため気候は比較的穏やかであるが、季節によって気温は変動する。南西からの偏西風大西洋の暖かく湿った空気を運んでくるため東側は乾燥し、ヨーロッパ大陸に近い南側が最も暖かい。高地地帯から離れた地域においては頻繁ではないが、冬や早春には雪が降ることがある。イングランドの最高気温の記録は2003年8月10日ケント州のブログデールの 38.5℃である。最低気温の記録は1982年1月10日シュロップシャー州のエドグモンドの -26.1℃である。年平均気温は、南部で 11.1℃、北西部で 8.9℃。月平均気温は、もっとも暑い7月で約 16.1℃、もっとも寒い1月で約 4.4℃ある。-5℃以下になったり、30℃以上になることはほとんどない。ロンドンの月平均気温は、1月が 4.4℃、7月が 17.8℃である。霧やくもりがちの天気が多く、とくにペナイン山脈や内陸部で顕著である。年降水量は 760mm ほどで年間を通して降水量が豊富であるが、月別では10月がもっとも多い。

経済

詳細は「en:Economy of England」を参照
イングランド銀行

連合王国(イギリス)の中では最大である。ヨーロッパの上位500社のうち100社がロンドンに存在する。イングランドは高度に工業化されており、世界経済の中心の一つであった。化学工業製薬航空業、軍需産業ソフトウェアなどが発達している。

イングランドは工業製品を輸出し、プルトニウム、金属、紅茶羊毛砂糖、木材、バター、肉のような資源を輸入している。ただし、牛肉に関してはフランス、イタリア、ギリシャ、オランダ、ベルギー、スペインなどへ輸出している。

ロンドンは国際的な金融市場の中心地であり、イギリスの金利と金融政策を決定する中央銀行であるイングランド銀行やヨーロッパ最大の株式市場であるロンドン証券取引所がある。

イングランドの伝統的な重工業はイギリス全体の重工業と同様に、急激に衰退した。一方でサービス業が成長し、イングランドの経済の重要な位置を占めている。たとえば観光業はイギリスで6番目に大きな産業であり760億ポンドの規模である。2002年時点では労働人口の 6.1% にあたる180万人をフルタイムで雇用している。ロンドンには世界中から毎年数百万人が観光に訪れる。

イングランドではポンド法定通貨である。

国民

詳細は「イングランド人」を参照

宗教

かつてはイングランド国教会以外の宗教、とりわけローマ・カトリックが禁圧されたが、現在のイングランドには多様な宗教が存在し、特定の宗教を持たないあるいは無宗教の人の割合も多い。宗教的な行事の位置づけは低下しつつある。2000年時点のイングランドの宗教の比率は以下の通りである。キリスト教、75.6%;イスラム教、1.7%;ヒンドゥー教、1%;その他、1.6%;特定の宗教を持たないあるいは無宗教、20.1%。

キリスト教

カンタベリー大聖堂

キリスト教はカンタベリーのアウグスティヌス(初代カンタベリー大主教)の時代に、スコットランドやヨーロッパ大陸からイングランドへやってきた宣教師によって到来した。685年ウィットビー教会会議によってローマ式の典礼を取り入れることが決定された。1536年ヘンリー8世キャサリン・オブ・アラゴンとの離婚しようとした問題によってローマと分裂し、宗教改革を経てイングランド国教会聖公会が生まれた。他のスコットランド、ウェールズ、北アイルランドとは違い、イングランドではイングランド国教会国家宗教である(ただしスコットランド国教会は法律で定められた国家教会である)。

16世紀のヘンリー8世によるローマとの分裂と修道院の解散は教会に大きな影響を与えた。イングランド国教会はアングリカン・コミュニオンの一部であり、依然としてイングランドのキリスト教で最も大きい。イングランド国教会の大聖堂や教区教会は建築学上、意義のある重要な歴史的建築物である。

イングランドのその他の主なプロテスタントの教派にはメソジストバプテスト教会合同改革派教会がある。規模は小さいが無視できない教派として、キリスト友会(通称クエーカー)と救世軍がある。

近年は女性聖職者を認める聖公会の姿勢に反発する信徒などによるローマ・カトリックへの改宗も少なくない。

その他の宗教

20世紀後半から、中東南アジアとりわけ英連邦諸国からの移民によりイスラム教シーク教ヒンドゥー教の割合が増加した。バーミンガムブラックバーンボルトンブラッドフォードルートンマンチェスターレスターロンドンオールダムにはムスリムのコミュニティがある。

イングランドのユダヤ教のコミュニティは主にロンドン、特にゴルダーズグリーンのような北西部の郊外に存在する。

教育

詳細は「イギリスの教育#イングランドの教育制度」を参照

イングランドとウェールズでは義務教育は5歳から16歳までであり、学校は 90% が公立である。

大学は全部で34あるが、ケンブリッジ大学オックスフォード大学をのぞいて、19〜20世紀に創設されている。大学以外の高等教育機関として、工業・農業・美術・商業・科学などの専門学校がある。

文化

詳細は「en:Culture of England」を参照

現代のイングランドの文化はイギリス全体の文化と分かち難い場合があり、混在している。しかし歴史的、伝統的なイングランドの文化はスコットランドやウェールズと明確に異なっている。

イングリッシュ・ヘリテッジというイングランドの史跡、建築物、および環境を管理する政府の組織がある。

音楽

クラシック音楽

ポピュラー音楽

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