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インディアンとは?

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インディオ
【居住地域】

アメリカ大陸
【言語】

アメリカ・インディオ諸語(ナバホ語マヤ語ナワトル語ケチュア語アイマラ語グアラニー語)
【関連する民族】

アングロ・サクソン人(アングル人ジュート人サクソン人ゲルマン人)
アシニボイン族の男性
ズニ族の女性

インディアン(: Indian)は、アメリカ先住民(ネイティブ・アメリカン)の大半を占める主要グループの一般的な呼称。スペイン語ポルトガル語ではインディオ(西: indio)。インディアンとインディオともにインド人に由来するが、日本語では、メキシコ以北の諸民族をインディ、ラテンアメリカの諸民族をインディオと呼び分けることが多い。

呼称・概念

由来

英語のインディアンは直訳するとインド人の意味である。歴史的な文脈や広義では、旧イギリス領インド全域や東南アジアの住民を含むこともある。

「インディアン」が二義的な意味を持つ由来には、クリストファー・コロンブスカリブ諸島に到達した時に、インド周辺の島々であると誤認し、先住民をインディオス(インド人の意)と呼んだことから、以降アメリカ先住民(の大半)をインディアンと呼ぶようになった。

ちなみに、本来のインド人をイースト・インディアンと、アメリカ先住民をアメリカン・インディアンと区分して呼称する場合がある。

呼方をめぐる問題

おもに平原部族が正装の際に顔や上半身を赤く塗装したことから、また、ネグロイドコーカソイドの中間の、褐色の肌色を持つことからレッド・マンという呼称もあり、彼ら自身も使用しているが、コロンブスがタイノ族を同じ理由でこう呼んだことによる。公民権運動ブラック・パワー運動の影響でインディアン達もレッド・パワー運動を展開した1960年代以降、侮蔑的な呼称として問題化されることがあり、イギリスでもレッド・インディアン と呼ぶことがあるが、この語は差別的とみなされることが多い。

また「インジャン」という呼び方は現代アメリカにおいては「ニガー」などと同様の差別的な蔑称であり、ほか、「アンクル・トマホーク」、「トント」などは、現在では同じく「白人におもねるインディアン」の代名詞となっている。

イギリスの作家アガサ・クリスティによる小説「Ten Little Niggers」はイギリス国内ではこのまま出版されたが、アメリカ版ではNiggerが不適切として「And Then There Were None」に修正され、作中に登場するNigger IslandもIndian Islandに変えられたが、こちらも差別的として変更された。

人類学言語学では、アメリンドと呼ぶこともある。ただしこの語は厳密には、アメリカ・インディアンのうち、起源が異なるという説があるナ・デネ(ナヴァホなど)やイヌイットを除いたグループに対する呼称である。

他に以下の呼称があるが、これらの中には定義が不明確なものも多い。

アメリカ合衆国において近年メディアにおいて最も使用されるのは、ネイティブ・アメリカンズである。

学術の分野では、近年「初期アメリカ人」という呼称が使われることがある。

カナダにおいて

カナダでは、歴史や文化背景、政策もアメリカ合衆国とは大きく異なることから、呼称についてはアメリカ合衆国とは状況が異なる。現在はイヌイットメティ(先住民とヨーロッパ人両方の血を引く人々とその子孫)を除く先住民の総称としてファースト・ネーションズという呼称が一般的である。ハイダ族クリー等個々の部族を指すときは部族名の後に「ファースト・ネーション」をつける(例:ハイダ・ファースト・ネーション)ことも多い。また、現在ではネイティブ・カナディアンという呼称が使われることは少ない。

「ネイティブ・アメリカン」

近年アメリカ合衆国で「インディアン」という呼称を「ネイティブ・アメリカン」と呼び替える動きが進んでいるが、この単語はアメリカ合衆国内の先住民全般、つまり「インディアン」、「サモア人」、「ミクロネシア人」、「アレウト」、「ハワイ人」、「エスキモー」全てを表す総称であり、固有の民族名ではない。

アメリカ合衆国内務省インディアン管理局(BIA)によれば『ネイティブ・アメリカン』という語は、1960年代にBIAが、そのサービス対象グループに対して使用し始めたものである。当初はインディアンとアラスカ先住民(アラスカ・インディアン、エスキモー、アレウト)を指しており、のちに連邦の枠組みに入るハワイ先住民と太平洋諸島民などを含むようになった。しかしインディアン・グループから苦情が出て、インディアン運動家たちは『アメリカ・インディアン』を主張するものもある。

「ネイティブ・アメリカン」という呼称は、BIAの意向を受けて「インド人」を祖先に持つ「インド系アメリカ人」と区別するために、人類学者が作った造語である。一方、歴史的呼称としての「インディアン」に誇りをもつインディアン達はこれをあくまで自称とし、またその名称を替えること自体が差別的であるとしている。

この問題にはそもそも「アメリカ」という地名そのものが後付けであり、白人が過去の不正行為から目を背けて「インディアン」という言葉を削除し、「先住民」という中立的または大雑把なくくりの中に埋没させ、問題を隠ぺいしようとしているとする見解もある。(→ネイティブアメリカンの呼称論争)

ラッセル・ミーンズおよびその他の見解

ラコタスー族の活動家、ラッセル・ミーンズは、「アメリカインディアンへの承諾なしに連邦政府がこの『ネイティブ・アメリカン』という用語を使用している」として批判しており、「私は『アメリカ・インディアン』だ。『ネイティブ・アメリカン』ではない!」とし、さらに「私は『ネイティブ・アメリカン』という用語を憎悪している」とし、「ネイティブ・アメリカン」とは「合衆国すべての囚人としての先住民について説明するのに使用される、一般的な政府用語」であり、また「私は『アメリカ・インディアン』という名称の起源を知っているので、この用語のほうを好みます。『アメリカ・インディアン』は『アメリカ合衆国の民族』以前からいる、唯一の民族グループなのです。」とし、「最終的に、私はだれであるかを、どんな政府にも定義させるつもりはありません。加えて、西半球で生まれる人はだれでも『インディアン』なのです。」と述べている。さらにミーンズはこの「アメリカインディアン→ネイティブアメリカン」への言い換えが白人主体で進められている現状について、「我々がアメリカインディアンの歴史を教えようとしても、白人達が教育現場で我々の子供達に、『アメリカインディアンは20世紀中に絶滅してもう存在していない』と教え込んでいる。」と批判している。

1977年にスイス・ジュネーブの国連議場で、ラッセル・ミーンズら「インディアン国際会議」は、満場一致で「『インディアン』という用語を支持する」と決議し、「我々は『アメリカ・インディアン』の名の下に奴隷にされ、『アメリカ・インディアン』の名の下に植民地化された。そして我々は、『アメリカ・インディアン』の名の下に自由を得るつもりである。また我々は自分達をどうとでも呼べるのである。」というコメントを発表している。

アメリカン・ヘリテージ英語辞典第4版」には、「『ネイティブ・アメリカン』の承認は、『インディアン』の消滅をもたらさなかった。一度『ブラック』が好まれるようになると、あっという間に『ニグロ』が嫌われたのとは異なり、『インディアン』はアメリカ人の大多数で、決して嫌われることはなかった。」との記述が見られる。

またインディアン系オクラホマ州議会上院議員ランディ・バースは「『インディアン』は『インディアン』だ。『ネイティブ・アメリカン』という言葉は30年ほど前からにわかに使われ始めたが、これを喜ばないインディアンだっていっぱいいるし、インディアンの中心州のこのオクラホマにも、『アメリカ・インディアン』の名のつく施設はたくさんある」という。

ほとんどのアメリカ・インディアンは、「インディアン」、「アメリカ・インディアン」、「ネイティブ・アメリカン」という用語に不快感を持たず、いずれも同じ意味合いで使用している。1995年5月にアメリカ国勢調査局の調査では、49%が「インディアン」を支持し、37%が「ネイティブ・アメリカン」を支持、3.6%が「他の名前がいい」とし、5%は「無回答」という結果が出ている。インディアン部族の公式ホームページでは、これらの単語が混在しているものも多い。2004年にワシントンD.C.で開館した博物館の名前は、国立アメリカ・インディアン博物館となった。

一方、チェロキー族の作家であるクリスティーナ・ベリーは「アメリカ・インディアン」も「ネイティブ・アメリカン」も、両方とも、様々なインディアンの民族の違いをぼかすので使用を避け、各部族名を使うべきであると主張している。

概要

アメリカ州先住民は、文化的特徴などから、インディアンとエスキモー・アレウト(エスキモーアレウト人)、ヨーロッパから入植した白人男性と先住民女性との間に生まれたメティの3つに大別できる

「インディアン」と一括りに呼ばれることも多いが、実際には多数の部族が存在し、また部族に固有の文化形態や社会様式を持つ。故にさまざまな時期にさまざまな経路を通って段階的に北米大陸に渡来した人々の末裔であると考えられる。 。近代に入るまではインディアン自身、「インディアン」という統一的な意識はあまり持たず、それぞれの部族は高い独立性を持ち、互いの部族は友好、あるいは敵対関係にあった。白人が、あるインディアン部族を攻撃する時、その部族と敵対する別のインディアン部族が白人側について共に攻撃することも、珍しくはない。また、インディアンは白人と比べても、極端なほどの個人主義の文化を持っており、白人や他部族との戦争においても参加は個人の自由に任された。族長であっても、その役割は部族内の争いを穏便に治める調停者であって命令者では無かったため、他人に何らかの行動を強制することは一切できなかった。そのため、多くのインディアン部族が一致団結して白人に立ち向かうという事は少なかった。南北戦争においては、ハニースプリングスの戦いのように、北軍南軍のいずれも戦力の多数をインディアンおよび黒人が占め、互いに戦った事例もある。スタンド・ワティーのように、白人文化を受け入れてアメリカ連合国准将にまで上り、さらに奴隷を多数所有しながらも、チェロキーの酋長を務めた人物もいる。

インディアンの人権は近代化の名のもとに踏みにじられてきた。しかし自然崇拝を行う・独自の精神文化を持つなど、近代以降の文明社会にある人間が忘れがちな自然との調和を重視する精神性に対する評価は、近年のアウトドアエコロジーのブームにのって見直される例も多く、さまざまな文化媒体に登場する。

人種

個々の部族については、アメリカ州の先住民族#アメリカ先住民の分類: 合衆国とカナダを参照。

MHA」、「ブラック・セミノール」、「ブラック・インディアン」、および「文明化五部族」も参照

アメリカ大陸先住民のY染色体ハプログループハプログループQが大半を占めている。Q系統はケット人セリクプ人などのシベリアの一部でも見られるが、ユーラシア大陸ではあまり見られない系統である。Q系統は欧州に多いR系統に最も近縁で、次いで漢民族朝鮮民族大和民族等の東アジアで最多を占めるO系統とも近縁な系統である。 北米東部ではかなりの頻度で欧州に多いY染色体-RmtDNA-Xが観察される。紀元前にヨーロッパから北米に移住があったとする見方もあり、遺伝子から有史以前のある時期にヨーロッパから直接移住が存在した可能性がうかがえる。

アラスカカナダアメリカ合衆国北部の部族は肌の色が赤黒く鼻筋が通り高く盛り上がっておりワシ鼻である人が多い。また大航海時代以降は、ヨーロッパ人との混血、アフリカ黒人との混血が進んだ部族も多い。純血の民族はメキシコグアテマラエルサルバドルペルーボリビアなどに多く存在する。しかしブラジルアルゼンチンウルグアイなどのスペイン人と激烈な戦いを繰り広げた地域では、純血な先住民はスペインによる侵略により、大幅に数を減らしている。

旧形質分類ではモンゴロイドの系列にあった。

人口

2000年の国勢調査では247万人。部族ごとに見ると、多くの人口を持つ部族は順にナバホチェロキーチョクトースーチペワアパッチラムビーブラックフットイロコイ、そしてプエブロである。

ニューヨークは全米の都市の中で最も多くのインディアンが住み、約8万7000人ものインディアン(モホーク族モヒカン族など)がニューヨークで暮らしている。

2003年のアメリカ国勢調査によると、アメリカ合衆国全体のインディアンの人口2,786,652名の三分の一が、3つの州に居住している(カリフォルニア州413,382名、アリゾナ州294,137名、オクラホマ州279,559名)。

言語

固有の言語は、ナバホ語マヤ語ナワトル語ケチュア語アイマラ語グアラニー語等のアメリカ・インディアン諸語である。

近年は英語のみを話す人も多くいる。

食文化

多くの部族がトウモロコシを主食とし、インゲンマメカボチャウリなどを栽培していた。狩猟、漁労、採集と農業を組み合わせる部族が多く、プエブロを除けば多くの部族が程度の差はあれ移動性の生活を送っていた(プエブロはトウモロコシなどの農業のみによって生活し、アドベと呼ばれる集合住宅に定住するという、インディアンとしては珍しい生活を送っていた)。ヨーロッパ人と接触する以前の家畜はシチメンチョウだった。犬は現在も、部族によって儀式などで食材とされており、コモン・インディアン・ドッグという犬種が存在する。北米には、イノシシの一種ペッカリーや、ヒツジの仲間ビッグホーンなどがいたが、これらは家畜化されなかった。

インディアンの食文化のうち、ペミカンサコタッシュ、「揚げパン(フライブレッド)」などは今日でもよく知られており、米国民の食文化に取り込まれたものもある。米国の重要な作物であるトウモロコシ、カボチャやウリ、インゲンマメタバコトウガラシは元来インディアンが栽培していたものである。

南西部のプエブロ諸族やナバホ族は、19世紀初め頃からスペイン人の持ち込んだヒツジの放牧を行うようになった。彼らの家畜数は連邦によって頭数を制限されており、年次ごとのチェックで頭数を超えた家畜は、白人の管理官によって強制的に溺死させられる。

カリフォルニアの捕鯨民族マカ族は、1999年5月17日、連邦政府が条約を破って70年間禁止してきたコククジラ漁を、これに伴うポトラッチの祝祭と併せて復活させた。シー・シェパードなど反捕鯨団体からの脅迫や嫌がらせ、州警察による漁師達の逮捕という圧力を受けるなか、2007年9月12日にも、再び捕鯨を行った。彼らはアメリカで唯一捕鯨を条約で保証されている部族であるにもかかわらず、現在、全米各地の関係者でも当事者でもない者たちから批判や訴追を受けている。

ロッキー山脈周辺の部族は、松の実ドングリを主食とした。かつては年に一度、部族総出でドングリ採集に出かける際には村が全くの無人になった。ドングリは保存小屋に蓄えられ、粉に挽いてパンに加工して食べた。

北東部、北西海岸部の部族は伝統的にを燻製にして一年分の主食とする。しかし、保留地へのダム建設や漁猟権の剥奪などで、サケ漁の現状は年々厳しくなっている。北東部では、近年になってようやく鮭の伝統漁復活が認められた部族もある。1960年代のレッドパワー運動で、真っ先に行われた大規模な抗議行動は、サケ漁の権利をめぐって抗議するために連邦法や州法を破って漁をする「フィッシュ・イン」運動だった。

風俗

毛髪を霊力の源と考え、神聖なものとして非常に大事にする。また、ヨーロッパ人もかつて行ってきたことであるが、共通の髪型をすることで部族の帰属を示す手段としている。

昔の写真に見られるインディアンの毛髪は非常に美しく長い。これに習い、ハリウッド映画などでは登場するインディアンの老人も毛髪豊かな人物として描かれている。しかし、前述の平原部族の三つ編み方式を知らなかったために、ウォーボンネットという鷲の羽根を連ねて立てたヘアバンドを身に付けて描かれているものが非常に多い。同化政策の一環として後述のインディアン寄宿学校に送られた男女児童は、入学と同時に頭髪を短く刈られた。都市に住むシティ・インディアンの間では、白人文化に同化して短髪が多いものの、近年は長髪が復活してきている。アメリカインディアン運動(AIM)が創設されたとき、インディアンの若者達はまず、インディアンのアイディンティティーを取り戻すために髪の毛を伸ばし始めた。これはヒッピー文化にも影響を与えた。

インディアン固有の蛮習のように喧伝されてきた「頭皮剥ぎ」は、一部の部族の間で戦果と栄誉を示すものとして古くから重要なものではあったが、そもそもは18世紀前後にメキシコイギリス、アメリカ合衆国の政府機関が、敵対勢力のインディアンやヨーロッパ人を殺させて、その証拠として頭の皮を懸賞金をかけて募集した歴史が起源となっている。

頭皮剥ぎ自体はインディアンから始まった固有の習慣ではなく、古代ヨーロッパにも存在した。また、頭の皮を剥ぐことと命を奪うこととは別であり、頭皮を剥がされた者が生き延びることはよくあり、皮を剥がれた跡の禿は、インディアン戦士にとって非常に不名誉なものとされた。

19世紀の北東部や平原部の若い戦士の間では、「頭皮剥ぎ」の風習の浸透に伴い、敵部族を挑発するべく後頭部にのみ髪の毛を残して頭を剃りあげ、骨片や木片の留め具で鷲の羽根と房飾りをつけるスタイルが流行した。(※下段ウィンクテの図を参照)

いわゆる「モヒカン刈り」のスタイルは、17世紀に北東部のアルゴンキン族の男達が、狩りの際に弓を射るのに髪が邪魔にならないように、頭の側面を剃っていたものである。

現代の防寒着アノラックパーカー北極圏のイヌイットやエスキモーの防寒着を元にしており、カヤックカヌーは現在でもインディアンの使っていたもののデザインを忠実に受け継いでいる。ラクロスは北東部部族のスポーツが全世界に広まった例のひとつである。

『ベルダーシュに捧げる踊り』(部分、ジョージ・カトリン画)

ほとんどのインディアン社会は性的に自由だった。男女の役割は個人の判断に任され、またインドのヒジュラーのような聖職に従事する社会的半陰陽は、ヒジュラーよりも強い地位を持っていた。白人によってこれらの存在は徹底的に弾圧され、社会的な役割としては姿を消しているが、メキシコやプエブロ諸族の一部のほか、スー族社会における「ウィンクテ」(右図)と呼ばれる存在は、女装こそしなくなったが、現在でも健在である。人類学者はインディアン社会に見られる社会的半陰陽を「ベルダーシュ」と呼んできたが、本来の語義が「男娼」を指すエクソニムであるため、差別的で不適切と考えられている。1990年ウィニペグで開催されたネイティブアメリカン=ファーストネーション部族間ゲイ・レズビアン会議で、それに代わる呼称としてオジブウェー語で社会的半陰陽を指す「ニーシュ・マニトゥーワク」(「二つの魂」の意)から翻訳借用した「トゥー・スピリット」を使用することが議決された。

その他

宗教

1881年、アメリカ連邦議会はインディアンのあらゆる宗教儀式を非合法化した。かつては「発汗小屋(スエット・ロッジ)」の話をしただけで逮捕されたのである。しかし逮捕や投獄の圧力を受けても、インディアンたちは脈々と信仰を受け継いできた。

ネイティブ・アメリカン・チャーチ

ネイティブ・アメリカン・チャーチのシンボル

ネイティブ・アメリカン・チャーチは、現在インディアンの間にもっとも普及している宗教であり、コマンチ族最後の酋長クァナー・パーカーを開祖とする。キリスト教のシンボリックな要素と多くの異なった部族からの霊的な習慣の要素を組み込んで1890年代に興った習合的な教会である。ちなみに、クアナ自身は生涯、キリスト教徒にはならなかった。

もともとは、メキシコのウィチョール族などが行う「ペヨーテ狩り」の儀式が元になっていて、ペヨーテのもたらす霊的な幻視と、その薬効の会得手順を儀式的に整えたものである。

保留地で暮らし始めた頃、重篤な病に倒れたクアナは、呪い師による治療を望んだ。メキシコ人とタラウマラ族の混血女性によるメキシコ原産のペヨーテを使った治療によって全快したクアナは、人類学者のジェームズ・ムーニイの後ろ盾で、このペヨーテを用いた儀式をネイティブ・アメリカン・チャーチとして組織化した(米国内では、ペヨーテはコマンチの居住する南西部にしか自生しない)。宣教師達によってペヨーテは「悪魔の果実」とされ、弾圧されてきたが、近年、インディアンに対しては使用が合法化された。

儀式はティピー内で夜間から朝にかけて行われ、ペヨーテを複数摂取することで進められる。治療や祈祷が主な目的であり、教会(チャーチ)という言葉から連想するような、キリスト教的な教義や説教といったものはない。

スー族においては、同チャーチの指導者たちはその3分の1が、ペヨーテの会合に関わっていると報告している。現在ではロサンゼルスミネアポリスデンバーシカゴラピッドシティーといった各地のインディアンコミュニティーでペヨーテの儀式が開かれ、非インディアンが保留地へ足を運ぶ目的の一つとなっている。

南西部での宗教

バンデリア国定公園の復元されたキヴァ

南西部のプエブロ諸族の集落の中心にはアドベの古い伝道所があることが多い。元々はスペイン人の宣教師が先住民の改宗のために強制的に建てさせたものだが、現在では農耕と関係した精霊群への神聖な儀式の執り行われる祈祷所となっており、部外者による写真撮影や写生などは禁止されている。

また、プエブロ諸族の村々の中心部には古代からキヴァという地下祈祷所があり、トウモロコシの作付け・収穫などを中心とした祈祷が、年中行事として行われている。平原部族が命の糧であるバッファローの精霊を信仰するのに対し、プエブロ族は彼らの命の糧であるトウモロコシを神格化した「トウモロコシの乙女たち」や「トウモロコシの母」を信仰するのである。 17世紀にはスペイン人宣教師たちによってキ

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出典:wikipedia
2020/03/27 06:06

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