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エストニアとは?

エストニア共和国
Eesti Vabariik



(国旗) | 国章
国の標語:なし
国歌:Mu isamaa, mu õnn ja rõõm(エストニア語)
我が故国、我が誇りと喜び
公用語 エストニア語
首都 タリン
最大の都市 タリン
政府
大統領 ケルスティ・カリユライド
首相 ユリ・ラタス
面積
総計 45,226km(129位)
水面積率 4.5%
人口
総計(2008年) 1,340,000人(149位)
人口密度 30人/km
GDP(自国通貨表示)
【合計(2013年)】
187億ユーロ (€)
GDP (MER)
【合計(2013年)】
249億ドル(102位)
GDP (PPP)
合計(2013年) 344億ドル(109位)
【1人あたり】
26,052ドル

独立
- 宣言
- 承認

- 宣言
- 承認 ロシアより
ロシア・ソビエト連邦から
1918年2月24日
1920年2月2日
ソビエト連邦から
1991年8月20日
1991年9月6日
通貨 ユーロ (€) (EUR)
時間帯 UTC +2(DST:+3)
ISO 3166-1 EE / EST
ccTLD .ee
国際電話番号 372
エストニアが外交使節を派遣している諸国の一覧図。

エストニア共和国(エストニアきょうわこく、エストニア語: Eesti Vabariik)、通称エストニア(エストニア語: Eesti)は、北ヨーロッパ共和制国家EUNATOOECDの加盟国、通貨ユーロ、人口は134万人。首都はタリンである。

目次

  • 1 概要
  • 2 国名
  • 3 歴史
  • 4 政治
  • 5 軍事
  • 6 地方行政区分
  • 7 地理
    • 7.1 地形
    • 7.2 都市
  • 8 自然
    • 8.1 国立公園
  • 9 経済
  • 10 国民・言語
  • 11 文化
    • 11.1 食文化
    • 11.2 音楽
    • 11.3 文学
    • 11.4 世界遺産
    • 11.5 祝祭日
  • 12 著名な出身者
  • 13 脚注
  • 14 関連項目
  • 15 外部リンク

概要

フィンランドロシアと共にフィンランド湾に面する3つの国の一つで、湾をはさみフィンランドから約90km南に位置する。また、バルト海東岸に南北に並ぶバルト三国の中で最も北の国でもある。国土は北はフィンランド湾、西はバルト海に面する。南はラトビア、東はロシアと国境を接する。面積は九州本島の1.23倍。地形は平坦で最高標高318m。国連の分類では北ヨーロッパの国である。

中世ハンザ都市として栄えた港湾都市でもある首都のタリンは、フィンランドの首都ヘルシンキロシアサンクトペテルブルクと同じく、フィンランド湾に面する主要都市の一つである。特に85km北に位置する対岸のヘルシンキとの往来が活発である。

報道の自由度ランキングの上位国であり、公用語エストニア語。複数の言語を話せる国民が多い。また、Skype(スカイプ)を産んだ国であり、外国のIT企業の進出も多くソフトウエア開発が盛んである。早期のIT教育や国際学力調査欧州の上位国としても知られる。

13世紀以降、デンマークドイツ騎士団スウェーデンロシア帝国などの支配を経て、第一次大戦1918年ロシア帝国より独立。第二次大戦中1940年ソビエト連邦が占領、翌1941年独ソ戦ナチス・ドイツが占領、1944年ソビエト連邦が再占領し併合。1991年同連邦より独立を回復、2004年EUNATOに加盟、2008年NATOサイバーテロ防衛機関の本部所在国となる。

エストニアはITを行政に活用する「電子政府」を構築しており、国外の外国人にもインターネット経由で行政サービスを提供する「電子居住権」(E-Residency)制度に1万5000人以上が登録している。この制度は投資を呼び込むとともに、エストニアに好意的な人を世界で増やして、ロシアに対する抑止力を高める狙いもある。

国名

正式名称はエストニア語で、Eesti Vabariik(発音 [ˈeːsti ˈʋɑbɑriːk])。略称Eesti 発音 [ˈeːsti]

日本語表記は、エストニア共和国。通称エストニア漢字表記愛沙尼亜(愛沙尼亞)。

歴史

詳細は「エストニアの歴史」を参照
ロシア領エストラントリーフラント
1918年2月23日エストニア南西部のパルヌでの独立宣言
1925年のエストニア地図
2011年8月ヘルシンキで、フィンランド・スウエーデン・ノルウェー・デンマーク・アイスランド・エストニア・ラトビア・リトアニアの8カ国外相会談開催。
会談後、バルト三国独立20周年を祝うセミナーが開催された。

現在のエストニアの地に元々居住していたエストニア族(ウラル語族)と、外から来た東スラヴ人ノルマン人等との混血の過程を経て、10世紀までには現在のエストニア民族が形成されていった。13世紀以降、デンマークそしてドイツ騎士団がこの地に進出して以降、エストニアはその影響力を得て、タリンハンザ同盟に加盟し海上交易で栄えた。ただし、その後もスウェーデンロシア帝国と外国勢力に支配されてきた。

1917年ロシア革命ロシア帝国が崩壊したのち自治獲得の動きが高まり、まもなく独立運動へと転じた。1918年2月24日エストニア第一共和国の独立を宣言、その後はソビエト連邦ドイツの軍事介入を撃退して独立を確定させた。

1921年には国際連盟にも参加したが、1940年ソビエト連邦に占領され、その後、独ソ戦1941年から1944年まではナチス・ドイツに占領されたが、第二次世界大戦末期の1944年にはソ連軍に再占領され、ソ連に併合された。ソ連崩壊直前の1991年に独立回復を宣言し、同年には国際連合にも加盟した。

1994年8月31日ロシア軍が完全撤退した後、西欧諸国との経済的、政治的な結びつきを強固にしていった。2004年3月29日北大西洋条約機構 (NATO) に加盟した。さらに、2004年5月1日には欧州連合 (EU) に加盟している。ロシア連邦との間に国境問題が存在するが、EU加盟で棚上げになっている。

2007年4月27日タリン解放者の記念碑撤去事件を機に「青銅の夜」と呼ばれるロシア系住民による暴動がタリンで起こり、ロシアとの関係が悪化した。同時にロシアから、世界初の大規模なサイバー攻撃(DDoS攻撃)が行われ、国全体で通常時の数百倍のトラフィックが発生し、エストニアのネット機能が麻痺した。これを機に、翌年2008年NATOサイバーテロ防衛機関であるNATOサイバー防衛協力センターがタリンに創設された。

エストニア独立宣言書(1918年)
詳細は「エストニアへのサイバー攻撃」を参照

ソ連とナチスドイツによる占領と抑圧を受けた経緯から「鎌と槌」と「鉤十字」の使用と掲揚は、2007年施行の法律で禁止されている。

2014年2月18日、ロシアのラブロフ外相とエストニアのパエト外相は、旧ソ連時代の国境線に従って両国国境を画定する条約に調印した。領土について一切譲歩しないという姿勢のロシアと、早期の国境画定を促すEUやNATOに押され、エストニアはペツェリ地区への主張を放棄することになった。

政治

トームペア城の国会議事堂
詳細は「エストニアの政治」を参照
エストニアの国際関係」も参照

政体は共和制。議会(リーギコグ、Riigikogu)は一院制で、任期は4年である。大統領は議会によって選ばれ、任期は5年である。2007年2月26日から28日に世界で初めて議会選挙に関してインターネットを利用した電子投票を行った。

電子化が進んでおり、議会への出席時にノートパソコン等の電子端末持ち込みが自由であり、かつ、インターネットでの議会出席も許可されているため、議論への参加や投票の時以外は、議員が議会へ直接実際に出向く必要もない。政府が発行する個人IDカードは15歳以上のエストニア国民のほとんどが持っており、行政サービスのほとんどが個人端末から済ませることが可能である。また、このIDカードは運転免許証や、ショッピングの際のポイントカードとしても機能している。役所などでは人員や紙などのコストが4分の1、窓口の人員は10分の1ほどに減らすことが可能になった。

フランスと同じく、エストニアは欧州連合(EU)加盟国中で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と国交を結んでいない国である。

軍事

詳細は「エストニア国防軍」を参照
2013年NATOのオープニングセレモニーでのエストニア陸軍

陸海空の三軍のほか、郷土防衛部隊としてのKaitseliitを有する。NATOに加盟し欧米諸国と同盟関係にある。国際貢献として、アフガニスタンやイラクにも人員を派遣した。また徴兵制度により18〜28歳の男性は8〜11ヶ月の兵役につとめる。

エストニア軍は、第一次世界大戦後の独立に際して創設されたが、第二次世界大戦以降はソ連への併合による赤軍の駐留やドイツの占領に伴う反共義勇兵の供出などが行われていた。現在のエストニア軍は1991年の再独立にともなって再創設された。

地方行政区分

エストニアの県
詳細は「エストニアの県」を参照

15の県 (maakond) に分かれる。なお、括弧内はある程度流通していると思われる日本語の慣用読みである。

地理

エストニアの地図
[地図上] バルト海
西岸にスウェーデン、東岸に北から順にフィンランドロシア・エストニア・ラトビアリトアニア
[地図下] フィンランド湾
北岸にフィンランドの首都ヘルシンキ、南岸にエストニアの首都タリン、最東端にロシアサンクトペテルブルク
フィンランド湾に面する北の海岸
詳細は「エストニアの地理」を参照

南のラトビアとの国境線は267km、東のロシアとの国境線は290kmあり、フィンランド湾に面する北の海岸は主に石灰岩からなる。

国土の最高標高地点はスールムナマギ(大きな卵の丘)で標高318m、1812年に最初の展望台が建設され、現在、展望台は5つあり、東にロシア領、南にラトビア領が望める。(位置:左地図参照)

首都タリンからフィンランド湾の北の対岸フィンランドの首都ヘルシンキまで85km、同じく湾の東奥ロシアのサンクトペテルブルクまで350kmである。[10]

最大の湖は東部のペイプシ湖で、面積は琵琶湖の5.22倍、湖の中央にはロシアとの国境線がある。国土の50.5%は森林となっている。

ペイプシ湖から、タルトゥに次ぐエストニア第3の都市ナルヴァ(ロシアとの国境の街)を経て、フィンランド湾に流れ込むナルヴァ川は、エストニアとロシアの国境線となっている。

地形

都市

詳細は「エストニアの都市の一覧」を参照

リヴォニア帯剣騎士団ドイツ騎士団スウェーデンロシアの支配を経験したため、市町村に複数の名称がある。

自然

カルラ国立公園

国立公園

経済

首都タリンの旧市街地と港を望む
タリンのビジネス街
詳細は「エストニアの経済」を参照

IMFの統計によると、2013年のエストニアのGDPは187億ドルである。一人当たりのGDPは18,852ドルで、EU平均の3万4千ドルの半分強ほどではあるが、バルト三国の中では最も高い。

エストニアの経済状況はバルト三国中で最も良好である。フィンランドから高速船で1時間半という立地と、世界遺産に登録されたタリン歴史地区を背景に、近年は観光産業が発達している。1年間の観光客数は500万人を超えるともいわれる。その他にもIT産業が堅調で最近では、eストニアと呼ばれている。ヨーロッパのIT市場においてオフショア開発の拠点となっており、IT技術者が多い。ヨーロッパではハンガリーに次いでハッカー(単に高度なIT技術を有する人物を指す語であり、その技術を反社会的に利用するクラッカーとの違いに注意)が多いとも言われる。

また、アメリカの大手シンクタンクヘリテージ財団による経済自由度指標では、世界第13位(2009年現在)にランク付けされており、政府による経済統制は殆どないとされる。即ち、エストニアの経済構造は、近隣の北欧諸国のような市場調整型ではなく、アングロ・サクソン諸国(アメリカやイギリス)のような市場放任寄りである。このような構造で好調な経済成長を遂げている小国の例に、アイルランドシンガポールがある。

通貨は、2010年までクローンを用いていたが、1度の延期(2007年)を経て2011年1月1日ユーロへの移行が完了した。1999年のユーロ導入以来17カ国目で、旧ソ連圏から初めてユーロ圏の一員となった。 2010年には、イスラエルスロベニアとともにOECD加盟国となった。

地域別エストニア人の割合

国民・言語

【民族構成(エストニア 2011)】

 |  |  |  | 
エストニア人 | 
 | 69.7%
ロシア人 | 
 | 25.2%
ウクライナ人 | 
 | 1.7%
ベラルーシ人 | 
 | 1.0%
フィンランド人 | 
 | 0.6%
【母語(エストニア)】

 |  |  |  | 
エストニア語 | 
 | 68.54%
ロシア語 | 
 | 29.60%
詳細は「エストニアの人口統計」、「エストニアの言語」、「エストニアの宗教」、「エストニアのスウェーデン人」、「エストニアのロシア人」、「バルト諸国のロシア人」、「バルト・ドイツ人」、および「ソ連崩壊後のロシア人」を参照

住民は、フィン・ウゴル系のエストニア人 (Estonians) が69.7%、ロシア人が25.2%、ウクライナ人が1.7%、ベラルーシ人が1.0%、フィンランド人が0.6%、その他3.8%である(2011年)。1989年のソ連時代はエストニア人61.5%、ロシア人30.3%であった。

ソ連からの独立後、国内に残った残留ロシア人の問題を抱えている。全人口の7.03%がロシア連邦国籍、7.26%が無国籍者(大多数は民族ロシア人)である。

国語公用語であるエストニア語は国民の68.54%の母語であり、フィンランド語と同じく、ウラル語族言語である。ロシア語を母語とする人は29.60%を占める。特に首都タリンでは46.7%と半数近く、ロシア国境に位置するナルヴァでは93.85%と大半がロシア語を母語とする住民で占められているなど、都市部では実質的なロシア語圏の様相を持っていると言えるが公用語にはなっておらず、看板・広告等でのロシア語表記は制限されているが、テレビやラジオなどではロシア語放送がある。しかしながら、若年層のエストニア人の間では独立後にはロシア語教育が必須でなくなった事から、英語が話せてもロシア語を話すことができない人が急増しており、ロシア語系住民はエストニア語が苦手である等、両者の断絶が続いている。このように、ロシア語系住民との融和が大きな課題としてのしかかっている。

その他、フィンランド語ドイツ語英語スウェーデン語が比較的よく通じる。[11]

宗教は、福音ルター派正教会など。キリスト教圏だが、歴史的な問題により国民の信仰は比較的薄い。

文化

肉のゼリー寄せ
詳細は「エストニアの文化」を参照
 | 
この節の加筆が望まれています。

食文化

詳細は「エストニア料理」を参照
 | 
この節の加筆が望まれています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/09/15 08:55

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