このキーワード
友達に教える
URLをコピー

エンヤとは?

エンヤ (Enya)

【出生名】
Eithne Pádraigín Ní Bhraonáin
【生誕】
(1961-05-17) 1961年5月17日(59歳)
【出身地】
アイルランド
ドニゴール州グウィドー
【ジャンル】
ニューエイジ
【職業】
歌手作曲家音楽家
【担当楽器】
ピアノほか
【活動期間】
1980年 -
【共同作業者】
ニッキー・ライアン
ローマ・ライアン
【公式サイト】
enya.com

エンヤ(アイルランド語: Eithne Pádraigín Ní Bhraonáin英語: Enya Patricia Brennan1961年5月17日 -)は、アイルランド歌手作曲家音楽プロデューサー音楽家。音楽一家に生まれ、アイルランド語圏のドニゴール州グウィドーで育つ。1980年、エンヤの兄姉ほか家族が結成したケルト音楽グループ「クラナド」に加わり、キーボードおよびコーラスを担当し、音楽家としてのキャリアを歩み始める。1982年、ソロ活動を追求するため、クラナドのマネージャーおよびプロデューサーを務めていたニッキー・ライアンと、後にエンヤの楽曲の作詞を手がけることになるローマ・ライアン夫妻とともにクラナドを脱退。それから4年の歳月をかけて、デジタル・マルチトラック・レコーダーを駆使したボーカルとキーボードの多重録音や、ニューエイジ、ケルト音楽、クラシック音楽、教会音楽、民俗音楽の要素を取り入れた、エンヤ独自のサウンドを作り上げていく。アイルランドの伝統的な文脈の上で、テクノロジーを活かした作曲を行う。レコーディングでは、さまざまな楽器を自身で演奏するマルチプレイヤーでもある。これまでに10の言語で歌っている。

エンヤがソロアーティストとして最初に取り組んだ企画は、映画『ザ・フロッグ・プリンス』(1984年)のサウンドトラック作品と1987年のBBCのドキュメンタリーシリーズ『The Celts』で、同番組の主題曲「ケルツ」はデビューアルバム『エンヤ』(1987年)に収録され、リリースされた。ワーナーミュージックUKと契約を交わすと、エンヤは芸術の自由を与えられ、レーベルからの最小限の干渉を認められた。『ウォーターマーク』(1988年)が商業的に成功し、シングル「オリノコ・フロウ」が各国のチャートでトップ10入りしたことで、エンヤは世界的な名声を得るまでになった。それに続いて、『シェパード・ムーン』(1991年)、『メモリー・オブ・トゥリーズ』(1995年)、『ア・デイ・ウィズアウト・レイン』(2000年)の各アルバムが数百万枚を売り上げた。アルバム『ア・デイ・ウィズアウト・レイン』および、そのリードシングル「オンリー・タイム」の売上高は、2001年にアメリカ同時多発テロ事件のマスコミ報道で同曲が使用されたことを受けて、アメリカ合衆国で急上昇した。『アマランタイン』(2005年)と『雪と氷の旋律』(2008年)の発売後、しばらく音楽活動を休止したが、2012年に復帰し、『ダーク・スカイ・アイランド』(2015年)を発売した。

プライバシーを守るために決してコンサートツアーを行わないことでも知られる。アメリカ合衆国においてRIAA認定アルバムが2650万枚を売り上げ、全世界で推計7500万枚を売り上げている、アイルランドで最も売れたソロアーティストであり、U2に次いでアイルランドで2番目に売れたアーティストである。全時代を通じて最も売れた音楽アーティストのうちの1人として名を連ねている。『ア・デイ・ウィズアウト・レイン』(2000年)は全世界で推計1600万枚の売り上げを記録し、最も売れたニューエイジ・アルバムであり続けている。ワールド・ミュージック・アワードを7度、グラミー賞の最優秀ニューエイジ・アルバム賞を4度、アイヴァー・ノヴェロ賞を1度受賞している。映画『ロード・オブ・ザ・リング』(2001年)のために書いた「メイ・イット・ビー」は、アカデミー賞ゴールデングローブ賞にノミネートされた。

エンヤ (Enya) は、ケルト音楽に影響を受けて独自の音楽を展開する女性ミュージシャン個人であり、音楽プロデューサーを務めるニッキー・ライアンと、その妻で歌詞を手がけるローマ・ライアンとの共同プロジェクト名でもある。生まれ故郷であるアイルランドを中心に活動を続けている。

作風[ソースを編集]

曲調は曲の断片を少し聞いただけでも彼女のものと判るほど特徴がある。クラシックと教会音楽を基礎に、故国アイルランドの音楽など、さまざまな要素を含有しており、ワルツ調の3拍子やその他変拍子の曲も見受けられる。メインボーカルやバックコーラスを彼女自身の声で幾度も(多いときはミステイク分も含めて一曲あたり200回ほど)録音し、重ねることでダイナミックかつ荘厳なサウンドを生み出すのが一番の特徴。そのエンヤ自身の声のコーラスと彼女自身が好む深いエコーが、終始一貫して広がりのある音を生む。テクノロジーを全面的に使用しているが、表現内容はアコースティック感を強く志向している。

初期の作品はアナログ/デジタル双方のシンセサイザーを駆使し、神話の世界をモチーフにした歌詞と共に、他の何とも似ていない力強く重厚な世界観を特徴としていたが、アルバム「メモリー・オブ・トゥリーズ」を発表したあたりから、神話の世界にとらわれることなく作曲をするようになり、曲自体もシンセサイザーを使いながらも主役はアコースティック楽器(またはそれに近い音声)やピアノとなり、明るく柔らかな曲調のものが増えてきた。その上で、アルバムに収録される曲の中には、必ず落ち着いた曲調のピアノ独奏曲が入る。また、彼女の曲は「ビジブル」(情景が良く思い浮かばれる)と言われる。

歌詞は基本的に英語であるが、曲により、ゲール語ラテン語で書かれている場合がある。5thアルバム『アマランタイン』では、さらに日本語、ローマ・ライアンとともに作った架空の言語、“Loxian”で書かれた曲が収録されている。

彼女のアルバムリリース間隔は、4 - 6年である。独特の製作手法から1曲に費やす手間が多く(録音に3か月程度)、エンヤ自身が完璧主義者であるがゆえに、アルバム1枚を完成させるのに時間がかかる上、全精力を使ってアルバムをリリースした後は1年ほど休暇をとるためでもある。また、コンサート/ライブなどのスタジオ外部での活動の構想が、ファーストアルバムを発表した初期の頃からあるにもかかわらず、ここでも独自の制作方法が実現を難しくしてしまっている。このように活動内容は外部から見る限りそれほど活発とは思えないが、耳なじみの良い音に加え、何年か続く「癒し」ブーム、過去のナンバーがTVCMやドラマ、映画のテーマとして使用されるために、リスナーの印象が薄れにくく、それも人気を維持している。

来歴[ソースを編集]

生い立ち[ソースを編集]

エンヤの故郷ドニゴール州グウィドーの上空からの眺め

1961年5月17日、アイルランド北西部のドニゴール州グウィドーに生まれる。グウィドーはアイルランド語を第一言語とするゲールタハト地域にある。出生名である Eithne Pádraigín Ní Bhraonáin は英国風に書くと Enya Patricia Brennan となり、エンヤの母語であるアイルランド語アルスター方言における Eithne の発音を表音式綴り字で表すと Enya となる。"Ní Bhraonáin" は「ブレナン家の娘」と翻訳される。ローマカトリック教徒の音楽家一家に9人兄弟の三女(5番目の子)として生まれた。父のレオ・ブレナンはアイルランドのショウバンド「スリーヴ・フォイ・バンド」のリーダーで、メナレックで居酒屋「Tábhairne Leo」を経営していた。遠縁にスペイン系の親類がおり、トーリー島に入植した先祖をもつ、母のモイア・ブレナン(旧姓ドゥガン)はレオのバンドで演奏したアマチュア音楽家で、地元の学校で音楽を教えていた。エンヤの母方の祖父のエーは地元の小学校の校長を務め、祖母はそこの教師だった。エーはグウィドー劇場の劇団の創設者でもあった。

エンヤは自身の幼少期の家庭環境について、「とても平穏で幸せ」だったと述べている。3歳のとき、毎年開かれていたフェシ・キョール音楽祭で歌のコンテストに初めて出場した。グウィドー劇場でパントマイムを演じたり、デリーベグの聖メアリー教会で兄弟と一緒に母の聖歌隊に参加して歌ったりもしている。小学校で英語を習い、4歳のときにピアノを習い始めた。「学校の勉強をした後、隣町にピアノのレッスンを受けに行って、その後また学校の勉強をしなくてはいけませんでした。...兄弟姉妹が外で遊んでいたのを憶えています...そして私は中にいてピアノを弾いていました。この1冊の大きな音階の本を何回も何回も練習しました。」11歳のとき、祖父が教育費を支払ってくれたおかげで、ミルフォードにあるロレット女子修道会が運営する厳格な修道院の寄宿制学校で学び、そこでクラシック音楽、美術、ラテン語水彩画が趣味になっていった。「あれほどの大家族から引き離されたことに衝撃を受けましたが、私の音楽にとっては良いことでした。」17歳のときに学校を退学し、「ピアノの先生のような人」になるために、カレッジで1年間クラシック音楽を学んだ。それでも「まさか自分が作曲をしたりステージに立ったりするとは思っていませんでした」という。

デビュー以前[ソースを編集]

大学在学中(18歳のとき)、彼女の姉や兄ら兄弟3人と叔父2人が1970年代に結成したクラナド(CLANNAD)に2年ほどの間加わり、ツアーの他、2枚のアルバム製作にも参加した。担当のパートはコーラスウーリッツァーのエレクトリックピアノやプロフェット5等の電子鍵盤楽器。高校の卒業とともにカレッジでさらにクラシック音楽を学ぼうとしていた彼女を、当時クラナドのマネージャーでアルバム『フアム』からはプロデューサーを務めたニッキー・ライアン(Nicky Ryan)が、バンドにとって初めてのピアノとキーボードを入れるために誘ったのがきっかけ。

クラナドから脱退した彼女は、ニッキー・ライアンと彼の妻 ローマ・ライアン(Roma Ryan)らと共に曲作りを始める。まだ進むべき方向性を決める事が出来なかったエンヤに対し、彼らは自宅をスタジオとして提供。そこで製作された曲を聴いたローマ・ライアンは「音楽から様々な情景が見えるから、映画音楽をやってみては?」とアドバイスした。そこで、実際に映画監督デイビット・パットナムに7、8曲の楽曲を送ったところ気に入られ、それがきっかけで映画「The Frog Prince」(1985年)への楽曲提供が決まった。この楽曲提供に関し、後にエンヤは「まだ方向が決まっていなかったから、オーケストラ編曲にしてしまった。」と語っている。

この頃、エンヤは144チャンネルもの音声トラックを高品質に同時録音/再生できるデジタル・マルチトラック・レコーダー(144チャンネルは、デジタル録音黎明期の当時としては異常なほどに多いチャンネル数である)の存在と多重録音コーラスによる楽曲制作のアイデアをニッキー・ライアンから伝えられる。このレコーダーは、後に彼女の音楽の特徴となる、彼女自身の声を多重録音した重厚なコーラスを実現する上で不可欠な道具となった。以後の音楽製作では2台の144チャンネルデジタル・マルチトラック・レコーダーを常に使っており、その重要性は、エンヤ自身が「知らなかったら、その辺でピアノの教師でもしてたでしょうね。」と語るほどである。

映画音楽の次に決まった仕事がイギリスBBCのプロデューサーであるトニー・マッコーリーの依頼であり、1986年に放映されたテレビドキュメンタリー番組『The Celts』(日本ではNHKで『幻の民ケルト』として放送)のためのサウンドトラックである。この番組は当初アイルランド出身の複数のアーティストの楽曲が使われる予定であったが、番組スタッフが提供された「March of the Celts」等の楽曲を非常に気に入り、番組中すべてのトラック製作をエンヤに依頼することに決定した。

CDデビュー以後[ソースを編集]

2000年代の活動

日本との関わり[ソースを編集]

日本でもCMや番組のエンディングなどに彼女の曲が多用されている。日本で爆発的に売れたのは、1992年トム・クルーズが主演した映画『遥かなる大地へ』のサウンドトラックとして使われた「Book Of Days」からである。日本では一般層を中心に、癒し系音楽の第一人者として認知されている。

2005年5月9日、アイルランドを訪問されていた当時の天皇皇后両陛下は、ダブリン市長公邸にてアイルランド文芸関係者と歓談の場を持った。そこには皇后陛下の希望で特別にエンヤも招待された。彼女は天皇皇后両陛下が日本で自身の音楽を聴くことを知り、彼女は感激したという。

また、日本の着物が好きで、来日すると買ってしまうという。

作品[ソースを編集]

シングル[ソースを編集]

アルバム[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

注釈[ソースを編集]

  1. ^ 公表されている生年月日は1961年5月17日であるが、アルバムの日本語版ライナーノートやインタビュー記事では、1962年生まれとするものもある。
  2. ^ このグループには、今ではソロ活動も行っている長姉のモイア・ブレナンがおり、また、アルバム『フアム』(Fuaim)を最後にエンヤが抜けて後、1982年に「ハリーズ・ゲームのテーマ」(Theme From Harry's Game)がヒットし、一躍有名になった。
  3. ^ エンヤは後に、この頃に当時のアナログシンセサイザー音声を使ったハイテクサウンドとトラディショナルサウンドをブレンドさせたスタイルを見つけ出し発展させたと語っている。

出典[ソースを編集]

  1. ^ エンヤ プロフィール”. ワーナーミュージック・ジャパン. 2016年3月17日閲覧。
  2. ^ 松山晋也、ライナーノート、Memory of Trees、Warner Music UK Ltd.、1995年11月6日。
  3. ^ 伊藤なつみ、ライナーノート、Paint the Sky with Stars-The Best of Enya、Warner Music UK Ltd.、1997年。
  4. ^ 服部のり子「Featured Artists/Special Interview」『CD Journal』2005年12月号、音楽出版社、pp. 6-8。
  5. ^ Enya's New Alrates Winter”. NPR. 2009年8月14日閲覧。
  6. ^ RIAA: Top Selling Artists”. RIAA. 2012年6月13日閲覧。
  7. ^ Savage, Mark (2015年10月23日). “Enya says tour would be 'very possible'”. BBC News. https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-34614590 2016年10月27日閲覧。
  8. ^ New Age Albums”. Billboard. 2012年1月17日閲覧。
  9. ^ “Enrique triumphs at Monaco awards”. BBC News. (2002年3月7日). http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/1858520.stm 2014年12月6日閲覧。
  10. ^ Larkin, Colin (27 May 2011). The Encyclopedia of Popular Music. Omnibus Press. p. 972. ISBN 9780857125958. https://books.google.com/books?id=_NNmFiUnSmUC&pg=PA972 2018年5月15日閲覧。
  11. ^ Abjorensen, Norman (25 May 2017). Historical Dictionary of Popular Music. Rowman & Littlefield Publishers. p. 163. ISBN 9781538102152. https://books.google.com/books?id=6ZyrDgAAQBAJ&pg=PA163 2018年5月15日閲覧。
  12. ^ “Personal File: Enya”. Smash Hits 21. (19 October 1988). オリジナルの31 March 2016時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160331122355/http://enya.sk/2015/11/do-parsnips-scream-when-you-chop-them/.
  13. ^ Enya interview on KSCA-FM (Transcript) – Part 2”. Musicandmeaning (1996年). 2019年9月28日閲覧。
  14. ^ White, Timothy (25 November 1995). “Enya: 'Memory,' Myth & Mythology”. Billboard: 5. https://books.google.com/books?id=Pw0EAAAAMBAJ&pg=PA5 2016年6月24日閲覧。.
  15. ^ Brennan, Enya (2016年3月15日). “Ireland's Enya on How Life by the Sea Influenced Her Music”. Wall Street Journal. https://www.wsj.com/articles/irelands-enya-on-how-life-by-the-sea-influenced-her-music-1458056146 2016年3月18日閲覧。
  16. ^ Erlewine, Stephen Thomas. “Enya – Artist biography”. AllMusic. 2016年1月3日閲覧。
  17. ^ Phaidin, Michelle Nic (2012年2月12日). “Gaoth Dobhair teacher hopes for Euro vote on Friday”. Donegal Democrat. http://www.donegaldemocrat.ie/news/arts-culture-entertainment/37099/Gaoth-Dobhair-teacher-hopes-for-Euro.html 2016年3月25日閲覧。
  18. ^ Brennan, Enya (September 2010). “Enya recalls a special day that would change her life forever”. Irish Roots 75 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2020/06/07 08:32

HAPPY Wikipedia

あなたの考える「エンヤ」の意味を投稿しよう
「エンヤ」のコンテンツはまだ投稿されていません。
全部読む・投稿 

エンヤスレッド一覧

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「エンヤ」のスレッドを作成する
エンヤの」
友達を探す
掲示板を探す
このページ
友達に教える
URLをコピー

注目のキーワード

錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

キーワードで探す

 
友達を探す
掲示板を探す
ハッピーWiki
ハッピーメール
ハッピーランド
HAPPY NEWS
2010Happy Mail