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オレゴン州とは?

座標: 北緯44度00分 西経120度30分 / 北緯44度 西経120.5度 / 44; -120.5

オレゴン州
State of Oregon



(州旗) | (州章)
州の愛称: ビーバーの州
Beaver State
州都
セイラム
【最大の都市】
ポートランド
【州知事】
ケイト・ブラウン
公用語
不文律:英語
面積
- 総計
- 陸地
- 水域 全米第9位
255,026 km²
248,849 km²
6,177 km² (2.4%)
人口(2010年)
- 総計
- 人口密度 全米第27位
3,831,074
15.41人/km²
【合衆国加入
- 順番
- 加入年月日】

33番目
1859年2月14日
時間帯
UTC -8, -7
DST -7, -6
緯度
北緯42° - 46°18'
経度
西経116°28' - 124°38'
【東西の幅】
640 km
【南北の長さ】
580 km
標高
-最高標高
-平均標高
-最低標高
3,425 m
1,005 m
0 m
【略称 (ISO 3166-2:US)】
US-OR
【ウェブサイト】
オレゴン州政府
【上院議員】
ロン・ワイデン
ジェフ・マークリー
オレゴン州の地図
オレゴン州の海岸線、エコラ州立公園から南を望む、遠景にヘイスタック・ロックが見える

オレゴン州(: State of Oregon)は、北米西海岸に位置する、アメリカ合衆国第33番目のである。太平洋に沿って北にワシントン州、南にカリフォルニア州と接し、内陸の南東はネバダ州、東はアイダホ州である。北はコロンビア川、東はスネーク川が州境の大半を形作っている。1843年オレゴン・カントリーの自治的な政府を樹立した交易業者、探検家および開拓者が訪れるまでは、アメリカ・インディアンの多くの部族が住んでいた。1848年オレゴン準州が設立され、1859年2月14日にアメリカ合衆国33番目の州に昇格した。

ワシントン州、カリフォルニア州と共にリベラルな気風で、保守的な中西部に対して「レッドウッド・カーテンの向こう側」と称される。

現代の先進国では珍しい直接民主制によって作られ、州、からも独立した地域政府メトロを擁する。

セイラム州都であり、人口では州内第3位である。人口最多の都市はポートランドである。2010年国勢調査による州人口は380万人以上であり、2000年から12%増加した。ポートランドの人口は同年で583,776人であり、全米第29位である。その都市圏人口は2,241,841人(2009年推計)で全米第23位である。州西部、ウィラメット川のあるバレーに人口が集中しており、州内の人口上位10都市のうち8都市がこのバレーに入っている。

州内には多様な景観がある。風に吹き曝される太平洋岸、カスケード山脈のゴツゴツして氷河に侵食された火山、マルトノマ滝など多くの滝、深い常緑樹の森、また州東部の大半でグレートベースンまで拡がる高原型砂漠などである。雨の多い州西部海岸にある背の高いダグラスファーセコイアの木は、州東半分を多う火を着けやすいやジュニパー(セイヨウネズ)の疎らに生えた林と対照的である。州中央から東には半乾燥の灌木地、プレーリー砂漠ステップおよび牧草地が拡がっている。標高11,249フィート (3,429 m) のフッド山が州内最高地点である。クレーターレイク国立公園が州内唯一の国立公園である。

【家庭で話される言語(オレゴン州) 2010】

 |  |  |  | 
英語 | 
 | 85.63%
スペイン語 | 
 | 8.63%
【人種構成(オレゴン州) 2010】

 |  |  |  | 
白人 | 
 | 78.5%
ヒスパニック | 
 | 11.7%
アジア系 | 
 | 3.7%
黒人 | 
 | 1.8%
インディアン | 
 | 1.4%
混血 | 
 | 3.8%

目次

  • 1 州名の由来
  • 2 歴史
    • 2.1 最初期の住人
    • 2.2 ヨーロッパ人の探検
    • 2.3 アメリカ合衆国の西部進出
    • 2.4 州昇格後
    • 2.5 20世紀と21世紀
  • 3 地理
    • 3.1 主要な都市及び町
    • 3.2 気候
  • 4 法と政府
    • 4.1 州政府
    • 4.2 連邦政府との関係
    • 4.3 政治
  • 5 人口動勢
    • 5.1 将来予測
    • 5.2 宗教
  • 6 インディアン部族
    • 6.1 インディアン・カジノ
  • 7 経済
    • 7.1 主な会社など
    • 7.2 税金と予算
  • 8 教育
    • 8.1 初等中等教育
    • 8.2 単科及び総合大学
      • 8.2.1 公立大学
      • 8.2.2 私立大学
  • 9 芸術・文化
    • 9.1 映画・テレビ
    • 9.2 スポーツ
    • 9.3 オレゴン州出身の有名人
    • 9.4 交通
    • 9.5 観光
    • 9.6 州の象徴など
  • 10 国際関係
    • 10.1 姉妹自治体(国)
    • 10.2 日本の姉妹都市
  • 11 脚注
  • 12 参考文献
  • 13 関連項目
  • 14 外部リンク

州名の由来

ヘルズ・キャニオンにある歓迎看板

「オレゴン」という名前を最初期に使ったのは、1765年にロバート・ロジャーズ少佐がイギリス王国に宛てた請願書があった。この時の綴りはOuragonとなっていた。この名称は当時は伝説上の西部の川(コロンビア川)のことを指していた。1778年までにその綴りがOregonに変わっていた。ロジャーズの請願書は次のように書かれていた。

その道は...五大湖からミシシッピ川源流に向かい、そこからはインディアンによってオレゴン(Ouragon)と呼ばれる川に向かっていた。

別の説はフランス語のouraganから来たものである。これは「暴風」あるいは「ハリケーン」を意味している。インディアンの伝承にあるコロンビア川下流の強いチヌーク風(コロラドの東部に吹き降りてくる冬の暖かい風で気温を急激に上げるもの)、あるいはグレートプレーンズのチヌーク風をおそらく初めて経験したフランス人の話に基づいて「西部の川」に当てられたものである。当時西部の川はミネソタの西部に始まり、グレートプレーンズを通って西に流れると考えられていた。

詩人ホアキン・ミラーは1904年発行の雑誌「サンセット」で、オレゴンの名前の由来を以下のように説明している。

オレゴンという名前は「オレイラグア(Aure il agua)」が音声的に詰まって、「オラグア(Oragua)」「オラゴン(Or-a-gon)」「オレゴン(Oregon)」と変わってきたものであり、おそらく最初はファラロン諸島にその上官の名前を付けたポルトガルの航海者によって名付けられた。逐語的に訳すれば大体小さな滝を意味している。「これが水域だ。コロンビア川を遡り、フッド山の雲から落ちてくる水の音を聞き感じるべきだ。「オレイラグア(Aure il agua)」すなわちオレゴンの完全な意味を理解するために」

書籍『オレゴンの地名』(Oregon Geographic Names)で「最も信憑性有る説明」と後押しされた説は、地名学者ジョージ・R・ステュワートが雑誌『アメリカン・スピーチ』に載せた記事である。ステュワートに拠れば、オレゴンという名前は18世紀初期に発行されたフランスの地図で活字を入れた者の誤りから生まれたというものである。この説ではウィスコンシン川(Ouisiconsink)がOuaricon-sintという綴りで二行書きされ、西に流れる川がOuariconと呼ばれるように見えた。

オレゴン観光委員会(トラベル・オレゴンとも呼ばれる)に拠れば、現在のオレゴン州人(: Oregonians[ˌɒrɪˈɡniənz])は、州名をオラガン(OR-UH-GUN)と発音し、決してオリゴン(OR-EE-GONE)とは発音しない、とのことである。

オレゴン・ダックスの元クォーターバック、ジョイ・ハリントンが2002年のドラフトでデトロイト・ライオンズに指名された後、ORYGUNと書かれたステッカーを記者達に配り、出身の州名の発音方法を覚えて貰おうとした。このステッカーはオレゴン大学書店で売られており、「我々の州名の発音をこのように面白おかしく言う者を放り出すオレゴン州人とオレゴンを愛好する者へ」という意味のジョークとして綴られたものとしている。

歴史

詳細は「オレゴン州の歴史」を参照
オレゴン・カントリーの地図

少なくとも15,000年前から、オレゴンには人類が居住していた。16世紀には既にオレゴンに関する記録が残されている。18世紀後半、イギリスジェームズ・クックがオレゴン沿岸部を航海した。1818年には、イギリスと合衆国がオレゴン・カントリーを共同保有することを定めた。本格的な開拓は1830年代に進み、オレゴン街道を経て東部から多くの入植者がやってきた。1846年の協定によってオレゴンを分割、現在のカナダとの国境線で両国の境界を定めた。ただし、1853年にオレゴンからワシントンが分離したため、現在のオレゴンの州境はカナダ国境ではない。1859年にオレゴンは州に昇格し、現在では380万人以上が住んでいる。

最初期の住人

太平洋岸北西部に人類が住むようになったのは15,000年前であり、レイク郡フォートロック洞穴やペイズリー洞穴で人類の最古の痕跡が見つかっている。考古学者ルーサー・クレスマンはフォートロック洞穴で見つかった物質を13,200年前のものとした。紀元前8000年までにオレゴンの全体に入植地があり、コロンビア川下流、西部のバレーおよび海岸入江付近に人口が集中していた。

ヨーロッパ人の探検

16世紀までにバンノック族、シャスタ族、チヌーク族、カラプーヤ族、クラマス族、モララ族、ネズ・パース族、タケルマ族およびウンプクア族など多くのインディアン部族がオレゴンに住んでいた。

オレゴンを最初に訪れたヨーロッパ人は1543年に太平洋岸沖からオレゴン南部を望んだスペイン人探検家達だった。1778年までヨーロッパ人が戻って来ることは無かったが、この年イギリス人ジェームズ・クックが海岸を探検した。18世紀後半と19世紀初期にはフランス系カナダ人の罠猟師達と伝道師達がオレゴン東部に到着した。その証拠として州東部にはフランス語起源の地名が多く残されている。

アメリカ合衆国の西部進出

アメリカ合衆国の歴史 (1789-1849)」、「オレゴン・カントリー」、および「オレゴン準州」も参照

1805年、ルイス・クラーク探検隊は北西航路を探索する意味もあってオレゴン地域を旅した。コロンビア川河口近くにクラットソップ砦と呼ぶ冬季宿営地を建設した。イギリス人探検家デビッド・トンプソンも陸路の探検を行った。

1811年、北西会社のデビッド・トンプソンがコロンビア川全体を航行した最初のヨーロッパ人になった。その途中、スネーク川との合流点でこの地域がイギリスと北西会社の所有になることを記す杭を立てた。トンプソンはモントリオールに戻ったときに、その地域に毛皮採取用動物が豊富にいることを宣伝した。

1811年にはまたニューヨーク市出身のジョン・ジェイコブ・アスターが出資して、パシフィック毛皮会社の西部拠点としてコロンビア川河口にアストリア砦(現アストリア (オレゴン州))を建設させた。これがオレゴンにおけるヨーロッパ人の恒久的開拓地としては最初のものになった。

1812年からの米英戦争で、イギリスはパシフィック毛皮会社の拠点全てを支配下に置いた。1818年の条約ではイギリスとアメリカがロッキー山脈の西、太平洋までの地域を協同で管理することが決められた。1820年代と1830年代にはハドソン湾会社がバーンクーバー砦(1825年にジョン・マクローリンが建設)にあるコロンビア地区本社から太平洋岸北西部を支配した。バンクーバー砦は現在のオレゴン州ポートランドからコロンビア川を挟んで対岸(ワシントン州)にある。


1841年、熟練した罠猟師で事業家のユーイング・ヤングが死に、かなりの資産を残したが相続人が居らず、遺言を執行する仕組みも無かった。ヤングの葬式後に行われた集会で、資産を管理する組織が提案された。ジェイソン・リーメソジスト宣教師団に属するアイラ・バブコック博士が最高判事に選ばれた。バブコックは1842年にシャンプーイー(リーの宣教所とオレゴンシティの中間にあった)で2度の集会を開き、当時関心のあったオオカミなどの動物について議論した。これらの集会が1843年の全市民集会の前身となり、デビッド・ヒル、アランソン・ビアーズおよびジョセフ・ゲイルが作り上げた執行委員会が主宰する暫定政府の形を取った。この政府はオレゴン・カントリーでは最初の公的な政府となり、その後アメリカ合衆国政府によって取り込まれることになった。

1841年にはまた、ハドソン湾会社の知事ジョージ・シンプソン卿が会社の長い間の方針だった入植を奨励しないということを止めた。その方針では儲かる毛皮貿易に障害になるからだった。シンプソンはコロンビア地区を維持しようとする中で、バンクーバー砦近くのハドソン湾会社農場にレッドリバー・コロニーの開拓者200名程を移すよう指示した(ジェイムズ・シンクレア遠征隊)。

1842年から1843年に掛けてからは、オレゴン・トレイルを通って新しく多くのアメリカ人開拓者がオレゴン・カントリーに入ってきた。ある時期にはイギリスとアメリカが直前75年間で3度目の戦争に突き進む情勢にもなったが、1846年のオレゴン条約によって国境問題が平和的に解決された。アメリカ合衆国とイギリス領北アメリカの国境は北緯49度線に設定された。1848年にはオレゴン準州が公式に組織化された。

1850年の寄贈土地所有権法とインディアンのオレゴンにあるインディアン居留地への強制移住によって、開拓地が増加した。

州昇格後

オレゴンは1859年2月14日にアメリカ合衆国の州に昇格した。奴隷制問題に関する議論を避ける地として設立されていたので、その最初の州憲法には「白人のみ」という条項があった。

南北戦争が勃発したとき、アメリカ陸軍の正規部隊がこの地から撤退し東部に派遣された。カリフォルニア州で徴兵された志願兵の騎兵隊が北のオレゴンに派遣され、住民の平和と保護にあたった。オレゴン第1騎兵隊は1865年6月まで任務に就いていた。

1880年代、鉄道が発展して、州内の木材や小麦の市場が成長し、都市も急速に成長した。

20世紀と21世紀

ジェファーソン地域」、「カスカディア」、および「エコトピア」も参照

1902年、オレゴン州はオレゴン・システムと呼ばれる発議権と住民投票を通じた州民による直接民主制を導入した。オレゴン州の住民投票には政治的に保守的な提案も多いが、州内の政治思想の多様性を反映して、リベラルなものも含まれている。

1933年から1937年にコロンビア川に建設されたボンネビル・ダムが完工した後は製造業が発展を始めた。水力発電、食品および木材が西部の発展に寄与したが、アメリカ合衆国建設業界の周期的な浮き沈みによって州経済は何度も苦しい時代を味わった。

1942年、アメリカ西岸部にいた潜水艦 伊-25から発進した零式小型水上偵察機がオレゴン州上空に到達し、4個の76 kg焼夷弾を森林の中に投下した。 この1942年9月のオレゴン州に対する2度にわたる攻撃は、アメリカ合衆国本土に対する史上唯一の航空機による爆撃である。

地理

オレゴン州の郡一覧」、「en:Oregon Geographic Names」、「en:List of Oregon rivers」、「en:List of Oregon mountain ranges」、「en:List of Oregon state parks」、および「en:Oregon census statistical areas」も参照
国立公園と歴史地域
【公園または地域】
場所
クレーターレイク国立公園 | オレゴン州南部
ジョン・デイ・フォッシルベッズ国立保護区 | オレゴン州東部
ニューベリー国立火山保護区 | オレゴン州中部
カスケード・シスキュー国立保護区 | オレゴン州南部
オレゴン・ゲイブズ国立保護区 | オレゴン州南部
カリフォルニア・トレイル | オレゴン州南部、カリフォルニア州
バンクーバー砦国立歴史史跡 | オレゴン州西部、ワシントン州
ルイス・クラーク国立歴史の道 | イリノイ州ミズーリ州カンザス州アイオワ州ネブラスカ州サウスダコタ州
ノースダコタ州モンタナ州アイダホ州、オレゴン州、ワシントン州
ルイス・アンド・クラーク国立州立歴史公園 | オレゴン州西部、ワシントン州
ネズ・パース国立歴史公園 | モンタナ州、アイダホ州、オレゴン州、ワシントン州
オレゴン・トレイル | ミズーリ州、カンザス州、ネブラスカ州、ワイオミング州、アイダホ州、オレゴン州

オレゴン州の地形はおおまかに以下の8つの地域に区分される。

オレゴン州西部の山岳部にはフッド山ジェファーソン山スリー・シスターズ山マザマ山などアメリカ合衆国でも最も著名な山が4つある。これらの山はプレートテクトニクス理論で挙げられるプレートの1つ、ファンデフカプレートの火山活動で形成されたものであり、この地域に火山活動や地震の脅威を与え続けている。最近の主要な活動としては1700年のカスケード地震があった。ワシントン州のセント・ヘレンズ山が1980年に噴火しており、オレゴン州からも視認できた。

オレゴン州の北側州境の大半を形成するコロンビア川もこの地域の地質的変化に大きな役割を果たしてきており、また経済や文化の発展にも貢献してきた。コロンビア川は北アメリカでも最大級の川であり、オレゴン州南部のクラマス川と共にカスケード山脈を横切る2つの川の1つである。約15,000年前、ミズーラ洪水が起こった時期にコロンビア川はオレゴン州の大半に何度も溢れた。ウィラメットバレーの今日ある肥沃さはこれら洪水のお陰である。セリロ滝など川の一部ではサケが豊富に生息し、数千年の間経済活動の中心だった。20世紀にコロンビア川には多くの水力発電用ダムが建設され、これがサケの生息、輸送と商業、電力および洪水制御に大きな影響を与えてきた。

オレゴン州はフロンティアの本来の意味である未開の地にふさわしい、海岸山脈の温帯雨林から南東部の不毛な砂漠までの多様な景観を含む州である。

オレゴン州は南北の最長部で295 マイル (475 km)、東西の最長幅で395 マイル (640 km) ある。陸地及び水域を合わせて、オレゴン州は98,381 平方マイル (255,026 km) にもおよぶ、アメリカ合衆国国内で9番目に大きな州である。

最高地点は標高11,239 フィート (3,428 m) のフッド山山頂である。最低地点は太平洋の海面である。カスケード山脈や東部の高地が存在するため、州内の平均の高さは3,300 フィート (1,000 m) である。

クレーターレイク国立公園はオレゴン州唯一の国立公園であり、水深1,943 フィート (592 m) とアメリカ合衆国内で一番深い湖であるクレーター・レイクがある。オレゴン州はD川が世界最短の川であると主張しているが、モンタナ州も同様にロック川が世界最短と主張している。州内には面積452平方インチ (0.292 m) と世界最小の公園であるミル・エンズ公園がある。オレゴン州の地理重心はアメリカ合衆国の大陸48州の中で最も西にある。ただし。最西端はワシントン州にある。

ビッグ・ホール、ホール・イン・ザ・グラウンド、フォートロックなどの古代の火山活動で生成された単成火山群が、中南部に位置するレイク郡に存在している。

州東部のマルール国有林の下生えに世界最大の単一有機物といわれるキノコ類 Armillaria solidipes が生息している。

  • オレゴン州の景観
  • フッド山、前景はトリリウム湖

  • クレーターレイクの空中写真

  • オンタリオ近くの火山性噴石丘、マルヒュア・ビュートの夕陽

  • 人口密度図

  • オレゴン州の土地の半分近くはアメリカ合衆国森林局と土地管理局が所有している

主要な都市及び町

ポートランド
詳細は「en:List of cities in Oregon」を参照
オレゴン州の人口の多い都市
都市
人口 (人、2010年国勢調査)
1. ポートランド | 583,776
2. ユージーン | 156,185
3. セイラム | 154,637
4. グレシャム | 105,594
5. ヒルズボロ | 91,611
6. ビーバートン | 89,803
7. ベンド | 76,639
8. メドフォード | 74,907
9. スプリングフィールド | 59,403
10. コーバリス | 54,462
11. オールバニ | 50,158
12. タイガード | 48,035

オレゴン州の人口は大部分がウィラメットバレーを含む州西部に集中している。南のユージーン(オレゴン大学がある)からコーバリス(オレゴン州立大学がある)と州都セイラムを経て、北の最大都市ポートランドまで都市が並んでいる。 人口最大の都市ポートランドである。ユージーンはセイラムを抜いて人口第2位の都市になった。

コロンビア川河口にあるアストリアは、現在の形のアメリカ合衆国のロッキー山脈より西では最初の恒久的な英語を話す開拓地だった。オレゴン・トレイルの終点だったオレゴンシティはオレゴン準州で最初の法人化都市であり、1848年から1852年まで州都だったが、その後州都はセイラムに移された。ロッキー山脈の西部で設立された初めての公立図書館(当時の所蔵数は300冊)がある場所でもある。州地理重心に近いベンドはアメリカ合衆国の中でも人口成長率の高い都市圏10傑に入っている。州南部ではメドフォードが急速に成長している都市圏であり、州内で3番目に乗降客の多いローグバレー国際メドフォード空港がある。その南、カリフォルニア州との州境近くにはアシュランドがあり、トニー賞を受賞したオレゴン・シェイクスピア・フェスティバルが開催されている。

気候

オレゴン州の特に西部は太平洋に大きく影響されている。その気候は温暖であるが、極端に暑かったり寒かったりする期間があり、州の他の地域に影響している。州の人口重心がある西部は適度に湿気があり温暖だが、人口の少ない中部と東部の高原型砂漠はかなり乾燥している。過去最高気温は1898年8月10日にペンドルトンで 119°F (48℃) が、過去最低気温は1933年2月10日にセネカで -54°F (-47℃) が記録された。

法と政府

ポートランド中心街に掲揚されているアメリカ合衆国国旗とオレゴン州旗

1839年に書かれたオレゴン・カントリーの著作『太平洋の共和国』の著者は、この領土が独立した共和国になると予言した。その4年後の1843年、ウィラメットバレーの開拓者達は共和国政府の樹立を住民投票で可決した。オレゴン・カントリーは1848年8月13日にアメリカ合衆国に併合され、準州政府が樹立されるまで、その政府が機能し続けた。1859年2月14日にはオレゴン準州が州に昇格した。

州政府

オレゴン州政府は連邦政府と同様に州憲法に規定される三権分立の形を採っている。

オレゴン州知事は4年任期であり、連続して2期までに制限されているが、生涯を通じた任期制限は無い。副知事は置いていない。知事が不在の場合、州憲法第5章第8節Aに従いオレゴン州務長官が筆頭継承者となっている。その他州全体に関わる役職としては、州財務官、検事総長、監督総監および労働長官がいる。2年任期のオレゴン州議会では、上院に30人、下院に60人の議員が居る。オレゴン州最高裁判所は7人の選出された判事がいる。この中にはゲイを表明した判事2人が含まれている。判事は互選で6年任期の長官を選んでいる。オレゴン州最高裁判所の判決を覆したり修正したりできるのはアメリカ合衆国最高裁判所のみである。

オレゴン州議会の会期を2年制から毎年のものに変更するかの議論がオレゴン州政界で長く続いているが、有権者は市民の議員からプロの法律作成者に移行することに抵抗している。オレゴン州予算は2年ごとに作成されており、消費税は無く、その歳入は大部分が所得税に頼っている。このために予算不足あるいは過剰になることが多い。最近の経済不況から来る予算不足に対応するために特別会期を招集しなければならず、より頻繁な会期設定の必要性が問題になっている。2010年に成立したオレゴン発議71号は、オレゴン州議会に毎年会期を開き、奇数年は160日、偶数年は35日の議論を行うよう義務付けている。

オレゴン州議会議事堂

オレゴン州人は1988年以降のアメリカ合衆国大統領選挙民主党候補者を選んできている。2004年と2006年には民主党が州上院と下院を制した。1990年代後半以降、アメリカ合衆国下院には民主党議員4人と共和党議員1人を送り出している。2009年以降、州選出のアメリカ合衆国上院議員は2人とも民主党員である。州知事選挙では1986年以降民主党候補者が選ばれており、最近では2010年に民主党のジョン・キッツハーバーが共和党のクリス・ダドリーに勝利した。

民主党の基盤はほとんどがウィラメットバレーにある都市化された地域に集中している。カスケード山脈より東の面積では3分の2の地域は通常共和党支持である。2000年と2004年、共和党候補者の ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2018/12/11 09:00

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