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オードリー_(お笑いコンビ)とは?

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オードリー
AUDREY


【メンバー】
若林正恭
春日俊彰
【結成年】
2000年
【事務所】
ケイダッシュステージ
【活動時期】
2000年 -
【出会い】
日本大学第二中学校
【旧コンビ名】
ナイスミドル
【現在の活動状況】
テレビ・ライブなど
【芸種】
漫才
【ネタ作成者】
若林正恭
【現在の代表番組】
スクール革命!
オードリーのオールナイトニッポン
ヒルナンデス!
NFL倶楽部
日向坂で会いましょう
オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。など
【過去の代表番組】
笑っていいとも!
メレンゲの気持ち
コレってアリですか?
ミレニアムズ
ひらがな推しなど
【同期】
ハマカーン
U字工事
ピース
キングコング
ダイアン
ナイツなど
【公式サイト】
プロフィール
【受賞歴】

M-1グランプリ2008 準優勝
2009年 新春お笑い大賞2009!!ニューウェーブ大賞

オードリーは、若林正恭と春日俊彰によるお笑いコンビ。所属事務所はケイダッシュステージ2000年4月結成。

目次

  • 1 メンバー
  • 2 略歴
  • 3 芸風
    • 3.1 漫才
    • 3.2 スタイル確立へ
    • 3.3 ネタ作成
    • 3.4 その他
  • 4 受賞歴
  • 5 出演
    • 5.1 現在のレギュラー番組
    • 5.2 過去のレギュラー番組
    • 5.3 テレビのゲスト出演
    • 5.4 ドラマ
    • 5.5 ラジオ
    • 5.6 インターネット配信
    • 5.7 CM
    • 5.8 ミュージックビデオ
    • 5.9 声優
    • 5.10 DVD・Blu-ray
  • 6 書籍
  • 7 脚注
  • 8 外部リンク

メンバー

略歴

共に日本大学第二中学校出身。中学2年生の時にクラスメイトになる。若林の前の席が春日だったことから仲が良くなる。春日の中学時代のあだ名は「モアイ」。若林は「じゃり」。若林はラグビー部(ポジションはスクラムハーフで関東大会に出場経験あり)、春日は水泳部に所属。1994年に日本大学第二高等学校に進学しふたたびクラスメイトになる。共に高等部から入部が許可されるアメリカンフットボール部に入部した(ポジションは若林がランニングバック、春日がディフェンスエンド)。芸人になってからはアメリカンフットボール関係の仕事も多く舞い込むようになり、『NFL倶楽部』の司会を務めるかたわら、スーパーボウル中継の日本テレビPR大使として、2010年から毎年試合会場に赴きゲスト出演している。春日は中高皆勤の優等生であった。

1997年に日本大学第二高等学校を卒業。春日は一般入試で合格して現役で日本大学商学部経営学科、若林は東洋大学文学部第二部にそれぞれ進学し卒業している。中学・高校時代の同級生にアイルランドに渡りエイダン・オブライエン厩舎の厩務員になった人物がおり、後に担当馬を第30回ジャパンカップに出走させるため一時帰国した際のスポーツ新聞のインタビューで、オードリーについても語ったことがある。この同級生によると「学生当時とは2人のキャラクターが違っている」そうであり、春日は勉強が出来て、おとなしくて真面目である一方、若林の方がやんちゃなグループに入っていたという。

若林は小学生時代からお笑いをやりたいと思うようになる。満員電車で通学していたときに一緒に乗っていたサラリーマンを見て、「あぁ俺、こんなつまんない顔したサラリーマンにはなりたくねぇなぁ」と思ったという。そして深夜のバラエティ番組でビートたけしが暴れていたり、とんねるずがチェッカーズのことを蹴っているところを見て、「なんだこの大人たちは…俺もこんな大人になりたい」と思い、芸人を志したという。高校生の時アメリカンフットボールで関東代表に選ばれていた春日を見て「春日がいい」と思い、高校3年生の時から誘うようになる。大学に入学した後も春日を誘い続けていたという。しかし一方で、「よくつるんでいた11人グループの中で面白い奴から順に声を掛けていって、春日は上から8番目に電話を掛けた相手」との話もある。

2000年4月、事務所主催のライブに「若林春日」で参加しようとするものの「コンビ名がないと参加できない」と言われ、春日がその場で思いついた「ナイスミドル」というコンビ名でのデビューを余儀なくされる。2005年4月、コンビ名を「オードリー」に改名。これは、事務所の松田英夫社長から「うにいくら」、「オードリー」の2択を迫られ、その場が寿司屋であったこともあり、「うにいくら」は社長の思いつきと判断。そのため「オードリー」に決定した。社長は、「華が無い二人なので、華のあるオードリー・ヘプバーンから採った」としている。その後、自身のラジオで、その他のコンビ名の候補として「チーズワイン」と「兼定」があったことを明かした。

売れていない頃は、単独ライブを行える会場もなかったため、春日の自宅に客を呼んでライブをしていた。

2006年10月、新宿のシアターモリエールにて初の単独ライブとなる「シャンプーおじさん」を行う。

2008年1月1日、日本テレビ系「ぐるナイ番外 おもしろ荘へいらっしゃい! レア芸人だけで生放送 祭りだオッパッピー!」に出演し、地上波の放送で初めて念願の漫才ネタを披露する。ただしテレビそのものはこの番組が初出演ではなく、これより約2年前の2006年5月にフジテレビの「インパクト!(第4回)」に出演している。当時は、藤岡弘、中尾彬のものまねでの出演であった。また、駆け出しの頃には『桂芸能社!』(TBS)に数回、VTRを送っている。VTRの内容は、床に置いたフラフープの輪に入った春日に、若手皆で(ビックスモールンなど同じ事務所の芸人も参加している)、「熱湯鉄砲」で集中攻撃をしたり、「松明」で背中を炙って、どこまで輪から出ないで耐えられるかという、若手芸人ならば一度はチャレンジするようなギリギリのリアクション芸であった。このVTRを見た当時の若林の彼女からは、「お願いだから普通に就職して」と頼まれたという。

2008年12月21日、M-1グランプリで敗者復活戦から決勝進出を果たし、決勝ファーストラウンドを1位通過し、総合2位。2009年1月1日、フジテレビ「新春お笑い大賞2009!!」でニューウェーブ大賞 1位(視聴者による電話投票で212,036票中76,009票獲得)。

2009年8月30日に『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』に出演した際に、先に春日、次に若林が新型インフルエンザの疑いがあるA型インフルエンザに感染、完全に回復するまで休業となった。

2010年1月、春日がTBS『オレたち!クイズMAN』のロケ中に左足を骨折したが、春日は大して痛みを感じておらず、違和感があったため病院に行ってみたところ骨折していたことが判明した。若林はその時ばかりは「春日は強いな」と驚きとともに感心した。一時休養し、1月29日の『笑っていいとも!』で復帰。 2月7日、『NFL倶楽部』のロケで第44回スーパーボウルをゲスト解説として現地観戦。春日は骨折のため、松葉杖を付きながらの参加となった。以降毎年、スーパーボウルのゲスト解説を行なっている。

2011年9月、2年間にわたり出演していた『笑っていいとも!』を卒業。10月から『笑っていいとも!』の裏番組の『ヒルナンデス!』に水曜レギュラーで出演。

2017年、『AKB チーム8のブンブン!エイト大放送』のMCに就任。なお、オードリーにとってはアイドル番組の司会およびコントは初となる。

2018年、ひらがなけやき(現 日向坂46)の初冠番組『ひらがな推し』(現『日向坂で会いましょう』)のMCに就任。なおオードリーにとってはアイドル番組の司会は通算2回目だがテレビ東京系および恒久的な放送は初となる。

ニホンモニターが毎年調査しているタレント番組出演本数ランキングでは、2010年に507本の番組に出演し1位を獲得した。2011年は424本で5位だった。

近年はネタ見せ番組も減りテレビで漫才を披露する機会は少なくなる一方、若林は番組司会者や俳優・CMタレントとして、春日はアスリート・ボディービルダー等として単独でメディア出演する機会が多くなっている。

芸風

漫才

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この節には複数の問題があります改善ノートページでの議論にご協力ください。

  • 出典がまったく示されていないか不十分です。内容に関する文献や情報源が必要です。(2015年8月)
  • 独自研究が含まれているおそれがあります。(2015年8月)

主に「ズレ漫才」と呼ばれる(若林による命名)漫才を行う。話を進めようとする若林に対し、春日が意味不明なツッコミやタイミングの悪い発言を行うのを若林がたしなめたり、逆に若林が突っ込んだりするため、話がほとんど進まないうちにネタが終わる。基本的に、春日は意味不明なツッコミをしながら若林の背中を叩き、間髪入れずに若林が自分の方を向いた春日の額の左側(肩の場合もある)を叩きながら逆ツッコミをする。これをスピーディーにテンポよく続けるのが彼らの漫才の持ち味となっている。また、春日は八二分けのテクノカットをワックスで固めたヘアスタイルに淡いピンク色のベストという衣装をしているが、これがオードリーが持つ強烈なインパクトの一因となっている。若林はツッコミの際、意識的にこのテクノカットの水平にカットされたモミアゲ部分をひっぱたくのだが、それによってさらにモミアゲ部分が強調される。かなりスタイルが崩されているが、内容的にはしゃべくり漫才に分類される(『選挙演説』『転入生』などはコント漫才である)。

漫才ネタを始める際、若林はすぐにセンターマイクに着く。春日は胸を張ってセンターマイクにゆっくりと歩み寄り、少し遅れて到達してから、若林が「えー、オードリーと言う者でございますけれどもね。今日も若林 ・春日で頑張って漫才やって行きたいなと思いますけどもね」などと自己紹介する。春日はそれを無視して、客に「皆さん、本物の春日ですよ」「皆さん、夢でお逢いして以来ですね」などの自信過剰な挨拶を行う。その後、若林は客席に向かって話しつつも「まぁ偽者がいたら見てみたいですね」などと言ってやんわりと春日に突っ込むと、春日はあざ笑うような不敵な笑みを見せながら客に「ヘッ!」と言うのが通例。ネタの終わりには、若林は普通にお辞儀し、春日は左手を高く挙げ「バァイ」と言って締める。一般的な締め方をしていたこともあった。

スタイル確立へ

当初は爆笑問題のようなスタイルの漫才を目指し、若林がボケで春日がツッコミだった(相田みつををモチーフとした「わかを」や「味覚」などのネタがある)。金髪にしてみたり、時事ネタをしてみたり、後述のショートアメフトネタをやるなどかなりの試行錯誤もしている。しかししばらくは伸び悩む時期が続き、同期の中でも特に落ちこぼれてしまった。若林は解散や芸人を辞めることを何度も考えたという。

春日は「自分では出来ているつもりだった」がツッコミ間違いが多く、何度やっても上手くいかなかった。結成6年目の頃、『エンタの神様』の若手オーディションにおいて、彼らのネタを見た構成作家に「どう見ても春日はツッコミとしてポンコツでまったく伸び代がない」と指摘された。それを受けて、若林が自分たちのトークライブのビデオを見直した時、春日のツッコミ間違いを数えてみたら2時間で28回(31回中)もあったという。しかしその映像で「春日が変なところでツッコんでくるのを、『おいそのツッコミ違うだろ』とツッコミ返す部分がお客さんの反応がいい』ということに若林は気付き、「じゃあそれをそのまま漫才にすればいいんだ」という発想に辿り着く。こうして、2006年ごろに「春日の間の悪いツッコミに対して、若林が逆にツッコミを返す」という現在のスタイルができあがっていった(今の春日の髪型と衣装もこの頃に完成した)。しかしその新しいスタイルでも、これまでと大きくスタイルを変えたために(特に春日の容姿)周りに違和感を持たれた事もあってオーディションには落ち続け、事務所と作家に否定され続けた。若林は2011年7月30日放送の「オードリーのオールナイトニッポン」において、自分たちが長い間売れなかった理由を「自分たちが生来持っている物・持っていない物を無視して、頭の中で描いていた理想の漫才の形にこだわりすぎたせい」と分析している。

しばらくして、ラ・ママで行われた渡辺正行主催のオーディションに参加。そこで主催の渡辺本人から「これはM-1の決勝に行ける漫才だよ」と絶賛された。そこで多くのアドバイスを渡辺から貰い、若林はその日の帰り道に原付を運転しながら、渡辺に称賛された感動で涙が止まらなかったという。また、そのオーディションでは当時既に若手のトップクラスに君臨していたスピードワゴンとも対面していて小沢一敬からネタを褒められたそうで、若林はその時の恩義故に今でも小沢と番組で共演する際、彼の発言にツッコミを入れる事をためらってしまうという(2015年7月4日放送「オードリーのオールナイトニッポン」より)。

上記のネタ見せで、渡辺は「(ツッコミが激しすぎて)お客さん引かない?」と問題点を指摘し、「『激しいツッコミは漫才の中だけ』『本当は2人は仲がいい』ということがお客さんに伝わるような部分を入れるといい」とアドバイスした。その1か月後の同オーディションに参加。そこで若林が用意したのが漫才の中に「お前それ本気で言ってるのか?」「本気で言ってたら何年も一緒に漫才やってねえよ」「ヘヘヘヘッ!」というやり取りを間に入れる漫才だった。それを見た渡辺は再びオードリーを賞賛した。以来、2回戦落ちの常連であったM-1、まったくオンエアされることのなかった『爆笑オンエアバトル』でも結果を残せるようになった。 また「爆笑問題の検索ちゃん」の特番「芸人ちゃんネタ祭り」では指を使ったり、擬音を多用するなど様々な漫才のスタイルを見せることがある。

ネタ作成

ネタは主に若林が作っているが、春日も参加している。春日と合わせる時には、レコーダーを置いてまず若林が一人でしゃべり、春日がアドリブでそれに入る、ということを何度も繰り返し、まとめている。台本にして演技指導をしていくと春日の頭がパンクしてしまうためレコーダーが必要不可欠であり、他の方法は出来ないとのこと。

若林は春日の宣材写真を置いてネタを作ることもある(若林自身がやりたいと思ったネタでも、春日のできる範囲に仕上げなければならず常に春日をイメージして考える必要があるため)。2011年ごろからは若林と作家(事務所の後輩である佐藤満春(どきどきキャンプ))の共作となった。

岡本太郎に傾倒した若林が、著書にある「伝わらないものをやれ」というメッセージに感化され、面白さよりも客をイライラさせる方針をとった。ネタ中に春日がする胸を張るポーズや苦虫を噛み潰したような顔も、岡本の作品『太陽の塔』がモチーフである。

その他

受賞歴

出演

単独での出演歴については若林正恭、春日俊彰を参照。

現在のレギュラー番組

テレビ
ラジオ
不定期・期間限定レギュラー、単発
テレビ

過去のレギュラー番組

過去のレギュラー番組一覧
2008年 -
テレビ
不定期放送からレギュラー化(独立UHF局、2008年10月4日 - 2009年3月28日)
2009年 -
テレビ
2009年10月9日-2011年4月1日まで金曜レギュラーとして出演。月曜レギュラーに移動し2011年4月4日 - 9月26日まで出演
ラジオ
2010年 -
テレビ
2011年 -
テレビ
2012年 -
テレビ
2013年 -
テレビ
2014年 -
テレビ
2015年 -
テレビ
  • SICKS〜みんながみんな、何かの病気〜(テレビ東京、2015年10月 - 12月) - グルメブロガー・中華の魔人 役(春日)、AV女優の熱心なファン・発田 役(若林)
  • 人生のパイセンTV(フジテレビ、2015年10月18日 - 2017年3月19日)MC
    • レギュラー放送からは若林のみの出演だったが、共にMCを務めていたベッキーが2016年1月31日放送回をもって休養に入ったため、同年2月7日放送回より代役として春日が出演。なお、春日は特番時代にもパイセンリポーターとして出演していた。
2016年 -
2017年 -
テレビ
2018年 -
テレビ

テレビのゲスト出演

テレビのゲスト出演一覧
日本テレビ
フジテレビ
TBS
出典:wikipedia
2019/07/16 03:06

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