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オールナイトニッポンとは?

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  • 出典は脚注などを用いて記述と関連付けてください。(2013年2月)
  • 大言壮語的な記述になっています。(2013年2月)
  • あまり重要でない事項が過剰に含まれているおそれがあり、整理が求められています。(2013年2月)

【オールナイトニッポン】

【愛称】
オールナイト、ANN
【ジャンル】
バラエティ番組
【放送方式】
生放送(録音の場合もあり)
【放送期間】
1967年10月2日 -
(1999年3月29日 - 2003年3月29日の間、@llnightnippon.comなど)
【放送時間】
火 - 日曜 1:00 - 3:00(月 - 土曜 25:00 - 27:00)(120分)
【放送局】
ニッポン放送
【ネットワーク】
NRN他(詳細は下記へ)
【パーソナリティ】
【月】菅田将暉
【火】星野源
【水】乃木坂46
【木】岡村隆史
(ナインティナイン)
【金】三四郎
【土】オードリー
【テーマ曲】
BITTERSWEET SAMBA
ハーブ・アルパート
ティファナ・ブラス
【公式サイト】
公式サイト
特記事項:
1998年3月まで、広義の放送時間は25:00 - 29:00(240分)であり、その中で25:00 - 27:00を「第1部」、27:00 - 29:00を「第2部」(現:『オールナイトニッポン0(ZERO)』)として放送。
各曜日の番組内容については各記事を参照。

オールナイトニッポン』(All Night-NIPPON)は、日本のラジオ放送局ニッポン放送をキー局として日本全国で放送されているラジオの深夜放送である。通称「オールナイト」、「ANN」。ここでは現在の放送枠である25:00 - 27:00の内容のほか、「オールナイトニッポン」をタイトル内に含む番組全体の歴史などについても記述する。詳細については枠・番組の記事をそれぞれ参照のこと。

目次

  • 1 概要
  • 2 現在放送中の番組枠一覧
  • 3 放送時間
  • 4 現在のパーソナリティ
    • 4.1 記録
    • 4.2 変遷
  • 5 歴史
    • 5.1 月曜日~土曜日
      • 5.1.1 番組黎明期
      • 5.1.2 第1次黄金期
      • 5.1.3 タレントパーソナリティ/2部制導入・迷走期から第2次黄金期へ
      • 5.1.4 安定期間から深夜放送長期低落傾向へ(1986年 - 1999年)
      • 5.1.5 LF+R(1999年 - 2003年)
      • 5.1.6 LF+R終了後(2003年 - 2012年)
      • 5.1.7 タイトルを変えての8年半ぶりの2部制復活(2012年 - 2016年)
      • 5.1.8 放送開始50周年(2016年 - 2018年)
      • 5.1.9 平成の時代から令和の時代へ(2018年 - )
    • 5.2 日曜日
  • 6 テーマ曲
  • 7 ウィークリーソング
  • 8 番組ジングル
  • 9 CD・レコード
    • 9.1 シングル
    • 9.2 アルバム
  • 10 商品
  • 11 ネット局
    • 11.1 東海地方
    • 11.2 京阪神地区
    • 11.3 サタデースペシャル
    • 11.4 ネット局での番組割愛時の対応
    • 11.5 一覧
  • 12 備考
  • 13 脚注
    • 13.1 注釈
    • 13.2 出典
  • 14 参考文献
  • 15 関連項目
  • 16 外部リンク

概要

1967年10月2日の番組開始以来のラジオ長寿番組である。放送開始当初から今日に至るまで全国的な人気を誇り、深夜放送の代名詞的存在となっている。ニッポン放送といえば『オールナイトニッポン』といわれるほどのニッポン放送を代表する看板番組であり、2017年4月現在ニッポン放送制作番組の中で、放送期間は『テレフォン人生相談』に次ぐ第2位となっている。

また、1999年より「LF+R」時代の『SUPER!』・『.com』・『R』や、「LF+R」後の『いいネ!』・『エバーグリーン』、『GOLD』、『0(ZERO)』などオールナイトニッポンブランドで多くの番組が放送されており、本来の25 - 29時枠の他、「LF+R」導入後は22 - 24時枠でも断続的に「オールナイトニッポン」の名を冠す番組が放送されている。詳しくは「ニッポン放送の夜ワイドの変遷」を参照。

現在は、旧1部(25:00 - 27:00)を『オールナイトニッポン』、旧2部(27:00 - 29:00)を『オールナイトニッポン0(ZERO)』と称している。

現在放送中の番組枠一覧

2019年度 プロ野球ナイターシーズン(2019年5月~)
【放送時間】
【月曜日 - 木曜日】
【金曜日】
【土曜日】
日曜日(月一回)
22:00
-
23:30 オールナイトニッポン
MUSIC10 | オールナイトニッポン
GOLD | 別番組 | 別番組
23:30
-
24:00 オールナイトニッポン
サタデースペシャル
24:00
-
25:00 別番組
25:00
-
25:30 オールナイトニッポン
25:30
-
27:00 WANIMAの
オールナイトニッポン
〜にちようび〜
27:00
-
28:30 オールナイトニッポン0
(ZERO) | オールナイトニッポン0
(ZERO) | オールナイトニッポン0
(ZERO) | 高嶋ひでたけの
オールナイトニッポン
月イチ
28:30
-
29:00 別番組 | 別番組

放送時間

現在放送中の番組枠放送時間一覧 2019年度(2019年05月~)
【番組名】
【月 - 木】
【金曜日】
【土曜日】
日曜日(月一回)
MUSIC10 22:00 - 24:00
(120分) | (放送なし)
GOLD (放送なし) | 22:00 - 24:00
(120分) | (放送なし)
オールナイトニッポン 25:00 - 27:00
(120分) | 25:30 - 27:00
(90分)
0(ZERO) 27:00 - 28:30
(90分) | 27:00 - 29:00
(120分) | 27:00 - 28:30
(90分) | (放送なし)
サタデースペシャル (放送なし) | 23:30 - 25:00
(90分)
月イチ (放送なし) | 27:00 - 29:00
(120分)

ネット詳細は下記参照

オールナイトニッポン
オールナイトニッポン0(ZERO)
オールナイトニッポン MUSIC10
オールナイトニッポンGOLD
オールナイトニッポンサタデースペシャル
オールナイトニッポンPremium

現在のパーソナリティ

オールナイトニッポンのパーソナリティ一覧」も参照
【放送曜日】
【名称】
【パーソナリティ】
番組開始日
オールナイトニッポン MUSIC10(月曜-木曜 22:00 - 23:50)
月曜日 | オールナイトニッポン MUSIC10 | 森山良子 | 2015年9月28日
火曜日 | 名取裕子 | 2015年9月29日
水曜日 | 鈴木杏樹 | 2015年9月30日
木曜日 | 渡辺満里奈 | 2018年1月4日
オールナイトニッポンGOLD(金曜 22:00 - 24:00)
第1金曜日 | 古舘伊知郎のオールナイトニッポンGOLD | 古舘伊知郎 | 2016年10月21日
第3金曜日 | ラブライブ!シリーズのオールナイトニッポンGOLD | ラブライブ!シリーズ(メイン:新田恵海) | 2019年7月19日
第4金曜日 | 松任谷由実のオールナイトニッポンGOLD | 松任谷由実 | 2016年4月22日
第2・5金 | オールナイトニッポンGOLD スペシャルナイト | (週替わり) | 2013年10月11日
オールナイトニッポン(月曜-土曜 25:00 - 27:00/日曜 25:30-27:00)
月曜日 | 菅田将暉のオールナイトニッポン | 菅田将暉 | 2017年4月3日
火曜日 | 星野源のオールナイトニッポン | 星野源 | 2016年3月28日
水曜日 | 乃木坂46のオールナイトニッポン | 乃木坂46(メイン:新内眞衣) | 2019年4月3日
木曜日 | ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン | 岡村隆史(ナインティナイン) | 2014年10月2日
金曜日 | 三四郎のオールナイトニッポン | 三四郎 | 2019年4月5日
土曜日 | オードリーのオールナイトニッポン | オードリー | 2009年10月10日
日曜日(毎月1回) | WANIMAのオールナイトニッポン 〜にちようび〜 | WANIMA | 2019年4月14日
オールナイトニッポン0(ZERO)(月曜-木曜・土曜 27:00 - 28:30/金曜 27:00 - 29:00)
月曜日 | 伊藤健太郎のオールナイトニッポン0(ZERO) | 伊藤健太郎 | 2018年4月21日
火曜日 | Creepy Nutsのオールナイトニッポン0(ZERO) | Creepy Nuts | 2018年4月3日
水曜日 | 佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO) | 佐久間宣行(テレビ東京プロデューサー) | 2019年4月3日
木曜日 | King Gnu 井口理のオールナイトニッポン0(ZERO) | 井口理(King Gnu) | 2019年4月4日
金曜日 | 霜降り明星のオールナイトニッポン0(ZERO) | 霜降り明星 | 2019年4月5日
第1土曜日 | AKIのオールナイトニッポン0(ZERO)〜eスポーツSP〜 | AKI | 2018年10月6日
第2-5土曜日 | ○○(パーソナリティー名)のオールナイトニッポン0(ZERO) | (週替わり) | 2018年4月7日
オールナイトニッポンサタデースペシャル(土曜 23:30 - 25:00)
土曜日 | オールナイトニッポンサタデースペシャル 大倉くんと高橋くん | 大倉忠義(関ジャニ∞)・高橋優 | 2015年4月4日
オールナイトニッポン月イチ(日曜 27:00 - 29:00)
日曜日(毎月1回) | 高嶋ひでたけのオールナイトニッポン月イチ | 高嶋ひでたけ | 2019年4月14日

記録

(2019年9月現在。アナウンサーは含まない)

出演期間
【記録】
【パーソナリティ】
【開始年月】
【終了年月】
出演期間
最長レギュラーパーソナリティ 岡村隆史 | 1994年04月 | 担当中 | 25年04ヶ月〜
最短レギュラーパーソナリティ hide | 1998年04月 | 1998年05月 | 00年01ヶ月
昇格関連
【記録】
【パーソナリティ】
【開始年月】
【昇格年月】
出演期間
番組初昇格 イルカ | 1974年07月 | 1975年01月 | 00年06ヶ月
-R初昇格 ゆず | 1998年04月 | 1998年10月
-ZERO初昇格 久保ミツロウ&能町みね子 | 2012年04月 | 2013年04月 | 01年00ヶ月
最短期間での昇格 ダディ竹千代 | 1980年04月 | 1980年07月 | 00年03ヶ月
ナインティナイン | 1994年04月 | 1994年07月
最長期間での昇格 三四郎 | 2015年03月 | 2019年04月 | 04年00ヶ月
復帰関連
【記録】
【パーソナリティ】
【終了年月】
【復帰年月】
中断期間
番組初復帰 あのねのね | 1973年12月 | 1974年10月 | 00年09ヶ月
最短期間での復帰 松村邦洋 | 1996年06月 | 1996年10月 | 00年03ヶ月
村本大輔 | 2015年03月 | 2015年07月
最長期間での復帰 鴻上尚史 | 1989年03月 | 2018年01月 | 28年09ヶ月

変遷

ニッポン放送の夜ワイドの変遷#オールナイトニッポン」を参照

歴史

月曜日~土曜日

番組黎明期

まず、放送開始の背景として1960年代半ばの不況と、1964年の東京オリンピックによるテレビの躍進により広告収入が激減し、ラジオ業界にとっては新しいリスナーの層と広告主(スポンサー)の開拓を迫られていた(ラジオ離れ#1960年代も参照)事がある。その状況に対し、ニッポン放送は1964年4月より「オーディエンス・セグメンテーション」編成を導入し編成方針を抜本的に見直していたが、その動きが深夜に波及したことにある。

放送が開始された1960年代後半というのは、いわゆる団塊の世代が大学生生活を送っていた時代であり、『オールナイトニッポン』はそのような大学生、また受験勉強に明け暮れている高校生・中学生にターゲットを絞り、それまでテレビやラジオで流れることはほとんどなかったビートルズレッド・ツェッペリンジミ・ヘンドリックスなど海外のロックミュージックからザ・フォーク・クルセダーズなど日本のフォークソングまで、若者世代の最先端を走る音楽をふんだんに流す編成とした。

前身となる番組はニッポン放送にて1959年10月10日から放送していた『オールナイトジョッキー』(DJ:糸居五郎)となる。子会社の「株式会社深夜放送」が制作していたこの番組は、糸居が選曲・ターンテーブルの操作といった通常はスタッフが行う作業を一人でこなすというディスクジョッキースタイルであり、それが局の省力化した番組を作れないかという思惑と合致していたことから、番組を発展させる形で『オールナイトニッポン』は放送を開始した。

1965年8月に、文化放送が、土居まさるをDJとして始めた『真夜中のリクエストコーナー』が「深夜放送の原型」としてみていたのが亀淵昭信だったが、亀淵はのちのインタビューで「土居さんは今の放送では当たり前のように使われている擬音語や擬声語をふんだんに、しかも上手に使って、それまでのアナウンサーのテンポとは全く違う、まるで機関銃のような早口で若者たちに語りかけたのです。ラジオ放送という概念を覆したという意味で、新しい時代の到来を予感させました」と述べている。

1967年10月2日深夜から放送開始。放送時間は月曜日〜土曜日25:00 - 29:00(翌日未明1:00 - 5:00)。当初のDJ(「パーソナリティ」と呼ぶようになったのは1969年頃から)はニッポン放送アナウンサーの糸居五郎(月曜日)、斉藤安弘(火曜日)、高岡尞一郎(水曜日)、今仁哲夫(木曜日)、常木建男(金曜日)、高崎一郎(土曜日。高崎はアナウンサーではなかったが、プロデューサー兼DJとしてニッポン放送の番組に出演していた)。初回放送のDJは、前身番組「オールナイトジョッキー」のDJだった糸居が務めた。オールナイトニッポンで最初にかかった曲となる、初回の第1曲目はジェファーソン・エアプレインの「あなただけを」だった。

当時編成局長だった石田達郎や当時編成部長だった羽佐間重彰は、番組を立ち上げるに当たって、次のような4つの大原則を立てている。

この4つの大原則について、亀淵昭信はのちのインタビューで「受験戦争と若者。深夜帯にはチャンスがあると思っていたでしょう。すべては石田イズムでもいうのでしょうか、石田常務と彼の右腕の羽佐間編成局長には、ラジオの将来的ビジョンがありました。それが深夜帯の番組開発に繋がっていくわけです。企画段階で、若者、特に中学生や高校生、浪人生、大学生を対象にすることが明確に打ち出されました。そして、若者は出演者の名前じゃない、DJもパーソナリティの知名度じゃないんだ、何を聞かせてくれるかなんだ、ということを肝に銘じだのです。“それなら、ウチの社員が使える”という感じで基本的な枠組みが決まって行きました。それが石田や羽佐間の掲げた4か条です」と述べている。

また、亀淵昭信によれば「孤独な寂しがり屋の若い人々に、若者の広場をつくろう」というのが、オールナイトニッポンの番組開始当初のコンセプトだったという。

具体的なコンセプトにいて、ニッポン放送新入社員で広報部員だった中川公夫は、「基本は音楽番組の発想、何をしゃべるかについては自分で考える。リスナーからのハガキを使ってもいいし、自分の身辺で起こったことでもいい。困ったら曲をかければいいというイージーな部分をありましたね」と話している。番組としてもこれといったコーナーも設けられず、聴取者からのお便り紹介とパーソナリティ自ら選曲した音楽をひたすら流すというシンプルな番組であった。

そのような初期の番組におけるアイデンティティとして、番組の冒頭の「君が踊り僕が歌うとき、新しい時代の夜が生まれる。太陽の代わりに音楽を、青空の代わりに夢を、フレッシュな夜をリードする オールナイトニッポン」というフレーズがあげられる。このフレーズは80年代まで笑福亭鶴光が大きくアレンジして使っていたほか、初代DJの斉藤安弘がパーソナリティを務める2003年 - 2009年にかけて放送された『オールナイトニッポンエバーグリーン』、全日空国際線の機内プログラム、SKY AUDIOの『オールナイトニッポンClassics』の中で聞くことができた。 この口上は、当時の番組構成作家、山之井慎によるものである。

先述の若者をターゲットとした番組は好評を博す。それを表すエピソードとして、1967年9月に解散コンサートを行ったアマチュアグループ・フォーク・クルセダーズが卒業記念に自主制作したアルバムの楽曲『帰ってきたヨッパライ』を、高崎一郎ラジオ関西の深夜番組で評判になったのを聞きつけ、1967年10月13日に、ラジオ関西の関係者から、この曲の原盤を手に入れて、1967年10月14日、すぐに、オールナイトニッポンでオンエアした所、リスナーからの反響が大きく、一晩のうちに同じ曲を何回かにわたって放送するほどとなり、それを切っ掛けに全国圏のブームとなり2か月で180万枚の売り上げを記録したことが挙げられる。ちなみに、この曲をTBSラジオのパックインミュージックでも放送しようと検討したものの、この番組の提供スポンサーの存在によって、放送することができなかったという。こういった昼間のラジオ番組では決してかけられないようなマイナーな曲や時に反体制的な曲、海外からの新しい音楽を含む深夜番組ならではの選曲が若者を刺激した。

第1次黄金期

そして、「年上のお兄さん」的存在だった気取らないアナウンサーパーソナリティ達の人柄に惹かれて、各パーソナリティ宛には毎週2万枚ものリクエストやお便りが届き、人知れずひっそりと始まった『オールナイトニッポン』は、1年もせず当時の若者層に絶大的な支持を受けるニッポン放送の看板番組に成長、TBS『パックインミュージック』・文化放送『セイ!ヤング』と並んで深夜放送そのものが『深夜の解放区』として一種の社会現象となるに至る。

競合番組が乱立する中、『オールナイトニッポン』は何よりもリスナーとの対話を重視し、サブタイトルに「ビバヤング」(=若者バンザイ!)を採用。前述のオープニングのスタイルもサブタイトルを強調し「“ビバヤング”オールナイトニッポン、この番組は…」となる。また、1968年9月には会報「Viva young」も発行し、発行した5万部は常に完売(ラジオ番組に印刷物というメディアを持ち込んだのも、オールナイトニッポンが最初)。こうして、「ビバヤング」(=若者バンザイ!)は60年代から70年代にかけての『オールナイトニッポン』の合言葉となる。

1969年、1月から木曜日担当に高嶋秀武が、10月から土曜日担当に亀渕昭信が参入する。特に、亀渕はアナウンサー出身ではなかったが、月曜未明(日曜深夜)に放送されていた「電話リクエスト」のDJで人気が出て、オールナイトニッポンに起用されることとなった。その亀淵はディレクター出身のパーソナリティとしてマイクの前に座って、それを逆手にスタジオの中を跳んだり走り回ったり、ある日の放送では歌手の沢田研二の自宅から実況中継を行い、トイレに潜入した時に水を流す音まで放送してしまうなど奇抜かつ斬新なDJスタイルをすることで聴取者から注目が集まり、一気に『オールナイトニッポン』の看板パーソナリティとなると共に、深夜放送に新しい息吹を送り込んだ。

同年7月には、同じパーソナリティ仲間の斉藤安弘とともに「カメ&アンコー」としてCBS・ソニーレコード(現:ソニー・ミュージックエンタテインメント)からザ・フォーク・クルセダーズが別の名義で使っていたザ・ズートルビーの同名の曲である「水虫の唄」という曲のレコードを出し、20万枚を売り上げるスマッシュヒットとなった。この歌は、ベートーベンや、メンデルスゾーンまで取り込んでしまう自在な遊び心と反骨精神が「帰ってきたヨッパライ」に通じていた。

1970年6月30日深夜(7月1日未明)より、全国ネットを開始。この日の斉藤安弘のオールナイトニッポンでは、「STVラジオ」「静岡放送」「ラジオ大阪」の3局をネット局として、協賛スポンサー各社のクレジット読み上げを聞くことができる。また、この日は全国ネット開始の記念放送として、当時の月曜から土曜までのパーソナリティが勢揃いした(火曜深夜・斉藤安弘の他、月曜・糸居五郎、水曜・高岡尞一郎、木曜・天井邦夫、金曜・今仁哲夫、土曜・亀渕昭信)。

更に、1971年には今仁哲夫と天井邦夫(その後ニッポン放送副社長や顧問を歴任し、2009年12月3日逝去)が日本全国を縦断してリスナーと交流するという画期的な企画「ビバくりげ」も行われる。この企画は、もともと学生時代から車好きが高じた天井が、今仁と共に当時発売されたばかりのホンダ1300クーペ9に乗って全国各地でリスナーと握手をするというもので、いわば天井の公私混同である深夜放送ならではの企画だった。斎藤安弘の記憶では、3ヶ月で64万1780人のリスナーが2人と出会ったという。このクーペ9は、ホンダから提供されたもので、あっという間にリスナーからの書き込みによって、真っ黒になっていったとされる。

こうして、最初は関東ローカルであり、協賛スポンサーもニッポン放送サービス(現:ポニーキャニオン)一社だけだった番組も、夜間はラジオの電波が広範囲に届くことから関東のローカル番組であったにもかかわらず日本全国からはがきが届き、それを受けてネット局数が順次増加していき、複数の協賛スポンサーが付くようになった。この時代が『オールナイトニッポン』の第1次黄金期である。これについて、亀淵はのちのインタビューで「実際、開始1年経って番組に力がついてくると、日本を代表するような一流企業が続々協賛スポンサーになってくれました」と述べている。

また同年、50歳を迎えた糸居五郎が1月17日13時30分-19日15時30分にかけて放送を続けるといった過酷な企画『50時間マラソンDJ』も行われ、無事完走している。

タレントパーソナリティ/2部制導入・迷走期から第2次黄金期へ

深夜放送ブームは70年代に入っても続いていたが、若者層の嗜好の変化や時代の変化(学生運動世代からシラケ世代への移行など)にあわせ、ニッポン放送も新たな放送スタイルを追求し始めることになる。そのため、1972年6月末をもって、亀淵昭信、今仁哲夫、糸居五郎を除くパーソナリティが降板する。

1972年7月からの1年間は亀渕昭信が『ビバカメショー』と称して、毎日25:00 - 27:00を担当した(9月までは月曜日担当の糸居五郎が継続していたため、月曜を除く毎日25:00 - 27:00。10月から月曜を含む毎日25:00 - 27:00となった)。次いで毎日27:00 - 29:00までは最初は今仁哲夫が担当した『ビバテツショー』が、1973年1月からは池田健が担当する『ビバケンショー』が放送された。この時に初めて27時で番組を分割する2部制の概念が生まれる。

この時代はオールナイトニッポンにとっての最初の停滞期となっており、亀渕は「僕一人で週6日番組を担当するのはとてもつらかった。番組は“敗戦処理”みたいな感じで始まったと思います。『オールナイトニッポン』だけじゃなくて、深夜放送全体が駄目になってきていたのね。露出過多っていうか、“晴れの舞台”に出てきてしまった。それじゃ深夜放送になってないんだよね。もう一度変えなきゃいけないと、作り手もしゃべり手も思ってはいたんだが、一度出来上がったものはなかなか変えにくい。ネット局も増えて全員がニッポン放送のアナウンサーというわけにもいかなくなって。でも局アナが基本でしたから、じゃあお前がやれって。形を変えるまでの踊り場みたいな感じかな。それまでは音楽担当の糸居さん、今仁さんみたいな面白いことをやる人の中間みたいな放送をやってたんだけど、『ビバカメショー』になってからはもっと音楽に徹しました。サイモン&ガーファンクルの詞を訳して特集したり、ビートルズの海賊版を流したり、僕自身は楽しかった。テーマの『ビタースイートサンバ』も代えたんだよ。デニス・コフィーというモータウンのファンクギタリストがいて、頼んで作ってもらったり(#テーマ曲参照)。残念ながらレーティング(聴取率)はあんまりよくなかった。でもそれで“よし”としました。とにかく次に大きくジャンプするためには一度縮こまって昔のイメージを壊し、まっさらにするのが僕のやること。今度は制作者としてまったく新しい『オールナイトニッポン』を作ろうと思ったんです」と、当時の苦悩を語っている。

一方で1973年にディレクターになった中川も「転機といえば『ビバカメショー』『ビバテツショー』が始まった段階でステーションのアナウンサーがすっかりやめてしまったときでしょうね」と、転機だったことを明かす。さらに「その後にタレントが入るようになるわけで、番組自体が大きくなって、もっとビックな人でも入ってもらえるようなフィールドができたんです」と1973年のタレントパーソナリティ起用の本音を明かす。

こうして、1973年から亀渕昭信は、それまでのパーソナリティから総合プロデューサー兼ディレクターに転身して、オールナイトニッポンの制作に取り組むことになる。そして、1973年7月からはタレントや芸人・歌手が従来通り4時間にわたってパーソナリティを担当するという決定的な転機を迎える。このタレントパーソナリティ第1期の布陣は小林克也(月曜日)、泉谷しげる(火曜日)、あのねのね(水曜日)、覆面パーソナリティであるカルメン(金曜日)、岸部シロー(土曜日)である(木曜日は斉藤安弘が一旦復活した。また、カルメンはオールナイト史上初の女性パーソナリティである)。いわば、第二次『オールナイトニッポン』の始まりでもあり、現在のオールナイトニッポンの原型が完成した。

しかし、岸部シローがわずか3ヶ月で降板したのをはじめ、あのねのねを除く各パーソナリティは翌1974年夏までに全て降板し、その後約3年間はパーソナリティが根付かずに短期間で入れ替わる不安定な時代が続く。その原因として、体力的にも話力的にも4時間のロングラン放送に耐えられないという点があった事から、1974年7月からは27時を境にパーソナリティを入れ換える2部制が本格的に導入される。

2部制の導入でパーソナリティの数が足りなくなったことから、1970年代半ばにはタレントや歌手だけでなく一般オーディションの形(オールナイトニッポン主催・「全国DJコンテスト」)でも無名の新人発掘に力を注いでいる。また、番組をネットしていた地方ローカル局のアナウンサーなどにも一時期番組を持たせたこともあった(『飛び出せ!全国DJ諸君』グランプリの柏村武昭など)。一方、タレントパーソナリティ選考に当たっては基本的に番組スタッフが前もってオーディションをした上で採用の合否を決定していったのだが、あくまでラジオ番組をやっていけるだけの話力や実力があるのなら職種や音楽知識の有無に囚われることなくパーソナリティに採用するようになったため、野坂昭如稲川淳二など本来の『オールナイトニッポン』の流れとは明らかに外れた異色のパーソナリティも登場している。この時点で番組当初のコンセプト(ニッポン放送アナウンサー及び関係者による音楽主体の若者向け4時間枠深夜番組)は失われたが、それでも「若者向け」というコンセプトと、主に歌手が番組を持ったことで「音楽番組」としての体裁はかろうじて保たれた格好となっている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2019/09/24 02:40

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