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オーレル・ハーシュハイザーとは?

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  • オーレル・ハーシハイザー
  • オーレル・ハーシュイザー

オーレル・ハーシュハイザー
Orel Hershiser
ロサンゼルス・ドジャース時代(1993年)

【基本情報】

【国籍】
アメリカ合衆国
【出身地】
ニューヨーク州バッファロー
【生年月日】
(1958-09-16) 1958年9月16日(59歳)
身長
体重 6' 3" =約190.5 cm
192 lb =約87.1 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
投手
【プロ入り】
1979年 ドラフト17巡目
【初出場】
1983年9月1日
【最終出場】
2000年6月26日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴


コーチ歴


この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


オーレル・レナード・ハーシュハイザー4世(Orel Leonard Hershiser IV, 1958年9月16日 - )は、MLBの元選手。ポジションは投手アメリカ合衆国ニューヨーク州バッファロー出身。ニックネームは「Bulldog」。

日本メディアでは右記のように表記されることもあるが、読みは「ハーシハイザー」が適切である。

目次

  • 1 経歴
  • 2 詳細情報
    • 2.1 年度別投手成績
    • 2.2 獲得タイトル・表彰・記録
  • 3 脚注
  • 4 外部リンク

経歴

ニューヨーク州バッファローの上流階級の家庭に生まれる。ハーシュハイザー家では長男が必ずオーレルの名を受け継ぐ事になっており、彼は4世である。

1979年MLBドラフトロサンゼルス・ドジャースから17巡目に指名を受け入団。1983年9月1日モントリオール・エクスポズ戦でメジャーデビュー。1984年は序盤リリーフとしての起用だったが、7月4日ピッツバーグ・パイレーツ戦でメジャー初完封を達成すると7月は月間4完封を記録、ピッチャー・オブ・ザ・マンスを受賞するなど先発に定着。11勝8敗・防御率2.66・リーグ最多タイの4完封の成績で、ルーキー・オブ・ザ・イヤーの投票では3位に入った。1985年は後半戦で負けなしの11連勝・防御率1.34と絶好調で、19勝3敗・リーグ3位の防御率2.03を記録し、サイ・ヤング賞の投票では3位に入った。1986年は14勝14敗・防御率3.85と成績を落とす。1987年は前半戦で10勝を挙げて自身初のオールスターゲームに選出される。最終的に16勝16敗・防御率3.06、リーグ最多の264.2イニングの成績だった。

1988年開幕投手を務めた左腕エースのフェルナンド・バレンズエラが故障で5勝に終わるのに対し開幕から6連勝を記録し、6・7月にも6連勝。前半戦で13勝を記録し、2年連続でオールスターゲームに選出される。8月30日のエクスポズ戦で5回に2失点を喫するが、6回以降の4イニングを無失点に抑えた後、5試合連続で完封勝利。シーズン最後の登板となったサンディエゴ・パドレス戦でも10回を0点に抑え、ドジャースの大先輩ドン・ドライスデール1968年に打ち立てた58回2/3イニング連続無失点のメジャー記録を更新する59イニング連続無失点を記録した。23勝8敗・防御率2.26、いずれもリーグ最多の267.0イニング・15完投・8完封の成績でダニー・ジャクソンと並んで最多勝のタイトルを獲得し、チームの地区優勝に大きく貢献した。ポストシーズンに入っても勢いは止まらず、ニューヨーク・メッツとのリーグチャンピオンシップシリーズでは、第7戦で5安打完封勝利を挙げてリーグ優勝をもたらし、シリーズMVPを獲得。下馬評では不利とされていたオークランド・アスレティックスとのワールドシリーズでは第2戦で3安打完封勝利を挙げた上に、打ってもシリーズ史上64年ぶりの「投手の1試合3安打」を記録。第5戦でも2失点完投勝利を挙げ、4勝1敗でアスレティックスを下して7年ぶりのワールドチャンピオンとなり、ワールドシリーズMVPを受賞。サイ・ヤング賞、ゴールドグラブ賞も獲得した。直後に開催された日米野球でも来日したが、第1戦で日本ハム田村藤夫に、第3戦で南海佐々木誠に本塁打を打たれた。

1989年は初登板のシンシナティ・レッズ戦で初回二死後に失点し、連続無失点記録が途切れた。15勝・防御率2.31、リーグトップの256.2イニングながら、後半戦で7連敗を喫するなど援護に恵まれず、リーグワーストタイの15敗と「元の姿」に戻ってしまった。1990年は故障のため僅か4試合の登板に終わる。1991年は5月下旬に復帰し7勝。1992年はリーグワーストタイの15敗を喫する。1993年5月21日コロラド・ロッキーズ戦で4年ぶりの完封勝利を挙げるが、12勝14敗。打率.356を記録してシルバースラッガー賞を受賞した。1994年1994年から1995年のMLBストライキの影響で6勝に終わり、オフにフリーエージェントとなった。

1995年4月8日クリーブランド・インディアンズと契約。後半戦で11勝を記録するなど16勝を挙げて復活する。チームは2位に30ゲーム差を付けて独走で地区優勝。シアトル・マリナーズとのリーグチャンピオンシップシリーズでは2勝・防御率1.29を記録してMVPに選出され、両リーグでリーグチャンピオンシップシリーズMVPを獲得した初めての選手となった。アトランタ・ブレーブスとのワールドシリーズでは第1戦と第5戦に先発していずれもグレッグ・マダックスと投げ合い1勝1敗だったが、チームは2勝4敗で敗退。1996年は15勝を挙げて2年連続の地区優勝に貢献するが、ディビジョンシリーズボルチモア・オリオールズに敗退。1997年は14勝を挙げてチームは地区3連覇を果たす。オリオールズとのリーグチャンピオンシップシリーズでは第3戦に先発し、勝利こそ付かなかったが7回無失点と好投、2年ぶりのリーグ優勝に貢献した。史上初めてワイルドカードから勝ち上がったフロリダ・マーリンズとのワールドシリーズでは第1戦と第5戦に先発したが、計13失点と振るわず2敗を喫し、3勝4敗で敗退した。オフにフリーエージェントとなり、12月9日サンフランシスコ・ジャイアンツと契約。

1998年は11勝を挙げるが、チームはワイルドカード決定戦でシカゴ・カブスに敗れポストシーズン進出を逃した。オフにフリーエージェントとなり、1999年2月20日にインディアンズと契約。3月25日に解雇されるが、同日ニューヨーク・メッツと契約。13勝を挙げてチームのワイルドカード獲得に貢献する。ポストシーズンではリリーフでの登板のみだった。11月17日に古巣ドジャースと契約。2000年は年齢もあって衰えを隠せず、1勝5敗・防御率13.14に終わり、6月27日に解雇され、現役引退。

引退後は2002年途中から2005年までテキサス・レンジャーズの投手コーチを務めた。現在はESPNBaseball Tonight』で解説者を務めている。

弟のゴードン・ハーシュハイザーも投手で、メジャーに昇格することはできなかったが、1987年から4シーズン、兄と同じドジャースのマイナーに所属していた。

詳細情報

年度別投手成績





















ブ



ド





















ボ







W
H
I
P

1983 | LAD | 8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | -- | ---- | 37 | 8.0 | 7 | 1 | 6 | 0 | 0 | 5 | 1 | 0 | 6 | 3 | 3.38 | 1.63
1984 | 45 | 20 | 8 | 4 | 2 | 11 | 8 | 2 | -- | .579 | 771 | 189.2 | 160 | 9 | 50 | 8 | 4 | 150 | 8 | 1 | 65 | 56 | 2.66 | 1.11
1985 | 36 | 34 | 9 | 5 | 0 | 19 | 3 | 0 | -- | .864 | 953 | 239.2 | 179 | 8 | 68 | 5 | 6 | 157 | 5 | 0 | 72 | 54 | 2.03 | 1.03
1986 | 35 | 35 | 8 | 1 | 1 | 14 | 14 | 0 | -- | .500 | 988 | 231.1 | 213 | 13 | 86 | 11 | 5 | 153 | 12 | 3 | 112 | 99 | 3.85 | 1.29
1987 | 37 | 35 | 10 | 1 | 0 | 16 | 16 | 1 | -- | .500 | 1093 | 264.2 | 247 | 17 | 74 | 5 | 9 | 190 | 11 | 2 | 105 | 90 | 3.06 | 1.21
1988 | 35 | 34 | 15 | 8 | 3 | 23 | 8 | 1 | -- | .742 | 1068 | 267.0 | 208 | 18 | 73 | 10 | 4 | 178 | 6 | 5 | 73 | 67 | 2.26 | 1.05
1989 | 35 | 33 | 8 | 4 | 2 | 15 | 15 | 0 | -- | .500 | 1047 | 256.2 | 226 | 9 | 77 | 14 | 3 | 178 | 8 | 4 | 75 | 66 | 2.31 | 1.18
1990 | 4 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | -- | .500 | 106 | 25.1 | 26 | 1 | 4 | 0 | 1 | 16 | 0 | 1 | 12 | 12 | 4.26 | 1.18
1991 | 21 | 21 | 0 | 0 | 0 | 7 | 2 | 0 | -- | .778 | 473 | 112.0 | 112 | 3 | 32 | 6 | 5 | 73 | 2 | 4 | 43 | 43 | 3.46 | 1.29
1992 | 33 | 33 | 1 | 0 | 1 | 10 | 15 | 0 | -- | .400 | 910 | 210.2 | 209 | 15 | 69 | 13 | 8 | 130 | 10 | 0 | 101 | 86 | 3.67 | 1.32
1993 | 33 | 33 | 5 | 1 | 3 | 12 | 14 | 0 | -- | .462 | 913 | 215.2 | 201 | 17 | 72 | 13 | 7 | 141 | 7 | 0 | 106 | 86 | 3.59 | 1.27
1994 | 21 | 21 | 1 | 0 | 0 | 6 | 6 | 0 | -- | .500 | 575 | 135.1 | 146 | 15 | 42 | 6 | 2 | 72 | 6 | 2 | 67 | 57 | 3.79 | 1.39
1995 | CLE | 26 | 26 | 1 | 1 | 1 | 16 | 6 | 0 | -- | .727 | 683 | 167.1 | 151 | 21 | 51 | 1 | 5 | 111 | 3 | 0 | 76 | 72 | 3.87 | 1.21
1996 | 33 | 33 | 1 | 0 | 0 | 15 | 9 | 0 | -- | .625 | 908 | 206.0 | 238 | 21 | 58 | 4 | 12 | 125 | 11 | 1 | 115 | 97 | 4.24 | 1.44
1997 | 32 | 32 | 1 | 0 | 0 | 14 | 6 | 0 | -- | .700 | 826 | 195.1 | 199 | 26 | 69 | 2 | 11 | 107 | 11 | 0 | 105 | 97 | 4.47 | 1.37
1998 | SF | 34 | 34 | 0 | 0 | 0 | 11 | 10 | 0 | -- | .524 | 887 | 202.0 | 200 | 22 | 85 | 7 | 13 | 126 | 12 | 0 | 105 | 99 | 4.41 | 1.41
1999 | NYM | 32 | 32 | 0 | 0 | 0 | 13 | 12 | 0 | 0 | .542 | 776 | 179.0 | 175 | 14 | 77 | 2 | 11 | 89 | 6 | 0 | 92 | 91 | 4.58 | 1.41
2000 | LAD | 10 | 6 | 0 | 0 | 0 | 1 | 5 | 0 | 1 | .167 | 136 | 24.2 | 42 | 5 | 14 | 1 | 11 | 13 | 2 | 0 | 36 | 36 | 13.14 | 2.27
【通算:18年】
510 | 466 | 68 | 25 | 13 | 204 | 150 | 5 | 1 | .576 | 13150 | 3130.1 | 2939 | 235 | 1007 | 108 | 117 | 2014 | 121 | 23 | 1366 | 1211 | 3.48 | 1.26
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰・記録

  • サイ・ヤング賞 1回:1988年
  • 最多勝 1回:1988年
  • リーグチャンピオンシップシリーズMVP 2回:1988年, 1995年
  • ワールドシリーズMVP 1回:1988年
  • ゴールドグラブ賞 1回:1988年
  • シルバースラッガー賞 1回:1993年
  • MLBオールスターゲーム選出 3回:1987年 - 1989年
  • ベーブ・ルース賞 1回:1988年
  • 59イニング連続無失点:1988年(メジャー記録)

脚注

  1. ^ 「ハーシュハイザー」なら「Hershhiser」とHが重複することになる。これはあくまで英語読みに限る。
  2. ^ スプリング・トレーニングで野茂英雄と先発ローテーションを争い、敗れた野茂は解雇され、シカゴ・カブスのマイナーを経てミルウォーキー・ブルワーズに移籍。

外部リンク

獲得タイトル・記録
ナショナルリーグ サイ・ヤング賞
1956年-1966年 | 

1967年-1969年 | 

1970年代 | 

1980年代 | 

1990年代 | 

2000年代 | 

2010年代 | 

1966年まではアメリカンリーグと合わせて1人だけ選出。このテンプレートではナショナルリーグの選手のみを表記。

ナショナルリーグ最多勝投手
1870年代 | 

1880年代 | 

1890年代 | 

1900年代 | 

1910年代 | 

1920年代 | 

1930年代 | 

1940年代 | 
出典:wikipedia
2018/01/18 00:05

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