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カンニング竹山とは?

カンニング竹山(カンニングたけやま、1971年4月2日(戸籍上) - )は、日本お笑いタレント俳優漫才師コメンテーターである。

カンニングボケを担当する。本名は竹山 隆範(たけやま たかのり)でコンビ時の芸名でもある。探偵ナイトスクープとタモリ倶楽部でのみ本名で活動している。

目次

  • 1 来歴
    • 1.1 半生
  • 2 キャラクター
  • 3 出演
    • 3.1 現在の出演番組
    • 3.2 過去の出演番組
      • 3.2.1 バラエティ番組
      • 3.2.2 特別番組
      • 3.2.3 テレビドラマ
      • 3.2.4 映画
      • 3.2.5 ラジオ
      • 3.2.6 CM・広報
  • 4 作品
    • 4.1 DVD
    • 4.2 CD
  • 5 インターネットコンテンツ
  • 6 著書
  • 7 脚注
  • 8 外部リンク

来歴

福岡県福岡市城南区出身。福岡県立早良高等学校卒業。上京して大学卒業後に芸人になるつもりだったが大学を不合格になり、予備校に通う。1990年に、浪人中だった小学校の同級生であるケン坊田中と二人が通うそれぞれの予備校名から取ったお笑いコンビ代々木くんと河合くん」を結成する。予備校側からのNGにより「ター坊ケン坊」と改名した後、4月に開催されたTNCのオーディション番組「第1回激辛!? お笑いめんたい子」で優勝し、5月にコンビとして福岡吉本第1期生として所属契約を結ぶ。

福岡吉本では博多華丸・大吉コンバット満らが同期に当たる。しかし、竹山は「福岡で売れても意味がない」と、わずか1年で福岡吉本を辞めて上京。東京で、小学校の同級生中島忠幸と再会。

1992年、中島と組んで「カンニング」を結成し渡辺プロダクションに所属する。その後、元渡辺プロダクション関係者からの紹介でサンミュージックへ移籍。当時サンミュージックにはお笑い芸人3組が所属し、カンニングは2組目だった。その後フリーフォークス(MANZAI-Cの個人事務所)を経て、ぶっちゃあ(ブッチャーブラザーズ)の呼びかけでまたサンミュージックに出戻る。

2004年6月、日本テレビ系列お笑い番組エンタの神様』に初出演。いきなり「ウ◯コ」発言を繰り返す。2007年7月の2度目の出演では、いきなりステージ上でズボンを脱いで脱糞しかけ、スタッフに強制退場させられる。その放送終了後、日本テレビに苦情クレームの電話が殺到した。8月に3度目の出演で相方の中島に説教され、ステージ上で土下座し謝罪した。10年後の2014年7月28日に一回だけの約束で同番組に出演し、当時の模様を語っている。

12月に中島が白血病のため入院してコンビで活動できなくなったが、中島が元気に復帰したときに備えてピンで芸能活動を続けた。2006年12月20日に療養中の中島が死去したのちも、芸名に「カンニング」をつけて活動を行っている。

2005年山崎邦正とコンビを組み、「竹山崎」として第5回M-1グランプリに参加し、3回戦に進出した。

2007年3月30日に21歳の頃から付き合っていた2歳年上の彼女と結婚した。竹山の誕生日は3月30日だが同学年より一年多く過ごせることから、親が4月2日を誕生日とした。

2008年役者として初の役名(藤井哲男役)付き映画となる『イエスタデイズ』に出演。単独ライブ『放送禁止』スタート。

半生

父親が事業を行っており、9歳までは非常に裕福に育った。幼稚園へは運転手運転する白いベンツで通っていたほど。リビングに、象牙敷物火縄銃が飾られていた。

9歳の時に父親が経営する会社倒産し、一転して借金取りに追われる生活となる。この時、子供心に「人はお金が絡むと豹変する。金を信用しちゃいけない」と思い、周りの大人たちが敵に変わっていくさまを痛感したという。

竹山が高校生の頃、バブル景気に便乗する形で父親の羽振りが再び良くなる。しかし、竹山が上京した後に再び父の会社の経営が傾き、返済計画を話し合う会議の途中に父親が脳出血で倒れ、そのまま死亡。父の死後、東京の竹山に裁判所から書類が届き、全く身に覚えのない13億円もの借金を背負わされていることが発覚(竹山の兄は20億円の借金を背負った)。結局、相続放棄をする形でその負債を免れた。父親がどんな会社を経営していたのか、竹山は全く知らない。「借金はするな、保証人にはなるな」が父の遺言のようなものだったという。

芸人として全く売れていない20代前半、相方の中島が原付交通事故を起こし、その示談金50万円を工面するために消費者金融から借金した。この時に意外にも簡単に借りられると味をしめ、アルバイトもさぼって堕落生活になり、遊興費のために借金を重ねて450万円、利子だけで月15万に膨らんだ。部屋に借金取りが押し寄せ、ネタ作りもままならない状態で舞台に臨んで、苦し紛れに生まれたのが「キレ芸」だった。キレ芸は「お笑いの形ばかり気にしていたことから、かっこつけるのを辞めて、自分たちが本当に面白いと思っていることを、テレビに全く映らなくてもいいから開き直って、思いっきりやってみよう」という思いから出来て、「電車の中や居酒屋で怒ったり説教したりするおじさんとか面白そう」という話になり、漫才の中に取り入れたら面白いんじゃないかということになったという。実際に本人が語ったところによると、ライブがあるのに借金取りが家の前に居て、窓から屋根伝いに逃げるようにライブ会場に到着し、「何で俺がこんな目に遭わんといかんのじゃー!!」とキレたのが始まりだったという。その芸は客受けは悪かったが、芸人仲間からは評価が高かったため、本格的にお笑いをすることを決意。450万円の借金は、特定調停を申し入れて債務整理をした。

2013年、当時予定していた主演ドラマが急遽立ち消えとなりスケジュールが空いたため、教習所に通い42歳で普通自動車運転免許を取得した。

2015年1月、フジテレビ系列バラエティ番組とんねるずのみなさんのおかげでした』の企画で、ハワイマツモトシェイブアイスの経営権を購入。「竹山かき氷本舗(タケヤマシェイブアイス)」の店名で、4月14日から5月13日まで期間限定でかき氷Tシャツ等を販売した。1000万円の大台を超える売り上げだったものの、利益はほとんど残らなかったという。

キャラクター

出演

現在の出演番組

レギュラー
準レギュラー

過去の出演番組

バラエティ番組

過去の レギュラー番組
過去の 準レギュラー番組
不定期出演

特別番組

テレビドラマ

映画

ラジオ

ター坊ケン坊時代に九州朝日放送でラジオデビュー。

CM・広報

作品

DVD

2010Happy Mail