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キリスト教とは?

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キリスト教で最も頻繁に用いられるラテン十字

キリスト教(キリストきょう、基督教ギリシア語: Χριστιανισμόςラテン語: Religio Christiana英語: Christianity)は、ナザレのイエスキリスト(救い主)として信じる宗教イエス・キリストが、神の国の福音を説き、罪ある人間を救済するために自ら十字架にかけられ、復活したものと信じる。その多く(正教会東方諸教会カトリック教会聖公会プロテスタントなど)は「父なる神」(御父)と「その子キリスト」(御子・子なる神)と「聖霊」を唯一の神(三位一体至聖三者)として信仰する。

世界における信者数は20億人を超えており、すべての宗教の中で最も多い。

目次

  • 1 キリスト教の成立
  • 2 教派の概要
  • 3 教えの源泉
  • 4 ニカイア・コンスタンティノポリス信条にみる信仰内容
    • 4.1 ニカイア・コンスタンティノポリス信条の位置付け
    • 4.2 ニカイア・コンスタンティノポリス信条の全文
    • 4.3 三位一体の神
  • 5 聖書
    • 5.1 正典、続編、外典、偽典など
  • 6 教派による用語の差
  • 7 信徒数
    • 7.1 世界全体
    • 7.2 アジア地域
    • 7.3 日本
  • 8 歴史
  • 9 キリスト教の文化的影響
    • 9.1 建築への影響
    • 9.2 美術への影響
    • 9.3 音楽への影響
    • 9.4 文学への影響
    • 9.5 哲学への影響
    • 9.6 科学への影響
    • 9.7 生活・その他への影響
    • 9.8 キリスト教に起源を持つ諺や慣用句
  • 10 キリスト教に基づくとされている習俗
    • 10.1 クリスマス
    • 10.2 復活祭(イースター)
    • 10.3 結婚式
    • 10.4 バレンタインデー
  • 11 他宗教との関係
  • 12 注釈
  • 13 参照元
  • 14 参考文献
  • 15 関連文献
  • 16 関連項目
  • 17 外部リンク

キリスト教の成立

詳細は「原始キリスト教」および「初期キリスト教」を参照

キリスト教はユダヤ教の一派として始まった。

イエスの死後、弟子たちはイエスの教えを当時のローマ世界へと広めていった。

教派の概要

キリスト教諸教派の成立の概略を表す樹形図。更に細かい分類方法と経緯があり、この図はあくまで概略である。

詳細は「#教派」および「キリスト教諸教派の一覧」を参照
ここではキリスト教の主だった教派を紹介するに留める。 キリスト教は、その歴史とともに様々な教派に分かれており、現在はおおむね次のように分類されている。

東方教会には、東方諸教会正教会がある。東方諸教会はキリスト論の理解が他の教派とは異なる。

教えの源泉

キリスト教における教えの源泉は、教派によって共通するものと異なるものとがある。

全教派(正教会非カルケドン派カトリック教会聖公会プロテスタントアナバプテスト)に共通する教えの源泉は聖書(旧約聖書新約聖書)である。

しかしながら、聖書以外に教えの源泉を認めるかどうかについては教派ごとに違いがある。

正教会・非カルケドン派・カトリック教会・聖公会は聖伝(「聖伝」とは言わず「伝統」とのみ言う場合もある)を認める。カトリック教会では、聖書と聖伝が教えの共通の源泉であるとされ、聖伝は「(聖書と)同じ謙遜と敬意をもって尊敬されるべきもの」とされる。正教会でも「聖書と聖伝」と述べられることはあるが、むしろ「聖伝がただ一つの源泉であり、聖伝の中に聖書が含まれるのであり、分離や対比は両者の価値を減じる」とし、「聖伝の中に聖書」という捉え方もされる。

聖伝を認める教会の場合、教会の中にある全てのものが聖伝とされるのではない。カトリック教会では使徒たちに由来する聖伝と、神学・おきて・典礼・信心上の「諸伝承」が区別される。諸伝承の中から異なる場所、異なる時代にも適応した表現を大伝承(聖伝)が受け取り、その大伝承に照合され、教会の教導権の指導のもとで、諸伝承は維持・修正・放棄される。正教会では、「天上の永遠なる神の国に属する真の『聖伝』と、地上の人間的な暫定的な単なる伝統」が区別される。

一方、プロテスタントには、聖伝(伝統・伝承)を認める者と認めない者とがいる(「プロテスタント」は様々な教派の総称であり、内実は様々である)。前者を表す宗教改革の原則の一つに「聖書のみ」がある。ただし、聖書に優越する、あるいは並び立つ、ないし聖書を包含するといった意味での聖伝(伝統)を認めないプロテスタントであっても、「宗教改革の伝統」「改革派教会の伝統」といった用語がプロテスタントで使われる場合はある。

教えの源泉の、教派別対照表
西方教会 | 東方教会
カトリック教会 | 聖公会 | プロテスタント | 正教会
聖書聖伝は、同じ謙遜と敬意をもって尊敬されるべきもの | 聖書と伝統を大切にする | ◆ 聖書のみ
◆ 聖書のほかに、伝統も認める
以上二類型の混在 | 聖伝の中に聖書が含まれ、聖書は聖伝の中で第一の位置を占める

ニカイア・コンスタンティノポリス信条にみる信仰内容

ニカイア・コンスタンティノポリス信条の位置付け

ニカイア・コンスタンティノポリス信条は、381年に、第1コンスタンティノポリス公会議で定められたキリスト教の信条(教えを要約した定型文)である。東方教会西方教会のいずれでも、最も広く普遍的に、共通して使われる信条である。「ニカイア信条」「ニケヤ信経」「ニケア信条」「信経」とも呼ばれる。

一方、西方教会では広く使われている使徒信条は、東方教会はその内容は否定しないものの、信条としては使っていない。

このため、東西教会の両方に言及する本記事では、ニカイア・コンスタンティノポリス信条を骨格としつつも、必要な箇所では使徒信条の内容も必要に応じて補足して、信仰内容を詳述する。

なお、西方教会の一角を占めるプロテスタント諸教派の間では信条の使用に差異があり、ルーテル教会改革派教会メソジストはニカイア・コンスタンティノポリス信条を使用するが、バプテスト教会では信条の使用自体に議論が発生する。しかしバプテスト教会内にも、信条の強制は否定するものの、その使用の意義は認める見解も存在する。

ニカイア・コンスタンティノポリス信条の全文

ニカイア・コンスタンティノポリス信条教派別対照表
西方教会 | 東方教会
カトリック教会
(日本カトリック司教協議会認可) | 聖公会
(日本聖公会 祈祷書より) | プロテスタントの一例(日本基督教団
改革長老教会協議会教会研究所訳) | 正教会
(日本正教会 時課経145頁より)
わたしは信じます。唯一の神、全能の父、天と地、見えるもの、見えないもの、すべてのものの造り主を。わたしは信じます。唯一の主イエス・キリストを。主は神のひとり子、すべてに先立って父より生まれ、神よりの神、光よりの光、まことの神よりのまことの神、造られることなく生まれ、父と一体。すべては主によって造られました。主は、わたしたち人類のため、わたしたちの救いのために天からくだり、聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、人となられました。ポンティオ・ピラトのもとで、わたしたちのために十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書にあるとおり三日目に復活し、天に昇り、父の右の座に着いておられます。主は、生者(せいしゃ)と死者を裁くために栄光のうちに再び来られます。その国は終わることがありません。わたしは信じます。主であり、いのちの与え主である聖霊を。聖霊は、父と子から出て、父と子とともに礼拝され、栄光を受け、また預言者をとおして語られました。わたしは、聖なる、普遍の、使徒的、唯一の教会を信じます。罪のゆるしをもたらす唯一の洗礼を認め、死者の復活と来世のいのちを待ち望みます。アーメン。 | わたしたちは、唯一の神、全能の父、天地とすべて見えるものと見えないものの造り主を信じます。また、世々の先に父から生まれた独り子、主イエス・キリストを信じます。主は神よりの神、光よりの光、まことの神よりのまことの神、造られず、生まれ、父と一体です。すべてのものは主によって造られました。主はわたしたち人類のため、またわたしたちを救うために天から降り、聖霊によっておとめマリヤから肉体を受け、人となり、ポンテオ・ピラトのもとで、わたしたちのために十字架につけられ、苦しみを受け、死んで葬られ、聖書にあるとおり三日目によみがえり、天に昇り、父の右に座しておられます。また、生きている人と死んだ人とを審(さば)くため、栄光のうちに再び来られます。その国は終わることがありません。また、主なる聖霊を信じます。聖霊は命の与え主、父と子から出られ、父と子とともに拝みあがめられ、預言者によって語られた主です。また、使徒たちからの唯一の聖なる公会を信じます。罪の赦しのための唯一の洗礼を信認し、死者のよみがえりと来世の命を待ち望みます。アーメン。 | わたしたちは、唯一の神、全能の父、天と地と、見えるものと見えないものすべての造り主を信じます。わたしたちは、唯一の主、神の独り子、イエス・キリストを信じます。主はすべての時に先立って、父より生まれ、光よりの光、まことの神よりのまことの神、造られずに生まれ、父と同質であり、すべてのものはこの方によって造られました。主は、わたしたち人間のため、またわたしたちの救いのために、天より降り、聖霊によって、おとめマリアより肉体を取って、人となり、わたしたちのためにポンティオ・ピラトのもとで十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に従って、三日目によみがえり、天に昇られました。そして父の右に座し、生きている者と死んだ者とをさばくために、栄光をもって再び来られます。その御国は終わることがありません。わたしたちは、主であり、命を与える聖霊を信じます。聖霊は、父と子から出て、父と子とともに礼拝され、あがめられ、預言者を通して語ってこられました。わたしたちは、唯一の、聖なる、公同の、使徒的教会を信じます。わたしたちは、罪のゆるしのための唯一の洗礼を、信じ告白します。わたしたちは、死人のよみがえりと来るべき世の命を待ち望みます。アーメン | われしん(ひとつ)(かみ)(ちち)(ぜん)(のう)(しゃ)(てん)()()ゆると()えざる(ばん)(ぶつ)(つく)りし(しゅ)を。(また)(しん)(ひとつ)(しゅ)イイススハリストス・(かみ)(どく)(せい)()(よろづ)()(さき)(ちち)より()まれ・(ひかり)よりの(ひかり)(まこと)(かみ)よりの(まこと)(かみ)(うま)れし(もの)にて(つく)られしに(あら)ず、(ちち)(いつ)(たい)にして(ばん)(ぶつ)(かれ)(つく)られ(われ)人々(ひとびと)(ため)又我(またわれ)()(すく)ひの(ため)(てん)より(くだ)り、聖神及(せいしんおよ)童貞女(どうていぢよ)マリヤより()()(ひと)()(われ)()(ため)にポンティイピラトの時十(ときじふ)字架(じか)(くぎ)うたれ(くるしみ)()(はうむ)られ第三日(だいさんじつ)聖書(せいしょ)(かな)ふて(ふく)(くわつ)(てん)(のぼ)(ちち)(みぎ)()(くわう)(えい)(あら)はして()ける(もの)()せし(もの)審判(しんぱん)する(ため)()(きた)其國終(そのくにをは)りなからんを。

又信(またしん)聖神(せいしん)(しゅ)(いのち)(ほどこ)(もの)(ちち)より()父及(ちちおよ)()(とも)(おが)まれ()められ()言者(げんしゃ)(もつ)(かつ)()ひしを。又信(またしん)(ひとつ)(せい)なる(おほやけ)なる使徒(しと)(けう)(くわい)を。我認(われみと)(ひとつ)洗禮以(せんれいもつ)(つみ)(ゆるし)()るを。我望(われのぞ)()(しや)(ふく)(くわつ)(ならび)來世(らいせい)生命(いのち)を。「アミン」。


ギリシア語: Πιστεύω εἰς ἕνα Θεόν, Πατέρα, Παντοκράτορα, ποιητὴν οὐρανοῦ καὶ γῆς, ὁρατῶν τε πάντων καὶ ἀοράτων. Καὶ εἰς ἕνα Κύριον Ἰησοῦν Χριστόν, τὸν Υἱόν τοῦ Θεοῦ τὸν Μονογενῆ, τὸν ἐκ τοῦ Πατρὸς γεννηθέντα πρὸ πάντων τῶν αἰώνων. Φῶς ἐκ φωτός, Θεὸν ἀληθινὸν ἐκ Θεοῦ ἀληθινοῦ γεννηθέντα, οὐ ποιηθέντα, ὁμοούσιον τῷ Πατρί, δι' οὗ τὰ πάντα ἐγένετο. Τον δι' ἡμᾶς τοὺς ἀνθρώπους καὶ διὰ τὴν ἡμετέραν σωτηρίαν κατελθόντα ἐκ τῶν οὐρανῶν καὶ σαρκωθέντα ἐκ Πνεύματος Ἁγίου καὶ Μαρίας τῆς Παρθένου καὶ ἐνανθρωπήσαντα. Σταυρωθέντα τε ὑπὲρ ἡμῶν ἐπὶ Ποντίου Πιλάτου καὶ παθόντα καὶ ταφέντα. Καὶ ἀναστάντα τῇ τρίτῃ ἡμέρᾳ κατὰ τὰς Γραφάς. Καὶ ἀνελθόντα εἰς τοὺς Οὐρανοὺς καὶ καθεζόμενον ἐκ δεξιῶν τοῦ Πατρός. Καὶ πάλιν ἐρχόμενον μετὰ δόξης κρῖναι ζῶντας καὶ νεκρούς, οὗ τῆς βασιλείας οὐκ ἔσται τέλος. Καὶ εἰς τὸ Πνεῦμα τὸ Ἅγιον, τὸ Κύριον, τὸ Ζωοποιόν, τὸ ἐκ τοῦ Πατρὸς ἐκπορευόμενον, τὸ σὺν Πατρὶ καὶ Υἱῷ συμπροσκυνούμενον καὶ συνδοξαζόμενον, τὸ λαλῆσαν διά τῶν Προφητῶν. Εἰς Μίαν, Ἁγίαν, Καθολικὴν καὶ Ἀποστολικὴν Ἐκκλησίαν. Ὁμολογῶ ἕν Βάπτισμα εἰς ἄφεσιν ἁμαρτιῶν. Προσδοκῶ ἀνάστασιν νεκρῶν. Καὶ ζωήν τοῦ μέλλοντος αἰῶνος. Ἀμήν.

三位一体の神

左側は1210年頃に描かれた図式を抽出したもの。右側は20世紀末のプロテスタントの書籍に使われた図式。

ニカイア・コンスタンティノポリス信条は(そして使徒信条も)、父、子、聖霊の順に、三位一体について言及している。

キリスト教において、神は一つであり、かつ父・子・聖霊(聖神)と呼ばれる三つの位格があるとされる。このことから、キリスト教において神は三位一体(正教会では至聖三者)と呼ばれる(あるいはこうした理解をする教理を三位一体と呼ぶ)。

「父・子・聖霊」のうち、「子」が受肉(藉身)して、まことの神・まことの人(神人)となったのが、イエス・キリストであるとされる。

三位一体論が難解であることはキリスト教会においても前提となっている。例えば正教会においては、「三つが一つであり、一つが三つというのは理解を超えていること」とし、三位一体についても「理解する」対象ではなく「信じる」対象としての神秘であると強調される。カトリック教会においても、神は自身が三位一体である事を啓示・暗示してきたが、神自身が三位一体であることは理性のみでは知り得ないだけでなく、神の御子受肉聖霊の派遣以前には、イスラエルの民の信仰でも知り得なかった神秘であるとされる。

難解な三位一体論を説明するにあたり、「(いわゆる正統派における)三位一体論ではないもの」を説明する、いわば消去法のような形で、(いわゆる正統派における)三位一体論に接近する手法がある。

  • 「『子』と『聖霊』は、被造物(造られたもの)」ではない。
  • 「『父』、『子』、『聖霊』とは、時代によって神が自分を表す様式(mode)を変えていったもの」ではない。
  • 「一人三役のようなもの」ではない。
  • 「『父』だけが神であり、イエスに宿ったのは神の『力』に過ぎない」は誤り。
  • 「『父』『子』『聖霊』は、三つの神」ではない。

聖書

 | この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2016年1月)
詳細は「新約聖書」および「旧約聖書」を参照

キリスト教の聖典(聖書)には、ユダヤ教から受け継いだ旧約聖書と、キリスト教独自の聖典である新約聖書がある。 「旧約」、「新約」という名称は、前者が神と人間との間に結ばれた来の契であり、それに対して後者がキリストにより神とたに結ばれた契であるとみなしている事による。

新約聖書は、以下の文書群を含んでいる;

これらの文書群は、1世紀から2世紀頃にかけて書かれ、4世紀中頃にほぼ現在の形に編纂されたと考える者が多い。

正典、続編、外典、偽典など

詳細は「正典」、「聖書正典」、「第二正典」、「旧約聖書続編」、「タナハ」、「外典」、「偽典」、および「en:Biblical canon」を参照

聖書に属すると認められている文書群を聖書正典と呼ぶが、どこまでを正典とみなすかには教派毎に差がある。(教派毎の詳細な正典一覧はen:Biblical canonを参照)。

新約聖書に関しては、正典の範囲に教派毎の差がほとんどなく、カトリック、プロテスタント、東方正教会、ほとんどの東方諸教会が同一の27書を正典とする。

一方、旧約聖書に関しては教派ごとの異同が激しい。プロテスタント(39書)よりもカトリック(46書)の方が多くの文書を含み、カトリックよりも東方正教会(51書)や東方諸教会の方が多くの文書を含む。 プロテスタントがカトリックよりも文書数が少ないのは、カトリックが使っていた旧約の文書のうちヘブライ語で書かれたもののみを正典と認めたことによる。 こうした理由により、プロテスタントの旧約聖書に含まれている文書はユダヤ教の正典であるタナハに含まれる文書と同じである。

各教派において聖書正典に含まれなかった文書群を第二正典続編外典偽典等と称するが、これらが示す範囲は言葉ごとに異なる。

教派による用語の差

詳細は「教派別のキリスト教用語一覧」および「キリスト教用語一覧」を参照

教派により、使用する用語には以下のような対応がある。ただし教派ごとの教義の違いがあるため、完全に対応しているわけではない。

祈祷・儀礼用語の教派別対応表
教派 | カトリック教会 | 聖公会 | プロテスタント | 正教会
祈祷・儀礼の総称 | 典礼 | 礼拝 | 礼拝 | 奉神礼
: サクラメント
: ミスティリオン | 秘跡 | 聖奠 | 礼典 | 機密
職名と呼称の教派別対応表
教派・
組織 | 正教会
カトリック教会
 | 聖公会 | プロテスタント
職名 | 司祭 | 牧師・司祭 | 牧師
呼び掛け・敬称 | 神父 | 先生・司祭
神父(使用頻度は低い) | 先生

信徒数

世界全体

世界各国の信徒数の割合(2012年)。青が濃いほど信徒数が多い。
キリスト教を国教にしている国:
正教会
プロテスタント(聖公会を含む)
カトリック
(緑系の色はイスラム、黄色は仏教)

キリスト教は世界で最大の信者を擁する宗教であり、2002年の集計の信者数は下記の通りである:

同じ集計によれば、他の宗教の信者数は下記の通りである

なお、ここでいうキリスト教信者とは、洗礼を受ける等公式に信者と認められた者の意で、必ずしも積極的に信者として活動しているものを意味しない。

アジア地域

中国のキリスト教」、「韓国のキリスト教」、および「タイのカトリック」も参照
  • 韓国:第二次世界大戦後に福音派のリバイバル運動でキリスト教徒の数が急増し、仏教徒25%に対して、プロテスタント20%・カトリック7.4%となっている。フィリピンは、カトリック83%、それ以外のキリスト教10%、イスラム教5%となっている。
  • ベトナム:仏教徒が80%であり、中国は公式統計は不詳だが無宗教が多数派とみられ、それ以外では歴史的にも道教・仏教が主であってキリスト教の信徒数は極めて少ないと推定される。
  • 中央アジア:正教会西アジアでは東方諸教会の信徒が少ない割合で存在している。韓国・フィリピン・東ティモールを除けばアジア諸国では、仏教、道教、ヒンドゥー教、イスラム教のいずれかの信徒が多数派を構成していて、キリスト教の信徒は少数派である。

日本

詳細は「日本のキリスト教史」を参照

日本のキリスト教徒は少なく、G8の国々の中で人口構成上キリスト教徒が多数派でない国は日本だけである。

神道が約1億600万人、仏教が約9,200万人の信者数を誇るのに対し、キリスト教の信徒数は約260万人程度であり、人口比では明治維新以後に1%を超えたことはない(日本におけるカトリック信徒の人口比率は0.3%程度であるが、長崎県では約4%である)。

なお、日本では行政や文化政策において、国民の信仰が何であるかということは重要視されていないため、詳細な統計は行われたことがない。そのためキリスト教徒に限らず、神道、仏教なども含めて、日本国内における全宗教の正確な信徒の数は不明である。実際、これらの信徒の数を単純に合計すると日本の人口を遥かに超えるが、これは各宗教団体による自己申告の数値に基づいており、また1人が複数の宗教に帰属することによる重複があることも1つの要因と考えられる(「日本の宗教#国民と宗教」を参照)。

歴史

詳細は「キリスト教の歴史」および「日本のキリスト教史」を参照

キリスト教の文化的影響

 | この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2016年1月)

建築への影響

中世のヨーロッパにおいて大規模な建築は教会や修道院に限られたために、ある時期までのヨーロッパ建築史は教会建築史に重ねられる。特に11世紀よりロマネスク様式、12世紀末よりゴシック様式、15世紀からはルネサンス様式の大聖堂がヨーロッパ各地で盛んに建造された。「神の家」を視覚化した壮麗な建築は見る者を圧倒する。それらは教会として使用されつつ、各都市のシンボルとして保存され、ヨーロッパ都市の原風景の一部となっている。

さらにキリスト教の教会に由来する共同体概念、とりわけプロテスタントの理念である「見えざる教会(Unsichtbare Kirche)」は、バウハウスなど近代建築にも影響を与えた。ヴァルター・グロピウスはバウハウスの雑誌の表紙に教会を現した自作の版画を沿え、「見えざる教会」がバウハウス運動の理念でもあると語っている。

東欧ではビザンティン建築が独自の発展を遂げたが、近現代に至って新古典主義の影響を西欧から若干受けている。

美術への影響

初期キリスト教美術ローマ美術をもとに始まったが、やがて写実性より精神性などを重視するようになり様式化が進んだ。中世西ヨーロッパではキリスト教は美術の最大の需要を生み出していたといえる。上記の聖堂には、聖人の肖像画や聖伝を描いた壁画や絵画、窓にはめ込まれたステンドグラス、聖像、祭壇や様々な聖具類が供えられた。また祈祷書などの写本への挿絵も描かれた。これらはヨーロッパ美術史の中でも重要な位置を占める。

一方、ローマ帝国時代に盛んだった室内装飾などの世俗美術は、中世初期にはいったん廃れた。しかし、12世紀頃より古典古代への関心が復活(12世紀ルネサンス)するとともに異教のテーマに基づいた絵画が現れはじめ、13世紀後半から公然と描かれるようになった(たとえばボッティチェッリヴィーナスの誕生』)。そして西ヨーロッパにおいては、世俗の美術がキリスト教美術を量的に圧倒するようになっただけではなく、その様式が宗教画に逆に取り入れられるようにもなった。

対して東方教会では、イコン(聖像)の規範性を重んじ、古来の型を保つことを教義の一部としたため、教会美術は時代による変化をあまりこうむらなかった。しかしルネサンス以後の西方美術は東方にも影響を与え、特に18世紀以降、ロシアを中心に、印象派風の筆致を持ちやや写実的な聖像表現も行われた。また近世以降は ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2018/01/04 02:32

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