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コネチカット州とは?

座標: 北緯41度36分 西経72度42分 / 北緯41.6度 西経72.7度 / 41.6; -72.7

コネチカット州
State of Connecticut



(州旗) | (州章)
州の愛称: 憲法の州
The Constitution State
州都
ハートフォード
【最大の都市】
ブリッジポート
州知事
ネッド・ラモント
公用語
法的指定なし
面積
- 総計
- 陸地
- 水域 全米第48位
14,357 km²
12,559 km²
1,809 km² (12.6%)
人口(2010年)
- 総計
- 人口密度 全米第29位
3,574,097
285人/km²
【合衆国加入
- 順番
- 加入年月日】

5番目
1788年1月9日
時間帯
UTC -5
DST -4
緯度
北緯40°58' - 42°3'
経度
西経71°47' - 73°44'
【東西の幅】
113 km
【南北の長さ】
177 km
標高
-最高標高
-平均標高
-最低標高
725 m
150 m
0 m
【略称 (ISO 3166-2:US)】
US-CT
【ウェブサイト】
コネチカット州政府
【上院議員】
リチャード・ブルメンソール
クリス・マーフィー

コネチカット州(: State of Connecticut[kəˈnɛtɪkət] ( 音声ファイル), kuh-NET-i-kət)は、アメリカ合衆国北東部にあるニューイングランド地方では最南のである。州の北はマサチューセッツ州に接し、東はロードアイランド州に、西はニューヨーク州、南は大西洋に続くロングアイランド湾に接している。イギリスから最初に独立した13州のうちの一つである。日本語ではコネティカット州と書く場合もある。

概要

州都は保険の首都というニックネームを持つハートフォードだが、人口ではブリッジポート市が最多である。州の南部と西部はニューヨーク大都市圏に入っている。州内8郡のうち3郡は統計上ニューヨーク広域都市圏に含まれている。この広域都市圏は3州地域とも呼ばれる。コネチカット州の人口重心は、ニューヘイブン郡のチェシャーにあり、その地点も3州地域に含まれている。

州名は、州をほぼ東西に二分するコネチカット川から採られており、「コネチカット」という言葉はこの地に先住したモヘガン族インディアン言葉で、「長い川が流れる土地(Quinnehtukqut)」という意味である。

アメリカ合衆国50州の中で、陸地面積では第48位、人口では第29位、人口密度が第4位である。世帯当たり収入の中央値では第2位である。ニックネームは「憲法の州」、「ナツメグの州」、「堅い習慣の土地」と呼ばれ、アメリカ合衆国連邦政府の発展に大きな影響を残した。

コネチカットとなった領域に最初に入ったヨーロッパ人はオランダ人であり、パーク川とコネチカット川の合流点、現在のハートフォードにフープ砦と呼ぶ小さな短命の開拓地を造った。当初、コネチカットの半分は、コネチカット川からデラウェア川までの大半を含むオランダ領ニューネーデルラントに属していた。

最初にできた大きな開拓地は1630年代のイングランドによるものだった。トマス・フッカーがマサチューセッツ湾植民地から1隊の追随者を陸路率いてきて、後にコネチカット植民地となるものを設立した。マサチューセッツからは別の開拓者がセイブルック植民地やニューヘイブン植民地を築いた。コネチカットとニューヘイブン両植民地は「基本的秩序」という文書を作成しており、これらは北アメリカで最初の憲法と考えられている。1662年、3つの植民地は王室チャーターの下に合併し、コネチカットを王室領植民地とした。

コネチカット川、テムズ川およびロングアイランド湾沿いの港によって強力な海洋国家が作られ、今日に至っている。その他の伝統的な産業は金融業であり、ハートフォードの保険会社やフェアフィールド郡ヘッジファンドが著名である。2010年国勢調査で、国内でも最大の一人当たり年収、0.962という高い人間開発指数、最大の世帯当たり収入中央値を示していた。コネチカットは大半の指標で裕福な州だが、都市部と郊外部の収入格差が広がっている。

【家庭で話される言語(コネチカット州) 2010】

 |  |  |  | 
英語 | 
 | 79.49%
スペイン語 | 
 | 10.20%
【人種構成(コネチカット州) 2010】

 |  |  |  | 
白人 | 
 | 71.2%
ヒスパニック | 
 | 13.4%
黒人 | 
 | 10.1%
アジア系 | 
 | 3.8%
インディアン | 
 | 0.3%
混血 | 
 | 2.6%

歴史

主要記事:コネチカット州の歴史
コネチカット、ニューヘイブン、セイブルック各植民地の位置図

州名はアルゴンキン語で「長い川に沿った」を意味する言葉 "quinatucquet" を英語化したものである。この地域をヨーロッパ人が植民地化する以前はモヒガン族インディアンが住んでいた。最初に探検したヨーロッパ人はオランダ人探検家のアドリアン・ブロックだった。1614年に探検した後、オランダ人毛皮交易業者がコネチカット川を遡り(当時のオランダ人はバーシェリビア、すなわち「新鮮な川」と呼んでいた)、現在のハートフォード、ダッチポイントに砦を築き、「希望の家」(オランダ語: Huis van Hoop)と呼んだ

当時マサチューセッツ湾植民地住民だったジョン・ウィンスロップが、1635年にコネチカット川河口のオールドセイブルックに新植民地を設立する許可を得た。これが後にコネチカット州を造り上げることになる3植民地の始まりとなった。セイブルック植民地は、オランダによる領有権主張と衝突していた。この植民地は小さな前進基地以上のものにはならず、成長しなかった。1644年セイブルック植民地はコネチカット植民地と合流した。

最初のイングランド人開拓者は1633年に入ってきてウィンザーに入植し、翌年にはウェザーズフィールドに入った。しかし大集団で入ってきたのは1636年になってからだった。その開拓者はマサチューセッツのピューリタンであり、トマス・フッカーが率いていた。フッカーはイングランドの著名人であり、ケンブリッジでは神学教授だった。重要な政治的著述家であり、憲法理論に大きな貢献を果たした。ロジャー・ウィリアムズロードアイランド植民地に新しい政体を造ったように、フッカーもマサチューセッツ湾植民地の指導層と訣別し、その追随者と共に1636年にハートフォードでコネチカット植民地を設立した。これが3植民地の2つめだった。

3番目のニューヘイブン植民地は1638年3月に、ジョン・ダベンポート、セオフィラス・イートンなどが設立した(当初はキニピアック植民地と呼ばれていた)。独自の憲法である「ニューヘイブン植民地の基本的合意事項」を作成し、1639年6月4日に署名が行われた。

マサチューセッツからのイングランド人開拓者が大挙流入したので、オランダは数で劣勢となり、1654年にその砦を放棄した。

コネチカット植民地もキニピアック植民地もイングランド王室の認可を得て設立されてはおらず、独立した政体だった。イングランドに従属すると見なされてはいたが、法的にはマサチューセッツ湾植民地から分離した前進基地に過ぎなかった。1662年、ウィンスロップがこの政治問題に関する法的な隙間を利用し、イングランドで認可を取得し、コネチカット植民地とキニピアック植民地を統合した。ウィンスロップが得た認可はコネチカット植民地に有利なものだったが、ニューヘイブンの町がハートフォードと共に植民地の首都となり、その状態はアメリカ独立戦争の後まで続いた。

ウィンスロップは政治的に大変明敏であり、新しく王座についたチャールズ2世から認可を得て、大変リベラルな政治的条件を認められた。

政治的に重要な植民地開拓地とその設立年は次の通りだった。

ウィンザー、1633年
ウェザーズフィールド、1634年
セイブルック、1635年
ハートフォード、1636年
ニューヘイブン、1638年
フェアフィールド、1639年
ギルフォード、1639年
ミルフォード、1639年
ストラットフォード、1639年
ファーミントン、1640年
スタンフォード、1641年
ニューロンドン、1646年

最初の憲法である「基本的秩序」は1639年1月14日に採択された。コネチカット州の現行憲法は1965年に採択された3代目である。コネチカット州はアメリカ合衆国憲法を批准した順番で、13州の中の5番目であり、アメリカ合衆国憲法の著者の1人がニューヘイブン出身のロジャー・シャーマンだったので、コネチカットの憲法はアメリカ合衆国憲法に影響を与えた。

1854年のニューロンドン

コネチカット州の西側州境は何度か修正された。1650年9月19日にオランダとの間に調印されたハートフォード条約により、コネチカットの西側境界はグリニッジ湾から北に20マイル (32 km)を走り、「当該線がハドソン川から10マイル (16 km) 以内に入らないこと」とされた。この条約をイングランドは批准しなかった。この合意は1652年にイングランドとオランダの間に戦争が勃発するまで守られた。これ以外の規定は無かった。この不確かな境界に関して、1664年にヨーク公ニューネーデルラントを占領させた時まで紛争が続いた。一方コネチカットが1662年に得ていた認可では、「南の海」すなわち太平洋まで続く全ての土地が認められていた。このことで東西に長く伸びる帯状の土地が認められていた。コネチカットはこの認可を真面目に捉え、サスケハナ川とデラウェア川の間に、9番目の郡であるウェストモアランド郡を設立した。これがペンシルベニア州との間に短期間のペナマイト戦争を生じさせることになった。

コネチカット州の領土はオハイオ州北部を横切る形で伸びており、コネチカット西部保留地と呼ばれた。この土地はコネチカット州出身の人々が多く入植しており、コネチカットの地名をオハイオ州にもたらすことになった。ペンシルベニア州およびニューヨーク州との合意が成立して、コネチカット州による領有権主張が消滅し、現在州南西部にあるコネチカット・パンハンドル部ができた。西部保留地は連邦政府に譲渡され、マサチューセッツ州との州境微修正が行われた後で、現在の領域が確定した。

地理

主要記事:Geology of Connecticut
参照:コネチカット州の郡一覧

コネチカット州は、南はロングアイランド湾、西はニューヨーク州、北はマサチューセッツ州、東はロードアイランド州と接している。州都はハートフォード市であり、他の主要都市としては ブリッジポートニューヘイブンスタンフォードウォーターベリーノーウォークダンベリーニューブリテングリニッジ、及びブリストルがある。州内に総計169の法人化地方自治体がある。

ベア山、コネチカット州の最高峰
州内の最高地点、フリッセル山の南斜面にある。ベア山から望む

州内最高峰は州の北西隅、ソールズベリーにあるベア山である。コネチカット州、マサチューセッツ州、及びニューヨーク州の州境が交わる地点(北緯42度3分;西経73度29分)の直ぐ東に最高地点がある。そこはマサチューセッツ州内に頂上があるフリッセル山の南斜面にある。

コネチカット川はカナダ国境からコネチカット州のロングアイランド湾岸へ流れていて、州の中央部を南北に貫いている。州内にある領域を中心とする最も人口の多い大都市圏はコネチカット川バレーにある。州域は小さいが、その風景には大きな変化がある。例えば、北西部のリッチフィールド丘陵では、うねりのある山地と馬牧場があり、南東部のニューロンドン郡では海浜と海洋活動が見られる。

コネチカット州は長い海洋活動の歴史があり、その歴史に基づく定評もあるが、実際には海に直接接していない。ニューヨーク州の海上州境がフィッシャー島の東まで延びており、そこでロードアイランド州との海上州境に接し、ナラガンセット湾を分けている。ロングアイランド湾やブロックアイランド湾を通じて容易に海に出られるが、直接大西洋には接していないことになる。

参照:List of Connecticut riversList of Connecticut state forests

州内の北東部と北西隅にある田園地帯と小さな町は、ニューヨーク州境からニューロンドンに至る海岸道路や、コネチカット川をハートフォードまで遡る道沿いに並ぶ工業化された都市と大きな対照をなしている。リッチフィールド・グリーン、レバノン・グリーン(州内最大の緑地)、ウェザーズフィールド・グリーン(州内最古の緑地)など緑地を囲んで多くの町がある。この緑地近くには常にニューイングランの象徴とも言える白い教会、植民地時代の集会所、植民地風の酒場または宿屋、植民地時代の家屋数軒などがあり、歴史の保存のためにも観光のためにもその景観が維持されている。

州内には温帯性広葉樹林や混交林が多い。オーク、ヒッコリー、カエデなどの北東部海岸林が州の多くを覆っている。州の北東部、タコニック山地ではニューイングランド・アカディア森林に移行している。

マサチューセッツ州との北部州境には、サウスウィック・ジョグあるいはグランビー・ノッチと呼ばれる約2.5マイル (4.0 km) 四方の凹みがある。この変則点の起源は長い論争と一時的な合意の後に、最終的に1804年に決着して明確にされたものであり、サウスウィックの南部(その住人はマサチューセッツ州からはなれようとしていた)が半分に分けられた。

州南西部のニューヨーク州と接するところは、フェアフィールド郡のパンハンドルと呼ばれ、グリニッジ、スタンフォード、ニューカナーン、ダリエンなどの町が入り、ノーウォークの一部もある。この変則性は17世紀にあった境界論争の結果であり、そこの住人がコネチカットに属すると考えていた地域をニューヨーク州が諦め、その代わりにリッジフィールドから北のマサチューセッツ州境まで伸びる帯状地と、論争には入っていなかったライの町を併せて、同等の領域を手に入れた。

アメリカ合衆国国立公園局が維持している地域として、アパラチアン国立景観道、キネボーグ川とシェタケット川流域国立遺産回廊、ウェア農園国立歴史史跡がある。

気候

州内の内陸は湿潤大陸性気候であり、海岸部(南部4郡)は温暖湿潤気候の境目にある。統計的にはこの気候帯に含められることも外されることもある。季節による温暖は大西洋に近接することで和らげられている。ロングアイランド湾沿いのブリッジポート市は、3州地域の他の部分と同様に、ケッペンの気候区分で温暖湿潤気候に入っている。35マイル (56 km) 内陸にあるハートフォードは、湿潤大陸性気候にある。海岸地域にあるという評価に違わず、日照時間はそこそこあり、年間2,400時間から2,800時間になっている。

州全体で夏は暑く湿潤である。ニューロンドンで平均最高気温は81 °F (27 ℃)、ウインザーロックスでは87 °F (31 ℃) となっている。夏には日照が多いが、突然の雷雨で土砂降りとなることも多い。冬は概して冷涼から寒く、1月の平均気温は海洋の影響を受ける南東部で38 °F (3 ℃)、北西部で29 °F (-2 ℃) となる。年平均降雪量は、標高の高い北部で50ないし60インチ (125 - 150 cm)、南東部海岸地域で20ないし25インチ (50 - 63 cm) である。初春の4月は冷涼であり、晩春の5月から6月初めは暖かく、暑くなることもある。秋は温暖であり、10月や11月には州北部で紅葉が見られる。南部と海岸地域ではオークやヒッコリーが多くカエデが少ない。ハリケーンシーズンに時として熱帯低気圧に襲われることもある。雷雨は夏に多く、年平均で30回は発生している。その嵐は激しくなることもある。竜巻は年1回程度である。過去最高気温は1995年7月15日にダンベリーで記録した106 °F (41 ℃)、過去最低気温は1943年2月16日のフォールズビレッジと、1961年1月22日にコベントリーで記録された-32 °F (-36 ℃) である。

州内各都市の月別平均最高最低気温
都市 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
ブリッジポート 37/23 | 39/25 | 47/32 | 57/41 | 67/51 | 76/60 | 82/66 | 81/65 | 74/58 | 63/46 | 53/38 | 42/28
ハートフォード 35/16 | 39/19 | 47/27 | 59/38 | 70/48 | 79/57 | 84/63 | 82/61 | 74/51 | 63/40 | 52/32 | 40/22

行政区分

詳細は「コネチカット州の郡一覧」を参照

重要な都市と町

都市・町名の後の数字は2010年国勢調査による人口(人)

人口 50,000人以上の都市

 |  | 

人口 50,000人以上の町


コネチカット州の裕福な25都市

主要記事:Connecticut locations by per capita income

一人当たり収入による自治体の順位:

  1. en:New Canaan, Connecticut 82,049米ドル
  2. en:Darien, Connecticut 77,519米ドル
  3. ウェストン (コネチカット州) 74,817米ドル
  4. グリニッジ (コネチカット州) 74,346米ドル
  5. ウエストポート (コネチカット州) 73,664米ドル
  6. ディープリバーセンター (コネチカット州) 72,261米ドル
  7. ウィルトン (コネチカット州) 65,806米ドル
  8. en:Fenwick, Connecticut 60,625米ドル
  9. en:Roxbury, Connecticut 56,769米ドル
  10. ジョージタウン (コネチカット州) 55,029米ドル
  11. en:Easton, Connecticut 53,885米ドル
  12. en:Essex Village, Connecticut 51,928米ドル
  13. リッジフィールド (コネチカット州) 51,795米ドル
  14. en:Avon, Connecticut 51,706米ドル
  15. en:Groton Long Point, Connecticut 51,066米ドル
  16. en:Redding, Connecticut 50,687米ドル
  17. ウッドブリッジ (コネチカット州) 49,049米ドル
  18. en:Sharon, Connecticut 45,418米ドル
  19. フェアフィールド (コネチカット州) 43,670米ドル
  20. en:Lyme, Connecticut 43,347米ドル
  21. エセックス (コネチカット州) 42,806米ドル
  22. en:Bridgewater, Connecticut 42,505米ドル
  23. en:Cornwall, Connecticut 42,484米ドル
  24. マディソンセンター (コネチカット州) 42,046米ドル
  25. en:Old Lyme, Connecticut 41,386米ドル

政治と法律

関連項目:Administrative divisions of Connecticut
コネチカット州会議事堂、ハートフォード市中心街

1875年からハートフォード市が単一の州都となっている。それ以前はニューヘイブンも併せて2つの州都があった。

憲法の歴史

コネチカット州は「憲法の州」として知られている。この称号の起源は明らかでないが、1638年から1639年に制定された「基本的秩序」に拠るか、1787年のアメリカ合衆国憲法制定会議における「大妥協」(コネチカット妥協)に拠るものと考えられている。これら「基本的秩序」がコネチカット州で代表制議会によって書かれた最初の公式政府を形作るものとなった。政府はコネチカット憲法の歴史の中で、4つの文書によって運営されてきた。基本的秩序の後、コネチカットは1662年のコネチカット・チャーターを通じて、イングランド王チャールズ2世により政府の権威を認められた。

この時期に政府の各府は存在せず、議会が最高権限をもって行動した。現在のアメリカ合衆国憲法に類似する憲法が制定されたのは、1818年になってからだった。現行憲法は1965年に制定されたものである。この1965年憲法は1818年憲法の大部分を踏襲したが、幾らかの重要な修正を加えた。

「憲法の州」というニックネームが付けられた最もありそうな根拠は、1787年のアメリカ合衆国憲法制定会議において、コネチカットが重要な役割を果たしたというものである。このとき、州代表のロジャー・シャーマンとオリバー・エルスワースが、コネチカット妥協あるいは大妥協と呼ばれるようになるものを演出したからだった。その考え方はバージニア・プランやニュージャージ・プラント組み合わされ、両院制議会を作った。この形式はアメリカ合衆国憲法の採択以来、ほとんど各州の憲法で踏襲された。両院制議会についてはバージニア州ニュージャージー州から異なる形態が提案されていたが、コネチカットの提案は20世紀初期まで有効だった。アメリカ合衆国上院議員はこの時まで州議会によって選ばれていたが、州有権者によって直接選出されるよう修正された。その方式が現在も継続して採用されている。

行政府

コネチカット州知事が行政府の首長である。現知事はネッド・ラモント、副知事はスーザン・ビシエヴィッチであり、共に民主党員であり、就任日も2019年1月9日である。ネッドはコネチカット州州上院議員を務めた経験があり、2018年の州知事選挙に勝利し、2019年1月9日に就任した。1639年から1818年憲法の執行まで、州知事は議会を主宰していた。1974年、エラ・グラッソが州知事に当選し、その夫が州知事を経験していない女性としてはアメリカ合衆国初のことになった。

行政府には幾つかの部門がある。管理部、農業、金融、子供と家庭、消費者保護、矯正、経済と地域開発、開発サービス、建設、教育、緊急管理と公衆保護、エネルギーと環境保護、高等教育、保険、労働、精神医療と薬物対策、軍事、自動車、大衆保健、公共事業規制、公共事業、歳入、社会サービス、交通、退役兵の各部門である。さらに独立した部局、事務所、委員会がある。

知事と副知事以外に、憲法に指定される4人の役員は直接選挙で選出される。すなわち州務長官、財務官、会計監査官、検察官である。任期は全て4年間である。

立法府

立法府はコネチカット州議会であり、定数36人の上院と同151人の下院の両院制である。法として成立させるためには両院を通過しなければならない。州知事は拒否権を行使できるが、両院の3分の2以上の賛成があれば、この拒否が取り消される。州憲法により両院の議員は18歳以上である必要があり、偶数年11月にある選挙で、2年間任期で選出される。議員定数についても、上院は30人から50人、下院は125人から225人の間と決められている。副知事が上院議長となり、不在の場合は議長代行が主宰する。下院議長が下院を主宰する。

地方政府の議会は市や町に係わる地方条例を定めている。町の条例には、騒音規制や地区割りのガイドラインがふくまれることが多い。しかし、コネチカット州も州全体に係わる騒音規制条例を作っている。

司法府

コネチカット州の司法府で最高位にあるのがコネチカット州最高裁判所であり、首席判事が長である。法の合憲性、あるいは法の解釈に係わる事例を扱う。その手続きはアメリカ合衆国最高裁判所のものに類似し、証人による宣誓証言は無く、両側の弁護士は30分以内で論告を行う必要がある。法定手続きの後、判決までに数か月を要することがある。

1818年、裁判所は立法府や行政府とは独立した主体となった。控訴裁判所は州全体に係わる下級審であり、上級裁判所は他州の郡裁判所に似た下級審である。

政策管理局を通じて逮捕令状の統計にアクセスできるようになっている。

地方政府

参照:コネチカット州の郡一覧

アメリカ合衆国50州の中でコネチカット州とロードアイランド州のみが郡政府を廃止している。コネチカット州の場合は各郡で選出される保安官を除いて、1960年に郡政府を廃止した。2000年、郡保安官が廃止され、州保安官の体系に置き換えられたが、その管轄範囲は旧郡の領域を踏襲している。裁判所の場合も地方裁判所は旧郡の領域にほぼ添った形で区分されている。天気予報や国勢調査など統計的な目的では旧8郡の区分けが使われている。

コネチカット州ではニューイングランド・タウンと呼ばれる地方政府形態を採用している。州は基本的な政治区分となる169の町に分割されている。市も21あり、その多くは同名の町と一体であり、市・町政府に統合されている。例外が2つある。グロトン市はグロトン町の1地区であり、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2020/07/13 08:08

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