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ザ・ピーナッツとは?

【基本情報】

【別名】
ピーナッツ
【出身地】
日本愛知県知多郡常滑町(現・常滑市)
【ジャンル】
和製ポップス
歌謡曲
(最初期には一部民謡も歌唱)
【活動期間】
1959年2月11日 - 1975年4月5日
【レーベル】
キングレコード
【事務所】
渡辺プロダクション
【】

【メンバー】
伊藤エミ(ハーモニー)
伊藤ユミ(メロディー)

ザ・ピーナッツ (The Peanuts) は、日本双子の元女性歌手(デュオ)、女優である。愛知県知多郡常滑町(現・常滑市)生まれ、同県名古屋市育ち。略称「ピーナッツ」。

発売したシングル、LPの累計売上は1000万枚以上に達する。

目次

  • 1 人物
  • 2 略歴
    • 2.1 生い立ち
    • 2.2 デビュー
    • 2.3 引退
    • 2.4 最終公演
    • 2.5 引退後
  • 3 名付け親
  • 4 エミとユミの相違点
    • 4.1 双子の見分け方
    • 4.2 双子の性格の違い
    • 4.3 歌のパート
  • 5 エピソード
  • 6 出演
    • 6.1 主なテレビ番組
    • 6.2 ラジオ番組
    • 6.3 映画
  • 7 音楽
    • 7.1 シングル
      • 7.1.1 カヴァー・ポップス作品
      • 7.1.2 オリジナル作品
    • 7.2 シングル以外
    • 7.3 みんなのうた
    • 7.4 CMソング
    • 7.5 放送番組向けソング
    • 7.6 民謡
    • 7.7 クリスマスソング
    • 7.8 その他
  • 8 支えた裏方達
  • 9 NHK紅白歌合戦出場歴
  • 10 その他
  • 11 ザ・ピーナッツを演じた女優
  • 12 参考文献
  • 13 脚注
    • 13.1 注釈
    • 13.2 出典
  • 14 関連項目
  • 15 外部リンク

人物

略歴

生い立ち

愛知県知多郡常滑町(現・常滑市)生まれ。ただしすぐに転居し、子供-学生時代は同県名古屋市で過ごす。

愛知県名古屋市立西陵商業高等学校(現・名古屋市立西陵高等学校)を2年生の時に中途退学後、主に名古屋市内などで「伊藤シスターズ」名義で歌っていたが、1958年に同市内のレストランにて渡辺プロダクション社長の渡邊晋にスカウトされ上京。同社長宅に下宿しつつ宮川泰に師事し、歌唱レッスンを受ける。

デビュー

1959年2月11日、「第2回 日劇コーラスパレード」で歌手デビュー、4月、「可愛い花」でレコードデビュー。事務所はデビューより引退まで16年間一貫して渡辺プロダクションに所属、レコード会社は各社の争奪戦となり、ビクターレコードと契約寸前まで達したが逆転され1959年4月2日キングレコード契約した。

1959年6月17日から1970年3月31日までフジテレビ系の歌謡番組『ザ・ヒットパレード』のレギュラーに抜擢される。

その後1961年6月4日から1972年10月1日まで日本テレビ系の人気バラエティー番組『シャボン玉ホリデー』でメイン司会を務めた。

夜のヒットスタジオ』には1969年(昭和44年)1月13日に初出演(曲は「ガラスの城」)して以来、約6年間の間に40回に渡り出演。まだ「歌謡バラエティ」の色が強かった夜ヒットにおける常連歌手の一組であり、『シャボン玉ホリデー』での経験から当時の人気コーナー「歌謡ドラマ」にも率先して参加した。引退前最後の出演となった1975年(昭和50年)3月31日放送では番組史上初の「サヨナラ」企画が組まれ、ハナ肇坂本スミ子伊東ゆかり中尾ミエ、こまどり姉妹ら歌手・タレント仲間が数多く駆けつけ「情熱の花」や「心の窓にともし灯を」など計4曲を熱唱した。

日本国外でも活躍し、『エド・サリヴァン・ショー』(アメリカ)や『カテリーナ・バレンテ・ショー』(当時の西ドイツ。現・ドイツ)、『ダニー・ケイ・ショー』(アメリカ)にも出演したことがある。

また、女優活動も少ないながらも行っており、映画などにも数作出演。中でも『モスラ』での「小美人」役は現在もなお人気が根強くある。

和製ポップス海外公演などによって世界に広めた功績は大きく、特に当時の東西両ドイツやイタリアでは、日本の歌手といえば即座に「ザ・ピーナッツ」と連想されるほどの活躍ぶりも高く評価された。

引退

1975年2月18日に当時東京都千代田区有楽町三信ビルヂングにあった渡辺プロダクション社屋にて記者会見を開き、現役を引退することを表明した(引退は1972年頃より検討していた)。

同年3月31日には番組開始時より数多く出演をした『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)にて引退記念特集「さよならピーナッツ」が組まれ、続く4月5日にはNHKホールにおいて、高橋圭三司会で「さよなら公演」を興行。

この時、渡辺プロの主要タレントがほぼ総出で見届けていた。なお、このさよなら公演は3月から4月に掛けて大阪京都名古屋でも行われていた。同公演を最後に芸能界を引退。以後はほぼ公の場には姿を現すことはなかった。

最終公演

詳細は「ザ・ピーナッツ さよなら公演」を参照

引退後

姉の伊藤エミは1975年6月4日に同じ所属事務所であった元・ザ・タイガース沢田研二結婚し、ハナ肇宅の隣に居を構えていた。その後1男を出産するが、1987年1月離婚した。

ニッポン放送(JOLF)で、1961年(昭和36年)から1965年(昭和40年)にかけて、その名も『ザ・ピーナッツ』というタイトルで、伊藤姉妹がDJを務めていたラジオ番組の音源(放送日のデータは不明)が発見されたのをきっかけに、番組中で歌唱した曲(未発表曲10曲を含む)を集めてコンパクトディスク化したアルバムを、キングレコードが2008年(平成20年)11月26日に発売した。

2005年12月23日より2006年1月15日まで東京都千代田区にある丸ビル「渡辺プロダクション創立50周年企画 「抱えきれない夢」 日本のエンターテインメントの50年」が開催され、会場内の「ザ・ピーナッツコーナー」の展示品に、さよなら公演で使用されたマイクが伊藤エミ・ユミの提供により展示されていた。

2012年6月15日、姉:伊藤エミが死去。およそ4年後の2016年5月18日には妹:伊藤ユミが死去した。

2016年9月7日、生誕75周年を記念して森高千里華原朋美、メンバーに吉田美和を擁するユニットFUNK THE PEANUTSら全12組が参加した自身初となるトリビュート・アルバムザ・ピーナッツ トリビュート・ソングス」とオリジナル音源を収録したコンピレーション・アルバム「ザ・ピーナッツ オリジナル・ソングス」の2枚が同時リリースされた。

名付け親

グループ名は元・日本テレビの敏腕プロデューサー井原高忠がグループ名、2人の芸名ともに名付けた。井原はのちにとんねるずの芸名も名付けている。また、個人の芸名を付けたのは渡邊晋である。

エミとユミの相違点

双子の見分け方

ほくろのある方がエミ、ない方がユミ(最初期はユミもマジックで付けほくろをしていた)。

双子の性格の違い

エミは本人によればおっちょこちょい、ユミによれば優しいが短気で周りによるとドジ気味。ユミはエミによると冷静で素直。

歌のパート

ハーモニーがエミ、メロディーがユミで歌うのが通常のパターンである。

エピソード

出演

主なテレビ番組

ラジオ番組

映画

また、2003年の映画『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』でもライブフィルムでワンカット出演している。

音楽

シングル

カヴァー・ポップス作品

オリジナル作品

【#】
【発売日】
【A面
B面】
【タイトル】
【作詞】
【作曲】
【編曲】
型番
1960年代
1 | 1961年
6月 | A
面 | インファントの娘 | 池すすむ | 宮川泰 | EB-7030
B
面 | 草原情歌 | 劉俊南
青山梓 | 王洛賓
2 | 1961年
8月 | A
面 | 今池音頭 | 高橋掬太郎 | 飯田三郎 | 宮川泰 | EB-535
B
面 | お城音頭 | -
3 | A
面 | あれは十五の夏祭り | 岩谷時子 | 宮川泰 | EB-570
B
面 | スク・スク・ドール | 青島幸男 | 中村八大 | 宮川泰
4 | 1962年
2月 | A
面 | いつも心に太陽を | 横井弘 | 中田喜直 | 宮川泰 | EB-7072
B
面 | 山小屋の太郎さん | 岩谷時子 | 宮川泰
5 | A
面 | ふりむかないで | 岩谷時子 | 宮川泰 | EB-7075
B
面 | アテネの恋唄 | M.Hajidakis | 宮川泰
6 | 1962年
5月 | A
面 | 私と私 | 永六輔 | 中村八大 | EB-7088
B
面 | 幸福のシッポ
7 | 1962年
10月 | A
面 | 手編みの靴下 | 竹内伸光
岩谷時子 | 宮川泰 | EB-7150
B
面 | 二人の高原 | 岩谷時子
8 | 1963年
1月 | A
面 | 若い季節 | 永六輔 | 桜井順 | 宮川泰 | EB-807
KO6S-434
B
面 | わたしの心はうわのそら | 竹内伸光
音羽たかし | 宮川泰
9 | 1963年
4月 | A
面 | 恋のバカンス | 岩谷時子 | 宮川泰 | EB-7196
B
面 | チャオ | あらかはひろし | G.Ferrio | 宮川泰
10 | 1963年
5月 | A
面 | 舞妓はん音頭 | 岩谷時子 | 宮川泰 | SB-914
B
面 | わてら祇園の舞妓はん | 池すすむ | 萩原哲晶
11 | 1963年
11月 | A
面 | 東京たそがれ | 岩谷時子 | 宮川泰 | EB-987
B
面 | こっちを向いて | 秋元近史
12 | 1964年
3月 | A
面 | キャンディー・ムーン | 安井かずみ | 宮川泰 | BS-7003
B
面 | ドミニク | 福地美穂子 | S.Sourire | 宮川泰
13 | 1964年
5月 | A
面 | ジューン・ブライド | 岩谷時子 | 宮川泰 | BS-9
B
面 | ほほにかかる涙 | 安井かずみ | R.Satti | 宮川泰
14 | 1964年
9月 | A
面 | 青空の笑顔 | 安井かずみ | 宮川泰 | BS-7039
B
面 | ポエトリー | M.Anthony
P.Kaufman | 東海林修
15 | A
面 | ウナ・セラ・ディ東京 | 岩谷時子 | 宮川泰 | 東海林修 | BS-7040
B
面 | 知らなかった | 三田恭次 | P.Calvi
16 | 1964年
11月 | A
面 | マイ・ラヴ | 安井かずみ | 宮川泰 | BS-7053
B
面 | ブーベの恋人 | 漣健児 | C.Rustichelli | 東海林修
17 | 1965年
3月 | A
面 | かえしておくれ今すぐに | 藤田敏雄 | いずみたく | 宮川泰 | BS-7085
B
面 | ドンナ・ドンナ | 安井かずみ | S.Secunda
18 | 1965年
7月 | A
面 | あなたの胸に | 安井かずみ | 宮川泰 | BS-7102
B
面 | 私を愛して | 漣健児 | J.Kennedy
M.Singleton | 宮川泰
19 | 1966年
5月 | A
面 | 愛は永遠に | 岩谷時子 | 宮川泰 | BS-7141
B
面 | 花のささやき | 音羽たかし | C.Donida | 宮川泰
20 | 1966年
10月 | A
面 | ローマの雨 | 橋本淳 | すぎやまこういち | 服部克久 | BS-515
B
面 | 銀色の道 | 塚田茂 | 宮川泰
21 | 1967年
5月 | A
面 | 東京ブルー・レイン | 有馬三恵子 | 鈴木淳 | 宮川泰 | BS-641
B
面 | しあわせの花を摘もう | 塚田茂 | 宮川泰
22 | 1967年
8月 | A
面 | 恋のフーガ | なかにし礼 | すぎやまこういち | 宮川泰 | BS-692
B
面 | 離れないで | 橋本淳 | 筒美京平
23 | 1968年
2月 | A
面 | 恋のオフェリア | なかにし礼 | 宮川泰 | BS-778
B
面 | 愛のフィナーレ
24 | 1968年
6月 | A
面 | 恋のロンド | 橋本淳 | すぎやまこういち | 宮川泰 | BS-838
B
面 | 愛への祈り | すぎやまこういち
25 | 1968年
10月 | A
面 | ガラスの城 | なかにし礼 | 鈴木邦彦 | 森岡賢一郎 | BS-917
B
面 | たった一度の夢 | 岩谷時子 | 宮川泰
26 | 1969年
3月 | A
面 | 悲しきタンゴ | なかにし礼 | すぎやまこういち | 宮川泰 | BS-958
B
面 | 愛しい人にさよならを | すぎやまこういち
27 | 1969年
7月 | A
面 | 哀愁のヴァレンティーノ | なかにし礼 | すぎやまこういち | 宮川泰 | BS-1028
B
面 | 夕陽に消えた恋
28 | 1969年
9月 | A
面 | 野いちご摘んで | 山口あかり | 田辺信一 | 小谷充 | BS-1075
B
面 | ついて行きたい
1970年代
29 | 1970年
3月 | A
面 | 男と女の世界 | 山上路夫 | 沢田研二 | クニ河内 | BS-1157
B
面 | しあわせの誓い
30 | 1970年
7月 | A
面 | 東京の女 | 山上路夫 | 沢田研二 | 宮川泰 | BS-1235
B
面 | 愛が終ったとき | クニ河内
31 | 1970年
12月 | A
面 | 大阪の女 | 橋本淳 | 中村泰士 | 森岡賢一郎 | BS-1300
B
面 | 青白いバラ | 山上路夫 | 沢田研二 | 宮川泰
32 | 1971年
5月 | A
面 | なんの気なしに | 山上路夫 | 沢田研二 | 宮川泰 | BS-1380
B
面 | 北国の恋
33 | 1971年
10月 | A
面 | サンフランシスコの女 | 橋本淳 | 中村泰士 | 高田弘 | BS-1442
B
面 | ロンリー香港 | 岩谷時子 | 宮川泰
34 | 1972年
3月 | A
面 | リオの女 | 橋本淳 | 中村泰士 | 高田弘 | BS-1505
B
面 | 恋のカーニバル | 安井かずみ
35 | 1972年
8月 | A
面 | さよならは突然に | 山上路夫 | 鈴木邦彦 | BS-1584
B
面 | 夜行列車
36 | 1973年
2月 | A
面 | 指輪のあとに | 安井かずみ | 加瀬邦彦 | 馬飼野俊一 | BS-1636
B
面 | 最終便
37 | 1973年
7月 | A
面 | 情熱の砂漠 | 山上路夫 | 加瀬邦彦 | 星勝 | BS-1734
B
面 | あの時、もし | 安井かずみ
38 | 1974年
1月 | A
面 | 気になる噂 | 山上路夫 | 加瀬邦彦 | 星勝 | BS-1789
B
面 | ひとり暮し
39 | 1974年
4月 | A
面 | 愛のゆくえ | 荒木とよひさ | 加瀬邦彦 | 宮川泰 | BS-1827
B
面 | さよならは微笑んで | 山上路夫
40 | 1974年
9月 | A
面 | お別れですあなた | 千家和也 | すぎやまこういち | BS-1868
B
面 | 季節めぐり
41 | 1975年
3月 | A
面 | 浮気なあいつ | 山口洋子 | 宮川泰 | BS-1917
B
面 | よこがお | 宮川泰 | 森岡賢一郎
42 | 1978年
5月 | A
面 | モスラの歌 | 田中友幸
本多猪四郎
関沢新一 | 古関裕而 | TV-41
B
面 | インファントの娘 | 池すすむ | 古関裕而

シングル以外

みんなのうた

NHKの『みんなのうた』で歌った楽曲を記述。

CMソング

コマーシャルソングの一部を記述。

など。

放送番組向けソング

民謡

民謡関連の一部の曲目を記述。

など。

クリスマスソング

その他

支えた裏方達

ザ・ピーナッツ担当のマネージャーは基本的に幹部候補生を数名抜擢した。これらの担当者は後年、渡辺プロで、あるいは独立し、それぞれが芸能界で大成している。

主なマネージャー

NHK紅白歌合戦出場歴

年度/放送回 回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1959年(昭和34年)/第10回 | 初 | 情熱の花 | 07/25 | 和田弘とマヒナ・スターズ | 
1960年(昭和35年)/第11回 | 2 | 悲しき16才 | 11/27 | 和田弘とマヒナ・スターズ(2) | 
1961年(昭和36年)/第12回 | 3 | スク・スク | 19/25 | ダーク・ダックス | 
1962年(昭和37年)/第13回 | 4 | ふりむかないで | 05/25 | ダーク・ダックス(2) | 
1963年(昭和38年)/第14回 | 5 | 恋のバカンス | 22/25 | デューク・エイセス | 
1964年(昭和39年)/第15回 | 6 | ウナ・セラ・ディ東京 | 24/25 | 坂本九 | トリ前(1)
1965年(昭和40年)/第16回 | 7 |  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2019/08/25 15:46

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