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シリアとは?

シリア・アラブ共和国
الجمهوريّة العربيّة السّوريّة



(国旗) | 国章
国の標語:なし
国歌:祖国を守る者たちよ
公用語 アラビア語
首都 ダマスカス
最大の都市 アレッポ
政府
大統領 バッシャール・アル=アサド
首相 イマード・ハミース
面積
総計 185,180km(86位)
水面積率 0.6%
人口
総計(2014年) 17,951,639人(55位)
人口密度 118.3人/km
GDP(自国通貨表示)
【合計(2010年)】
2兆7,918億シリア・ポンド (YTL)
GDP (MER)
【合計(2010年)】
600億ドル(67位)
GDP (PPP)
合計(2010年) 1,364億ドル(68位)
【1人あたり】
6,375ドル

建国
- 宣言
- 承認 フランスより
1944年1月1日
1946年4月17日
通貨 シリア・ポンド (YTL) (TRY)
時間帯 UTC +2(DST:+3)
ISO 3166-1 SY / SYR
ccTLD .sy
国際電話番号 963

シリア・アラブ共和国(シリア・アラブきょうわこく、アラビア語: الجمهوريّة العربيّة السّوريّة‎)、通称シリアは、中東西アジア共和制国家。北にトルコ、東にイラク、南にヨルダン、西にレバノン、南西にイスラエルと国境を接し、北西は東地中海に面する。首都はダマスカス。「シリア」という言葉は、国境を持つ国家ではなく、周辺のレバノンやパレスチナを含めた地域(歴史的シリア大シリアローマ帝国シリア属州)を指すこともある。

目次

  • 1 国名
  • 2 政治
    • 2.1 元首
    • 2.2 行政
    • 2.3 立法
    • 2.4 司法
  • 3 軍事
  • 4 国際関係
    • 4.1 シリア内戦が国際関係に与えた影響
    • 4.2 イスラエルとの関係
    • 4.3 イラクとの関係
    • 4.4 イラン・イスラーム共和国との関係
    • 4.5 トルコ共和国との関係
    • 4.6 ソビエト連邦及びロシアとの関係
    • 4.7 朝鮮民主主義人民共和国との関係
    • 4.8 中華人民共和国との関係
    • 4.9 アメリカ合衆国との関係
    • 4.10 日本国との関係
  • 5 地方行政区分
  • 6 地理
  • 7 経済
  • 8 歴史
    • 8.1 アケメネス朝
    • 8.2 セレウコス朝
    • 8.3 ローマ帝国
    • 8.4 イスラム帝国
    • 8.5 セルジューク朝
    • 8.6 十字軍国家
    • 8.7 アイユーブ朝
    • 8.8 モンゴル帝国
    • 8.9 マムルーク朝エジプト
    • 8.10 オスマン帝国
    • 8.11 OETA
    • 8.12 独立・シリア王国
    • 8.13 フランス委任統治領シリア
    • 8.14 独立・シリア共和国
    • 8.15 アラブ連合共和国
    • 8.16 独立・シリア・アラブ共和国
    • 8.17 バアス党政権樹立
      • 8.17.1 ハーフィズ・アル=アサド政権
      • 8.17.2 バッシャール・アル=アサド政権
      • 8.17.3 ダマスカスの春
        • 8.17.3.1 シリア内戦
  • 9 国民
    • 9.1 民族
    • 9.2 言語
    • 9.3 宗教
    • 9.4 婚姻
    • 9.5 教育
  • 10 交通
    • 10.1 鉄道
    • 10.2 空港
  • 11 文化
    • 11.1 世界遺産
    • 11.2 スポーツ
    • 11.3 祝祭日
  • 12 脚注
    • 12.1 注釈
    • 12.2 出典
  • 13 関連項目
  • 14 外部リンク

国名

正式名称は、アラビア語الجمهوريّة العربيّة السّوريّة(翻字: al-Jumhūrīyah al-ʿArabīyah al-Sūrīyah)で、読みはアル=ジュムフーリーヤ・アル=アラビーヤ・アッ=スーリーヤ、通称 سوريا(Sūriyā スーリヤー)または سورية(Sūrīyah スーリーヤ)。

公式の英語表記は Syrian Arab Republic (シリアン・アラブ・リパブリック)。通称 Syria (シリア)。

日本語の表記はシリア・アラブ共和国。通称シリア

「シリア」の語源は不明だが、アッシリアの転訛とする説、ティルスの転訛とする説などがある。

政治

国会議事堂
詳細は「シリアの政治」を参照

シリアは共和制大統領制をとる国家である。1963年3月8日革命(クーデター)以降、一貫してバアス党(アラブ社会主義復興党)が政権を担っている(バアス党政権)。現行憲法の「シリア・アラブ共和国憲法」は1973年の制定当初、国家を社会主義人民民主主義国家とし、バアス党を「国家を指導する政党」と定めていた。しかし、2011年シリア騒乱勃発を受けて行われた2012年の憲法改正(Syrian constitutional referendum)で、これらを定めた条文はいずれも削除されている。

シリア騒乱勃発後、バアス党政権の正統性を認めない反体制派の諸団体が現行政府の打倒を目指し国内外で活動している。欧米中東の一部の国々は反体制派を「穏健な反体制派」とイスラム過激派とに区分し、「穏健な反体制派」のシリア国民連合を「シリアの正統な代表組織」として政府承認している(後述)。しかし、シリア政府の関係者は反体制派全体をテロリストと認識しており、反体制派をあえて2つに区分するのを無意味なこととみている。

元首

国家元首である大統領は、バアス党の提案を受け人民議会が1名を大統領候補とし、国民投票で承認するという選任方法をとっていた。大統領の任期は7年で、ムスリムでなければならない。再選の制限は特になかったが、2011年以来のシリア内戦の初期に政権側から示された妥協案のひとつである憲法改正により、2任期の制限が設けられた(ただし、憲法改正以前にさかのぼっての適用ではないため、現職のバッシャール・アル=アサドは実質3任期目である)。また、バアス党の専権であった大統領候補者提案権も削除され、人民議会議員35名以上の文書による支持が新たな候補者要件となった。

行政

首相内閣に相当する閣僚評議会のメンバーは、大統領が任命する。

立法

立法府たる議会一院制で、正式名称は「人民議会」。定数は250議席。人民議会議員は国民の直接選挙(15選挙区)で選出され、任期は4年である。定数250議席のうち、127議席は労働者農民の代表でなければならないと規定されている。

大統領は絶対的な必要性がある場合は、人民議会の閉会中でも立法権も行使することができ、シリア軍の最高司令官も兼任する。

1973年に制定されたシリア・アラブ共和国憲法では、第8条においてバアス党が「国家を指導する政党」と規定され、バアス党によるヘゲモニー政党制がとられていたが、2011年より始まったアラブの春による一連の改革要求や反政府活動に応える形で2012年に憲法の抜本的改正が行われ、前記の規定は削除された。またこれに先立つ2011年8月に政党法および選挙法が制定・施行され、複数政党制が導入された。ただバアス党は、現在もアラブ社会主義連合党シリア共産党などの諸政党と協力関係にあり、与党連合「国民進歩戦線」(NPF)を結成している(国民進歩戦線議長はバアス党書記長)。バアス党は50年以上にわたる一党独裁により、党組織が巨大化して党員は350万人を数え、衛星政党の党員と合算すると400万人に達する。また非公認政党はクルド人勢力を中心に多数存在するが、非合法指定を受けた政治組織はムスリム同胞団のみである。なお、ムスリム同胞団はバアス党政権と激しく対立しており、同国の法律によって構成員への極刑が定められている。

司法

司法制度はフランス法およびオスマン帝国法を基礎としている。イスラーム法家族法の分野で用いられている。大統領を議長とする最高司法評議会が置かれており、裁判所判事の任命にあたる。最高司法機関は最高憲法裁判所である。

軍事

シリア空軍MiG-23戦闘機
詳細は「シリア軍」を参照

シリアはアラブ世界ではエジプトに次ぐ軍事大国として知られる。シリアは徴兵制が敷かれており、男子の兵役義務がある。また敵国であるイスラエルの侵攻を防ぐために旧東側諸国の武器を重装備しており、おもに友好国であるロシアから武器を調達している。

シリア軍の総兵力は現役約32万人、予備役は50万人である。陸軍の総兵力は約21万5,000人、海軍総兵力約5,000人に加えて予備役約4,000人、空軍総兵力約7万人、防空軍総兵力約4万人である。また、これらの正規軍のほかにイスラエルの侵攻に備えて、ゲリラ戦を行うために複数の民兵が組織されている。

シリアの軍事予算は国家予算の1割を占め、膨大な軍事費のためにシリアの財政を非常に圧迫している。またハマースヒズブッラーPFLPなどのテロ組織ゲリラ組織への資金援助、武器援助などを加えると軍事費はさらに膨大なものとなっている。

また、タルトゥース港とフメイミム空軍基地(ラタキア)にロシア連邦軍が駐留し、同軍の地中海における拠点となっている。

国際関係

詳細は「シリアの国際関係」を参照
青で塗られている諸国にはシリアの外交使節が派遣されている
深緑で塗られている諸国はシリア国民連合を「シリアの正統な代表組織」として政府承認している

国家の安全保障アラブ諸国の間での影響力の増大、およびイスラエルからのゴラン高原返還を確実にすることが、バッシャール・アル=アサド大統領の外交政策の主要目的である。対外関係において、アサド政権はバアス党の伝統として「アラブの大義」「パレスチナを含むイスラエルによる全アラブ占領地の解放」を前面に押し出した主張をすることが多い。

シリアは、歴史上の多くの局面においてトルコイスラエルイラクレバノンなどの地理的・文化的隣国との間で激しい緊張関係を経験してきた。また、サウジアラビアカタールを中心とした湾岸地域スンナ派アラブ諸国とは敵対関係にあり、これらの諸国は一貫してイスラム過激派を含むシリアの反政府勢力への支援を行ってきた。21世紀に入り、アサド政権は中東地域で対立関係にあった複数の国家との関係改善に成功した。しかし、「アラブの春」とそれに続くシリア内戦の影響から多数の国との外交関係が断絶、あるいは疎遠化しており、国際社会における交流の幅が狭まっている(詳細はシリア騒乱に対する国際的な対応を参照のこと)。

シリア内戦が国際関係に与えた影響

シリア・バアス党政権は、2011年シリア内戦勃発を理由にアラブ連盟(2011年)、およびイスラム協力機構(2012年)への加盟資格を停止させられている。また、トルコカナダフランスイタリアドイツアメリカ合衆国イギリスベルギースペイン、および湾岸協力会議加盟諸国は反体制派団体のひとつであるシリア国民連合を「シリアの正統な代表組織」として政府承認しており、バアス党政権との外交関係が断絶している(シリア国民連合を政府承認している国の一覧については該当ページを参照のこと)。

一方、バアス党政権は伝統的な同盟国であるイランロシアと良好な関係を維持し続けており、シリア騒乱に対する軍事的援助を両国から受けている。また、内戦勃発後も友好的な関係を維持している国々として、中国北朝鮮アンゴラキューバベネズエラニカラグアブラジルガイアナインド南アフリカタンザニアパキスタンアルメニア,、アルゼンチンベラルーシタジキスタンインドネシアフィリピン ウガンダジンバブエキプロス、およびその他諸国があり、アラブ連盟加盟国であるイラクエジプト(2013年のクーデター以降)、アルジェリアクウェートスーダンレバノンオマーンパレスチナ自治政府イエメンとも友好関係を維持している。

そのほか、バアス党政権と反体制派のいずれも積極的に支援せず、日本のように在シリア大使館を一時的に閉鎖して両国関係を疎遠にさせている国もある(各国のシリアにおける在外公館の設置・閉鎖状況については、駐シリア外国公館の一覧を参照のこと)。

イスラエルとの関係

詳細は「イスラエルとシリアの関係」を参照

シリアとイスラエルは1948年5月14日のイスラエル建国とその直後に起きた第一次中東戦争以来、ゴラン高原の領有権、ハマースヒズボッラーなどの反イスラエル武装組織への支援、イスラエルが敵国とみなすイランへの協力、シリア自体の核兵器開発疑惑などの理由から、2018年現在に至るまで敵対的な関係が続いている。

両国の最大の対立要因は1967年の第三次中東戦争においてイスラエルがシリアから奪取したゴラン高原の帰属問題で、1967年以来イスラエルはゴラン高原を実効支配し、その主権を主張しているが、シリアはゴラン高原をシリア固有の領土であると主張し、同領土の返還を要求し続けている。イスラエルを除く当事国、および国連のどちらもイスラエルの主張を認めていない。国連安全保障理事会が決議497「イスラエルの(ゴラン高原)併合は国際法に対して無効である」旨を採択し、同地がイスラエルによって不当に併合されたシリア領であるという見解が固定化した。しかし、イスラエル政府は「併合」であると認めていない。シリアとイスラエルは現在もゴラン高原の領有権を争っているが、第四次中東戦争停戦後の1974年以来、武力行使を行っていない。

シリアはイスラエルを牽制するため、1976年以降レバノンに軍を進め以後駐留を続けたが、レバノン国内からの反対(杉の革命)と国際的圧力により、2005年3月に軍と情報機関の完全撤退を表明した。軍は4月12日までに完全撤退した。情報機関の撤退については不明である。レバノンの反シリア派は、同国で頻発する政治テロの犯人はシリアであると非難している。

また、シリアはハマースヒズボッラーイスラーム・ジハードなどの欧米諸国やイスラエルが「テロ組織」と呼ぶ組織を支援しており、アメリカからは「テロ支援国家」に指定されている。首都ダマスカスにハマースやその他のパレスチナ・ゲリラの拠点があり、武器援助や軍事訓練拠点を提供しているとされる。

2007年9月にはイスラエル軍がシリアの核施設とみられる建造物を越境爆撃した。限定的な空爆はそれ以前から散発的に実施されており、以後もシリア内戦勃発以降も含め複数回実施されたが、2018年2月にはシリア軍がイスラエル軍機を撃墜している。

2011年3月以降のシリア内戦では、イスラエルはシリア軍の化学兵器関連の疑いのある施設やアサド政権支援のためにシリア国内で活動するヒズボラやイスラム革命防衛隊に対する限定的な空爆を行っている。一方、アサド政権崩壊後の混乱を警戒してか、同政権の崩壊を企図した反体制武装勢力への支援についてはきわめて慎重な姿勢をとっており、2018年7月のアサド政権軍によるゴラン高原隣接地域を含むシリア南西部の平定について「シリアの状況は内戦前に戻りつつある」として、内戦でのアサド政権の勝利がイスラエルにとっても好ましいとの見方を示した。

イラクとの関係

詳細は「イラクとシリアの関係」を参照

隣国イラクをめぐっては、シリア・バアス党とイラク・バアス党の政治対立によって、イラン・イラク戦争ではイラン支持に回り、湾岸戦争ではシリア軍が多国籍軍の一員としてイラクに侵攻するなど、対立の時代が長く続いた。しかし、イラク戦争後アメリカ軍により指名手配された旧イラク・バアス党幹部やイラク国内の混乱から逃れた人々が数多くシリアへ亡命し、受け入れた数は推定120万人に上るとされた。シリア政府が政治亡命したイラク・バアス党員の引き渡しを拒否したことや、イラクで米軍と戦うアル=カーイダなどのテロリストがシリアを経由してイラク国内に流入したことは、米国政府からの強い非難を引き起こした。イラク治安筋によるとダマスカスラタキアには、外国人テロリストのイラクへの密入国を仲介する者たちがおり、そのほとんどがイラク・シリア国境付近における密貿易で生計を立てていた者であったという。

米陸軍士官学校ウェストポイントはイラク北部のシンジャールで見つかったアル=カーイダの文書を元に報告書を作成した。それによると、現在までにシリアからイラクに入ったテロリストは590人で、約100人のシリア人仲介者がテロリストの密入国を手助けしているという。動機は金銭目的、イスラーム原理主義を支持しているなどの理由であるという。テロリストの出身国は遠くはモロッコ、リビア、アルジェリア、イエメン、近くはサウジアラビアで、彼らは密入国の手数料として2,500ドルを支払い、国境付近に到着すると偽造パスポートを受け取り、地元民の協力とガイドでイラクへと越境している。また、外国人テロリストのほとんどがアラブ諸国出身者であり、アラブ民族主義、あるいは侵略された同胞ムスリムを助けるジハードの遂行のためにイラクへ入国したイスラム過激思想信奉者であるとされる。特に、デリゾール県などのイラク国境地域の住民はイラク北西部に住むスンナ派部族とは親戚関係にあり、ジャズィーラ方言のアラビア語(メソポタミア方言のうち、イラク北西部やシリア東部で話されるもの)を喋るなどイラクとの関係は深く、「外国人の占領下に置かれている同胞」への同情からテロリストを支援しているとされている。

メソポタミア方言の分布

イラクでの戦闘に参加するために、同国へ潜入したイスラム過激思想信奉者のうち著名な人物は、シリア東部デリゾール県出身のアブー・ムハンマド・アル=ジャウラーニーである(ジャウラーニー氏についてはダラア県出身との説もある)。当該人物は、シリア内戦における反政府武装勢力の主力たるアル=ヌスラ戦線の指導者となっている。ヌスラ戦線の要員には、米軍占領期のイラクにおいて反米・反シーア派闘争に参加した者たちが多く含まれる。

シリア政府は、2003年対イラク開戦時には越境する「アラブ人義勇兵」を放置していたが、同年4月以降までに密輸業者を取り締まるなどの対策を講じた。しかし、部族民や地元政府、治安当局者まで業者に賄賂で買収されてしまっており、効果があがっていないとされる。もっとも外国人テロリストの越境数が多かったのは、2004年のファッルージャの戦闘時で、大半がサウジ人であったという。イラク戦争後、シリア国内で統制が強化されたのは、これらの義勇兵にイスラーム過激派が含まれており、シリア・バアス党の政治思想と厳しく対立していたためでもあり、シリア国内の治安への悪影響を減ずるという意図もあった。しかし、シリアは旧イラク・バアス党政権の残党には庇護を加え、米軍をはじめとする占領軍やイラク暫定政権に対する破壊活動を支援したとされる。

またイラクでは、元大統領サッダーム・フセインの出身部族がスンナ派であることに加え、サッダーム旧政権時代の与党であったイラク・バアス党の中核支持層もスンナ派に属し、これがイラク国内で多数派の十二イマーム派を押さえる形になっていた。しかし、シリアでは対照的に、アサド大統領の出身部族はイスラームの少数宗派であるアラウィー派に属し、シリア・バアス党の中核支持層はアラウィー派のほか、キリスト教徒ドゥルーズ派イスマーイール派などの少数宗派であり、これらが多数派であるスンナ派を抑える形になっている(ただし、スンナ派であっても世俗主義勢力の一部はバアス党と協力関係にある)。

このため、シリア内戦が勃発したあと、イラク国内で反米・反シーア派闘争を継続していた聖戦と解放の最高司令部およびナクシュバンディー軍を率いる旧イラク・バアス党序列第2位のイッザト・イブラーヒーム(サッダーム・フセインの死刑執行後、イラク・バアス党の地域指導部書記長に就任)は、アサド大統領の打倒を目指してシリア国内で活動するスンナ派の反体制勢力との連帯を表明した。また、イラク西部のスンナ派多数派地域における自由シリア軍支持者によって自由イラク軍というスンナ派武装集団も結成されている。これらの組織は過激派組織ISILとも協調しており、イラク政府軍と戦闘状態にある。逆に、イラク・バアス党政権の崩壊後、十二イマーム派が主体となったイラク政府は、ISILや同組織と同盟関係あるスンナ派武装集団の戦闘においてシリア政府と協力関係にある。

シリアは旧イラク・バアス党政権の残党に庇護を与えていたが、一様な支援ではなく、イラク・バアス党側においてもイッザト・イブラーヒームはイランと同盟関係にあるシリアに対し深い不信感を抱いており、提携にも消極的であったとされる。また、イラク・バアス党はサッダーム・フセインの死によって路線対立に歯止めが利かなくなり、一部の党幹部が非主流派グループを形成し、イブラーヒームの下を離脱。シリア東部のハサカにて会議を行い元党軍事局員のムハンマド・ユーニス・アル=アフマドを新指導者に選出した。この後、ユーニスはイブラーヒームを党より追放すると宣言、これに対抗してイブラーヒームがユーニスとそれに連なる党員の追放を行い、イラク・バアス党は主流のイブラーヒーム派と傍流のユーニス派に分裂した。ユーニス派による内訌と党分裂の事態に際して、イブラーヒームは声明を発し、イラク・バアス党に対するアメリカの陰謀を支援しているとして、シリア政府を非難している。イブラーヒームはシリア政府との協働に懐疑的姿勢を崩さず敵視しており、シリア内戦勃発後には最終的にシリア政府と決別した。しかし対照的に、ユーニスはシリア政府と良好な関係を構築した。

現イラク政府の暴力的転覆によるイラク・バアス党の政権奪取を重視している聖戦と解放の最高司令部やナクシュバンディー軍を始めとするイブラーヒーム派に対し、アル・アウダのようなユーニス派は恩赦や国外へ逃れたバアス党員の本国帰還によるイラク・バアス党の政治的再建を重視している(アル・アウダの結成は2003年であり、当初は積極的武力闘争路線であったがのちに方針を転換した)。また、イブラーヒーム派は闘争の過程でスーフィズムの紐帯を利用したほか、ジハード主義者と共闘するなど宗派主義的傾向を強めた(ただし、これは軍事的手段のひとつとして用いた便宜的なものであり、政治的には世俗主義を維持していた)が、ユーニス派は前者に比してさらに世俗主義的傾向が色濃く汎アラブ主義への回帰はより強固であった。これによって、ユーニス派は十二イマーム派が多数を占めるイラク南部における支持獲得に成功し、上位の指導層はスンナ派が占めているとはいえ、組織の中間層にはシーア派が多く存在するなど、旧来の支持基盤であるスンナ派多数地域での構成員獲得を目指すイブラーヒーム派とは対照的である。シリア政府はユーニス派を通じてイラクへの影響力拡大を図っていたのだった。また、恩赦を呼びかけるユーニスらに対してヌーリー・マーリキーは拒否する姿勢を崩さなかったが、マーリキーの退陣後、イラク首相に就任したハイダル・アル=アバーディは、穏健派であるユーニスとの和解に対して妥協的である。

また、当初は十二イマーム派が主導する現イラク政府との戦いにおいてISILと共闘していたイブラーヒーム派だったが、支持基盤の一部はスーフィー信者であり、ISILの急速な勢力拡大に対して警戒感を強め、同盟関係は2014年末には決裂したとされる。しかし、イッザト・イブラーヒームの率いる武装組織は、イラク政府との闘争も依然継続し、翌2015年4月中旬、領袖のイッザト・イブラーヒームがイラク政府軍およびシーア派武装組織との戦闘で死亡した。イブラーヒーム派がISILとの協力を停止し(スーフィーに属さない党関係者にはISILとの協働を継続している者やISILの構成員となっている者もおり、これらの元党関係者はISILとの同盟関係が決裂した際、反対にイブラーヒーム派の攻撃に加担した)、イブラーヒーム本人が戦死するなか、イラク政府はISILとの戦いを続けるうえで、イラク・バアス党との政治的和解を模索しているとされる。しかし、当事者であるイラク・バアス党は両派に分裂したまま派閥対立がまったく収束していない。イブラーヒーム派はムハンマド・ユーニス・アル=アフマドをイラク政府との交渉から排除することを望み、ユーニス派はイラク国内の破壊および占領に関するイブラーヒーム派の責任を非難し、イブラーヒーム派の政治的復権を拒否している。

イラン・イスラーム共和国との関係

詳細は「イランとシリアの関係」を参照

イラク・バアス党政権との対立関係や、シリアはほかのアラブ諸国と異なり非スンナ派政権であることから、イラン・イラク戦争ではイラクと戦争状態にあり、かつシーア派が国民の大多数を占めるイランを支持した背景があり、イランとは現在でも事実上の盟邦関係を継続中で、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2020/01/26 14:11

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