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ジェイソン・スタンリッジとは?

【基本情報】

【国籍】
アメリカ合衆国
【出身地】
アラバマ州バーミングハム
【生年月日】
(1978-11-09) 1978年11月9日(41歳)
【身長
体重】
191 cm
110 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
投手
【プロ入り】
1997年 MLBドラフト1巡目(全体31位)でタンパベイ・デビルレイズから指名
【初出場】
MLB / 2001年7月29日
NPB / 2007年6月23日
【最終出場】
NPB / 2017年8月23日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


ジェイソン・ウェイン・スタンリッジ(Jason Wayne Standridge, 1978年11月9日 - )は、アメリカ合衆国アラバマ州バーミングハム出身の元プロ野球選手(投手)。

NPBでは、福岡ソフトバンクホークス阪神タイガース千葉ロッテマリーンズの3球団で、2017年まで9シーズンにわたってプレー。ソフトバンクへ最初に所属した2007年2008年には、「スタンドリッジ」という登録名を用いていた。

ロッテ時代の2017年シーズン中にNPBの国内FA権を取得したが、シーズン終了後に退団。2018年シーズン以降にNPBの球団と契約する場合には、NPBの野球協約に沿って、日本人選手と同じ扱いを受けられることとなっていた(詳細後述)。

経歴

デビルレイズ時代

1997年MLBドラフト1巡目(全体31位)で、翌年に設立される新球団タンパベイ・デビルレイズから指名され契約。1998年に、ルーキーアドバンスドクラスのプリンストン・レイズ(アパラチアンリーグ)で、61失点し、シーズン最多失点のリーグワースト記録を塗り替える。

1999年はA級チャールストン・リバードッグス(サウス・アトランティックリーグ)で最優秀防御率を争ったが、シーズン中にA+級セントピーターズバーグ・デビルレイズ(フロリダ・ステートリーグ)に昇格したため、受賞を逃す。2001年7月29日の対テキサス・レンジャーズ戦でメジャーデビュー。2004年10月15日にFAとなる。

レンジャーズ時代

2004年11月19日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結んだ。

2005年はAAA級オクラホマシティ・レッドホークスで開幕を迎え、6月17日にレンジャーズとメジャー契約を結んだが、2試合(2.1回)で7安打3失点と結果を残せず、6月24日にDFAとなった。6月30日にマイナー契約を拒否したためFAとなった。

レッズ時代

2005年7月1日にシンシナティ・レッズとマイナー契約を結び、7月5日にレッズとメジャー契約を結んだ。レッズでは32試合に登板し、2勝2敗5ホールド、防御率4.06だった。

2006年はスプリングトレーニングで7試合に登板したが、防御率が11.57と落ち込み、3月21日にDFAとなった。3月23日にAAA級ルイビル・バッツへ降格。6月19日に再びレッズとメジャー契約を結んだが、8月7日に腰の故障で15日間の故障者リスト入りとなった。9月1日に故障者リストから外れ、その後は5試合に登板。この年は21試合に登板し、1勝1敗1ホールド、防御率4.82だった。

ロイヤルズ時代

2006年11月14日にウェーバーニューヨーク・メッツへ移籍した。

2007年1月25日にDFAとなり、1月31日にマイナー契約を拒否したためFAとなった。2月6日にカンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結び、4月4日にオクタビオ・ドーテルが故障者リスト入りしたため、ロイヤルズとメジャー契約を結んだ。昇格後は3試合に登板したが、合計6.2回で10失点(自責点7)を記録し、4月20日にDFAとなった。4月24日にAAA級オマハ・ロイヤルズへ降格。5月10日にロイヤルズと再びメジャー契約を結び、5月19日のコロラド・ロッキーズ戦では1回を無安打無失点2奪三振に抑えたが、その後登板機会はなく、5月22日にDFAとなった。5月25日にマイナー契約を拒否したためFAとなった。

ソフトバンク時代

ソフトバンク時代(2008年)

2007年6月3日に福岡ソフトバンクホークスと3000万円で契約。同年6月23日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)に初登板。リリーフとして5回裏に登板し、四球2つを出したものの無失点に抑えた。直後の6回表にチームが逆転し、そのまま勝利したため、初登板初勝利をマークした。当初はリリーフとして起用されていたが、先発投手陣に故障が相次いだこともあり8月から先発に転向。これが功を奏し、新外国人では史上3人目の先発5連勝を記録するなど、2007年は7勝を挙げた。

2008年は開幕から2試合連続で打ち込まれ、その後故障もあって二軍降格。8月にいったん一軍に復帰したものの4回3失点で敗戦投手となり、再び二軍降格となった。結局このシーズンは1勝も挙げられず、10月12日に解雇された。

マーリンズ傘下時代

2009年1月29日にフロリダ・マーリンズとマイナー契約を結んだ。AAA級ニューオーリンズ・ゼファーズで開幕を迎え、リリーフとして6試合に登板したが、防御率7.82と振るわず、4月29日に契約を解除された。

マーリンズ退団後はアトランティックリーグサマセット・ペイトリオッツに加入。18試合に登板し、4勝4敗、防御率5.13だった。

阪神時代

阪神タイガースと

2010年1月7日にフィラデルフィア・フィリーズと契約したが、スプリングトレーニング中にロースターから外れた。

同年4月5日に阪神タイガースと契約。2シーズン振りにNPBへ復帰した。これを機に、NPBでの登録名をスタンリッジに改めている。阪神がスタンリッジの緊急獲得に踏み切った背景には、岩田稔の故障離脱や新外国人ケーシー・フォッサムの不振などで、先発投手陣が手薄になっていたことが挙げられる。そのためチームへの合流直後から一軍先発陣の一角を担った。当初は投球内容が安定しなかったが、7月6日の対東京ヤクルトスワローズ戦(倉敷マスカットスタジアム)でNPBでの初完投、同月19日の対広島東洋カープ戦(阪神甲子園球場)でNPBでの初完封を記録。8月上旬に腰の張りで一時離脱したものの、9月7日には自身初のシーズン2桁勝利を記録した。

2011年の6月は1完封含む3勝0敗・防御率1.24の成績を挙げて阪神の外国人投手で初の月間MVPに選ばれた。翌7月も3勝0敗、防御率0.55の好成績で、6月に続いて月間MVPを受賞し、セ・リーグの外国人投手で初の連続受賞となった。8月以降は1勝どまりで、9勝7敗でシーズンを終えた。

2012年は引き続き開幕から先発ローテーションに入り、年間を通して安定した投球を続けた。しかし規定投球回を投げて防御率2.69・WHIP1.19など2011年を上回る好成績を残すも打線の援護に恵まれず、最終的に7勝12敗と大きく負け越した。

2013年は先発陣の一員として26試合に登板。投球回は160回以上で、セ・リーグ3位の防御率2.74を記録。しかし、先発した試合で打線の援護に恵まれないことが多く、8勝12敗でシーズンを終えた。さらに、球団ではシーズン終了後に、投打の柱であるマット・マートンおよびランディ・メッセンジャーの残留を内定。その一方で、新外国人選手として投手の呉昇桓と内野手のマウロ・ゴメスの獲得に動いた。このため、同時に一軍へ登録できる外国人選手数の上限(最大4人)との兼ね合いで、11月14日にスタンリッジの退団が決まった。スタンリッジは、退団決定の直後に、自身のTwitterを通じてファンへの感謝の言葉を綴っている。阪神からの退団を受けて、複数球団がスタンリッジの獲得に動いた。

ソフトバンク復帰

阪神タイガースと

2013年12月17日に古巣のソフトバンクが2年契約を結んだことを発表した。同球団への所属は6年振りだが、第1期から一転して、阪神時代の登録名「スタンリッジ」と背番号「55」を引き継いでいる。

2014年4月1日の対北海道日本ハムファイターズ戦で復帰後初の一軍公式戦登板を果たすと、同月15日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(いずれも福岡ヤフオク!ドーム)で復帰後初勝利。メッセンジャーと先発で投げ合った6月9日の対阪神戦(甲子園)では、被安打3でシーズン初完封勝利を挙げるとともに、NPB史上16人目(外国人投手では2人目)の全球団勝利を達成した。7月14日の対千葉ロッテマリーンズ戦(QVCマリンフィールド)3回裏には、1イニング3与死球のNPBタイ記録に加えて、阪神時代のチームメイトであったクレイグ・ブラゼルへの死球によって来日初の危険球退場を経験。それでも、レギュラーシーズン全体では、一軍公式戦で阪神時代の2010年に並ぶ来日後自己最多の11勝を挙げた。なお、一軍のリーグ優勝で迎えたポストシーズンでは、日本ハムとのクライマックスシリーズ ファイナルステージ第5戦(10月20日・福岡ヤフオク!ドーム)での先発で6回無失点と好投。古巣・阪神との日本シリーズ第1戦(同月26日・甲子園)では、外国人投手としてジョー・スタンカ(南海ホークス時代の1964年)以来チーム50年振りのシリーズ開幕投手を任されたが、かつての同僚であったメッセンジャーとの先発対決に敗れた。

2015年は日本人を含めたチーム最年長投手として、ロッテとの開幕第2戦(3月28日・福岡ヤフオク!ドーム)に先発。7回2失点という内容でシーズン初勝利を挙げるとともに、新監督の工藤公康へ公式戦初勝利をもたらした。5月には、パシフィック・リーグ投手部門の月間MVP候補に挙げられるほど好調だったが、23日の対日本ハム戦(札幌ドーム)では2回裏に西川遥輝から来日初の満塁本塁打を浴びた。6月のセ・パ交流戦期間中には、新外国人投手のリック・バンデンハークと入れ替わる格好で、14日から10日間二軍で調整。この時を境に、他の外国人選手などとの兼ね合いで、出場選手登録と抹消を繰り返した。しかし、レギュラーシーズン全体では、自身初の2年連続2桁勝利を達成するなど一軍のリーグ連覇に貢献。ヤクルトとの日本シリーズでは、チームの3勝1敗で迎えた10月29日の第5戦(明治神宮野球場)に先発すると、6回無失点という内容でチームを勝利とシリーズ連覇に導いた。なお、この年で2年契約が満了したことから、球団では11月14日にスタンリッジとの契約を更新しないことを発表した。ソフトバンク退団後もNPB他球団での現役続行を望んだため、複数の球団が獲得を検討していた。

ロッテ時代

2015年12月25日に、千葉ロッテマリーンズがスタンリッジの獲得を発表した。年俸120万ドル(約1億4,200万円)の1年契約で、背番号については、阪神・ソフトバンク第2期に続いて「55」を着用。2年目の契約に関して、球団が行使権を有するという条件を付けていた。

2016年には、一軍公式戦27試合に登板。5月末の不調で6月上旬まで一軍を離れながらも、先発陣の一角で8勝8敗、防御率3.56という成績を残した。その一方で、チームがレギュラーシーズン3位で臨んだクライマックスシリーズ ファーストステージで古巣のソフトバンクにステージ敗退を喫した直後には、この年限りでの現役引退を選択肢に入れていることを示唆。現役生活の続行を決めた場合には、ロッテへの残留を最も優先する意向も示した。これに対して、球団では12月2日にNPBから公示された保留選手名簿にスタンリッジを掲載。前述した契約の選択権に沿って、スタンリッジとの残留交渉を進めた。

2017年は推定年俸1億4400万円の1年契約で残留。レギュラーシーズン中の2017年5月16日に、外国人選手としては史上8人目となるNPBの国内FA権を取得。そのままシーズンを満了したため、翌2018年もチームへ残留する場合には、一軍で同時に登録できる外国人選手枠(1チーム最大で4名)の対象から外れることになっていた。一軍公式戦では、通算14試合の登板で、4勝6敗、防御率4.32を記録。後半戦では、6試合の登板で3勝2敗、防御率2.68と好投していたが、腰の張りの悪化によって8月29日以降一軍から遠ざかった。スタンリッジ自身は残留を希望していたが、シーズン終了後に球団が保留選手名簿からスタンリッジを外したため、12月2日にNPBから自由契約選手として公示。結局、球団は翌2018年1月15日に、スタンリッジと契約しないことを発表した。

2018年8月2日、正式に引退を表明した。

選手としての特徴

 | 
この選手のプレースタイルに関する文献や情報源が必要です。出典を明記するためにご協力をお願いします。(2011年11月)

長身からのスリー・クォーターで投げ込む平均球速145 km/h(最速は2011年7月12日甲子園での対読売ジャイアンツ戦で7回表に記録した154 km/h)の速球(フォーシームツーシーム)が武器。変化球はカーブスライダーチェンジアップを投げる。スライダーはカウント球と決め球で異なる握りを用い、決め球に使う方はカットボールに近い。カーブの握りはナックルに近く、ナックルカーブと紹介されることも多いが、スタンリッジ本人は「スパイクカーブ」と称している。

阪神時代には、2点台の防御率を記録するほどナイトゲームで好調だったことから、「夜王」と呼ばれた。その一方で、デーゲームには弱く、阪神時代の防御率は5点台であった。

阪神・ソフトバンク時代を通じて、地方球場の先発登板試合では、2015年シーズン終了の時点で8勝1敗という好成績を残している。ソフトバンク第2期の2015年4月12日に熊本県藤崎台県営野球場で催された日本ハム戦に0-1のスコアで惜敗するまでは、7連勝を記録していた。

人物

クリスチャンである。甲子園球場や福岡ヤフオク!ドームでヒーローインタビューを受ける際に、日本語で「神様は、私の力です」というメッセージを送ることが多かった。阪神からの退団が決まった直後にも、退団後の去就について、自身のTwitterで「今、私は神の導く新しい場所へ向かいます」とのツイートを残している。

妻・ジョイとの間に、長男・キャッシュと、2015年に養子に迎えた神戸児童養護施設出身の娘・ケインがいる。

ソフトバンク第2期の2015年公式戦開幕直後(3月30日)には、チームメイトのデニス・サファテとの連名で、東日本大震災復興支援財団に協力することを発表。スタンリッジ自身は、「1勝につき20万円」という単位で累積した金額を、シーズン終了後に同財団へ寄付することを表明した。ちなみに、この年には10勝を挙げたため、寄付金の総額は200万円に到達。ソフトバンクからの退団発表直後(11月25日)には、全額の寄付が完了したことを、球団を通じて報告している。

詳細情報

年度別投手成績




【球

団】























ブ




ド
































ボ











W
H
I
P

2001 | TB | 9 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 87 | 19.1 | 19 | 5 | 14 | 1 | 0 | 9 | 0 | 0 | 10 | 10 | 4.66 | 1.71
2002 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 18 | 3.0 | 7 | 1 | 4 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 3 | 3 | 9.00 | 3.67
2003 | 8 | 7 | 1 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | .000 | 157 | 35.1 | 38 | 7 | 16 | 0 | 1 | 20 | 4 | 0 | 25 | 25 | 6.37 | 1.53
2004 | 3 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 48 | 10.0 | 14 | 5 | 4 | 0 | 0 | 7 | 1 | 0 | 10 | 10 | 9.00 | 1.80
2005 | TEX | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 16 | 2.1 | 7 | 0 | 1 | 1 | 0 | 2 | 1 | 0 | 3 | 3 | 11.57 | 3.43
CIN | 32 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 0 | 5 | .500 | 140 | 31.0 | 38 | 3 | 16 | 7 | 1 | 17 | 1 | 0 | 14 | 14 | 4.06 | 1.74
'05計 34 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 0 | 5 | .500 | 156 | 33.1 | 45 | 3 | 17 | 8 | 1 | 19 | 2 | 0 | 17 | 17 | 4.59 | 1.86
2006 | 21 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 1 | .500 | 86 | 18.2 | 17 | 2 | 14 | 0 | 1 | 18 | 0 | 0 | 14 | 10 | 4.82 | 1.66
2007 | KC | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 41 | 7.2 | 11 | 2 | 5 | 2 | 0 | 6 | 0 | 0 | 10 | 7 | 8.22 | 2.09
ソフトバンク | 17 | 8 | 0 | 0 | 0 | 7 | 1 | 0 | 1 | .875 | 233 | 54.0 | 51 | 0 | 23 | 2 | 1 | 35 | 2 | 2 | 22 | 18 | 3.00 | 1.37
2008 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | .000 | 64 | 13.0 | 17 | 1 | 6 | 0 | 2 | 8 | 0 | 0 | 13 | 11 | 7.62 | 1.77
2010 | 阪神 | 23 | 21 | 2 | 1 | 1 | 11 | 5 | 0 | 0 | .688 | 530 | 126.1 | 121 | 6 | 37 | 1 | 13 | 98 | 6 | 2 | 55 | 49 | 3.49 | 1.25
2011 | 25 | 25 | 3 | 2 | 0 | 9 | 7 | 0 | 0 | .563 | 634 | 151.0 | 136 | 9 | 46 | 3 | 11 | 116 | 5 | 0 | 50 | 49 | 2.92 | 1.21
2012 | 25 | 25 | 1 | 0 | 0 | 7 | 12 | 0 | 0 | .368 | 619 | 150.1 | 134 | 8 | 45 | 2 | 11 | 102 | 4 | 0 | 50 | 45 | 2.69 | 1.19
2013 | 26 | 26 | 2 | 2 | 1 | 8 | 12 | 0 | 0 | .400 | 677 | 160.2 | 161 | 12 | 47 | 2 | 4 | 124 | 5 | 2 | 62 | 49 | 2.74 | 1.29
2014 | ソフトバンク | 26 | 26 | 2 | 1 | 0 | 11 | 8 | 0 | 0 | .579 | 725 | 172.0 | 156 | 13 | 57 | 0 | 10 | 129 | 3 | 1 | 68 | 63 | 3.30 | 1.24
2015 | 23 | 23 | 1 | 1 | 0 | 10 | 7 | 0 | 0 | .588 | 617 | 144.1 | 150 | 12 | 44 | 0 | 8 | 81 | 4 | 1 | 64 | 60 | 3.74 | 1.34
2016 | ロッテ | 27 | 27 | 0 | 0 | 0 | 8 | 8 | 0 | 0 | .500 | 686 | 162.0 | 168 | 13 | 45 | 5 | 8 | 99 | 6 | 1 | 72 | 64 | 3.56 | 1.31
2017 | 14 | 14 | 0 | 0 | 0 | 4 | 6 | 0 | 0 | .400 | 349 | 77.0 | 84 | 9 | 38 | 0 | 7 | 52 | 5 | 0 | 40 | 37 | 4.72 | 1.58
MLB:7年 80 | 9 | 1 | 0 | 0 | 3 | 9 | 0 | 6 | .250 | 593 | 127.1 | 151 | 25 | 74 | 11 | 3 | 80 | 7 | 0 | 89 | 82 | 5.80 | 1.77
NPB:9年 209 | 198 | 11 | 7 | 2 | 75 | 68 | 0 | 1 | .524 | 5134 | 1210.2 | 1178 | 83 | 388 | 15 | 75 | 844 | 40 | 9 | 496 | 445 | 3.31 | 1.38

表彰

記録

MLB

投手記録

NPB

投手記録
打撃記録
節目の記録
その他の記録

背番号

登録名

登場曲

登板用

打席用

脚注

  1. ^ “ロッテ・スタンリッジ「誇りに」国内FA権を取得”. 日刊スポーツ. (2017年5月16日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1824403.html 2017年5月16日閲覧。
  2. ^ http://www.baseball-reference.com/minors/player.cgi?id=standr001jas 2013年8月3日閲覧。
  3. ^ “スタン虎救った! G斬り“歓”封ショーで6勝目”. サンケイスポーツ. (2013年8月3日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20130803/tig13080305060011-n3.html 2013年8月3日閲覧。
  4. ^ Texas Rangers sign 15 to minor league contracts”. MLB.com Dodgers Press Release (2004年11月19日). 2016年2月4日閲覧。
  5. ^ Ken Sins (2005年6月17日). “Notes: Astacio the latest starter to exit”. MLB.com. 2016年2月4日閲覧。
  6. ^ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2020/02/24 14:03

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