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ジェレミー・ジアンビとは?

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ジェレミー・ジアンビ (Jeremy Dean Giambi :ジェレミー・ディーン・ジアンビ、1974年9月30日 - ) は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の元プロ野球選手 (MLB) である。兄のジェイソン・ジアンビもメジャーリーガーであり、通算400本塁打以上を達成している。

経歴

1996年ドラフト6巡目でカンザスシティ・ロイヤルズから指名され、同年6月10日に契約を結んだ。マイナー2シーズン目の1997年、A級のランシング・ラグナッツにて31試合の出場で打率.336・5本塁打・21打点・5盗塁・OPS1.028と豪打を発揮。次いでAA級のウィチタ・ラングラーズでも、74試合で打率.321・11本塁打・52打点・4盗塁・OPS0.930という圧倒的な打棒を見せた。2ランクの合計では、105試合の出場で打率.326・16本塁打・73打点・9盗塁・OPS0.960という見事な数字を並べた。

1998年は、AAA級のオマハ・ロイヤルズで96試合に出場し、打率.372・20本塁打・66打点・8盗塁・出塁率.469・長打率.634・OPS1.103という成績をマーク。同年メジャー昇格を果たし、ロイヤルズで18試合に出場。打率は.224ながら2本塁打を放ったほか、9三振に対し11四球を選ぶなど、打力の片鱗を見せた。守備では9試合でレフトの守りに就き、無失策だった。

1999年は出番を大幅に増やし、DH及びファーストの中心格として90試合に出場。ホームランは3本に留まり、パワー不足だったが、打率.285・出塁率.373をマークし、高い確実性を発揮した。マイナー (オマハ) では、35試合で打率.346・12本塁打・28打点・OPS1.157をマークしており、圧倒的な格の違いを見せつけた。

2000年2月18日ブレット・ラクストンとのトレードによりオークランド・アスレティックスに移籍した。アスレティックスでは守備位置を変わりながらレギュラー的存在となり、104試合で打率.254・10本塁打・50打点という打撃成績を記録した。なお、同年及び翌2001年は兄のジェイソンもアスレティックスに所属していた為、兄弟で同じチームでプレーした。

2001年は、DHとライトに分散しながら124試合に出場し、打率.283・12本塁打・57打点・出塁率.391という成績をマーク。パワーと確実な出塁性を同時に発揮するようになった。

2002年はシーズン途中でフィラデルフィア・フィリーズに移籍したが、調子を崩さずに計124試合でプレー。打率.259・20本塁打 (自身初の20本超え) ・45打点・出塁率.414・長打率.505・OPS0.919という主砲級の好成績を叩き出した。しかし、2003年以降はメジャーはおろかマイナーでも打率.100台に低迷するようになり、その年を最後にメジャーの舞台に戻る事はなかった。

関連項目

脚注

  1. ^ Jeremy Giambi Statistics and History - Baseball-Reference.com (英語) . 2016年5月3日閲覧。


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出典:wikipedia
2018/11/15 00:21

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