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ジミー大西とは?

【本名】
大西秀明
【ニックネーム】
ジミー(「ちゃん」づけされることもある)
【生年月日】
(1964-01-01) 1964年1月1日(56歳)
【出身地】
日本大阪府八尾市
【血液型】
A
【身長】
160cm
【言語】
日本語
【方言】
大阪弁
【最終学歴】
大阪商業大学堺高等学校
【師匠】
ぼんちおさむ
明石家さんま
【出身】
NSC1期生(半年先輩)
【芸風】
漫談
【事務所】
吉本興業
【活動時期】
1982年 -
【同期】
ダウンタウン
トミーズ
ハイヒール
内場勝則など
(厳密には半年後輩)
【現在の代表番組】
東野・岡村の旅猿 プライベートでごめんなさい…
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!
【過去の代表番組】
探偵!ナイトスクープ
【他の活動】
画家
【配偶者】
既婚

ジミー大西(ジミーおおにし、1964年1月1日 - )は、日本のお笑いタレント画家である。本名は大西 秀明(おおにし ひであき)、名前の由来は豊臣秀吉から「秀」と元日に産まれたことから明けましておめでとうの「明」を組み合わせたもの。

大阪府八尾市出身。吉本興業所属。血液型はA型。既婚。

デビューまで

勉強は苦手だったが、運動神経はよく、八尾市立安中小学校時代は、ボーイズリーグの強豪である八尾フレンドに所属。八尾フレンドの4年後輩に桑田真澄がいる(桑田は八尾市立成法中学校の後輩でもある)。中学時代も野球部で活躍し、スポーツ推薦で強豪の大商大堺高校に進学した。しかし、ベンチが出す数式を用いたサインが覚えられず、試合中にバッターボックスでサイン数式を地面に書いて計算し、監督に怒られたこともあり、試合に出してもらえず、1年夏から引退するまでマネージャーとなった。野球部の監督は読売ジャイアンツに在籍していた山本功児の兄で、怖かったという。

高校時代はいじめられっ子で、よくいじめに遭っていた。ある日国鉄阪和線津久野駅で、いじめっ子に「次に来る快速電車乗りたいから何とかして停めろ」と脅され、裸で線路に突き落とされたジミーが身を挺して電車を緊急停車させたことがある。その後ジミーはすぐ駅員に捕まり、学校に連絡されて停学処分を受けた。この事件のせいで、ジミーの両親は国鉄から請求された賠償金(数百万円)を借金をしてまで支払わなければならない破目になってしまった。なお、大西に飛び込むように指示したいじめっ子には未だ処分が下されていない。

好きだったアイドルは早見優石田ひかりも好きだった。

芸人時代

高校卒業後は、就職を希望したが、成績の悪さから就職先が見つからないため、担任教師が吉本興業に雇ってくれるよう頼み込んだ事で、高校在学中からアルバイトとして吉本に入社。放課後や休日に、なんば花月の裏方(幕引きや進行)を務める。明石家さんまとはこの頃に出会っている。高校卒業後に正式に吉本入りし、その後、さんまの勧めによりぼんちおさむに弟子入り。当時の憧れは間寛平だった。吉本新喜劇などを経て「おおにしこにし」という漫才コンビを結成したが、どうしてもジミーだけが目立ってしまうため長続きしなかった。「ジミー」という芸名は、さんまがテレビで視た野生のゴリラの名前に因んで名付けたものである。

おさむ門下時代の伸び悩んでいた時代、吉本から半ば見捨てられている存在だったジミーは、運転手にならないかとさんまに誘われ、以降さんまが自身の付き人として面倒を見るようになる。ジミーは運転免許を持っておらず、そこでさんまに『2週間で免許が取れる合宿制の自動車教習所があるから行ってこい』と言われ、合宿制の自動車教習所に通った。実地試験は難なく合格したものの、漢字が読めなくて筆記試験がなかなか通らず1カ月たっても卒業できず、試験に落ちるたびにさんまにお金を送ってもらっていたという。結局ジミーは、免許を取るまで半年掛かった。さんま曰く、『車がもう1台買えたわ』。

さんまによって才能を引き出され、数々の一発ギャグを身に付けていく。吉本社員の「売れるわけがない」という発言は、さんまのモチベーションに繋がった。この運転手時代に、料金所で車の窓を開けるのを忘れて手を窓に思いっきりぶつけて骨折してしまった、渋滞に捕まりさんまは「やけにこんどるなあ」と言いよく見たら前の車は路上駐車中だった、ワイパーの動きを見ていると眠くなり居眠り運転をしそうになった、さんまが車を運転中誘導を頼まれたがぶつけてしまい、ぶつかってからも「オーライオーライ」と言い続けた、笑っていいともの生放送当日に道に迷い、さらに電話の電源を切ってしまい、スタッフに迷惑をかけた等のエピソードがある。

特に、人から決まった言葉を振られた後に返すタイプのギャグが有名。「ジミーちゃんやってる?」と振られたあとの「やってる、やってるぅ」や、「ジミーがんばれよ」と振られたあとの「お前もがんばれよ!」、股間を触られたときに発する「ふるさとー」または「エクスタシー」など。これらのギャグが評判となり、天然ボケ芸人として全国的に人気を博した(「やってる、やってるぅ」のギャグ誕生当時は、手を股間付近で動かしていたが、さんまにそれはまずいと言われ、顔の付近で動かすようになった)。

芸人として絶頂期を迎えていた1996年頃に、後述するテレビ番組の企画によって絵画の才能を見出され、画家の道を歩むことになった。松本人志は引退に際し「もったいないなぁ。誰も勝たれへんで!他に辞めなあかん奴いっぱいおんのに」とジミーの才能を絶賛していた。またビートたけしも、さんまのフリに確実にギャグで返すジミーに対して「パブロフの犬の様な条件反射はすごいな!」と絶賛している。

元祖天然ボケの伝説を持つ。萩本欽一がジミーをテレビで見て、「このボケが意図的であればチャップリン以来の天才喜劇役者だ」と評し、萩本と1対1で面談することになった。しかし、部屋から出てきた萩本の第一声は「天然だったね…」というがっかりした声であった。これが、「天然ボケ」という言葉の由来であるといわれている。月亭方正も、初対面でジミーと2人きりになった時に、方正が何を聞いても、ジミーは「ウホッ、ウホッ」としか話さなかったと述懐している。

異常に嗅覚が鋭く、番組の企画の「たくさん並べられたスリッパの中から女子アナの履いたスリッパを当てる」というゲームで警察犬と対決し、見事勝利した(さんま曰く、警察から『警察の信用に傷が付くので放送しないでほしい』と言われた、との事)。 また絵画修業で赴いたアフリカでは、広大な平原を徘徊しているアフリカゾウを臭いで探し当てた。

1996年、尊敬する上岡龍太郎に、自身の絵画を褒められたことなどから画家として生きていく事を決意し、芸能活動を引退、画家に転向する。岡本太郎から「君は画家になりなさい」と手紙をもらったことも、引退を決意した要因の一つである。

画家転向後

画家に転身後も吉本興業に籍を残しており、さんまの舞台公演への出演、それ以外にも時折テレビにも出演し、かつてのオトボケぶりを発揮している。

さんまのコントライブ「明石家さんまプロデュース 今回もコントだけ」については、画家転向後の一時期は出演を見合わせたが、2002年に10年目の記念ということでゲストとして復帰。2004年のPart.11以降は、再びレギュラー扱いになっている。

2008年7月26日27時間テレビ内の「クイズ!ヘキサゴンII」に、さんまファミリーとして出演。さんまのフリに対する的確な持ちギャグを見せつけ、また中村玉緒・浅田美代子と共にヘキサゴンファミリーのおバカキャラ達を圧倒するボケを披露した。司会の島田紳助もこのジミーの活躍に「ジミーに久しぶりに会ったけど、前より確実にパワーアップしてる」と彼を評価している。

クリスマスに向けてイケメンになるために整形手術を行ったことがあった。顎の骨を削る本格的な手術で、12月までは食事は流動食のみで、包帯グルグル巻きの状態であるとのことである。しかし、ライオンのごきげんようにて、さんまが出演した際、ジミーの整形の話をし、12月にジミーがさんまのところにきたが、さんま曰く「なんにも変わっていなかった」とのこと。

2011年、「東野・岡村の旅猿」にゲスト出演。10数年ぶりの本格的なバラエティー番組復帰となった。相変わらずの天然&マイペースぶりを見せつけ、以降も番組の常連となった。番組内ではプロ級の料理の腕前を披露している他、絵を描くことに飽きてきた、やる気がないとも暴露している。

夢は、子供のいないタモリ養子になり財産を受け継ぐことである。

ホンマでっか!?TV」(2012年3月28日)の「ホンマでっか人生相談」で「真剣な場面で笑ってしまうのをなんとかしたい」と相談。池田清彦は「この人は天才だ」と言い、脳の大部分が絵の能力に使われていると述べ、「無理に直したら絵が下手になる恐れも」とアドバイス。澤口俊之には「10万に1人そういう脳はいて、必ず絵・音楽・記憶力のどれかがずば抜けて良い(いわゆるサヴァン症候群)」と言われた。おおたわ史絵は「ジミーちゃんは真剣な空気が怖いと感じているから笑わせようとしているだけで、それで周りが笑顔になっているから直さなくて良いと思う」と述べた。

2016年以降はタレント活動に再び軸足を置いている。絵画については「今は描きたくない」「筆は(折ってはいないが)曲げている」と発言している。また、「風俗に行きすぎて借金が増えたため、それを返済するために戻った」とも語っている。

画家として

なんばパークス屋上に設置のモニュメント『天海の輝き』

EXテレビ』(EX Osaka、読売テレビ)や『世界ウルルン滞在記』(毎日放送)などのテレビ番組企画にて、絵画作品が抽象画家などの専門家によって評価され、「平成の山下清」と周囲(特に島田紳助)から言われるようになる。1993年に初めて個展を開催。動物などをテーマとしたシュールな画風と鮮やかな色彩感覚で画家として注目され、脚光を浴びた。

ダウンタウンDX』(読売テレビ)の番組内で、芸能人の宝物を専門家に鑑定してもらうコーナーにジミーの絵が登場したこともある。このとき、まじまじと絵を見つめていた松本は、「そうか、ジミーちゃんには我々がこんな風に見えてるんだ。だから、あんな(性格)なんですねー」と語り、笑いを誘った。鑑定結果は「100万円」。後述のボジョレーヌーボーのラベルなど、広く日本国外で評価されている点などが考慮されたという。

絵画を描く時、絵の具は水性をよく使う。理由は、前述の通り嗅覚が良すぎるせいで油性絵の具の匂いを嗅ぐと頭痛や吐き気に見舞われ、絵を描ける状態ではなくなってしまうため。 しかし、後に油性絵の具も使えるようになった。

また、画家として成功する前には、多くの先輩芸人に絵を描いてお金を借りていた事があったという。中田カウスは、ジミーが若手時代お金に困っていたのでジミーの描いた絵を数万円で購入しており、そのまま家の倉庫に放置していたが、有名になってから価値が出ると感じたのか、家のリビングに額縁に入れて飾っているという。

パブロ・ピカソの絵を見ようとスペインバルセロナに滞在した際にアントニオ・ガウディの影響を受けたといっている。

主な作品

年譜・エピソード

初恋のエピソード

幼いころから人見知りが激しく、同級生とも馴染めなかったジミーは、いつも優しく接してくれる幼馴染みの女の子に恋心を抱いた。彼女に「好きだ」という気持ちを伝えたのが、人前で自分を出した最初の体験だという。しかし小学校に上がったのち、彼女は病死してしまう。死という概念がわからなかったジミーは、「あの娘、すぐ戻ってくるんでしょ?」と食い下がって教師を困らせたが、そのとき教室の外で、廊下を彼女が歩いているのを見つけた。再び目をやったときにはもういなかったという。彼を心配した同級生の説明で一応納得したが、本人曰く、「彼女の幻を見たのはあの時が最初で最後だった」とのこと。

主な出演番組

テレビ

現在でも『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の罰ゲーム企画など、時折バラエティ番組に出演している。

テレビドラマ

映画

ウェブテレビ

その他

CM

主なギャグ・名言など

持ちネタ

※「ワイルドだろぉぉ」

著書

画集

日記

絵日記

絵本

カレンダー

関連書

関連項目

脚注

  1. ^ TVでた蔵「2016年2月14日放送 ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」”. ワイヤーアクション (2016年2月14日). 2016年2月18日閲覧。
  2. ^ 週刊文春 2003年11月13日号 p.66~69『「家」の履歴書』
  3. ^ 快速は津久野駅に停車しない
  4. ^ 『いまだから笑えるここだけの話』(びっくりデータ情報部編。KAWADE 夢文庫シリーズ。1996年5月発行)48頁。なお、同書籍は絶版されている。
  5. ^ 『天然色日記』p.126 - 128
  6. ^ 痛快!明石家電視台 2014年8月26日放送回”. gooテレビ (2014年8月26日). 2016年2月20日閲覧。
  7. ^ さんまはジミーを教育して面倒を見る為、しばらくの間自身は運転免許を取得せず、ジミーを運転手及び付き人として雇い続けた
  8. ^ 師匠のおさむとの間に生まれたネタ
  9. ^ 明石家さんま神発言「美容整形より『生き方』が医師」”. Techinsight(exciteニュース) (2016年1月12日). 2016年2月20日閲覧。
  10. ^ 「ホンマでっか!?TV」でもネタにしているが、おおたわ曰く、強引な顎を削る手術は歯を失う可能性があるための医師の配慮ではないかと推測している。
  11. ^ TVでた蔵「2012年3月28日放送 フジテレビ ホンマでっか!?TV」”. ワイヤーアクション (2012年3月28日). 2016年3月13日閲覧。
  12. ^ フジテレビ「ワイドナショー」2016年8月28日放送分
  13. ^ バルセロナはピカソが青年期に修行した町で、ピカソ美術館がある。
  14. ^ 『天然色日記』p.109 - 111
  15. ^ ジミーと地元小学生が原画を担当した「魚」「カニ」「エビ」「カメ」の4種類の絵が、特殊フィルムによってプリントされている。なお、これは乗り物としては世界最大のラッピングであるという。
  16. ^ MBSちちんぷいぷい』の企画
  17. ^ http://www.zakzak.co.jp/gei/2007_01/g2007011204.html
  18. ^ 谷村ひとし著『パチンコドンキホーテ』より。
  19. ^ 『天然色日記』p.56 - 61
  20. ^ 和久井映見=ジミー大西? 月9ドラマ『ピュア』の意外な創作秘話 90sチョベリー 2016年10月21日、2019年12月25日閲覧

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