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ジョニー・ベンチとは?

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ジョニー・ベンチ
Johnny Bench

【基本情報】

【国籍】
アメリカ合衆国
【出身地】
オクラホマ州オクラホマシティ
【生年月日】
(1947-12-07) 1947年12月7日(70歳)
身長
体重 6' 1" =約185.4 cm
208 lb =約94.3 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
捕手三塁手一塁手外野手
【初出場】
1967年8月28日
【最終出場】
1983年9月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

アメリカ野球殿堂
殿堂表彰者

【選出年】
1989年
【得票率】
96.42%
【選出方法】
全米野球記者協会による投票
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


ジョニー・ベンチ(John Lee "Johnny" Bench, 1947年12月7日 - )は、元メジャーリーガー(捕手)。ニックネームは「Little General」。

1970年代にビッグレッドマシンと言われたシンシナティ・レッズの黄金時代を支えた。MLB史上最強の捕手とも称され、史上唯一、捕手で本塁打王タイトルを獲得している。

目次

  • 1 経歴
  • 2 野球以外での活躍
  • 3 詳細情報
    • 3.1 年度別打撃成績
    • 3.2 獲得タイトル・表彰・記録
  • 4 脚注
  • 5 出典・外部リンク

経歴

アメリカ合衆国オクラホマ州オクラホマシティに3人兄弟の末っ子として誕生。父親はアメリカ先住民であるチョクトー族の血をひいている。1965年の第1回ドラフト会議でレッズに指名され、入団。

約2年のマイナーでのプレイを経て、1967年8月28日にメジャーデビューを果たした。その年はシーズン終盤26試合に出場し、打率.163に終わったが、1968年のスプリングキャンプの際に出会ったテッド・ウィリアムズがベンチのバッティングに非凡さを感じ、自らのサインを渡す際に「将来の野球殿堂入りが確実なジョニー・ベンチ君へ」と書き添えた逸話がある。その1968年には初めてフルシーズンをメジャーで過ごし、154試合に出場して打率.275、15本塁打、82打点の活躍でナ・リーグ新人王に選ばれた。

1970年にはいずれも自己最多の45本塁打、148打点を記録し、本塁打王打点王の二冠に輝き、最優秀選手(MVP)を受賞。1972年にも40本塁打・125打点で再び二冠に輝き、MVPを受賞した。1974年は129打点で3度目の打点王を獲得。

1972年のワールドシリーズ第3戦の8回表、ランナーを二人置いてベンチに打席が回った。フルカウントになったところで、監督のディック・ウィリアムズとバッテリーが集まって話し合った。プレーが再開されると捕手のジーン・テナスが立ち上がって一塁を指差した。ベンチは敬遠されると思ってボールを待った。投手のローリー・フィンガーズが振りかぶると、テナスは突然座ってボールを待ち構えた。ベンチは騙され、見逃し三振に打ち取られてしまった。

レッズは名将スパーキー・アンダーソン監督の下、1975年1976年に二年連続でワールドシリーズを制し、ベンチはピート・ローズジョー・モーガンらとともにBig Red Machineと言われた1970年代最強チームの一つを牽引した。守備力にも優れ、ゴールドグラブ賞は1968年から10年連続で受賞。オールスターには通算14回出場した。他にも、1975年にはルー・ゲーリッグ賞、1976年にはワールドシリーズMVPとベーブ・ルース賞1981年にはハッチ賞を受賞。

1978年秋にはレッズ単独チームの一員として日米野球で来日。1981年以後は一塁手、そして三塁手にコンバートし、現役最後の3シーズンで捕手を務めたのは13試合のみであった。

1983年のシーズン途中に同年限りでの現役引退を発表。打撃三冠王経験者のカール・ヤストレムスキー(ボストン・レッドソックス)もシーズン後の引退を表明したため、当時のMLBコミッショナーだったボウイ・キューンは二人の功績を称え、同年のオールスターゲーム出場枠を特別に1名ずつ増やして二人を出場させた。9月17日の本拠地リバーフロント・スタジアムの試合は「Johnny Bench Night」と銘打たれ、現役最後となる通算389号本塁打を放つ。

多くの選手がフリーエージェント等で高給を求めて移籍する中、17シーズンをレッズ一筋に過ごし、通算389本塁打、1,376打点を記録。打撃タイトルは延べ5回だが、捕手獲得タイトル数としては歴代1位で捕手という負担の大きなポジションにあってその打力は特筆すべきものであった。通算389本塁打中、捕手としての本塁打は327本で当時のMLB記録たったが、後にカールトン・フィスク、更にマイク・ピアッツァに更新された。

引退と同時に背番号5』はレッズの永久欠番に指定され、1989年には資格初年度で96.42%という高い得票率で野球殿堂入りを果たし、21年前のウィリアムズの予言は現実のものとなった。1999年には捕手としては最高得票でMLBオールセンチュリーチームに選出された。

息子は高校で主にアメフトで活躍したが、父の後を追ってメジャーのトライアウトに2度挑戦したことがある。

野球以外での活躍

ベンチは現役最晩年の1982年から1985年にかけて、NBCテレビで放送された"The Baseball Bunch"という子ども向け教育番組で、当時人気のあったマスコットフェイマス・チキンと共に番組の進行役を務めている。また引退後には、ゴルフのチャンピオンズ・トーナメントに何度か出場したこともある。現在はテレビラジオの解説者を務めている。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S

1967 | CIN | 26 | 93 | 86 | 7 | 14 | 3 | 1 | 1 | 22 | 6 | 0 | 1 | 1 | 1 | 5 | 0 | 0 | 19 | 4 | .163 | .207 | .256 | .462
1968 | 154 | 607 | 564 | 67 | 155 | 40 | 2 | 15 | 244 | 82 | 1 | 5 | 2 | 8 | 31 | 8 | 2 | 96 | 14 | .275 | .311 | .433 | .743
1969 | 148 | 592 | 532 | 83 | 156 | 23 | 1 | 26 | 259 | 90 | 6 | 6 | 0 | 7 | 49 | 7 | 4 | 86 | 7 | .293 | .353 | .487 | .840
1970 | 158 | 671 | 605 | 97 | 177 | 35 | 4 | 45 | 355 | 148 | 5 | 2 | 1 | 11 | 54 | 9 | 0 | 102 | 12 | .293 | .345 | .587 | .932
1971 | 149 | 613 | 562 | 80 | 134 | 19 | 2 | 27 | 238 | 61 | 2 | 1 | 0 | 2 | 49 | 7 | 0 | 83 | 20 | .238 | .299 | .423 | .722
1972 | 147 | 652 | 538 | 87 | 145 | 22 | 2 | 40 | 291 | 125 | 6 | 6 | 0 | 12 | 100 | 23 | 2 | 84 | 18 | .270 | .379 | .541 | .920
1973 | 152 | 651 | 557 | 83 | 141 | 17 | 3 | 25 | 239 | 104 | 4 | 1 | 1 | 10 | 83 | 14 | 0 | 83 | 22 | .253 | .345 | .429 | .774
1974 | 160 | 708 | 621 | 108 | 174 | 38 | 2 | 33 | 315 | 129 | 5 | 4 | 0 | 4 | 80 | 15 | 3 | 90 | 13 | .280 | .363 | .507 | .870
1975 | 142 | 605 | 530 | 83 | 150 | 39 | 1 | 28 | 275 | 110 | 11 | 0 | 0 | 8 | 65 | 12 | 2 | 108 | 12 | .283 | .359 | .519 | .878
1976 | 135 | 552 | 465 | 62 | 109 | 24 | 1 | 16 | 183 | 74 | 13 | 2 | 0 | 4 | 81 | 6 | 2 | 95 | 9 | .234 | .348 | .394 | .741
1977 | 142 | 560 | 494 | 67 | 136 | 34 | 2 | 31 | 267 | 109 | 2 | 4 | 0 | 7 | 58 | 8 | 1 | 95 | 10 | .275 | .348 | .540 | .889
1978 | 120 | 451 | 393 | 52 | 102 | 17 | 1 | 23 | 190 | 73 | 4 | 2 | 1 | 6 | 50 | 10 | 1 | 83 | 9 | .260 | .340 | .483 | .823
1979 | 130 | 538 | 464 | 73 | 128 | 19 | 0 | 22 | 213 | 80 | 4 | 2 | 3 | 4 | 67 | 8 | 0 | 73 | 11 | .276 | .364 | .459 | .824
1980 | 114 | 407 | 360 | 52 | 90 | 12 | 0 | 24 | 174 | 68 | 4 | 2 | 0 | 4 | 41 | 2 | 2 | 64 | 9 | .250 | .327 | .483 | .810
1981 | 52 | 196 | 178 | 14 | 55 | 8 | 0 | 8 | 87 | 25 | 0 | 2 | 1 | 0 | 17 | 3 | 0 | 21 | 4 | .309 | .369 | .489 | .858
1982 | 119 | 439 | 399 | 44 | 103 | 16 | 0 | 13 | 158 | 38 | 1 | 2 | 1 | 2 | 37 | 2 | 0 | 58 | 14 | .258 | .320 | .396 | .716
1983 | 110 | 334 | 310 | 32 | 79 | 15 | 2 | 12 | 134 | 54 | 0 | 1 | 0 | 0 | 24 | 1 | 0 | 38 | 13 | .255 | .308 | .432 | .741
MLB:17年 2158 | 8669 | 7658 | 1091 | 2048 | 381 | 24 | 389 | 3644 | 1376 | 68 | 43 | 11 | 90 | 891 | 135 | 19 | 1278 | 201 | .267 | .342 | .476 | .817
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰・記録

脚注

  1. ^ All-Time #MLBRank: Counting down the list of greatest catchers” (英語). ESPN.com (2016年7月20日). 2017年1月21日閲覧。
  2. ^ Best catchers of all time” (英語). Fox Sports (2011年7月8日). 2017年1月21日閲覧。
  3. ^ 20世紀以降の捕手で本塁打王を獲得したのはベンチのみ。19世紀にバック・ユーイングが本塁打王を獲得している
  4. ^ 福島良一 『大リーグ雑学ノート』(ダイヤモンド社、1997年)ISBN 447896050X
  5. ^ 2位は3回のディーコン・ホワイトジョー・マウアー。4位は2回のアーニー・ロンバルディ

出典・外部リンク


アメリカ野球殿堂表彰者 捕手


獲得タイトル・記録
ナショナルリーグMVP
チャルマーズ賞 | 

リーグ表彰 | 

以下、全米野球記者協会(BBWAA)による表彰

1930年代 | 

1940年代 | 

1950年代 | 

1960年代 | 

1970年代 | 

1980年代 | 

1990年代 | 

2000年代 | 

2010年代 | 


ナショナルリーグ新人王
1940年代 | 

1950年代 | 

1960年代 | 

1970年代 | 

1980年代 | 

1990年代 | 
出典:wikipedia
2018/02/22 00:16

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