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スズキ_(企業)とは?

種類
株式会社
【市場情報】
東証1部 7269
1949年5月上場
名証1部 7269
1949年5月 - 2003年5月
大証1部(廃止) 7269
1949年5月 - 2003年5月
福証 7269
1954年5月 - 2002年8月

【略称】
スズキ
【本社所在地】
日本
432-8065
静岡県浜松市南区高塚町300
北緯34度41分32.3秒
東経137度41分17.2秒
座標: 北緯34度41分32.3秒 東経137度41分17.2秒
【設立】
1920年(大正9年)3月15日
(鈴木式織機株式会社)
業種
輸送用機器
法人番号
8080401002431
【事業内容】
自動車製造など(車種一覧を参照)
【代表者】
鈴木修(代表取締役会長)
原山保人(代表取締役副会長)
鈴木俊宏(代表取締役社長(CEO&COO))
【資本金】
1,380億1,400万円
(2017年3月31日現在)
【発行済株式総数】
5億6,104万7,304株
(2016年3月31日現在)
【売上高】
連結:3兆1,695億4,200万円
単体:1兆6,878億3,600万円
(2017年3月期)
【営業利益】
連結:2,666億8,500万円
単体:1063億9,600万円
(2017年3月期)
【純利益】
連結:1,599億5,600万円
単体:876億7,100万円
(2017年3月期)
【純資産】
連結:1兆3,870億4,100万円
単体:5,078億1,000万円
(2017年3月期)
【総資産】
連結:3兆1,159億8,500万円
単体:1兆7,495億9,200万円
(2015年3月期)
【従業員数】
連結:6万2,992人
単体:1万5,138人
(2017年3月31日現在)
【決算期】
毎年3月31日
【主要株主】
日本マスタートラスト信託銀行(信託口):5.4%
東京海上日動火災保険:4.1%
JPモルガン・チェース・バンク 380055:4.0%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口):3.9%
三菱東京UFJ銀行:3.6%
静岡銀行:3.3%
りそな銀行:2.9%
損害保険ジャパン日本興亜:1.8%
新日鐵住金:1.8%
ザ バンク オブ ニューヨーク - ジャスディック ノン トリーティー アカウント:1.6%
(2015年9月30日現在)
【主要子会社】

スズキビジネス
スズキ二輪:100%
スズキ自販東京:100%
スズキ自販浜松:100%
スズキ自販近畿:100%
スズキ自販山口:100% スズキ部品製造:100%

など
(いずれも連結子会社)
【関係する人物】
鈴木道雄(創業者)
【外部リンク】
www.suzuki.co.jp
特記事項:1954年6月に鈴木式織機株式会社から鈴木自動車工業株式会社へ商号変更。1990年10月に鈴木自動車工業株式会社からスズキ株式会社へ商号変更。

スズキ株式会社(英語: SUZUKI MOTOR CORPORATION)は、日本四輪車及び二輪車のメーカーである。

四輪車の世界販売台数は第10位、国内販売台数は第3位、二輪車の世界販売台数は第8位、国内販売台数は第3位、船外機では販売台数世界第3位である。

目次

  • 1 概要
  • 2 沿革
    • 2.1 歴代社長
    • 2.2 同業他社との関係
  • 3 博物館
  • 4 スズキの車種一覧
    • 4.1 車種一覧
    • 4.2 製品の特徴
  • 5 生産拠点
    • 5.1 四輪
    • 5.2 二輪
    • 5.3 船外機
  • 6 研究所・テストコース
    • 6.1 研究所
    • 6.2 テストコース
  • 7 コーポレートスローガン
  • 8 販売チャネル
  • 9 関連企業
    • 9.1 日本国内
    • 9.2 日本国外
  • 10 主な提供番組
    • 10.1 2018年10月現在
      • 10.1.1 テレビ
      • 10.1.2 ラジオ
    • 10.2 過去
    • 10.3 文言
    • 10.4 備考
  • 11 不祥事
    • 11.1 申告漏れ・所得隠し
    • 11.2 燃費偽装
    • 11.3 完成車検査不正
  • 12 脚注
  • 13 関連項目
  • 14 外部リンク

概要

大工から身を起こした鈴木道雄により、1909年織機メーカー「鈴木式織機製作所」として創業。当初の木製織機からのちには金属製自動織機の生産へ移行し、企業規模を拡大すると共に、精密機械の加工ノウハウを蓄積した。 しかし、近代化された力織機はいったん織物工場に納入されると長年月の稼働が可能な耐久商品で代替需要が小さく、将来の販路飽和が予見されたことから、機械技術を活かした多角化策として、早くから自動車産業への進出検討を始めていた。

創業者の鈴木道雄は120以上の特許ー実用新案を取得した発明者でもあった。その名前がそのまま社名になった。ロゴの制定は1958年で、美術系の大学生に呼びかけて候補を募った。300余点の候補のなかから手銭正道のデザインが選ばれた。

戦前から自動車開発の企図を持ち、オースチン・セブンのコピー車製作などを試みていたものの、本格的な参入は1950年代初頭の自転車補助エンジンブームを機にオートバイ開発に乗り出した1952年からである。更に1955年には四輪軽自動車分野にも進出し、以後、小型オートバイと軽自動車分野をメインに、日本の小型自動車業界での地歩を築いた。

四輪車は軽自動車や小型車などを主力としている。軽自動車の分野では、1973年から2006年までの34年間にわたり販売台数日本一を誇り、マツダ日産自動車三菱自動車工業へのOEM供給も行っている。社団法人全国軽自動車協会連合会の発表した2006年度(2006年4月 - 2007年3月)軽四輪車新車販売台数速報によれば、長年競い合ってきたダイハツ工業に1位の座を譲った(ダイハツ61万6206台、スズキ60万5486台)、なお同社は2006年にスイフトSX4などの小型車の強化を表明しており、生産能力確保の為には軽No.1にはこだわらず、軽生産の縮小も辞さないという姿勢を打ち出している、しかし、2014年は同年1月に発売を開始したクロスオーバーSUV型のハスラーが発売初年で10万4233台とヒット車種となったことで軽乗用車販売台数の大幅アップ(2013年比15.9%増)に貢献し、同協会による2014年の軽四輪車新車販売速報ではダイハツ工業(70万6288台)を2795台上回る70万9083台となり、8年ぶりに軽自動車年間販売台数No.1の座を奪還した。 2014年度における四輪車の販売台数は国内では第3位で、世界では第10位。特にインド市場で強みを発揮しており、インドにおける自動車シェアの(年間販売シェアのうち)54%はスズキが占めている。2002年にインド政府との合弁会社マルチ・ウドヨグをマルチ・スズキ・インディアとして子会社化し、連結経常利益の4割を占めている。

東京商工リサーチ浜松支店が2016年5月18日に発表したところによると、日本国内の仕入れ先は5372社で、そのうち一次仕入れ先は1154社、二次仕入れ先は4218社であり、一次仕入れ先の約半数である506社が静岡県内の企業で、数としては一位を占めている。またそれとは別に、一次仕入れ先の過半数は資本金5000万円未満の企業である。

メーカー出資の子会社ディーラーは「スズキ自販○○」(○○には都道府県名が入る。例:スズキ自販東京)という社名になっているケースがほとんどである。

自動車以外ではモーターサイクルモーターボート(スズキマリン)、船外機発電機リース/クレジット事業(スズキファイナンス)、住宅(スズキハウス)、ワインはちみつ保険の販売やカー用品事業(オートリメッサ)、ガソリンスタンドゴルフ場の経営なども手がける(これらのほとんどは関連会社のスズキビジネスが担当)。

取引銀行は、三菱UFJ銀行静岡銀行りそな銀行である。

またTOPIX Large70の構成銘柄の1つでもある。

2014年3月現在の本社所在地である静岡県浜松市南区高塚町300番地は、1991年5月1日の自治体合併前まで浜名郡可美村であったが、各種広報では「浜松市外高塚」と記していた時期も有った。

現在の大手自動車メーカーでは珍しく、起業から現在に至るまで創業家一族が、経営の中枢を担う役職で世襲制を引いている。

スズキ株式会社は2020年に創立100周年を迎える国内自動車メーカーの中でも歴史の長い名門企業である。

沿革

歴代社長

氏名 在任時間 主な実績や特記事項
鈴木道雄 | 1909年10月~1957年2月 | 創業者。スズキの前身である「鈴木式織機製作所」を設立し、各種製織機を発明した。その後、自動2輪車の研究開発に投資し、軽自動車の4輪乗用車スズライトの導入に至った。社名を「鈴木自動車工業」へ改称した。
鈴木俊三 | 1957年2月~1973年5月 | 

道雄の長女婿養子。社長が実際に参加して自動2輪車の開発が行われた。最初は、岳父の掲げた4輪車の開発に反対していたものの理解を示し、車輌開発と生産計画を継続し完了させた。


鈴木實治郎 | 1973年5月~1978年6月 | 俊三の義弟、道雄の三女婿養子。自動車及びオートバイ事業の世界への拡大と、医療福祉施設への参入を行い、電動車椅子の導入を図った。そして、スズキワークスチームが、世界オートバイ選手権に戻るように導いた。1978年6月で、病気を理由に社長を辞任した。
鈴木修 | 1978年6月~2000年6月 | 俊三の長女婿養子。日本の軽自動車の覇権を握る「スズキアルト」、「スズキワゴンR」などのモデルを発売。Maruti Udergius(以前はMaruti Suzuki)をインドに設立。更に投資する為、ハンガリーに行きMagazin Suzukiを設立した。米国大手自動車大手ゼネラルモーターズの資本協力を行ったり、社名を「スズキ株式会社」に改称した。
戸田昌男 | 2000年6月~2003年3月 | 初の創業家以外の社長。販売面における業務提携を川崎重工業と結び、オートバイ、ATVなどの製品の相互OEM供給を行う協力を発表した。しかし、後に業務提携は、スズキの意向により解消された。
津田紘 | 2003年3月~2008年12月 | 先代に続き創業家以外の社長。「スズキスイフト」、「スズキSX4」などのモデルを発売し、世界ラリー選手権に参戦した。
鈴木修 | 2008年12月~2015年6月 | 鈴木修の長女婿だった小野浩孝を第7代目の社長に人選していたが、膵臓癌のため2007年12月12日に死去。当時78歳の修が社長に復帰した。 2009年には、ドイツのVW Groupと株式所有交換を行い事業提携を共にしていたが、VW側の買収工作を端に泥沼の裁判の末、スズキの意向により解消された。
鈴木俊宏 | 2015年6月~現在 | 鈴木修の長男。創業者の道雄以来、初の直系親族の社長になった。

同業他社との関係

日産自動車とは2002年4月からMRワゴンを日産・モコとしてOEM供給を開始した事を皮切りに、2007年1月には6代目アルトを日産・ピノ(2010年1月まで販売)として2009年12月にはパレットを日産・ルークス(2013年3月まで販売)として、2013年12月には2代目エブリイワゴン/5代目エブリイ/12代目キャリイを2代目日産・NV100クリッパーリオ/NV100クリッパー/NT100クリッパーとしてそれぞれOEM供給を行なっている。反対に、日産自動車からミニバンの日産・セレナ(3代目以降)のOEM供給を受け、ランディとして販売されている。

三菱自動車工業とは2011年3月から、3代目ソリオを三菱・デリカD:2として、2014年2月には2代目エブリイワゴン/5代目エブリイ/12代目キャリイを2代目タウンボックス及び7代目ミニキャブバン/ミニキャブトラックとしてそれぞれOEM供給が行われている。

マツダには1989年5月から軽自動車及び軽商用車のOEM供給を行っている。1989年10月にはスズキが乗用車用基幹部品(エンジン等)の供給を開始し、1998年10月の新規格軽乗用車の発売以降は、スズキがマツダの軽自動車全モデルをOEM供給している。

トヨタ自動車とは歴史的に縁が深く2017年には次世代のエコカーや自動運転車の技術など幅広い分野で業務提携を結ぶことで基本合意している。

米GMとの提携
1981年8月にはゼネラルモーターズ (GM) と提携を開始した。スズキの鈴木修会長は記者会見において、GMに吸収されるのではないかとの懸念について、「GMは鯨、スズキは蚊。鯨に飲み込まれずに高く舞い上がれる」とコメントし話題となった。カルタスエスクードを北米ではシボレージオブランドでOEM供給していた。1988年から1993年までは日本においてシボレーやポンティアックの輸入を行った。2003年から2006年には再びシボレー車の輸入を行っていた。
スズキは同じGMグループの富士重工業(当時、現・SUBARU)やいすゞ自動車と部品の共通化などをすすめていたが、GMは2005年に富士重工株、2006年にいすゞ株をトヨタ自動車に売却した。
財務体質が悪化したGMは2006年に保有していたスズキ株式20%のうち17%を売却し、それをスズキが自己資金で買い戻した。さらにGMの急激な業績悪化と世界金融危機による資金繰りの悪化により、2008年11月17日付けで保有していた残り3%(1641万株)のスズキ株を223億円でスズキに売却した。これによって日本からGMの資本はすべて引き上げられ、GMグループに属する自動車製造会社はなくなった。
スズキはGMとの提携関係を継続するとして今後の新型車に搭載するハイブリッドエンジンを共同開発する方針を示していたが、2009年12月にはカナダの生産拠点であるCAMIオートモーティブの全株式をGMに売却するなど、提携解消に向けた動きが順次進められている。スズキ会長兼社長の鈴木修は同年12月16日に行われた新型アルトの発表会の席上で「GMには28年間本当にお世話になった。小学校を卒業して中学校に入る際に先生が変わった、そんな気持ちだ」と関係を表現している。
独VWとの提携
2009年12月にはフォルクスワーゲン(以下『VW』)との包括的提携を発表した。VW側はスズキの発行済株式の19.89%を24億ドルで取得する一方で、スズキ側もVW株を「VWがスズキ株式の取得に投じた金額の2分の1を限度として」取得するほか、ハイブリッド車等の開発でも提携するとしていた。
2011年3月に発表されたVWの年次決算報告書の中でVWはスズキを「財務・経営面で重大な影響を及ぼせる会社」にあげた。スズキの鈴木修会長兼社長は提携時に両社は対等な関係を維持することを約束したはずだとしてVWに対して不快感をしめした。
6月にスズキがフィアットからディーゼルエンジンの供給を受けることが発表されると、VWは提携合意に違反するとして抗議を行った。
スズキは、技術的支援が受けられなかったことや、VWがスズキを「財務的、経営方針上、重大な影響を与えることができる」会社とみなしたことを理由として、2011年9月12日にVWとの提携を解消すると発表した。互いに購入した株式については売却を求めるとした。VWは2011年10月27日発表の決算報告書ではスズキを持ち分法適用会社から除外した。スズキは提携の解消を求め国際仲裁裁判所に調停を依頼した。
2015年8月30日、国際仲裁裁判所が、VW保有のスズキ株を売却すべきだという判断(判決)を示し、VWが保有するスズキの全株式(19.9%)を手放すことになり、正式に提携解消となった。スズキ会長兼CEOの鈴木修は同日の記者会見で、記者から「VWとは別の分野での協力することはあるか」との質問に対し、「離婚した人とまた再婚することはないだろう」と述べた。
また、正式な提携解消後も審議が継続されていたVWが主張した契約違反に基づく損害については、2016年2月10日にVWが損害賠償請求を取り下げ、スズキがVWに対して本件の和解金として一定額を支払うことで和解が成立し、一連の仲裁が終結された。

博物館

スズキの車種一覧

車種一覧

詳細は「スズキの車種一覧」を参照

製品の特徴

「人と同じ事はやらない。やるなら世界一を目指すのがスズキ」の企業風土がある。

二輪車の分野では1980年代に爆発的な人気となったレーサーレプリカの第1号としてRG250ガンマ(2サイクル)を発売した。

50 ccのレーサーミニとしてGAG(4サイクル)を発売した(ジョーク・バイクとして発売されたGAGの後追いとして他社から出たものは、完全な「レーサーミニレプリカ」として発売されたため、レーサーミニの第1号であるGAGは短命に終わる)。

今日、特に欧州で人気の400 ccや650 ccのビッグスクーターの第一号もスズキによって発売された。それ以前にも250 ccのスクーターはホンダなどにより既に発売されていたが、それはあくまで(高速道路も走る事ができる、50 ccや125 ccの標準的な排気量のスクーターから見れば)「巨大化したスクーター」としてのみ認知されていた。それをスクーターとしては異例な400 ccの大排気量エンジンを搭載し、さらに巨大な650 cc(スクーターとしては、発売当時世界最大の排気量であった)というエンジンを載せてビッグスクーター=プレミアム・スクーター(高価格ではあるが、四輪車の十分な代用となり高性能である、といったような複合的要素)という図式を作り上げた。これによりビッグ・スクーターは上記の1980年代のレーサーレプリカと同じように人気となる。

馬力競争にも積極的に参加し、スズキの車種の出力が後の業界自主規制値の発端となった例も多い。例として、二輪車250 ccクラスの45馬力(RG250ガンマ)、同400 ccクラスの59馬力(GSX-R)、軽自動車の64馬力(アルト・ワークス)、欧州のバイクにおけるスピードリミッター装備とスピードメーターの300 km/h目盛自粛(ハヤブサ)が挙げられる。

その一方でジムニーキャリイの各2サイクルエンジンを1980年代中半頃まで使用し続けたり、Keiは登場から11年間程発売され、ジムニーは登場から10年程(3代目は20年程)経過した車種でありながら改良を重ねつつ生産・発売し続けたり、ソリオ(旧・ワゴンR+ → ワゴンRソリオ)は2010年にフルモデルチェンジされるまで11年間も生産・販売し、ワゴンRスイフトは3代続いてキープコンセプトである(前者は初代から3代目、後者は2代目から現行型となる4代目)など、4輪に関しては保守的な面もある。しかし、初代ワゴンRの「居住性を確保するために背を高くした軽乗用車」というコンセプトは当時は非常に革新的で、軽トールワゴンという新たなジャンルを開拓した。またスズキの四輪車は、日産・セレナOEM供給車であるランディを除き、全て寒冷地仕様となっている。

生産拠点

四輪

二輪

船外機

研究所・テストコース

研究所

テストコース

コーポレートスローガン

販売チャネル

四輪自動車

日本国内の自動車の販売網は「スズキ店」と、小型車をメインに扱う「スズキアリーナ店」(2000年4月より発足)の2ディーラー体制であり、更にその下に「副代理店」「業販店」というサブディーラーが存在している。副代理店・業販店は、町の自動車整備工場や中古車販売店が大部分を占めている。

日本国内のサブディーラーは各地域ごとの「スズキ自販」会社が統括しており、日本に5万店ある「業販店」の中でも販売実績の多い店を「副代理店」としている。スズキでは、それらサブディーラーの販売比率が7割以上を占めている。各地域ごとの「スズキ自販」会社は、一般顧客向けの販売と同時にサブディーラーへの卸会社としての機能も持っている。

インド市場においては、マルチ・スズキ・インディア主導により、2015年より上級車チャネル「NEXA(ネクサ)」が立ち上げられ、既存のマルチ・スズキディーラーよりも上質感と高級感を訴求し、高価格帯車種を中心に取り扱っている。

二輪バイク

他ブランドとの併売店舗の「SBS」(スズキバイクショップ)と、スズキ車専売店舗の「スズキワールド」の2つに分かれている。

関連企業

日本国内

モータースポーツ部門を取り扱う。
ハンガリー製トカイワインの輸入も行っている。
オートリメッサ - カー&バイク用品店
スズキハウス

日本国外

主な提供番組

2018年10月現在

テレビ

☆印は60秒提供。

出典:wikipedia
2018/12/14 01:47

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