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スピッツ_(バンド)とは?

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スピッツ

【出身地】
日本東京都
【ジャンル】
ロック
オルタナティヴ・ロック
フォーク・ロック
パワー・ポップ
ニュー・ウェイヴ
J-POP
シューゲイザー
【活動期間】
1987年 -
【レーベル】
ポリドール
(1991年 - 2001年)
ユニバーサルJ
(2002年 - )
【事務所】
Grass Hopper(Road & Sky Group)
【公式サイト】
SPITZ OFFICIAL WEB SITE
【】

【メンバー】
草野マサムネ(ボーカルギター)
三輪テツヤ(ギターコーラス)
田村明浩(ベース・コーラス)
﨑山龍男(ドラムス・コーラス)

スピッツ(spitz、Spitz、SPITZ)は、日本ロックバンドである。所属事務所はGrass Hopper(2001年にロード&スカイからスピッツのマネージメント事業が分社化)。レコード会社はユニバーサルJ(ユニバーサル ミュージック)。公式ファンクラブは「spitzbergen」(スピッツベルゲン)。

目次

  • 1 概要
    • 1.1 名前の由来
  • 2 メンバー
    • 2.1 サポートメンバー
  • 3 音楽的特徴と影響
  • 4 来歴
    • 4.1 バンド結成からインディーズ時代
    • 4.2 1991年(メジャー・デビュー) - 1996年
    • 4.3 1997年 - 2007年
    • 4.4 2008年 - 2017年
    • 4.5 2018年 -
  • 5 受賞歴
  • 6 ディスコグラフィ
    • 6.1 シングル(CD)
      • 6.1.1 アナログ盤(EP)
    • 6.2 アルバム(CD)
      • 6.2.1 アナログ盤(LP)
    • 6.3 映像作品
    • 6.4 ソノシート・カセットテープ
    • 6.5 書籍
    • 6.6 映画
    • 6.7 参加作品
  • 7 ライブ
    • 7.1 出演イベント
  • 8 タイアップ一覧
  • 9 脚注
  • 10 参考文献
  • 11 関連項目
  • 12 外部リンク

概要

1987年に結成し、1991年にメジャー・デビューした。1995年発売の11thシングル「ロビンソン」や6thアルバム『ハチミツ』のヒットを機に人気を獲得しており、マイペースな活動を続けている。メジャーレーベルはポリドール時代から現在までユニバーサルミュージックの所属であり、海援隊などと共に同社古参アーティストの一角である。

1997年から大阪を中心とする関西圏で『ロックロックこんにちは!』を開催しているほか、2000年からは仙台で『ロックロックこんにちは! in 仙台』(2010年から『ロックのほそ道』と改称)、2010年からはSTUDIO COASTにおいて『Spitz×VINTAGE ROCK std. presents 新木場サンセット』といったスピッツ主催の音楽イベントを開催している。

名前の由来

バンド名「スピッツ」は、草野マサムネが高校時代から温めていた名前。草野は「s」に「p」が続く単語(「special」や「crispy」など)が好きであり、辞書でこの単語を見つけて発音やその意味(ドイツ語で「尖っている」「辛辣な」)が気に入ったことから命名した。また、結成当初はパンク・バンドであったことから、犬種の日本スピッツに絡めて「小さい犬ほどよく吠える」という後付の意味も込めている。「スピッツ」は英語風の発音に基づいており(本来のドイツ語発音では「シュピッツ」)、デザイン上アルファベット表記も多用されるが、カタカナ表記が正式である。

公式ファンクラブ「spitzbergen」(スピッツベルゲン)は、草野が世界地図から見つけた北極海に実在するノルウェー領の島「スピッツベルゲン島」から名づけた。1995年にファンクラブ会員限定のライブ&トークイベント『Spitzbergen presents “GO!GO!スカンジナビア vol.1”』を初開催しており、以後は数年ごとに開催している。

メンバー

※詳細は各記事を参照。

名前 担当 生年月日 出身地 血液型
草野マサムネ(くさの マサムネ) | ボーカル
ギター
ハーモニカ
タンバリン |  (1967-12-21) 1967年12月21日(51歳) | 福岡市早良区 | O型
三輪テツヤ(みわ テツヤ) | ギター
コーラス |  (1967-05-17) 1967年5月17日(52歳) | 静岡県藤枝市 | B型
田村明浩(たむら あきひろ) | ベース
コーラス |  (1967-05-31) 1967年5月31日(52歳) | 静岡県藤枝市 | A型
﨑山龍男(さきやま たつお) | ドラムス
コーラス |  (1967-10-25) 1967年10月25日(51歳) | 栃木県佐野市 | B型

サポートメンバー

クジヒロコ

音楽的特徴と影響

メンバーは少年期からHR/HMが好きであり、バンド結成当初はパンク・ロックのバンドであった。後にフォークソングの要素を取り入れて独自のポップ・ロックを確立していく。日本のロックの系譜上では、1990年代に登場したオルタナティブ・ロックパワー・ポップのバンドに括られることがある。

自分たちのルーツを聞かれた際に、草野はチープ・トリック(Cheap Trick)の『蒼ざめたハイウェイ』(In Color)、ダムド(The Damned)の『マシンガン・エチケット』(Machine Gun Etiquette)、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)の『ジギー・スターダスト』(Ziggy Stardust)、ライド(Ride)の『ノーホエア』(Nowhere)、真島昌利の『夏のぬけがら』が好きなアルバムだと語っている。田村はアイアン・メイデン(Iron Maiden)の『鋼鉄の処女』(Iron Maiden)、クイーン(Queen)の『オペラ座の夜』(A Night At The Opera)、ジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell)の『シャドウズ・アンド・ライト』(Shadows And Light)、ザ・フー(The Who)の『ライヴ・アット・リーズ』(Live At Leeds)、ラッシュ(Rush)の『ムーヴィング・ピクチャーズ』(Moving Pictures)を選んでいる。﨑山はマイケル・シェンカー・グループ(Michael Schenker Group)の『Michael Schenker Group』、モトリー・クルー(Motley Crue)の『ドクター・フィールグッド』(Dr.Feelgood)、LOUDNESSの『THE BIRTHDAY EVE 〜誕生前夜〜』、ザ・バンド(The Band)『The Band』、ポリス(The Police)の『シンクロニシティー』(Synchronicity)をよく聴いたと述べている。三輪はデフ・レパード(Def Leppard)の『Pyromania』、『Bagdad Cafe』(映画『バグダッド・カフェ』サウンド・トラック)、XTCの『オレンジズ・アンド・レモンズ』(Oranges & Lemons)、ポリス(The Police)の『シンクロニシティー』(Synchronicity)、ヴァンデンバーグ(Vandenberg)の『Best Of Vandenberg』が原点であるという。

来歴

バンド結成からインディーズ時代

1986年の春に東京造形大学草野マサムネ田村明浩が出会い、重音部に入部した。先輩であり、後のFLYING KIDSとなったメンバーの演奏に刺激され、音楽ジャンルの異なるパンクをやることを決意した。ドラムにはサークル部員を迎えて「チーターズ」(水前寺清子にちなんだネーミング)を結成。「365歩のマーチ」のパンク調や「『いちご白書』をもう一度」をブラック・サバス風にしてアレンジして演奏していた。途中からギターのメンバーを1人加え、バンド名を「ザ・スピッツ」と変更した。ところが、このバンドは草野がTHE BLUE HEARTSの「人にやさしく」に打ちのめされて活動を休止した。

1987年に草野が東京造形大学から武蔵野美術大学に再入学したことを期にバンド仲間と疎遠になり、ザ・スピッツは自然消滅となるが、草野と田村の仲は継続していた。ある日、草野がライブハウスで演奏することができる本格的なバンド活動の話を持ちかけた。すると、田村は上京していた幼馴染の三輪テツヤを誘い、三輪は文化服装学院で同じフォークソング部に所属していた﨑山龍男を誘った(﨑山はすでに多くのバンドを掛け持ちしていた)。こうしてバンド「スピッツ」を結成し、同年7月に文化服装学院の夏祭りで初ライブを行った。その後、新宿ロフトを目標に、新宿JAM 、渋谷ラ・ママ、屋根裏などでのライブ活動を開始し、翌年からはホコ天でのライブを行った。

音楽評論家の富澤一誠は「インディーズ時代のスピッツを形容する表現は〈ビートパンク〉」であると述べている。当時のバンドはTHE BLUE HEARTSの影響から抜け出せずにおり、渋谷ラ・ママのブッキングマネージャーから「ブルーハーツの二番煎じでは先は望めない」と指摘された。また、草野もハンドマイクで暴れたり、観客を煽ったりするスタイルが自分に似合わないと感じ始めており、ドノヴァンを意識してアコースティック・ギターを持つようになった。この時期にはすでに「恋のうた」や「ヒバリのこころ」などを制作している。1988年にはソノシート「鳥になって/UFOの見える丘」を自主制作した。

1989年になると新宿ロフトのイベントに出演するようになり、7月12日には新宿ロフトでのワンマンライブを行って300人を動員した。同年12月からは新宿ロフトでのマンスリーライブ『鳥になっちゃう日』を開催し、翌年には新宿ロフトのインディーズレーベル・ミストラルから初のCDヒバリのこころ』を発売した。

新宿ロフトに出演するようになった頃、多くのレコード会社からメジャー・デビューの話が持ち掛けられる。その中には、後にスピッツのディレクターとなるポリドール(当時)の新入社員であった竹内修もいた。ところが、メジャー・デビューすることによって自分たちのビジョンが変えられてしまうことを恐れていたメンバーは、レコード会社の前に事務所を決めたいと提案し、当初は浜田省吾の個人事務所として設立していたロード&スカイを紹介してもらう。約1年間の交渉の末、ロード&スカイやポリドールとの契約を交わした。

1991年(メジャー・デビュー) - 1996年

1991年、新宿シアターモリエールにて『"五千光年の夢" シアターコンサート Vol.1』を開催。ライブは東名阪のライブハウスで同年9月のVol.4まで全10公演を行った。3月25日、ポリドールよりシングル「ヒバリのこころ」と、アルバム『スピッツ』を同時発売でメジャー・デビュー。翌月にはFM802ではアルバム収録曲の「ニノウデの世界」がFM802ヘビー・ローテーションに選ばれたほか、音楽雑誌ROCKIN'ON JAPAN』では90年代型のニュー・ウェイヴとしてカラーで取り上げられるなどの注目を浴びるが、オリコンチャートにはランクインしなかった。その後、2ndシングル「夏の魔物」、オーケストレーションに長谷川智樹を迎えた3rdシングル「魔女旅に出る」を発売し、2ndアルバム『名前をつけてやる』を発売。初のホールツアー『CONCERT TOUR 1991 名前のないツアー』を開催した。

1992年、長谷川智樹を共同アレンジャーに迎えてオーケストラアレンジを施したミニ・アルバム『オーロラになれなかった人のために』を発売し、よみうりホールでは一夜限りで弦楽奏者と共演したライブ『オーロラになれなかった人のために "蜜柑色の満月のもとで、まぼろしの物語を語ろう〜一夜限りの絵空事〜"』を開催した。同年5月には公式のファンクラブ「スピッツベルゲン」(Spitzbergen)が発足した。同年夏にはツアー『"夏のお星サマ" ツアー』を開催した。4thシングル「惑星のかけら」発売後、3rdアルバム『惑星のかけら』を発売し、ツアー『スピッツコンサートツアー'92 “惑星のかけら”』を開催。ツアー中に5thシングル「日なたの窓に憧れて」を発売した。

1993年、3月から8月までの間に渋谷ON AIRでマンスリーライブ『スピッツの春夏夜会』を開催。また、初めて外部のプロデューサーとなる笹路正徳を迎えてのレコーディングを開始した。6thシングル「裸のままで」、4thアルバム『Crispy!』を発売したほか、収録曲「君が思い出になる前に」を7thシングルとしてリカットし、初のオリコンチャート入りを果たした。その後、ツアー『Spitz Crispy! Amazing Tour』を開催した。

1994年、土方隆行をプロデューサーに迎えて8thシングル「空も飛べるはず」を発売し(この時の「空も飛べるはず」の売上枚数は7万枚程度)、ツアー『Spitz live scramble '94 “Spring Has Come!”』を開催した。同年夏には9thシングル「青い車」を発売した。5thアルバム『空の飛び方』は笹路正徳を再びプロデューサーに迎えて制作した。また、収録曲「スパイダー」を10thシングルとしてリカットした。その後、ツアー『スピッツ “空飛び” JAMBOREE TOUR '94』を開催した。

1995年、ツアー『SPITZ JAMBOREE TOUR '95 “春”』を開催。11thシングル「ロビンソン」がスピッツ初のオリコンチャートTOP10入りをすると、続く12thシングル「涙がキラリ☆」もオリコンチャート初登場2位となり、ヒットした。なお、「ロビンソン」はチャートに通算30週以上ランクインするロングセラーとなり、ミリオンセラーになった。同年夏にはファンクラブ会員限定ライブ『Spitzbergen presents “GO!GO!スカンジナビア vol.1”』を開催し、以後数年ごとに開催することが恒例となっている。レオマワールドでは野外ライブ『レオマサマーカーニバル スピッツ "LUNA LUNA"JAMBOREE』を開催した。6thアルバム『ハチミツ』はスピッツ初のオリコンチャート1位となり、ミリオンセラーとなった。6thアルバム発売後は、翌年にかけて学園祭ライブを含むツアー『SPITZ JAMBOREE TOUR "TONGARI '95-'96"』を開催した。

1996年、ドラマ『白線流し』主題歌に1994年発売の8thシングル「空も飛べるはず」が起用されると、再出荷したシングルはオリコンチャート1位となり、ミリオンセラーとなった。また、13thシングル「チェリー」もミリオンセラーとなった。ライブは、篠崎正嗣ストリングスとの共演による『SPITZ JAMBOREE TOUR LIMITED '96 “カゲロウの集い”』を開催したほか、奥田民生ウルフルズとともに野外ライブ『ガッツな息子がキラリ☆』を開催し、単独での野外ライブ『THE GREAT JAMBOREE '96』も開催した。14thシングル「」ではオリコンチャート初登場1位を獲得した。7thアルバム『インディゴ地平線』発売後、翌年にかけてツアー『SPITZ JAMBOREE TOUR '96-'97』を開催した。

1997年 - 2007年

1997年、前年から続いているツアー中に15thシングル「スカーレット」と4thアルバム『Crispy!』収録の「夢じゃない」をドラマ主題歌起用に伴って新たにリミックスし、16thシングルとして発売した。夏には野外ライブ『THE GREAT JAMBOREE '97』を開催したほか、スピッツ主催の音楽イベント『ロックロックこんにちは!』を初めて開催し、恒例のイベントとなっていく。その後、セルフプロデュースとなってアレンジャーにカーネーション(当時)の棚谷祐一を迎え、17thシングル「運命の人」を発売した。1998年は18thシングル「冷たい頬/謝々!」、8thアルバム『フェイクファー』を発売した。ツアー『SPITZ JAMBOREE TOUR '98 "fake fur"』にはキーボーディストとしてクジヒロコが初参加した。ツアー中にはシングル「楓/スピカ」を発売した。1999年、元日に12cmCDでのEP盤『99ep』を発売(2004年のスペシャル・アルバム『色色衣』発売に伴い製造中止)。また、スペシャル・アルバム『花鳥風月』を発売し、「流れ星」をリカットした。ファンクラブ会員限定ツアー『Spitzbergen tour 1999 "GO!GO!スカンジナビア vol.2"』を開催した。その後、バンドのサウンドを追求するため、セルフプロデュースによるレコーディングを行い、マイアミのエンジニア、トム・ロード=アルジ(Tom Lord-Alge)にミックスダウンを依頼するため、10月に渡米。ロサンゼルスでは初の海外レコーディングを行い、マイアミでのミックスダウン後、再びロサンゼルスに戻ってマスタリングを行った。この時にマスタリングを担当したスティーブン・マーカソン(Stephen Marcussen)は、その後のスピッツに欠かせないエンジニアとなった。ところが、同時期にレコード会社がバンド側に無許可でベスト・アルバムの発売を決定しており、メンバーにはマイアミでのミックスダウン直後、現地に向かった所属事務所の社長高橋信彦から直接伝えられた(この時の出来事は、関係者の間で“マイアミ・ショック”と呼ばれている)。メンバーは『花鳥風月』の発売時、「ベストアルバムを出す時は解散する時」と公表していたため、公式ウェブサイトにお詫びの文章を掲載した。こうしてベスト・アルバム『RECYCLE Greatest Hits of SPITZ』は発売されたが、2006年1月に製造中止となるまでの間にチャートインを繰り返すロングセラーとなり、累計売上枚数は200万枚を超えている。

2000年、石田小吉(現在は石田ショーキチ)をプロデューサーに迎え、シングル「ホタル」や「メモリーズ/放浪カモメはどこまでも」、9thアルバム『ハヤブサ』を発売した。この年からは仙台でも『ロックロックこんにちは!』を開催しており、恒例のイベントとなっていく。ツアーは『SPITZ JAMBOREE TOUR “放浪2000”』や学園祭ライブ『SPITZ JAMBOREE TOUR “放浪2000学園祭CUSTOM”』に加えて、翌年には『SPITZ JAMBOREE TOUR “隼2001”』、『SPITZ HAYABUSA JAMBOREE TOUR “純情2001”』を開催しており、この間にシングル「遥か」や「夢追い虫」、亀田誠治をプロデューサー迎えた「さわって・変わって」を発売した。2002年にはシングル「ハネモノ」「水色の街」を同時発売し、10thアルバム『三日月ロック』を発売。翌年にかけてツアー『SPITZ JAMBOREE TOUR “双六(スゴロク)2002-2003”』を開催した。また、スピッツの曲をカバーしたトリビュート・アルバム一期一会 Sweets for my SPITZ』が発売された。

2004年、28thシングル「スターゲイザー」を発売し、ファンクラブ会員限定ツアー『Spitzbergen tour 2004 "GO!GO!スカンジナビア vol.3"』を開催した。また、スペシャル・アルバム『色色衣』を発売した。その後、29thシングル「正夢」を発売し、翌年には11thアルバム『スーベニア』を発売し、ツアー『SPITZ JAMBOREE TOUR “あまったれ2005”』を開催した。ツアー中には30thシングル「春の歌/テクテク」を発売した。

2006年、メジャー・デビュー15周年を迎えてシングル・コレクション『CYCLE HIT 1991-1997 Spitz Complete Single Collection』、『CYCLE HIT 1997-2005 Spitz Complete Single Collection』を同時発売した。なお、この発売を以って『RECYCLE Greatest Hits of SPITZ』を製造中止・廃盤とした。同年7月には31stシングル「魔法のコトバ」を発売した。また、スピッツの曲のイメージから製作された映画『海でのはなし。』がYahoo!動画で期間限定配信され、翌年には一部の劇場でも公開した。2007年、ファンクラブ会員限定ツアー『Spitzbergen tour 2007 "GO!GO!スカンジナビア vol.4"』を開催したほか、結成20周年を記念してZepp Tokyoで『SPITZ結成20周年祭り』を開催した。また、シングル「ルキンフォー」「群青」、12thアルバム『さざなみCD』を発売したほか、メンバーが書き下ろした書籍『旅の途中』を発売した。ツアー『SPITZ JAMBOREE TOUR 2007-2008 “さざなみOTR”』はインターバルを置いて翌年末まで開催した。

2008年 - 2017年

2008年、34thシングル「若葉」を発売。2009年にはスピッツ初となるアリーナ会場での単独ライブ『SPITZ JAMBOREE TOUR 2009 “さざなみOTR カスタム”』をさいたまスーパーアリーナ大阪城ホールで開催した。仙台でのロックロックこんにちは!は10周年を記念して『ロックロックこんにちは! in 仙台 〜10th Anniversary Special〜』として国営みちのく杜の湖畔公園で開催した。その後、35thシングル「君は太陽」を発売した。

2010年、レコーディングしている新しいオリジナル・アルバムの発売前にツアー『SPITZ JAMBOREE TOUR 2010』を開催した。公式のYouTubeチャンネルを開設した。36thシングル「つぐみ」を発売した。また、この年から新たな音楽イベント『Spitz×VINTAGE ROCK presents 新木場サンセット』が始まったほか、昨年に10周年を迎えた『ロックロックこんにちは! in 仙台』は『ロックのほそ道』とタイトルを変更して開催していくことになった。37thシングル「シロクマ/ビギナー」を発売後、13thアルバム『とげまる』を発売した。2011年、メジャー・デビュー20周年を記念したPV集『ソラトビデオCOMPLETE 1991-2011』、LP盤『とげまる』の発売が東日本大震災の影響により延期となった。ツアー『SPITZ JAMBOREE TOUR "とげまる2011"』は東日本大震災の影響や草野マサムネの急病による振替公演に加えて追加公演を行った。同年夏には2度目となるアリーナツアー『SPITZ JAMBOREE TOUR 2011 "とげまリーナ"』を開催した。

2012年にはスペシャル・アルバム『おるたな』を発売し、ファンクラブ会員限定ツアー『spitzbergen tour 2012 "GO!GO!スカンジナビアvol.5"』を開催した。また、結成25年を記念してこれまで公式にリリースしてきた曲の一斉配信がスタートした。

2013年、38thシングル「さらさら/僕はきっと旅に出る」を発売。また、14thアルバム『小さな生き物』を発売後、横浜赤レンガパークにて16年ぶりとなる野外単独ライブ『スピッツ 横浜サンセット2013』を開催した。その後、翌年にかけてツアー『SPITZ JAMBOREE TOUR 2013-2014 “小さな生き物”』を開催した。2014年、6thアルバム『ハチミツ』収録の「愛のことば」がドラマ主題歌に起用され、新たにミキシングした「愛のことば -2014mix-」として配信限定でリリースした。同年夏にはアリーナツアー『SPITZ THE GREAT JAMBOREE 2014 "FESTIVARENA"』を開催し、バンド単独としては初の日本武道館公演を行った。

2015年、横浜で2013年に開催した野外ライブを『スピッツ 横浜サンセット2013 -劇場版-』として劇場公開し、追加上映も行われた。また、ファンクラブ会員限定ツアー『spitzbergen tour 2015 "GO!GO!スカンジナビアvol.6"』を開催したほか、配信限定シングル「雪風」をリリースした。同年末から翌年にかけては、1995年発売の6thアルバム『ハチミツ』をカバーしたトリビュート・アルバム『JUST LIKE HONEY 〜『ハチミツ』20th Anniversary Tribute〜』が発売された。2016年には41stシングル「みなと」を発売後、15thアルバム『醒めない』を発売した。また、ツアー『SPITZ JAMBOREE TOUR 2016 “醒 め な い”』を開催した。

2017年、結成30周年を記念したアリーナツアー『SPITZ 30th ANNIVERSARY TOUR "THIRTY30FIFTY50"』を開催。シングル・コレクション『CYCLE HIT 1991-1996 Spitz Complete Single Collection』と『CYCLE HIT 1997-2006 Spitz Complete Single Collection』のリマスタリング盤、『CYCLE HIT 2006-2017 Spitz Complete Single Collection』や3枚すべてを収録した記念盤『CYCLE HIT 1991-2017 Spitz Complete Single Collection -30th Anniversary BOX-』(期間限定)を発売した。また、タワーレコードコラボレーションしたカフェ(タワーレコードカフェ)「SPITZ 30th ANNIVERSARY CAFE」が期間限定でオープンしたほか、スピッツ初となるアートブック『スピッツのデザイン』(当初は2017年11月末の発売予定が2018年2月に延期)、ポータブルレコードプレーヤーを限定発売した。

2018年 -

2018年、草野マサムネによるラジオレギュラー番組『SPITZ 草野マサムネのロック大陸漫遊記』が放送開始。同年夏からファンクラブ会員限定ツアー『spitzbergen tour 2018 "GO!GO!スカンジナビアvol.7"』を開催した。2019年、NHK連続テレビ小説『なつぞら』主題歌に「優しいあの子」が起用されている。

受賞歴

日本レコード大賞

ザテレビジョンドラマアカデミー賞

出典:wikipedia
2019/08/22 12:47

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