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スーパークイズスペシャルとは?

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【4時間クイズスーパースペシャル

クイズスーパースペシャル

スーパークイズスペシャル】

【ジャンル】
バラエティクイズ
【出演者】
歴代司会者
逸見政孝
(1990年春 - 1993年春)
渡辺正行
(1990年春 - 1996年春)
板東英二
(1991年秋 - 1999年秋)
木村優子
(1991年秋 - 1992年秋)
永井美奈子
(1993年春 - 1999年秋)
ビートたけし
(1991年秋 - 1994年春、
1995年春 - 1997年春、
1998年春)
所ジョージ
(1991年秋 - 1999年秋)
島田紳助
(1992年秋 - 1998年春、
1999年春 - 1999年秋)
ウッチャンナンチャン
ナインティナイン
楠田枝里子
久本雅美
福澤朗
(1992年春、
1993年秋 - 1999年秋)
【製作】

【プロデューサー】
渡辺弘
小杉善信ほか
【制作】
日本テレビ放送網

【放送】

【放送国・地域】
日本
【放送期間】
1990年春 - 1999年秋
【放送時間】
毎年
1990年春 - 1991年
水曜日 19:00 - 20:54 (2時間)
1991年秋 - 1993年
水曜日 19:00 - 22:46 (4時間)
1993年秋
水曜日 19:00 - 22:48 (4時間)
1994年春 - 1995年
水曜日 19:00 - 22:54 (4時間)
1995年秋
木曜日 19:00 - 22:54 (4時間)
1996年
木曜日 19:00 - 22:24 (3時間30分)
1996年秋 - 1997年
木曜日 19:00 - 21:54 (3時間)
1997年秋 - 1999年
木曜日 19:00 - 21:24 (2時間30分)
1999年秋
水曜日 19:00 - 21:24 (2時間30分)
【回数】
20

スーパークイズスペシャル』(SUPER QUIZ SPECIAL)は、日本テレビ系列で毎年、番組改編期に、1990年春から1999年秋に放送されていた、様々なタイプのクイズと主に各バラエティ番組ゲーム等を中心とした、日本テレビの各番組のレギュラー・司会者等が総出演したバラエティ番組の別称である。

1991年秋から1996年春までは『4時間クイズスーパースペシャル』または『クイズスーパースペシャル』と呼ばれていたが、1994年4月にスタートした単発番組の『スーパースペシャル』と間違えやすいことから1996年秋からこのタイトルに変更された。正式タイトルは頭に『4月(10月・秋)は人気番組で』や『春(秋)は人気番組で!!』、そして『春(秋)は超人気番組大集合!!』が付く。

概要

「スーパークイズスペシャル」の直接的な前身企画は『笑ってヨロシク SHOW by ショーバイ!!』(1989年12月27日放送)である。これは当時日本テレビの番組『どちら様も!!笑ってヨロシク』と『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』が合体したもので、司会は両番組の司会者である所ジョージ逸見政孝の2人が担当した。

1990年春から1991年春までは、『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』のクイズのみで構成。そのため、番組タイトルも『4月は人気番組でSHOW by ショーバイ!!』、『秋は人気番組でSHOW by ショーバイ!!』等であった。1991年秋の放送以降は『SHOW by ショーバイ!!』に限らず様々な番組のクイズが出題された。この番組の特徴は、クイズ番組ではない番組からもその番組にちなんだクイズが出題されるというところである。また、本来メイン番組を持っている司会者たちがクイズによっては解答者として参加していたことも特徴として挙げられる。

放送日は1995年春までは『SHOW by ショーバイ!!』及び『笑ってヨロシク』の放送に合わせて水曜日であったが、1995年秋からは『マジカル頭脳パワー!!』の放送に合わせて木曜日に変更された。

1999年秋をもって終了し、翌日に最終回を迎えた『マジカル』と共に9年の歴史に幕を閉じた。

番組タイトルの歴史

番組タイトルに入っている番組は基本的にはその放送回でクイズを出題しているが、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』や『EXテレビ』のようにクイズを出題したが番組タイトルに入っていない番組もある。当初はクイズ番組のみが番組タイトルに入っていたが、1994年秋以降はクイズ番組以外の番組も番組タイトルに入るようになり、さらに1996年秋以降はクイズを出題していない番組も入るようになった。

歴代司会者


逸見休養前はオープニングは逸見、板東、所が登場し、たけしは純金を紹介する場面で登場。その後席決め早押しの途中から逸見、板東、渡辺、木村(93年春からは永井)が担当。本戦は基本的に「SHOWby」「マジカル」からの出題時は逸見、板東、渡辺、木村(永井)が担当し、「笑ってヨロシク」「世界まる見え」からの出題時は所、たけしが担当。「お笑いウルトラクイズ」については91年秋・92年春はたけし、所が担当したが、92年秋・93年春はたけし・逸見が担当した。後半戦最初の「アナウンサー早押しクイズ」と決勝戦は、逸見、板東、所、たけしの4人が担当。

逸見が休養に入った1993年秋以降は上記のように板東がメイン総合司会、渡辺・福澤が板東をサポートした(渡辺は1996年春まで出演)。この頃から番組タイトル以外の番組からの出題も多くなっており、基本的に各コーナーは上記に箇条書きされている司会者が担当する形となり、オープニングや決勝戦(ラストクイズ)は全司会者が出演していたが、コーナー毎に司会者がめまぐるしく変わる形となっていった。よって以前のような固定された総合司会ではなく、板東や福澤、たけし、所、紳助らが中心となって進行が進められた。

番組ルール

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得点単位は『SHOW by ショーバイ』で使用しているショーバイマネーの「萬」である。ルールは放送のたびに大幅な違いがあったが、得点の単位(ショーバイマネー)である「萬」は1999年秋の番組最終回まで受け継がれていた。

オープニングで席決め早押しクイズに挑戦し、正解順によりこれらの席を決める。1軍席争奪は『SHOW by ショーバイ』から『何を作っているのでしょうか?』を始めとする早押しクイズを出題し、1991年秋-1994年秋の2軍席争奪は『マジカル』から『マジカルスキャナ』(1991年秋-1992年春)→『早押しエラーを探せ!』(1992年秋-)が出題される。1軍に関しては正解後に司会者席のミリオンスロットでショーバイマネーを獲得して正解順に着席する。2軍に関しては1992年秋までは前述の1軍の席決めと同様で、1993年春以降はエラーの難易度によって5萬から50萬のショーバイマネーを獲得し、1軍の顔ぶれを見て好きな色の座席に着席する。それでも席が決まらないチームは『3軍席決め抽選』で席が決定する。

本戦は基本的にはクイズに正解すると1軍はミリオンスロットのショーバイマネーを獲得することが出来、2軍は一律10萬、3軍は一律5萬しか獲得出来ない。1軍が不正解すると2軍、3軍と入れ替わる。早押しクイズの場合に限り、1軍の出したミリオンスロットの金額が得点になり、正解すれば、2軍・3軍のチームでも一気に1軍へ進行した。また、ミリオンスロットは使用せず、予めショーバイマネーが定められているクイズや縦列連帯で行われるクイズも存在した。1992年春までは「SHOW by ショーバイ」の通常の「書き問題」があったが、1992年秋と1993年春の2回は通常の書き問題のルールで「ウソつき4択」を行なった。1993年秋の回では「世界まる見え!」からの書き問題もあった。

マジカル頭脳パワー!!の「恐怖の居残り早押しクイズ」ではショーバイマネーが初期は一律100萬 - -50萬となり正解した者のいるチーム・VTR終了までに残った人のいるチームに得点・減点する。92年秋に前半を-50萬から0萬に変更され、93年春に後半も同様に-50萬から0萬に変更された。また、前半ではスタート時の得点が異なり、半年後、後半も同様のシステムをとった。その後、後半が「マジカルシャウト」導入で廃止し、前半のみとなったが、半年後、「笑ってヨロシク」の「時限爆弾クイズ」に代わったが、3軍・2軍・1軍での順位によってのショーバイマネーが異なっていた。同様に1994年の2回「くっつきバトルロイヤル」→「仲間でバトル」も同様だった。

本戦ラストクイズで『SHOW by ショーバイ』から『いっつみいのウソつき4択』を出題し、正解チームは司会者席のミリオンスロットに挑戦出来る。「ショーバイ」のレギュラー回では得点の低い人から挑戦したが、「スーパークイズ-」では得点の高いチームから挑戦し、終了時点で上位数チームが決勝進出となる。1993年秋以降は敗者復活戦を実施し、最後まで残った1チームも決勝に進出する。復活したチームは、決勝進出したチームの一番低得点のチームと同額の得点からスタート出来る。決勝戦は全て早押しクイズで、『マジカル』から『エラーを探せ』(1992年秋-1994年春)、『世界まる見え』から『世界のCM早押しクイズ』、『SHOW by ショーバイ』から『何を作ってるのでしょうか?』を始めとする早押しクイズを出題される。『エラーを探せ』はエラーの難易度により5萬から100萬、それ以外は正解すると司会者席のミリオンスロットに挑戦することが出来る。優勝チームは、獲得したショーバイマネーと同額の純金が授与された。1992年秋までは準優勝チームは最終売り上げの半額分の純金を贈呈された。また、1994年春は香港旅行が贈呈されている。決勝に進出出来なかったチームは、優勝チームを予想し、応援していた。的中すれば、ゴールドバーが贈呈される様になっていた。1991年春までは優勝チームが獲得した金額の1割が贈呈されていた。1992年春まで、優勝チーム決定後の余興として『SHOW by ショーバイ』の特製・時価100万円相当の「ゴールドプレート」争奪戦を実施していた。ルールは各チームが一回ミリオンスロットに挑戦し、最高額を出したチームに贈呈された。最高額チームが複数の場合は、勝ち抜き方式で1チーム決定までスロットを続行する。

1994年春からは、司会者席のミリオンスロットがスーパーミリオンスロットになり、25萬と200萬の出目が追加され、更に1994年秋からは、解答者席のミリオンスロットもスーパーミリオンスロットになり、25萬と100萬の出目が追加された。

1995年春からは、予選・決勝のシステムが廃止された。司会者席のミリオンスロットは使用しなくなり、解答席のミリオンスロットのみ使用していた。スロット回転場面や席の入れ替わり、リアルタイムの得点発表や40萬の横取り行為の場面を放送カット、もしくは使用しなくなった。この回から『SHOW by ショーバイ』をメインとした内容では無くなり、クイズよりゲームコーナーの割合が多くなっていった。また、同じく1995年春からは、ラストクイズとして全員参加で「スーパージャックポットクイズ」が行われた。これにピタリ正解すれば最下位のチームでも一気に優勝に立てるルールだった。1995年秋からはミリオンスロットが廃止された。

主なオリジナルクイズ

元々クイズ番組ではない番組も多いため、『スーパークイズスペシャル』のためにクイズを作って出題する場合もあった。ほとんどは番組制作のVTRを見て、そこからクイズを出題する。また、『マジカル頭脳パワー!!』のメインコーナーだった「恐怖の居残り早押しクイズ」やスペシャル限定の「仲間でバトル」(「くっつきバトルロイヤル」の姉妹版。「世界の国と首都」、「日本テレビで(1997年当時)放送されている番組」(ただし、すでに放送が終了した番組は除く)がお題として出た)は『スーパークイズスペシャル』で初登場したクイズである。

勝手にデュエットクイズ
1992年秋のみに『夜も一生けんめい。』から出題クイズとして実施された。司会は逸見とたけし。DORAデューク・エイセスがそれぞれ別の歌を歌っていて、全員が歌っている曲名全てを早押しで答える。
100人に聞いたら1人しか答えませんでした
1993年春に『EXテレビ』からの出題クイズとして初登場した。司会は最初は紳助と板東だが、途中から紳助、1998年秋では久本とKinKi Kids。東京都内の街頭で100人に有名人に関するアンケートを実施(例:名前に「高橋」が入っている有名人は?など)。その中で1人しか答えなかった少数回答を当てる。『EXテレビ』が終了した1994年春以降も人気コーナーだったため、1999年春まで実施された。『EXテレビ』参照。このクイズ自体は紳助司会の『芸能界の厳しさ教えますスペシャル!』でも実施された。
11PM世界ダービーNo.1クイズ
1994年春に『11PM』からのクイズとして登場。司会は巨泉と永井。世界のNo.1にまつわるクイズを出題し、「イレブンダービー」のルールで展開された。なお、巨泉の司会はすべての放送回を通じてこのコーナーのみであった。また、この回で巨泉はたけしと久々の共演をしており、その際、たけしは当クイズへの不満を巨泉に対し言い放っていた。
日本テレビ縦断ビッグスターお笑いウルトラクイズ
1995年春から1996年秋まで実施された。司会は1995年春では所と鶴瓶、1995年秋以降はたけしと所。『アメリカ横断ウルトラクイズ』の「バラマキクイズ」が基本ルールである。当時の日本テレビ本社(後の麹町分室、現在は解体撤去)内に問題内容が収納されている用紙があり、それを探し出し、スタジオに戻ってくる。1995年春はスカを引いた場合、1995年秋からはクイズに間違えると、着包みや被り物を着用して走行しなければいけないというルールだった。1995年には18チーム全員参加で9チーム毎2回戦実施された。1996年春には4チームに付き2人の割合で参加し、勝ち抜けると4チームに得点が加算されるというルールで、1996年秋には2チームに付き1人の割合で参加し、勝ちぬけると2チームに得点が加算されるというルールに変更された。1995年春は先着4チームに30萬加算され、1995年秋は1位抜けで30萬、以下20萬・10萬・5萬加算された。1996年春は1位抜け50萬、2位抜け:40萬(横取り無し)、以下30萬、20萬、10萬と加算され、1996年秋は1位抜けで40萬(横取りなし)、以下30萬・20萬・10萬・5萬が加算された。
なお、1997年春には背負った風船が爆発するまでに面白いギャグを披露する「お笑い風船爆発バトル」、1997年秋には選んだ物を使ってダジャレを披露する「ダジャレバトル」として行われた。この時は「スカ」を引いた場合および不正解の場合の着包み・被り物着用は無くなった。判定するのは大。
一流芸能人トップは誰だ!?
1994年秋から1995年秋まで実施された。司会は紳助。出演者の中から選ばれた3人が「ウ冠の付く漢字」等のテーマが出題され、それに合うものを制限時間内にどれだけ書けるかを競合し、各チームは優勝者を予想した。
熱湯チャレンジ!トップは誰だ!?
1995年春に実施。一番長く熱湯風呂に入れたか当てるクイズ。司会はガダルカナル・タカ飯島直子
イス取りクイズ
1996年春から1999年秋まで実施された。司会は1997年春までは紳助と永井、1997年秋以降では紳助と関谷亜矢子が担当。椅子取りゲームの要領で出場者が椅子の周りを回るが、着席出来なかった出場者は敗者復活クイズに臨むことになる。問題は、常識的なものを出題していた。クイズに正解すれば再びゲームに参加できるが、その場合、椅子に着席している出場者からターゲットを一人絞り、交代することができ、指名された者は失格となる。また、初回は「どけ!」という設定はなく、指名や頭を叩く、肩をポンと叩くということが多く、「どいてください」や「すみません」などの丁寧な発言もあったが、次の1996年秋からは、「どけ!」と発言、次の1997年春からは、「○○(呼び捨て)、どけ!」と発言しなければならないというお約束もついた。必ず安岡力也中尾彬高橋英樹等のベテラン芸能人、アーネスト・ホーストアジャ・コング等のスポーツ関係者が着席しており、若手芸能人の場合は、紳助がベテラン芸能人の前に連行した。榎本加奈子関根勤をどかしたが、関根は「加奈子に思い切り叱って貰いたい」と言っている。このクイズは後に『LAUGH&PEACE 笑いはニッポンを救う。』の特番の1コーナーとして、当番組と同様に紳助司会で行われた。以上を繰り返し残り2人になった時に、座れなかった人が最後の問題に正解できたら勝利で不正解なら座った人が勝利。最後まで残ったチームには50萬、2位には10萬が加算される。また、岡村隆史安達祐実堂本剛にどけと言ったところ、司会者や観客からクレームが来たのでそのまんま東(現:東国原英夫)をどかしている。北野武は兄にどかされると思い隠れようとしたが「弟には世話になってるからどかせられない。一番美人にする」と言ったところ、久本雅美が名乗り出てどいたこともある。また、わざと間違えたりボケたりした場合や充分知っていると判断された場合は正解扱いになる。
なお、1997年秋では福澤に指名されて失格になった山田隆夫が解答席に戻る途中に紳助から「イスを片付ける役」と言われ、次の問題に移るまでに椅子運び役を担当した。
覆面クイズ正解は多数決!!
1997年秋から1999年秋まで実施された。司会は今田耕司東野幸治で、出題は松永二三男藤井恒久。最終問題の前の問題で芸能人にまつわる問題が出題される。9人の解答者は目の部分を摺りガラスで隠された上に声も加工して、その問いに対して被った解答数×5萬が加算されるクイズ形式である。「正直に答えない場合は-10萬」というルールもあったが、ほとんど適用されなかった。回答はスキャンダルや芸能人の裏の顔などアンダーグラウンドな話ばかり飛び出し、解答にモザイクを入れなければいけないことも多々あったため、別名「アングラクイズ」とも呼ばれた。時折、解答者が同じ席にいる別の解答者(の悪口)を答えることもあり、摺りガラス越しで激しく言い合いすることも見られた。末期は回答内容であまりに過激なものが増えたため、「しばらくおまちください」の環境画面が表示されることもあった。当番組終了後の2001年10月に1度だけ『スーパースペシャル2001』でこのコーナーの2時間拡大版が放送され、浅草キッドはこのクイズを機に日本テレビから2年間出入り禁止になったというネタを引っさげて「復帰」した。
また、番組スタッフが解答者となって出題されたこともあり、この時は通常の2倍の摺りガラスで隠された。解答が被った場合にそのスタッフが特定されないよう、スタッフが担当している番組にひっそりと得点が入ることになっていたが、全員解答がばらばらであった。
「天狗になっている有名人」という問題では大半の回答者が「研ナオコ北野武と書かんかいと脅された」と発言していたが、研は「ダンカンが書けと言ったから」と発言している。
パイレーツ等のお笑いコンビは、自分の持ちギャグを書くこともある。
人間すごろく
1996年秋から1997年秋まで実施された。司会は紳助と久本。なお、全編にわたり岡村が出場している。サイコロを振り、止まったマスの指示に従う。指示は「生き物(一匹・ドジョウ30匹・タコ)を背中に入れる」「網タイツを被る」「爆竹100本付き帽子を被る」「子供にくすぐられる」「ある人(松村邦洋蛭子能収柴田理恵)とラップ越しにキスをする」等があり、成功すると更に進行することが出来る。その際、進行した先のマスの指示は受けない。また、失敗すると戻るという指示があるマスも存在する。なお、男同士の場合はラップ無しの生キスになる。
腕ずもう早押しクイズ!!
1996秋と1997春に実施された。司会は1996秋ではウッチャンナンチャン・鶴瓶・永井、1997春ではナインティナイン・鶴瓶・永井。2チームによる対決であり、腕ずもうをし勝った方が答えるのだが、難しいクイズの場合はわざと負けることもできる。クイズを間違えた場合は解答権はなくなり、相手チームの勝利。基本的にはランプのついたほうがクイズに答える。クイズ出題ナレーションは松永。
クイズ!冠婚葬祭!!
1996年春と1996年秋のみ実施された。司会は1996春では草野仁みのもんた笛吹雅子、1996秋では草野と楠田。冠婚葬祭にまつわるクイズを勝ち抜け方式で行われた。解答者は全員に正座して行い、正解すればその場から去る(答えない解答者はそのまま残るので、次第に足が痺れてくる)。1抜けから4抜けまでは30萬→20萬→10萬→5萬が加算され、最後まで残った解答者がいたチームは、春は100萬、秋は50萬減額される。
1996年春の最後は内村光良城島茂。城島が不正解後、内村が正解して勝ち抜けした。
1996年秋の最後はビートたけし堂本光一となり、たけしが勝ち抜けとなった。
フリフリ早押しクイズ
元々『新装開店!SHOW by ショーバイ2』に登場したクイズだったが、同番組終了後も1998年春まで実施された。また、司会は同番組の司会であった福澤と久本が担当。
モグラたたきクイズ!!
同じく『SHOW by ショーバイ2』に登場したクイズだったが、同番組終了後も1998年秋まで実施された。なお、モグラが叩き過ぎて茶色に変わってしまうパプニングがあった。フリフリ早押しクイズと同じく、司会は福澤と久本。
芸能人秘密のイエスを探せ!
末期の1998年秋から1999年秋まで実施された。司会は最初の2回は矢部浩之で、1999年秋のみ紳助と楠田枝里子が担当した。ある質問にイエスを挙げるパネラーを的中するクイズで、予想したパネラーが「イエス」を挙げればそのチームメイトがいるチームに10萬が加算される。初回は予想屋の岡村隆史がイエスを挙げるパネラーの予想を参考にして解答したが、2回目は岡村が全問を通して解答者として参加した。
このクイズの前身として1998年春に行われた「バイ倍ゲームNO!でアウト」があり、予想を当てると得点が16萬、32萬、64萬…とダブルアップしていき、外すと無得点というルールだった。司会は久本とKinKi Kids。
問題は「二十歳までにファーストキスをした」「株に手を出し失敗した」「私はオナラをした事がない」「お見合いをした事がある」「ハワイに行った事が無い」「昨夜愛する人と熱い口づけをした」など。
この内、「CDを出したが売れなかった」では森口博子と書いた岡村が「バラエティタレントだと本人も自覚している」と言い切っていたが、森口本人から「何よサル!」「何をかくそうガンダムよ!」「悪いけどベストテン2枚入ったのよ!」、森口と同じチームである神田うのからも「紅白にも出てるのよ!」と返された。結局、岡村は森口に「ちょっと、後で楽屋に来なさいよ!」と怒られる羽目になった。
顔面!にらめっこバトル
1997年春から1997年秋まで実施された。司会は1997年春の回は今田と東野で、1997年秋の回は所と楠田が担当した。代表者の顔をチームメイトがメイクし、相手チームの代表者が牛乳を吐き出したらそのチームが勝ちとなり、そのチームの代表者とチームメイトがいるチームに20萬が加算される。
今夜だけOK!カンニングクイズ
1998年春に1回だけ実施された。司会は今田と東野。ある問題に対して解答するのだが、仕切りの壁には穴が2つ開いており、解答者は隣の解答者が書いた解答を覗き見ることが出来る上に、隣の解答者と同じ解答をカンニングして書き、隣の解答者の答えが正解だった場合、同じ解答を書いた解答者も正解となる。隣の相手への妨害もOKである。
クイズ!落ちたら負けよ!
司会は1997年春では古舘とマルシア、1997年秋では福澤。
クイズサビからヒッパレ
1995年秋から実施。司会は三宅裕司中山秀征だが、1995年秋・1997年春では中山と安室奈美恵。イントロで流れる音楽を早く押したチームからサビの部分を歌う。途中で歌詞を間違えたり、歌わなかったりするとアウトになり、次のチームに交代する。なお、次の問題でブザーがなった場合は最後の問題となる。

出場番組(1990年春〜1999年秋)

1990年
4月は人気番組でSHOW by ショーバイ!!(春)
【チーム】
出場者
八百八町夢日記 | 里見浩太朗風間杜夫
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! | ダウンタウン
所さんのまっかなテレビ | 所ジョージ、清水ミチコ
面白スタジアム | 江川卓コロッケ
外科医有森冴子 | 三田佳子高嶋政宏
夜も一生けんめい。 | グッチ裕三モト冬樹
天才・たけしの元気が出るテレビ!! | 高田純次木内みどり
ニュースプラス1 | 徳光和夫木村優子
SHOW by ショーバイ!! | 山城新伍玉村豊男
クイズ世界は | 野沢直子中畑清
秋は人気番組でSHOW by ショーバイ!!(秋)
チーム 出場者
長七郎江戸日記 | 里見浩太朗、東ちづる
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! | ダウンタウン
どちら様も!!笑ってヨロシク | 加賀まりこ相原勇
面白スタジアム | 江川卓、コロッケ
刑事貴族 | 郷ひろみ高樹沙耶
天才・たけしの元気が出るテレビ!! | 高田純次、木内みどり
知ってるつもり?! | 加山雄三高木希世子
EXテレビ | 三宅裕司南美希子
SHOW by ショーバイ!! | 山城新伍、中畑清
クイズ世界は | ジャイアント馬場、野沢直子
1991年
4月は人気番組でSHOW by ショーバイ!!(春)
【チーム(優勝チームは太字)】
出場者
検事・若浦葉子 | 賀来千香子鶴見辰吾
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! | ダウンタウン
どちら様も!!笑ってヨロシク | 所ジョージ、笑福亭鶴瓶
夜も一生けんめい。&面白スタジアム(合体チーム) | 江川卓、杉本彩
刑事貴族2 | 水谷豊、高樹沙耶
マジカル頭脳パワー!! | 俵孝太郎、木村優子
EXテレビ | 三宅裕司、南美希子
天才・たけしの元気が出るテレビ!! | 高田純次、兵藤ゆき
知ってるつもり?! | 関口宏、高木希世子
クイズ世界はSHOW by ショーバイ!! | 山城新伍、野沢直子
10月は人気番組でSHOW by ショーバイ
世界まる見えマジカルで笑ってヨロシク(秋)
【チーム】
出場者
八百八町夢日記 | 里見浩太朗、中田喜子
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! | ダウンタウン
どちら様も!!笑ってヨロシク | 加賀まりこ、笑福亭鶴瓶
スポーツも一生けんめい。 | 川合俊一、杉本彩
世界まる見え!テレビ特捜部 | 楠田枝里子、ケント・デリカット
マジカル頭脳パワー!! |  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2020/06/04 07:20

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