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タツノコプロとは?

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株式会社タツノコプロ
Tatsunoko Production Co., Ltd.
種類
株式会社
【本社所在地】
日本
180-0006
東京都武蔵野市中町1丁目19番3号
武蔵野YSビル2F
北緯35度42分18.22秒 東経139度33分43.14秒 / 北緯35.7050611度 東経139.5619833度 / 35.7050611; 139.5619833座標: 北緯35度42分18.22秒 東経139度33分43.14秒 / 北緯35.7050611度 東経139.5619833度 / 35.7050611; 139.5619833
【設立】
1962年10月19日
業種
情報・通信業
法人番号
3012401002356
【事業内容】
アニメーションの企画・制作および版権管理
【代表者】
代表取締役社長 門屋大輔
【資本金】
2070万円(2019年3月31日現在)
【発行済株式総数】
41,400株
【純利益】
8469万1千円(2019年3月期)
【純資産】
10億6517万円
(2019年3月31日現在)
【総資産】
17億4836万4千円
(2019年3月31日現在)
【決算期】
3月31日
【主要株主】
日本テレビホールディングス株式会社 55.2%
株式会社タカラトミー 20%
株式会社ホリプロ 13.5%
株式会社プロダクション・アイジー 11.2%
【関係する人物】
吉田龍夫(吉田竜夫・初代代表取締役)
吉田健二(2代代表取締役・初代会長)
吉田豊治(九里一平・3代代表取締役)
【外部リンク】
http://www.tatsunoko.co.jp/
特記事項:日本テレビホールディングスの連結子会社、タカラトミーの持分法適用会社

株式会社タツノコプロ(: Tatsunoko Production Co., Ltd.)は、日本アニメ制作会社日本テレビグループの一員。日本動画協会正会員。

目次

  • 1 概要
  • 2 沿革
    • 2.1 20世紀
    • 2.2 21世紀
  • 3 特色
    • 3.1 キャラクター造形
    • 3.2 映像
    • 3.3 シンジケーション
  • 4 社内体制
  • 5 主な作品
    • 5.1 テレビアニメ
    • 5.2 OVA
    • 5.3 アニメ映画
    • 5.4 ビデオゲーム
    • 5.5 パイロットフィルム
    • 5.6 その他
    • 5.7 他社主導作品の共同制作
  • 6 出身者
  • 7 タツノコプロOBが独立して設立した会社
    • 7.1 現存しない会社
  • 8 関連文献
  • 9 注釈
  • 10 出典
  • 11 関連項目
  • 12 外部リンク

概要

漫画等の原作をもとにしないオリジナルアニメを得意とし、そのため作品にかかわる権利の9割以上を自社単独で保有している。1962年10月、「株式会社竜の子プロダクション」(たつのこプロダクション)として設立。2013年3月、これまで通称として使用してきた「タツノコプロ」に商号変更。コーポレート・キャラクターはタツノオトシゴである。

沿革

20世紀

1990年代以降は、社外に去っていた笹川ひろし、多田喜久子らかつてのスタッフを呼び戻し、旧作のリメイクを中心に作品発表を続けた。

21世紀

特色

キャラクター造形

タツノコプロのアニメ企画作りはまずキャラクター作りから始まっており、タツノコプロから産まれたキャラクターは根強い人気を誇る。1992年(平成4年)にバンダイが発売した『宇宙の騎士テッカマンブレード』のプラモデル通商産業省(現:経済産業省)のグッドデザイン賞を受賞したり、2003年(平成15年)にタカラが発売したタツノコプロの歴代ヒーローをモデル化した「ミクロマン2003」が発売直後に売り切れたりしている。

元来吉田竜夫の作品は『忍者部隊月光』など、劇画タッチのアクション物として知られており、アニメーションにもその作風が発揮されていた。吉田竜夫、九里一平、天野嘉孝らの描いたアメリカンコミックを思わせるカラフルでスタイリッシュ・肉感的なキャラクターは作品の海外輸出を強く意識した結果だと言われている。1960年代の代表作である『マッハGoGoGo』はアメリカに輸出され "Speed Racer" の題で人気を博し、一部のアメリカ人がアメリカ製のアニメーションだと信じていたとの逸話も残すほどだった。アクションものとともにタツノコプロの2本柱となった笹川ひろし監督によるギャグもの『ハクション大魔王』「タイムボカンシリーズ」も根強い人気でキャラクター商品に人気があるが、こちらもアクションものと同様にデザインはバタくさく、美術設定などは日本を感じさせない無国籍風の作りとなっている。

1990年代の苦境は1970年代の人気作品を続々とリメイクする企画によって作品をリリースして凌いだ。タツノコオリジナルキャラクターにはアニメをはじめとする各種映像関連業界やコンテンツ業界の内外にもファンが多く、1973年(昭和48年)に製作された『新造人間キャシャーン』が、30年を時を経て2004年(平成16年)に『CASSHERN』の題で実写映画化され、上述の通り『科学忍者隊ガッチャマン』『ヤッターマン』も日活で実写映画化が計画され、『ヤッターマン』は2009年(平成21年)3月7日に公開された。さらにアメリカでも、2005年(平成17年)に映画会社ワーナー・ブラザースによって『マッハGoGoGo』が『スピード・レーサー』の名で実写映画化される動きが伝えられ、2008年(平成20年)7月5日に日本で公開が始まった。

映像

科学忍者隊ガッチャマン』では、特にハイクオリティな映像にこだわり、CGが無い時代に、セル画は1万枚を超えたこともあった。これには吉田の難しいキャラクターを描ける、宮本貞雄、須田正己二宮常雄湖川友謙といったアニメーターの力もあった。

映像の表現については、セルアニメーションにこだわらない貪欲さを見せ、実写映像を撮影あるいは、フィルムを購入して、アニメに挿入するなどした。東洋現像所(現・IMAGICA Lab.)に導入されたばかりの映像効果スキャニメイトをいち早くアニメに導入したのはタツノコプロである。これは初期のCGとも評されるもので、アナログ処理による画像を変形させる効果が、『タイムボカン』シリーズのタイムトラベルシーン、1975年(昭和50年)製作の『宇宙の騎士テッカマン』のオープニング演出など、いくつかのタツノコプロ作品で使われた。

シンジケーション

テレビアニメ進出当初からフジテレビとは関係が深く、土曜日の18時30分から19時の時間帯と日曜日の18時から18時30分の時間帯は一時期タツノコアニメが独占していた。しかし1983年(昭和58年)頃から日曜18時枠の廃枠や『イタダキマン』の不振をきっかけに関係はゆるやかながら縮小していき、1985年(昭和60年)の『炎のアルペンローゼ ジュディ&ランディ』を最後に四半世紀ほどフジテレビでのアニメ放送は途絶える事になった。
2011年(平成23年)4月、フジテレビ系列のアニメ枠「ノイタミナ」枠にて約26年ぶりにフジテレビ系で新作アニメ『C』を放送。以降、日本テレビの子会社になった後も『ピンポン THE ANIMATION』・『PSYCHO PASS サイコパス2』など、ノイタミナ枠でタツノコプロが制作したアニメが放送されるようになった。

広告代理店の読売広告社(読広)の初のテレビ作品がタツノコプロの『宇宙エース』であり、以後も読広と組むことが多かった。初期には読広がタツノコプロの音響制作をし、読広の社員が予告のナレーション台本も担当。多くのタイトルが読広の電波担当役員の松山貴之によって名付けられ、松山は読広退社後の1995年(平成7年)12月から1996年(平成8年)11月までタツノコプロの会長に迎えられる間柄でもあった。

社内体制

タツノコプロには企画から撮影まで社内のみで完結する一貫した制作体制が整っていた。かつては東映動画や虫プロダクション(旧社)も同様の体制を保持していたが、これらが合理化や倒産により外注化を拡大したり消滅したあとも、タツノコプロは長くこの体制を維持した。押井守は演出家の修業の上でそれが役立ったことを語っている。

外注プロダクションでは作画のタマ・プロダクションが貢献した。後に韓国ルートを開拓し、子会社のアニメフレンドを設立した。

2000年代以降、一時は自社で企画・プロデュースのみを行い、アニメーションの製作そのものはグロス発注をするという制作手法も多かったが、2016年以降、KING OF PRISM by PrettyRhythmなどの元請制作やデジタル班によるCM制作、PV制作に力を入れている。

キャラクター室
吉田竜夫社長が直轄していた独立性の高い部署。天野嘉孝、高田明美、下元明子が在籍。
企画文芸部
日活出身の脚本家、鳥海尽三が虫プロを経て移籍してきたのを契機に設立。鳥海尽三を部長に、小山高男、柳川茂らが所属した。
美術部
中村光毅が部長。美術デザイン、世界設定のみならず、メカニックデザインも行なった。大河原邦男、多田喜久子らが所属。
演出部
部長は笹川ひろし。原征太郎、鳥海永行、布川ゆうじ、押井守、真下耕一、うえだひでひと、西久保利彦らが活躍。タツノコプロでは演出が動画チェックも行なった。
出版部・版権部
版権管理の他、タツノコアニメのコミカライズ絵本、版権イラストを担当。天馬正人や内山まもるが在籍。
CM部
コマーシャルやPR映画などを制作。後に葦プロダクションを設立する佐藤俊彦、加藤博らが在籍した。

主な作品

テレビアニメ

【放映年】
【タイトル】
備考
1965年-1966年 | 宇宙エース
1967年-1968年 | マッハGoGoGo(第1作)
1967年-1968年 | おらぁグズラだど(第1作)
1968年-1969年 | ドカチン
1969年 | 紅三四郎
1969年-1970年 | ハクション大魔王
1970年-1971年 | 昆虫物語 みなしごハッチ(第1作)
1970年-1972年 | いなかっぺ大将
1971年-1972年 | カバトット
1971年 | アニメンタリー 決断 | 25話までを制作
1972年 | 樫の木モック
1972年-1974年 | 科学忍者隊ガッチャマン
1972年-1973年 | かいけつタマゴン
1973年 | けろっこデメタン
1973年-1974年 | 新造人間キャシャーン
1974年 | 昆虫物語 新みなしごハッチ
1974年-1975年 | 破裏拳ポリマー
ウリクペン救助隊
1974年-1976年 | てんとう虫の歌
1975年 | 宇宙の騎士テッカマン
1975年-1976年 | タイムボカン
1976年 | ゴワッパー5 ゴーダム
1976年-1977年 | ポールのミラクル大作戦
1977年-1979年 | ヤッターマン
1977年 | とびだせ!マシーン飛竜 | 共同制作:東映
1977年-1978年 | 一発貫太くん
風船少女テンプルちゃん
1978年-1979年 | 科学忍者隊ガッチャマンII
1979年-1980年 | ゼンダマン
1979年-1981年 | 闘士ゴーディアン
1979年-1980年 | 科学忍者隊ガッチャマンF
1980年 | 森の陽気な小人たちベルフィーとリルビット
1980年-1981年 | タイムパトロール隊オタスケマン
とんでも戦士ムテキング
1981年 | 海底大戦争 愛の20000マイル
1981年-1982年 | ヤットデタマン
ダッシュ勝平
ゴールドライタン
アニメ親子劇場
1982年-1983年 | 逆転イッパツマン
トンデラハウスの大冒険
1983年 | 未来警察ウラシマン
パソコントラベル探偵団
イタダキマン
機甲創世記モスピーダ
1984年 | OKAWARI-BOY スターザンS
超時空騎団サザンクロス
1984年-1985年 | よろしくメカドッグ
1985年 | 炎のアルペンローゼ ジュディ&ランディ
1985年-1986年 | 昭和アホ草紙あかぬけ一番!
1986年 | 光の伝説
1986年-1987年 | ドテラマン
1987年 | 赤い光弾ジリオン
1987年-1988年 | おらぁグズラだど(リメイク版)
1989年-1990年 | 天空戦記シュラト
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2019/08/11 04:20

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