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ダイエーとは?

お願い:ノートで議論せずにテキストを除去する行為および経営破綻を強調する行為(ダイエーは法的整理には至ってないため左記の表現は不適当)は行わないでください。

イオングループ > ダイエー
株式会社ダイエー
The Daiei, Inc.

ダイエーの看板(摂津富田店にて)

種類
株式会社
【市場情報】
非上場(以下は過去のデータ)
下記上場に加え他4市場にも上場
東証1部 8263
1972年3月1日 - 2014年12月26日
名証1部 8263
1972年10月1日 - 2008年8月2日
札証 8263
1974年3月1日 - 2008年8月2日
福証 8263
1972年10月1日 - 2008年8月2日
NASDAQ DAIEY
1974年11月13日 - 2008年12月24日

【略称】
ダイエー
【本社所在地】
日本
135-0016
東京都江東区東陽二丁目2番20号
東陽駅前ビル
【本店所在地】
650-0046
兵庫県神戸市中央区港島中町四丁目1番1号
【設立】
1949年2月7日(和泉商工株式会社)(注1)
業種
小売業
法人番号
4140001005666
【事業内容】
商品の小売・卸売業ほか
【代表者】
代表取締役社長 近澤 靖英
【資本金】
565億17百万円
(2015年2月末日)
【売上高】
5776億89百万円
(2015年2月期)
【営業利益】
△149億66百万円
(2015年2月期)
【純利益】
△256億72百万円
(2015年2月期)
【純資産】
702億54百万円
(2015年2月末日)
【総資産】
2809億47百万円
(2015年2月末日)
【従業員数】
5193人(2014年2月末日)
【決算期】
毎年2月末日
【主要株主】
イオン株式会社:100%
(2015年1月1日現在)
【主要子会社】
関連会社・団体の項目を参照
【関係する人物】
中内㓛(創業者)
佐々木博茂(元社長代行)
高木邦夫(元社長)
蓮見敏男(元社長)
樋口泰行(元社長)
桑原道夫(元社長)
雨貝二郎(元会長)
林文子(元会長兼CEO)
【外部リンク】
http://www.daiei.co.jp/
特記事項:注1:1970年3月に株式額面変更のための合併を実施。旧会社である株式会社主婦の店ダイエーの設立は1957年(昭和32年)4月10日(大栄薬品工業株式会社)。

株式会社ダイエー(英語: The Daiei, Inc.)は、関東地方近畿地方スーパーマーケットを展開している企業。元は全国チェーンの一大企業であったが、バブル崩壊後の1990年代より業績不振になり、イオンによる株式公開買付けを経て、2015年(平成27年)1月1日より、イオングループの一員(完全子会社)となった。

本店は神戸市中央区、本社は東京都江東区

目次

  • 1 概要
    • 1.1 店舗展開
    • 1.2 独立企業時代
    • 1.3 イオングループとなって以降
  • 2 コーポレートアイデンティティ (CI)
    • 2.1 シンボルマーク
    • 2.2 ダイエーグループの誓い
  • 3 プライベートブランド
    • 3.1 現存するブランド
    • 3.2 かつて使われていたブランド
  • 4 店舗
    • 4.1 現在の店舗
    • 4.2 過去に存在した店舗
    • 4.3 店舗ブランド
    • 4.4 運営していたショッピングセンター
  • 5 沿革
    • 5.1 1950年代
    • 5.2 1960年代
    • 5.3 1970年代
    • 5.4 1980年代
    • 5.5 1990年代
    • 5.6 2000年代
    • 5.7 2010年代
  • 6 歴代社長
  • 7 事業譲渡・グループ再建状況
    • 7.1 1995年
    • 7.2 1997年
    • 7.3 1998年
    • 7.4 1999年
    • 7.5 2000年
    • 7.6 2001年
    • 7.7 2002年
    • 7.8 2003年
    • 7.9 2004年
    • 7.10 2005年
    • 7.11 2006年
    • 7.12 2007年
    • 7.13 2008年
    • 7.14 2009年
    • 7.15 2010年
    • 7.16 2012年
    • 7.17 2013年
    • 7.18 2014年
    • 7.19 2015年
    • 7.20 2016年
    • 7.21 2017年
  • 8 4桁の店番号
  • 9 売上
  • 10 POSシステム
  • 11 買物袋持参運動
  • 12 マスコット・キャラクター
  • 13 グループ会社
  • 14 関連団体
  • 15 関連項目
    • 15.1 過去の関連会社
    • 15.2 サービス・関連組織
    • 15.3 CM関連
    • 15.4 メディア・番組等
  • 16 脚注
    • 16.1 注
    • 16.2 出典
  • 17 外部リンク

概要

店舗展開

登記上の本店は神戸のポートアイランド (神戸市中央区港島中町四丁目1番1) に、本社は東京・東陽町の駅前ビル (東京都江東区東陽二丁目2番20号) に置かれている。かつてはダイエーグループ本社ビル(大阪府吹田市豊津町9番1号の江坂東洋不動産ビル)が存在した。

創業満30周年を迎えた1987年滋賀県近江八幡市ダイエー近江八幡店へ進出したことでスーパー業界初のほぼ全国制覇(島根県を除く)を実現したが、2016年3月時点では北海道東北地方中部地方中国地方四国地方九州地方(沖縄県を含む)からは撤退している。

かつては創業地の千林に近い大阪市都島区京橋店西宮市甲子園店横浜市東戸塚店浦安市新浦安店目黒区碑文谷店福岡市ショッパーズ福岡店を旗艦店としていたが、ショッパーズ福岡店は2015年9月1日にイオン九州へ、その他の5店も2016年3月1日にイオンリテールへ承継された。

独立企業時代

新神戸オリエンタルシティに残る中内功による「良い品をどんどん安く…」の石板

1957年(昭和32年)に兵庫県神戸市で創業。20世紀日本の流通・小売業界を発展させた代表的な企業としても知られ、ショッピングセンターゼネラルマーチャンダイズストアを日本で初めて導入した。創業者中内㓛の生まれ育った阪神地区を中心に商圏を築き、1960年代後半から1970年代にかけて大きく発展し、全国展開を進めた。1980年代には、全国各地の地場スーパーマーケットと提携し傘下に納める形でグループを形成していった。

小売業に関しては、創業以来一貫して「価格破壊」をスローガンとする拡張路線を進めてきた。価格破壊とともに質への需要などニーズが多様化すると、「ダイエー」のほかに「トポス」「ビッグ・エー」「Dマート」「グルメシティ」「Kou's」「プランタン」など業態ブランドを拡大化し多様化する消費者ニーズに応えながらも流通革命により価格破壊を志向する「よい品をどんどん安く (GOOD QUALITY BEST PRICE)」「お客様のために (For the Customers)」の方針で事業が進められてきた(一時はグループ企業が300社あり、大阪国際女子マラソンなどでグループ各社の一覧が流れる企業CMも存在した)。

小売業以外にもホテル大学プロ野球出版金融など事業分野の多角化に乗り出し、特に、創業者の故郷である神戸市内と所属球団福岡ダイエーホークスの本拠地に定めた福岡市内で、グループ子会社とともに事業を数多く手がけた。

だが、失われた20年が始まる1990年代後半から業績悪化が表面化。大規模な出店攻勢をした後の不採算店の閉鎖を行ったこともあり、テナントとして入っていたビルが空き店舗になったままで、同じくテナントとして入っている別の店舗の売り上げが急激に落ちたり、商店街の集客力がなくなったりと、いわば閉鎖の余波とも捉えられる問題が少なからず起きる。経済産業省出身の雨貝二郎会長から引き続いて、高木邦夫社長時代の2004年から産業再生法の適用及び産業再生機構からの支援を経て、丸紅およびイオンとの連携のもと、非主力事業の譲渡やコア事業である小売部門の縮小などの再建策が行われる。この再建策により経営破綻=倒産は回避された。

2013年には、イオンが当社株の公開買付け (TOB)を行い、ダイエーを完全子会社化することを発表。事実上の筆頭株主であった丸紅は、この買付けに対し、約24%のダイエー株を応募することでイオンと合意。ダイエーも子会社化に同意し、イオンと丸紅の間で資本提携契約を解消、2015年に完全子会社化が成立した。

経営不振後は「バブルの負の遺産の象徴」として語られることもあるが、高度経済成長下の時代においては、新しい業態を開発し、流通業界を牽引する役割を果たしていた。また、1975年6月に出版された城山三郎の小説「価格破壊」(角川文庫)のモデルとされている。

イオングループとなって以降

親会社となったイオンは、重複する事業の再編を継続して進める。こうした中、2014年5月28日に行われた同社株主総会の席上で、イオン社長の岡田元也は、「ダイエーの事業を関東と関西のグルメシティに特化し、それ以外の地域についてはイオングループとの統合再編を進める」との方針を示した。既に伊豆地区のダイエー系店舗の一部がイオン系のマックスバリュ東海(旧ヤオハン)へ事業譲渡され、マックスバリュへ転換(一部店舗はマックスバリュを経てディスカウントストアザ・ビッグへ再転換)されている。

ダイエーはイオングループ入りに際し、北海道・名古屋、九州の店舗を、イオンの地域子会社へ移管の上で店舗網を抜本的に見直している。

しかし、イオンの連結子会社となって以後のダイエーも経営環境の改善が一向に進まず、2014年2月期決算でも税引き後の赤字決算であることから、さらなる抜本的な経営改革をする必要があるとして、イオンは現在株式の44%を保有するダイエーを2015年1月1日付をもって、株式交換方式(ダイエーの1株に対し、イオン株0.115株を交換に充てる)により完全子会社化することを発表。

またこれに伴い、東京証券取引所第1部に上場していたダイエーの株式を2014年12月26日付けをもって上場廃止にするほか、岡田は、「ダイエーの法人格はそのまま残すが、2018年(平成30年)をめどにダイエーの屋号(店舗ブランド)をなくす」とする方針を示し、その準備段階として、北海道名古屋九州のダイエーの店舗をイオンなどの同グループ内の店舗ブランドに転換し、ダイエーのブランドは発祥地である近畿地方首都圏(関東南部)に事業を集約し、かつ食品スーパー (SSP) 事業に特化。また京阪神のダイエーグループの他ブランド名のスーパーなどやイオン系の食品スーパー担当子会社も順次ダイエーに統合。2014年時点ではこれらの地域でも2018年度までにイオンフードスタイル(仮称)などのイオングループの別のブランドへの転換を進めるとしていた。その後、2017年に方針転換を発表、関西、関東地区でのダイエーの知名度を勘案し2019年度までに「グルメシティ」ブランドを廃止して「ダイエー」に集約、「マックスバリュ」等イオン系SMとの店舗・ブランドの再構築を図る予定となった。そして、2018年(平成30年)10月10日にイオンが各地域でのスーパーマーケット事業の経営統合に関する基本合意書が締結されたことが発表され、その中でダイエーは2019年(平成31年)3月1日付で山陽マルナカから大阪府・兵庫県・奈良県内の14店舗の運営を承継した後、2020年3月1日付で光洋を吸収合併する方法によって近畿エリアのスーパーマーケット事業における経営統合を進める予定である事が示された。

2016年からは、イオンフードスタイルとして展開する食品スーパーに「ÆON FOOD STYLE by daiei」のロゴを掲出している。詳細はイオン (店舗ブランド)#新店舗分類を参照。

コーポレートアイデンティティ (CI)

名前の由来は、創業者・中内㓛の祖父・中内栄の名前の「栄」に、「大」をつけた「大栄」であり、「大阪より栄える」「大いに栄える」という意味もこめられている。

シンボルマーク

創業当初の千林駅前店には菱形の上に「主婦の店」の「主」を「大」で円形に囲ったマークの看板があった。なお、現在のグルメシティ近畿の前身で、ダイエー傘下に置かれている食品スーパー・サカエも、祖父の中内栄、並びに当時の薬問屋であった「サカエ薬局店」から由来するものである。

初代シンボルマーク(1962年 - 1975年)
初代ロゴ(2016年当時、イオンに転換された京橋店で見られた)
1962年に制定された初代シンボルマークは、公募によって選ばれた大阪市在住の主婦によるもので、流線型のDの中心にS(Store・Shop・Shufuの頭文字とされる)を入れたデザインであった。これは丸善石油(現:コスモ石油)の燕が横に飛ぶマークにヒントを得て「あくまで上を目指す」ダイエーの発展を願いDの字を若鷲に見立ててデザインしたものだった。このマークは同年3月16日の新聞広告から使用を開始した。
キャッチコピーは「よい品をどんどん安く」
二代目シンボルマーク(1975年 - 2005年)
2代目ロゴ
二代目シンボルマーク
最後まで2代目ロゴを掲げ続けた平塚店(2012年9月16日 撮影)
コクヨなどのマークを手がけた、デザイナーのレイ・吉村によって製作され、CI戦略コンサルタントの中西元男(PAOS代表)が提案した。
CIの導入にあたっては1973年の基本方針発表会でまず導入について中内から社内へ伝えられ、1974年には営業会議で販促部が正式に導入を提案。設置されたプロジェクトチームと中西により調査が行われ、その結果初代マークのイメージは「ハードな感じで(中略)美的水準は店に行くと驚くべき惨状にあった」(中西)とされた。これを踏まえ1975年4月に6人のデザイナーによるコンペが行われ、最終的に吉村が手がけた2案が残った。
全26案の絞込みの最終選考で青を基調としたA案と、使用されるに至ったB案に分けられ、総合的評価ではA案が高かったが、中西を初めとしたCIコンサルタントは、B案がふさわしいのではという考えであった。
社長の中内はA案とB案を持ち帰り、一週間ほど悩んだ挙句、オレンジのカラーを気に入り、B案を採用することを決めた。しかし採用の際に、当ロゴが日本の国旗である日の丸の印象を持たれないかという懸念が残るも、オレンジの隣に緑のロゴを配することで解決した。
1975年10月21日に公式発表され、同年10月24日開店の一宮店から使用を開始。2005年11月30日までの約30年の長期に渡り、ダイエーグループのスーパーマーケットで使用された。「D」を意匠化したシンボルマークは、買い物袋や包装紙にも使用。「上弦の月」をイメージさせるとともに、真円の一部が欠けたデザインとすることで、不完全な円=「永遠の未完成」(=成長し続ける)を意図している。
キャッチコピーは引き続き「よい品をどんどん安く」を使用、グループミッションは「よい品をどんどん安くより豊かな社会を」であった。
2005年12月以降は公式上では使用を終了しているものの、平塚店(店番号:0559)のみロゴマークを更新せず塔屋や看板に使用されていた。2012年9月30日の同店閉鎖に伴い完全に消滅し、その後は一部什器や輸送用台車などに痕跡が残っている程度である。
福岡ダイエーホークス平和台球場時代のユニフォームの左袖にもプリントされていた。後継球団の福岡ソフトバンクホークスが2014年に同ユニフォームを復刻した際、当マークもレプリカユニフォーム用のワッペン(オフィシャルグッズ)として復刻された。
三代目シンボルマーク(2005年 - 現在)
製作者は不明。創業者の中内の理念や思想、そして過去からの決別の意を込めて、ロゴ(社章)・シンボルマークが一新された。
2005年10月14日に公式発表され、同年12月1日に改装オープンした北野田店(店番号:0387)から使用を開始。従来と同様に塔屋・買い物袋・包装紙に使用されている。
ロゴの「Daıeı」(iの上のドット符号がなかった)は「daiei」になり、その書体も、Helvetica(ゴシック体)から、丸みを感じさせる書体に変更された。シンボルマークは、「Dマーク」に代わり、発見や歓びを表す「!(感嘆符)」とdaieiの「d」とを組み合わせた(ハート型を連想する)イメージに変更されたが、コーポレートカラーとなったオレンジは従来よりも明るみを増した。
さらに、創業当初から親しまれたキャッチコピーやグループミッションもすでに形骸化していたとし、「生活者共感視点」を図るべくロゴ変更と共に更新され「ごはんがおいしくなるスーパー」「いつも発見があるうれしい売り場を。いつも笑顔がある活気にあふれた店を。私たちはお客様とともに毎日のお買い物の楽しさを大切にします」となった。

ダイエーグループの誓い

かつて、以下のような「ダイエーグループの誓い」が存在し、朝礼に際して唱和されていた。

「 | 

「ダイエーグループの誓い」

「私たちダイエーグループの従業員は次のように誓います。

ひとつ この仕事を通じて、お客さま全てのより豊かな暮らしに奉仕致します

ひとつ 真心を込めて、よい品をどんどん安く売る事を働き甲斐と致します

ひとつ 人を愛し、店を愛して、日々美しい努力を続けます」

 | 」

ファーストフードのドムドムハンバーガーは、この2番目の「どんどん」が語源である。

プライベートブランド

ダイエーは多くのプライベートブランドを有するが、一部のみを挙げる。

現存するブランド

トップバリュ
イオンとの業務・資本提携により、「セービング」・「おいしくたべたい!」に代わり導入されているイオンのプライベートブランド。
2007年11月に24色カラーランドセル2008年1月に「セービング」では導入されていなかったチューハイの数量限定発売(※)を経て、2008年3月20日より本格的な取り扱いを開始した。
※反対に、イオングループでは当社のオリジナル商品「バーゲンブロー ノイヴェルト」を同じ時期に限定発売している。
なお、かつてダイエーグループの傘下で現在は資本関係は残るもグループから脱退しているセイブ(茨城県、同じ茨城県にあるカスミ(イオンの持分法適用関連会社でありトップバリュ商品を取り扱っている)と提携し、相互の店舗でそれぞれの商品券を使用できることから元ダイエーグループであることと直接関係あるかは不明である)、東武(北海道)など、ごく一部に過去にセービング商品を扱っていたことなどの理由で現在もトップバリュの商品を提供する店舗がある。

かつて使われていたブランド

ダイエーみかん
ダイエーのPB第1号商品として、1960年に発売。
ダイエーインスタントコーヒー
1961年9月に発売。ラベルは当時の包装紙に用いられていた「赤いバラのマーク」を貼っていた。当時のインスタントコーヒーは湿気やすい蝋引きのパックであったのに対し、アルミパックで販売したため、常にサラサラの状態が保たれ、飛ぶように売れた。
キャプテンクック (Captain Cook)
かつては食料品の主力ブランドで、大手メーカーとの提携商品もあったが、ほとんどの商品が後述の「セービング」ブランドに移行した。同時に、ダイエーの社内食堂を運営する給食業者でもあった。
ダイエー自社開発製品 → セービング
かつて主力となっていたブランド。品目は食料品衣料品(主に下着)・日用雑貨。元々上述のPB第1号商品である「ダイエーみかん」(1960年発売)や「ダイエーインスタントコーヒー」(1961年発売)などから発売を開始。その後、1970年代の「ノーブランドシリーズ」や「キャプテンクックシリーズ」(前述)を経て「セービングシリーズ」に発展し、ダイエーの旗艦ブランドとなる。
最後のロゴは3代目で、2006年6月8日に食料品と日用雑貨を皮切りに、このロゴでの販売が開始された。iを逆さにして!のようにし、パッケージによってロゴの地の色を変えている。
なお、「セービング」の商品は「トップバリュ」の本格導入によって2009年2月に販売終了となったが、その後も袋入り砂糖類6品目が依然として「セービング」ロゴつきで販売されている(2012年10月時点)。なお、「トップバリュ」に代替品が存在しない一部商品については、ブランド名が付かない単なる「ダイエー開発商品」として販売が継続されている商品も存在する。
旧ロゴデザインのうち、1991年から採用された2代目は、黒地に大文字の白抜きで、Iの部分のオレンジが縦に波のようになっており、採用当初は、食品がオレンジ、日用品が緑、衣料品が青と色分けされていた。また初代のデザインは、Century(セリフ)書体で「SAVINGS」の文字が縦横に繰り返し書かれたものが背景となるデザインであった。
おいしくたべたい!
イオンと提携した時期に、セービングに代わる食品専門のプライベートブランドとして登場したが、トップバリュの導入で消滅した。
ブブ (BUBU)
1970年、13型カラーテレビを当時としては破格の5万円台で発売し、大変な話題となったが、その際に使われたブランドである。テレビ以外にも様々な家電製品がこのブランドで発売されたが、後に「サリブ」ブランドが家電PBのメインとなる。
AMPM
紳士服などに使われていたが、現在使用されているかどうかは不明。1998年、ダイエーがエーエム・ピーエム・ジャパン(コンビニエンスストア運営、法人自体は2010年にファミリーマートに吸収合併され解散)などに対し、「自社の商標に似た商標を使用している」として、商標の使用差し止めと損害賠償を求め提訴したことがある。
ラエル・ブルック
1970年代に紳士服に使用。当時モータースポーツで国内最高峰だった、全日本F2選手権でのチームスポンサーを冠したことがあった。
プライスセーバー
セービングと同様の品揃えだったが、ディスカウントストア業態向けだったために、セービングよりもわずかに価格を低く設定していた。プライベートブランドとしての役割を終えた後は、書体マークをそのままに「お酒のディスカウントストア プライスセーバー」として店舗名・コーナー名に流用された。
暮らしの88
100円ショップと同等の商品を、より安価に提供する事を目指した商品。
コルティナ (COLTINA)
家電製品、生活雑貨等に使用。1990年代、大手メーカーがOEM製造したブラウン管テレビの本体に、コルティナのブランドと日本語の説明書を付けて販売していた。
マイパック
1973年12月7日LPレコードを、当時としては低価格の1枚890円で発売した際に使われたブランド。

店舗

詳細は「ダイエー (店舗ブランド)」を参照

現在の店舗

現行店舗については、ダイエー公式サイト内にあるダイエー店舗情報参照

過去に存在した店舗

詳細は「過去に存在したダイエーの店舗」を参照

店舗ブランド

詳細は「ダイエーグループの商業ブランド」を参照

運営していたショッピングセンター

どちらも、2015年9月1日のダイエーの店舗網再編時にイオンストア九州に移管された。

沿革

ダイエー発祥地である大阪市旭区千林商店街(2007年5月撮影)

1950年代

1960年代

2010Happy Mail