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ダチョウ倶楽部とは?

テレビ番組・中継内での各種情報(終了した番組・中継を含みます)は、DVDやBlu-rayなどでの販売や公式なネット配信、または信頼できる紙媒体またはウェブ媒体が紹介するまで、出典として用いないで下さい検証可能性に基づき除去される場合があります。
ダチョウ倶楽部
DACHO CLUB


【メンバー】
肥後克広
寺門ジモン
上島竜兵
【別名】
ダチョウ
【結成年】
1985年-
【事務所】
太田プロダクション
【活動時期】
1985年 -
【師匠】
杉兵助(肥後)
志村けん(上島)
【出身】
道頓堀劇場(肥後)
テアトル・エコー養成所(寺門・上島)
【出会い】
渡辺正行の紹介
【旧グループ名】
キムチ倶楽部
【現在の活動状況】
テレビ
【ネタ作成者】
肥後克広
【現在の代表番組】
志村けんのバカ殿様
爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル
【過去の代表番組】
天才てれびくん
スーパージョッキー
王道バラエティ つかみはOK!
【同期】
ウッチャンナンチャン
中山秀征
出川哲朗
シルク
130R
太平かつみ
今田耕司
リットン調査団
【公式サイト】
公式プロフィール
ダチョウ倶楽部オフィシャルブログ
【受賞歴】


ダチョウ倶楽部(ダチョウくらぶ)は、日本のお笑いトリオ。南部がリーダーを務めていた時代は、カルテットで活動していた。太田プロダクション所属。出川哲朗らと並んで、俗に言うリアクション芸人の代表格でありお笑い第三世代。計算し尽くされたリアクション芸や「ヤー!」「聞いてないよォ」などのギャグ、「ムッシュムラムラ」など同じ言葉を連呼するギャグ物真似などを持ち合わせ、しかも大半の芸は応用が利くのが特徴。

目次

  • 1 メンバー
  • 2 来歴
  • 3 エピソード
  • 4 主なギャグ
  • 5 出演メディア
    • 5.1 レギュラー出演番組
      • 5.1.1 単発
      • 5.1.2 過去
    • 5.2 ドラマ出演
    • 5.3 映画
    • 5.4 CM
    • 5.5 パチンコ
    • 5.6 CDシングル
    • 5.7 DVD
    • 5.8 書籍
    • 5.9 ゲーム
    • 5.10 PV
  • 6 脚注
  • 7 関連項目
  • 8 外部リンク

メンバー

ツッコミ(昔はボケ)担当、2代目リーダー。
説教(ダメ出し)担当。
ボケ(昔はツッコミ)担当。
元メンバー
ボケ担当、初代リーダー。
脱退後、南部虎弾と名を改め電撃ネットワークで活動中。電撃ネットワークにはボケ・ツッコミはない。

来歴

肥後は商業デザイナーから転身してコメディアンの杉兵助に弟子入りし、渋谷道頓堀劇場でお笑い芸人として活動しており、ジモンと上島は劇団テアトル・エコー附属養成所に所属する役者志望だった。彼らが知り合ったのはテアトル・エコーの先輩・渡辺正行の紹介である。

3人はコント赤信号の劇団員として活動後、多人数のコントグループ「キムチ倶楽部」として活動。キムチ倶楽部には俳優の近藤芳正なども在籍していた。諸事情により改称し、南部寅太(現:南部虎弾)と共に「ダチョウ倶楽部」を結成した。初代リーダーは南部だったが、1987年に彼が脱退して電撃ネットワークを結成したため3人編成となる。

南部脱退の理由については、4人とも明確に語ろうとしていなかったが、最近では理由を語っており、上島竜兵曰く「南部が深夜、電話にて上島に『ビー玉飲めるか?』と言ったがために、それは出来ないと仲たがいになり、南部が脱退した」とのことで、方向性の違いがあったという。 以下の文はあくまでも噂である。

なお、これらの噂について2008年4月23日放送の『大人の自由時間・なぎら開宝計画』(BS11)にゲスト出演した南部は、ハナ肇には「ハナさんは意外と真面目な方なんですね」と言ったら怒られた。山本晋也には「俺がどうして監督って呼ばれてるかわかるか?強いからだよ!」と言われスタジオの外に連行されたと発言している。

南部脱退後、事務所の指示で(戸籍上は)最年少ながら一番背の高い肥後がリーダーとなった(実際の最年少は寺門、詳細は当該項を参照)。フロントマン兼リーダーの南部脱退により、当時太田プロに在籍していた芸人の間では南部なしのダチョウ倶楽部の行く先が危ぶまれたという。その後ショーパブ、ライブなど経て、お笑い第三世代ブームでブレイクするが、ネタ番組では1本ネタはさせてもらえず、ショートコントばかりという扱いだった。しかし、「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」(以下、「お笑いウルトラクイズ」と略す)にて、後述するような独特な芸風(リアクション芸)を生かし、再ブレイクする。かつてのネタでは、上島がツッコミ役だったが、笑福亭笑瓶の助言により、ボケ役に回った。

1993年10月からは初めてゴールデンタイムで『王道バラエティ つかみはOK!』のメイン司会を担当するが、視聴者から抗議が殺到し(特に上島のドリカム吉田美和のモノマネは大顰蹙を買った)、視聴率も苦戦した事から半年で打ち切られる(次番組は『クイズ悪魔のささやき』)。以後、テレビではメインではなくサブとしての出演が中心となる。なお、台湾で『つかみはOK!』を放送していた頃、彼らをパクった「アヒル倶楽部」なる細身2人にデブ1人という男性3人組お笑いグループがいた。

1994年の『24時間テレビ』のチャリティーランナーに選ばれ、マラソンでは3人同時に走った。

1995年、『ダチョーン倶楽部』内の上島企画「目指せ! ヒット曲」において、Club D名義でシングルCDを1枚リリースした。

2006年、CS放送テレ朝チャンネルにてダチョ・リブレがスタート。「竜兵会」「ネイチャージモン」の2部構成。「竜兵上島のオチのない話」などオリジナル企画を放送。

2017年7月2日、演芸番組『笑点』の演芸コーナーに初出演し、コントとおでん芸を披露した。

エピソード

主なギャグ

3人の計算されたコンビネーションで見せる芸が多く、その内容はウケる・ウケないではなく、もはや日本の伝統芸の領域に入ってきている(マンネリの美学)。リアクション芸については、ノリだけで行っているように見える裏側に「リアクションの際はカメラを凝視する」「限界の状況でも常に安全を確認、かつ最低限のマージンを取って芸に臨む」など全てが計算されている。「一見つまらないようなギャグでも3人で行うと迫力があって面白く感じる」とも語っている(『アメトーーク』出演時のリアクション芸人講座など、自分たちの芸について語る機会があると、リアクションシーン直前にカメラに写りこまない部分で行われる準備・リアクション中の様々なテクニック・流れるようなフォーメーションが随所に織り込まれていることを解説している)。

なお、下記のギャグをやろうとする流れになると、他のタレントによって「例の“キス”だろ?」などと言われて成立しなくなる(そして、そこで笑いになる)というパターンも出てきている(特に有吉弘行などが使用する)。

出演メディア

※ダチョウ倶楽部としての出演番組を記載。個別での出演番組は肥後克広寺門ジモン上島竜兵を参照。

レギュラー出演番組

単発

現在

過去

ドラマ出演


以下は4人組時代のレギュラー

映画

CM

2010Happy Mail