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ダヤン・ビシエドとは?

【基本情報】

【国籍】
アメリカ合衆国
【出身地】
キューバ
ビジャ・クララ州レメディオス
【生年月日】
(1989-03-10) 1989年3月10日(30歳)
【身長
体重】
185 cm
108 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
一塁手左翼手
【プロ入り】
2009年 アマチュア・フリーエージェントとしてシカゴ・ホワイトソックスと契約
【初出場】
MLB / 2010年6月20日
NPB / 2016年3月25日
【年俸】
2019年より3年契約総額11億3000万
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

この表について
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プロジェクト:野球選手 テンプレート


ダヤン・ビシエド・ペレス(Dayán Viciedo Pérez , 1989年3月10日 - )は、キューバ共和国ビジャ・クララ州レメディオス出身のプロ野球選手(一塁手左翼手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。

愛称は丸々とした体形からシカゴ・ホワイトソックスの実況アナウンサーのケン・ハレルソンが名付けた"The Tank"(ザ・タンク)、またはスペイン語で戦車を表す"El Tanque"(エル・タンケ)

NBP史上平成最後で平成生まれ初の首位打者である。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 キューバ時代
    • 1.2 ホワイトソックス時代
    • 1.3 ホワイトソックス退団後
    • 1.4 中日時代
  • 2 選手としての特徴
    • 2.1 打撃
    • 2.2 守備・走塁
  • 3 人物
  • 4 詳細情報
    • 4.1 年度別打撃成績
    • 4.2 年度別守備成績
    • 4.3 タイトル
    • 4.4 表彰
    • 4.5 記録
    • 4.6 背番号
    • 4.7 登場曲
  • 5 脚注
    • 5.1 注釈
    • 5.2 出典
  • 6 関連項目
  • 7 外部リンク

経歴

キューバ時代

キューバでは同世代リーグでの圧倒的な成績(打率.405・5本塁打・18打点・14盗塁)を携え、2004-2005シーズンに15歳で国内リーグ"セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル"デビュー。

2007-2008シーズンまでナランハス・デ・ビジャ・クララに所属していた。

AA世代(15歳前後)の国際大会出場の頃からその類稀なる才能は注目を浴び始め、昔のオマール・リナレスと比較されるようになった。同世代のジュニアナショナルチームの中では遊撃手であったが、三塁手外野手を掛け持ちで務めて出場した。

2006年第1回WBCの一次候補にも挙がるなど順調であった。

2006-2007シーズンにおいては90試合で打率.252・8本塁打・OPS.776と前のシーズンより下げ、不振に苦しんだ。

ホワイトソックス時代

2008年5月にいかだに乗ってキューバから亡命し、アメリカ合衆国フロリダ半島に上陸した後、ドミニカ共和国で居住権を確立した。同年12月12日に同じくキューバ出身の亡命選手であるホセ・コントレラスアレクセイ・ラミレスが所属しているMLBシカゴ・ホワイトソックスと4年総額1000万ドルで契約を結び、入団した。

2009年7月のオールスター・フューチャーズゲームの世界選抜に選ばれた。

2010年6月20日のワシントン・ナショナルズ戦で21歳にしてメジャーデビュー。

2011年はAAA級シャーロット・ナイツで119試合に出場し、打率.296・20本塁打・OPS.856を記録。AAA級のオールスターゲームにも選ばれた。8月26日にカルロス・クエンティン故障者リスト入りしたためメジャーへ昇格。この年は29試合に出場し、1本塁打6打点1盗塁、打率.255だった。

2012年はホワイトソックスの正左翼手として147試合に出場し、打率.255・25本塁打・78打点・OPS.744を記録した。

2013年2月22日に1年契約に合意。4月半ばには脇腹痛により、約3週間DL入りした。この年も正左翼手として124試合に出場したが長打力は影を潜め、打率.265・14本塁打・56打点という成績に終わり、本塁打が10本以上減少した。守備力も低く、左翼を109試合で守って5失策・守備率.970・DRS - 5という内容だった。

2014年1月13日にホワイトソックスと280万ドルの1年契約に合意。この年は中堅手であるアダム・イートンの活躍により、アレハンドロ・デアザが左翼の守備に就くことが多くなり、ビシエドは左翼手と右翼手を兼任することとなった。145試合に出場し、打率.231・21本塁打・58打点だった。本塁打数は2年ぶりに20本台に戻したが、代償として打率を大きく下げた。

2015年1月12日にホワイトソックスと440万ドルの1年契約に合意した。しかし、1月28日に戦力外となり、2月4日に解雇された。

ホワイトソックス退団後

2015年3月1日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結んだが、31日に解雇となる。6月11日にオークランド・アスレチックスとマイナー契約を結ぶが、7月30日に自由契約となる。8月1日にホワイトソックスとマイナー契約を結ぶが、オフに自由契約となり、FAとなる。結局、2015年はマイナーリーグの2球団(AAA級ナッシュビル・サウンズとAAA級シャーロット・ナイツ)で計66試合に出場、打率.287・8本塁打だった。

中日時代

2015年12月1日、中日ドラゴンズが獲得を発表、背番号は落合博満が監督時代につけていた66に決まった。

2016年の開幕から3試合連続ソロホームランを放ったが、これは新外国人として史上初の快挙だった。さらに2試合目、3試合目に猛打賞を放ち、開幕3連戦終了時点で12打数8安打 打率.667をマークした。4月17日の対阪神タイガース戦では来日初となる第6号サヨナラホームランを放ち、お立ち台に上がった。5月7日の対読売ジャイアンツ5回戦(東京ドーム)で2回表に今村信貴から左越ソロ、右越3ランの2本のホームランを放ち、1イニング2本塁打(史上19人目(21度目))を達成。5月10日、セ・リーグの3・4月度月間MVPを受賞した。外国人枠の野手による来日1年目開幕月での受賞はリーグ初となった。このようにシーズン序盤は絶好調だったものの徐々に調子を落としていき、15試合連続本塁打0などスランプに陥った。さらに8月13日の阪神戦(京セラドーム大阪)で守備機会中にセカンドの高橋周平と衝突し左足首を痛めて登録抹消を余儀なくされた。9月13日の広島東洋カープ戦で復帰したがスタメンでの出場はなく、もっぱら代打としての出場のみでシーズンを終了。球宴明けの本塁打数は3本にとどまった。11月22日、2017年シーズンの中日残留が発表された。

2017年交流戦中の6月16日、米国市民権取得のためチームを離れ渡米した。当初は1週間程度で再来日できる予定であったものの、手続きが難航した影響で戦線復帰に1ヵ月を要した。背景にはドナルド・トランプ政権下での移民政策の転換があるとされる。8月14日の東京ヤクルトスワローズ戦では右腕に死球を受け尺骨を骨折、シーズン中の復帰が絶望的となり、結局以降の出場は無くシーズンを終えた。

2018年は、8月から急激に調子を上げて月間46安打を達成し、村田修一の持つセリーグ記録に並んだ。そして、8月最後のナゴヤドーム戦で巨人先発メルセデスから左前へ先制適時打を放ち、月間安打を「47」としてセリーグ記録を更新した。イチローの持つ月間最多安打48に、あと一打届かなかった。2018年シーズンの対広島戦は132試合消化時点で打率.404、18打点、5本塁打と、打率、打点、本塁打の全てにおいて、50打数以上を記録した選手の中ではチーム1位の対広島戦打撃成績。9月以降も好調をキープし、首位打者(平成生まれでは史上初)と最多安打の2つのタイトルを獲得した。また、セリーグ1塁部門でベストナインを獲得した。

選手としての特徴

打撃

レベルスイングで広角にライナーを打ち分ける打撃を持ち味とし、本塁打も全方向に打ち込んでいる。速球への対応は平凡だが、変化球を苦にしない。ストライクゾーンの真ん中の球に滅法強い反面、内角や外角の球に弱い。

多少のボール球でも振りに行くフリースインガーで、キューバ人選手特有の早いカウントから積極的に打ちに行く姿勢は年々改善されているが、ボール球を振る悪癖については「わかっていても難しい」と語っている。また、好不調の波がある。

NPB移籍後は、特に阪神タイガースとの相性がよく、2016年シーズンは、「打率.377(77打数29安打)、7本塁打(22試合)、20打点」で、特に本塁打はシーズンのおよそ3分の1を阪神戦で量産している。来日当初に懸念されていたフリースインガーぶりは改善傾向を示しており、2016年の「PA/K」(1三振までに掛かる打席数)は「6.93」、「BB/K」(四球と三振の割合から打者の選球眼を見る指標の一つ)は「0.65」で、これはセ・リーグの外国人打者としてはいずれもリーグ1位(全体では「PA/K」がリーグ8位、「BB/K」がリーグ12位)の成績である。また長打力を示す指標であるIsoPは、2016年以後の2シーズンで「0.212→0.202」と高い水準で推移している。広角に打ち分けることができるスプレーヒッターでもあり、2016年は左方向、右方向に9本塁打ずつをそれぞれ放っている。その一方で、3月・4月は「打率.347(98打数34安打、9本塁打)」を記録したが、交流戦は「打率.182(66打数12安打、2本塁打)」、球宴明け以後は「打率.219(91打数20安打、3本塁打)」という成績に終わり、懸念されていた好不調の波の激しさを払拭し切れない結果に終わった。

対左投手をとても得意にしており、2016年は「140打席、打率.303、8本塁打、OPS.944(対左投手のOPSはリーグ5位)」、2017年は「63打席、打率.339、8本塁打、OPS1.161(対左投手のOPSはリーグ1位相当)」と、高い水準で推移している。また、ハイボールヒッターであり、2016年は22本塁打のうち高めの球が12本塁打、2017年は18本塁打のうち高めの球が10本塁打であった。

守備・走塁

守備ではキューバ時代とメジャーデビュー当初は主に三塁手として起用されていたが、2011年から外野手に転向。2012年に左翼手リーグ2位の13補殺を記録した強肩を備えるが、外野守備は敏捷性に欠け守備範囲が狭く、メジャー通算のDRSUZR共に平均を大きく下回る。一塁手での出場経験もあるが、一塁守備もメジャー通算のDRSとUZR共に平均を下回る。守備の動きの鈍さはキューバ時代から指摘され、ビジャ・クララやキューバ代表で監督を務めていたビクトル・メサからは「彼は優れた打撃技術を持っているが、同時に年齢の割に驚くほど守備の動きが鈍い」と評されていた。

NPB移籍後は、一塁手としての起用が主体だが、左翼手として起用されることもある(2016年は、一塁手として100試合、左翼手として8試合にスタメン出場)。

人物

家族構成は妻と子供3人。中日への移籍当初はフロリダに家族を残し単身で来日。2016年オープン戦期間中の3月11日に、第3子出産の立ち合いのために一時帰国。出産後、子供の体調が思わしくなく、予定より遅れて3月20日の再来日となったが、翌日のオープン戦から試合に出場している。2018年現在は家族も日本に呼び寄せて一緒に暮らしており、息子のうちひとりは日本の少年野球チームに加入している。

バットは打席ごとにメジャー時代から慣れ親しんだ米ビクタス社製とミズノ製のバットを使い分けている。

キューバ野球の英雄でかつて中日にも在籍した、現・中日ドラゴンズ巡回コーチオマール・リナレスを尊敬している。

詳細情報

年度別打撃成績





【球

団】


































































O
P
S

2004-2005 | VCL | 72 | 199 | 186 | 14 | 44 | 5 | 4 | 1 | 60 | 16 | 0 | 1 | 1 | 1 | 9 | 0 | 2 | 44 | 9 | .237 | .278 | .323 | .600
2005-2006 | 86 | 361 | 323 | 54 | 109 | 16 | 4 | 14 | 175 | 58 | 3 | 4 | 1 | 4 | 21 | 3 | 12 | 44 | 6 | .337 | .394 | .542 | .936
2006-2007 | 90 | 369 | 301 | 39 | 76 | 14 | 3 | 8 | 120 | 35 | 2 | 4 | 6 | 1 | 49 | 12 | 12 | 52 | 14 | .252 | .377 | .399 | .776
2007-2008 | 57 | 214 | 177 | 41 | 52 | 5 | 1 | 10 | 89 | 38 | 2 | 1 | 3 | 1 | 28 | 11 | 5 | 27 | 9 | .294 | .403 | .503 | .905
2010 | CWS | 38 | 106 | 104 | 17 | 32 | 7 | 0 | 5 | 54 | 13 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 25 | 5 | .308 | .321 | .519 | .840
2011 | 29 | 113 | 102 | 11 | 26 | 3 | 0 | 1 | 32 | 6 | 1 | 0 | 0 | 0 | 9 | 0 | 2 | 23 | 4 | .255 | .327 | .314 | .641
2012 | 147 | 543 | 505 | 64 | 129 | 18 | 1 | 25 | 224 | 78 | 0 | 2 | 0 | 4 | 28 | 0 | 6 | 120 | 18 | .255 | .300 | .444 | .744
2013 | 124 | 473 | 441 | 43 | 117 | 23 | 3 | 14 | 188 | 56 | 0 | 0 | 0 | 5 | 24 | 0 | 3 | 98 | 11 | .265 | .304 | .426 | .731
2014 | 145 | 563 | 523 | 65 | 121 | 22 | 3 | 21 | 212 | 58 | 0 | 1 | 0 | 3 | 32 | 3 | 5 | 122 | 19 | .231 | .281 | .405 | .686
2016 | 中日 | 119 | 471 | 416 | 63 | 114 | 22 | 0 | 22 | 202 | 68 | 1 | 0 | 0 | 3 | 44 | 0 | 8 | 68 | 13 | .274 | .352 | .486 | .838
2017 | 87 | 367 | 332 | 43 | 83 | 11 | 1 | 18 | 150 | 49 | 4 | 0 | 0 | 1 | 29 | 0 | 5 | 52 | 10 | .250 | .319 | .452 | .771
2018 | 135 | 582 | 512 | 91 | 178 | 26 | 1 | 26 | 284 | 99 | 3 | 4 | 0 | 4 | 51 | 4 | 15 | 61 | 24 | .348 | .419 | .555 | .974
CNS:4年 305 | 1143 | 987 | 148 | 281 | 40 | 12 | 33 | 444 | 147 | 7 | 10 | 11 | 7 | 107 | 26 | 31 | 167 | 38 | .285 | .370 | .450 | .820
MLB:5年 483 | 1798 | 1675 | 200 | 425 | 73 | 7 | 66 | 710 | 211 | 2 | 2 | 0 | 14 | 95 | 3 | 16 | 388 | 57 | .254 | .298 | .424 | .722
NPB:3年 341 | 1420 | 1260 | 197 | 375 | 59 | 2 | 66 | 636 | 216 | 8 | 4 | 0 | 8 | 124 | 4 | 28 | 181 | 47 | .298 | .371 | .505 | .876

年度別守備成績

【年
度】
【球
団】
一塁
外野
【試

合】















【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】



2016 | 中日 | 105 | 904 | 66 | 12 | 69 | .988 | 9 | 6 | 1 | 0 | 0 | 1.000
2017 | 87 | 771 | 51 | 5 | 81 | .994 | -
2018 | 132 | 1221 | 78 | 5 | 95 | .996 | -
NPB 324 | 2896 | 195 | 22 | 245 | .993 | 9 | 6 | 1 | 0 | 0 | 1.000

タイトル

NPB

表彰

NPB

記録

MLB
NPB初記録
NPBその他の記録

背番号

登場曲

脚注

注釈

  1. ^ 谷繁元信監督の選曲。

出典

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  43. ^ 株式会社スポーツニッポン新聞社マルチメディア事業本部「中日ビシエド 格好いいパパ打 愛息が名古屋市内の少年野球に入団 - スポニチ Sponichi Annex 野球」『スポニチ Sponichi Annex』。2018年7月18日閲覧。
  44. ^ 【中日】ビシエド、新相棒「ミズノ製バット」で逆転満弾「最高の瞬間だった」 2016年4月25日 スポーツ報知(2016年7月24日閲覧)
  45. ^ 中日・ビシエド“打ち出の小槌”折れた 2016年5月6日 東スポWeb(2016年7月24日閲覧)
  46. ^ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2019/09/22 17:21

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