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テレビ神奈川とは?

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株式会社テレビ神奈川
Television KANAGAWA, Inc.

tvkの新社屋、横浜メディア・ビジネスセンター(通称YokohamaMBC)。tvkは1階 - 4階を使用(1FのヨコハマNEWSハーバーはtvkが運営)。tvkサービスやミューコムなど関連会社は5階に入居。

種類
株式会社
【市場情報】
非上場
【略称】
tvk(ティーヴィーケイ)
【本社所在地】
日本
231-8001
神奈川県横浜市中区太田町2-23
【設立】
1971年4月20日
業種
情報・通信業
法人番号
8020001030879
【事業内容】
放送法に基づくテレビジョン放送業務
【代表者】
代表取締役社長 中村行宏
【資本金】
36億円
【発行済株式総数】
7,200,000株
【売上高】
65億7,500万円(2019年3月期)
【営業利益】
9憶8,500万円(2019年3月期)
【純利益】
4億1,400万円(2019年3月期)
【従業員数】
118人(2019年11月)
【決算期】
3月
【主要株主】
神奈川新聞社 (12.9%)
神奈川県 (9.5%)
横浜市 (8.3%)
横浜銀行 (4.2%)
中日新聞社 (3.9%)
【外部リンク】
https://www.tvk-yokohama.com/
【テレビ神奈川】

【英名】
Television KANAGAWA, Inc.
放送対象地域
神奈川県
ニュース系列
-
番組供給系列
全国独立放送協議会(独立協)
【略称】
tvk
呼出符号
JOKM-DTV
呼出名称
テレビかながわデジタルテレビジョン
【開局日】
1972年4月1日
本社
〒231-8001
神奈川県横浜市中区太田町2-23
横浜メディア・ビジネスセンター内
演奏所
本社と同じ
リモコンキーID
3
デジタル親局 横浜 18ch
アナログ親局 横浜 42ch
ガイドチャンネル
42ch
【主なデジタル中継局】
平塚 (SFN) 18ch
小田原 (SFN) 18ch
【主なアナログ中継局】
横浜みなと 48ch
平塚 31ch
小田原 46ch
ほか
【公式サイト】
https://www.tvk-yokohama.com/

株式会社テレビ神奈川(テレビかながわ、Television KANAGAWA, Inc.)は、神奈川県放送対象地域としてテレビジョン放送をする特定地上基幹放送事業者である。 略称はtvk(ティーブイケー)。コールサインJOKM-DTV

概要[ソースを編集]

1972年4月1日に、関東地方における3番目の東京キー局の系列に属さない神奈川県域のテレビ局として開局。

2004年5月10日の横浜メディアビジネスセンター内にできた現社屋への移転までは、テレビ神奈川の略称から取った「TVKテレビ」という愛称を主に使用していた。

2004年5月10日から使用されているロゴマークは、イメージカラーの空とハイビジョンの画面比16:9、tvkの文字を模してデザイン化したものである。

以後記事では、山下町時代は「TVK」あるいは「TVKテレビ」、現社屋移転後は「tvk」と表記する。

所在地[ソースを編集]

資本構成[ソースを編集]

企業・団体は当時の名称。出典:

2016年3月31日[ソースを編集]

【資本金】
【1株】
【発行済株式総数】
株主数
36億円 | 500円 | 7,200,000株 | 145
【株主】
【株式数】
比率
神奈川新聞社 | 930,000株 | 12.91%
神奈川県 | 683,650株 | 09.49%
横浜市 | 600,000株 | 08.33%
横浜銀行 | 300,000株 | 04.16%
中日新聞社 | 280,000株 | 03.88%
共栄社 | 200,000株 | 02.77%
アイネット | 200,000株 | 02.77%

過去の資本構成[ソースを編集]

1978年3月31日 - 1992年3月31日
【資本金】
【1株】
発行済株式総数
8億8000万円 | 500円 | 1,760,000株
【株主】
【株式数】
比率
神奈川県 | 140,000株 | 7.95%
横浜市 | 120,000株 | 6.81%
横浜銀行 | 075,000株 | 4.26%
神奈川新聞社 | 052,500株 | 2.98%
ラジオ関東→アール・エフ・ラジオ日本 | 052,500株 | 2.98%
中日新聞社 | 040,000株 | 2.27%
朝日新聞社 | 040,000株 | 2.27%
読売新聞社 | 040,000株 | 2.27%
毎日新聞社 | 040,000株 | 2.27%
産経新聞社 | 040,000株 | 2.27%
ジャパンタイムズ | 040,000株 | 2.27%
2003年3月31日
【資本金】
【1株】
【発行済株式総数】
株主数
32億4497万円 | 500円 | 6,489,950株 | 147
【株主】
【株式数】
比率
神奈川新聞社 | 930,000株 | 14.32%
神奈川県 | 683,650株 | 10.53%
横浜市 | 600,000株 | 09.24%
横浜銀行 | 300,000株 | 04.62%
中日新聞社 | 280,000株 | 04.31%
共栄社 | 200,000株 | 03.08%
アイネット | 200,000株 | 03.08%


沿革[ソースを編集]

ネットワークの変遷[ソースを編集]

歴史[ソースを編集]

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1972年開局時から80年代まで[ソースを編集]

山下町にあった旧社屋

1972年3月5日午前11時からテストパターンを放送開始し、鶴見親局から初めて電波が発射された。その後3月31日まで本社演奏所設備と鶴見親局の試験、中継局の試験を兼ねた「サービス放送」を開始。サービス放送初日の主な放送番組は、12時から『忍者ハットリ君+忍者怪獣ジッポウ』の第1話、12時30分から「ドキュメンタリー 日本の美〜日光東照宮」、13時から映画『辺境の追跡』、14時15分から19時までテストパターン、19時から『河童の三平 妖怪大作戦』の第1話、19時30分から「ドキュメンタリー あすをひらく〜ロボットただ今開発中」、20時から映画『夜霧よ今夜も有難う』を放送し、21時30分に終了した。以降、上記の番組に加えて3月15日と16日には「神奈川県 ア・テスト解答速報」、3月31日には「大洋VS南海オープン戦中継」を放送した。


1972年4月1日午前9時からテストパターンを放送、同日午前9時30分開局・本放送開始。

午前9時30分から午前10時55分まで開局記念・放送第1号番組「はばたけTVK」を本社演奏所第1スタジオから生放送(出演者:津田文吾(第7代神奈川県知事)、飛鳥田一雄(第18代横浜市長)、河野謙三尾崎一雄高木東六桐島洋子柳原良平。他に、ミスTVKや横浜市電の運転士、横浜港に寄港する外国船の船長も出演した)。開局当日のキャッチコピーは「本日・放送スタート!TVKをキャッチしよう!! パパはやく,ママが出ているTVK」である。開局当日に整備された親局は鶴見局42ch、中継局は小田原局46ch・平塚局31ch・久里浜局47ch。1972年5月1日に開局した中継局は南足柄局45ch。

テレビ神奈川における最長寿番組は「JAグループ神奈川」提供の「緑への歩み」だった(2008年3月、36年の歴史に幕を下ろし終了)。開局翌日の1972年4月2日スタートである。

もともとは神奈川県を筆頭に、横浜市朝日新聞毎日新聞読売新聞産経新聞中日新聞(5紙が同じ持株数を堅持)、ラジオ関東(現・アール・エフ・ラジオ日本)などが主要株主で、TVK自体が報道というものを半ば放棄していた時期もあり(1983年 - 2002年)、神奈川新聞の陰は薄かった。神奈川県が経営権を握っていた頃は、平日9:35 - 11:00、金曜夕方に神奈川県教育委員会制作の教育放送(学校放送)が組まれていた(「のびる子きょうしつ」はその生き残りで長寿番組だったが、2008年3月で終了)。津田文吾元県知事が同局の社長・会長を務めた事がある。

経営は80年代前半まで実に苦しかったと言われ、経営不振で80年初頭にリストラなどにより壊滅状態になっていた制作体制だが、90年代初頭の自社制作率は約70%までになり、東のTVK、西のKBS京都(当時は近畿放送、現・京都放送)であった。むろんキー局を除けばダントツの数字である(キー局系列局では朝日放送の約45%が最高であった)。

1972年5月3日「第20回 横浜みなと祭り国際仮装行列〜マーチ・イン・ヨコハマ」からTVK独占カラー生中継放送を開始(放送時間は生放送が午前11時10分 - 午後0時30分で中継録画放送が午後6時から午後7時25分だった。放送当日のキャッチコピーは「ことしは、みなと祭りの仮装行列が茶の間で見られます」「すぐそこのニュースが茶の間にTVK」「TVK!やっぱりいいねおかあさん」の3つのキャッチコピーだった。番組のゲストは小山明子橘家円蔵立川談志下重明子花村えいじ三遊亭栄橋、解説は六川英一、司会は石倉輝夫)。

開局当初はテレビ局経験のある社員が少なかったため、新人社員は日本テレビテレビ朝日からの出向者より指導を受けたという。

関東圏の独立放送局では初となるマスター設備(主調整室)の更新と三ツ池送信所(親局)の送信機更新を1983年から1984年に掛けて行い、音声多重放送(ステレオ放送)への対応をいち早く実現した。ステレオ放送番組第1号は「SPOPS」(1984年10月 - 提供:丸井 制作:TVK)であり、第2号番組は「かながわの景勝50選」(制作協力:プロダクションモスラ・制作著作:TVK)である。※これらの番組は、音声多重試験番組も兼ねて放送されていた。

1985年からはステレオ放送番組が増え、テレビ番組初の試みである「環境ビデオ」(BGV) の放送番組「サラダ・ボウル」(制作:TVK、制作協力:日本電子工学院(現・日本工学院専門学校)、PLAY BILL、日商岩井(現・双日))や「ブレイン・パッケージ」(制作:TVK、制作協力:日本電子専門学校 他)がスタートした。 同番組は、海外の風光明媚な空撮ビデオ映像に当時最新のアーティスト(例:PSY・Sなど)の音楽を流したり、完全オリジナルによるインストゥルメンタル曲を流す28分間の番組だった。これらの映像は、後にTOKYO MXで放送されている『文字ニュース』『ヘッドライン文字ニュース』のバック映像に転用されたこともあった。またサラダボウルは、1986年年頭の朝日新聞のテレビを考える連載のトップバッターとして全国に紹介された。

1987年、横浜が舞台だったテレビドラマ『あぶない刑事』(セントラル・アーツ制作、日本テレビ系)の第22話「動揺」において、スタジオ調整室のシーンで撮影協力をしている(撮影協力のクレジットは「テレビ神奈川」ではなく「TVKテレビ」)。

内田康夫の小説「横浜殺人事件」(浅見光彦シリーズ)のヒロインである横浜テレビの藤本紅子のモデルは、坂本紅子(現・コンテンツ局制作部専任部長)である。映画通で知られ「おしゃべりトマト」「TVグラフィック42番街」などの映画コーナー、「HAMA大国」の司会等を経て、2011年まで放送されていた「1230アッと!!ハマランチョ」のプロデューサーを担当していた。

『ファンキートマト』『おしゃべりトマト』『ミュージックトマト』などのいわゆる「トマトもの」では、MCのことをDJ(ディスクジョッキー)ならぬVJ(ビデオジョッキー)と称していた。これは、プロモーションビデオを大量に流す構成を踏まえ、DJをテレビらしい呼び名に置き換えた結果である。この名残で、現在でもtvkの放送中の番組での最長寿番組である「ビルボードTOP40」での中村真理はVJと呼ばれている。

1990年代から関内移転にかけて[ソースを編集]

TVKは1980年代から1990年代初頭にかけ、好景気と横浜そごうなど大スポンサーの存在が後ろ盾となっていた。特に横浜そごう(現・そごう横浜店)とTVKの関係は緊密で、「キャプテンロコスタジオ」(4F)「みなとみらい21スタジオ」(地下1階)という2つのサテライトスタジオを設け、「カフェシティヨコハマ」や、かねてからあった夕方のミューコム制作の生番組に威力を発揮した。しかし、バブル崩壊後にそごうが経営不振に陥ると、それらの番組は打ち切りとなり、ついにはスタジオ閉鎖、横浜そごうのTVK持株売却と、TVKとそごうとの関係は急速に悪化していった。さらに神奈川県の財政危機(広報番組予算が7億円から数千万単位まで縮小された)により売り上げが30億円近くも減少(売上最高期の1/4近く、90億円→60億円)した。この煽りを受け自社制作率は急速(70%→40%)に減り、2002年には売り上げでTOKYO MXに、2003年には自社制作率でもテレビ埼玉に抜かれる「非常事態」となった。

この非常事態を見て「県が県域メディアを経営する時代は終わった」という岡崎洋知事の意向により、2001年に株式売却が行われ、筆頭株主が神奈川県から神奈川新聞社に移ることとなった。当初は新聞社とテレビ局の違いもあって両社の連携はしっくりいかなかったが、その後、第三者割当増資(県内市町村などが応じる)、新社屋(横浜メディア・ビジネスセンター) 建設・移転、「ヨコハマ開放区」のVI導入(電通との本格タッグ開始)、独立放送局初の地上デジタル放送開始(2004年12月1日)、独立放送局には珍しいインデックス社との提携による携帯公式サイトオープン(全キャリア対応)など、積極的な戦略に出ることになる。これにより、2005年度は3期連続増収、新社屋移転後初の黒字決算を達成、売り上げではTOKYO MXを再び抜いた。また大幅に減少した自社制作率も40%台に回復した。

2004年4月、横浜市中区太田町に横浜メディア・ビジネスセンター(神奈川新聞社と同居)が完成。5月10日、開局以来32年使われてきた中区山下町の社屋から移転した。社屋移転を契機として、局の愛称が長年使われた「TVKテレビ」から「tvk」 に変更され、またコーポレート・スローガンとして「ヨコハマ開放区」が導入された。なお、旧社屋跡地には記念碑が建立されている。

『音楽のTVK』[ソースを編集]

tvkは、開局時から「音楽に強い局」という評価がある。これは、後に音楽番組を強化したテレビ東京に先駆け「シングル・ジャンルの番組なら小さな局でも営業面で有利」と読んでいたこと、プロモーションビデオを放送するための経費が当時安かった(あくまでプロモーション目的であったことから、レコード会社などから無償提供もしくは極めて安価で提供されるケースがほとんどであった)こと、それに「横浜らしいカッコよさ」の反映などが挙げられる。

黎明期はCMや番組がなかなか埋まらず、プロモーションフィルムが格好の時間潰し となり、昼間から夕方の時間帯を中心に歌謡曲なども含む邦楽や洋楽など(ジャンルは様々)のプロモーションフィルムが大量に放映された(当時はビデオではなくフィルム撮影で(レコード会社などが持っているプロモーションフィルムや芸能ニュースフィルムなど(映画館等での上映系のもの)そのフィルムを元にビデオテープに変換されているもの))、主に洋楽系のプロモーションフィルムなどでは、ライブでの収録映像に曲を合わせている作品や、レコーディング風景やツアー中などのドキュメント的映像等がメインで楽曲を合わせている作品も多く、現在のPV等とは多少異なる)。その後、プロモーションフィルム(ビデオ)をメインに放送する番組も放送された。それがTVKを「音楽局」へ傾倒させる要因となった(日本で音楽専門チャンネルが登場するのは1989年)。 この流れから生まれた番組としては、まず1970年代に制作・放送された「ヤング・インパルス」、そしてその流れをくんで1980年代に制作・放送された「ファイティング80's」(金曜日21時台)があげられる。

これらの番組については、キー局には出演しないようなアーティストが多数出演し、公開収録によって演奏を行った。一例としては、基本的にテレビ出演をしない浜田省吾松任谷由実(当時は、荒井由実)、またミュージシャンの山下達郎が、音楽グループシュガー・ベイブの一員として「ヤング・インパルス」にゲスト出演 したこともある。

ファイティング80's」の番組開始当初は、司会を宇崎竜童が担当した。他に、佐野元春子供ばんどうじきつよしや、ザ・モッズ等もレギュラー出演した(番組の終盤に、司会の宇崎竜童のダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンドや、レギュラー出演者のバンドのライブ演奏が1曲放送されたり、数ヶ月に1回位、それぞれのバンド自体が番組出演していた時期もある)。ちなみに公開収録であったこの番組は、番組スポンサーでもあった日本工学院専門学校の3号館ホールで毎回収録を行っていた。

公開収録時のエピソードとしては、サザンオールスターズが番組収録の日に、「ザ・ベストテン」(TBS)にランクインしており、収録場所である日本工学院専門学校のホールから生中継を行ったことがある。

さらに、80年代から90年代初頭にかけて放送された洋楽電話リクエスト番組「ファンキートマト」(当初金曜日放送→のちに月曜日のほぼ同時間帯へ移動)(電話リクエストにより、主に、当時流行の洋楽のプロモーションフィルム(ビデオ)を放送する音楽番組。他にも、「流行もの」や、「サーフィン」の情報の紹介等)は、植田芳暁南佳孝シャーリー富岡VJで知られ、中村真理(出演初期には、最新の映画情報コーナー担当など、後に、アメリカの「ビルボード」誌の最新ヒットチャートの紹介なども行った)らも出演。時折、ゲストとしてプロモーションで来日した海外の映画や音楽関連のアーティスト等の出演もあり(映画の場合は、予告編などを放送。音楽系等などの場合は、PVなどを放送)インタビューの他にも、音楽系のゲストの場合は演奏や、歌を唄う事もあった(ほとんどの場合、口パクではあったが)。他にもプロモーションでの邦楽系のゲスト出演者もあり(主にデビューしたての歌謡曲系以外での歌手やグループ)、デビュー当時の米米CLUB等も出演。レギュラー出演者としては、元東京JAPのドラマーでFMのDJとして人気が出た赤坂泰彦も番組末期には登場した。姉妹番組でもある邦楽情報番組「ミュージックトマトJAPAN」はシャーリーの弟のマイケル富岡の出世番組となった。全国区になり得るタレント、アーティストの青田買いを行い、いち早く世に送り出す役割を果たし、音楽業界や芸能プロダクションから高い評価を得た。

現在においては、洋楽のビデオクリップ(PV)は、CS放送などのMTV等では容易に視聴できる。しかし、1970年代後半から1980年代初め頃には、国内のテレビ放送では洋楽を扱う番組が少なく、なかなか洋楽のビデオクリップ全編は観る事ができなかった。

そんな中、MTVのテイストを取り入れ200分間(ベータ方式のビデオテープ L-830 1本分)、途中に入るCMを除きノンストップで洋楽の新着ビデオクリップや視聴者からのリクエストによるビデオクリップをただひたすら放送するという、しがらみのない独立放送局ならではの番組として存在していたのが「SONY MUSIC TV」(金曜23:30 - 26:50)であった。

ソニーの1社提供で、番組中途中に入るCMも少なめにまとめてあり、さらには放送するビデオクリップのすべてにおいて、頭と終わりにアーチスト・曲名・アルバム名・レーベル名を入れる親切さが、洋楽ファンを中心に長く支持され、TVKローカルではなく、東阪の独立放送局を中心に、途中からはテレビ東京系であるテレビ愛知でもネットされるなどした。しかし、放送時間が段階的に短縮されていった。120分時代が長く続いた後、末期には90分まで短縮された。

MUSIC TV終了後、この番組のテイストを受け継ぐ番組はTVKローカルで火曜夕方に「シャッフル55」(ミュートマworld16ers TV枠)として移り、MUSIC TVが放送されていた時間帯には引き続きソニー提供で、演出や選曲コンセプトを明確にした「SONY MUSIC DISC」「SONY MUSIC ACCESS」と続いた(番組枠は60分と更に縮小し、TVKローカルとなる)。しかしその後、ソニーがTOKYO MXに出資した影響もあり、これらも既に終了している。

一方、他の独立放送局で多く放送される演歌歌謡曲関連の番組はtvkではあまり放送されなかった。その点では千葉テレビ・テレビ埼玉とは正反対である。例として、『モトちゃんの歌は魂だ!』(千葉テレビ制作)は5いっしょ3ちゃんねる参加局で、tvkのみ放送実績がない。また、鎌倉市を活動拠点とするよかにせどん(本田修一)・アンジェリカの演歌番組も地元tvkではなく、千葉テレビ・テレビ埼玉で放送している。

tvk以外の5いっしょ3ちゃんねる各局には、自社制作の視聴者参加型カラオケコンテスト番組が存在する。各局のカラオケコンテスト番組は一様に1980年代(とちぎテレビは1999年の開局当初)から続く長寿番組となっている。しかし、現在tvkでは存在しない。

番組編成[ソースを編集]

キー局の系列には属さない独自編成のテレビ局である。しかし、1989年昭和天皇崩御の際、崩御当日および翌日に限り、テレビ神奈川を含む関東地区の独立放送局は、オブザーバー加盟しているNNS(日本テレビ系列)の放送を同時ネットした。なおその後も日本テレビとの関係は続いており、2008年度北京オリンピックの一部中継においてはtvk、千葉テレビ、テレビ埼玉の3社は日本テレビ制作の番組をネット受けした。

1980年代の後半から90年代前半にかけて、国際都市横浜や米軍関連が多い神奈川を象徴するかの様な全編英語放送の30分間の国内ニュース「the world today」がウィークデーの23時台に放映された。この番組はJCTVとの共同制作で、JCTVでは19時からの38分間の番組であった(ちなみに提供の五洋建設CMも英語放送。スポンサーや商品によっては日本語や日本語バージョン)。

横浜そごうとのタイアップが行われていた1980年代中期 - 1990年代中期にかけては、横浜そごうが入居する「新都市センタービル」内に「キャプテンロコスタジオ」「みなとみらい21スタジオ」という2つのサテライトスタジオを持ち、ここから正午の帯枠「カフェシティ・ヨコハマ」や夕方の音楽情報番組「ミュージックトマト」が生放送されていたほか、現在ベイブリッジ横にある情報カメラも、最初は横浜そごう屋上に設置されていた。

現在は再放送番組や購入番組が幅を効かせる夜8時台だが、1980年代後半 - 1990年代中期にかけては生放送の情報番組が編成されていた。ナイター中継終了後にOAされていた「YOKOHAMAベイサイドスタジオ」(後に木曜夜にOAになった「ヒューマンTV・ベイサイドスタジオ」)、金曜夜に放送の「TVグラフィック42番街」(後の「たてながHAMA大国ナイト」「HAMA大国ナイト」「北原照久のTin Toy Box」)の2番組がそれである。

1980年頃 - 1990年まで毎週金曜22時から山谷親平細川隆一郎飯島清らによる政治討論番組「直言苦言」が放送されていた(京都放送群馬テレビびわ湖放送にもネット)。

2002年にはTVK開局30周年記念番組として、「ライブ帝国」を放送し、過去のtvkでの音楽番組からのライブ映像の放送もあり、同時期に、「ライブ帝国」のビデオ化をし販売もされた。

2010年から2013年にかけて、戦国時代にスポットを当てた「戦国鍋TV 〜なんとなく歴史が学べる映像〜」や「戦国★男士」「TV・局中法度!」といった“戦国バラエティ三部作”と称する教養バラエティ番組をtvkが幹事となってテレビ埼玉・千葉テレビ放送・サンテレビジョンの4局共同で制作して同局の深夜番組では記録的大ヒットとなり、日本各地の地方局にも番組販売を行うなどのシリーズに発展した。

2020年、新型コロナウィルス感染拡大防止と、政府の緊急事態宣言により休校になった県内の小中学校児童生徒を対象とした『テレビホームルーム かながわの子どもたちへ』と『テレビでLet's study』を神奈川県内の小中学校や養護学校、教育委員会の協力を仰ぎながら4月〜5月29日まで土日を除きサブチャンネルを中心に断続編成を行った。

編成データ
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出典:wikipedia
2020/08/03 00:20

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