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ドバイとは?

إمارة دبيّ

上から時計回りに:ブルジュ・ハリファとスカイライン、ブルジュ・アル・アラブホテル、パーム・ジュメイラザ・ワールド人工衛星写真、ドバイマリーナ、シェイク・ザーイド・ロード


旗 | 
紋章

ドバイ首長国の位置(アラブ首長国連邦)

ドバイ首長国の位置(茶色)

北緯25度08分29.28秒 東経55度20分2.45秒 / 北緯25.1414667度 東経55.3340139度 / 25.1414667; 55.3340139

アラブ首長国連邦
首長国
ドバイ首長国
【首都】
ドバイ市
【最大都市】
ドバイ市
【建国】
1971年12月2日
【創設者】
サイード・ビン・ブティー・アール・マクトゥーム
行政

【・ 首長名】
ムハンマド・ビン・ラーシド・
アール・マクトゥーム

面積

【・ 合計】
4,114km
人口
(2019年9月)

【・ 合計】
3,310,022人
等時帯
UTC+4 (協定世界時+4)
【ウェブサイト】
Dubai Government Information and Services Portal
ドバイ市
مدينة دبي
City of Dubai


市旗

位置

ドバイ市街図
座標 : 北緯25度16分 東経55度20分 / 北緯25.267度 東経55.333度 / 25.267; 55.333
歴史
開拓 1833年6月9日
行政
アラブ首長国連邦
首長国 ドバイ
ドバイ市
その他
等時帯 協定世界時+4 (UTC+4)
公式ウェブサイト : Dubai Municipality Portal

ドバイ(アラビア語: دبي‎、Dubayy英語: Dubai )は、アラブ首長国連邦を構成する首長国の一つ。また、ドバイ首長国の首都としてアラビア半島ペルシア湾の沿岸に位置する、アラブ首長国連邦第2の中心都市。人口は約331万人(2019年9月時点)。

中東屈指の世界都市並びに金融センターであり、21世紀に入ってから多くの超高層ビルや巨大ショッピングモールを含む大型プロジェクトが建設されるなど、世界的な観光都市となっている。首長はムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥームであり、アラブ首長国連邦の副大統領首相も兼任している。連邦首都アブダビ市を擁するアブダビ首長国がアブダビ市以外にもいくつかの市によって構成されているのに対し、ドバイはドバイ市のみで首長国を構成する、事実上の都市国家である。ただし、首長とは別に市長が置かれ、主に民政を担当している。

目次

  • 1 歴史
    • 1.1 起源
    • 1.2 近代
    • 1.3 勃興
    • 1.4 独立
    • 1.5 繁栄
    • 1.6 現代
    • 1.7 「ドバイ・ショック」
  • 2 地理
  • 3 気候
  • 4 政治
  • 5 経済
    • 5.1 産業多角化
    • 5.2 中東の金融センター
    • 5.3 「ドバイショック」
  • 6 観光
  • 7 交通
    • 7.1 国際
    • 7.2 国内
    • 7.3 日本との交通
  • 8 住民
    • 8.1 人口
    • 8.2 「外国人の町」
  • 9 言語
  • 10 宗教
  • 11 文化
    • 11.1 習慣
    • 11.2 食文化
  • 12 友好都市
  • 13 脚注と資料
  • 14 関連項目
  • 15 外部リンク

歴史

起源

ペルシャ湾に面し、漁業真珠輸出産業の主とする小さな漁村だったこの地に、アブダビの首長ナヒヤーン家と同じバニー=ヤース部族のマクトゥーム家が、1830年代にアブダビから移住。これに伴ってドバイ首長国が建国され、現代に至るドバイの歴史が始まった。1853年に他の首長国と同時にイギリス保護国となる。

近代

統治を担ったイギリスはこの地を、東インド会社が経営する英領インドなど植民地と結ぶ貴重な中継地とした。20世紀になると、歴代首長の推進の下で自由貿易の政策を採ったことで、周辺地域の商人達の拠点となりゆく流れのなかで、中継貿易港としての色合いを濃くしてゆく。

一方で、もう一つの経済の柱であった真珠採取は20世紀初頭、日本御木本幸吉が養殖真珠の開発に成功したことから産業として成立しなくなり、ドバイの経済に打撃を与えた。これに当時の世界恐慌が重なって社会不安が高まり、1938年には首長派がクリーク南岸のバール・ドバイ地区に、反首長派が北岸のディラ地区に陣取って一触即発の危機を迎えた。この事態を収束させるために首長は地元有力者による議会の開設に同意し、議会は行政改革を行ったものの、やがて首長と対立して議会は解散させられた。

勃興

第二次世界大戦が終結した20世紀半ば、この地を近代的な都市にすることを夢見た当時の首長ラーシド・ビン・サイード・アール・マクトゥームの推進により、1959年クウェートからの借金をもとにして社会資本の近代化が図られてゆく。ラーシドはこの借入金でドバイ・クリーク浚渫工事を実施し、中継貿易港としての基礎固めに成功して、以後の大発展の基礎を築いた。

1958年のアブダビにおける油田の発見に続く、1966年のドバイ沖の海底油田の発見はこの動きに大きな力を与えた。

独立

ジュベル・アリ

1971年イギリス軍スエズ以東からの撤退に伴って、同年の12月2日、他の6の首長国とともにアラブ首長国連邦をこの地に結成。その副大統領首相となったラーシド首長を指導者に据え、原油依存経済からの脱却の取り組みと産業の多角化を進めてゆく。

その流れのうえで1981年(1985年)に開設に至った「ジュベル・アリ・フリーゾーン」 (JAFZ)という名の経済特区と大型港湾、およびナショナル・フラッグ・キャリアとしてのエミレーツ航空の就航開始は、国外資本や外国企業の進出とあわせて「」と「」の集積地としての発展を急速に促していった。

繁栄

世界で最も高い建造物であるブルジュ・ハリーファ

21世紀に入る頃には、従来からの近代化の波を経て、中東における貿易・商業の最大の中心地と呼ばれるまでのメトロポリスに変貌していた。

1970年代からわずか約20年のうちに起こった変化は、都市外観のそれのみならず、経済の石油依存率は半分以下に減じ、GDPの伸びは30倍に達するなど、「中世から近代への急変」との表現をもって語られる激変そのものである。

1995年1月には、日本がドバイに総領事館を設置している。

2003年以降の発展は特に凄まじく、2004年の後半から続く原油高がその発展を更に後押しした。2005年度の経済成長率は16%と高い成長率を見せており、2007年の実質GDPは1980億ディルハム(約6兆円)にまで達している。人口も240万人を超えたドバイは摩天楼の連なる幻惑的な都市国家として中東でも随一の繁栄を誇っている。

現代

ドバイスカイライン(2015年)
ドバイマリーナ(2018年)

2008年後半に起きたアメリカサブプライムローン問題に端を発した世界経済の低迷(リーマン・ショック)により、これまで急激な勢いで伸び続けてきたドバイにも影響があった。

外国企業からの投資引き上げや地元企業の資金繰り悪化と、それに伴う多数の建築工事や計画の中断が報じられた。またその結果起きた外国人労働者の失業や経済低迷報道を受けた観光客の減少などの影響をうけたものの、2010年度の海外からの観光客も前年比9.2%増の8,294,132人を記録するなど中国をはじめ新興国からの観光客の増加を見ている。

「ドバイ・ショック」

さらに2009年11月には、ドバイ政府が欧米系の金融機関に対して、政府系不動産開発会社のナキール社とその持株会社ドバイ・ワールド社の債務約590億ドルについて支払い猶予を求めると発表したため、ドバイ・ワールド社並びにドバイ政府自体の債務不履行と併せ、欧米系銀行の債権焦げ付きが懸念され、ユーロが売られるなど「ドバイ・ショック」と呼ばれる事態となった。ドバイ金融市場の株価も大幅に下落しており、2010年1月時点で、時価総額は380.9億ドル(約3.5兆円)にまで落ち込んだ。東京証券取引所ロンドン証券取引所の1%程度の時価総額規模である。その様な状況下にあるものの、「中東の金融センター」としての地位はゆるぎなく、2020年に中東初の万国博覧会(ドバイ国際博覧会)を開催することが決まった。

アメリカのシンクタンク2017年に発表した総合的な世界都市ランキングにおいて、世界28位の都市と評価されており、中東の都市では首位であった。

地理

ドバイ、都市の成長(2000年11月〜2011年4月)

中東地域のほぼ中央、アラビア半島ペルシア湾に面した平坦な砂漠地帯にあり、面積はアラブ首長国連邦の構成7首長国中第2位にあたる約3,885km。北でシャールジャ首長国に、南でアブダビ首長国に、東で国境を隔ててオマーン国に接する。

街は東西に流れる運河を軸として大きく2つに分かれる。「ハウル・ドバイ」(ドバイ・クリークḪawr Dubayy)という川を軸として、北側を「ディラ」(Deira) といい、南側を『バール・ドバイ』(Bur Dubai) という。ドバイはこのクリークを港として使用することで成立した都市であり、この2地区はドバイ成立時からの市街地として旧市街を形成している。

ドバイの北はすぐにシャールジャ首長国との境界線となるが、南のアブダビ首長国との境界線は市街からかなり南に位置する。このため、ドバイでの大型開発はこの地域で行われることが多い。バール・ドバイの南にはUAEを貫く幹線道路であるシェイク・ザーイド・ロードが走っており、道の両側には2018年時点で世界一の高層ビルであるブルジュ・ハリーファをはじめとする高層ビルが林立している。市街の南西にはリゾートエリアであるジュメイラ・ビーチ地区が開発され、高級ホテルブルジュ・アル・アラブや、「パーム・アイランド」や「ザ・ワールド」「ジュメイラ・アイランズ」といった人工島群が建設されている。さらにその南西にはジェベル・アリー港が建設され、工業地帯となっている。

ドバイは大まかな地区名や目抜き通り名を除き、地番や郵便番号を整備しないまま拡大してきた。このため首長国政府は2015年、全ての建物に10桁の数字「マカニ」を割り振るプロジェクトを始めた。インターネットを活用したスマートシティ構想の一環で、パソコンやスマートフォンから番号を入力すると、電子地図に建物の所在地が表示される。

ドバイ市街の西と南には砂漠地帯が広がる。西端には山岳地帯があり、ハッタなどのオアシスが点在する。


気候

亜熱帯気候にしての二。夏季には、気温が50℃近くに達することもあり、雨が全く降らないにも関わらず、しばしば100%の湿度を観測するなど、非常に高温多湿で極めて不快な夏となる。逆に、年のおおよそ11月から3月にあたる冬季にはしばしば肌寒くもなる。また、冬季は砂嵐が発生することもある。しかし、冬季の平均気温は20度前後で非常にすごしやすく、観光業においてはハイシーズンとなっている。なお、ケッペンの気候区分では砂漠気候に相当する。


ドバイの気候
【月】
【1月】
【2月】
【3月】
【4月】
【5月】
【6月】
【7月】
【8月】
【9月】
【10月】
【11月】
12月 年
最高気温記録 °C (°F) 31
(88) | 31
(88) | 41
(106) | 41
(106) | 45
(113) | 45
(113) | 47
(117) | 48
(118) | 43
(109) | 40
(104) | 41
(106) | 31
(88) | 48
(118)
平均最高気温 °C (°F) 24.0
(75.2) | 25.4
(77.7) | 28.2
(82.8) | 32.9
(91.2) | 37.6
(99.7) | 39.5
(103.1) | 40.8
(105.4) | 41.3
(106.3) | 38.9
(102) | 35.4
(95.7) | 30.5
(86.9) | 26.2
(79.2) | 33.4
(92.1)
日平均気温 °C (°F) 19
(66) | 20
(68) | 22.5
(72.5) | 26
(79) | 30.5
(86.9) | 33
(91) | 34.5
(94.1) | 35.5
(95.9) | 32.5
(90.5) | 29
(84) | 24.5
(76.1) | 21
(70) | 27.5
(81.5)
平均最低気温 °C (°F) 14.3
(57.7) | 15.4
(59.7) | 17.6
(63.7) | 20.8
(69.4) | 24.6
(76.3) | 27.2
(81) | 29.9
(85.8) | 30.2
(86.4) | 27.5
(81.5) | 23.9
(75) | 19.9
(67.8) | 16.3
(61.3) | 22.3
(72.1)
最低気温記録 °C (°F) 8
(46) | 7
(45) | 11
(52) | 8
(46) | 17
(63) | 22
(72) | 25
(77) | 25
(77) | 22
(72) | 16
(61) | 13
(55) | 10
(50) | 7
(45)
降水量 mm (inch) 15.6
(0.614) | 25.0
(0.984) | 21.0
(0.827) | 7.0
(0.276) | 0.4
(0.016) | 0.0
(0) | 0.8
(0.031) | 0.0
(0) | 0.0
(0) | 1.2
(0.047) | 2.7
(0.106) | 14.9
(0.587) | 88.6
(3.488)
平均降水日数 5 | 7 | 6 | 3 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 5 | 28
出典 1: ドバイ気象局
出典 2: Qwikcast

政治

ドバイ政府」も参照
ドバイ首長ムハンマドUAE副大統領兼首相

ドバイは他のアラブ首長国連邦の構成国同様に世襲式の絶対君主制を採っている。現首長はムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥームである。なおドバイにおいて議会選挙は行われておらず、結党の自由も認められていない。ドバイはUAEの国会である連邦国民評議会(定数40)に8議席を持っている。

アラブ首長国連邦の副大統領は1971年の連邦結成以来、マクトゥーム家から出ており、半ば慣例化している。現首長のムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥームも現在連邦副大統領の職にある(連邦首相も兼任)。なお、今日のドバイの繁栄を築いて名君と言われたラーシド首長は、1990年10月に同地で死去した。

経済

ブルジュ・ハリーファを望む幹線道路
ドバイ・メディア・シティ(2013年)

2014年のドバイの国内総生産(GDP)は3,380億ディルハム(約11兆円)、2015年のGDPは約1000億ドルで、アラブ首長国連邦内でアブダビに次ぐ第2位となっている。日本の都道府県と比較した場合、茨城県広島県とほぼ同じ経済規模である。GDPにおける石油産業の割合は僅か1%台である。

産業多角化

元来の石油埋蔵量の少なさにより石油依存型経済からの脱却を志向せざるを得なかったドバイは、特に1980年代の半ば頃から経済政策として産業の多角化を積極的に進めた。国を挙げて中東における金融流通、および観光の一大拠点となるべくハード、ソフト双方のインフラストラクチャーの充実に力を入れた。

その流れの中で1981年(1985年)に開設に至ったジュベル・アリ・フリーゾーン (JAFZ)は、外資の直接投資の自由や外国人労働者の雇用の自由を完全に保障する経済特区で、その性質から外国企業や資本の進出を多大に促進した。

その結果、日本やアメリカ、イギリスなど世界各国の大企業がドバイに進出している。市内や一大リゾートエリアとして開発されたジュメイラ・ビーチ周辺には超高層ビルや高級ホテル、別荘などが立ち並んでいる他、多くのショッピングモールテーマパークが建設されているが、2007年後半に起きたアメリカのサブプライムローン問題に端を発した世界経済の低迷により、外国企業からの投資引き上げや地元企業の資金繰り悪化と、それに伴う多数の建築工事や計画の変更、見直しが行われた。

その後の世界経済の回復に伴い、ドバイも中東経済のハブとしての開発を再加速した。2010年代以降は観光客や商業、金融だけでなく、ベンチャーを含むハイテク分野の企業・人材の誘致に力を入れている。空を飛ぶドローンタクシーや3Dプリンターによる大型建築など新しい技術導入の実証実験や規制緩和に積極的である。付加価値税が2018年に導入されたものの、法人税所得税、現地住民の雇用義務がなく、外資が進出しやすくしている。

商業や観光、金融といった第三次産業の発展により、GDPに占める第一次産業の占める割合は減り続けた。石油の割合も2%以下となっている。しかし現在も漁業が盛んに行われている他、砂漠地帯ではアラビアンデザートダイアモンドが採取できる。

中東の金融センター

また、政府の政策が功を奏し、1980年代には早くも中東における一大流通拠点としての地位を獲得した上に、その後も世界の主だった金融機関が進出してきたことから、ドバイは名実ともに中東の金融センターとしての位置を占めることに成功した。このため「中東のシンガポール」と呼ばれることもある。イギリスのシンクタンク2017年3月に発表した調査によると、世界25位の金融センターと評価されており、中東の都市では首位である。ドバイの証券取引所であるドバイ金融市場時価総額の合計は、2015年11月時点で870億ドルであり、日本取引所グループの2%未満の規模である。

「ドバイショック」

リーマン・ショック後、これまで急激な勢いで伸び続けてきたドバイの経済成長にも陰りが生じた。上記のように2009年11月には、政府が欧米系の金融機関に対して、政府系不動産開発会社のナキール社とその持株会社のドバイ・ワールド社の債務約590億ドルについて支払い猶予を求めると発表したため、政府系とみられていたドバイ・ワールド社の債務を国が肩代わりしなかった事で欧米系の金融機関に政府に対する信用不安の広がりがアジアに波及し、円高を引き起こした。

詳細は「ドバイ・ショック」を参照

2010年10月時点、少なくともパームアイランド、ドバイワールドなどの大型事業を含め、多数の計画が需要予測の変動に応じて見直しとなっている。

ドバイのパノラマ写真・中央がブルジュ・ハリファ

観光

ザ・ワールド
アトランティス・ザ・パーム(2008年)

世界有数の観光都市に成長しており、2012年マスターカードが公表した統計によると、世界で8番目に外国人旅行者が多く訪れる都市であり、中東では随一である。現在は観光を軸とした一貫した政策のもとで、ジュメイラビーチの人工島に建設された世界最高級の高層ホテルである「ブルジュ・アル・アラブ」などの高級リゾートホテルや中東地域最大のショッピングセンターの建設、人工衛星から見える唯一の人工島群である「パーム・アイランド」や「ザ・ワールド」「ジュメイラ・アイランズ」「ドバイウォーターフロント」「ジュメイラ・レイク・タワーズ」「ドバイ・マリタイム・シティ」「ドバイ・メディア・シティ」「レゴランド・ドバイ・リゾート」「ドバイマリーナ」、砂漠の人工スキー場「スキー・ドバイ」など各種観光資源の開発に力を注いでいる。

ドバイ発祥の地であるドバイ・クリーク両岸の旧市街も、インドパキスタン等からの商人が集う交易の中心地であると共に、多くの観光客を集める地域である。ドバイ・クリークの北東岸のディラ地区にはスパイス・スークゴールド・スークが、南西岸のバール・ドバイ地区にはテキスタイル・スークアル・バスタキヤ歴史地区がある。ドバイ・クリークには多数の木造貨物船ダウ船が停泊し、両岸を結ぶ木造の渡船アブラが頻繁に行き交っており、観光名所ともなっている。

上記のように国際的な交易や金融、観光拠点としての発展を目指す戦略の一環として、ドバイ国際空港を中東やその周辺地域を結ぶハブ空港とすべく航空インフラの充実に力を入れてきた。エミレーツ航空が世界の全大陸(南極大陸を除く)との間を就航しているほか、世界各国から多くの航空会社が乗り入れている(「交通」を参照)。

その甲斐もあり、近年は中東諸国からだけではなく世界中から観光客が訪れている。野心的なプロジェクトも進めており、2010年には世界一高い高層ビル「ブルジュ・ハリーファ」が完成している。

また、競馬 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2019/11/25 11:50

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