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ノーヒットノーランとは?

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ノーヒットノーラン(: no-hitter, no-no)とは、野球ソフトボール試合における記録のひとつで、投手が相手チームに安打を与えないことを指す。

以下の項では、主として日本などにおけるノーヒットノーラン(無安打無得点試合)、メジャーリーグベースボールにおけるノーヒッター(無安打試合)について記述する。

目次

  • 1 概説
  • 2 メジャーリーグベースボール
    • 2.1 無安打試合にまつわる記録
  • 3 日本野球
    • 3.1 プロ野球
      • 3.1.1 参考
      • 3.1.2 二軍
      • 3.1.3 独立リーグ
        • 3.1.3.1 四国アイランドリーグplus
        • 3.1.3.2 ベースボール・チャレンジ・リーグ
    • 3.2 社会人野球
      • 3.2.1 都市対抗野球
      • 3.2.2 日本選手権
    • 3.3 大学野球
      • 3.3.1 全日本大学野球選手権
      • 3.3.2 東京六大学野球
      • 3.3.3 東都大学野球
    • 3.4 高校野球
      • 3.4.1 選抜高等学校野球大会
      • 3.4.2 全国高等学校野球選手権大会
  • 4 韓国野球
    • 4.1 韓国野球委員会
  • 5 国際試合
  • 6 脚注
  • 7 関連項目
  • 8 外部リンク

概説

野球・ソフトボールの試合において、投手が相手チームに安打を(日本では得点も)許さずに勝利することを言う。「ノーヒットノーラン」は和製英語で、「ノー」は「無」、「ヒット」は「安打」、「ラン」は「得点」を意味し、日本語では無安打無得点試合(むあんだむとくてんじあい)または無安打無失点試合(むあんだむしってんじあい)と言う。正式な英語ではno-hitterまたはno-noと呼ばれる。後者の呼び方は日本においても普及してきている。

安打のみならず一人の走者すらも出させずに完封勝利を挙げた場合は完全試合(パーフェクトゲーム)となる。「ノーヒットノーラン」という場合は四球死球失策打撃妨害野手選択振り逃げのいずれかによる出塁を許したことを含意する。日米ともに、完全試合の回数を含めて数えられる。なお、コールドゲーム、あるいは9回もしくは延長戦までおこなっての引き分け試合で無安打無得点を達成した場合は参考記録扱いとなる。

日本のプロ野球においては先発投手完投で達成した場合は個人記録として公認されるが、複数の投手の継投による場合はチームの記録として公認される。社会人や高校などのアマチュア野球では個人記録のみ公認され、継投による達成は参考記録扱いとなる。この点においてメジャーリーグと異なる(詳細は後述)。

メジャーリーグベースボール

メジャーリーグベースボール (MLB) では2015年11月23日現在、完全試合23回を含んで294回達成されている。1991年に発表されたメジャーリーグの公式見解において、ノーヒッターとは「9回以上を一人または複数の投手が無安打に抑えた場合」と定義されている。したがって、四死球ボーク、失策、犠打犠飛、野手選択、打撃妨害、捕逸暴投などで得点を許したが相手を無安打に抑えた試合も含まれる。また、継投による場合、チームが敗れた場合にもノーヒッターは記録される。

達成者の詳細については「ノーヒットノーラン達成者一覧#アメリカメジャーリーグ」を参照

無安打試合にまつわる記録

最初の無安打試合
メジャーリーグ最初の無安打試合は、1876年7月15日セントルイス・ブラウンストッキングスジョージ・ブラッドリーが達成。
アメリカンリーグ初の無安打試合は、1902年9月20日に、シカゴ・ホワイトソックスニクシー・キャラハンが達成した。
達成回数・連続達成記録
通算達成回数で最も多い選手はノーラン・ライアンの計7回。2015年10月4日現在で複数回達成者は37人(継投による達成含む)、3回以上の達成者はノーラン・ライアン、サンディ・コーファックスサイ・ヤングボブ・フェラーラリー・コーコランの5人。コーファックス、ヤングは完全試合を含む。
サンディ・コーファックスは、4年連続達成の記録を持つ。
ノーラン・ライアンは3年連続で達成している。そのうち最初の年度の1973年は2回達成。また1973年~1975年の3年連続、1990年~1991年の2年連続と2年以上連続を2回記録した。
ジョニー・ヴァンダー・ミーアは、1938年6月11日6月15日、先発2試合連続の無安打無得点を達成した(ダブルノーヒッター)。メジャーリーグでは唯一の例である。
年間個人最多達成回数は2回でジョニー・ヴァンダー・ミーア、アリー・レイノルイズバージャル・トラクス、ノーラン・ライアン、ロイ・ハラデーマックス・シャーザーが達成。ハラデーは完全試合を含む。
MLB全体での年間最多達成回数は近代野球前が1884年の8回(ノーヒッター2回、ノーヒットノーラン6回)、近代野球では1990年、1991年、2012年、2015年の7回。
継投による達成は2015年8月14日現在で37投手により11回記録されている。そのうちヴァイダ・ブルーマイク・ウィット、ケント・マッカー、コール・ハメルズの4人が単独でのノーヒットノーランも記録。ウィットは完全試合。
初登板(メジャーリーグデビュー戦)での達成
1892年10月15日 バンプス・ジョーンズ シンシナティ・レッズピッツバーグ・パイレーツ (ナリーグ)スコア7-1 近代野球前の記録。1失点でのノーヒッター。
1953年5月6日 ボボ・ホロマン セントルイス・ブラウンズフィラデルフィア・アスレチックス(アメリカンリーグ|アリーグ)スコア6-0 近代野球では初の記録。無安打無得点での達成も初。
両リーグでの達成
ナリーグ、アリーグでそれぞれで達成した投手はサイ・ヤング、ジム・バニング、ノーラン・ライアン、野茂英雄ランディ・ジョンソンの5人。野茂は1996年(ドジャーズ)と2001年(レッドソックス)に記録している。サイ・ヤング、ジム・バニング、ランディ・ジョンソンは完全試合を含む。
完全試合から継投によるノーヒッター達成に変わった例
1917年6月23日のボストン・レッドソックス対ワシントン・セネターズにおいて、レッドソックス先発のベーブ・ルースが先頭打者に四球を与えた後に審判に対する抗議退場となり、代わってマウンドに上がったアーニー・ショアが9回終了まで無安打無得点に抑え達成した。なお、1991年に記録見直しが行われるまで、この試合はショアによる完全試合という扱いであった。
6投手の継投による達成
2003年6月11日のインターリーグの試合で、ヒューストン・アストロズロイ・オズワルトピーター・マンローカーク・サールースブラッド・リッジオクタビオ・ドーテルビリー・ワグナーの6投手を継投してニューヨーク・ヤンキースを無安打無得点に抑えた。
2012年6月9日のインターリーグの試合では、シアトル・マリナーズケビン・ミルウッドチャーリー・ファーブッシュスティーブン・プライアールーカス・ルートキーブランドン・リーグトム・ウィルヘルムセンの6投手を継投してロサンゼルス・ドジャースを無安打無得点に抑えた。
9回まで両チーム無安打無得点試合
1917年5月2日のシンシナティ・レッズ対シカゴ・カブス戦で、レッズ先発のフレッド・トニーとカブス先発のヒッポ・ボーンが9回まで互いに無安打無得点。10回にボーンが2安打1失点で敗戦投手となり、トニーが延長10回を無安打無得点で抑えた。
無安打試合を達成しながら敗北
マイナーリーグ、9回まで27奪三振で達成
1952年5月13日: ロン・ネッチアイマイナーリーグD級のブリストル・ツインズ対ウェルチ・マイナーズの試合で記録。振り逃げを含んでの達成。
この他、1990年7月1日、ニューヨーク・ヤンキースのアンディ・ホーキンスがシカゴ・ホワイトソックス戦で8回無安打に抑えながら、0対4で敗戦した試合がある。ホームのホワイトソックスが勝利し9回裏がない試合だったため、公式の無安打試合となっていない。この試合のホワイトソックスの4得点は、無安打チームが挙げた得点としてはMLB最多である。

日本野球

プロ野球

日本プロ野球 (NPB) では2014年5月2日現在、完全試合15人を含む78人が計89回達成している。

個人記録達成者の詳細については「ノーヒットノーラン達成者一覧#日本プロ野球」を参照

チーム別無安打無得点達成試合数は読売ジャイアンツが15試合で最多、被達成試合数は中日ドラゴンズが13試合で最多となっている。未達成の東北楽天ゴールデンイーグルスを除けば、無安打無得点から最も遠ざかっているのは福岡ソフトバンクホークスであり、1943年5月26日に前身の南海軍が達成して以来、達成がない。

日本プロ野球(NPB)の試合において、継投による無安打無得点が記録された試合は完全試合1試合を含む以下の5試合である。ただし、継投による無安打無得点はチームとしての記録となり、個人記録にはならない。

【達成日】
【達成チーム】
【登板した投手】
【スコア】
【対戦相手】
【球場】
【備考】

1941年6月22日 | 黒鷲 | 中河美芳
石原繁三 | 2-0 | 名古屋 | 後楽園 | 
1941年8月2日 | 阪急 | 江田孝
森弘太郎 | 2-0 | 名古屋 | 西宮 | 森は同年10月27日の名古屋戦(西宮)でも単独で達成
2006年4月15日 | 日本ハム | 八木智哉
武田久
MICHEAL | 1-0 | ソフトバンク | ヤフードーム | 2リーグ分裂後初。延長12回。八木は10回無安打無失点のまま降板
2007年11月1日 | 中日 | 山井大介
岩瀬仁紀 | 1-0 | 日本ハム | ナゴヤドーム | 日本シリーズ第5戦
完全試合、シリーズ優勝決定、こちらも参照
2017年6月14日 | 巨人 | 山口俊
マシソン
カミネロ | 3-0 | ソフトバンク | 東京ドーム | 交流戦初。日本シリーズを除くレギュラーシーズンにおいてもセ・リーグ初。

投手に投球回数の制限があり必ず継投になるオールスターゲームでも、1回記録されている。

【達成日】
【達成チーム】
【登板した投手】
【スコア】
【対戦相手】
【球場】
【備考】

1971年7月17日 | 全セ | 江夏豊(阪神)
渡辺秀武(巨人)
高橋一三(巨人)
水谷寿伸(中日)
小谷正勝(大洋) | 5-0 | 全パ | 西宮 | 第1戦
江夏の9連続奪三振

参考

9回を無安打無失点に抑えながら延長で初安打を許した例
【達成日】
【投手】
【所属】
【スコア】
【対戦相手】
【球場】
【備考】

1940年7月9日 | 福士勇 | ライオン | 1-1 | 名古屋金鯱 | 後楽園 | 11回2死佐々木常助が初安打
1943年10月1日 | 真田重蔵 | 朝日 | 3-0 | 南海 | 西宮 | 10回2死中野正雄が初安打
1949年10月1日 | 杉下茂
服部受弘 | 中日 | 0-1 | 東急 | 中日 | 10回無死、服部から大下弘本塁打
1954年8月19日 | 宅和本司 | 南海 | 0-1 | 毎日 | 大阪 | 10回2死呉昌征が初安打
1955年5月24日 | 荒巻淳 | 毎日 | 0-4 | 大映 | 後楽園 | 11回1死増田卓が初安打
1958年5月18日 | 布施勝巳 | 東映 | 0-1 | 南海 | 大阪 | 10回無死広瀬叔功が初安打
1958年10月9日 | 児玉泰 | 中日 | 1-1 | 広島 | 中日 | 11回2死拝藤宣雄が初安打
1967年4月25日 | 坂井勝二 | 東京 | 0-2 | 東映 | 東京 | 10回無死種茂雅之三塁打
1990年5月9日 | 渡辺久信 | 西武 | 2-0 | 日本ハム | 東京ドーム | 11回1死小川浩一が初安打
2005年8月27日 | 西口文也 | 西武 | 1-0 | 楽天 | 西武ドーム | 10回無死沖原佳典が初安打
9回終了までパーフェクト
2014年5月31日 | 金子千尋
平野佳寿
佐藤達也 | オリックス | 0-1 | 巨人 | 京セラドーム大阪 | 11回1死、佐藤から片岡治大が初安打
無安打に抑えながら四球・失策・盗塁・犠打・進塁打で得点を許した例
【達成日】
【投手】
【所属】
【スコア】
【対戦相手】
【球場】
【備考】

1939年5月6日 | 宮口美吉
平野正太郎 | 南海 | 1-2 | 阪急 | 甲子園 | 日本プロ野球公式戦唯一の被安打0敗戦
1939年8月3日 | 亀田忠 | イーグルス | 2-1 | 名古屋金鯱 | 西宮 | 
1959年5月21日 | 村山実 | 阪神 | 3-2 | 巨人 | 甲子園 | 
1964年5月13日 | 牧野伸
山本重政 | 近鉄 | 3-1 | 南海 | 日生 | 
9回以上を無安打無失点に抑えたまま9回終了以降に降板した例
【達成日】
【投手】
【所属】
【スコア】
【対戦相手】
【球場】
【投球回】
【備考】

2006年4月15日 | 八木智哉 | 日本ハム | 1-0 | ソフトバンク | ヤフードーム | 10 | 継投による無安打無得点
2014年5月31日 | 金子千尋 | オリックス | 0-1 | 巨人 | 京セラドーム大阪 | 9 | 9回裏代打で降板、継投による無安打無得点は11回1死まで継続

二軍

二軍イースタン・リーグウエスタン・リーグでも1962年巨人山崎正之が完全試合で達成して以来、完投・継投を含め複数回達成されているが、このうち1試合だけ「両チーム無安打試合」が記録されている。これは日本プロ野球では唯一のケースである(2012年シーズン終了時点)。

【達成日】
【投手】
【所属】
【スコア】
【対戦相手】
【球場】
【備考】

1994年4月26日 | 山部太 | ヤクルト | 1-0 | 西武 | 大宮市営 | 

西武先発竹下潤も無安打で完投
(失点1は、失策による走者を犠打で生還させたもの)


ノーヒットノーラン初達成者(イースタンリーグ初達成者)
ウエスタンリーグ初達成者
複数回達成者

前述の竹下潤も1993年9月14日ヤクルト戦で無安打無得点を達成しており、無安打試合は二度記録している。

一軍で無安打無得点達成経験がある選手では、1970年に一軍で達成している渡辺秀武1968年に二軍で達成しており、唯一の記録となっている。

独立リーグ

四国アイランドリーグplus

四国アイランドリーグplusでは、これまで3人が達成している。

【達成日】
【投手】
【所属】
【スコア】
【対戦相手】
【球場】

2006年6月3日 | 高梨篤 | 高知 | 6-0 | 香川 | 高知
2010年9月24日 | 前川勝彦 | 香川 | 8-0 | 愛媛 | レクザム
2012年4月29日 | 安里基生 | 徳島 | 3-0 | 高知 | JAバンク徳島
ベースボール・チャレンジ・リーグ

ベースボール・チャレンジ・リーグでは、これまで5人が達成している。

【達成日】
【投手】
【所属】
【スコア】
【対戦相手】
【球場】

2010年5月29日 | 清水貴之 | 群馬 | 7-0 | 新潟 | 高崎城南
2012年9月23日 | 隆史 | 富山 | 2-0 | 福井 | 福井フェニックス
2013年7月15日 | 寺田哲也 | 新潟 | 11-0 | 群馬 | 渋川
2014年8月12日 | 堤雅貴 | 群馬 | 3-0 | 信濃 | 長野県営
2017年4月22日 | トルス | 新潟 | 6-0 | 武蔵 | 悠久山

社会人野球

都市対抗野球

都市対抗野球大会では、これまでに完全試合2人を含む5人が達成している。

【開催年】
【大会】
【投手】
【チーム】
【試合】
【スコア】
【相手】
【球場】
【備考】

1940年 | 第14回 | 市田夏生 | 大阪市中山製鋼 | 1回戦 | 2-0 | 京都市・京都協会 | 後楽園 | 
1954年 | 第25回 | 岡本教平 | 川崎市トキコ | 2回戦 | 1-0 | 高砂町鐘淵化学 | 後楽園 | 
1957年 | 第28回 | 村上峻介 | 二瀬町日鉄二瀬 | 1回戦 | 1-0 | 高砂市鐘化カネカロン | 後楽園 | 完全試合
2011年 | 第82回 | 森内壽春 | 仙台市JR東日本東北 | 1回戦 | 4-0 | 横浜市三菱重工横浜 | 京セラドーム大阪 | 完全試合
2017年 | 第88回 | 阿部良亮 | さいたま市日本通運 | 2回戦 | 2-0 | 門真市パナソニック | 東京ドーム | 

なお、1971年の第42回大会で、大阪市・電電近畿が大阪市・日本生命戦で、無安打勝利をしている。スコアは1-0だった。

日本選手権

社会人野球日本選手権大会では、これまでに完全試合1人を含む4人が達成している。

【開催年】
【大会】
【投手】
【チーム】
【試合】
【スコア】
【相手】
【球場】
【備考】

2009年 | 第36回 | 木林敏郎 | 三菱重工神戸 | 1回戦 | 1-0 | 鷺宮製作所 | 京セラドーム大阪 | 
2016年 | 第42回 | 加賀美希昇 | JR西日本 | 2回戦 | 5-0 | JR東日本東北 | 京セラドーム大阪 | 
2016年 | 第42回 | 猿渡真之 | 大阪ガス | 準々決勝 | 3-0 | 鷺宮製作所 | 京セラドーム大阪 | 
2017年 | 第43回 | 西村祐太 | JR東日本東北 | 1回戦 | 2-0 | 新日鉄住金広畑 | 京セラドーム大阪 | 完全試合

大学野球

全日本大学野球選手権

全日本大学野球選手権大会ではこれまでに完全試合4人を含む6人が達成している。

【開催年】
【大会】
【投
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/02/25 10:27

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