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バチカン市国とは?

(バチカン市国から転送)
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この記事には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証し出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2017年9月)

バチカン市国
Status Civitatis Vaticanae(ラテン語)
Stato della Città del Vaticano(イタリア語)



(国旗) | (国章)
国の標語:無し
国歌:賛歌と教皇の行進曲
公用語 ラテン語
首都 無し(都市国家)
最大の都市 同上
政府
教皇 フランシスコ
国務長官 ピエトロ・パロリン
面積
総計 0.44km(244位)
水面積率 極僅か
人口
総計(2014年) 819人(196位)
人口密度 1865人/km
GDP(自国通貨表示)
【合計(xxxx年)】
xxx,xxxユーロ (€)
GDP (MER)
【合計(xxxx年)】
xxx,xxxドル(???位)
GDP (PPP)
合計(xxxx年) xxx,xxxドル(???位)
【1人あたり】
xxxドル
独立
ラテラノ条約締結 1929年2月11日
ラテラノ条約批准 1929年6月7日

通貨 ユーロ (€) (EUR)
時間帯 UTC +1(DST:+2)
ISO 3166-1 VA / VAT
ccTLD .va
国際電話番号 379
  1. ^ イタリア語が常用される。
  2. ^ 1999年以前の通貨はイタリア・リラバチカン・リラ
  3. ^ バチカンのユーロ硬貨も参照。
バチカン (ローマ)

バチカン市国(バチカンしこく、ラテン語: Status Civitatis Vaticanaeイタリア語: Stato della Città del Vaticano)、通称バチカンは、ヨーロッパにある国家で、国土面積は世界最小である(ただし、国際連合加盟国のみの場合はモナコになる)。ヴァチカンバティカンヴァティカンとも表記される。

なお、経済指標はイタリアに統合される。

目次

  • 1 概要
  • 2 歴史
    • 2.1 教皇領
    • 2.2 バチカンの囚人
    • 2.3 バチカン市国
  • 3 政治
  • 4 軍事・警察
  • 5 日本語での名称について
  • 6 国際関係
  • 7 地理
    • 7.1 国土
    • 7.2 気候
  • 8 経済
    • 8.1 国家予算
    • 8.2 宗教活動協会
    • 8.3 不正行為の疑い
    • 8.4 その他
  • 9 交通・通信手段
  • 10 国民と国籍
  • 11 文化
    • 11.1 祝祭日
    • 11.2 バチカンが舞台になった作品
  • 12 メディア
    • 12.1 ツイッター
  • 13 脚注
  • 14 参考文献
  • 15 関連項目
  • 16 外部リンク

概要

バチカンはローマ教皇庁によって統治されるカトリック教会東方典礼カトリック教会の中心地、いわば「総本山」である。バチカンの統治者教皇である。ローマ法王庁の責任者は国務長官(Cardinal Secretary of State, 通常は枢機卿)、実際の統治はバチカン市国行政庁長官兼バチカン市国委員会委員長(Governor of Vatican City and President of the Pontifical Commission for Vatican City State 通常は枢機卿)が務めている。教皇は2013年3月13日に選出されたアルゼンチン出身のフランシスコが務めている。国務長官はイタリア人のピエトロ・パロリン枢機卿、行政庁長官兼市国委員長はイタリア出身のジュゼッペ・ベルテッロ枢機卿が務めている。

宗教国家であることから、国籍は聖職に就いている間にかぎり与えられる(「#国民と国籍」節で後述)。

バチカンという名称は、この地の元々の名前であった「ウァティカヌスの丘」 (Mons Vaticanus) からとられている。ここに教会が建てられ、やがてカトリック教会の中心地となった元々の理由は、この場所で聖ペトロが殉教したという伝承があったためである。

公用語ラテン語であり公式文書に用いられる。ただし、通常の業務においてはイタリア語が話されている。また、外交用語としてフランス語が用いられている。また、警護に当たるスイス人衛兵達の共通語はドイツ語である。この他、日常業務ではスペイン語ポルトガル語英語も常用されている。

歴史

バチカンの地は古代以来ローマの郊外にあって人の住む地域ではなかったが、キリスト教以前から一種の聖なる地だったと考えられている。約3000年前には「ネクロポリス」(古代の死者の街)として埋葬地として使用され、その後もローマ人の共同墓地として使用されていた。326年コンスタンティヌス1世によって聖ペトロの墓所とされたこの地に最初の教会堂が建てられた。

教皇領

詳細は「教皇領」を参照

やがてこの地に住んだローマ司教が教皇として全カトリック教会に対して強い影響力をおよぼすようになると、バチカンはカトリック教会の本拠地として発展し、752年から19世紀まで存在した教皇領の拡大にともなって栄えるようになった。教皇は当初はバチカンではなく、ローマ市内にあるラテラノ宮殿に4世紀から1000年にわたって居住していたものの、1309年から1377年アヴィニョン捕囚時代にラテラノ宮殿が2度の火災によって荒廃したため、ローマに帰還した教皇はサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂に一時居住した後、現在のバチカン内に教皇宮殿を建設しここに移り、以後バチカンが教皇の座所となった。1506年には2代目である現サン・ピエトロ大聖堂が着工し、1626年に竣工した。教皇は19世紀中盤までイタリア半島中部に広大な教皇領を保持していたものの、イタリア統一運動の活発化に伴い1860年イタリア王国が成立すると法王領北部は接収されたため、ローマ教皇庁とイタリア王国政府が関係を断絶した。この時点では法王領南部のローマ市およびラティウム地方は教皇の手に残っていた。

バチカンの囚人

詳細は「バチカンの囚人」および「第1バチカン公会議」を参照

1870年普仏戦争の勃発によって教皇領の守備に当たっていたフランス軍が撤退すると、イタリア軍が残存教皇領もすべて接収し、バチカンはイタリア領となった。翌1871年にはイタリア政府は法王にバチカンおよびラテラノ宮殿の領有を認めたものの、教皇ピウス9世はこれを拒否し、「バチカンの囚人」(1870年 - 1929年)と称してバチカンに引きこもった。この教皇庁とイタリア政府の対立はローマ問題と呼ばれ、以後50年以上にわたって両者間の断絶を引き起こした。

バチカン市国

このような不健全な関係を修復すべくイタリア政府とバチカンの間で折衝が続けられたが、1929年2月11日になってようやく教皇ピウス11世の全権代理ガスパッリ枢機卿とベニート・ムッソリーニ首相との間で合意が成立し、3つのラテラノ条約が締結された。条約は教皇庁が法王領の権利を放棄するかわりに、バチカンを独立国家とし、イタリアにおけるカトリック教会の特別な地位を保証するものであった。この措置はイタリア国民にも広く支持され、「教皇との和解」を実現したムッソリーニの独裁体制はより強固なものとなった。

詳細は「ライヒスコンコルダート」および「ルートヴィヒ・カース」を参照
詳細は「第2バチカン公会議」を参照

1984年になると再び政教条約が締結され、イタリアにおけるカトリック教会の特別な地位などのいくつかの点が、信教の自由を考慮して修正された。

政治

サン・ピエトロ大聖堂

法的にはバチカンの政体は非世襲の首長公選制であるとみなされる。首長である教皇の権威はバチカン市国のみならず聖座全体におよぶものである。法王は80歳未満の枢機卿たちの選挙(コンクラーヴェ)によって選ばれる。教会法において教皇に必要な資格は、男性カトリック信徒であるということだけであるが、実質上は80歳未満の枢機卿たちの互選になっている。

「バチカン市国」と「ローマ教皇庁」は同義のようだが微妙に同義でない。例えばバチカン市国の最高責任者として行政庁長官 (Governatorato dello Stato della Città del Vaticano) が存在するが、教皇庁の実質的な責任者は国務長官がつとめている。国務長官 (Cardinal Secretary of State) はバチカン市国の外交部門の最高責任者でもある。立法権は教皇の任命によるバチカン市国委員会 (Pontifical Commission for Vatican City State) が持っている。委員会のメンバーの任期は5年となっている。しかし使徒座空位が発生するとカメルレンゴと首席枢機卿以外の省庁の長官や評議会の議長は自動的に(一旦)解職される。新しい教皇がコンクラーヴェで選ばれるまでの間はカメルレンゴを長とした枢機卿団がバチカンを管理する。そして新しい法王が選ばれると、新教皇は使徒座空位前に務めていた各長官・議長に対して当面の間職務を続けるよう命じ、業務が再開されることとなる。もちろん新教皇が長官・議長だった場合は就いていたポストに後任が割り当てられることとなる。直近の例は2005年のベネディクト16世の選出時で、彼が教理省長官に就いていたため、後任がほどなく選ばれている。

軍事・警察

スイス人衛兵

バチカン市国は、一切の軍事力は保持していない。警察力永世中立国であるスイスからの傭兵である「市国警備員(スイス人衛兵)」が担当している。

なお、イタリアからの入国、イタリアへの出国は自由。国境線もガードレール風の柵があるだけで、国境検問所の類いは一切(よって出入国管理体制も)ない。

国内は、公開の区域に限り入場は自由で、イメージとしては街中にある教会堂とその敷地に近い。そのため、各国から首脳貴賓が参列した2005年の教皇ヨハネ・パウロ2世の葬儀では、国境の外側を取り囲むイタリア側が警備を行ったことで、事実上国内警備につながった。

法王の衛兵として、スイス人衛兵が常駐している(2007年現在110人)。1505年1月22日に教皇ユリウス2世により創設され、1527年、ローマがカール5世神聖ローマ皇帝軍に侵攻された際(ローマ略奪)、身を犠牲にしてクレメンス7世の避難を助けた。現在はスイス国内でカトリック教会からの推薦を受けたカトリック信徒の男性が選ばれている。

その制服は、一説にはミケランジェロのデザインとも言われるが、1914年に制定されたものである。その派手なデザインは、伝統的なスイス傭兵というよりも、むしろランツクネヒトを彷彿とさせる。スイス人衛兵たちは一応武器の携行はしているものの、本質的に儀仗兵である。1981年ヨハネ・パウロ2世が襲撃された事件以来、教皇が公の場に出て行く時、スイス人衛兵たちは催涙スプレーを常時携行するようになったという。

かつては、スイス人衛兵だけでなく、教皇騎馬衛兵宮殿衛兵といわれる衛兵隊が存在していたが、形式的なものになっていたためパウロ6世によって1970年に廃止された。

サン・ピエトロ広場と大聖堂。撮影者はイタリアを背にして国境線の真上に立ち、バチカンの方を向いている

日本語での名称について

日本の外務省は、ローマ教皇を国家元首とする独立国家をバチカン市国と呼び、その聖俗両面の総称をバチカンとしている。

日本のカトリック教会の中央団体であるカトリック中央協議会は、1981年ヨハネ・パウロ2世の来日時に、それまで混用されてきた「教皇」と「法王」の呼称を統一するため、世俗の君主のイメージの強い「王」という字を含む「法王」でなく「教皇」への統一を定めた。以降、日本のカトリック教会の公式な表記では「法王」でなく「教皇」が用いられている。このとき、東京にある「ローマ法王庁大使館」においてもこれにあわせて「法王庁」から「教皇庁」への名称変更を行おうとしたが、日本国政府から「日本における各国公館の名称変更は、クーデターなどによる国名変更時など、特別な場合以外は認められない」として認められず、「ローマ法王庁大使館」の名称のまま現在へ至っている。(官報や外務省の公文書でも「ローマ法王」の語が用いられているため、これが日本国政府の用いる公式名称であるとみなされる。)このような経緯もあって、現在においてもマスメディアでは依然として「教皇」と「法王」の呼称が混用されている。

2018年2月9日、衆議院予算委員会山内康一がこの件で質問を行っている。事前に通告されたのを受けて外務省が当事者である駐日大使館及びバチカン本国へ問い合わせを行ったところ、いずれも名称変更(=「教皇」への訳語統一)を求めていないと回答されたという。しかし河野太郎外務大臣は2015年に表記変更を行ったジョージアの例を上げつつ、要望があれば対応することを表明した。

国際関係

詳細は「en:Foreign relations of the Holy See」を参照
バチカン市国と外交関係を有する国
2009年、バチカンを訪問するロシアのメドベージェフ大統領(当時)。
2015年、アメリカ合衆国議会で演説する教皇フランシスコ。

バチカン市国が成立した1929年以降、国際法上の主権国家となったことにあわせてバチカンの外交使節が各国に派遣され、同時に各国の外交使節を受け入れるようになった。2011年現在、バチカンは174カ国と国際連合およびマルタ騎士団特命全権大使を受け入れており、179の国と地域に大使あるいは外交使節を派遣している。

日本がバチカンと正式な外交関係を樹立したのは1942年で、このとき相互に公使館を設置したが、戦後一旦引き上げて1952年に再設置した。日本は1958年にバチカン市国日本公使館を大使館に格上げし(バチカンが東京のローマ法王庁公使館を大使館に格上げしたのは1966年)現在に至っている。日本国大使館(正式名称:在バチカン日本国大使館)は狭いバチカン市国内では土地が取れないため、隣国イタリア・ローマにおかれている(バチカンと外交関係を有する国のうち約100カ国は兼轄であり、「常駐」大使を派遣しているのは日本を含めて80カ国弱である)。なお、東京にあるバチカン大使館の正式名称は「ローマ法王庁大使館(イタリア語: Nunzio apostolico in Giappone)」である。(日本とバチカン市国の関係も参照)

イギリスとは、ヘンリー8世の離婚問題、国王至上法によってイギリス国教会が設立されてからローマ教皇がイギリス王を破門するかたちで断絶が続いていた。以来、イギリス国王とローマ教皇は没交渉であったが1914年に交渉が回復した。バチカン市国が建国され、主権国家として外交関係が樹立されたのは1982年のヨハネ・パウロ2世のイギリス司牧の旅以降である。2010年にはベネディクト16世が国賓としてイギリスを訪問。その答礼として2014年にエリザベス2世、エジンバラ公フィリップがバチカンを訪問した。しかしベネディクト16世の頃は、彼の超保守的な思想やカトリック聖職者の性的虐待問題でイギリス国民が、次のフランシスコのときは彼がアルゼンチン出身であること、フォークランド諸島紛争を抱えるイギリス政府が、態度を硬化させている。

ロシア連邦とは、ロシア革命以降外交関係を持っていなかったが、ソビエト社会主義共和国連邦崩壊後、外交関係再設定への動きが進み、2009年12月3日に大統領ドミートリー・メドヴェージェフが、バチカン市国を訪問して教皇ベネディクト16世と会談を行い、国交が樹立された。翌年の2010年には正式に大使が交換されている。ウラジーミル・プーチンは大統領・首相として通算4度バチカンを訪れ、時の教皇と会談している。

キューバは1935年に国交を樹立してから、キューバ革命後も国交断絶しなかった唯一の共産主義国である。

バチカンと中華民国1942年より外交関係を有している。中華民国が中国本土を実効支配していた時代には、北京市に大使館を置いていたが、中国大陸において中華民国の実効支配地域が無くなったため、1951年にこれを撤退させざるを得なくなった。その後、中華民国の実効支配地域である台湾台北市に大使館を移転し、その後も外交関係を維持している。

2011年現在、バチカンと外交関係が樹立されていない国は16カ国である。主な国家としては、共産主義国家中華人民共和国(中国)、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、ベトナムミャンマーラオスと、イスラム国家サウジアラビアオマーンアフガニスタンソマリアモーリタニアブルネイなどがある(ただし同じイスラム国家でもアラブ首長国連邦イラン、王制のヨルダンなどとは外交関係がある)。

共産主義国として、宗教の存在を否定する中華人民共和国とは、信教の自由がなく、教会を政府の管理下に置き続ける上、キリスト教関係者を逮捕、追放するなど弾圧を続けていることを理由に、1949年10月1日の中華人民共和国の建国以来、国交を持っていない。

国交はないものの、バチカンと中華人民共和国は「司教の任命権」の問題など多くの困難な問題を抱えながらも、外交関係の再設定を目指して水面下での協議を続けてきた。例えば1979年には、中華民国台北市派遣の外交官レベルを臨時代理大使に格下げし、中華人民共和国との関係改善への意欲を見せている。香港カトリック香港教区は、1997年香港返還後もローマ教皇庁の直轄教区である。2015年9月28日には、教皇フランシスコ自らが中国政府との接触を認めており、バチカンの国務長官ピエトロ・パロリンは中国との国交樹立の意向を明言している。

イスラム教国教とする中東絶対王制諸国も、アッラーフ以外は神と認めない(神は形がないとする教えの為に、その代理物を作って礼拝する、いわゆる偶像崇拝も許さない)ために、バチカンとの国交はない。

バチカン(すなわちローマ教皇庁)が「かつて満州国を承認し、国交を保ち続けていた」という記述が時折見られるが誤りである。ある時期、バチカンからの「教皇使節」(Apostolic delegate)が満州国に派遣されていたのは事実だが(このとき、日本のマスコミが「バチカンが満州国を承認」と喧伝した)、「教皇使節」は現地のカトリック信徒のために派遣されるもので、外交的な意味を持たない。その証拠に教皇使節の派遣を管轄するのはバチカンにおいて宗教業務を担当する福音宣教省であって、外交を司る総理省ではない。現代でもミャンマー、ベトナムなどのように、バチカンと外交関係を樹立していないにも関わらず、教皇使節が派遣されている国々がある。

国際連合には、長らく「恒久的オブザーバー」という形式で代表を派遣していたが、2004年7月に、投票以外の全ての権利を持った代表となった。投票権を行使しないのは、政治的中立を維持するためであり、当時の国連バチカン代表であったセレスティーノ・ミリオーレ大司教も「投票権を持たないことは、私たち自身の選択です」と語っている。

地理

詳細は「バチカンの地理」を参照

国土

バチカンの詳細地図

バチカン市国はローマの北西部に位置するバチカンの丘の上、テベレ川の右岸にある。その国境はすべてイタリアと接しており、かつて教皇を外部の攻撃から守るために築かれたバチカンの城壁に沿ってしかれている。面積は約0.44kmと、国際的な承認を受ける独立国としては世界最小で、東京ディズニーランド (約0.52km) よりも小さく、中国北京の天安門広場(約0.40km)と同じくらいであり、皇居(約1.15km)のおよそ8分の3。その狭い領土の中にサン・ピエトロ大聖堂バチカン宮殿バチカン美術館サン・ピエトロ広場などが肩を並べている。

またラテラノ条約の取り決めに従って、国外のいくつかの区域(イタリア・ローマ南東約20kmにあるカステル・ガンドルフォの教皇別荘であるガンドルフォ城サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂などの大バジリカ、教皇庁事務所など)でもバチカンの主権が認められている(バチカンの行政区画も参照)。

これらの中にはバチカン放送の建物も含まれているが、短波ラジオ送信所は国外のイタリア・ローマ郊外にあり、その敷地内にはバチカンの治外法権が認められている。

外国人観光客が入れる場所は、サン・ピエトロ広場、サン・ピエトロ大聖堂、バチカン博物館周辺のみで、その他の場所は外国一般人立入禁止区域となっている。

サン・ピエトロ大聖堂の展望台からバチカン庭園の全景を望む。

気候

バチカン市国の気候はローマの気候と同じで、地中海性気候の区域に属している。5月から9月は乾季にあたって少雨高温であり、10月から5月は雨季で冬は冷え込む。以下、ローマの気候図を示す。

ローマの気候
【月】
【1月】
【2月】
【3月】
【4月】
【5月】
【6月】
【7月】
【8月】
【9月】
【10月】
【11月】
12月 年
平均最高気温 °C (°F) 11.8
(53.2) | 13.0
(55.4) | 15.2
(59.4) | 18.1
(64.6) | 22.9
(73.2) | 27.0
(80.6) | 30.4
(86.7) | 30.3
(86.5) | 26.8
(80.2) | 21.8
(71.2) | 16.3
(61.3) | 12.6
(54.7) | 20.52
(68.92)
平均最低気温 °C (°F) 2.7
(36.9) | 3.5
(38.3) | 5.0
(41) | 7.5
(45.5) | 11.1
(52) | 14.7
(58.5) | 17.4
(63.3) | 17.5
(63.5) | 14.8
(58.6) | 10.8
(51.4) | 6.8
(44.2) | 3.9
(39) | 9.64
(49.35)
降水量 mm (inch) 102.6
(4.039) | 98.5
(3.878) | 67.5
(2.657) | 65.4
(2.575) | 48.2
(1.898) | 34.4
(1.354) | 22.9
(0.902) | 32.8
(1.291) | 68.1
(2.681) | 93.7
(3.689) | 129.6
(5.102) | 111.0
(4.37) | 874.7
(34.436)
% 湿度 77 | 75 | 72 | 73 | 71 | 68 | 67 | 66 | 69 | 74 | 78 | 78 | 72.3
出典: MeteoAM 2009-05-29

経済

国家予算

バチカンの「国家予算」は2003年のデータで歳入が約277億円で歳出290億円となっている。主な産業として出版業、モザイク製作などがある。バチカンは国家というにはあまりに特殊な存在であり、(下記にある「宗教活動協会」の投資運用は除き)利益追求の産業活動は行っていないため、歳入は「聖ペトロの献金」(Peter's Pence) として知られる世界中のカトリック信徒からの募金切手の販売、バチカン美術館の入場料収入、出版物の販売などによるものである。

宗教活動協会

第二次世界大戦中の1942年に、ピウス12世によってそれまでの「宗務委員会」から改組され設立された、バチカンの国家財政管理を行う組織である「宗教事業協会」(Instituto per le Opere di Religioni/ IOR、「バチカン銀行」とも呼ばれる)が、各国の民間の投資銀行を通じて投資運用し資金調達を行っている。上記の「国家予算」には、「宗教事業協会」の投資運用による利益は入っていない。

1980年代前半までは、宗教事業協会の投資運用と資金調達を行う主力行としての業務はイタリア国立労働銀行の子会社のアンブロシアーノ銀行が行っていたが、1982年に、同協会のポール・マルチンクス大司教と、「教皇の銀行家」と呼ばれていた、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/09/22 21:34

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