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パシフィック・リーグとは?

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【パシフィック・リーグ】

【競技】
日本プロ野球
【開始年】
1950年
【参加チーム】
6
【国】
日本
【前回優勝】
福岡ソフトバンクホークス(2年ぶり20回目)
【最多優勝】
埼玉西武ライオンズ(21回)

パシフィック・リーグ(: Pacific League)は、日本プロ野球リーグのひとつ。

正式名称は日本プロ野球組織 パシフィック・リーグ運営部パ・リーグと呼称される。

目次

  • 1 沿革
    • 1.1 誕生
    • 1.2 1950年代 黎明期
    • 1.3 1960年代 衰退期
    • 1.4 1970年代 暗黒時代
    • 1.5 1980年代 西武黄金時代
    • 1.6 1990年代 イチロー&ドーム時代
    • 1.7 2000年代 地域密着&IT時代
      • 1.7.1 2000年代前半 日本ハムの北海道移転
      • 1.7.2 2000年代後半 東北楽天の参入、地域密着の時代へ
      • 1.7.3 2010年代
  • 2 現存する加盟球団
  • 3 過去に存在した加盟球団
  • 4 試合方式
    • 4.1 総当り回数
    • 4.2 指名打者制度
    • 4.3 時間・回数制限
    • 4.4 備考
    • 4.5 プレーオフ制度導入の背景
  • 5 「実力のパ」
    • 5.1 ファンサービス
    • 5.2 マンデー・パ・リーグ
  • 6 年度別順位
  • 7 優勝年と優勝回数
  • 8 各球団監督
  • 9 名称の由来
  • 10 低勝率罰金制度
  • 11 歴代リーグ会長(代表者)
    • 11.1 リーグ運営部長
  • 12 脚注
    • 12.1 注釈
    • 12.2 出典
    • 12.3 参考文献
  • 13 関連項目
  • 14 外部リンク

沿革

誕生

プロ野球再編問題 (1949年)」も参照

1949年11月26日に開かれた各球団の代表者会議で、新球団加盟の是非をめぐり日本野球連盟が分裂した。その日の午後1時には加盟賛成派の阪急ブレーブス(後のオリックス・バファローズ)、南海ホークス(後の福岡ソフトバンクホークス)、東急フライヤーズ(後の北海道日本ハムファイターズ)、大映スターズ(後の大映ユニオンズ)に新球団の毎日オリオンズ(後の千葉ロッテマリーンズ)、西鉄クリッパース(後の埼玉西武ライオンズ)、近鉄パールス(後の大阪近鉄バファローズ)も加わり、計7球団で太平洋野球連盟(たいへいようやきゅうれんめい)が発足し、結団式が行われた。閉幕まで3日を残した1949年シーズン末の事である。初年度の1950年は親会社のバックアップで戦力を充実させた毎日オリオンズが優勝し、日本シリーズでも松竹ロビンスを倒し日本一に輝いた。

当初参加を予定していた大阪タイガース(後の阪神タイガース)は看板カードの巨人戦を手放せないとして最終的に離脱、日本野球連盟に残留した。こちらが現在のセントラル野球連盟、いわゆるセントラル・リーグ(セ・リーグ)である。

1950年代 黎明期

この時代は南海と西鉄の黄金時代で、両者の対決は「黄金カード」とまで呼ばれ、1959年にはセ・リーグとの観客動員数が拮抗したこともあった。その一方、奇数球団による試合日程の不具合を避ける為、1954年のシーズン開幕前には高橋ユニオンズ(1955年のみトンボユニオンズ)が加盟して8球団となった。同球団は1954年から1956年の3シーズンのみ参加し、1957年2月に大映スターズと合併(大映ユニオンズ)し7球団となる。さらに、1957年シーズン終了後にはその大映ユニオンズと毎日オリオンズが合併(毎日大映オリオンズ)し6球団となり、現在に至る。

1960年代 衰退期

1960年代のテレビの普及はテレビ局を関連会社に持つ巨人を中心にセ・リーグの人気を高めたが、マスメディアを親会社に持たないパ・リーグには逆風となった(毎日新聞社1960年11月に大毎オリオンズの経営から撤退)。そんな中、大毎のオーナーになった永田雅一は私財を投げ打って東京・南千住に1962年東京スタジアム」を完成させた。それでもパ・リーグの活性化には遠く、特に巨人がV9をスタートさせてからは影が薄くなる一方であった。

1970年代 暗黒時代

1969年オフに勃発した黒い霧事件は西鉄ライオンズに致命的なダメージを与え、パ・リーグ全体のイメージダウンともなった(西鉄は1972年にライオンズを中村長芳に譲渡し球団経営から撤退)。また映画産業の衰退で球団を支える経営体力が無くなり、大映(永田雅一 → 中村長芳)はロッテへ、東映は日拓ホーム → 日本ハムへと、大手映画会社の球団譲渡が相次いだ(プロ野球再編問題 (1973年)を参照)。更にロッテに至っては大映倒産に伴い東京スタジアムが使用できなくなった為、本拠地を転々としなくてはならなくなった(ジプシー・ロッテを参照)。そして1975年にはパ・リーグの観客動員数がセ・リーグの約3分の1にまで落ち込んだ。パ・リーグ関係者はこの低迷を打破しようと前期・後期の2シーズン制の採用(1973年 - 1982年)、指名打者制度の採用(1975年 - )などいろいろ新機軸を試みる。中には邪道とも言える太平洋とロッテの遺恨試合を演出してまで観客動員を増やそうとした例まであった。1970年代は阪急の黄金時代で、特に1975年から77年まで3年連続日本一となったが、関西ではスポーツ紙が阪神タイガースの記事一辺倒の為、阪急以外に南海、近鉄も含めた在阪パ・リーグ3球団の観客は増えなかった。特に1977年6月の南海 - 阪急戦は在阪球団同士による首位攻防戦であったが(当時は前述したように2シーズン制で、事実上の前期優勝争いとなっていた)、当日は阪神の試合がなかったにも拘らず試合の翌日の1面は掛布雅之の特訓記事だった、と当時南海の監督であった野村克也は著書で述べている(「あぁ、阪神タイガース―負ける理由、勝つ理由」 角川oneテーマ21)。

1980年代 西武黄金時代

1978年、西鉄から譲渡を受けたものの経営難に陥っていた中村長芳からライオンズを買収した西武グループは、球団経営に革命を起こす。大リーグ並みといわれた西武ライオンズ球場の建設、ファンサービスの充実、金に糸目をつけない選手補強などを行ったことで、それらの施策が功を奏し多くの観客が詰め掛け、1980年代には実に5回の日本一を成し遂げ「球界の新盟主」とまで言われるようになる。NHKだけでなく民放テレビ局も巨人戦一辺倒から西武戦をも放送するようになった。またその頃は清原和博阿波野秀幸西崎幸広など魅力のある選手がパ・リーグに登場し人気を集めることとなった。しかし、それでもセ・リーグとの観客動員数では依然として差があり、とりわけ連日閑古鳥が鳴いていた川崎球場では観客が流しそうめんをしたり、鍋料理を囲む等の光景が展開されるなど、オフのプロ野球珍プレー・好プレー大賞でも格好のネタになっていた。また、阪急は少しでも観客を増やそうと1981年に球団マスコット「ブレービー」を登場させたり、1983年には福本豊ら3選手と競走馬を競争させるアトラクションまで行った。それでも観客増には結びつかず、南海と阪急は「球団を持つ使命は終えた」として、ともに1988年秋に南海はダイエーに、阪急はオリエント・リースに、それぞれ球団譲渡を行った。

当時のパ・リーグの不人気ぶりはコンピューターゲームにも反映されており、任天堂が1983年に発売したファミコン用ソフト「ベースボール」ではモチーフがセ・リーグ6球団のみであり、後にナムコ(後のバンダイナムコゲームス)から発売されたプロ野球ファミリースタジアムでも、1986年版と1987年版はソフト容量の問題から、セ・リーグをモデルとしたチームは6球団全てが単独で収録されたのに対し、パ・リーグをモデルとしたチームは連合チームが多く見受けられた。

なお、1980年に名称をパシフィック野球連盟に改称している。

1990年代 イチロー&ドーム時代

1990年代前半は西武の黄金時代が続き、1990年 - 1994年までパ・リーグ史上唯一の5連覇を飾ることになる。その頃のペナントレースは、西武に近鉄と日本ハムが追う展開であった。1994年は彗星のごとく登場したイチローは1シーズンで200本を超える安打を放つ大活躍でファンの人気を集めた。また、イチローの所属するオリックスも阪神・淡路大震災後の復興のシンボルとして、ファンからの後押しもあり1995年1996年と連続優勝を成し遂げる。イチローの他にも野茂英雄松坂大輔など全国級のスーパースターがデビューしたのもこの頃である。

一方で、本拠地球場が築40年以上を経過し、老朽化が顕著な問題となり始める。同時に、プロ野球規格の新球場が相次いで完成した為、地元の誘致もあり、1991年にはオリックスが、神戸総合運動公園野球場に、1992年にはロッテが、千葉マリンスタジアムにそれぞれ本拠地を移転した。

更に1990年代半ばになると、1993年には福岡ドームが、1997年には大阪ドームが新たに開業し、1999年には西武ドームが、西武ライオンズ球場の改装により誕生した。このため、既に東京ドームを本拠地としていた日本ハムを含めると、6球団のうち実に4球団がドーム球場を本拠地とするようになった。これらの最新の球場は人気を集め、スター選手の登場との相乗効果により、1997年にはパ・リーグの観客動員数が増えセ・リーグの70%近くまで持ち上げることとなる。

2000年代 地域密着&IT時代

2000年代前半 日本ハムの北海道移転

1999年には、福岡ダイエーホークスが日本シリーズを制覇し、翌2000年のリーグ連覇で「地域密着球団」の成功例として球界に大きなインパクトを与えた。これが、後の2004年に、日本ハムが地域密着型球団を目指して、北海道へ移転する大きな契機になった。また、この移転とともに球団名も「北海道日本ハムファイターズ」と改められた。

ただしこの頃はまだ地域密着があまり注目されておらず、ロッテも1992年に川崎から千葉に移転の際、球団名を「千葉ロッテマリーンズ」と改めていたものの、長年の低迷もあり観客動員数は伸び悩んでいた。

2000年代後半 東北楽天の参入、地域密着の時代へ

地域密着が本格的に注目されるようになったきっかけは、2004年6月に大阪近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併が突如発表されたことである。

これにより、一時はリーグ存続が危ぶまれる状況となったが、楽天(東北楽天ゴールデンイーグルス)とライブドア(仙台ライブドアフェニックス)が新規参入に名乗りを挙げ、同年11月2日のオーナー会議の席上で東北楽天ゴールデンイーグルスの参入が決定した(プロ野球再編問題 (2004年))。

これにより、2005年以降も6球団制が維持されている。大阪近鉄バファローズの消滅により、パ・リーグ創設以来、経営母体が変換されたことのない球団は、新加盟の東北楽天ゴールデンイーグルスのみとなった。

パ・リーグの各球団は、この反省を教訓に、様々な地域密着方針を打ち出した。

ロッテは、既に川崎から千葉に移転して観客は徐々に増加していたとは言え依然として観客動員数が伸び悩んでいたため、行政とも協力して千葉マリンスタジアムの「ボールパーク化構想」を打ち出した。また、熱烈な応援や独特な球団スタイルを創りあげることによって、ファンを増やすことにつなげた。そのかいもあり、2005年には31年ぶりに日本一に輝き、5年後の2010年にも再び日本一を達成した。

日本ハムは、東京ドームを本拠地としていた時代は、観客動員数の低迷にあえいでいた。2004年にこれまでプロ野球球団の無かった北海道へ移転した。移転当初の北海道では、長年にわたってテレビ中継が巨人戦中心だったこともあり、巨人ファンが圧倒的に多かった。そのため、新規ファンの開拓は困難とされていたが、地元マスメディアや、自治体のバックアップと、移転後の球団フロント及び、監督や選手らによるファン獲得への努力により、既存の野球ファンをはじめ、その他にも、女性などの、これまで野球に関心のなかった層の獲得とファンの定着化に成功した。2006年には、本拠地移転を契機に僅か3年で、久しく遠ざかっていたリーグ優勝と日本一を達成、翌2007年にはリーグ連覇を果たし、以降は優勝争いに絡むシーズンも増え、飛躍的な変化を遂げた。

福岡に本拠地を置いたダイエーや、千葉に移転したロッテなどに続いて、日本ハムが、プロ野球球団のなかった北海道に移転して新たにファンを開拓し、結果を出したことによって、フランチャイズ球団が地域にもたらす効果や球団にもたらした変化など、地域密着スタイルが再びクローズアップされることになった。

2005年には、新たに楽天が参入し、宮城県をフランチャイズとする「東北楽天ゴールデンイーグルス」が誕生した。

西武も、経営陣が刷新された後の2008年からは、球団名に「埼玉」を掲げ、県内の大宮でも主催試合を行うなど地域密着の姿勢を打ち出した。これらにより、新たな地域密着型のリーグとしての型が確立されることとなった。

2005年からはセ・リーグとの交流試合を開始した。

2007年5月にパ・リーグ所属6球団により共同事業会社パシフィック・リーグマーケティング株式会社(PLM)を設立。当初は携帯電話向けの動画配信サービス「プロ野球24」を主業務としていたが、2008年シーズンからはパ・リーグ全球団のウェブサイト、携帯電話向けウェブサイト、インターネット動画配信、携帯電話向け動画配信がPLMにより統合管理され、「クライマックス・パ」をはじめとした共同プロモーション展開などを担うこととなった。現在はメジャーリーグベースボールビジネスモデルを手本にしたリーグ統合型のビジネスを、球団の垣根を越えパ・リーグ全体で模索している。

2009年1月1日の改定日本プロフェッショナル野球協約発効に伴い、連盟事務局と直下の審判部・記録部はコミッショナー事務局、セントラル・リーグ事務局と統合され、コミッショナー直属の『審判部』『記録部』『パシフィック・リーグ運営部』となり、リーグ会長職は廃止された(セ・リーグには同様に『セントラル・リーグ運営部』がある)。

2010年代

2010年、リーグ戦の年間協賛社としてマニュライフ生命保険株式会社と提携を結ぶことを発表した。これまではクライマックスシリーズでの協賛社はあったが、年間を通しての協賛企業との締結はリーグ史上初。同社の協賛は2011年2012年シーズンも継続していた。

2013年はスポーツゲームを専門に携帯電話サイトを運営するモブキャストとオフィシャル協賛スポンサーを結び、リーグ戦とクライマックスシリーズを通して協賛することになった。また、「パ・リーグTV」にも協賛することになりモブキャストの冠を添えることになった。

以下に、実数発表となった2005年以降のペナントレース(リーグ戦+セ・パ交流戦)における、主催試合(ホームゲーム)での、1試合あたり平均観客数(人/試合)の変遷を示す。2017年シーズンには、平均観客数の上位3チームが札仙広福(地方中枢都市)に所在する地方球団(★)となり、下位3チームが三大都市圏に所在するチームになった。

現存する加盟球団

パシフィック・リーグの加盟球団
【】
【球団名】
保護地域
【創設年度】
【本拠地球場】
【チームカラー】

 | 北海道日本ハムファイターズ
(Hokkaido Nippon-Ham Fighters) | 北海道 | 1946年 | 札幌ドーム
(札幌市位置) | 
 | 東北楽天ゴールデンイーグルス
(Tohoku Rakuten Golden Eagles) | 宮城県 | 2005年 | 楽天生命パーク宮城
(仙台市位置) | 
 | 埼玉西武ライオンズ
(Saitama Seibu Lions) | 埼玉県 | 1950年 | メットライフドーム
(所沢市位置) | 
 | 千葉ロッテマリーンズ
(Chiba Lotte Marines) | 千葉県 | 1950年 | ZOZOマリンスタジアム
(千葉市位置) | 
 | オリックス・バファローズ
(ORIX Buffaloes) | 大阪府 | 1936年 | 京セラドーム大阪
(大阪市位置) | 
 | 福岡ソフトバンクホークス
(Fukuoka SoftBank Hawks) | 福岡県 | 1938年 | 福岡 ヤフオク!ドーム
(福岡市位置) | 
  • 球団表記順は野球協約の保護地域表記順
日本ハム
楽天
西武
ロッテ
オリックス
ソフトバンク
パ・リーグ
球団名・本拠地・親会社の遍歴
【球団名】
【遍歴】

オリックス・
バファローズ
 | 

1936年1月23日阪神急行電鉄(後の阪急電鉄)を親会社として阪急軍(阪急職業野球団)を結成。宝塚球場を本拠地とする
1937年阪急西宮球場に本拠地を移転
1947年、球団名を阪急ベアーズに改称(シーズン中に球団名を阪急ブレーブスに改称)
1988年、阪急電鉄がオリエント・リース(オリックス)に球団を譲渡
1989年、球団名をオリックス・ブレーブスに改称
1991年、球団名をオリックス・ブルーウェーブに改称。神戸総合運動公園野球場(ほっともっとフィールド神戸)に本拠地を移転
2004年、シーズン終了後に大阪近鉄バファローズと合併
2005年、球団名をオリックス・バファローズに改称。ダブルフランチャイズ制を採用
2007年大阪ドーム(京セラドーム大阪)を本拠地に、神戸総合運動公園野球場を準本拠地とする


福岡ソフトバンク
ホークス
 | 

1938年3月29日南海鉄道(後の南海電気鉄道)を親会社とした南海軍日本野球連盟に加盟。堺大浜球場を本拠地とする
1939年中百舌鳥球場を本拠地とする
1944年陸上交通事業調整法による近畿日本鉄道の誕生(南海鉄道と関西急行鉄道との合併企業)に伴い、シーズン中に球団名を近畿日本軍に改称
1946年、球団名をグレートリングに改称
1947年、近畿日本鉄道による南海電気鉄道への事業譲渡に伴い、シーズン中に球団名を南海ホークスに改称
1948年阪神甲子園球場に本拠地を移転
1950年大阪球場に本拠地を移転
1988年、南海電気鉄道の球団株式売却によりダイエーが経営権を持つ
1989年、球団名を福岡ダイエーホークスに改称。平和台野球場に本拠地を移転
1993年福岡ドームに本拠地を移転
2005年、ダイエーの球団株式売却によりソフトバンクが経営権を持つ。球団名を福岡ソフトバンクホークスに改称


北海道日本ハム
ファイターズ
 | 

1945年11月6日セネタースが日本野球連盟に加盟
1946年東京急行電鉄が経営権を持つ
1947年、球団名を東急フライヤーズに改称
1948年、大映野球が経営参加を表明。球団名を急映フライヤーズに改称。後楽園球場を本拠地とする
1949年、大映野球の経営撤退に伴い、球団名を再び東急フライヤーズに改称
1953年、シーズン中に駒澤野球場に本拠地を移転
1954年東映に球団経営を委託。球団名を東映フライヤーズに改称
1962年明治神宮野球場に本拠地を移転
1964年、後楽園球場に本拠地を再移転
1973年、東映の球団株式売却により日拓ホームが経営権を持つ。球団名を日拓ホームフライヤーズに改称
同年、シーズン終了後に日拓ホームが球団株式売却。日本ハムが経営権を持つ
1974年、球団名を日本ハムファイターズに改称
1988年後楽園競輪場跡地に開場した東京ドームに本拠地を移転
2004年北海道移転に伴い球団名を北海道日本ハムファイターズに改称。札幌ドームに本拠地を移転


千葉ロッテ
マリーンズ
 | 

1949年11月26日毎日新聞社を親会社とした毎日オリオンズがパシフィック・リーグに加盟。後楽園球場を本拠地とする
1957年、シーズン終了後に大映ユニオンズと合併
1958年、球団名を毎日大映オリオンズに改称
1962年、シーズン中に東京スタジアムに本拠地を移転
1964年、球団名を東京オリオンズに改称
1969年ロッテが経営参加を表明。球団名をロッテオリオンズに改称
1973年宮城球場に本拠地を移転
1978年川崎球場に本拠地を移転
1992年千葉県移転に伴い球団名を千葉ロッテマリーンズに改称。千葉マリンスタジアムに本拠地を移転


埼玉西武
ライオンズ
 | 

1949年11月26日西日本鉄道を親会社とした西鉄クリッパースがパシフィック・リーグに加盟。平和台野球場を本拠地とする
1951年、シーズン開幕前に西日本パイレーツと合併。球団名を西鉄ライオンズに改称
1972年中村長芳(ロッテオリオンズオーナー)が球団を買収。太平洋クラブとの提携を表明
1973年、球団名を太平洋クラブライオンズに改称
1976年クラウンガスライターとの提携を表明
1977年、球団名をクラウンライターライオンズに改称
1978年国土計画(西武鉄道の元親会社)が球団を買収
1979年、球団名を西武ライオンズに改称。西武ライオンズ球場に本拠地を移転
1999年、西武ライオンズ球場のドーム化工事が完了。西武ドームとなる
2008年、球団名を埼玉西武ライオンズに改称


東北楽天
ゴールデンイーグルス
 | 

2004年11月2日楽天を親会社とした東北楽天ゴールデンイーグルスがパシフィック・リーグに加盟。宮城球場を本拠地とする


  • 親会社の企業名、本拠地の球場名はいずれも当時のもの
  • 球団名の改称年は改称後の初年度シーズンを起点に表記

過去に存在した加盟球団

パシフィック・リーグの消滅球団と成績
【球団名】
【創設年度】
【優勝回数】
試合
勝利
敗戦
引分
勝率

大阪近鉄バファローズ
(Osaka Kintetsu Buffaloes)
(1950年 - 2004年) 1949年 | 4 | 7119 | 3261 | 3720 | 271 | .467
大映ユニオンズ
(Daiei Unions)
(1950年 - 1957年) 1946年 | 0 | 1029 | 415 | 586 | 28 | .415
高橋ユニオンズ
(Takahashi Unions)
(1954年 - 1956年) 1954年 | 0 | 435 | 147 | 280 | 8 | .344
  • 成績はリーグが結成された1950年以降のもの
球団名・本拠地・親会社の遍歴
【球団名】
【遍歴】

大映ユニオンズ | 

1946年2月18日ゴールドスターが日本野球連盟に加盟。後楽園球場を本拠地とする
1947年、球団名を金星スターズに改称
1949年大映が球団を買収。球団名を大映スターズに改称
1957年、シーズン開幕前に高橋ユニオンズと合併。球団名を大映ユニオンズに改称
同年、シーズン終了後に毎日オリオンズと合併。合併球団名は毎日大映オリオンズとなる


大阪近鉄バファローズ | 

1949年11月26日近畿日本鉄道を親会社とした近鉄パールスがパシフィック・リーグに加盟。藤井寺球場を本拠地とする
1950年、シーズン中に大阪球場に本拠地を移転
1958年日本生命球場に本拠地を移転
1959年、球団名を近鉄バファローに改称
1962年、球団名を近鉄バファローズに改称
1984年、藤井寺球場に本拠地を再移転
1997年、大阪ドームに本拠地を移転
1999年、球団名を大阪近鉄バファローズに改称
2004年、シーズン終了後にオリックス・ブルーウェーブと合併。合併球団名はオリックス・バファローズとなる


高橋ユニオンズ | 

1954年2月4日高橋ユニオンズがパシフィック・リーグに加盟。川崎球場を本拠地とする
1955年トンボ鉛筆との提携を表明。球団名を

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出典:wikipedia
2018/04/16 14:23

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