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ビートルズとは?

ザ・ビートルズ
The Beatles


ジョン・レノン(左上)、ポール・マッカートニー(右上)、ジョージ・ハリスン(左下)、リンゴ・スター(右下)。1964年撮影。

【基本情報】

【別名】
クオリーメン
ジョニー&ムーンドッグス
シルヴァー・ビートルズ
【出身地】
イングランド マージーサイド州リヴァプール
【ジャンル】
ロック
ポップ・ロック
ポップ・ミュージック
サイケデリック・ロック
ロックンロール
アート・ロック
【活動期間】
1957年 - 1970年
1994年 - 1996年
【レーベル】
パーロフォン/EMI(現・ユニバーサル・ミュージック)(1962年-1968年、それ以降もアップル・レコードの販売を現在も担当)
アップル・レコード(1968年-1970年、それ以降も単発でのリリース有)
ヴィージェイ・レコード(1963年)
スワン(1963年)
トリー・レコード(1963年)
キャピトル・レコード(1963年-1968年、それ以降もアップル・レコードの販売を現在も担当)
オデオン・レコード/東芝音楽工業株式会社→東芝EMI株式会社→EMIミュージック・ジャパン株式会社→ユニバーサル・ミュージック)(1964年-1968年、それ以降もアップル・レコードの販売を現在も担当)
【事務所】
NEMSエンタープライズ (1961年~1967年)
アップル・コア(1968年~1970年)
【共同作業者】
ジョージ・マーティン
ブライアン・エプスタイン
【公式サイト】
www.emimusic.jp/beatles
【】

【メンバー】
ジョン・レノン
(ボーカルギター)
ポール・マッカートニー
(ボーカルベース)
ジョージ・ハリスン
(ギターボーカル)
リンゴ・スター
(ドラムスボーカル)
【】

【旧メンバー】
ピート・ベスト(ドラムス)
スチュアート・サトクリフ(ベース)

ザ・ビートルズ (The Beatles) は1960年代から1970年代初頭にかけて活動したイギリスリヴァプール出身のロックバンド。20世紀を代表するアーティストの一つである。

目次

  • 1 概要
    • 1.1 バンド名の由来
    • 1.2 メンバー
      • 1.2.1 元メンバー
      • 1.2.2 基本編成
      • 1.2.3 リードヴォーカル
      • 1.2.4 曲毎に使用された楽器
      • 1.2.5 利き手
    • 1.3 作詞作曲
      • 1.3.1 レノン=マッカートニー
  • 2 デビュー直前までの経歴
    • 2.1 クオリーメン結成からビートルズへの改名まで
    • 2.2 ビートルズへの改名以後
    • 2.3 4人のビートルズ誕生
      • 2.3.1 ハンブルクでの録音
  • 3 デビュー以降の経歴
    • 3.1 デビュー
    • 3.2 世界進出
      • 3.2.1 野球場でのコンサート
      • 3.2.2 エルヴィス・プレスリーとの面会
      • 3.2.3 ジョンのキリスト発言
      • 3.2.4 ローマ教皇庁の赦免
      • 3.2.5 日本公演
      • 3.2.6 フィリピン事件
    • 3.3 レコーディング・アーティストへの移行
    • 3.4 サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドからホワイト・アルバムまで
      • 3.4.1 アップル・コア
    • 3.5 レット・イット・ビーからアビイ・ロードまで
      • 3.5.1 アルバム『レット・イット・ビー』と『アビイ・ロード』
      • 3.5.2 解散
  • 4 解散後
  • 5 オリジナル・ディスコグラフィー
    • 5.1 オリジナルアルバム
    • 5.2 オリジナルシングル
  • 6 評価と影響
    • 6.1 音楽的評価と影響
    • 6.2 自作自演
    • 6.3 イギリスとアメリカの音楽産業の構図の変化
    • 6.4 ビートルズへの影響
      • 6.4.1 ジョージ・マーティンの功績
      • 6.4.2 ブライアン・エプスタインの功績
    • 6.5 批判と公的な抑圧
  • 7 映像作品
    • 7.1 ビートルズ側が制作した作品
    • 7.2 ドキュメンタリー作品
    • 7.3 ビートルズを題材にした映画
    • 7.4 プロモーション映像
  • 8 ビートルズ作品の著作権
    • 8.1 最初の2作品
    • 8.2 ノーザン・ソングス
    • 8.3 ハリソングス
    • 8.4 ATV
    • 8.5 マイケル・ジャクソン
  • 9 脚注
    • 9.1 注釈
    • 9.2 出典
  • 10 参考文献
  • 11 外部リンク

概要

主に1960年代に活動した世界的に有名なロックバンド。1957年に前身となるバンド「クオリーメン」が結成され、1960年に「ザ・ビートルズ」と改名し、1962年10月5日にレコードデビュー1970年4月10日に事実上解散した。"Fab Four"という愛称もある。

活動期間内に母国イギリスで12作のオリジナル・アルバムを発売し、その内11作が全英アルバムチャートで週間第1位を獲得した。11作の週間第1位の合計獲得数は162週。年間売り上げ最高アルバム4作と第1作『プリーズ・プリーズ・ミー』による連続30週第1位はいずれも1960年代の最高数。シングルは22作発売し、その内17作が第1位を獲得。アメリカなど世界各国においても高い販売数を記録し、ギネス・ワールド・レコーズ最も成功したグループアーティストと認定されている。音楽誌『ローリング・ストーン』による「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第1位にランクされている。
1965年10月26日に女王エリザベス2世からMBE勲章を授与されている。1988年ロックの殿堂入り。活動前期においてはアイドルとして「ビートルマニア」と称されるファンを獲得。後期には『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』や『アビイ・ロード』などの名盤と言われるような作品を発表しより音楽的な面から評価されており、解散から数十年が経過した現在でも、映画作品や記念盤が発表されるなど世界中で根強い人気を誇っている。

バンド名の由来

ビートルズのロゴ

「BEATLES」という名称はジョン・レノンスチュアート・サトクリフが考えた造語である。ジョンの証言では、この名前が考案されたのは1960年の4月で、バディ・ホリーのバンド名「バディ・ホリー&ザ・クリケッツ」のクリケッツにあやかり、昆虫の名前で同じように2つの意味を含んでいる言葉としてビートルズを、映画『乱暴者』から思いついた。しかし、バンド名を「ビートルズ」とした頃、クラブ出演を依頼してきたブライアン・キャスは難色を示し、改名を出演条件として「ロング・ジョン&ピーシズ・オブ・シルヴァー」という名称を提示した。話し合いの上、互いに譲歩して『ロング・ジョン&シルヴァー・ビートルズ』と称する事になったが、その後ロング・ジョンを除いて「シルヴァー・ビートルズ」と称した(シルヴァー・ビートルズのつづりは途中までThe Silver Beetles)。ただし1960年8月から行った最初のハンブルク巡業で出演したクラブ「カイザー・ケラー」の広告には「The Beatles」と記載されている。

メンバー

名前 プロフィール 担当
ジョン・レノン
(John Lennon) | 1940年10月9日 - (1980-12-08) 1980年12月8日(40歳没)
イングランド マージーサイド州リヴァプール | ボーカル
リズムギター
リードギター
ベース
ハーモニカ
ピアノ
オルガン
ポール・マッカートニー
(Paul McCartney) |  (1942-06-18) 1942年6月18日(76歳)
イングランド マージーサイド州リヴァプール | ボーカル
ベース
リードギター
アコースティックギター
エレクトリックギター
ドラムス
ピアノ
キーボード
オルガン
メロトロン
モーグ・シンセサイザー
ジョージ・ハリスン
(George Harrison) | 1943年2月25日 - (2001-11-29) 2001年11月29日(58歳没)
イングランド マージーサイド州リヴァプール | リードギター
ボーカル
リズムギター
ベース
シタール
タンブーラ
スワルマンダル
ピアノ
キーボード
モーグ・シンセサイザー
リンゴ・スター
(Ringo Starr) |  (1940-07-07) 1940年7月7日(78歳)
イングランド マージーサイド州リヴァプール | ドラムス
パーカッション
ボーカル

元メンバー

名前 プロフィール 愛称 担当
ピート・ベスト
(Pete Best) |  (1941-11-24) 1941年11月24日(76歳)
イギリス領インド帝国 マドラス管区 マドラス |  | ドラムス
スチュアート・サトクリフ
(Stuart Sutcliffe) | 1940年6月23日 - (1962-04-10) 1962年4月10日(21歳没)
スコットランド エディンバラ | スチュ | ベース

1957年にジョン・レノンがスキッフル・バンド「クオリーメン」を結成。それ以降はジョニー&ザ・ムーンドッグス、ロング・ジョン&シルヴァー・ビートルズ、シルヴァー・ビートルズと改名しており、ビートルズと称するまでに複数のメンバーが入れ替わっている。ビートルズと称してから在籍したメンバーは通算6名。その内2名は1962年10月5日にシングル「ラブ・ミー・ドゥ」でデビューする前に脱退している。その一人、スチュアート・サトクリフは1960年1月に加入してベース担当になり、1961年に行われた2度目のハンブルク巡業が終わった時にバンドを脱退。その後、1962年4月10日に21歳で死去した。。もう一人のピート・ベスト は、1960年8月に行った最初のハンブルク巡業の直前にドラムス担当として加入したが、1962年8月16日に解雇される。8月18日にリンゴが「ロリー・ストーム & ザ・ハリケーンズ」からビートルズに加入した。

基本編成

1962年10月にパーロフォンからレコード・デビューした時点で「ギター×2、ベース、ドラムス」という編成となっている。これは1961年に「ギター×3、ベース、ドラムス」という編成で行われた2度目のハンブルク巡業の終了後にベース担当であるスチュアートが脱退して4人になり、ギター担当の1人だったポールがベースに転向して確立した。さらにデビュー直前の1962年8月にドラマーがピート・ベストからリンゴに交代し、解散までこの編成が続いた。最初の2枚のアルバムは2トラックレコーダーのみで録音していたので、原則としてこの編成が一発録りを行なった。3作目の『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』から4トラックが導入されて多重録音が可能になったが直ちには使用されず、5作目のアルバム『4人はアイドル』録音から「ドラムス・ベース・リズムギター」「リードギター」「ボーカル」の順に録る事が多くなっていく。

中期から後期の作品では、ポールが主に自作曲でギターピアノを担当する際に、ジョンやジョージがベースを弾くこともある他、1968年の『ザ・ビートルズ』(通称ホワイト・アルバム)録音時のリンゴの脱退騒動に絡んで「バック・イン・ザ U.S.S.R.」と「ディア・プルーデンス」はポールがドラムスを担当している。その他、曲によってはメンバー各人がパーカッションを演奏している。リードギターは基本的にジョージが担当しているが、曲によってはジョンまたはポールもリードギターを弾いている。ジョンはリードギターを「ユー・キャント・ドゥ・ザット」の間奏部、「ゲット・バック」、「アイ・ウォント・ユー」などで弾いている。ポールは「涙の乗車券」のフェイド・アウトの部分でベースに加えてリードギターを担当。ジョージ作の「タックスマン」の間奏部とラスト部分「バック・イン・ザ U.S.S.R.」などでもリードギターを弾いている。また「ブラックバード」などのアコースティック・ギターもポールが弾いている。「ジ・エンド」の間奏部分はポール・ジョージ・ジョンの順にリレーする形でギターソロを演奏している。

リードヴォーカル

4人全員がいずれかの曲でリードヴォーカルを担当している。リードヴォーカルは基本的に作詞作曲した者が担当する。初期の「シー・ラヴズ・ユー」「抱きしめたい」などのジョンとポールの共作曲はジョンとポールが2人でリードヴォーカルを担当している。ジョージは「タックスマン」、「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」、「サムシング」などの自作曲で、リンゴは「オクトパス・ガーデン」「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」、「グッド・ナイト」などでリードヴォーカルを担当している。

曲毎に使用された楽器

曲によっては基本編成以外の楽器も使用されており、メンバー自身が担当した作品と、外部から参加した演奏者がセッションした作品がある。メンバー自身が担当した最も初期の例では、デビューシングルの「ラヴ・ミー・ドゥ」から3曲連続でジョンがハーモニカを演奏している。キーボードは、ポールが「マーサ・マイ・ディア」、「ヘイ・ジュード」、「レット・イット・ビー」、ジョン作の「セクシー・セディー」でピアノを担当しており、また映像版の「ザ・ビートルズ・アンソロジー」では「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」でのイントロのメロトロンをポール自ら演奏しながら解説を行っている。ジョンは「アイ・アム・ザ・ウォルラス」、ジョージ作の「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」などでオルガンやローズ・ピアノなど電子鍵盤楽器を担当しており、また1965年8月15日に開催されたシェイ・スタジアム・コンサートでは「アイム・ダウン」でVOXのオルガンを演奏している。「ノルウェーの森」から導入されたシタールはジョージが1965年頃に友人の勧めで聴いたラヴィ・シャンカルのレコードで興味を持ち、ロンドンの店で購入して使用した。1966年秋にはジョージみずからインドに出向いてラヴィ・シャンカルから直接レクチャーを受けている。また、「ゲッティング・ベター」や「アクロス・ザ・ユニヴァース」でのタンブーラ、「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」でのソードマンデルなどもジョージが担当している。「ヘルター・スケルター」ではジョンがサックスを演奏している。モーグ・シンセサイザーはアルバム『アビイ・ロード』においてジョージが導入した。1969年当時は特注品のモジュラー・システムしか存在しなかったが、「ヒア・カムズ・ザ・サン」や「ビコーズ」でジョージが演奏。ポールも「マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー」で、ジョンが「アイ・ウォント・ユー」で、それぞれ演奏している。

外部から参加したミュージシャンの例では、セッション・ドラマーのアンディ・ホワイト(en)が、デビュー曲となった「ラヴ・ミー・ドゥ」のレコーディングに参加している。ただしこれはメンバーの意向ではなくプロデューサーのジョージ・マーティンの判断によるもの。メンバーの意向による参加ミュージシャンの例では、クラシック音楽の分野から「イエスタデイ」、「エリナー・リグビー」で弦楽四重奏団が、「ペニー・レイン」ではピッコロ・トランペット奏者が招かれている。同じロックやポップスの分野では「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」でリードギターを弾いたエリック・クラプトンや、「レボリューション」でエレクトリックピアノを弾いたニッキー・ホプキンスが挙げられる。プロデューサーのジョージ・マーティンは「イン・マイ・ライフ」の間奏のクラシカルなピアノを弾いた。また、ローリング・ストーンズブライアン・ジョーンズは「ユー・ノウ・マイ・ネーム」においてサックスで参加している。アルバム『レット・イット・ビー』のセッションにはビリー・プレストンエレクトリックピアノハモンド・オルガンなどで参加している。ただし外部から参加したミュージシャンはプレストンを除いてレコードのクレジットには記載されていない。

利き手

メンバー4人のうちポールとリンゴは左利きである。ポールは文字を書く時も左で、リンゴは文字を書く時は右で書く。 ポールは自身で「僕は左利きだ」と述べており、ベースやギターは左利き用の物を使用している事や(但し、ドラムのみは右利き用のセッティングで叩いている)、文字を左手で書いている写真・映像などで確認できる。リンゴは自身の発言はないが、演奏しているドラムスが右利き用である他、サインなどの文字を右手で書いている写真が存在する。

作詞作曲

オリジナル曲はすべてメンバーが作詞作曲している。 最も多いクレジットはジョンとポールの共作名義である「レノン=マッカートニー」で、ビートルズナンバー213曲の内、144曲が「レノン=マッカートニー」名義になっている。それ以外のビートルズの公式発表曲(オリジナル曲)には、名前の並びが逆の「マッカートニー=レノン」作品8曲、「ジョン・レノン・アンド・ポール・マッカートニー」が13曲(シングル・カット、シングル収録曲のレノン=マッカトニー名義と重複するものあり)、ジョージの作品22曲、リンゴの作品2曲、レノン=マッカートニーとリンゴの共作1曲、全員の共作2曲が含まれている。未発表曲集『ザ・ビートルズ・アンソロジー』には、ジョンとジョージの共作、ポールとジョージの共作の作品も収録されている。

レノン=マッカートニー

詳細は「レノン=マッカートニー」を参照

「レノン=マッカートニー」名義の作品はアメリカのビルボード、イギリスのミュージック・ウィークの双方で第1位を記録した曲が多く、『ギネス・ワールド・レコーズ』には最も成功したシンガー・ソングライターとして記載されている。ジョンとポールがどの曲でどの程度の役割を担っているかという公式な記録は無いが、書籍「ザ・ビートルズ・アンソロジー」のポールのコメントによれば、「プリーズ・プリーズ・ミー」はジョンがメイン、「P.S.アイ・ラヴ・ユー」はポールがメイン、「フロム・ミー・トゥ・ユー」は半々、と様々なパターンが存在するが、基本的にはその曲をメインで作った方がリード・ボーカルを取っていることが多い。また同書によれば、共同クレジットで発表していくことは早い時期から決まっており、「レノン=マッカートニー」という序列は2人の話し合いの上で決定した。ただし第1作のアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』でのみ「マッカートニー=レノン」という表記になっており、「イエスタデイ」などポールが主に作詞作曲した曲は「マッカートニー=レノン」表記にする事も検討されたが実行はしていない。

結成当初から、ジョンとポールのどちらか一方が単独で作った曲であっても、クレジットは「レノン=マッカートニー」または「マッカートニー=レノン」と連名にする約束が取り交わされていた。このことは後のいくつかの法的争いの元凶ともなる。1969年にジョンがプラスティック・オノ・バンド名義で発表した「平和を我等に」の作詞作曲も「レノン=マッカートニー」とクレジットされている。クレジット通りに2人で共作した曲は二十数曲という見解もあったが、ジョン・レノンはインタビューで否定しており、ポールも自伝「メニー・イヤーズ・フロム・ナウ」において「多くの曲が共作である」と述べている。ただし「共作」の割合は曲によって異なり、50-50で作った曲もあれば、一方がメインで作詞作曲し、もう一方は手伝った程度という曲もある。

デビュー直前までの経歴

クオリーメン結成からビートルズへの改名まで

1957年3月、ジョンがスキッフル・バンド「クオリーメン」を結成する。同年7月6日、ウールトンセント・ピーターズ教会が開催したガーデン・パーティーでのクオリーメンのコンサートをポールが観る。ポールは共通の友人であるアイヴァン・ボーンに紹介されジョンに面会した。ポールはギターを弾きながらエディ・コクランの「トゥエンティ・フライト・ロック」、ジーン・ヴィンセントの「ビー・バップ・ア・ルーラ」、それにリトル・リチャードのメドレーを歌った。ポールが歌詞を完璧に覚えている事に加え、トランペットピアノも演奏出来る事にジョンは感心してクオリーメンに勧誘し、翌日にポールは参加すると返答した。

翌1958年2月6日、ポールの紹介でジョージがクオリーメンのオーディションを受ける。「ローンチー」を完璧に弾きこなした事と、2人よりも多くのコードを知っていた事でジョンに認められ、バンドに加わる。1959年になると他のメンバーは次第に辞めていき、1月にはバンドのメンバーはジョン、ポール、ジョージの3人だけになる。

同年10月、バンド名を「ジョニー&ザ・ムーンドッグス」とする。1960年1月、スチュアート・サトクリフがジョンに誘われバンドに加入しベーシストになる。同年4月、ジョンとスチュアート・サトクリフがバンド名はビートルズではどうかと提案するが、興行側のブライアン・キャスが改名を要請。交渉してバンド名を「ロング・ジョン&シルヴァー・ビートルズ」とする。

ビートルズへの改名以後

1960年5月、ロンドンの音楽関係者であるラリー・バーンズが担当する新しいソロシンガーのバックバンドを務めるオーディションにエントリーする。参加を約束していたドラマーは来られなくなったが、キャス&カサノヴァズのジョニー・ハッチンソンが代役でドラムスを担当して合格する。この後、シンガーに決定したジョニー・ジェントルのバック・バンドとしてスコットランドにツアーに出る。この時、ジョンは「ロング・ジョン」、ポールは「ポール・ラモーン」、ジョージは「カール・ハリスン」、スチュアート・サトクリフは「スチュアート・ド・スタール」とそれぞれが芸名を付けていた。このツアーではトニー・ムーアというドラマーが参加し、ツアー終了後もしばらく在籍していたが、やがて脱退する。

8

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出典:wikipedia
2018/10/30 23:38

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