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フランスとは?

フランス共和国
République française



(国旗) | (国章に準じる紋章)
国の標語:Liberté, Égalité, Fraternité
(フランス語: 自由、平等、友愛)
国歌:ラ・マルセイエーズ
公用語
フランス語
首都
パリ
【最大の都市】
パリ
政府
大統領
エマニュエル・マクロン
首相
エドゥアール・フィリップ
面積
【総計】
551,500km(51位)
【水面積率】
0.2%
人口
【総計(2016年)】
62,814,233人(21位)
人口密度
113人/km
GDP(自国通貨表示)
【合計(2012年)】
2兆0377億ユーロ (€)
GDP (MER)
【合計(2012年)】
2兆5804億ドル(5位)
GDP (PPP)
【合計(2012年)】
2兆2525億ドル(8位)
【1人あたり】
35,519ドル
建国
西フランク王国(カロリング朝時代) 843年8月10日
フランス王国(カペー朝成立以後) 987年
フランス第一共和政
1792年8月10日
フランス第五共和政(現行) 1958年10月4日

通貨
ユーロ (€) (EUR)
時間帯
UTC +1(DST:+2)
ISO 3166-1
FR / FRA
ccTLD
.fr
国際電話番号
33
  1. ^ CIA World Factbook/France
  2. ^ IMF>Data and Statistics>World Economic Outlook Databases>By Countrise>France
  3. ^ 1999年までの通貨はフラン (₣)。
  4. ^ フランスのユーロ硬貨も参照。

この表のデータは本土のみで、海外県・属領を含まない。

フランス共和国(フランスきょうわこく、フランス語: République française)、通称フランス(フランス語: France)は、西ヨーロッパの領土並びに複数の海外地域および領土から成る単一主権国家である。フランス・メトロポリテーヌ(本土)は地中海からイギリス海峡および北海へ、ライン川から大西洋へと広がる。

目次

  • 1 概要
  • 2 国名
  • 3 歴史
    • 3.1 ローマ帝国の支配
    • 3.2 フランク王国の再編
    • 3.3 ユグノーと絶対王政
    • 3.4 共和制と帝政
    • 3.5 世界大戦と植民地戦争
  • 4 政治
  • 5 警察・情報機関
  • 6 軍事
  • 7 国際関係
    • 7.1 イギリスとの関係
    • 7.2 日本との関係
      • 7.2.1 歴史
      • 7.2.2 日本におけるフランス
  • 8 地方行政区分
    • 8.1 主要都市
  • 9 地理
    • 9.1 地形
    • 9.2 気候
  • 10 経済
    • 10.1 農業
    • 10.2 鉱業
    • 10.3 工業
    • 10.4 貿易
    • 10.5 高失業率
  • 11 国民
    • 11.1 社会保障
    • 11.2 言語
    • 11.3 宗教
    • 11.4 セクト対策
    • 11.5 教育
  • 12 文化
    • 12.1 食文化
    • 12.2 文学
    • 12.3 哲学
    • 12.4 音楽
    • 12.5 美術
    • 12.6 映画
    • 12.7 ファッション
    • 12.8 世界遺産
    • 12.9 祝祭日
  • 13 スポーツ
    • 13.1 サッカー
    • 13.2 バスケットボール
    • 13.3 サイクルロードレース
    • 13.4 ラグビー
    • 13.5 モータースポーツ
  • 14 脚注
  • 15 参考文献
  • 16 関連項目
  • 17 外部リンク

概要

フランスはラスコー洞窟に始まる長い歴史をもつ。鉄器時代、現在のフランスに相当するガリアにはガリア人およびケルト人が居住していた。紀元前51年、ガリア人はローマ帝国により西暦486年まで制圧された。ガリアを数百年間支配し、最終的には中世のフランス王国を建国したゲルマンフランク人の襲撃および移住にガロ・ローマ人は直面した。1337年から1453年までの百年戦争での勝利はフランスの建国を強固にし、将来の中央集権型の絶対君主制への道を開いた。ルネサンス期、フランスは膨大な文化的発達を経験し、世界的規模の植民地帝国の基礎を確立した。16世紀のうち40年近くの間はユグノー戦争に明け暮れていた。

フランス人権宣言

ルイ14世ブルボン朝の最盛期を築いたが、しかし君主制は18世紀末のフランス革命で崩壊した。革命遺産の人間と市民の権利の宣言は今日に至るまで国の理想を表現している。世界に先駆けて共和国を樹立したが、ナポレオン・ボナパルト帝国を建国した。1804年にハイチを失いナポレオンは窮した。世界で初めて認めたユダヤ人の市民権を1808年5月に制限してから、外資対仏大同盟の軍事費へ流れた。ナポレオンの降伏後は絶対君主制が復活した。1830年に立憲君主制となり、一時的な第二共和政第二帝政、1870年から成立した第三共和政が順につづいた。19世紀中ごろはパリ改造が行われたりレオン・フーコーが地球の自転を証明したりして、フランスは生活と科学の両面で近代化をとげた。

19世紀および20世紀初頭、世界で二番目に大きい植民地帝国を有した。第一次世界大戦において、フランスは三国協商の参加国としてドイツ帝国等の中央同盟国と戦った。第二次世界大戦では連合国に属したが、1940年にナチス・ドイツにより占領された。1944年の解放後、第四共和政が設立された。翌年フランス国立行政学院が設立され、出身者が会計検査院、財務監督官、国務院(内閣法制局兼最高行政裁判所)等で活躍するようになった。検査院出身者らが支配する官僚制は民衆からエナ帝国と呼ばれた。アルジェリア戦争を経てシャルル・ド・ゴール第五共和政を樹立した。1950年代には原子力産業へ積極的に進出した。技術は軍事利用もされている。原子力部門における主要な会社には、パリバ系のINDATOMや、ロスチャイルドパリ連合銀行系のCOFINATOME、パリ連合銀行・アルストムシュナイダーエレクトリック・トムソン=ヒューストン(現ゼネラル・エレクトリック)他多数合弁のFramatome(現アレヴァ)などがある。1960年代にアフリカの植民地の独立を認めていくが、CFAフラン圏を中心に金融・エネルギー面での利権を守った。一方アドルフ・ティエールのときに流入したモルガン資本の電気に強い系譜(ゼネラル・エレクトリックなど)が呼び水となって(ヤング案)、1960年代から1970年代にかけてフランスへ外資の波が押し寄せた(詳細)。オイルショック以降、フランスの政治はコアビタシオンでねじれるようになり、ドゴールのときのように再びソ連西ドイツを相手として頻繁に交渉した。

フランスは欧州連合(英語表記ではEU、フランス語表記での略称はUE-Union européenne-フランス語:ユニオン ウロペエンヌ となる。)の設立メンバーである。フランスの金融政策はフランクフルト欧州中央銀行で決定される。ナポレオンの時代から使用されていたフランスの通貨フランは、1999年のヨーロッパ通貨統合にフランスが参加したので、2002年始め完全にユーロへ切り替わった。

国名

エッフェル塔パリ、およびフランスのシンボルで、1889年にパリで行われた第4回万国博覧会のために建造された。

正式名称は、République française(レピュブリク・フランセーズ)。通称、France。 略称、FR

日本語の表記は、フランス共和国。通称、フランス。また、漢字による当て字で、仏蘭西(旧字体:佛蘭西)、法蘭西(中国語表記由来)などと表記することもあり、()と略される。

国名の France は、11世紀の『ローランの歌』においてまでは遡って存在が資料的に確認できるが、そこで意味されている Franceフランク王国のことである。一方で987年に始まるフランス王国 に、France という名前が用いられているが、これは後代がそのように名付けているのであって、その時代に France という国名の存在を認定できるわけではない。また中世のフランス王REX FRANCUS と署名している。France は中世ヨーロッパに存在したフランク王国に由来すると言われる。その証左に、歴代フランス王の代数もフランク王国の王から数えている(ルイ1世ルイ16世を参照)。作家の佐藤賢一は、ヴェルダン条約でフランク王国が西フランク中フランク東フランクに3分割され、中フランクは消滅し、東フランクは神聖ローマ皇帝を称したため、フランク王を名乗るものは西フランク王のみとなり、フランクだけで西フランクを指すようになった、と説明している。ドイツ語では、直訳すればフランク王国となる Frankreich(フランクライヒ)を未だにフランスの呼称として用いている。これと区別するために、ドイツ語でフランク王国は Frankenreich(フランケンライヒ)と呼んでいる。多くの言語ではこのフランク王国由来の呼称を用いている。

歴史

フランスの歴史は現代世界史の幹である。ブルボン朝最盛期のフランスはヨーロッパ最大の人口を有し、ヨーロッパの政治・経済・文化に絶大な影響力を持った。フランス語は外交の舞台での共通語となった。現在は国連事務局作業言語である。フランスは17世紀以降1960年代まで、大英帝国に次ぐ広大な海外植民地帝国を有した。1919年から1939年、フランスの面積は最大となり(12,347,000km)、世界の陸地の8.6%を占めた。

ローマ帝国の支配

現在のフランスに相当する地域は、紀元前1世紀まではマッシリア(現マルセイユ)などの地中海沿岸のギリシャ人の植民都市を除くと、ケルト人が住む土地であり、古代ローマ人はこの地をガリア(ゴール)と呼んでいた。ゴールに住むケルト人はドルイドを軸に自然を信仰する独自の文化体系を持っていたが、政治的には統一されていなかった。

紀元前219年に始まった第二次ポエニ戦争では、カルタゴ帝国の将軍ハンニバル南フランスを抜けてローマ共和国の本拠地だったイタリア半島へ侵攻したが、ゴールには大きな影響を及ぼさなかった。

『ユリウス・カエサルの足元に武器を放るヴェルサンジェトリクス』

その後、カルタゴを滅ぼしたローマは西地中海最大の勢力となり、各地がローマの支配下に置かれた。ゴールも例外ではなく、紀元前121年には南方のガリア・ナルボネンシスが属州とされた。紀元前1世紀に入ると、ローマの将軍カエサル紀元前58年にゴール北部に侵攻した(ガリア戦争)。ゴールの諸部族をまとめたヴェルサンジェトリクスは果敢に抵抗したが、ローマ軍はガリア軍を破ってゴールを占領し、ローマの属州とした。ゴールは幾つかの属州に分割された。そしてラティフンディウムがつくられた。

ローマの平和の下でケルト人のラテン化が進み、ガロ・ローマ文化が成立した。

360年にゴール北部の都市ルテティアパリと改名された。

5世紀になるとゲルマン系諸集団が東方から侵入し、ガリアを占領して諸王国を建国した。

フランク王国の再編

レミギウスから洗礼を受けるクローヴィス

476年西ローマ帝国が滅びるとゲルマン人の一部族であるフランク族クローヴィスが建国したメロヴィング朝フランク王国が勢力を伸ばし始めた。508年にメロヴィング朝はパリに遷都し、メロヴィング朝の下でフランク族はキリスト教とラテン文化を受け入れた。メロヴィング朝の後はピピン3世カロリング朝を打ち立て、カール・マルテルは732年にイベリア半島から進出してきたイスラーム勢力のウマイヤ朝トゥール・ポワティエ間の戦いで破り、イスラーム勢力の西ヨーロッパ方面への拡大を頓挫させた。

シャルルマーニュ(カール大帝)はイスラーム勢力やアヴァール族を相手に遠征を重ねて現在のフランスのみならず、イベリア半島北部からイタリア半島北部・パンノニア平原(現在のハンガリー周辺)までを勢力範囲とし、ほぼヨーロッパを統一した。シャルルマーニュの下でヨーロッパは平静を取り戻し、カロリング・ルネサンスが興った。800年にシャルルマーニュは西ローマ帝国皇帝の称号をローマ教皇から与えられた。シャルルマーニュの没後、フランク王国は三つに分裂した(西フランク王国中フランク王国東フランク王国)。リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーの見解によると、これらはそれぞれ現在のフランス・イタリアドイツの基礎となった。また、この時期に古フランス語の形成が始まった。

909年クリュニー修道院が創建された。後にモーゲージ関係史料を多数残した。933年、アルル王国が成立した。西フランク王国はロテール3世のときに群雄割拠し、987年パリを神聖ローマ帝国に攻められるほど不安定であった。 987年、西フランク王国が断絶し、パリ伯ユーグ・カペーフランス王に選出されてフランス王国が成立した。カペー家に始まるカペー朝、そしてヴァロワ朝ブルボン朝は、戦争と家領相続を通じて次第に国を統一していった。カペー朝の場合、ロベール2世がブルゴーニュを攻め、アンリ1世が二度も国際結婚した。ルイ7世は一回多かったが、最初の妻アリエノール・ダキテーヌヨーロッパの祖母と呼ばれている。フィリップ2世は三度目の結婚でバイエルン貴族と姻戚関係となった。

1209年アルビジョア十字軍が開始され、異端とされたオクシタニア(現在の南フランス)のカタリ派を殲滅した。その結果、カタリ派とともに独立性の強かった南フランスの諸侯も滅ぼされた。南仏オック語圏は、後にスペイン交易で栄えユグノーを台頭させる。1223年に即位したルイ8世は、西フランク王家だったカロリング家の血を引くとされ、第一次バロン戦争へ介入してマグナ・カルタ制定のきっかけをつくった。ルイ9世第2次バロン戦争で諸侯を調停している。フィリップ4世は1284年からナバラ王国で王となり、翌年フランスでも即位して新たな財源を次々と獲得した(フランドル支配・アナーニ事件アヴィニョン捕囚テンプル騎士団解散・三部会)。黒死病の大流行が起こる直前の1337年からフランスはイングランドとの百年戦争(1337年 - 1453年)を戦っている。

ジャンヌ・ダルクの活躍する一方でヴァロワ=ブルゴーニュ家が断絶した。戦争を通じて強化された王権は、1492年11月3日に賠償金を払ってイングランド勢力を大陸から退かせた(Peace of Étaples)。同年10月28日クリストファー・コロンブスキューバに着いていた。そこでフランスは翌1493年1月19日アラゴン連合王国とバルセロナ条約(Treaty of Barcelona or Treaty of Narbonne)を結び、ルシヨンサルダーニャをアラゴンに返して、フランスのイタリア侵攻に関し中立を約束させた。同年5月、フランス王シャルル8世が神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世を相手にブルゴーニュ継承戦争の講和としてサンリス条約(Treaty of Senlis)を結んだ。吸収したブルゴーニュ公国を安定させ、ネーデルラント17州のうちアルトワ伯国とフランドル伯国に飛び地や諸権利を維持したのである。1492-93年の動きは、つまるところアメリカを開拓する準備であった。ネーデルラントからアキテーヌにかけて港が使えるようにしたフランスであったが、1494年トルデシリャス条約へ国益を反映させることができなかった。

ユグノーと絶対王政

1494年シャルル8世イタリア戦争(1494年 - 1559年)で苦戦する中、オスマン帝国からカピチュレーションをとりつけた。1534年ジャック・カルティエガスペ半島に十字架を建て、ヌーベルフランスを宣言した。イタリア戦争は1559年のカトー・カンブレジ条約に結実した。このときスペインのフェリペ2世がフランス王アンリ2世の娘エリザベートと結婚した。フランス内政がスペインの干渉を受けてカトリック政策を推進したので、1562年宗教・金融摩擦からユグノー戦争が30年以上も続いた。1571年スペインはレパントの海戦に勝利し、カピチュレーションの仮想敵国となった。スペインは1581年からポルトガル同君連合となって英葡永久同盟に背いた。ユグノーと結んだイギリスは、1588年アルマダの海戦で内戦の原因スペインを破った。1596年、フランスはイギリス・オランダと同盟した。1598年ナントの勅令を発して内戦に終止符を打った。1618年からの三十年戦争でユグノーが優位となった。オスマン帝国がユグノーに厚いベトレン・ガーボルを支援した。1629年リシュリューがユグノーと和解したので、それまで続いていた英仏戦争について1632年講和が実現した。1631年、ベールヴァルデ条約を結んでスウェーデンを戦線に向ける一方、フランスはサヴォワのスペイン軍を攻撃していた。1635年、ようやくフランス本体が三十年戦争にユグノー側で参戦した。

ユグノーは1556年南極フランス(現ブラジルグアナバラ湾周辺)を、1581年にオランダを、1608年にケベック(Province de Québec)を、1612年に赤道フランス(現ブラジルマラニョン州サン・ルイス周辺)をそれぞれ建設していた。南極フランスも赤道フランスもポルトガルに併合された。また、ユグノーは他国の市民として各地に移り住んだ。三十年戦争でアムステルダム銀行に悪貨が押し寄せ、オランダユグノーは銀行貨幣保持者として損害を受けていた。フランス国内では1569-1650年のシュリールイ13世マザランの治世で48人のユグノーが要職を占め、二人の財務総監バルテルミ・エルヴァルト(Barthélemy Hervart, Barthélemy Herwarth)とジャン=バティスト・コルベールの活躍した1650-80年も31人のユグノーが登用されていた。

「太陽王」ルイ14世

1643年に即位したルイ14世はスペインの制海権と金融力を事実上継承した。1665年に現存するガラスメーカーのサンゴバンが設立された。1666年から数年間、イギリスの外交姿勢がゆれた。ネーデルラント継承戦争ドーヴァーの密約の陰で、ロンドン大火の翌年にオランダがロンドンに迫り、1668年イギリス・オランダ・スウェーデンが対仏同盟を組んだ。このときスウェーデンは国立銀行を用意していた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2018/06/20 01:25

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