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ブームタウン・ラッツとは?

【基本情報】

【出身地】
アイルランド
ダブリン県 ダン・レアリー
【ジャンル】
パンク・ロック
ニュー・ウェイヴ
ポストパンク
【活動期間】
1975年 - 1986年
2013年 - 現在
【レーベル】
マーキュリー・レコード
Ensign Records
コロムビア・レコード
WEAインターナショナル
【公式サイト】
boomtownrats.co.uk
【】

【メンバー】
ボブ・ゲルドフ (Vo)
ギャリー・ロバーツ (G)
ピート・ブリケット (B)
サイモン・クロー (Ds)
【】

【旧メンバー】
ゲリー・コット (G)
ジョニー・フィンガーズ (Key)

ブームタウン・ラッツ(The Boomtown Rats)は、アイルランド出身のパンク/ニュー・ウェイヴバンド

同国の代表的なパンク系グループの先駆けとして活動していたが、1980年代に解散。長い沈黙を経た2013年、約27年ぶりに活動を再開した。

概要

メンバー6人全員がアイルランドダン・レアリー出身。「ブームタウン・ラッツ」というバンド名はウディ・ガスリー自伝『ギターをとって弦をはれ』(原題: Bound for Glory) に登場するギャングの名前に由来する。著名なバンドになりはしたものの、その業績は皮肉にもリードボーカリストであるボブ・ゲルドフチャリティー活動の陰となってしまった。

略歴

1981年のグループショット

1975年にボーカリストのボブ・ゲルドフを中心にアイルランドのダブリンで結成され、1977年にデビュー。1978年にシングル「Rat Trap」でアイルランド出身のバンドとしては初めて全英1位を獲得し、注目を浴びる。

1979年に全英1位となったシングル「I Don't Like Mondays(哀愁のマンデイ)」は、同年の1月29日アメリカサンディエゴの小学校で当時16歳の少女が起こしたライフル乱射事件を描いた曲。タイトルは彼女の犯行動機のひとつが「月曜日が嫌い」だったことによる。銃社会のアメリカで2億丁を越える銃が所有されているなか、頻繁に起こる乱射事件が起こるたびにこの曲がメッセージしている事柄が問われている。日本には1980年・1981年の2回来日公演を行っている。

6人編成であり、複数のリズムを集結させたポリリズムを持つバンドでもある。ゲルドフ曰く「ラッツはパンク感覚と共に抜群のメロデイーラインに恵まれたバンドさ。」とのこと。

ゲルドフは1984年Do They Know It's Christmas?のリリースなどによる、アフリカの飢餓救済のためのチャリティー企画バンド・エイドを成功させ、さらに米国のUSA for Africa誕生のきっかけにもなり、後の1985年にはバンド・エイドUSA for Africaを始めとする世界的チャリティーコンサートのライヴエイドも成功させた。こうしてゲルドフが名声を得る一方でバンド活動は停滞、1986年に解散した。

活動再開

2008年、ギャリー・ロバーツとサイモン・クローらが「The Rats」という名で、ブームタウン・ラッツのクラシックナンバー演奏を主体としたライブ活動を始める。翌2009年以降からボブ・ゲルドフ、ピート・ブリケット、ゲリー・コットらとも断片的にギグを行った。

2013年、ゲルドフ、ロバーツ、ブリケット、クローの4名で正式に再結成を果たし、約27年ぶりに活動を再開した。

2017年、デビュー40周年に向け、33年ぶりにアルバム・リリースを公表。

楽曲の使用、バンドについての批評等

"If I was a Boomtown Rat I would be stayin' up all night"
(もしも自分がブームタウンのラットなら、一晩中起きているのに)
と歌われている。

メンバー

現ラインナップ

旧メンバー

ディスコグラフィー

アルバム

リリース年 アルバム・タイトル (邦題) 全英 カナダ
1977年 | The Boomtown Rats (『ザ・ブームタウン・ラッツ』) | 18位 | -
1978年 | A Tonic For the Troops (『トニック・フォー・ザ・トゥループス』) | 8位 | -
1979年 | The Fine Art of Surfacing (『哀愁のマンデイ』) | 7位 | 6位
1981年 | Mondo Bongo (『モンド・ボンゴ』) | 6位 | 22位
1982年 | V Deep (『ディープ・ラッツ』) | 64位 | 37位
1984年 | In the Long Grass (『イン・ザ・ロング・グラス』) | - | 80位

コンピレーション・アルバム

シングル

リリース年 曲名 (邦題) 全英 カナダ 全米
1977年 | "Looking After No. 1" (「ルッキン・アフターNo.1」) | 11位 | - | -
1977年 | "Mary of the Fourth Form" (「4年生のマリー」) | 15位 | - | -
1978年 | "She's So Modern" (「シーズ・ソー・モダン」) | 12位 | - | -
1978年 | "Like Clockwork" (「ライク・クロックワーク」) | 6位 | - | -
1978年 | "Rat Trap" (「ラット・トラップ」) | 1位 | - | -
1979年 | "I Don't Like Mondays" (「哀愁のマンデイ」) | 1位 | 4位 | 73位
1979年 | "Diamond Smiles" (「涙のダイアモンド・スマイル」) | 13位 | - | -
1980年 | "Someone's Looking at You" (「サムワンズ・ルッキング」) | 4位 | 86位 | -
1980年 | "Banana Republic" (「バナナ・リパブリック」) | 3位 | 47位 | -
1981年 | "The Elephant's Graveyard" (「象の墓場」) | 26位 | - | -
1981年 | "Never in A Million Years" (「愛のミリオン・イアー」) | 62位 | - | -
1982年 | "House on Fire" (「ハウス・オン・ファイア」) | 24位 | - | -
1982年 | "Charmed Lives" (「チャームド・リブズ」) | - | - | -
1984年 | "Tonight" (「トゥナイト」) | 73位 | - | -
1984年 | "Drag Me Down" (「ドラッグ・ミー・ダウン」) | 50位 | - | -
1984年 | "Dave" (「デイブ」) | 81位 | - | -
1985年 | "A Hold of Me" (「ア・ホールド・オブ・ミー」) | 78位 | - | -
1994年 | "I Don't Like Mondays" (「哀愁のマンデイ」) <再リリース> | 38位 | - | -

脚注

  1. ^ ボブ・ゲルドフ率いるブームタウン・ラッツが再結成、ワイト島フェス出演 - amass
  2. ^ ブームタウン・ラッツ、33年ぶりにアルバムを発表 - BARKS

外部リンク

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出典:wikipedia
2021/02/26 13:06

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