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ベイ・シティ・ローラーズとは?

ベイ・シティ・ローラーズ
Bay City Rollers


ベイ・シティ・ローラーズ (1976)

【基本情報】

【出身地】
スコットランド エディンバラ
【ジャンル】
ロック
ポップス
パワー・ポップ
【活動期間】
1966年 - 1987年
1990年
1998年 - 2000年
【レーベル】
Bell/Arista
Epic
【共同作業者】
サクソンズ、ザ・ローラーズ
【】

【旧メンバー】
メンバーを参照

ベイ・シティ・ローラーズ(Bay City Rollers)は、イギリススコットランドエディンバラ出身のポップ・ロック・バンド。1970年代半ばから若い女性を中心に人気になったアイドル・グループである。

来歴

前身は1965年に結成された「サクソンズ(The Saxons)」というグループ。アラン(ベース)とデレク(ドラムス)のロングミュアー兄弟と4人の友人により結成され地元のパブ等で演奏するようになる。

タム・ペイトンがマネージャーになり、ロングミュアー兄弟は1968年にグループ名を「ベイ・シティ・ローラーズ」に改称。1971年夏にシングル「朝まで踊ろう(Keep on Dancing)」でデビューした。当時のリードボーカルはノビー・クラークであった。この曲は全英9位になるヒットとなり、のちにエリック・フォークナーが加入した。「ベイ・シティ」の名前はメンバーによると、アメリカ合衆国の地図を開きダーツの矢を投げたところ、矢がささった場所のミシガン州に「Bay City(ベイシティ)」という名前をみつけ、これをグループ名につけた。この話は日本で放映されたテレビ番組でも、取り上げられたことがある。

マネージャーのペイトンは、幾度かのメンバーチェンジを行い、1974年にレスリー・マッコーエン(リード・ボーカル)、エリック・フォークナー(リード・ギター)、スチュアート・ウッディ・ウッド(サイド・ギター後にベース)、アラン・ロングミュアー(ベース)、デレク・ロングミュアー(ドラム)という5人編成になってから、「バイ・バイ・ベイビー」(1975年)、「サタデー・ナイト」(1976年)などのヒット曲を生み出し、本国イギリスを皮切りに、その後アメリカ日本など、世界中で人気を博し、日本でも度々公演が行われた。このころからの熱烈なローラーズ・ファンが、ラジオ・パーソナリティの山本さゆりである。「二人だけのデート」もヒットするなど大人気の中、年長者であるアラン・ロングミュアーが脱退した。そのあと、イアン・ミッチェル(ギター)が新たに参加するが、同じ年にミッチェルは脱退し、パット・マッグリン(ギター)が参加した。しかし、パット・マッグリンも短い期間で脱退となり、メンバーチェンジが激しい時期があった。日本では77年ごろまで、イアン・ミッチェルを中心に脱退したメンバーが結成したロゼッタ・ストーンの曲まで洋楽チャート番組にのるなど人気が持続した。だが、1978年ごろには人気が落ちてしまった。

1978年秋の3度目の来日公演を最後に、レスリーが脱退。新たにラビットから、ダンカン・フォール(リード・ボーカル、ギター)が加入し、グループ名を「ザ・ローラーズ」に改称して活動を続けたが、1981年に解散した。

しかし、早くも1982年にはレスリーも参加して日本公演を行い、大盛況を得ている。これに気を良くしてか、翌年の夏、たった半年しか在籍していなかったイアン・ミッチェルとパット・マグリンも加えて東京で公演(パットいわく「やっぱり変な気がしたよ」。彼は前年にイギリス東芝の邦楽系レーベルから3度目のデビューをしていた)。同年12月には、イアンの元あったバンドにパットを加えて、横浜で公演(EPとLPも出ていた。好盤であったが、1枚で終わってしまった)。その2年後、BCRは再結成し、LPを1枚発表(日本のみ)。

その後、ボーカルのレスリーがリード・ギターのエリックとグループ名を巡って争ったことがあった。

1990年代になると『あの人は今!?』にも出演するなど、結局のところ繰り返し再結成は行われていたようである。初期のメンバーにはパイロットのデヴィッド・ペイトン、ビル・ライオールが在籍していた。ペイトンは日本で「Beagle Hat」としても活動した。

現在

最近のメンバー情報としては、レスリーがLes McKeown's Legendary Bay City Rollers、イアンがIan Mitchell's Bay City Rollersという名称でツアーグループとして活動している。

イアンは、2004年録音のライブCD『Live in Los Angeles』をリリースしている。

2007年3月20日、LAのロイターが伝えたところによると、未支払いとなっている印税数百万ドルをめぐって、メンバーは当時在籍していた米国のレコード会社を訴えた。ニューヨーク地裁に提出された訴状などによると、同グループは世界中で少なくとも7000万枚のアルバムセールスがあったにも関わらず、アリスタ・レコード社が過去25年余りの間に支払った印税は25万4000ドル(約3000万円)だったという。ソニーBMG傘下のアリスタ・レコードの広報は、この件についてノーコメントの立場をとっている。

オーストラリアで2007年8月から9月にかけて、Countdown Spectacular 2コンサートが開催された。このコンサートは、1970年代から1980年代に現地で放映されていた、『Countdown』と呼ばれるテレビ音楽番組のリバイバル・コンサートで、レスリーが元ベイ・シティ・ローラーズとして出演している。同コンサートでは「二人だけのデート」「恋をちょっぴり」「バイ・バイ・ベイビー」を歌った。

2016年2月20-22日、レスリーとアランが来日し「Bay City Rollers JAPAN Tour」 が行われた。 20-21日の東京公演は「Mt Rainier Hall」(2日間4公演)、 22日の大阪公演は「Billboard Osaka」(2公演)。

2018年2月にはレスリーが「Bay City Rollers starring Leslie McKeown」名義、6月にはウッディが「Bay City Rollers featuring Woody」名義で来日。

2018年7月2日、アランがスコットランドの病院で死亡した。なお3週間前に妻と一緒にメキシコに旅行に行ってたが体調を崩し帰国していた。

2019年と2020年2月、レスリーが来日公演を行う。


メンバー

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

ライブ・アルバム

おもなコンピレーション・アルバム

北米向け
日本向け

代表的な楽曲

日本では独自の訳詞やタイトルを付けてカバーされている事も多い。

テレビ

脚注

注釈

  1. ^ オールスター感謝祭(TBS)の休憩タイムのBGMとして使用されていた。

出典

  1. ^ Bay City Rollers AllMusic
  2. ^ Bay City Rollers - History The Global Oneness Commitment(英語)
  3. ^ 「ローラーズの軌跡」『ミュージック・ライフ 12月臨時増刊号 輝けベイ・シティ・ローラーズ』シンコーミュージック、1976年12月5日。14-18頁。
  4. ^ 「イアン・ミッチェル 脱退の真相」『ミュージック・ライフ 2月臨時増刊号 ベイ・シティ・ローラーズ日本上陸号』シンコーミュージック、1977年2月10日。75-77頁。
  5. ^ ベイ・シティ・ローラーズ Bay City Rollers
  6. ^ "Live in Los Angeles" CD - Recorded 2004, FLAT 5 PRODUCTIONS(英語)
  7. ^ alive
  8. ^ レスリー・マッコーエン率いるベイ・シティ・ローラーズ 来日公演が2019年2月に決定(2018年6月12日付) amass
  9. ^ レスリー・マッコーエン率いるベイ・シティ・ローラーズ、2020年に来日ツアー決定!(2019年6月20日付) rockinon.com
  10. ^ ベイ・シティ・ローラーズのアラン・ロングミュアー、死去 BARKS(2018年7月2日付)
  11. ^ 「ローラーズ・メンバー・チェンジ」『ロック・ショウ 12月臨時増刊号 B.C.R.スーパー・デラックス号』シンコーミュージック、1977年12月15日。134-135頁。

外部リンク

【典拠管理】

ベイ・シティ・ローラーズ
エリック・フォークナー | アラン・ロングミュアー | デレク・ロングミュアー | レス・マッコーエン | スチュアート・"ウッディ"・ウッド
ノビー・クラーク | ジョン・ディヴァイン | ダンカン・フォール | ビリー・ライオール | アーチー・マー | エリック・マンクラーク
パット・マッグリン | イアン・ミッチェル | ニール・ヘンダーソン | デイヴィッド・ペイトン
【オリジナル・アルバム】

エジンバラの騎士 (1974) | 噂のベイ・シティ・ローラーズ (1975) | 青春のアイドル (1975) | 青春に捧げるメロディー (1976) | 恋のゲーム (1977) | 風のストレンジャー (1978) | エレベーター (1979) | ザ・ヒーロー (1980) | リコシェ (1981) | ブレイクアウト (1985)


【その他のアルバム】

ベイ・シティ・ローラーズ (1975) | ロックン・ロール・ラブレター (1975)
ニュー・ベスト (1976) | ベスト・オブ・ベイ・シティ・ローラーズ (1976)
ライヴ・イン・ジャパン (1985) | 武道館ライヴ 1977 (2001)
A Christmas Shang-A-Lang (2015)


【おもなシングル】

朝まで踊ろう (1971) | 想い出に口づけ (1973) | ベイ・シティ・ローラーズのテーマ(恋のロックン・ロール) (1974) | 太陽の中の恋 (1974) | バイ・バイ・ベイビー (1975) | 恋をちょっぴり (1975) | 二人だけのデート (1975) | イエスタデイズ・ヒーロー (1975) | サタデー・ナイト (1975) | マネー・ハニー (1976) | ロックン・ロール・ラブレター (1976) | 夢の中の恋 (1977) | 愛をささやくとき (1977) | ハートで歌おう (1978)



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出典:wikipedia
2020/06/02 22:21

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