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ポケットモンスターとは?

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【ポケットモンスター】


【作者】
田尻智
【初作品】
ポケットモンスター 赤・緑
【所有者】

【期間】
1996年 -
【映画・テレビ】

【映画】
ポケットモンスター (劇場版)
【アニメシリーズ】
ポケットモンスター (アニメ)
【ビデオスルー】
ポケットモンスター (OVA)
【ゲーム】

【ボードゲーム等】
ポケモンカードゲーム
【コンピュータゲーム】
ポケットモンスター (ゲームシリーズ)
【公式ウェブサイト】

ポケットモンスターオフィシャルサイト

ポケットモンスター(Pocket Monsters)は、株式会社ポケモン(発売当初は任天堂)から発売されているゲームソフトシリーズの名称。また、同作品に登場する架空の生物の総称、それらを題材にしたアニメを始めとするメディアミックス作品群を指す。略称は『ポケモン(Pokémon)』。

概説

ピカチュウジャンボ・JA8957
ANAポケモンジェット1999・JA8288

ポケットモンスターの原点は、1996年2月27日に発売されたゲームボーイ用ソフト『ポケットモンスター 赤・緑』である。開発元はゲームフリーク。コンセプトメーカーにしてディレクターを務めたのは、同社代表取締役でもある田尻智。この作品が小学生を中心に、口コミから火が点き大ヒットとなり、以降も多くの続編が発売されている(詳しくは「ポケットモンスター(ゲーム)」を参照)。ゲーム本編作品だけでなく、派生作品や関連作品が数多く発売されている(詳しくはポケットモンスターの関連ゲームを参照)。

ポケモンはゲームのみならず、アニメ化、キャラクター商品化カードゲームアーケードゲームと様々なメディアミックス展開がなされ、日本国外でも人気を獲得している。

ポケモン関連ゲームソフトの累計出荷数は、全世界で2017年11月時点で3億本以上に、2019年3月末時点で3億4000万本以上に達している。その中で、メインシリーズの累計販売本数は2016年2月時点での最新作、ニンテンドー3DSオメガルビー・アルファサファイア』までの25作品で2億100万本となる。この数字をゲームキャラクター毎のシリーズ別で比較した場合、世界第2位の数値であり(1位はマリオシリーズの5億本以上)、1996年のソフト発売以来、ゲームを含めた関連市場(いわゆるポケモン市場)の誕生からの全世界累計市場規模は、2017年3月末現在で6兆円以上にもなる。(海外65%、国内35%)株式会社ポケモンホームページより 登場するポケモンのキャラクター性も重要な要素の1つであり、中でもアニメ放送以来ピカチュウは抜群の知名度を持つ。現在までに894種類のポケモンが登場している。

1997年4月1日よりテレビ東京系列にてテレビアニメが放送開始。主人公サトシおよび、その仲間と彼らのポケモンたちによる冒険物語を描いた長寿シリーズとなる(詳しくは「ポケットモンスター(アニメ)」を参照)。

ポケモンバトルの戦術性の高さを再現したトレーディングカードゲーム (TCG) 『ポケモンカードゲームシリーズ』も制作されており、TCGプレイヤー層も巻き込んでファンを広げた(詳しくは「ポケモンカードゲーム」を参照)。

ゲーム『ポケットモンスター』シリーズ

詳細は「ポケットモンスター (ゲームシリーズ)」を参照

『ポケットモンスター』シリーズは、「ポケットモンスター」(以下「ポケモン」)という不思議な生き物が生息する世界において、ポケモンを自らのパートナーとし、ポケモン同士のバトルを行う「ポケモントレーナー」たちの冒険を描くロールプレイングゲーム (RPG) である。

主人公(プレイヤー)は、ポケモントレーナーとなり旅にでる。ゲーム内に存在する他のポケモントレーナー達と対戦を多数交え、ジムバッジを集めポケモンリーグへの出場条件を獲得し、ポケモントレーナーの頂点チャンピオンを目指す。また、多数の種類のポケモンを捕まえてポケモン図鑑の完成を目指すなどの目的がある。ストーリーは伝説のポケモンとその力を利用しようとする組織を中心に展開する。他プレーヤーとの対戦やポケモンの交換ができる通信機能が存在する。

シリーズの舞台は同一世界中の様々な地域(「地方」と称される)である。また、いずれの地方も現実世界の特定の地域がモデルであり、地理や一部登場キャラクターの設定などがそのモデル地域と大まかに似ていることが多い。

シリーズ一覧

詳細は「ポケットモンスター (ゲームシリーズ)#シリーズ一覧」を参照
発売の年表
【1996】
赤・緑
【1997】

【1998】
ピカチュウ
【1999】
金・銀
【2000】
クリスタルバージョン
【2001】

【2002】
ルビー・サファイア
【2003】

【2004】
ファイアレッド・リーフグリーン
エメラルド
【2005】

【2006】
ダイヤモンド・パール
【2007】

【2008】
プラチナ
【2009】
ハートゴールド・ソウルシルバー
【2010】
ブラック・ホワイト
【2011】

【2012】
ブラック2・ホワイト2
【2013】
X・Y
【2014】
オメガルビー・アルファサファイア
【2015】

【2016】
サン・ムーン
【2017】
ウルトラサン・ウルトラムーン
【2018】
Let's Go! ピカチュウ・Let's Go! イーブイ
【2019】
ソード・シールド

ゲーム本編作品としては、日本では以下の各バージョンが発売・発表されている。カッコ内は発売日と対応機種を表している。

ゲーム開発の背景とヒットまでの経緯

ポケモン前史

収集、育成を楽しむ趣味・遊びは以前から存在した。1971年から1972年に「仮面ライダースナック」の仮面ライダーカードコレクションブームがある。

1988年から1993年にはロッテの『ビックリマンチョコ』が、第10代目の天使悪魔シリーズのシール集めで爆発的なブームとなった。小学館は自社の雑誌『月刊コロコロコミック』、『学年別学習雑誌』やアニメを含む、大規模なメディアミックス戦略でこのブームを後押ししていた。この路線で、作り込み・対戦型おもちゃミニ四駆や収集・対戦型おもちゃバーコードバトラー、さらにはポケモンブームを後押しすることになる。

1989年、ポケモンの生みの親である田尻智が「ゲームフリーク」を設立し、同社初のゲーム作品『クインティ』をナムコから発売。また同年、任天堂からゲームボーイ (GB) が発売。携帯機の特性上、ゲームボーイは当初パズルやアクションゲーム向けの機種と見られており、実際にそうしたゲームも多数発売されたが、田尻はスクウェアのRPG『魔界塔士Sa・Ga』の成功を見て、携帯機でもアクションでない分野を追求できると気づいた。

田尻はとりわけゲームボーイの通信機能に着目し、「交換する」という動詞をコンセプトにしたゲームの着想を得る。また田尻は『ウルトラセブン』のファンでもあり、同作のカプセル怪獣からも着想を得て、「カプセルモンスター」というRPGの企画書を書き上げた。

田尻の企画した「カプセルモンスター」はカプセルトイのようなケースに入ったモンスターが、通信ケーブルを行き来するというものであった。田尻はこの企画書を任天堂に持ち込み、それを受け任天堂は開発費の援助を決定した。後に「カプセルモンスター」の名称は、商標権の問題で商品名に使えないこと・略した時に「カプモン」となり語呂が悪いという理由などから、「ポケットモンスター(略して「ポケモン」)」に改められた。田尻はノスタルジーを感じさせるカプセルという単語を気に入っており、渋々断念している。

開発

ポケットモンスターは、製作陣のRPGの開発経験が不足していたことやゲームで最も重要な要素である「交換する」ということへの動機付けを見つけられず、開発には長い年月を要した。その間不足した資金を補うため他のゲームを開発するなどの理由で、ポケモンの開発はしばしば中断された。1995年頃までに、『MOTHER』および『MOTHER2 ギーグの逆襲』を制作した株式会社エイプから新会社クリーチャーズの社長に就任した石原恒和(のち株式会社ポケモン代表取締役社長)が全体をまとめて方向付けを行う役を担うようになった。『MOTHERシリーズ』は田尻がポケモンを製作する上で参考にしたRPGでもあり、そのためか共通点も多い(RPGでは当時珍しい現代の世界観であることや主人公の設定など)。また、ゲームフリークと開発委託契約を結び、石原自身がプロデューサーとして数々の企画を任天堂などへと提案していく火付け役ともなった。当初から開発を支援していた任天堂も製品の完成を粘り強く待ち続けた。

ゲームフリークの制作陣は、当時まだ着目されていなかった「収集、育成、対戦、交換」という要素を徹底的に遊ばせようという方針を定めていた、ゲームボーイの通信機能を活用して「別のソフトとの間で通信を行わないとポケモン図鑑が完成しない」、「(強制ではないが)自分が育てたポケモンで友達と対戦できる」という仕様はその方針を支えるためにある。

個々のプレイデータには個別のID(数字)と主人公の名前が与えられ、所有するポケモンに対して「親ID」として働き個々のポケモンをさらに個性化する、という仕様も持たせた。当初はプレイヤーIDによってソフト1本毎に登場するポケモンが異なるという仕様だったが、過剰に複雑化したため、2種類に分けて発売する手法が採られた。また、当時の主流に比べ大容量のバックアップメモリを搭載する仕様に切り替える事で、150種類全てのポケモンの保存が可能になった。この「ソフトを2種類にわける」、「大容量のカートリッジを採用する」という案は任天堂の宮本茂の案である。

当初は1995年秋から年末発売予定であったが、デバッグなどが遅れ1996年2月27日に繰り下げた後に、開発開始から6年経って『ポケットモンスター 赤・緑』は発売を迎えた。カラーバリエーションは、マリオとルイージの服の色に因んでおり、後に発売される青は2人の「つなぎ」の色に由来する。

発売

1996年当時、ゲームボーイに限らず、携帯型ゲーム機市場は停滞していた。ゲームギアなどカラー表現が可能な後続機種もほぼ終息状態にあり、テレビゲームには「次世代機」と銘打ちPlayStationセガサターンが既に登場し、発売から丸7年が経過したゲームボーイは時代遅れと見られていた。事実『ポケットモンスター』発売直後の時点でゲームボーイにて発売が予定されていたゲームソフトはわずか3タイトルのみであった。

市場にはRPGだけでも既に多数のゲームが発売されており、さらに「過去の機種」であったゲームボーイでリリースされる『ポケットモンスター』はさほど大きな期待を持たれず、年末商戦も逃した。しかし、「収集、育成、対戦、交換」というゲーム要素が徐々にユーザーの支持を獲得し、さらにユーザー間の口コミで爆発的ヒットへ繋がった。結果的にポケモンは制作側の期待や予測を越えた大ヒットを記録した。日本国内での販売本数はゲームボーイ向け『赤・緑・青』で最終的に1023万本である。

「ポケモン後」の市場の変化

『ポケットモンスター』発売以降ゲームボーイ市場、ひいてはコンシューマーゲーム市場自体が変化した。

他メーカーからの後続ゲームソフトも「収集、育成、対戦、交換」の要素を盛り込んだり、数バージョン同時リリースなど、ポケモンに倣った手法が定番化した。任天堂自身もそうしたゲームの開発に力を注いだ他、「ポケモン頼み」のラインナップに切り替えるなどの路線を歩んだ時期もあった。しかし、前者については、各社で販売本数に差が付き、結局はゲームソフトの商品力が販売力を決めることを再認識させた。

本作アニメ放映開始後には女子のファンを獲得し、それまで男子中心のゲームボーイユーザーに女子を呼び込んだ。これ以降、任天堂の携帯ゲーム層に女性ユーザーが増加した。

メディアミックス、関連商品

アニメ

詳細は「ポケットモンスター (アニメ)」を参照

1997年4月1日からテレビ東京系列系列ほかで放送されている。

劇場版

詳細は「ポケットモンスター (劇場版)」を参照

劇場版アニメ配給東宝1998年から毎年上映されている。

OVA

詳細は「ポケットモンスター (OVA)」を参照

1998年から2000年に発売されていたOVA。ポケモン達の視点で物語が描かれる。

関連番組

詳細は「週刊ポケモン放送局」、「ポケモン☆サンデー」、「ポケモンスマッシュ!」、「ポケモンゲット☆TV」、「ポケモンの家あつまる?」、および「ポケットモンスター (アニメ)#その他の作品、番組」を参照

テレビ東京系列で放送されているバラエティ番組、及びスペシャル番組。

スピンオフゲーム

詳細は「ポケットモンスターのスピンオフゲーム」を参照

本編以外にも様々な派生ゲーム作品が発売されており、ジャンルも多岐にわたる。

漫画作品

詳細は「Category:ポケットモンスターの漫画作品」を参照

絵本作品

その他関連商品

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出典:wikipedia
2020/05/29 01:55

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