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ポルノグラフィティとは?

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ポルノグラフィティ
Porno Graffitti


新藤晴一(左)と 岡野昭仁(右)

【基本情報】

【出身地】
日本広島県因島市(現・尾道市)
【ジャンル】
J-POP
ポップ・ロック
ロック
オルタナティヴ・ロック
パワー・ポップ
ラテン
ファンク
【活動期間】
1994年 -
【レーベル】
エスエムイーレコーズ/SME Records
(1999年 - )
(ソニー・ミュージックレーベルズ)
詳細は所属レーベルの記述を参照
【事務所】
アミューズ
【共同作業者】
田村充義
本間昭光(ak.homma)
tasuku
田中ユウスケ
江口亮
宗本康兵
他多数
【公式サイト】
ポルノグラフィティ PornoGraffitti Official Site
【】

【メンバー】
岡野昭仁(ボーカルギター)
新藤晴一(ギター)
【】

【旧メンバー】
中尾天成(ドラムス)
(1993年 - 1995年)
織畠英司(ドラムス)
(1995年 - 1997年)
Tama(ベース)
(1994年 - 2004年)

ポルノグラフィティ(Porno Graffitti)は、岡野昭仁新藤晴一からなる日本のロックバンドである。所属事務所はアミューズ。レーベルはSME Records(ソニー・ミュージックレーベルズ)。公式ファンクラブ名は「love up!」。

目次

  • 1 概要
  • 2 メンバー
    • 2.1 現在のメンバー
    • 2.2 元メンバー
    • 2.3 サポートメンバー
      • 2.3.1 現在のサポートメンバー
      • 2.3.2 過去のサポートメンバー
    • 2.4 その他の演奏参加
  • 3 影響
  • 4 バンド名
    • 4.1 誤称
  • 5 活動軌跡
    • 5.1 インディーズ
    • 5.2 メジャーデビュー後
    • 5.3 その他
      • 5.3.1 制作活動
      • 5.3.2 地元
    • 5.4 備考
  • 6 来歴
    • 6.1 デビュー前
    • 6.2 1999年-2004年
    • 6.3 2004年-2009年
    • 6.4 2009年-2014年
    • 6.5 2014年-現在
  • 7 作品
    • 7.1 シングル
      • 7.1.1 CDシングル
      • 7.1.2 配信シングル
    • 7.2 アルバム
      • 7.2.1 オリジナルアルバム
      • 7.2.2 ベストアルバム
    • 7.3 配信トラック
    • 7.4 VHS
    • 7.5 DVD
    • 7.6 UMD
    • 7.7 Blu-ray Disc
    • 7.8 その他の作品
      • 7.8.1 インディーズ時代の作品
      • 7.8.2 未音源化曲
      • 7.8.3 デモ作品
      • 7.8.4 カバー曲
  • 8 タイアップ一覧
  • 9 単独コンサート
    • 9.1 特徴
    • 9.2 ライヴサーキット
    • 9.3 スペシャルライブ
    • 9.4 ファンクラブライブ
  • 10 その他の音楽活動
    • 10.1 バンド
    • 10.2 参加イベント
    • 10.3 出演・参加作品
    • 10.4 年末の活動
  • 11 音楽以外での活動
    • 11.1 ラジオ
    • 11.2 書籍
  • 12 交友関係
  • 13 脚注
  • 14 外部リンク

概要

1999年9月8日にメジャーデビュー。メンバーは広島県因島市(現・尾道市)出身の岡野昭仁(ボーカル)と新藤晴一(ギター)。2004年7月まではTama(ベース)を含めた3人組であった。メジャーデビューから6thシングル「アゲハ蝶」までは岡野昭仁は「アキヒト」、新藤晴一は「ハルイチ」、Tamaは「シラタマ」の名義で活動していた。7thシングル「ヴォイス」以降は現在の名義を使用している。

デビュー(1999年)当時から音楽プロデューサーのak.hommaこと本間昭光と企画プロデューサーの田村充義が彼らを支える体制をとっていたが、8thアルバム『∠TRIGGER』以降は本間の元を離れて様々な音楽プロデューサーがアレンジを手掛けている。

メンバー

メンバーのエピソード、その他詳細については各メンバーの項目を参照。

現在のメンバー

人名 演奏担当 制作 その他
岡野昭仁
(おかの あきひと) | ボーカルギター | 作詞
作曲
編曲 | 
新藤晴一
(しんどう はるいち) | ギターコーラス | 作詞
作曲
編曲 | 

元メンバー

人名 演奏担当 制作 在籍期間 その他
中尾天成
(なかお たかなり) | ドラムス |  | 1993年-1995年 | 
織畠英司
(おばた えいじ) | ドラムス |  | 1995年-1997年 | 
Tama
(タマ) | ベース
コーラス | 作詞
作曲
編曲 | 1994年-2004年 | 

サポートメンバー

サポートメンバーについて特に決まった呼称はないが、LIVE DVDの副音声や雑誌のインタビュー等で「ポルノ・チーム」と称すことがある。この「ポルノ・チーム」とは、サポートメンバーだけでなく音響や照明など公演に関わるスタッフも含めて呼んでいる。

このうちnang-changとNAOTOはデビュー間もなくからサポートしている。また、Tamaの脱退から2007年の8th LIVE CIRCUITまでの間は先の2人と小畑"PUMP"隆彦ただすけ野崎森男の5人でほぼ固定されてサポートに付いた(そのため「定番の5人」と呼ばれたことも)。7thアルバム『ポルノグラフィティ』以降のライヴでは編成が流動的となり、現在は野崎森男・野崎真助・宗本康兵・nang-changを軸としたメンバー編成が行われている。

サポートメンバーの変遷については#主催ライヴ・コンサート一覧も参照。

現在のサポートメンバー

人名 演奏担当 レコーディング参加 ライブツアー
参加期間 その他
nang-chang
(ナン チャン) | マニピュレート
パーカッション
その他楽器 | その他全ての音源
(2005年) | 1999年-現在 | 
NAOTO
(ナオト) | ヴァイオリン
キーボード
シンセサイザー | ストリングス
(1999年-) | 2001年-現在 | 
野崎真助
(のざき ますけ) | ドラムス | ドラムス
(2005年-) | 2008年-現在 | 
野崎森男
(のざき もりお) | ベース | ベース
(2004年-2018年) | 2004年-2018年 | 
宗本康兵
(むねもと こうへい) | キーボード
シンセサイザー
オルガン | 編曲
プログラミング
(2012年-) | 2010年-現在 | 

過去のサポートメンバー

その他の演奏参加

影響

岡野と新藤は、中学生のときにX JAPANを聴いたことがきっかけで、バンドマンを志したと述べている。新藤が初めてコピーした曲はX JAPANのだという。

バンド名

ポルノグラフィティ』というバンド名は「(大阪時代に)周りのバンドに負けないインパクトのある名前がないとダメだ」「目立たないといけない」いうことから、エクストリームオリジナルアルバムPORNOGRAFFITTI』から取ったものである。グラフィティの本来のつづりは「graffiti」であるが、由来となったアルバムタイトルに倣って彼らも「graffitti」としている。

主な略称は「ポルノ」であるが、メンバーは「卑猥な言葉でもあるので、言うときは気をつけて」としている。その他にも「PG」といった略称がある。

誤称

アポロ / アポログラフィティ
デビューからおよそ1年近く間違って認識されていたバンド名。自身のデビュー曲「アポロ」と「ポルノグラフィティ」を混同した誤称である(音楽番組のMCやアナウンサーですら誤認していた人もいる)。また、デビュー当時本人達があるCDショップに出向いたところ、自分たちの曲がその誤称からア行に置かれていたということも語っている。この誤認は「ミュージック・アワー」がポカリスエットのCMテーマに起用されて以降は徐々に払拭され、「ミュージック・アワー」「サウダージ」リリース後にはアポログラフィティと呼ばれることはなくなった。
ポルノ
単純に「ポルノ」が正式なバンド名と誤解されたことがある。こちらはバンド総意としての一人称や観客・ファンからの呼び名としても公式的に使用されている略称であり、通称として認識・定着している。各種メディアによる番組表ラテ欄にも用いられる。またメンバーもトークやLIVE中にたびたび使用しておりまた観客もアンコール時には「ポルノ」である。
しかしながら、先述のとおり「ポルノ=猥褻なこと」という誤解を受けることもあるため「ポルノ」と呼ぶことや「ポルノグラフィティ」のポルノを付けるのを躊躇して「グラフィティ」と呼ぶ人もいる。
ポルノグラフティ
Googleの予測変換機能で上位に登場するよく指摘される誤称である。このほかに「ポルノグラフィティー」や「ポルノ・グラフティー」など、ポルノグラィの間のを省略してしまうケースや語末に無用な長音符を付けてしまうケースがある。これらはインターネットにおいて表記されることが多い。
この誤称を逆手に取った「ワールド☆サタデーグラフティ」という曲があり、スタッフを試そうとわざと「グラティ」にしたと晴一は語っている。また『第58回NHK紅白歌合戦』(2007年)に出演した際には、司会の笑福亭鶴瓶がそのことをネタとして語り、ポルノグラ『フィ』ティと強調し、曲紹介をした。

活動軌跡

より詳しい経歴については来歴を参照。

インディーズ

ポルノグラフィティの原点は因島高校在学時に新藤が中心となって結成した『NO SCORE』 というバンドである。結成時は新藤と彼の従兄弟からなるバンドで、ここに同級生であった岡野やTamaらが新藤の誘いに応じて加わった。当初、新藤がヴォーカルパートを担当していたが、コーラスとしてスカウトした岡野の方が歌が上手かったことから、彼にヴォーカルを譲って自身はギター担当となった。

そのときは「音楽(ロック)への憧れ」「かっこよさそう」「青春時代独特の勢い」という理由が大きく、実際に高校の文化祭で演奏した成果は「自分たちでも下手だと感じたほど」という出来映えであったが、演奏を聴いた同級生や後輩からの声援に夢を抱くようになった(岡野曰く「長い長い勘違いの始まり」)。

高校卒業後の1994年頃に大阪へと移りアマチュアバンドとしての活動を開始し、その頃より『ポルノグラフィティ』を名乗るようになる。当時は新藤・岡野・Tamaにドラマーを加えた4人組編成。当初は中尾天成がメンバーであったが1995年に脱退、代わって織畠英司がメンバーに加わった。

1995年頃よりアマチュアや若手バンドを対象としたコンテストで活躍するも成績は2位止まりだった。1997年に織畠英司が脱退するが同年の『ソニーミュージック SDグループオーディション』で合格、ソニー・ミュージックレーベルのSME Records(現エスエムイーレコーズ)やアミューズとの契約を得る。これを機に上京し活動拠点を東京に移した。なお、アミューズと契約した理由については岡野曰く「どうしても憧れであったサザンオールスターズと同じ事務所に入りたかった」からである。

メジャーデビュー後

1999年9月8日、アキヒトハルイチシラタマの3人で「アポロ」をリリースしてメジャーデビュー。メンバーそれぞれの長所を発揮し、また「アポロ」がテレビ番組のタイアップの影響で話題を呼んだこともあって次々とヒットを重ねてファンを増やしていく。なお、デビュー当時は作品のほうが注目されたことでバンド名の認知にはかなり時間がかかった(2000年に克服。詳細は前述)。

ライブを中心にテレビやラジオ、イベントへの出演をこなすなど精力的に活動する彼らであったが、デビュー5周年を迎える直前の2004年6月にTamaがソロ活動を行うために脱退を表明。直後に発売されたベストアルバムが3人編成のラストアルバムとなった。後のメンバーの発言によれば、その頃が2009年時点において唯一解散や活動休止を考えた時期であったという。

Tamaの脱退後は2人体制となり「シスター」を発表してリスタート。メンバーが2人になったことでメディアからは「2人組ユニット」として紹介されることも少なくないが、本人達は「2人組バンド」と主張している。しかし、現在では「既存や過去のポルノグラフィティの姿に留まらず、常に進化し続けよう(新たな“ポルノグラフィティ”の確立)」というコンセプトや目標を掲げ、様々なことに挑戦しながら活動している。

2009年にデビュー10周年を迎え、ライヴは通算400公演を達成 、観客動員数はのべ100万人 を超えている。

その他

制作活動

作詞作曲ともに岡野昭仁と新藤晴一がそれぞれ手掛けている。過去には元メンバーのTama、プロデューサーのak.homma(本間昭光)の楽曲提供を受けていることもあった。また時としてメンバー同士による共同作品もある(稲妻サンダー99、俺たちのセレブレーションは共同作詞)。編曲については1999年のメジャーデビュー〜2011年「EXIT」までほぼ全ての楽曲でak.homma(名義違い含む)が携わっており(ワンモアタイム以降は様々なアレンジャーとの共同)、「幸せについて本気出して考えてみた」以降はメンバーも参加している(多くの場合は「ak.homma、ポルノグラフィティ」と表記)。

地元

出身地の広島県(特に地元である因島)への想いは強く、因島に実在する地名を意識して書いたと思われる歌詞もいくつかある(「Aokage」「」など)。また島内の小学校・中学校・高等学校を回り2005年には無料ライブを開いたこともある。そうしたこともあって地元の小学校では合唱で彼らの楽曲の1つ「愛が呼ぶほうへ」を唄うところもありその関係は深い。ライヴやラジオなどでは広島弁を使ったMCやトークが繰り広げられ、テレビ番組では(共演者の発案で)デビュー曲の「アポロ」を広島弁で歌い上げるなど広島県への愛が感じられる。そのため広島公演は彼らにとって特別な意味合いを持ち、東京や大阪と並ぶ活動拠点の一角としてライブツアーでは規模を問わずよく組み込まれている。

備考

来歴

デビュー前

1990年 - 1992年
1994年
1995年
1996年
1997年
1998年

1999年-2004年

1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年

2004年-2009年

2005年
2010Happy Mail