このキーワード
友達に教える
URLをコピー

マルクス主義とは?

社会主義 > 共産主義 > マルクス主義
マルクス主義


著書
共産党宣言
経済学批判
資本論
ルイ・ボナパルトのブリュメール18日
経済学批判要綱
ドイツ・イデオロギー
経済学・哲学草稿
フォイエルバッハに関するテーゼ

社会学
疎外論 · ブルジョワジー · 上部構造
階級意識 · 商品物神崇拝
共産主義 · 社会主義
搾取 · 本性 · イデオロギー
プロレタリアート · 物象化 · 文化ヘゲモニー
生産関係

経済学
マルクス経済学
科学的社会主義
マルクス主義における社会主義
資本主義的生産様式
経済的決定論
労働力 · 價値法則
生産手段 · 生産様式
生産力 · 剰余労働 · 剰余価値
転形問題 · 賃労働 · 貧窮化

歴史
マルクス主義史
唯物史観
歴史的決定論
アナキズムとマルクス主義
資本主義的生産様式
階級闘争
プロレタリア独裁
資本の本源的蓄積
プロレタリア革命
国際主義
世界革命論
純共産主義

哲学
マルクス主義哲学
唯物弁証法
ソビエト連邦における哲学
正統派マルクス主義
マルクス主義自然哲学
マルクス主義ヒューマニズム
マルクス主義フェミニズム
西欧マルクス主義
分析的マルクス主義
リバタリアン・マルクス主義
マルクス自律主義
マルクス主義地理学
マルクス主義文芸評論
構造主義的マルクス主義
ポストマルクス主義
初期マルクス

人物
カール・マルクス
フリードリヒ・エンゲルス
カール・カウツキー
エドゥアルト・ベルンシュタイン
ゲオルギー・プレハーノフ
ローザ・ルクセンブルク
ウラジーミル・レーニン
ヨシフ・スターリン
レフ・トロツキー
毛沢東
フランクフルト学派
ルイ・アルチュセール
ルカーチ・ジェルジ
カール・コルシュ
アントニオ・グラムシ
アントン・パンネクーク
ギー・ドゥボール
一覧

批判
マルクス主義批判


共産主義


概念
共有制 - 平等主義
無階級社会 - 階級闘争
プロレタリア独裁
暴力革命 - 平和革命
国際主義 - 世界革命論
一国社会主義論 反帝国主義
社会ファシズム論 - 人民戦線
マルクス哲学
マルクス経済学
贈与経済
プロレタリア国際主義
唯物史観
唯物弁証法
階級意識
共産主義社会

側面
共産主義国
共産党
共産主義革命
共産主義のシンボル
共産主義と宗教
共産主義の歴史
共産主義社会

潮流
マルクス主義
無政府共産主義
レーニン主義
マルクス・レーニン主義
ルクセンブルク主義
左翼共産主義
スターリン主義
トロツキー主義
毛沢東主義
主体思想
ホー・チ・ミン思想
評議会共産主義
チトー主義
カストロ主義
ゲバラ主義
ホッジャ主義
宗教的共産主義
キリスト教共産主義
ユーロコミュニズム
世界共産主義
無国家共産主義
民族共産主義
反修正主義
国際共産主義潮流

国際組織
共産主義者同盟 (1847年)
第一インターナショナル
第二インターナショナル
第三インターナショナル
第四インターナショナル
第五インターナショナル
共産党・労働者党国際会議(IMCWP)

人物
グラキュース・バブーフ
ロバート・オウエン
シャルル・フーリエ
ルイ・オーギュスト・ブランキ
エティエンヌ・カベ
ヴィルヘルム・ヴァイトリング
カール・マルクス
フリードリヒ・エンゲルス
ピョートル・クロポトキン
ローザ・ルクセンブルク
ウラジーミル・レーニン
レフ・トロツキー
en:Herman Gorter
ヨシフ・スターリン
アントニオ・グラムシ
パルミーロ・トリアッティ
毛沢東
金日成
徳田球一
ホー・チ・ミン
チェ・ゲバラ
フィデル・カストロ
ヨシップ・ブロズ・チトー

関連項目
社会主義 · 科学的社会主義
社会主義経済 · 科学的共産主義
アナキズム · 反資本主義
民主集中制
ソビエト連邦 · 第二世界
反共主義 · マッカーシズム
冷戦 · 左翼 · 新左翼
共産趣味
共産主義政権下の大量虐殺
パリ・コミューン
共産主義の批判
新階級 · ポスト共産主義
原始共産制
赤旗 · 赤い星 · 鎌と槌


マルクス主義(マルクスしゅぎ、ドイツ語: Marxismus)とは、カール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスによって展開された思想をベースとして確立された社会主義思想体系の一つである。しばしば科学的社会主義(かがくてきしゃかいしゅぎ)とも言われる。

マルクス主義は、資本を社会の共有財産に変えることによって、労働者が資本を増殖するためだけに生きるという賃労働の悲惨な性質を廃止し、階級のない協同社会をめざすとしている。

エンゲルスは1883年に『空想から科学へ』を出版し、彼やマルクスの思想を社会主義思想、弁証法的唯物論資本主義分析の三つの分野に分けて解説したうえで、唯物史観剰余価値の発見によって社会主義は科学になったと説明した。また、レーニン1913年に『マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分』を書き、マルクス主義の三つの源泉をドイツ哲学、イギリス経済学、フランス社会主義とし、マルクス主義の三つの構成部分を弁証法的唯物論、経済学、社会主義思想とした。

目次

  • 1 マルクス、エンゲルスの思想
    • 1.1 共産主義
    • 1.2 唯物論的歴史観(唯物史観、史的弁証法)
    • 1.3 経済学
    • 1.4 マルクス、エンゲルスの代表的著作
  • 2 マルクス、エンゲルス以後の歴史的展開
    • 2.1 修正主義(ベルンシュタイン主義)と教条主義(カウツキー主義)
    • 2.2 レーニン主義
    • 2.3 西欧における「マルクス・ルネッサンス」
    • 2.4 冷戦終結後のマルクス主義
  • 3 批評・批判
  • 4 脚注
  • 5 参考文献
  • 6 関連項目

マルクス、エンゲルスの思想

共産主義

マルクスとエンゲルスは、1847年に設立された共産主義者同盟の綱領の起草を委託され、1848年に『共産党宣言』を書いた。そこでは、人類の歴史は、自由民と奴隷、領主と農奴、資本家と労働者などの、隠然または公然の階級闘争の歴史であるとされ、近代社会はブルジョワジープロレタリアートにますます分裂しつつあるとした。プロレタリアートは、自分の労働力を売って生活するしかない多くの人びとである。プロレタリアートがブルジョワジーから政治権力を奪取し、生産手段などの資本を社会全体の財産に変えることによって、社会の発展がすすむにつれて、階級対立も、諸階級の存在も、階級支配のための政治権力も消滅し、一人一人の自由な発展がすべての人の自由な発展の条件となるような協同社会がおとずれるとした。

マルクスは1864年に設立された国際労働者協会の創立宣言を書いた。1871年フランスパリ・コミューンが成立すると、国際労働者協会総評議会の全協会員への呼びかけとして『フランスの内乱』を書き、パリ・コミューンを「本質的に労働者階級の政府であり、横領者階級に対する生産者階級の闘争の所産であり、労働の経済的解放をなしとげるための、ついに発見された政治形態であった」と称賛した。エンゲルスは1891年に発行されたこの著作のドイツ語第三版の序文で、パリ・コミューンをプロレタリアート独裁の実例とした。

ドイツの労働者政党の綱領草案に対する批判として1875年に書かれた『ゴータ綱領批判』において、マルクスは共産主義社会を分配の原則から低い段階と高い段階に区別し、低い段階では「能力に応じて働き、労働に応じて受け取る」、高い段階では「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という基準が実現するという見解を述べた。また、資本主義社会から社会主義社会への過渡期における国家をプロレタリアート独裁とした。

唯物論的歴史観(唯物史観、史的弁証法)

マルクスはヘーゲル左派として出発し、1840年代に起こったヘーゲル左派の内部論争の過程で、ヘーゲル弁証法哲学やフォイエルバッハの唯物論を受け継ぎつつ、ヘーゲルの観念論やフォイエルバッハの不徹底さを批判し、唯物論的歴史観(唯物史観)を形成した。これは、法律や国家、文化などの基礎にあるのは経済(生産と流通)だとする見方であり、以後彼は経済学の研究に集中することになった。1859年発行の『経済学批判』の序文において、彼は唯物論的歴史観を次のように説明した。

  1. 生産力の発展段階に対応する生産関係の総体が社会の土台である。
  2. この土台の上に法律的・政治的上部構造が立つ。土台が上部構造を制約する。
  3. 生産力が発展すると、ある段階で古い生産関係は発展の桎梏(しっこく)に変わる。そのとき社会革命の時期が始まり、上部構造が変革される。
  4. 生産関係の歴史的段階にはアジア的、古代的、封建的、近代ブルジョワ的生産関係がある。
  5. 近代ブルジョワ的生産関係は最後の敵対的生産関係である。発展する生産力は敵対を解決する諸条件をつくりだす。それゆえ、資本主義社会をもって人間社会の前史は終わる。

以上が唯物史観の要約である。

経済学

詳細は「マルクス経済学」を参照

マルクスの長年の経済学研究は『資本論』として結実した。

マルクスはアダム・スミスリカード労働価値説を発展させて剰余価値説をうちたて、これによって資本家による労働者の搾取を解明した。マルクスによれば、労働力の価値(労働者自身と家族を維持するのに必要な生活必需品の価値)と労働力が生み出すことができる価値とはまったく別物である。資本家は労働力価値どおりに買ったとしても、支払う賃金を超えて価値を生み出すように労働者を働かせることによって、超過分を無償で取得する。この超過分(剰余価値)が資本利潤の源泉である。土地所有者が資本家に貸した土地に対して得る地代、銀行が資本家に貸し付けた資金に対して得る利子などは、この剰余価値から支払われる。

剰余価値説に基づく資本主義経済の運動法則の解明は、労働者階級の解放、階級の廃止という共産主義運動の目標に理論的根拠を与えることになった。

マルクス、エンゲルスの代表的著作

1848年に出版されたマルクス、エンゲルスの『共産党宣言』、および、1867年に第一巻初版が出版された『資本論』が最も有名な著作である。エンゲルスの『空想から科学へ』は、マルクスが「科学的社会主義の入門書」と評した。マルクスの『経済学批判』は、序文に唯物史観の公式と言われる文章が含まれている。マルクスの『フランスにおける階級闘争』『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』『フランスにおける内乱』は、唯物史観に基づく現実の政治の分析として、フランス三部作と呼ばれる。国家論に関してはマルクスの『フランスにおける内乱』のほか、マルクスの『ゴータ綱領批判』とエンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』が重要な著作とされる。マルクスの「ヘーゲル法哲学批判序説」と「ユダヤ人問題によせて」は、彼がヘーゲル左派の一員だった時期に書かれた。そこから脱却する過程で書かれた草稿である「経済学・哲学草稿」および「ドイツ・イデオロギー」は、死後に出版され、前者が疎外論、後者が物象化論に関する重要著作となった。同時期の草稿「フォイエルバッハ・テーゼ」はエンゲルスが『フォイエルバッハ論』に付録として収録したことで有名となり、その言葉はロンドンにあるマルクスの墓に刻まれている。

マルクス、エンゲルス以後の歴史的展開

その運動は19世紀末から徐々に分岐し、大まかに言ってベルンシュタイン主義、カウツキー主義、レーニン主義という三つの潮流を生み出した。

修正主義(ベルンシュタイン主義)と教条主義(カウツキー主義)

1895年にエンゲルスが死去してまもなく、ドイツ社会民主党(SPD)において正統派のマルクス主義者と見なされていたベルンシュタインが従来と異なる見解を党機関誌で発表しはじめた。プロレタリアートは非合法手段による国家権力の奪取ではなく議会制民主主義を通じた社会改良を目指すべきだ、というのが最大のポイントであった。彼は1899年の著書『社会主義の諸前提と社会民主党の任務』でその見解をまとめた。その内容は権力獲得の問題にとどまらず、哲学や経済学の領域にまでわたるマルクス主義の修正となった。

ベルンシュタインの主張は激しい論争を巻き起こし、「修正主義」と呼ばれて正統派マルクス主義の理論的指導者だったカール・カウツキーらによって批判された。1903年のSPDドレスデン大会は「階級闘争に基づくわれわれの戦術を、敵に打ち勝って政治権力を獲得するかわりに既存秩序に迎合する政策を採用するという意味で変更しようとする修正主義的企てには断固として反対する」と決議した。

とはいえ、ベルンシュタインの見解は理論的に拒否されただけであり、実践的に拒否されたわけではなかった。ドイツ社会民主党は実際には議会制民主主義のもとで勢力を伸ばしており、「敵に打ち勝って政治権力を獲得する」戦略が具体的に実行されたことはなかった。カウツキーもその戦略を具体的に提示することはなく、好機の到来を待つ姿勢にとどまった。そのため、マルクス主義を教条としてのみ擁護し、実践的に生かさなかったという意味で、カウツキーの見解は教条主義と呼ばれることが多い。

ドイツ社会民主党は第一次世界大戦まではマルクス主義運動の国際的な中心だったが、戦争勃発の際にそれまでの反戦主義を捨てて社会愛国主義の立場をとったため権威を失い(「城内平和」)、ロシアのボリシェヴィキに地位を明け渡した。

第二次世界大戦後の1959年に採択したゴーデスベルク綱領ではワイマール共和制崩壊まで続いたカウツキー主義の流れを公式に放棄した。

レーニン主義

一方、レーニンによるロシア革命は、資本主義発達が比較的遅れた地域における革命であった。レーニンロシアにおける社会主義建設について、「何世代にもわたる困難な仕事」とし、試行錯誤のうえ、外国資本を導入し、ソビエト経済を全体として発展させるという「新経済政策」(ネップ)を実行した。しかし、レーニンは、経済建設が端緒にとりかかったところで死去してしまった。レーニンが、党書記長に登用しながら最晩年にはそこからの解任を図った(いわゆる「レーニン最後の闘争」)スターリンは、レーニン死後の権力闘争の過程で反対者を次々と弾圧する一方、苛烈な農業集団化計画経済体制への移行を通じて、人類最初の社会主義国家建設に成功したと喧伝した。スターリンは、レーニンによって、マルクスの思想の唯一、真正な継承発展がなされたと主張し、マルクス・レーニン主義と呼んだ。

1930年代に目覚ましい経済発展を遂げたと伝えられたこと、第二次世界大戦において強大なナチス・ドイツとの戦争に勝ち抜いたことなどで、ソビエト連邦及びスターリンの政治的威信は増大し、アジア東欧アフリカカリブ海域において、多くの「社会主義国」が生まれた。しかし、1970年代に入り経済発展の面で西側先進国からの立ち遅れが顕著になったこと、政治的な抑圧体制も広く知られることとなり次第にその権威は失墜、1991年ソ連崩壊に前後して、そのほとんどは姿を消した。国家自体は維持したまま社会主義体制を放棄したケースもあれば、社会主義体制放棄とともに複数の新たな国家に分裂したケース(ユーゴスラビア社会主義連邦共和国チェコスロバキアエチオピアなど)や、近隣の資本主義国に吸収統合される形で国家ごと消滅したケース(旧東ドイツ南イエメンなど)もあった。

改革開放以降、市場経済が本格的に定着した中華人民共和国では、寧ろ半儒教的だった毛沢東時代とは違ってマルクス主義の経済発展段階の学説に忠実であり、その究極地点こそが共産主義だと認識されている。中国共産党は現在の状態を『資本主義から離脱した過渡期の状態』と規定し、資本主義部門と、社会主義部門との競争による社会主義市場経済(あるいは混合経済)体制を導入している。ベトナム社会主義共和国(ドイモイを参照)やラオス人民民主共和国も経済開放政策を導入した。一連の政策は恐らくレーニン政権末期のソ連のNEPが根拠になっていると思われる。

一方、キューバ共和国は市場経済の導入は限定的で、従来からの社会主義体制を継続している。

朝鮮民主主義人民共和国は、1950年代頃からマルクス・レーニン主義から独自発展したと主張するチュチェ思想に立脚して公式プロパガンダの内容や立場を長らく行っていた。1972年の憲法改正で明文化するに至ったものの、徐々に金日成とその一族への献身と個人崇拝を強め煽るようになり、ソ連や東欧で社会主義政権が相次いで崩壊するとマルクス・レーニン主義に対する言及は減少、2010年党規約から共産主義を削除している。

西欧における「マルクス・ルネッサンス」

詳細は「西洋マルクス主義」、「フランクフルト学派」、「構造主義的マルクス主義」、および「分析的マルクス主義」を参照

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2018/12/15 23:13

HAPPY Wikipedia

あなたの考える「マルクス主義」の意味を投稿しよう
「マルクス主義」のコンテンツはまだ投稿されていません。
全部読む・投稿 

マルクス主義スレッド一覧

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「マルクス主義」のスレッドを作成する
マルクス主義の」
友達を探す
掲示板を探す
このページ
友達に教える
URLをコピー

注目のキーワード

錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

キーワードで探す

 
友達を探す
掲示板を探す
ハッピーWiki
ハッピーメール
ハッピーランド
HAPPY NEWS
2010Happy Mail