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ミス日本とは?

【受賞対象】
15歳から25歳の未婚の女性
【会場】
京王プラザホテル
【国】
日本
【授与者】
(一社)ミス日本協会
【主催者】
石井大裕(TBSアナウンサー)
【報酬】
賞金100万円と海外旅行
【初回】
1950年(昭和25年)
【最新回】
2018年(平成30年)
【最新受賞者】
市橋礼衣(グランプリ)
【公式サイト】
https://www.missnippon.jp/

ミス日本(ミスにっぽん、Miss Nippon ミスにほん、Miss Japan)は、1950年(昭和25年)に始まり、中断を経て1967年(昭和42年)の復活後は美容研究団体の和田研究所によって毎年開催されている、日本のミス・コンテストである。

目次

  • 1 概要
    • 1.1 応募資格
    • 1.2 現在の表彰項目
  • 2 歴代ミス日本グランプリ
  • 3 グランプリ以外の著名な受賞者・出場者
    • 3.1 1970年代
    • 3.2 1980年代
    • 3.3 1990年代
    • 3.4 2000年代
    • 3.5 2010年代
  • 4 ミス日本ボランティア協会
    • 4.1 歴代代表
  • 5 放送番組
    • 5.1 コマーシャル起用
  • 6 映画
  • 7 ミス日本の関連書籍
  • 8 脚注
  • 9 関連項目
  • 10 外部リンク

概要

第1回(1950年度)ミス日本・山本富士子

第二次世界大戦敗戦後の日本に対する救援活動「ララ物資」への感謝と日米の友好親善を行う女性親善大使の選出を目的に、読売新聞社と、当時業務提携関係にあった中部日本新聞社西日本新聞社ブロック紙3社が共催で、1950年(昭和25年)に創設された。第一回は、後に昭和時代の日本を代表する映画女優の一人となった山本富士子が受賞者となった。

一時の中断を経て、1967年(昭和42年)からは、和田静郎が主宰した美容研究団体・和田研究所(旧 和田牛乳)を主催団体として再開、今日に至っている。

応募資格

現在の表彰項目

ミス日本入賞者に贈られるたすき(1973年のグランプリ受賞・長谷川みつ美に贈呈されたものをレプリカで再現した物)

歴代ミス日本グランプリ

【大会回次・年度】
【優勝者】
後の職業など
創設当初
第01回 1950年 | 山本富士子 | 女優(大映専属→フリー)
第02回 1952年 | 日比野恵子 | 女優(新東宝専属→フリー)
復活後の大会
復活第01回 1968年度 | 鈴木紀子 | 
第02回 1969年度 | 鈴木紀子 | 
第03回 1970年度 | 竹内幸子 | 
第04回 1971年度 | 吉村由美子 | 
第05回 1972年度 | 坂本千桃 | 受賞時現役女優
→引退し神奈川県で別荘レストラン経営
第06回 1973年度 | 長谷川みつ美 | テレビキャスター・作詞家・エッセイスト
第07回 1974年度 | 田窪佐和子 | 
第08回 1976年度 | 浅井孝美 | 芸名:京孝美、女優・タレント・モデル

→引退(結婚)


第09回 1977年度 | 手塚圭子 | 医学博士・美容研究家
第10回 1978年度 | 榎本安江 | 
第11回 1979年度 | 村田知嘉子 | 
第12回 1980年度 | 桑原順子 | 
第13回 1981年度 | 桑原順子 | 
第14回 1982年度 | 峰岸房子 | 
第15回 1983年度 | 山口裕美 | 
第16回 1984年度 | 常岡昭子 | 
第17回 1985年度 | 根本里美 | 
第18回 1986年度 | 中村麻美 | キャスター・画家
第19回 1987年度 | 伊比恵子 | 映画監督(1999年アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門監督賞受賞
第20回 1988年度 | 玉井美香(叶美香) | タレント(叶姉妹の一員として)
第21回 1989年度 | 澤本礼江 | 
第22回 1990年度 | 相馬知実 | 受賞時静岡放送の現役アナウンサー
→後退社
第23回 1991年度 | 岡本恵美 | 
第24回 1992年度 | 藤原紀香 | タレント・女優
第25回 1993年度 | 小岩井陽子 | 
第26回 1994年度 | 松田直子 | 通産省入省
第27回 1995年度 | 長井千尋 | 
第28回 1996年度 | 近澤美歩 | タレント・歌手→引退後栃木県で和風料亭女将
第29回 1997年度 | 田村桂子 | モデルとして活躍後、デザイナーに
第30回 1998年度 | 和田淑子 | 受賞時東京大学在学中
第31回 1999年度 | 小松田有理 | 国連公式モデレーターへ
第32回 2000年度 | 出川紗織(天川紗織) | 受賞時武蔵大学在学中。女優・タレントへ
第33回 2001年度 | 野手るりこ | 歯科医師へ
第34回 2002年度 | 佐野公美 | 受賞時聖心女子大学在学中。後に河村隆一と結婚
第35回 2003年度 | 相沢礼子 | タレント・キャスターへ
第36回 2004年度 | 嵯峨百合子(さがゆりこ) | 受賞時フェリス女学院大学在学中。タレントへ
第37回 2005年度 | 久米里紗 | その後静岡県の企業で秘書として勤務
第38回 2006年度 | 小久保利恵 | 受賞時現役タレント・モデル・早稲田大学在学中
第39回 2007年度 | 萩美香 | 受賞時立教大学大学院在学中。タレント・「みえの国観光大使」へ
第40回 2008年度 | 鈴木恵理 | 受賞時日本大学在学中。航空会社キャビンアテンダント
第41回 2009年度 | 宮田麻里乃 | 受賞時高校生。早稲田大学へ進学
第42回 2010年度 | 林史乃 | 受賞時上智大学在学中
第43回 2011年度 | 谷中麻里衣 | 英検1級日本英語検定協会賞受賞・TOEIC満点。受賞時慶應義塾大学在学中。その後タレント・キャスターへ
第44回 2012年度 | 新井貴子 | フライングディスク選手。父は元プロ野球選手・新井宏昌
実姉に2011年ミス着物・新井寿枝。その後パリコレモデルに
第45回 2013年度 | 鈴木恵梨佳 | 2010年ミス日本大学(ミスキャンパス)受賞
→ 卒業後、造園・園芸に従事
第46回 2014年度 | 沼田萌花 | 
第47回 2015年度 | 芳賀千里 | 元アーティスティックスイミング日本代表
第48回 2016年度 | 松野未佳 | 受賞時慶應義塾大学在学中。父は松野頼久、祖父は松野頼三
第49回 2017年度 | 高田紫帆 | 受賞時大阪大学在学中。元陸上ジュニアオリンピック選手
第50回 2018年度 | 市橋礼衣 | 受賞時会社員
第51回 2019年度 | 度会亜衣子 | 受賞時東京大学在学中

備考

グランプリ以外の著名な受賞者・出場者

1970年代

1980年代

1990年代

2000年代

2010年代

ミス日本ボランティア協会

ミス日本の称号を得られると、慈善活動団体「ハートフル」のメンバーにも登録される特典がある他、過去の受賞者の親睦団体「やまとなでしこ会」があり、それを通して各地での講演・社会運動や慈善活動にも参加している。2013年元日より、「ミス日本ボランティア協会」が設立され、ミス日本の歴代受賞者が中心となって国内外での福祉・ボランティア活動の企画・推進を行うようになった

歴代代表

※基本、任期1年。
【年度】
【代表】
受賞歴
2013 | 新井寿枝 | 2011年度ミス着物
2014 | 谷中麻里衣 | 2011年度グランプリ
2015 | 鈴木恵梨佳 | 2014年度グランプリ
2016 | 芳賀千里 | 2015年度グランプリ
2017 | 松野未佳 | 2016年度グランプリ

放送番組

主要な放送番組(特記のないものは全国ネット)で放送された、ミス日本を題材にして特集した番組は以下のとおりである。なお、番組によっては歴代受賞者が当時のたすきを付けて出演しているが、現役メンバーに限らず、過去のミス日本OGもミス日本としての公式行事(慈善活動や自治体・国営機関表敬訪問他)で出席する場合にもミス日本のたすきやティアラを付ける場合がある。 今回インタビューを行った受賞者の多くは、久しぶりに公式の場でミス日本のたすきやティアラをつけたメンバーばかりだった。

コマーシャル起用

一時期であるが「車検のコバック」で知られる株式会社コバックが特別協賛スポンサーとして付いていたため、それぞれグランプリを受賞した2004年の嵯峨(さが)と2005年の久米がそれぞれ全国放送されたテレビコマーシャル(CM)に出演したことがあった。

また、コバック本部(愛知県)やそのフランチャイズ店が主催するイベントに、受賞者が訪問したことがあった。2005年を最後にコバック本部は特別協賛から撤退したが、2006年以後、同社の千葉県でのフランチャイズ店「鈴木自工株式会社」(スズキ株式会社とは別会社)が独自に協賛しており、同年グランプリの小久保が起用されたテレビCMが千葉テレビ放送などで放映されていた。現在も鈴木自工は協賛を続けており、受賞者が同社関連のイベントに出席することがある。

他に各官公庁のCMやポスターモデル(ミス海の日の海上保安庁、ミス空の日の防衛省国土交通省、ミス日本ネイチャー→ミスみどりの女神の環境省、ミス水の天使の日本水道工業団体連合会のイメージモデルなど)、その他一般各企業のCMモデルに登用されることもあり、OGでも過去のミス日本受賞の肩書きを添えてCM出演する場合もある。

映画

ミス日本の関連書籍

脚注

  1. ^ 讀賣新聞1950年4月23日記事、及び讀賣新聞2002年1月8日誌面コラム「解説」に掲載
  2. ^ ミス日本に元シンクロ代表 芳賀千里さん 2426人の頂点に「勇気出して良かった」(2015年1月26日 スポーツニッポン 即日閲覧)
  3. ^ 2015年和田静郎特別顕彰 畠山愛里(2015年1月26日 ミス日本コンテスト事務局公式サイト 即日閲覧)、「和田静郎特別顕彰」にフェアリージャパン・畠山愛理「嬉しさで胸いっぱい」(2015年1月26日 スポーツニッポン 即日閲覧)
  4. ^ 実際、1990年代初めごろまでは、グランプリ決定大会に参加した方々全員はステージ登壇時に赤地・白の文字と縁取りの「ミス日本」と書かれたたすきを掛けてグランプリ決定大会に出席していた。現在は決定大会審査中はたすきを掛けていないが、各賞の受賞者が決定後、その受賞した賞が書かれたたすきを審査員から掛ける(したがって1990年代初めごろまでは「ミス日本」のタスキと、各賞のタスキの2枚をかけてもらっていた)。各賞受賞者のうち、グランプリを含めた多くの賞受賞者は赤地・白の文字と縁取り(右の写真)、「海の日」は白地・青の文字と縁取り、「水の天使」は白地・水色の文字と縁取り、「みどりの女神」は白地・緑の文字と縁取り、「空の日」は青地・白の文字と縁取りでそれぞれの賞のたすきが掛けられる(国外でのプロモーションである場合は先述の赤地・白い縁取りと文字で、ローマ字「MISS JAPAN」など、その表敬先の国・地域の言語に沿ったタスキをつける場合もある)。ミス日本出席の公式行事においては受賞した賞のタスキを掛けて参列する(特別顕彰受賞者も含む)。なお特別顕彰を受賞した畠山と南谷は受賞タイトルが記載されていない、汎用のタスキ(受賞年度と「ミス日本」、後ろには「MISS JAPAN」とのみ書かれている)が贈呈された(ミス日本公式サイト掲載写真デイリースポーツ掲載写真)この他、受賞者には公式行事に使用するティア
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    出典:wikipedia
    2019/10/17 09:10

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