このキーワード
友達に教える
URLをコピー

ミハイル・ゴルバチョフとは?


任期 1985年3月11日1991年12月25日

任期 1985年3月11日1991年8月24日
第二書記
副書記長 エゴール・リガチョフ
ウラジーミル・イワシコ

任期 1990年3月15日1991年12月25日
副大統領 ゲンナジー・ヤナーエフ

任期 1989年5月25日1990年3月15日
第一副議長 アナトリー・ルキヤノフ

任期 1988年10月1日1989年5月25日
第一副議長 アナトリー・ルキヤノフ

任期 1984年2月9日1985年3月10日
中央委員会書記長 コンスタンティン・チェルネンコ

出生 (1931-03-02) 1931年3月2日(88歳)
ソビエト連邦
ロシア社会主義連邦ソビエト共和国スタヴロポリ地方プリヴォリノエ村(Privolnoye)
政党 ソビエト連邦共産党
(1950年 - 1991年)
ロシア社会民主党
(2001年 - 2004年)
社会民主同盟
(2007年 - )
ロシア独立民主党(2008年9月 - )
配偶者 ライーサ・マクシーモヴナ・ゴルバチョワ
(旧姓・チタレンコ)
署名
ノーベル賞受賞者
受賞年:1990年
受賞部門:ノーベル平和賞
受賞理由:冷戦の終結・中距離核戦力全廃条約調印・ペレストロイカによる共産圏の民主化

ソビエト連邦


最高指導者
レーニン · スターリン
マレンコフ · フルシチョフ
ブレジネフ · アンドロポフ
チェルネンコ · ゴルバチョフ
標章
ソビエト連邦の国旗
ソビエト連邦の国章
ソビエト連邦の国歌
鎌と槌
政治
ボリシェヴィキ · メンシェヴィキ
ソビエト連邦共産党
ソビエト連邦の憲法· 最高会議
チェーカー · 国家政治保安部
ソ連国家保安委員会
軍事
赤軍 · ソビエト連邦軍
ソビエト連邦地上軍 · ソビエト連邦海軍
ソビエト連邦空軍 · ソビエト連邦防空軍
戦略ロケット軍
場所
モスクワ · レニングラード
クレムリン · 赤の広場
イデオロギー
共産主義 · 社会主義
マルクス・レーニン主義
スターリン主義
歴史
ロシア革命 · ロシア内戦 · 大粛清
第二次世界大戦 · 独ソ戦 · バルト諸国占領
冷戦 · 中ソ対立 · キューバ危機
ベトナム戦争 · 中ソ国境紛争
アフガニスタン紛争 · ペレストロイカ
マルタ会談 · 8月クーデター
ソ連崩壊

ミハイル・セルゲーエヴィチ・ゴルバチョフ(ロシア語: Михаил Сергеевич Горбачёв(ミハイール・スィルギェーイェヴィチュ・ガルバチョーフ)、ラテン文字表記:Mikhail Sergeevich Gorbachev1931年3月2日 - )は、ソビエト連邦及びロシア連邦政治家で、ソ連最後の最高指導者。歴代最高指導者のうち、1922年のソ連成立後に生まれ、且つ2020年現在存命の最高指導者経験者はゴルバチョフだけである。

1985年3月にソビエト連邦共産党書記長に就任し、内政では停滞していたソ連の政治経済の抜本的改革を目指しペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)を断行、外交では新思考外交に基づき東欧の民主化革命を支持し冷戦を終結させた。しかし、ソ連国内の民族主義を抑えることができず、保守派と改革派に国内の政治勢力が分裂する中、1991年の「8月クーデター」を招き、新連邦条約締結に失敗した。結果として、ソ連共産党の一党独裁体制とソ連そのものを終結・崩壊へと導くこととなった。

1990年、ソ連で最初で最後となる大統領に就任し、同年にはノーベル平和賞を受賞した。日本を含む西側諸国では絶大な人気を誇り、ゴルビーの愛称で親しまれたものの、ロシアや旧ソ連諸国内ではアメリカと並ぶ超大国であったソ連を崩壊させたことから評価が分かれている。

創価大学名誉博士・日本大学名誉博士・明治大学名誉博士を有している。

目次

  • 1 来歴・人物
    • 1.1 生い立ち
    • 1.2 権力の掌握
    • 1.3 書記長就任
      • 1.3.1 書記長就任当時のソ連指導部(1985年4月23日)
      • 1.3.2 就任1周年時のソ連指導部(1986年3月6日)
    • 1.4 ペレストロイカ
    • 1.5 8月クーデター
    • 1.6 ソ連共産党解体とソ連崩壊
    • 1.7 ソ連崩壊後
    • 1.8 新党結成
  • 2 評価
  • 3 逸話
    • 3.1 マスメディアへの露出
    • 3.2 ゲームでの登場
    • 3.3 ゴルバチョフと日本
  • 4 栄誉
  • 5 著書
  • 6 脚注
  • 7 外部リンク

来歴・人物

生い立ち

1931年3月2日ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国スタヴロポリ地方プリヴォリノエ村(Privolnoye)にて、コルホーズ(農業集団化政策)の農民の子として生まれる。幼年時代、ヨシフ・スターリン大粛清に遭遇する。この時、祖父のアンドレイがサボタージュの嫌疑で投獄された。

1941年独ソ戦が始まると、農業技術者だった父親のセルゲイ・アンドレーヴィチ・ゴルバチョフは従軍した。1944年夏の終わりに父が戦死したとの通知がもたらされたことで一家は悲嘆にくれたが、3日後に本人から「無事息災」と手紙が届いた。スタヴロポリ地方は一時期、ナチス・ドイツ軍に占領されている。

戦後、14歳でコンバインの運転手として働く(夏のみ働いたというのが有力)一方、成績は優秀で上級学校で銀メダルを授与された。18歳で労働赤旗勲章を授与される機会に恵まれ、1950年、19歳の時にスタヴロポリ市当局の推薦でモスクワ大学法学部に入学した。同大学在学中、後に妻となる哲学科の学生ライーサ・マクシーモヴナ・チタレンコと出会う。5年間の大学生活中、ゴルバチョフはストロミンカ学生宿舎で生活するが、その間にチェコスロバキアから留学していたズデネク・ムリナーシと出会う。ムリナーシは後の「プラハの春」の推進者の一人となり、その後のゴルバチョフに大きな影響を与えた。

1952年10月、ゴルバチョフはソ連共産党に入党する。

ゴルバチョフとライーサは1953年9月に結婚し、大学卒業と同時にスタヴロポリに移住して農業の勉強をする。1957年に娘のイリーナ (ru) が誕生。大学卒業後、ゴルバチョフはソ連検察庁の国家試験を受験する。いったんは内定を受けたが結局不採用となり、故郷のスタヴロポリに戻って地元のコムソモール活動に従事し、書記になった。やがて、スタヴロポリ地域の農業行政官となり地区書記に昇進した。正直で改革の志のあることで名声を高め、政界の階段を駆け上がった。

権力の掌握

1955年にスタヴロポリ市コムソモール第一書記1962年にスタヴロポリ地方コムソモール第一書記、1966年にスタヴロポリ市党第一書記、1968年にスタヴロポリ地方党第二書記を経て、1970年にスタヴロポリ地方党第一書記に就任し、1971年には40歳で党中央委員に選出される。この間、スタヴロポリ農業大学の通信課程で学び、1967年に科学的農業経済学者の資格を得ている。

ゴルバチョフがスタヴロポリ地方の党官僚として階梯を登り始めた時期は、ニキータ・フルシチョフ第一書記非スターリン化が実施された時期であり、ゴルバチョフにも影響を与えたとされる。この間、スタヴロポリ地方第一書記経験者のミハイル・スースロフや、同郷のユーリ・アンドロポフの知遇を得たほか、同格の地方共産党の指導者であったボリス・エリツィン(スヴェルドロフスク州党第一書記)やエドゥアルド・シェワルナゼ(グルジア共産党第一書記)らと交流を持つに至る。

1978年11月、急死したフョードル・クラコフ政治局員・書記の後任として党中央委農業担当書記に抜擢される。1979年には政治局員候補として政治局入りし、1980年10月の党中央委員会総会で史上最年少の政治局員となる。レオニード・ブレジネフ書記長の死後、アンドロポフが書記長に就任すると、ゴルバチョフはソ連の権力No.2に当たるイデオロギー担当書記に引き立てられた。アンドロポフの死後に書記長となったコンスタンティン・チェルネンコは病弱であったため、ゴルバチョフは「第二書記」としてチェルネンコを補佐し、次第に改革派としてその名が知られるようになる。

1983年カナダを訪問し、首相(当時)のピエール・トルドーと会談する。この時に駐カナダ大使で、後にゴルバチョフ政権のNo.2としてペレストロイカを牽引するアレクサンドル・ヤコブレフと面識を持つ。さらにイギリスを訪問し、首相(当時)のマーガレット・サッチャーから「彼となら一緒に仕事ができます」と高い評価を受ける。

書記長就任

1985年3月、チェルネンコの死去を受けて共産党書記長に就任する(54歳)。高齢の指導者が続いたあとでもあり、若い指導者への期待の大きさは『プラウダ』紙でのゴルバチョフの写真が死去したチェルネンコより大きかったことにも表れていた。ゴルバチョフの有力なライバルとしては、レニングラード党第一書記のグリゴリー・ロマノフがいた。しかし、ロマノフは代わりにモスクワ党第一書記のヴィクトル・グリシンを推薦するが、外務大臣・第一副首相のアンドレイ・グロムイコらの推薦を得たゴルバチョフが勝利した。推薦演説をしたグロムイコは「諸君、この人物は笑顔はすばらしいが、鉄の歯を持っている」と語った。

ゴルバチョフは書記長就任後、「鉄の歯」にふさわしい人事刷新を矢継ぎ早に行う。自身の後任の「第二書記」にはエゴール・リガチョフを当て、政治局員兼イデオロギー担当書記に加え、「第二書記」に必須の最高会議連邦会議外交委員長に選出した。対抗していたグリシンとロマノフ、老齢のニコライ・チーホノフ首相を解任し、共産党中央委員会書記のニコライ・ルイシコフ(経済担当)を当てた。また、グロムイコを最高会議幹部会議長(国家元首)にし、新たな外相には、グルジア党第一書記だったエドゥアルド・シェワルナゼを抜擢して内外を驚かせた。

また、経済担当の閣僚では、ゴスプラン(国家計画委員会)議長ニコライ・バイバコフを解任、後任にニコライ・タルイジンを任命した。軍部や地方の共産党幹部も大幅に入れ替えられ、若返った。

書記長就任当時のソ連指導部(1985年4月23日)

 | 氏名 | 役職・担当 | 出身民族
政治局員: | ミハイル・ゴルバチョフ | 書記長 | ロシアSFSR
ゲイダル・アリエフ | 第一副首相 | アゼルバイジャンSSR
ヴィタリー・ウォロトニコフ | ロシアSFSR閣僚会議議長(首相) | ロシアSFSR
ヴィクトル・グリシン | モスクワ市第一書記 | ロシアSFSR
アンドレイ・グロムイコ | 外相・第一副首相 | 白ロシアSSR
ディンムハメッド・クナーエフ | カザフ党第一書記 | カザフSSR
エゴール・リガチョフ | 党書記・中央委党組織・党活動部長 | ロシアSFSR
グリゴリー・ロマノフ | 党書記 | ロシアSFSR
ニコライ・ルイシコフ | 党書記・中央委経済部長 | ロシアSFSR
ミハイル・ソロメンツェフ | 党統制委員会議長 | ロシアSFSR
ニコライ・チーホノフ | ソ連閣僚会議議長 | ロシアSFSR
ヴィクトル・チェブリコフ | ソ連KGB議長 | ロシアSFSR
ウラジーミル・シチェルビツキー | ウクライナ党第一書記 | ウクライナSSR
政治局員候補: | ピョートル・デミチェフ | 文化相 | ロシアSFSR
ウラジーミル・ドルギフ | 党書記 | ロシアSFSR
ヴァシリー・クズネツォフ | 最高会議幹部会第一副議長 | ロシアSFSR
ボリス・ポノマリョフ | 党書記・中央委国際部長 | ロシアSFSR
セルゲイ・ソコロフ | 国防相 | ロシアSFSR
エドワルド・シェワルナゼ | グルジア党第一書記 | グルジアSSR
書記: | ミハイル・ゴルバチョフ | 書記長 | ロシアSFSR
グリゴリー・ロマノフ | 軍需産業担当 | ロシアSFSR
ウラジーミル・ドルギフ | 重工業担当 | ロシアSFSR
ボリス・ポノマリョフ | 国際共産主義運動担当・中央委国際部長 | ロシアSFSR
ニコライ・ルイシコフ | 中央委経済部長 | ロシアSFSR
エゴール・リガチョフ | 中央委党組織・党活動部長 | ロシアSFSR
ミハイル・ジミャーニン | 文化・教育・マスコミ担当 | ロシアSFSR
イワン・カピトノフ | 軽工業担当 | ロシアSFSR
コンスタンチン・ルサコフ | 中央委社会主義国党連絡部長 | ロシアSFSR
ヴィクトル・ニコノフ | 農業担当 | ロシアSFSR

就任1周年時のソ連指導部(1986年3月6日)

 | 氏名 | 役職・担当 | 民族
政治局員: | ミハイル・ゴルバチョフ | 書記長 | ロシアSFSR
ゲイダル・アリエフ | 第一副首相 | アゼルバイジャンSSR
ヴィタリー・ウォロトニコフ | ロシアSFSR閣僚会議議長(首相) | ロシアSFSR
アンドレイ・グロムイコ | 最高会議幹部会議長 | 白ロシアSSR
レフ・ザイコフ | 党書記 | ロシアSFSR
ディンムハメッド・クナーエフ | カザフ党第一書記 | カザフSSR
エゴール・リガチョフ | 党書記・最高会議連邦会議外交委員長 | ロシアSFSR
ニコライ・ルイシコフ | ソ連閣僚会議議長 | ロシアSFSR
ミハイル・ソロメンツェフ | 党統制委員会議長 | ロシアSFSR
ヴィクトル・チェブリコフ | ソ連KGB議長 | ロシアSFSR
エドゥアルド・シェワルナゼ | 外相 | グルジアSSR
ウラジーミル・シチェルビツキー | ウクライナ党第一書記 | ウクライナSSR
政治局員候補: | ピョートル・デミチェフ | 文化相 | ロシアSFSR
ウラジーミル・ドルギフ | 党書記 | ロシアSFSR
ボリス・エリツィン | モスクワ市第一書記 | ロシアSFSR
ニコライ・スリュニコフ | 白ロシア第一書記 | 白ロシアSSR
セルゲイ・ソコロフ | 国防相 | ロシアSFSR
ユーリ・ソロヴィヨフ | レニングラード党第一書記 | ロシアSFSR
ニコライ・タルイジン | <
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2020/01/25 14:35

HAPPY Wikipedia

あなたの考える「ミハイル・ゴルバチョフ」の意味を投稿しよう
「ミハイル・ゴルバチョフ」のコンテンツはまだ投稿されていません。
全部読む・投稿 

ミハイル・ゴルバチョフスレッド一覧

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ミハイル・ゴルバチョフ」のスレッドを作成する
ミハイル・ゴルバチョフの」
友達を探す
掲示板を探す
このページ
友達に教える
URLをコピー

注目のキーワード

錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

キーワードで探す

 
友達を探す
掲示板を探す
ハッピーWiki
ハッピーメール
ハッピーランド
HAPPY NEWS
2010Happy Mail