このキーワード
友達に教える
URLをコピー

ユニクロとは?

移動先: 案内検索
株式会社ユニクロ
UNIQLO CO., LTD

ユニクロ大阪心斎橋店(大阪市中央区)
世界で5番目のグローバル旗艦店である。

種類
株式会社
【本社所在地】
日本
107-6231
山口県山口市佐山717番地
【設立】
1974年9月2日(サンロード株式会社)
業種
小売業
法人番号
9250001001451
【事業内容】
衣料品の商品企画・生産・物流・販売 (SPA)
【代表者】
代表取締役会長社長:柳井正
【資本金】
10億円(2011年8月31日時点)
【発行済株式総数】
1万株(2011年8月31日時点)
【売上高】
6001億4800万円(2011年8月期)
【営業利益】
1062億1700万円(2011年8月期)
【経常利益】
991億1600万円(2011年8月期)
【純利益】
527億6500万円(2011年8月期)
【純資産】
762億200万円
(2011年8月31日時点)
【総資産】
2359億8100万円
(2011年8月31日時点)
【従業員数】
1,733人
【支店舗数】
843店 (2011年8月31日時点)
【決算期】
8月末日
【主要株主】
ファーストリテイリング 100%
【外部リンク】
uniqlo.com
特記事項:※1:東京本部の所在地は東京都港区赤坂9丁目7番1号
※2:2005年11月1日に株式会社ファーストリテイリング持株会社移行に伴う会社分割(吸収分割)により衣料品の製造小売事業を当社が承継。
ユニクロ東京銀座旗艦店(東京都中央区)
世界で9番目のグローバル旗艦店で、2012年4月現在、世界最大の規模を持つ。
UNIQLO OSAKA(大阪市北区)
世界で13番目のグローバル旗艦店。

株式会社ユニクロ(英:UNIQLO CO., LTD)は、「UNIQLO(ユニクロ)」の店・ブランド名で、実用(カジュアル)衣料品の生産販売を一括して展開する日本会社である。

登記上の本店を山口県山口市佐山に、実質的本社となる東京本部を東京都港区赤坂(ミッドタウン・タワー)に置いている。ファーストリテイリングの完全子会社

目次

  • 1 歴史
    • 1.1 創業
    • 1.2 利益拡大と海外進出
    • 1.3 業績の低迷、買収による業績回復
    • 1.4 2000年以降の展開状況
    • 1.5 グローバル旗艦店
    • 1.6 グローバル繁盛店
  • 2 沿革
    • 2.1 1940 - 1980年代
    • 2.2 1990年代
    • 2.3 2000年代
  • 3 商品の展開・背景・影響・品質等
  • 4 ユニクロの販売戦略
  • 5 ユニクロへの批評
    • 5.1 ビジネスモデル
    • 5.2 2012年の中国における反日暴動への対応
    • 5.3 労働環境
    • 5.4 中国工場の実態
    • 5.5 世界同一賃金構想
    • 5.6 スラップ批判
    • 5.7 障害者の雇用
  • 6 スポーツ支援
  • 7 撤退した事業
  • 8 主な役員
  • 9 広告・CMに出演した有名人
  • 10 エピソードなど
  • 11 ユニクロ出身の人物
  • 12 参考文献
  • 13 関連項目
  • 14 提供番組
  • 15 脚注
  • 16 外部リンク

歴史

創業

1949年3月、柳井等が兄・柳井政雄より任されていた小郡商事の繊維・洋服部門を、個人営業の紳士服専門店「メンズショップ小郡商事(メンズショップOS)」として山口県宇部市に開店。

1984年6月2日、それまで山口県宇部市で「メンズショップOS」(1992年4月までに全店閉店またはユニクロに改装)の名称で男性向け衣料品を取り扱っていた小郡商事が、広島市中区袋町ユニセックスカジュアル衣料品店「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」(UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE)を開店。なお、この1号店は現存しない。

同年9月に柳井正が代表取締役社長に就任。

ユニクロの呼称はこの店舗名の略称が元になっているが、当初略称の英文綴りはそのまま「UNI-CLO」であった。1988年香港に現地法人を設立した際、会社登記の書類に略称の「UNI-CLO」を書き間違えて「UNI-QLO」と記入して登録してしまったことがきっかけで、そのまま英文綴りを「UNI-QLO」に変更した商標が採用されることとなった。また、包装紙やテープ等に「U296」と表記をしている時期もあった。

広島への開店当初は地元(広島県福山市)出身の小林克也を起用し、広島ローカルでCMを打った。開店以来、ワインレッドをシンボルカラーとした白抜きのロゴタイプを用いているが、かつてはこれと別に手を繋いだ男女のシルエットをモチーフとしたシンボルマークが存在した。1991年9月、社名を小郡商事からファーストリテイリングに変更。

利益拡大と海外進出

元々は、ナショナルブランド衣料品の小売店であった。アメリカン・スタイルの倉庫風の建物内にクラシックな映画ポスターや有名スターのポートレイトを展示した特徴的な店舗(右記写真の店舗例2の姪浜店参照)を全国に展開し、またいち早く中国の優良な工場と提携し、低価格で調達するモデルを構築。

1997年頃から、プライベートブランド商品の取扱比率を高め、アメリカの衣料品小売店、GAP(ギャップ)をモデルとした製造型小売業 (SPA)への事業転換を進め、経済の状況にマッチした低価格・高品質商品の展開、また広告代理店と提携、クリエイティブディレクターにタナカノリユキを招き明確なメッセージを発信したPRなど、戦略を次々と刷新。そして1998年、2 - 3万枚売ればヒットと言われるフリースを目標200万枚、1999年には850万枚でいずれも完売。2000年秋冬にはCMモデルに松任谷由実らを起用し51色に展開、2,600万枚という驚異的セールスを樹立した。この現象は「フリース旋風」と評され、衣料品流通業の革命を席巻し社会現象を起こす。2001年8月期には売上、経常利益ともピークに達し、イギリスへ進出した。

業績の低迷、買収による業績回復

2002年頃から日本では在庫が急増、英国での業績も振るわず2002年、2003年8月期と利益が大きく落ちこむ。その後、「theory(セオリー)」、「ナショナルスタンダード」といった国内外のブランドの買収、ファッション雑誌との共同企画(コラボレーション)商品の開発、藤原紀香など有名タレントの起用、外部デザイナーなどとの提携などのテコ入れが行われ、2004年度には業績が上向いた(現在、ロンドン支店の業績は黒字に転じている)。東アジアでは、2002年9月に中国上海市に出店し、2005年9月には香港に、そしてロッテとの合弁韓国ソウル市にも出店した。

2005年には雑誌「relax」(マガジンハウス)との共同で、東京・北青山に期間限定の「セレクロ」(セレクトショップあるいはセレブの位置付け)が開設された。また、大阪心斎橋に平均価格帯を引き上げた「ユニクロプラス」も開店したが、その後プラスの名称をはずし、現在は銀座店を中心に7店舗の大型店を運営。2006年11月には、ニューヨークソーホーにグローバル旗艦店を出店する他、上海にもアジア旗艦店を出店し、世界進出を加速する(後述)。

2005年11月に、ファーストリテイリングは衣料品の製造・小売に関する営業を会社分割(吸収分割)によりゴルフ練習場を経営していた完全子会社サンロード株式会社(当社)に承継させ、持株会社制に移行した。同日、サンロードは社名をユニクロに変更した。

2000年以降の展開状況

ユニクロ中国三里屯店
2014年9月にオープンしたサウスコースト・プラザ店(カリフォルニア州オレンジ郡)

2013年8月末現在、日本国内で854店舗、海外で441店舗、合計1,295店舗を展開している(海外店舗は、現地法人による運営)。日本国内では郊外型店舗やビルテナントとしての出店の他、1,000坪クラスの超大型店舗やユニクロを核としたショッピングセンターミーナ」などを展開している。日本国外では東アジアを中心に展開しており、国別では中国(225店舗)が最多で、韓国(105店舗)、台湾(37店舗)が続く。

日本国内では、ユニクロ原宿店を改装したT-シャツ専門店「UT STORE HARAJUKU.」が2007年4月28日に新たにオープンした(2012年に銀座店に統合)。2009年3月9日には春のパーカキャンペーンに合わせて、グラフィティマガジンズの雑誌「東京グラフィティ」とのコラボレーション雑誌「TOKYO FASHION MAP with UNIQLO」を全国で発売した。

2020年までに国内の店舗を1,000店体制に拡大する予定であり、このうち売り場面積約3,300m級の「超大型店」を札幌市仙台市名古屋市広島市北九州市福岡市熊本市鹿児島市の主要8都市にて新たに開業する方針を示している。

2001年のイギリスを皮切りに始まった海外出店は、中国香港台湾韓国シンガポールマレーシアタイフィリピンイギリスアメリカフランスロシアの12か国で展開しており、グローバル化が進んでいる。海外ユニクロ事業は、2006年においては香港を除きほとんど赤字であったが、2008年8月期から黒字化し、2010年8月期の売上高は前年比倍増の730億円、営業利益は前年比4倍の65億円を見込んでいる。会社組織としてもグローバル化を進めており、社内公用語(母語が異なる人が対象の資料や会議)を英語とすることとして、本社社員と店長の約3000人に対して業務として「TOEIC700点以上」を義務付けている。

2006年11月のニューヨーク旗艦店オープンの際、店舗のクリエイティブディレクションを担当した佐藤可士和により、ユニクロの新たなロゴデザインが作成された。新ロゴは英語表記とカタカナ表記によるもので、従来のワインレッドから赤を基調としたものとなり、2006年以降海外の新店舗を中心に展開、国内では2009年頃からCMや広告、新規店舗・リニューアル店舗でのロゴ表記などに用いられている(従前からの店舗には、引き続き以前のデザインを使用している)。

2010年7月、バングラデシュグラミン銀行と10月に同国で合弁会社を設立すると発表した。合弁会社「グラミン ユニクロ」をバングラデシュの首都ダッカに設立し、3年後に2,000人の雇用を目指すという。

アメリカ合衆国では、2013年秋に10店がカリフォルニア州コネチカット州ニュージャージー州ニューヨーク州で立て続けにオープンし、合計17店舗となった。2014年にはフィラデルフィアボストンなどでも新規開店が続き、同9月5日ロサンゼルス地域(南カリフォルニア)の第1号店としてオープンしたサウスコースト・プラザ店(カリフォルニア州コスタメサ)をもって、合計25号店舗に達した。ロサンゼルス地域では、旗艦店となるビバリー・センター店を含む4店舗が2015年春までにさらにオープンする予定である。すでに7店舗が営業している北カリフォルニアでも、2014年末までに2店舗が追加される予定である。また、2015年秋にはシカゴ店もオープンする見込みである。

グローバル旗艦店

グローバル旗艦店は、ユニクロにおいて最高水準の商品・ビジュアルマーチャンダイジング (VMD)・サービスなどを意識した、世界的情報発信の拠点となる大型店舗であり、2006年にニューヨークに「ソーホー ニューヨーク店」を開店して以降、ヨーロッパ・アジアの各地に展開している。2010年10月には、「世界に向けた店舗デザインやレイアウト」を特長とする“世界視点”が日本に逆輸入される形で、大阪心斎橋に5番目のグローバル旗艦店をオープン、2012年3月には9番目のグローバル旗艦店を東京銀座に、2014年10月には13番目のグローバル旗艦店「UNIQLO OSAKA」を大阪・梅田にオープンした。その後、2016年にはシンガポールに東南アジア初のグローバル旗艦店がオープンしている。

グローバル繁盛店

ビックロ」も参照

2012年9月、ビックカメラ新宿東口新店(新宿三越アルコット跡)のテナントとして出店するにあたり、同店舗をビックカメラとのコラボレーション店舗「ビックロ」として展開することを発表した。「素晴らしいゴチャゴチャ感」をコンセプトに佐藤可士和のトータルプロデュースが行われ、ビックカメラとユニクロの両店舗で共通のデザインロゴ・スタッフユニフォームを使用し、ユニクロのマネキンにビックカメラで販売する家電製品を持たせ、ユニクロのフロアの一角で家電製品を扱うなど、ビックカメラとユニクロのシームレス感を強調した店舗となる。店舗規模約2,900mはグローバル旗艦店である心斎橋店をしのぎ、銀座店に次ぐ日本国内2番目の規模となるが、同店は「グローバル繁盛店」という独自業態として位置づけられており、世界中から注目される「東京の新名所」を目指すという。同店舗は9月27日にオープンし、開店時には4000人ほどの行列が出来たという。

以降、「グローバル繁盛店」の業態として以下の店舗を開店させている。

沿革

ユニクロの店舗例1
(現在の標準的なロードサイド店、福島県南相馬市原町店)
ユニクロの店舗例2
(初期のロードサイド店、福岡県福岡市西区姪浜
画像の店舗は2代目であり、隣接地にあった初代の店舗は書店を経て解体され現在ローソンになっている。また、写真の建物も後に解体され新店舗(3代目の姪浜店)が建設されている。)
ユニクロ 旧ロゴ店舗例(埼玉県さいたま市見沼区深作店)2005年6月19日撮影
ユニクロ 旧ロゴ(埼玉県さいたま市見沼区・深作店)2005年6月19日撮影
ユニクロ1号店があった場所
(広島県広島市中区袋町)

1940 - 1980年代

柳井がGAPなどを視察し、カジュアルウェア専門店チェーンの展開を決意した。

  • 1949年3月 山口県宇部市にて「メンズショップ小郡商事」を個人営業にて創業
  • 1963年5月 法人化し、小郡商事株式会社設立
  • 1984年
    • 6月 ユニクロ第1号店を広島市中区に出店
    • 9月 柳井正が代表取締役社長に就任

1990年代

生産基地・中国の工場管理を強化し、SPA化を進めた。300店舗到達を機に多角化に着手したが、失敗。本業でも既存店の売上げ低迷が続いた

  • 1991年9月 行動指針を表象するため、商号を小郡商事株式会社から株式会社ファーストリテイリングに変更
  • 1992年4月 直営店舗数が50店舗を超える(直営店53店舗、フランチャイズ店7店舗)
  • 1994年4月 直営店舗数が100店舗を超える(直営店109店舗、フランチャイズ店7店舗)
  • 1995年3月 直営店舗数が150店舗を超える
  • 1996年3月 直営店舗数が200店舗を超える(直営店205店舗、フランチャイズ店10店舗)
  • 1997年
    • 4月 東京証券取引所第2部に株式上場
    • 11月 直営店舗数が300店舗を超える(直営店305店舗、フランチャイズ店11店舗)
  • 1998年
    • 11月 東京初の都心型店舗・ユニクロ原宿店を東京都渋谷区に出店。
    • 12月 フリースを200万着販売
  • 1999年
    • 2月 東京証券取引市場第1部銘柄に指定
    • 4月 SS(スーパースター)店長制度を発足
    • 7月 アメリカの広告代理店、Wieden+Kennedy社と提携し、ブランド構築を開始
    • 9月 新たな販売チャンネル開拓のため、カタログによる通信販売業務の試験的運用を実施
    • 11月 1,900円フリースを800万着販売

2000年代

従来のパターンを止め、グローバル企業の経営方式を採用した。経営陣の若がえりを図り、単品をベースにしたマーチャンダイジングと現代的なマーケティングを展開することによって、大量生産・販売の高収益体制を構築した。

  • 2000年
    • 4月 直営店舗数が400店舗を超える(直営店417店舗、フランチャイズ店12店舗)
    • 6月 海外におけるユニクロ展開の布石として、イギリスに子会社を設立
    • 10月 インターネット通信販売を開始
    • 12月 東日本旅客鉄道及び東日本キヨスク(現JR東日本リテールネット)との業務提携により、新小型店舗第1号店ユニクロキヨスク新宿南口店をオープン
  • 2001年
    • 4月
      • JOC(財団法人日本オリンピック委員会)オフィシャルパートナーシップに合意
      • 直営店舗数が500店舗を超える(直営店503店舗、フランチャイズ店12店舗)
    • 8月 ユニフォーム・チームウェア事業を開始
    • 9月 日本国外初の出店となるイギリスユニクロ店4店舗をオープン
  • 2002年
    • 4月 デザイン機能強化のため、ユニクロデザイン研究室を東京都港区青山に設立。デザインに特化した独立組織で、元イッセイミヤケ社長の多田裕を室長に起用
    • 8月 インターネット店、モバイル店で特別サイズの商品の販売を開始
    • 11月 社長が玉塚元一常務に交代し集団指導体制へ。柳井が代表取締役会長兼CEO
  • 2005年
    • 7月 玉塚社長を解任。柳井が社長に復帰。
    • 9月 ニュージャージー州にアメリカへの初店舗を出店
  • 2006年
    • 4月 株式会社京阪ザ・ストア業務提携により、関西初の駅中ユニクロ京阪守口店をオープン
    • 11月10日 ニューヨーク・ソーホーに1,000坪の広さを誇るグローバル旗艦店をオープン。
    • 12月8日 アジア最大級の旗艦店となる「ユニクロ 上海正大広場店」を、上海・浦東地区の正大広場にオープン。
  • 2007年
    • 4月28日 原宿店をTシャツ専門店『UT STORE HARAJUKU.』にリニューアル(2012年3月12日閉店)。
    • 6月 製品を着た女性ダンサー達3~5人組が踊る映像を、5秒ごとに放映する時計ウェブコンテンツ「UNIQLOCK」運用開始。
    • 12月14日 ユニクロのフランス第1号店がオープン、この店舗はユニクロのブランドメッセージを伝える「コンセプトショップ」としての位置付けであった。
  • 2008年
    • 3月29日 中国本土へ2年ぶりの再出店となる「ユニクロ北京西単店」を北京・西城北大街にオープン。
  • 2009年
    • 4月9日 シンガポールのタンピネス地区に初出店。この出店は、不動産会社のWing Tai Holdingsと共同出資で出店される。
  • 2010年
    • 10月 JR九州リテールとの業務提携によりユニクロ博多デイトス店をオープン
  • 2010年
    • 4月2日 ロシア1号店となる「ユニクロ アトリウム店」をモスクワに開店。
    • 4月 株式会社GOVリテイリングの会社分割により、同社の靴小売事業を承継。
    • 8月 靴小売事業の店舗ブランドを「CANDISH」に統一。商品ブランドも「CANDISH」「UNIQLO SHOES」の2つに集約。
    • 10月7日 台湾1号店となる「ユニクロ 統一阪急百貨 台北店」台北のショッピングエリア信義地区にオープン。
    • 11月4日 マレーシア1号店となる「ファーレンハイト88店」をクアラルンプールのブキ・ビンタンエリアにオープン。
  • 2012年
    • 3月16日 日本語、英語、中国語、韓国語、フランス語、スペイン語の6か国語に対応した接客ができるグローバル旗艦店「ユニクロ銀座店」がオープン。
    • 9月27日 ビックカメラとのコラボレーション店舗で初のグローバル繁盛店である新宿東口店「ビックロ」をオープン。
    • 10月16日 テニス選手のノバク・ジョコビッチとの共同発案による10億円規模の慈善基金『Clothes for Smiles(クローズ・フォア・スマイル)』が発足。ユニクロ史上初の基金運営となる。
  • 2014年
    • 3月14日 2店舗目のグローバル繁盛店である「池袋サンシャイン60通り店」をオープン。
    • 4月11日 ドイツ1号店となるグローバル旗艦店「タウエンツィーン店」をオープン。
    • 10月14日 ユニクロのバックヤード機能と通信販売部門の強化を念頭に、親会社のファーストリテイリングと大和ハウス工業が合弁会社を設立することを発表。国内の主要都市で10カ所程度に物流施設を作り、海外でも建設を検討していくという。
  • 2017年
    • 1月25日、9年半にわたって運用されて来た「UNIQLOCK」を終了。

商品の展開・背景・影響・品質等

基本的には、過度に個性のないデザインの商品が多い。SPA(製造小売業)への転換後、良品質のカジュアル衣料を低価格で提供する路線を進めてきた事もあり衣料品としての完成度は高く評価されている部分がある。1,900円のフリースや2,900円のジーンズなどが、価格破壊の象徴としてマスメディアなどにも紹介されて爆発的にヒットしたが、あまりに大量に売れ着用している人が多かったため、ユニクロの衣料を着用しているのが判明してしまう「ユニバレ」と呼ばれる現象が広がり、ユニクロ服を着ていると「ダサい」「恥ずかしい」との印象が広がり、経営悪化の原因となった。

2004年頃からユニセックスや「お手頃価格」路線は堅持しつつもある程度の脱却を図り、外部と組んだメッセージ性を持つ共同企画商品の開発(特にレディース物)や買収したブランドのノウハウ移入、乳幼児向け商品の開発も行っている。

デザイナーの間でも品質の高さについて一定の評価を得ており、2006年8月から世界各国の著名デザイナーとのコラボレーションにより「デザイナーズインビテーションプロジェクト」を立ち上げ、通常数万円もするようなデザイン性の高い商品を1万円未満の低価格で販売している。ジーンズもリング製法を使ったものなどを出している。

過去に柳井自身が「ユニクロは国民服」(「多くの国民に品質の良い物を安く提供したい」との意図)等、衣服としてファッション性を軽視していると採られかねない誤解を生むような発言を行ったこともあったがニューヨーク旗艦店を立ち上げるにあたりベーシックな商品を大量に販売するスタンスは維持しつつファッション性を強めた商品を提案し、接客を重視する方向性に転換しつつある。

玉塚が社長を退き、再び柳井が社長に復帰した2006年頃から、「ヒートテック」(保温性を高めた下着)や「ブラトップ」(ブラジャーのカップを内蔵したキャミソールタンクトップなど)など、機能性を重視した商品に加え女性ものの商品に力が注がれている。一例としては、東京ガールズコレクション山田優と組んでワンピースなどを出展したり、イメージキャラクター藤原紀香を起用した「スリムボトムス」(足が細く長く見えるパンツ)を販売したりするなど、積極的に女性客の取り込みに繋がる展開と商品の充実化を行い、その効果が出てきたことから、以前は手薄だった女性用部門がユニクロの基幹事業へと成りつつある。

ユニクロの販売戦略

ムービングオフィス代表の大ナギ勝[1]の分析によると、ユニクロの商品を買ってしまうのは、単に商品の魅力だけではなく消費者が店舗に誘導されつい買ってしまう「ステルス接客戦略」ともいうべき心理的戦略が潜んでいるという。大ナギはそれを大きく5つに分けた。

1、単純接触効果
ユニクロは年間を通して1週も休むことなく新聞の折り込みチラシをウェブとともに入れているが、これは単に商品を紹介する効果だけではなく、消費者に対し「ユニクロのチラシ広告が自宅に届いた」という事実を認識させるだけで十分。これを認知心理学でザイアンスの法則あるいは単純接触効果と呼んでいるが、人はある対象物に繰り返して接触するうちに、当初の警戒感が薄れ好感度や親しみが増していく。消費者は知らず知らずにこの効果によって店舗に誘導されている。
2、チラシどおりの品ぞろえ
ユニクロではチラシの商品がそのまま並ぶがアパレル業界の常識ではそのこと自体が簡単ではなく、場合によってはおとり商品のようにごくわずかしか置いて居なかったり、最初からない商品であったりというような事態が多い。これにより消費者が店側に対し不信感を抱き、クレームや販売損失を発生させることが多い。ユニクロでは広告通りの商品があるという安心感を消費者が抱ける。
3、徹底して平等に対応
年齢、性別、常連か否かにかかわりなく平等な接客と店舗構成を実現している。商品ラックはアイテム別、カラー別、サイズ順に整然と分けられ陳列され、客が自由に選べる。また冷やかしでも入りやすい。
4、販売スタッフの対応
販売スタッフが客に必要以上の挨拶や声掛けを行わない。必要な時だけ声掛けを行い、それ以外の時間には陳列棚の整理などに費やしている。またレジの精算業務はトレーニングされておりスムーズである。
5、本部の徹底したサポート
以上の4点を本部が徹底的にサポートしており、毎週月曜日には会長も出席する部長会議があり、議事録が社内イントラを通じ全社に配信され共有される。決定事項だけではなく、決定に至るまでのすべてのプロセスが会話の文言まで再現されている。

ユニクロへの批評

ビジネスモデル

ビジネスモデルとしてのユニクロの低価格・大量販売戦略については賛否両論がある。エコノミストの浜矩子は、「文藝春秋」2009年10月号に「ユニクロ栄えて

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/01/07 18:05

HAPPY Wikipedia

あなたの考える「ユニクロ」の意味を投稿しよう
「ユニクロ」のコンテンツはまだ投稿されていません。
全部読む・投稿 

ユニクロスレッド一覧

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ユニクロ」のスレッドを作成する
ユニクロの」
友達を探す
掲示板を探す
このページ
友達に教える
URLをコピー

注目のキーワード

錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

キーワードで探す

 
友達を探す
掲示板を探す
無料コミックを探す
占い・診断
着メロを探す
GAMEを探す
デコメを探す
きせかえツールを探す
FLASH待ち受けを探す
ハッピーWiki
ハッピーメール
ハッピーランド
HAPPY NEWS
2010Happy Mail