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ランス・バークマンとは?

【基本情報】

【国籍】
アメリカ合衆国
【出身地】
テキサス州ウェイコ
【生年月日】
(1976-02-10) 1976年2月10日(42歳)
【身長
体重】
6' 1" =約185.4 cm
220 lb =約99.8 kg
【選手情報】

【投球・打席】
左投両打
【ポジション】
一塁手外野手
【プロ入り】
1997年 MLBドラフト1巡目(全体16位)でヒューストン・アストロズから指名
【初出場】
1999年7月16日 タイガース
【最終出場】
2013年9月28日 エンゼルス
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴


コーチ歴

  • セカンド・バプテスト学校

この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


ウィリアム・ランス・バークマン(William Lance Berkman , 1976年2月10日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州ウェイコ出身の野球指導者、元プロ野球選手(一塁手外野手)。左投両打。

かつてニックネームは体格と風貌から「ファット・エルヴィス(太ったエルヴィス・プレスリー)」と呼ばれていたが、2006年にバークマンがラジオ番組で「自分を何かに例えるならプーマだ」と自らニックネームを提案し、「ビッグ・プーマ (Big Puma)」が浸透していった。

現役ではマーク・テシェイラカルロス・ベルトランらと並んでMLBを代表するスイッチヒッター。シーズン40本塁打以上を2度記録しているが、他にこの記録を達成しているスイッチヒッターはMLB史上でもミッキー・マントルだけである。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 プロ入りとアストロズ時代
    • 1.3 ヤンキース時代
    • 1.4 カージナルス時代
    • 1.5 レンジャーズ時代
    • 1.6 現役引退
  • 2 選手としての特徴
  • 3 詳細情報
    • 3.1 打席別打撃成績
    • 3.2 年度別打撃成績
    • 3.3 タイトル
    • 3.4 表彰
    • 3.5 記録
  • 4 脚注
  • 5 関連項目
  • 6 外部リンク

経歴[ソースを編集]

プロ入り前[ソースを編集]

4、5歳のころから父親に野球を教わる。投げるときは左、打つ時は右だったため、父親がファンだったミッキー・マントルのようなスイッチヒッターにすることを思いついた。家の裏に古タイヤを吊るし、毎日左右で50回ずつ打たせて練習させた。

ライス大学在籍時の1997年に打率.431・41本塁打・134打点の成績でウェスタン・アスレチック・カンファレンス三冠を達成。ライス大学史上初のカレッジ・ワールドシリーズでバークマンは最優秀選手に選出された。

プロ入りとアストロズ時代[ソースを編集]

1997年6月のドラフト1巡目(全体16位)でアストロズから指名を受け、プロ入り。直後からマイナーリーグA級キシミーで試合に出場。53試合の出場で打率.293・12本塁打・35打点という成績を残した。

1998年にはAA級ジャクソンに昇格。ここでも122試合で打率.306・24本塁打・89打点と打ちまくり、シーズン途中でAAA級ニューオーリンズに昇格。打率こそ.271と平凡な数字に終わったが、17試合の出場で6本塁打・13打点を記録。

1999年も前年に引き続きニューオーリンズでプレイ。64試合の出場で打率.323・8本塁打・49打点という成績を記録し、シドニーオリンピック野球アメリカ合衆国代表メンバーに選ばれた。しかし7月16日にメジャーデビューを果たしたため、代表入りは辞退している。メジャーでは打率.237と振るわなかった。

2000年にメジャーに定着。114試合で打率.297・21本塁打・67打点を記録。また2000年は一時マイナーに落とされていた時期があったが、そこでは31試合で打率.330・6本塁打・27打点を記録している。

この活躍に伴い、シーズン終了後にロジャー・セデーニョをトレードでデトロイト・タイガースへ放出。2001年は完全に左翼のレギュラーポジションを奪取。55二塁打を放ち、スイッチヒッターとしてはMLB初となる50二塁打と30本塁打の同時達成を成し遂げた。また、オールスターゲームまでに21試合連続安打を記録し、自身初のオールスター出場を果たした。球団はバークマンと3年総額1050万ドルで契約延長。

2002年は開幕から好調。スイッチヒッターとしてオールスター前までに29本塁打を記録したが、これは1961年にミッキー・マントルが記録した29本塁打に並ぶ記録である。2年連続となるオールスター出場を果たし、最終的にはナ・リーグの打点王に輝いた。その活躍を評価され、MVPの投票では3位につけた。

2003年は数字が軒並み低下。

2004年には復調し打率.300・30本塁打・100打点を超える成績を残し、地元開催となったオールスターに2年ぶりに選出され、試合前日に行われたホームランダービーではミゲル・テハダに次ぐ2位となった。しかし、シーズン終了後にタッチ・フットボールに興じていた際に右膝の前十字靭帯を断裂してしまい、手術を受けることになった。

2005年シーズン終了後にFAとなるバークマンと開幕前の3月に6年総額8500万ドルで契約延長した。前年のけがのため初出場は5月6日と出遅れ、5月こそ1本塁打止まりだったものの、徐々に調子を上げ始め、9月だけで11本塁打を記録。チームをポストシーズン出場へと導き、そこでも14打点を挙げた。翌2006年に記録した45本塁打・136打点は自己最多で、本塁打・打点の球団記録保持者ジェフ・バグウェルの記録に本塁打は2本足りなかったが、打点を9年ぶりに1つ更新した。MVP投票でも3位に入った。

2007年FAで移籍してきたカルロス・リーと並ぶ打線の軸として出場。左打席での打撃不振のため、打率.278・34本塁打・102打点と前年より成績を落とした。

2008年は、前半戦こそ三冠王を争うレベルの成績を残していたが、7月以降はわずか7本塁打しか放てず、29本塁打にとどまった。一方で、2年ぶりに打率.310以上を記録したほか、自己最多の18盗塁も記録した。

2009年7月に左脹脛の肉離れでDL入りを経験するなど、136試合の出場に終わった。最終成績は、2年ぶりに.270台の打率となる。本塁打は25本放ち、10年連続で20本塁打以上、四球97も、9年連続での90四球以上となった。

2010年、アストロズで85試合に出場していたが、打率.245、13本塁打と成績が低迷した。

ヤンキース時代[ソースを編集]

2010年7月末のトレード期限直前にマーク・マランソンジミー・パレデスとの交換でニューヨーク・ヤンキースへとトレードされる。ヤンキースでも37試合で打率.255に留まり、終盤戦ではツープラトン要員に格下げとなって起用された。結局2球団の通算打率、本塁打、出塁率、長打率、OPSが新人のシーズン以来最低の数字となった。オフにFAとなった。

カージナルス時代[ソースを編集]

2010年オフにセントルイス・カージナルスと1年契約を結んだ。

2011年は4年ぶりの30本塁打となる31本を放つなど打撃が復活し、カムバック賞を受賞した。また自身初のワールドシリーズ制覇にも、第6戦で逆転の2ランホームラン、10回裏に同点タイムリーを放つなどして貢献した。

2012年は膝を痛めてしまい2度の手術、32試合の出場に留まった。

レンジャーズ時代[ソースを編集]

2013年1月5日、引退もささやかれたが、テキサス・レンジャーズと1年1000万ドルで契約した。2011年に「TEXは昨年ワールドシリーズに出場したが、今年の戦力は平均レベル。エイドリアン・ベルトレと長期契約を結んだのは間違いだ」と発言していたため、入団が決まってから謝罪した。10月31日、1200万ドルの契約オプションをレンジャーズが破棄したためFAとなった。

現役引退[ソースを編集]

2014年1月29日に現役引退を表明した。2月12日には4月5日に行われるアストロズ対エンゼルス戦で、2月11日に引退したロイ・オズワルトと共に古巣・アストロズと1日契約を結び、引退セレモニーを行うことが発表された。セカンド・バプテスト学校で野球指導を行う。

選手としての特徴[ソースを編集]

 | 
この野球選手の特徴に関する文献や情報源が必要です。出典を明記するためにご協力をお願いします。(2007年12月)

スイッチヒッターだが、右打席ではあまり数字を残していない。MLB全体では右投手の方が多いので、左打席の方が多くなるのは当然だが、打率・出塁率長打率の3つを見てみると、その差は歴然である。これほど成績に開きがあり、2006年は左打席で9.5打席に1本の本塁打を放っている。これは、58本塁打を放った2006年のナ・リーグMVPライアン・ハワード(10.0打席)や、49本塁打のアルバート・プホルス(10.9打席)を凌ぐペースである。バークマン自身は右打席へのこだわりがあり、2004年のオールスターゲーム前日に開催されたホームランダービーでは、右打席で本塁打を連発していた。

もともと一塁手だったが、絶大な人気と実績を誇る主砲ジェフ・バグウェルがいたため、メジャーでのプレー機会を考え、外野手コンバートされた。バグウェルの引退後は一塁手に定着したものの、現在でもマイク・ラムらが好調な際は外野を守ることがある。カージナルス移籍1年目となる2011年は一塁にプホルス、左翼にマット・ホリデイがいたため、主に右翼手を守った。長く外野を守っていたので、一塁守備は平均レベルだが、年々上達してきている。外野守備も守備範囲は広くないものの堅実で、3ポジションとも守ることができる。

性格は良く、2009年にセシル・クーパー監督が解任された時は自身の不振がチームの不振の一因となったこともあり「責任を痛感している」と語った。敬虔なクリスチャンで、若手と気さくに接するまとめ役となっている。

詳細情報[ソースを編集]

打席別打撃成績[ソースを編集]

【打席別】
【試合】
【打数】
【安打】
【二塁打】
【三塁打】
【本塁打】
【打点】
【四球】
【三振】
【打率】
【出塁率】
【長打率】
OPS
左打席 1754 | 4936 | 1501 | 338 | 25 | 316 | 1001 | 967 | 1017 | .304 | .420 | .575 | .995
右打席 866 | 1555 | 404 | 84 | 5 | 50 | 233 | 234 | 283 | .260 | .360 | .417 | .777

年度別打撃成績[ソースを編集]









































































O
P
S

1999 | HOU | 34 | 106 | 93 | 10 | 22 | 2 | 0 | 4 | 36 | 15 | 5 | 1 | 0 | 1 | 12 | 0 | 0 | 21 | 2 | .237 | .321 | .387 | .708
2000 | 114 | 417 | 353 | 76 | 105 | 28 | 1 | 21 | 198 | 67 | 6 | 2 | 0 | 7 | 56 | 1 | 1 | 73 | 6 | .297 | .388 | .561 | .949
2001 | 156 | 688 | 577 | 110 | 191 | 55 | 5 | 34 | 358 | 126 | 7 | 9 | 0 | 6 | 92 | 5 | 13 | 121 | 8 | .331 | .430 | .620 | 1.051
2002 | 158 | 692 | 578 | 106 | 169 | 35 | 2 | 42 | 334 | 128 | 8 | 4 | 0 | 3 | 107 | 20 | 4 | 118 | 10 | .292 | .405 | .578 | .982
2003 | 153 | 658 | 538 | 110 | 155 | 35 | 6 | 25 | 277 | 93 | 5 | 3 | 1 | 3 | 107 | 13 | 9 | 108 | 10 | .288 | .412 | .515 | .927
2004 | 160 | 687 | 544 | 104 | 172 | 40 | 3 | 30 | 308 | 106 | 9 | 7 | 0 | 6 | 127 | 14 | 10 | 101 | 10 | .316 | .450 | .566 | 1.016
2005 | 132 | 565 | 468 | 76 | 137 | 34 | 1 | 24 | 245 | 82 | 4 | 1 | 0 | 2 | 91 | 12 | 4 | 72 | 18 | .293 | .411 | .524 | .934
2006 | 152 | 646 | 536 | 95 | 169 | 29 | 0 | 45 | 333 | 136 | 3 | 2 | 0 | 8 | 98 | 22 | 4 | 106 | 11 | .315 | .420 | .621 | 1.041
2007 | 153 | 668 | 561 | 95 | 156 | 24 | 2 | 34 | 286 | 102 | 7 | 3 | 0 | 5 | 94 | 11 | 8 | 125 | 11 | .278 | .386 | .510 | .896
2008 | 159 | 665 | 554 | 114 | 173 | 46 | 4 | 29 | 314 | 106 | 18 | 4 | 0 | 5 | 99 | 18 | 7 | 108 | 13 | .312 | .420 | .567 | .986
2009 | 136 | 562 | 460 | 73 | 126 | 31 | 1 | 25 | 234 | 80 | 7 | 4 | 0 | 4 | 97 | 14 | 1 | 98 | 13 | .274 | .399 | .509 | .907
2010 | 85 | 358 | 298 | 39 | 73 | 16 | 1 | 13 | 130 | 49 | 3 | 2 | 0 | 0 | 60 | 4 | 0 | 70 | 12 | .245 | .372 | .436 | .808
NYY | 37 | 123 | 106 | 9 | 27 | 7 | 0 | 1 | 37 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 17 | 3 | 0 | 15 | 6 | .255 | .358 | .349 | .707
'10計 122 | 481 | 404 | 48 | 100 | 23 | 1 | 14 | 167 | 58 | 3 | 2 | 0 | 0 | 77 | 7 | 0 | 85 | 18 | .248 | .368 | .413 | .781
2011 | STL | 145 | 587 | 488 | 90 | 147 | 23 | 2 | 31 | 267 | 94 | 2 | 6 | 0 | 4 | 92 | 17 | 3 | 93 | 7 | .301 | .412 | .547 | .959
2012 | 32 | 97 | 81 | 12 | 21 | 7 | 1 | 2 | 36 | 7 | 2 | 0 | 0 | 0 | 14 | 3 | 2 | 19 | 3 | .259 | .381 | .444 | .826
2013 | TEX | 73 | 294 | 256 | 27 | 62 | 10 | 1 | 6 | 92 | 34 | 0 | 0 | 0 | 0 | 38 | 3 | 0 | 52 | 7 | .242 | .340 | .359 | .700
MLB:15年 1879 | 7814 | 6491 | 1146 | 1905 | 422 | 30 | 366 | 3485 | 1234 | 86 | 48 | 1 | 54 | 1201 | 160 | 66 | 1300 | 147 | .293 | .406 | .537 | .943

タイトル[ソースを編集]

表彰[ソースを編集]

記録[ソースを編集]

MiLB
MLB

脚注[ソースを編集]

  1. ^ 岡田弘太郎 「知られざる強打者 君はバークマンを見たか」『月刊スラッガー』2008年9月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌 15509-9、28 - 30頁。
  2. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、333頁。ISBN 978-4-331-51213-5。
  3. ^ Lance Berkman Biography” (英語). JockBio. 2008年9月22日閲覧。
  4. ^ The Ballplayers - Lance Berkman” (英語). BaseballLibrary.com. 2008年9月22日閲覧。
  5. ^ Home Run Derby (2000-2008)” (英語). baseball-almanac.com. 2008年9月22日閲覧。
  6. ^ Astros, Berkman reach six-year deal Outfielder's contract now runs through 2010 season” (英語). MLB.com. 2008年9月22日閲覧。
  7. ^ Houston Astros Batting Leaders” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年9月22日閲覧。
  8. ^ Rangers Sign Lance Berkman MLB Trade Rumors
  9. ^ Texas Rangers decline $12 million contract option for Lance Berkman The Dallas Morning News
  10. ^ Richard Justice (2014年1月29日). “After 15-year career, Berkman decides to retire”. MLB.com. 2014年1月31日閲覧。
  11. ^ Astros announce plans to honor Berkman, Oswalt”. MLB.com Astros Press Release (2014年2月12日). 2014年2月13日閲覧。
  12. ^ ライアン氏の孫、脳性まひ患うも救援左腕として活躍 日刊スポーツ (2017年5月17日) 2017年5月20日閲覧
  13. ^ Lance Berkman Career Batting Splits” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年10月22日閲覧。

関連項目[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]

セントルイス・カージナルス 2011年のワールドシリーズロースター

監督 10 トニー・ラルーサ


業績
ナショナルリーグ打点王
1870年代 | 

1880年代 | 
  • 80 キャップ・アンソン
  • 81 キャップ・アンソン
  • 82 キャップ・アンソン
  • 83 ダン・ブローザース
  • 84 キャップ・アンソン
  • 85 キャップ・アンソン
  • 86 キャップ・アンソン
  • 87 サム・トンプソン
  • 88 キャップ・アンソン
  • 89 ロジャー・コナー

  • 1890年代 | 
  • 90 オイスター・バーンズ
  • 91 キャップ・アンソン
  • 92 ダン・ブローザース
  • 93 エド・デラハンティ
  • 94 ヒュー・ダフィー
  • 95 サム・トンプソン
  • 96 エド・デラハンティ
  • 97 ジョージ・デイヴィス
  • 98 ナップ・ラジョイ
  • 99 エド・デラハンティ

  • 1900年代 | 
  • 00 エルマー・フリック
  • 01 ホーナス・ワグナー
  • 02 ホーナス・ワグナー
  • 03 サム・マーテス
  • 04 ビル・ダーレン
  • 05 サイ・セイモアー
  • 06 ジョー・ニーロンハリー・ステインフェルト
  • 07 シェリー・マギー
  • 08 ホーナス・ワグナー
  • 09 ホーナス・ワグナー

  • 1910年代 | 
  • 10 シェリー・マギー
  • 11 フランク・シュルトチーフ・ウィルソン
  • 12 ホーナス・ワグナー
  • 13 ギャビー・クラバス
  • 14 シェリー・マギー
  • 15 ギャビー・クラバス
  • 16 ヘイニー・ジマーマン
  • 17 ヘイニー・ジマーマン
  • 18 シェリー・マギー
  • 19 ハイ・メイヤーズ

  • 1920年代 | 
  • 20 ロジャース・ホーンスビージョージ・ケリー
  • 21 ロジャース・ホーンスビー
  • 22 ロジャース・ホーンスビー
  • 23 アイリッシュ・ミューゼル
  • 24 ジョージ・ケリー
  • 25 ロジャース・ホー
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    出典:wikipedia
    2018/07/19 07:25

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