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レッド・ホット・チリ・ペッパーズとは?

【基本情報】

【出身地】
アメリカ合衆国 カリフォルニア州ロサンゼルス
【ジャンル】
ファンク・ロック
オルタナティヴ・ロック
ラップ・ロック
ファンク・メタル
【活動期間】
1983年 -
【レーベル】
ワーナー・ミュージック・グループ
EMI
【共同作業者】
リック・ルービン
ブレンダン・オブライエン
【公式サイト】
公式サイト
【】

【メンバー】
アンソニー・キーディス(ボーカル)
マイケル“フリー”バルザリー(ベース)
チャド・スミス(ドラム)
ジョシュ・クリングホッファー(ギター)

レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(Red Hot Chili Peppers)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身のロックバンド。全世界トータルセールスは8000万枚以上を記録している。

3つのグラミー賞を受賞している。(12回ノミネート)主な略称は「RHCP」や「The Chili Peppers」、日本でのみ「レッチリ」など。2012年ロックの殿堂入り。2019年現在、オリジナル・アルバムを11枚、ベスト・アルバムを2枚発表している。

代表曲として、「Give It Away」、「Under the Bridge」、「Around the World」、「Scar Tissue」、「Californication」、「By the Way」、「Can't Stop」、「Dani California」などがある。

目次

  • 1 略歴
  • 2 メンバー
  • 3 元メンバー
    • 3.1 ギタリスト
    • 3.2 ドラマー
  • 4 評価
    • 4.1 音楽性
    • 4.2 歌詞
  • 5 ライブパフォーマンス
  • 6 影響
  • 7 政治姿勢
  • 8 ディスコグラフィー
    • 8.1 アルバム
    • 8.2 EPs
    • 8.3 シングル
    • 8.4 コンピレーション
    • 8.5 ライブ・アルバム
    • 8.6 ビデオ
  • 9 来日公演
  • 10 脚注
    • 10.1 出典
  • 11 関連項目
  • 12 外部リンク

略歴

メンバーがそれまでに所属していたバンドには、チェイン・リアクション (Chain Reaction) やアンセム (Anthym) などがある。

1983年 - アンソニー・キーディスフリーヒレル・スロヴァクジャック・アイアンズによりバンド結成。

1984年 - Capitol/EMIと契約し、デビューアルバム『レッド・ホット・チリ・ペッパーズ』をリリース。プロデューサーにギャング・オブ・フォーアンディ・ギルを迎えて作成されるが、この作品には、ヒレルとジャックは参加していない。

1985年 - ヒレルが復帰して、アルバム『フリーキー・スタイリー』をリリース。プロデューサーに、ジョージ・クリントンを迎えて作成された。

1987年 - アルバム『ジ・アップリフト・モフォ・パーティ・プラン』をリリース。前作で復帰したヒレルに続き、ジャックもバンド復帰して制作された作品で、最初で最後のオリジナルフルメンバーによるアルバムになった。このアルバムから、初めて日本盤が発売される。

1988年 - ヒレルが、ヘロインの摂取過多により死亡。これに伴い、ジャックもバンドから脱退してしまう。

1989年 - 新メンバーに、ジョン・フルシアンテチャド・スミスを迎え、アルバム『母乳』をリリース。このアルバムの裏ジャケットの絵画は、ヒレルが生前に描いたものである。初めてのチャートヒット作品となり、この頃から大会場規模なツアーを行うようになる。

1991年 - Capitol/EMIからWarner Brothers Recordsに移籍し、アルバム『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』をリリース。全世界レベルでのブレイク作品となる。現在のプロデューサーであるリック・ルービンを迎えた作品。このアルバムに収録され、シングルカットされた「Under The Bridge」で、初の全米1位を獲得。また、同じくシングルカットされた「Give It Away」は、グラミー賞のハードロック部門最優秀シングル賞を受賞している。

1992年 - 世界ツアーでの来日中、ジョンが突如帰国、脱退してしまう。

1995年 - ギタリストデイヴ・ナヴァロを迎え、アルバム『ワン・ホット・ミニット』をリリース。しかし、デイヴはこの作品のみで脱退してしまう。

1999年 - ジョン・フルシアンテが復帰し、アルバム『カリフォルニケイション』をリリース。「スカー・ティッシュ - Scar Tissue」で、2度目のグラミー賞を受賞。驚異的なセールスを記録し、現在までの最大のヒット作となる。

2002年 - アルバム『バイ・ザ・ウェイ』をリリース。チャドが「very John」と表現したように、ジョン色が全面に押し出されたアルバムとなった。アルバムチャートでは、ついにイギリスで1位を獲得した。

2006年 - アルバム『ステイディアム・アーケイディアム』をリリース。初のアメリカアルバムチャート1位をはじめとして、全世界24ヶ国で1位を獲得。日本のアルバムチャートでも、2枚組の洋楽アルバムとしては、史上初の初登場1位を獲得した。先行シングルとなった「Dani California」が、同年に日本で公開された『デスノート』の主題歌として採用。同アルバム収録の「Snow ((Hey Oh))」も『デスノート the Last name』の主題歌に採用された。また、このアルバムで3度目のグラミー賞を受賞している。

2006年 - 7月28日に、テレビ朝日系の音楽番組『ミュージックステーション』に出演。日本のテレビ番組で、生出演や演奏はデビュー23年目で初めて。

2007年 - 3月19日京セラドーム大阪、3月22日・23日の東京ドームの公演は、いずれもアンソニーが「急性肺炎、10日間の絶対安静」との医師の所見のため、3月17日の来日直前になって急遽延期された。

2009年 - ジョン・フルシアンテがソロキャリアで自分の志向を突き詰めたいとして脱退。2007年から2年間のレッド・ホット・チリ・ペッパーズの活動休止がきっかけであった。

2011年 - 新ギタリストとしてジョシュ・クリングホッファーが加入し、アルバム『アイム・ウィズ・ユー』を前作から5年ぶりにリリース。リリース間隔として5年のブランクは結成以来最長である。

2012年 - ロックの殿堂入り。

2016年 - プロデューサーとして5thアルバムからアイム・ウィズ・ユーまで長年起用してきたリック・ルービンの手を離れ、新たにナールズ・バークレイブロークン・ベルズデンジャー・マウス(ブライアン・バートン)を迎え制作されたアルバム『ザ・ゲッタウェイ』を、前作から再び5年ぶりにリリース。

メンバー

詳細は「レッド・ホット・チリ・ペッパーズのメンバーの一覧」を参照
アンソニー・キーディス (Anthony Kiedis) - ボーカリスト作詞家
1962年11月1日生まれ(1983年 - )ミシガン州グランド・ラピッズ出身。175cm。バンド結成時からのメンバーだが、『ジ・アップリフト・モフォ・パーティ・プラン』のレコーディングの頃に一度脱退、その後に復帰した。2006年に、自伝『スカー・ティッシュ』を発表。環境保護団体のシーシェパードのスポンサーとしての側面も持つ。
フリー (Flea、本名マイケル・バルザリー (Michael Balzary)) - ベーシストバッキング・ボーカリスト
1962年10月16日生まれ(1983年 - )オーストラリアメルボルン出身。身長168cm。同じく、バンド結成時からのメンバー。ベースの技量は高く、All Music Guideにおいて「one of rock's most talented bassists(史上最も才能豊かなロックベーシストの一人)」と評されている。これまでも様々なミュージシャンと共同活動を行ってきたが、2009年レディオヘッドトム・ヨークと新バンドを結成。2012年ブラーデーモン・アルバーントニー・アレンとRocket Juice & The Moonを結成。
チャド・スミス (Chad Smith) - ドラマー
1961年10月25日生まれ(1989年 - )ミネソタ州セント・ポール出身。身長191cm。脱退したジャック・アイアンズの後任ドラマーを決めるオーディションで実力を買われて加入。アルバム、「母乳」での一節より、当初はレザージャケットと頭にバンダナを巻いたロッカースタイルがメンバーの間で気に入られず、スキンヘッドにさせようという話があった模様。ソロ活動も精力的で、ドラム・セミナーなどで来日も果たしている。他のメンバーと同様、チリ・ペッパーズ以外にもサイド・プロジェクトを手掛ける。
ジョシュ・クリングホッファー (Josh Klinghoffer) - ギタリストバッキング・ボーカリスト
1979年10月3日生まれ(2010年 - )カリフォルニア州ロサンゼルス出身。身長180cm。チリ・ペッパーズには2007年ステイディアム・アーケイディアム・ツアーの合間からサポートミュージシャンとして参加。2010年2月、チャド・スミスより、2009年12月に脱退したジョン・フルシアンテに変わって、新ギタリストとなることが発表された。チリ・ペッパーズとの親交は1998年からあり、Bicycle Thief としての前座を2000年に行った。チリ・ペッパーズに加入する前は当時のギタリストであるジョンとA Sphere In The Heart Of Silence で共作をし、AtaxiaというバンドをジョンとFugaziのJoe Lilly と組み、アルバムを2枚出した。Shadows Collide With People (2004)とThe Will to Death (2004)も共に作り、クレジットに載っている。

元メンバー

詳細は「レッド・ホット・チリ・ペッパーズのメンバーの一覧」を参照

ギタリスト

アンソニーは、「ギタリストの座が安定しないのは、誰もヒレルの穴を埋められないから」とコメントしている。 ジョン・フルシアンテを含めて、ギタリストの座は数々のメンバーチェンジを経験した。また、ジョンを含むこの中の多くがストラトキャスターの使い手である。

ドラマー

評価

音楽性

チリ・ペッパーズは、ファンクハードロックパンク・ロックを混ぜ合わせた、いわゆるラップロックファンクロック(ミクスチャー・ロック)バンドの一つとして有名である。初期は、フィッシュボーンジェーンズ・アディクションなどと共に、これらのパイオニアとして活躍し、その評価向上に大いに貢献した。3rd『ジ・アップリフト・モフォ・パーティ・プラン』までは、アンダーグラウンドの活動がメインであったが、4th『母乳』で知名度を上げ、5th『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』で世界的人気を誇り、バンドと共に一躍ラップロックやファンクロックといったジャンル自体をメインストリームへと急浮上させた。

その後は、度々音楽性を細かく変えながらも、ファンク・パンク色は薄れ、メロディー路線が顕著となり、会心の復帰作7th『カリフォルニケイション』は、『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』を凌ぐセールスを記録し、現在までの最大のヒット作となった。

音楽面で初期のバンドをリードしていたのはフリーであり、そもそもバンドの結成理由が、フリーのベースラインとアンソニー・キーディスのライミングのマッチングが思いのほか良かったから、というものだったことも含め、まさにバンドの核と言える存在だった。中期以降は、ジョン・フルシアンテの活躍が目覚ましいが、フリーやチャド・スミスらもライブと音源双方において、依然として大きく貢献している。 2002年6月、「Graind House magazine」にてフリーが、「同じことを繰り返して、成長しないというのは絶対にイヤだね。人間として成長すれば、音楽も成長し、そして変化する。オレたちは成長したい、変化したいっていつでも思ってる。それが最も重要なことさ」と語っている。

歌詞

これまでの歌詞は、ほとんどヴォーカリストであるアンソニーによるもの。初期から中期にかけての主な題材は、ドラッグ性的倒錯アルコール、男根主義、パンク的アナキズム、ファンク的快楽主義などであり、その音楽自体ともよくマッチングしていると言えるだろう。キャリアの中期以降は、ヒレル・スロヴァクの死などの様々な影響で、詩的で叙情的な歌詞も多く見られるようになった。

ライブパフォーマンス

彼らの最大の特徴は、ライブでのパフォーマンスにあるとも言える。

初期の頃は、アンコールなどでペニスソックス(靴下で局部を隠した以外は全裸)の格好で登場。ある意味、この姿がトレードマークにもなっており、その破天荒な振る舞いが話題を呼んで、彼らは結成後それほど間を置かずに、すぐレコード会社との契約に漕ぎ付けることが出来たが、とあるストリップバーで毛を露出しながら演奏した際は、店長から大目玉を食らったという。

これをはじめとし、ロラパルーザ'92では、アンコール時に火吹きヘルメットを着用して、さらにウッドストック'94では、オープニングで巨大な電球の被り物を付けて登場し、「Give It Away」を演奏した。また、カリフォルニケイション期以降も、メンバーのノリによっては、数多くのライブで前述のペニスソックス姿を披露することもある(最近はめっきり減っている)。さらに、ウッドストック'99では、フリーが終始全裸でベースを弾き通した。パフォーマンス中に暴徒化した一部の観客が放火騒ぎを起こし、アンコールではメラメラ燃える炎を遠方に眺め、「Fire」を演奏した。

1997年の第1回フジロックでは、アンソニーが腕を骨折したまま、台風の中でライブを敢行。このライブでは、ステージ破損のため30分でライブを強制終了した。

また、ステージ上で繰り広げられる即興演奏やジャムセッションも、彼らの評価と人気に繋がっている。同じ曲でも毎回ニュアンスを変えており、同じように演奏することはまずない。フルシアンテ在籍時には、ライブ冒頭と終了時に長いジャムセッションが繰り広げられていた。

影響

チリ・ペッパーズが少年期に大きく影響を受けたのは、キッスレッド・ツェッペリンジミ・ヘンドリックスなどのハードロックや、セックス・ピストルズザ・クラッシュギャング・オブ・フォーラモーンズザ・ストゥージズなどのパンク・ロックである(ヒレルとジャック、フリーの3人は、高校時代これらのカバーバンドをやっていた)。 フリーの腕には、ジミヘンの刺青が彫られている。

チリ・ペッパーズの音楽性を形作る上で影響を受けた、と彼らが語るのは、ジョージ・クリントン(2ndではプロデューサーを務めた)、ファンカデリックスライ&ザ・ファミリー・ストーンなどのファンクや、パブリック・エナミーなど当時から台頭しつつあったヒップホップである。

ジョン・フルシアンテは、これら以外にキャプテン・ビーフハートパブリック・イメージ・リミテッドなどの前衛アーティストや、フガジなどのハードコアに影響を受ける一方、メロディ・ラインの美しいポップ・ミュージックも少年期に影響を受けたと語る。ライブの合間には、ビージーズの「愛はきらめきの中に」などのポップ・ミュージックを度々弾き語っていた。

アンソニーは、ブラッドシュガーのDVDなどで、パブリック・エナミーのキャップやTシャツを着用している。

ライブでこれらのアーティストの楽曲をカヴァー、または共演が多いが、その多くは音源化されていない。

いくつかのカヴァー曲は2012年に「ロックン・ロール・ホール・オブ・フェイム・カバーズ EP」として音源化されている。

政治姿勢

2016年アメリカ合衆国大統領選挙では、バンドとして民主党バーニー・サンダースへの支持を表明。これに関連し、2016年2月5日にロサンゼルスのエース・ホテルのザ・シアターで、バーニー・サンダースの選挙資金を集めるためのライブを行う事が決定。アンソニー・キーディスは、次のように語っている。

「バーニー・サンダースって人は正直で感じがよくて、人間味があるよね。思いやりのある人間っていうかさ。だから、この人のためにできることがあればしたいって言ったんだ。もし彼が望むなら、ショウをしてもいいよってね。驚いたことに9カ月後彼から本当に依頼があったんだ。それが今回のショウに至った経緯さ」

また、フリーは、次のようにコメントしている。

「来週、バーニー・サンダースのためのコンサートで演奏できることに興奮してるよ。自分が信じている人を支援できるのは素晴らしいことだと感じてる。レッド・ホット・チリ・ペッパーズとしては、このザ・シアターの公演で支払われるお金はバーニー・サンダースにあげたいと提案したんだ。でも、彼は受け取らなかったんだ。彼は個人の少額の寄付しか受け取らないんだよ。他の政治家はみんなゲスなロビイストからの金を貪欲に掴もうとするだろ。彼は誠実な人なんだ。もし喜んでもらえるなら、高価なチケットを買って、このキャンペーンを手伝ってほしい。本当にありがとう。バーニー・サンダースこそ大統領に」

ディスコグラフィー

アルバム

年 タイトル/アルバム詳細 チャート最高位 認定
US
AUS
AUT
CAN
FRA
GER
NLD
NZ
SWI
UK

1984 | The Red Hot Chili Peppers  | 201 | — | — | — | — | — | — | — | — | — | 
1985 | Freaky Styley  | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | 
1987 | The Uplift Mofo Party Plan  | 148 | — | — | — | — | — | — | — | — | — | 
1989 | Mother's Milk  | 52 | 33 | — | — | — | — | 69 | 47 | — | — | 
1991 | Blood Sugar Sex Magik  | 3 | 1 | 17 | 1 | 33 | 12 | 2 | 1 | 10 | 25 | 
1995 | One
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2019/06/18 23:47

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